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京都地方裁判所 平成23年(行ウ)32号 判決 2012年5月30日

主文

1  処分行政庁が原告に対し平成23年4月4日付けでした同年3月23日受付第○号所有権移転登記申請を却下する旨の処分を取り消す。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  主文1項と同旨

2  処分行政庁は,別紙物件目録記載の各土地に関し原告がした平成23年3月23日受付第○号所有権移転登記申請を受理せよ。

第2事案の概要

1  本件は,亡Aの相続人の1人であり,同人から別紙物件目録記載の各土地(いずれも農地。以下「本件各土地」という。)の遺贈を受けた原告が,遺贈を原因とする所有権移転登記を申請(以下「本件申請」という。)したところ,処分行政庁が農地法所定の許可書の添付がないこと等を理由に本件申請を却下(以下「本件処分」という。)したことから,その取消しを求めるとともに,本件申請に基づく登記の実行(受理)をすることの義務付けを求める事案である。

2  関係法令の定め

(1)  農地法等

ア 農地法(平成23年法律第105号による改正前のもの。以下同じ。)3条1項は,農地について所有権を移転する場合には,当事者が農業委員会の許可等を受けなければならないが,例外として,同項1号ないし16号に該当する場合は,その許可を要しない旨を定めている。

同項12号には,「遺産の分割,民法(明治29年法律第89号)第768条第2項(中略)の規定による財産の分与に関する裁判若しくは調停又は同法第958条の3の規定による相続財産の分与に関する裁判によってこれらの権利が設定され,又は移転される場合」と規定されているほか,同項16号には,「その他農林水産省令で定める場合」と規定されている。

イ そして,農地法施行規則(平成23年11月農林水産省令第62号による改正前のもの。以下同じ。)18条は,農地法3条1項16号の農林水産省令で定める場合として,「包括遺贈により法第3条第1項の権利が取得される場合」を規定している(5号)。

(2)  不動産登記法等

ア 不動産登記法22条本文は,「登記権利者及び登記義務者が共同して権利に関する登記の申請をする場合その他登記名義人が政令で定める登記の申請をする場合には,申請人は,その申請情報と併せて登記義務者の登記識別情報を提供しなければならない。」と定めている。

同法25条は,「登記官は,次に掲げる場合には,理由を付した決定で,登記の申請を却下しなければならない。ただし,当該申請の不備が補正することができるものである場合において,登記官が定めた相当の期間内に,申請人がこれを補正したときは,この限りでない。」と定め,「第22条本文若しくは第61条の規定又はこの法律に基づく命令若しくはその他の法令の規定により申請情報と併せて提供しなければならないものとされている情報が提供されないとき」(9号)及び「登録免許税を納付しないとき」(12号)を掲げている。

イ そして,不動産登記令7条は,権利に関する登記の申請をする場合には,「登記原因について第三者の許可,同意又は承諾を要するときは,当該第三者が許可し,同意し,又は承諾したことを証する情報」をその申請情報と併せて登記所に提供しなければならないと定めている(1項5号ハ)。

3  3 前提となる事実(当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  亡Aは,昭和23年9月1日,Bと婚姻し,その間に長女Cをもうけたが,同年10月1日,離婚した。その後,亡Aは,昭和26年5月28日,Dと婚姻し,その間に長男である原告及び長女Eをもうけた。その身分関係の詳細は,別紙「遺贈者被相続人A相続系統図」記載のとおりである。(甲11~16)

(2)  亡Aは,いずれも農地である本件各土地を所有していたが,昭和▲年▲月▲日,死亡した(甲9の1,9の3,9の4,11)。

(3)  亡Aは,昭和48年12月5日,遺言公正証書により,同人の所有に係る本件各土地を原告に遺贈(以下「本件遺贈」という。)することなどを内容とする遺言をし,遺言執行者として,原告訴訟代理人であるF弁護士を指定した(甲17)。

(4)  原告(代理人F弁護士)は,平成23年3月23日,処分行政庁に対し,本件各土地につき,昭和▲年▲月▲日に亡Aから遺贈を受けたとして,本件申請をしたが,申請書には農地法所定の許可書が添付されていなかった(甲3)。

