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京都地方裁判所 平成23年(行ク)2号 決定 2011年4月28日

申立人(被告)

同代表者法務大臣

江田五月

相手方X6及び同X8について

同処分行政庁

社会保険庁長官 渡邉芳樹

その余の相手方について

同処分行政庁

京都社会保険事務局長 村上高徳

同指定代理人

加藤友見 外7名

相手方(原告)

X1 外14名

上記15名訴訟代理人弁護士

荒川英幸

渡辺輝人

藤井豊

糸瀬美保

谷文彰

福山和人

畑地雅之

塩見卓也

諸富健

毛利崇

主文

本件を大阪地方裁判所に移送する。

理由

第1  申立ての趣旨

主文同旨

第2  事案の概要等

1  本件は,社会保険庁長官又は京都社会保険事務局長が相手方らに対し,それぞれ平成21年12月25日付けで国家公務員法(以下「国公法」という。)78条4号に基づく分限免職処分(以下「本件各処分」という。)をしたところ,相手方らが,本件各処分は違法である旨主張して,申立人に対し,本件各処分の取消し(以下「本件各取消訴訟」という。)及び国家賠償法1条1項に基づき損害賠償(以下「本件各国賠訴訟」という。)を求める訴えを提起したところ,申立人が,管轄違いを理由として移送の申立てをした事案である。

2  申立人の主張

京都地方裁判所には管轄がないため,大阪地方裁判所へ移送すべきである。

(1)本件各取消訴訟について

ア 相手方らは,社会保険庁長官又は京都社会保険事務局長から本件各処分を受けたが,平成22年1月1日に日本年金機構法及び整備省令が施行され,社会保険庁及びその地方支分部局は,平成21年12月31日をもって廃止されたため,本件各処分をした行政庁は,いずれも本件訴え提起の時に国法上存在しない行政庁となっている。

そして,行訴法12条1項は,処分行政庁の所在地を管轄する裁判所に取消訴訟の管轄があるとしているが,その管轄は,訴え提起の時を標準として定められる(同法7条,民訴法15条)。行訴法11条は,処分行政庁について,取消訴訟を提起するまでの間に,権限の承継や廃止による権限の消滅が生じることを予定しながら,この場合における管轄の標準時について,行訴法はあえて規定を設けていないのであるから,管轄の標準時を定めるに当たっては,行訴法7条,民訴法15条に従うべきものと解される。

したがって,処分行政庁が処分の後に廃止された場合においては,かつて存在していた行政庁のかつての所在地を基準として同項により管轄が定まるわけではない。すなわち,社会保険庁長官及び京都社会保険事務局長が,いずれも本件訴え提起の時に国法上存在していないものである以上,これらのかつての所在地が,管轄の基準になるものではない。

イ 行政庁が廃止された場合において,処分権限が他の行政庁に承継されているときは,行訴法11条1項かっこ書の適用上,当該他の行政庁が処分をした行政庁となり,その所在地を管轄する裁判所が同項の管轄を有することになると解される。

本件の場合,処分に関する経過措置として,日本年金機構法附則73条1項が定められているが,同法施行後の国家公務員の免職処分についての法令は国公法55条1項であるところ,社会保険庁職員の免職処分については,同項所定の外局の長である社会保険庁長官が廃止された日本年金機構法施行後において,これに相当する同項所定の任命権者は,厚生労働大臣以外にはない。そうすると,本件各処分は,厚生労働大臣の処分とみなされ,その所在地を管轄する裁判所は,東京地方裁判所となる。

また,本件各取消訴訟の被告は,行訴法11条1項かっこ書により,厚生労働大臣の所属する国となるところ,国の普通裁判籍は,訴訟につき国を代表する官庁である法務大臣の所在地によって決せられ,法務大臣の所在地も東京都千代田区であるから,行訴法12条1項にいう被告の普通裁判籍を管轄する裁判所も,東京地方裁判所となる。

ウ 行政処分後,当該行政処分をした行政庁が廃止された場合において,行政庁の処分権限を承継した行政庁がないときは,行訴法11条3項により,当該処分に係る事務が帰属する国を被告として取消訴訟を提起すべきこととされる。

したがって,仮に,厚生労働大臣が本件各処分の権限を承継しないと解したとしても,日本年金機構が当該権限を承継すると解する余地がない以上,日本年金機構法施行による社会保険庁廃止前の社会保険庁職員の免職処分に係る事務が帰属するのは国であるから,その被告は国となり,東京地方裁判所が管轄を有する。