なお,所有権の移転の登記に係る登録免許税の課税標準は不動産の価額であるところ(登録免許税法9条・別表第一),本件各土地の評価額は,合計22万4597円である(甲7)。そして,国税の課税標準を計算する場合において,その額に1000円未満の端数があるときはその端数金額を切り捨てることから(国税通則法118条1項),課税標準は22万4000円となる。これに登録免許税法9条に基づき別表第一の税率(1000分の4)を適用して計算すれば,896円となるが,同法19条により上記計算した金額が1000円に満たない場合には,登録免許税の額は1000円となることから,本件申請における登録免許税は1000円である。

(5)  処分行政庁は,平成23年4月4日,本件申請が農地の特定遺贈による所有権の移転の登記申請であったことから,①農地法所定の許可書の添付がないこと及び②登記識別情報の提供がないこと(以上,不動産登記法25条9号)並びに③登録免許税1000円のところ,800円の納付であること(同条12号)を理由に,これを却下する旨の処分(本件処分)をした(甲1)。

(6)  原告は,平成23年6月29日,本件処分の取消しと本件申請に基づく登記実行(受理)の義務付けを求めて,本件訴えを提起した(顕著な事実)。

4  争点及びこれに関する当事者の主張

本件の争点は,本件処分の適法性であり,この点に関する当事者の主張は次のとおりである。

(被告の主張)

(1) 農地の特定遺贈による所有権移転には農地法3条1項の許可を要すること

農地法3条1項は,不耕作目的での農地の権利取得等,農地を保全し,有効利用する観点からは好ましくない人為的な権利移動を規制することを通じて,農地を効率的に利用する者による農地の権利取得を促進しようとするものである。そのため,農地の所有権の移転,賃借権の設定等については,農業委員会(一定の場合は都道府県知事)の許可にかからしめ,また,当該規則の実効性を担保するため,同条7項において,「第1項の許可を受けないでした行為は,その効力を生じない。」として,当該許可が農地等の所有権等の移転の効力の発生要件とし,さらに,同法64条1号において,同法3条1項規定の違反行為を罰則をもって禁止している。

ところで,人為的な権利の移転ではない相続による包括的な権利承継については,相続人が非営農者である場合には農地の保全上は好ましくはないものの,私有財産制の下においては是認せざるを得ないものであることから同法3条1項規定の農業委員会等の許可を要しないものとされている。また,包括遺贈についてもその性質が相続による権利移転に準ずるものとして同項16号,農地法施行規則18条5号により,相続による権利移転と同様の取扱いをしているところである。

一方,特定遺贈については,包括遺贈とは異なり,包括的な権利移動ではなく,相続に準じた取扱いをすることが不適当であることから,農地法においては適用除外規定を置いていないところであり,両者は,農地法令上明らかに区別されている。そして,農地法施行規則上,特定遺贈の受遺者が相続人か非相続人かで何ら区別されていないことからすれば,登記官としては,特定の相続人を受遺者とする特定遺贈であっても,農地法所定の許可書の添付が必要である(不動産登記令7条1項5号ハ)とするほかない。

(2) 登録免許税が納付されていないこと

原告は,本件申請に当たり,登録免許税1000円のところ800円の収入印紙のみしか貼付しなかった。

ところで,不動産登記法25条は,登記申請の却下事由を掲げ,これに該当した場合は当該申請を却下しなければならないとされているところ,その例外として,「当該申請の不備が補正することができるものである場合において,登記官が定めた相当の期間内に,申請人がこれを補正したときは,この限りでない。」とし,申請を受理して登記をすることとされたものである。したがって,登記官が補正を求めるのは,「当該申請の不備が補正することができるものである場合」,すなわち,補正を求めることで当該申請を直ちに却下することなく,受理して登記することが可能な場合を指すと解すべきである。本件において,原告の登記申請代理人であったF弁護士は,本件申請に係る事前相談のため京都地方法務局宇治支局を訪れた際に,農地法所定の許可書がないことを明らかにした上で,「行政通達(乙1)を変更してもらうために申請書を提出する。」,「行政通達がある以上,無理を承知で提出するのであり,却下していただいて結構である。」と申し出たことから,登記官は,農地法所定の許可書については添付する意思がないと判断したものである。そして,本件申請について,登録免許税の納付について補正することが可能であったとしても,農地法所定の許可書がないことから,登録免許税の不足分に係る収入印紙の追貼等があっても当該申請を受理して登記をすることができないため,登記官として「当該申請の不備が補正することができるものである場合」に該当しないと判断し,補正期間を設けず却下したものである。したがって,処分行政庁が本件処分をするに当たり,登録免許税の不足分の納付につき補正期間を設けなかったことは何ら違法ではない。