エ 本件各取消訴訟の提訴以前に,社会保険庁の廃止に伴い当然にその下級行政機関たる京都社会保険事務局や京都府内の各社会保険事務所はいずれも廃止されているから,行訴法12条3項,7条,民訴法15条により,京都地方裁判所が管轄を有すると解する余地はない。

なお,行訴法12条3項にいう下級行政機関が処分時には存在したが,訴え提起時には存在しない場合,被告行政庁としては,当該下級行政機関と連絡を取るなどして訴訟追行上の対応をすることができず,当該下級行政機関の職員を指定代理人とすることもできないから,訴訟追行上の対応に支障を来たす結果となる。また,当該下級行政機関が訴え提起時点において存在しなければ,当該下級行政機関の所在地の裁判所の管轄区域内に証拠資料や関係者が多く存在するのが通常であるとはいえず,かつて当該下級行政機関が所在した土地を管轄する裁判所で審理を行ったとしても,証拠調べの便宜が図られることにはならない。

したがって,行訴法12条3項の趣旨に照らしても,事案の処理に当たった下級行政機関の所在地とは,訴え提起時を基準に判断されるべきである。

また,日本年金機構は,国家行政組織法上も厚生労働省設置法上も,厚生労働大臣の下部組織とはされておらず,厚生労働大臣の監督を受けるものの,その地位は厚生労働大臣とは別個独立のものとされる。そして,日本年金機構の各事務所は,本件各処分には何ら関与しておらず,事案の処理に当たった下級行政機関に当たらないことは明らかである。

オ 相手方らの住所地は,大阪高等裁判所の管轄内にあるから,行訴法12条4項により,その所在地を管轄する地方裁判所である大阪地方裁判所が管轄を有する。

カ 以上より,本件各取消訴訟の管轄裁判所は東京地方裁判所又は大阪地方裁判所であり,京都地方裁判所はその管轄を有しない。

よって,相手方らの住所地がいずれも大阪高等裁判所管内であることから,その出廷の便宜等を考慮し,大阪地方裁判所に移送するのが相当である。

(2)本件各国賠訴訟について

本件各取消訴訟は,前記(1)のとおり,大阪地方裁判所に係属すべきものであり,本件各国賠訴訟は,同一の行政行為ないし行政処分の違法性を争うものであるから,訴訟経済や事件の迅速処理の観点からして,本件各取消訴訟が係属すべき裁判所において本件各国賠訴訟も審理するのが相当である。

よって,本件各国賠訴訟は,本件各取消訴訟と併せて大阪地方裁判所に移送すべきである。

なお,関連請求に係る請求を基本としてこれに取消訴訟を併合することは想定されておらず,本件各国賠訴訟につき管轄を有する京都地方裁判所に本件各取消訴訟を併合提起することはできない。

3  相手方らの主張

本件申立てを却下すべきである。

(1)本件各取消訴訟について

ア 行訴法11条は,社会保険庁の解体のように,政治的な事情で行政庁が完全に解体された上で公法人に衣替えされ,形式的な処分権限のみが東京に所在する中央官庁に集中されるような事態を全く想定していない。仮に,このような理由で処分庁の所在地が東京に集中することが許容されるとするなら,国民は,国側の一方的な都合で著しい不利益を被ることになる。

よって,法が想定していない以上,解釈は同条のかっこ書きを排除した原則どおりに行われるべきであり,本件各処分時に処分庁が存在した場所を管轄する京都地方裁判所に本件各取消訴訟の管轄が存在すると解すべきである。

イ 行訴法12条3項の趣旨は,被処分者が下級行政機関の所在地近辺に住所を有する場合や,同所在地に当該処分に関係する資料が集中している場合が多いことなどから,下級行政機関の所在地にも管轄を認めた方が国民の側にとって訴訟経済に資するということにある。そうすると,行訴法7条,民訴法15条の規定にかかわらず,処分時を基準に適用されることも当然に許されるというべきであり,処分時に存在していた下級行政機関の所在地を管轄する裁判所にも取消訴訟を提起できるものと解さなければならない。

そして,本件各処分にあたっては,相手方らが処分時に所属していた京都社会保険事務局ないし各社会保険事務所が実質的に関与しており,分限免職処分の対象者を特定するための資料や実際に評価をした担当者が上記場所に存在している。分限免職処分を行うに当たっては,勤務状況,人事評価,懲戒処分や矯正措置に関する資料,職員の家族状況等の多様な資料を総合的に考慮するものであるところ,実際,これらの資料は,日本年金機構の京都事務センターに保管されていた。また,原告らの上司や同僚らもそのまま京都府下の日本年金機構の各年金事務所で勤務を続けている。

行訴法12条3項は,文理的にも「当たった」としており,処分当時に存在した「事案の処理に当たった下級行政機関」の所在地を管轄として認める規定である。そして,同条項の趣旨である原告の負担軽減からすれば,行政庁の処分権限の所在を問題とせず,関与した行政機関と原告の間の実態的関係に基づいて管轄を選定すべきである。

また,日本年金機構は,厚生労働大臣の所掌する公的年金に関する行政事務の一端を担う特殊法人であるから,日本年金機構の目的等に照らせば,日本年金機構及びその下級機関は実質的には厚生労働大臣の下級行政機関といえる。そして,日本年金機構の各年金事務所は,各社会保険事務所の管轄区域,庁舎職員,業務に係る資料・物品等のほとんどをそのまま引き継いでいるのであり,各社会保険事務所と各年金事務所の機関としての連続性は明らかであり,本件各処分の事案の処理に当たった下級行政機関に該当する。

よって,各年金事務所の所在地はいずれも京都府内であることから,本件各取消訴訟の管轄は京都地方裁判所に認められる。

(2)本件各国賠訴訟について

本件各国賠訴訟の管轄が京都地方裁判所にあることは争いがないところ,同訴訟では,違法不当な分限免職処分により精神的苦痛を被ったことを原因としており,本件各取消訴訟と争点が同一であるから,関連請求の要件を満たす。

そして,国家賠償請求訴訟と行政事件訴訟との間に優劣はなく,行政事件中心主義を定める明文の根拠がない以上,民訴法7条の規定が適用されるべきである。このように解することが国が国民に対するサービスを貫徹するために妥当であるし,相手方らの負担を考えればそのように解すべきである。

よって,相手方らが提起した本件各国賠訴訟について京都地方裁判所に管轄がある以上,本件各取消訴訟とともに全体として京都地方裁判所に管轄がある。

(3)権利の濫用

取消訴訟は,違法不当な不利益処分を受けた国民が権利を回復するための最も有力な手段なのであり,国民が裁判を受ける権利が十分に保障されなければならない。特に,本件は,社会保険庁の解体に伴う分限免職処分であり,525名もの大量の被処分者が出たところ,このような重大かつ広範囲の処分について,処分者の都合で勝手に管轄が狭まるとすれば被処分者の権利回復は極めて困難となってしまう。また,原告である相手方らの経済状況や生活状況も管轄を決する上で重要な問題であり,処分庁側の事情でいわば勝手に処分庁が消滅したからといってそのことが原告らにとって不利益に考慮されることがあってはならない。

また,申立人の主張によると,ほとんど全ての国民が関わりうる年金行政の分野において,年金に関わる行政処分と被処分者たる国民との実態的関係を完全に無視し,すべて東京地方裁判所か,もしくは原告の普通裁判籍の所在地を管轄する高等裁判所の所在地を管轄する地方裁判所でしか取消訴訟を提起できなくなり,明らかに不当である。

以上のことからすると,いたずらに管轄権の有無を争うための移送の申立てをするなど訴訟進行を著しく遅延させる申立人の対応は,個々の国民に無用な負担を加重させ,迅速な紛争処理を妨げるもので許されず,権利の濫用にあたる。

第3  当裁判所の判断

1  前提事実

一件記録によれば,次の事実が認められる。

(1)基本事件は,平成21年12月31日の社会保険庁廃止に当たり,社会保険庁長官又は京都社会保険事務局長が,相手方らに対し,それぞれ同月25日付けで国公法78条4号に基づく分限免職処分(本件各処分)をしたところ,相手方らが,本件各処分は違法である旨主張して,申立人に対し,本件各処分の取消しを求める(本件各取消訴訟)とともに,違法な本件各処分により精神的苦痛を被ったとして国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を請求している(本件各国賠訴訟)事案である。

(2)社会保険庁は,厚生労働省の外局として置かれ,国の行政機関であった(平成19年法律第109号による改正前の国家行政組織法3条,別表第1)。

社会保険庁の長は社会保険庁長官であり,社会保険庁は,政府が管掌する年金事業等を適正に運営することを任務とし,地方支分部局として,地方社会保険事務局を置き,地方社会保険事務局の所掌事務の一部を分掌させるため,社会保険事務所が置かれていた(平成19年法律第109号による改正前の厚生労働省設置法25ないし30条)。