(3) 登記識別情報の提供がないこと

本件申請に際しては,遺贈者の遺言という法律行為によって権利の変動が生ずるものであり,単独申請が可能な相続登記とは異なり,登記権利者(特定受贈者)と登記義務者(遺言執行者)の共同申請によるべきものであることから,不動産登記法22条本文により,登記識別情報の提供が必要であるが,原告はこれを提供しなかったものである。

(4) 以上のとおり,特定遺贈を原因とする所有権の移転の登記の申請をするためには,農地法所定の許可書を添付することが必要であり,これを添付せずにした本件申請は,不動産登記法25条9号に該当する。また,本件申請に際し,登録免許税の納付に不足分があり,登録免許税が納付されていないことから,同条12号にも該当する。さらに,登記識別情報の提供もなかったものであるから,この点でも同条9号に該当する。

そうすると,本件申請は却下されるべきものであるから,本件処分は適法である。

(原告の主張)

(1) 農地法3条1項の許可について

相続人に対する農地の遺贈については,包括遺贈,特定遺贈の区別なく,その所有権移転につき農地法3条1項の許可は要しない。判例も,包括遺贈と特定遺贈を区別することなく,被相続人が相続人に対してする遺贈については,上記許可は不要であるとの判断を示している。実質的にみても,農地の所有権移転について,相続であれば,何らの制約なく相続を原因とする所有権移転をすることができるし,「相続させる」旨の遺言であれば上記許可を要することなく,所有権移転登記ができるものとされているところ,相続人に対する特定遺贈は,これらと違いはなく,特定遺贈による所有権移転についてのみ許可を要するとするのは不合理である。

(2) 登録免許税について

本件申請における登録免許税は1000円であり,原告が誤って800円の収入印紙を貼付したことは事実である。しかし,不足分の収入印紙の追加納付は容易にできるのであるから,処分行政庁は,登録免許税の不足の事実を原告に告知すると同時に,相当の期間内に補正を命ずべきであって,補正の機会を与えないままに登録免許税の不足を本件申請の却下事由とすることは,不動産登記法25条のみならず,信義則にも反し,許されないというべきである。

(3) 登記識別情報の提供について

相続を原因とする所有権移転登記申請においては,登記識別情報の提供は要しないものとされているところ,相続人に対する遺贈は相続と同視されるものであり,特定遺贈においても登記識別情報の提供は要しないというべきである。また,そもそも本件では,公正証書遺言があるから,登記識別情報の提供は要しない。

第3当裁判所の判断

1  前提となる事実によれば,本件各土地はいずれも農地であり,もと亡Aの所有であったこと,亡Aは昭和▲年▲月▲日に死亡したが,昭和48年12月5日,遺言公正証書により,本件各土地を共同相続人の1人である原告に遺贈(本件遺贈)したこと,本件遺贈による所有権移転については,農地法3条1項の許可が得られておらず,本件申請に当たって,同法所定の許可書は添付されていなかったことが認められる。

2  そこで,本件遺贈による所有権移転につき,農地法3条1項の許可を要するか否かを検討するに,同項は,農地に係る権利の人為的な移転のうち農地の保全の観点から望ましくないと考えられるものを制限する趣旨の規定であるところ,相続をめぐる法律関係の処理に際して生じる権利移転については,一定の例外を認めている。すなわち,相続によって生ずる権利移転も相続人が非営農者である場合には農地の保全上は望ましいとはいえないものの,相続がそもそも人為的な移転ではなく,相続による包括的な権利承継は私有財産制の下においては是認せざるを得ないものであることから,規制対象とはしていないものと解される。そして,同項12号,16号,農地法施行規則18条5号は,遺産分割,特別縁故者への相続財産の分与及び包括遺贈について,人為的な権利移転であり農地の保全上は望ましくないものも含まれているにもかかわらず,その実質が相続による権利移転と異ならないかこれに準ずるものであることにかんがみて,その規制を差し控えているものと解される(最高裁平成11年(行ヒ)第24号同13年7月10日第三小法廷判決・民集55巻5号955頁参照)。