京都府については,京都府を管轄区域とする京都社会保険事務局が設置され,その管轄区域内に各社会保険事務所が置かれていた(平成21年厚生労働省令第167号による改正前の厚生労働省組織規則848条,別表第6,875条1項,別表第7)。

(3)本件各処分当時,相手方X1,同X7,同X9及び同X12は京都社会保険事務局に,相手方X2は下京社会保険事務所に,相手方X3,同X4及び同X6は舞鶴社会保険事務所に,相手方X5及び同X8は京都南社会保険事務所に,相手方X10,同X11,同X13,同X14及び同X15は上京社会保険事務所に,それぞれ所属していた。

(4)相手方X6及び同X8は,平成21年12月25日付けで,社会保険庁長官から,その余の相手方らは,同日付けで,京都社会保険事務局長から,それぞれ同月31日をもって分限免職とする処分(本件各処分)を受けた。

国家公務員の免職処分は任命権者が行うとされており(国公法61条),外局に関する任命権は外局の長に属する(同法55条1項)ため,社会保険庁職員の任免権者は社会保険庁長官であった。ただし,社会保険庁長官は,各地方社会保険事務局とその管轄区域内に置かれる社会保険事務所に属する官職につき,一定のものを除き,その任命権を各地方社会保険事務局長に委任していた(同法55条2項。平成21年3月31日付社会保険庁訓第10号)。

相手方X6及び同X8は,上記委任規定において除外された官職にあったため,社会保険庁長官から,その余の相手方らは,上記委任規定に基づき,京都社会保険事務局長から,それぞれ分限免職処分を受けたのであった。

(5)平成22年1月1日,日本年金機構法が施行され,社会保険庁,地方社会保険事務局及び社会保険事務所は,平成21年12月31日をもって廃止された(日本年金機構法附則70ないし72条)。

(6)平成22年1月1日に成立した日本年金機構は,厚生労働大臣の監督の下に,厚生労働大臣と密接な連携を図りながら,政府管掌年金事業に関する事業等を行う(日本年金機構法1条)。日本年金機構は法人であり(同法3条),その資本金は,規定に従い政府から出資があったものとされた金額とし,政府は一定の範囲内で追加して出資することができる(同法5条1,2項)。日本年金機構の職員については,社会保険庁の職員が当然になるのではなく,日本年金機構の設立委員において,職員の採用基準を提示して,職員の募集を行い,設立委員から採用する旨の通知を受けた者が日本年金機構の職員として採用されるものであり(同法付則8条),1000人を超える非社会保険庁職員も採用された。日本年金機構の職員は国家公務員ではない(同法20条参照)。

(7)日本年金機構は,管理及び企画部門を中心とする本部が東京に置かれ,その下にブロック本部(9か所)がある。各ブロック本部の下に,都道府県事務センター(47か所)と年金事務所(312か所)が置かれている。

日本年金機構の長である理事長は厚生労働大臣が任命し,副理事長及び理事は厚生労働大臣の認可を受けて理事長が任命する(日本年金機構法13条)。

(8)相手方らは,平成22年7月23日,基本事件の訴えを京都地方裁判所に提起した。

なお,本件各処分に関する資料については,同年1月1日以降,日本年金機構京都事務センター(京都社会保険事務局があった建物)に保管されていたが,平成23年3月10日,大阪市内にある平野年金事務所に移転された。

2  本件各取消訴訟の管轄

(1)取消訴訟は,被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所又は処分をした行政庁の所在地を管轄する裁判所の管轄に属する(行訴法12条1項)。

本件においては,訴え提起時には処分をした行政庁(社会保険庁長官又は京都社会保険事務局長)が廃止されているので,処分時を標準として管轄を定めることができるかが問題となる。

管轄の標準時については,訴えの提起の時を標準として定める旨規定されている(行訴法7条,民訴法15条)ところ,この趣旨は,一般の訴訟要件の存否は本案判決の要件であるから口頭弁論終結時が標準となるが,管轄については,訴え提起後の事情変更は管轄に影響を及ぼさないこととして審理を円滑かつ安定的に進行させることにあると解される(訴え提起の時に管轄が存在しなかったとしても,その後の事情変更によって管轄が生じた場合には,訴訟要件の原則どおり,当該裁判所は管轄権を有すると解される。)。

そうすると,訴え提起時あるいはそれ以降の時点において,管轄が存在することが必要であって,訴え提起より前である本件各処分時に京都地方裁判所に管轄があったとしても,それを理由として京都地方裁判所に管轄を認めることはできない。

この点,相手方らは,行訴法11条は社会保険庁の廃止のように行政庁が完全に解体された上で公法人に衣替えすることを想定しておらず,処分時を標準として管轄を定めるべきであり,本件処分時に処分庁の所在地を管轄する京都地方裁判所の管轄に属する旨主張する。

しかしながら,行訴法11条3項は,被告とすべき国若しくは公共団体又は行政庁がない場合を想定しているところであって,それにもかかわらず管轄に関する特別な規定を置いていないことからすると,行訴法7条,民訴法15条により,訴えの提起時を標準として管轄を定めるほかなく,処分時の処分庁の所在地に基づいて京都地方裁判所に管轄を認めることはできない。

(2)相手方らは,本件各処分については社会保険庁長官の下級行政機関である京都社会保険事務局や各社会保険事務所が実質的に関与しているところ,行訴法12条3項は「事案の処理に当たった下級行政機関」の所在地の裁判所にも提起できることを規定しており,下級行政機関の所在地を管轄する京都地方裁判所の管轄に属する旨主張する。

しかしながら,行訴法12条3項は,管轄地に関する規定であって,管轄の標準時を定める行訴法7条,民訴法15条を排斥するものではなく,訴えの提起時に下級行政機関が存在しなければ,それに基づいた管轄を認める余地はない。実質的に考えても,行訴法12条3項が当該処分に関し事案の処理に当たった下級行政機関の所在地にも取消訴訟の管轄を認めている趣旨は,当該下級行政機関の所在地に管轄を認めても被告行政庁の訴訟追行上の対応に困ることはないと考えられ,他方で原告の出訴及び訴訟追行上の便宜は大きく,また,当該裁判所の管轄区域内に証拠資料や関係者も多く存在するのが通常であると考えられるから証拠調べの便宜にも資し,審理の円滑な遂行を期待することができることにあると解される(最高裁平成13年2月27日第三小法廷決定・民集55巻1号149頁参照)ところ,下級行政機関が廃止された後にあっては,下級行政機関の所在地を管轄する裁判所に管轄を認めると,被告行政庁の訴訟追行の対応が困難になることは考えられるところであり,当該下級行政機関は廃止されて証拠書類を所持していないのであるから,下級行政機関の所在地を管轄する裁判所に管轄権を認める意義に乏しい。すなわち,処分時から訴え提起時までの間に当該資料を保管していた下級行政機関が廃止され,他の機関がその処分に関する権限を承継した場合,当該他の機関が当該資料を引き継ぐのが通常であり,行訴法12条3項の趣旨からして,その廃止された下級行政機関の所在地を基準とすることは相当でないというべきである。

よって,訴え提起時に既に廃止されている下級行政機関である京都社会保険事務局等の所在地に基づいて京都地方裁判所に管轄を認めることはできない。

(3)行訴法11条1項かっこ書は,処分があった後に当該行政庁の権限が他の行政庁に承継されたときは,当該他の行政庁を基準とすると規定しているので,訴え提起時点において,処分行政庁から権限を承継した行政庁がある場合は当該権限を承継した行政庁の所在地を管轄する裁判所の管轄に属することになるところ,日本年金機構又はその下級機関が社会保険庁長官又は京都社会保険事務局長の権限を承継したか否かについて検討する。

相手方らについては,社会保険庁長官又は社会保険庁長官が委任していた京都社会保険事務局長に相手方らの免職に関する権限が帰属していたところ,前記1(5)のとおり,平成21年12月31日をもって,社会保険庁及び京都社会保険事務局が廃止された。

そして,日本年金機構法附則73条1項によれば,同法施行前に社会保険庁長官,地方社会保険事務局長又は社会保険事務所長がした裁定,承認,指定,認可その他の処分又は通知その他の行為は,法令に別段の定めがあるもののほか,同法施行後は,同法施行後の法令の相当規定に基づいて,厚生労働大臣,地方厚生局長若しくは地方厚生支局長又は日本年金機構がした裁定,承認,指定,認可その他の処分又は通知その他の行為とみなすとされている。このため,例えば,社会保険庁長官がした保険料の滞納処分は厚生労働大臣がしたものとみなすことになる(平成19年法律第109号による改正前後の国民年金法96条4項参照)。