本件遺贈は,相続人への特定遺贈であるところ,これは相続による当然の権利移転ではなく,被相続人である亡Aの意思による権利移転行為であるから,農地法3条1項の許可を要する場合に該当するとも考えられる。しかしながら,本件遺贈は,相続人以外の者に対するものではなく,相続人である原告に対する特定遺贈であり,その生じる結果をみると,実質的には遺産分割による権利移転と異ならないということができる。そうであるとすれば,仮に原告が非営農者であったとしても,本件各土地に係る亡Aから原告への権利承継は,私有財産制の下,是認せざるを得ないものであり,これを農地法による規制にかからしめることは相当ではないというべきである。また,特定の不動産を特定の相続人に相続させる旨の遺言がされた場合には,被相続人の死亡の時に直ちに当該不動産が当該相続人に相続により承継されたものと解され,登記実務上も,農地法3条1項の許可が必要でないことを前提に,その登記申請に当たっては許可書の添付を要しないもの(相続を登記原因として直接権利移転登記が可能)とされているところ(最高裁平成3年(オ)第1057号同7年1月24日第三小法廷判決・裁判集民事174号67頁参照),本件遺贈のように,特定の不動産を特定の相続人に遺贈により権利移転した場合に上記許可を要するとすることは,相続させる旨の遺言による権利移転の場合と対比して,合理的根拠を欠くものといわざるを得ない。

以上からすれば,相続人への特定遺贈による農地の権利移転については,農地法3条1項の許可を要しないと解するのが相当であり,本件遺贈は,亡Aの死亡により,死亡の時からその効力が生じ,原告は本件各土地の所有権を取得するに至ったものというべきである。

3  ところで,原告は,本件申請に当たり,登録免許税が1000円のところ800円の収入印紙しか貼付しなかったものである。また,遺贈の場合,その権利移転の登記申請は,遺言執行者又は相続人を登記義務者とし,受遺者を登記権利者とする共同申請となるが(本件では,遺言執行者が登記義務者となる。),原告は,本件申請に際し,登記識別情報の提供をしなかったものである。したがって,本件申請については,不動産登記法25条9号及び12号に該当する事由(却下事由)があったということができる。

しかしながら,登録免許税の不足額は200円にすぎず,容易に追納することが可能であるし,登記識別情報の提供についても,その性質上,追完することが可能であると考えられる(不動産登記法22条及び23条)ことからすると,処分行政庁としては,原告に対し上記各不備の補正の機会を与えるべきであったにもかかわらず,その機会を与えなかったものというべきである。

そうすると,処分行政庁が,本件申請につき,農地法所定の許可書がないことから,登録免許税の不足分に係る収入印紙の追貼や登記識別情報の提供等があっても本件申請を受理する余地はないとの前提で,補正の機会を付与しなかったことは違法であるといわざるを得ない。

4  以上検討したところによれば,本件申請が不動産登記法25条9号及び12号に該当することを理由に本件申請を却下した本件処分は,違法というべきである。

5  原告の請求のうち,登記実行(受理)の義務付け請求に係る部分は,行政事件訴訟法3条6項2号に規定する申請型義務付け訴訟に該当するものと解されるところ,同訴訟については,併合提起された取消訴訟等の訴えに係る請求に理由があると認められ,かつ,その義務付けの訴えに係る処分等につき,行政庁がその処分等をすべきであることがその処分等の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処分等をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められることが,その認容の要件となる(同法37条の3第5項)。

そうであるところ,原告が上記義務付けの訴えに併合提起した本件処分の取消訴訟に係る請求に理由があると認められることは既に説示したとおりである。しかしながら,上記3のとおり,原告は,本件申請に当たり,登記識別情報の提供をせず,納付した登録免許税にも不足があったのであるから,本件申請に補正を要すべき不備があることは明らかである(処分行政庁が違法に補正の機会を付与しなかったからといって,補正する必要がなくなるものでないことは論を待たない。)。したがって,原告の義務付け請求に係る登記の実行につき,処分行政庁が登記の実行をすべきであることがその根拠規定から明らかであるとは認められないし,また,登記の実行をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認めることもできない。

6  以上によれば,原告の請求のうち,本件処分の取消請求は理由があるが,本件申請に基づく登記実行の義務付け請求は理由がない。

(裁判長裁判官 瀧華聡之 裁判官 奥野寿則 裁判官 堀田喜公衣)

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