ところが,本件各処分については,日本年金機構法施行後の国家公務員の免職処分についての法令は国公法55条1項であるが,社会保険庁廃止に伴った特別な規定は設けられておらず,本件各処分を日本年金機構の処分とみなすための法令は存在しないのであるから,例えば,京都社会保険事務局長がした分限免職処分を日本年金機構京都事務センター長がした処分とみなすことはできない。実質的に考えても,日本年金機構は,国とは異なる法人であり,その職員も社会保険庁の職員が当然になるのではなく,新規に募集がされており,職員の地位も国家公務員ではないのであるから,社会保険庁長官や京都社会保険事務局長がした分限免職処分(本件各処分)を日本年金機構がした行為とみなすことはできない。本件各処分に関する資料を,本件訴えの提起当時,日本年金機構京都事務センターが保管しており,事実上京都社会保険事務局から引継ぎがされているとしても,本件各処分に伴う権限を日本年金機構やその機関が引き継ぐわけではない。

そして,日本年金機構法施行後の国家公務員の免職処分についての法令は前記国公法55条1項であるところ,同項所定の厚生労働省の外局の長である社会保険庁長官が廃止されたのであるから,その処分権限を承継した行政庁は厚生労働大臣のほかにないものと解される。すなわち,日本年金機構法が施行された後にあっては,同法附則73条1項によって,本件各処分は厚生労働大臣がした処分とみなすのが相当である。

よって,本件各処分について日本年金機構及びその下級機関は権限を承継した行政庁ということはできず,その所在地に基づいて京都地方裁判所に管轄を認めることはできない。

(4)以上の検討からすると,本件各処分の取消訴訟における管轄は,行訴法12条1項により,処分行政庁である社会保険庁長官又は京都社会保険事務局長の権限を承継した厚生労働大臣の所属する国の普通裁判籍の所在地である東京地方裁判所,行訴法12条4項により,基本事件の原告である相手方らの普通裁判籍の所在地を管轄する高等裁判所の所在地を管轄する大阪地方裁判所に認められ,京都地方裁判所の管轄には属さないことになる。

(5)以上より,本件各取消訴訟は,東京地方裁判所及び大阪地方裁判所に管轄が認められるところ,相手方らの出訴の便宜等を考慮し,大阪地方裁判所へ移送するのが相当である。

3  本件各国賠訴訟の管轄

(1)本件各国賠訴訟は,民訴法5条1号及び9号により,京都地方裁判所の管轄に属するが,本件各処分に関連する損害賠償の請求であり,本件各取消訴訟の管轄裁判所に移送することができる(行訴法13条1号)。

そして,前記のとおり,本件各取消訴訟は京都地方裁判所に管轄は認められず,大阪地方裁判所へ移送すべきである以上,本件各国賠訴訟は,本件各取消訴訟と同様に本件各処分の違法性を争うものであるから,訴訟経済や迅速処理,裁判の矛盾抵触の回避の観点からして,本件各取消訴訟が係属すべき大阪地方裁判所へ移送すべきである。

なお,本件各取消訴訟は現に大阪地方裁判所に係属しているものではないが,行訴法13条柱書は,取消訴訟が管轄違いの裁判所に提訴された場合に,移送先として相当な管轄裁判所に当該取消訴訟が係属することとなる場合も含まれると解するのが相当であり,当該取消訴訟とその関連請求の訴訟を一括して取消訴訟の管轄裁判所に移送することができると解される。

(2)相手方らは,行政事件中心主義を定める明文の規定がないことから民訴法7条の規定が適用されるべきであり,本件各国賠訴訟では京都地方裁判所に管轄が認められる以上,本件各取消訴訟も京都地方裁判所の管轄が認められるべきである旨主張する。

しかしながら,行訴法13条は,関連請求に係る訴訟を取消訴訟の係属する裁判所に移送することができると規定しているが,関連請求に係る訴訟に取消訴訟を併合することができる旨の規定は存在せず,民訴法7条の規定により,関連請求に係る訴訟の管轄権を有する裁判所に取消訴訟を併合して提起することはできない。

4  権利の濫用

相手方らは,本件申立ては権利の濫用である旨主張するが,本件各取消訴訟の管轄が京都地方裁判所に認められない以上,申立人の本件申立ては正当であるというべきであり,権利の濫用に当たるような事情は認められない。

5  結論

以上より,本件申立ては理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大島眞一 裁判官 谷口哲也 裁判官 戸取謙治)

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