大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成24年(わ)352号 判決 2014年10月01日

主文

被告人は無罪。

理由の要旨

第1本件公訴事実の要旨

被告人は,自己が指定暴力団Aの若頭の地位にあることを利用し,かねてから同Aを脱退することを希望していたBから,脱退を承認する見返りとして,会費の名目で現金を脅し取ろうと企て,平成18年12月20頃日,大津市内の前記A事務所において,同人(当時39歳)に対し,「兄貴,前から組を抜けたいと言うてたやろ。辞めたいんやったら,別に辞めてもええで。

ただ,それには制約があるんや。組を抜けてからも電話にはきっちり出てもらわな困るし,会費として,毎月32万5000円をきっちり払ってほしいんや。この条件をきっちり守れるんやったら,辞めてもええ。」などと申し向けて現金の交付を要求し,前記Aを脱退した同人がこの要求に従わなければ,同人の生命,身体等にいかなる危害をも加えかねない気勢を示して同人をその旨畏怖させ,よって,平成23年1月26日頃から同年6月29日頃までの問,前後6回にわたり,京都市内の駐車場において,Cほか1名を介して,前記Aを脱退した前記Bから現金合計195万円の交付を受け,もって人を恐喝して財物を交付させたものである。

第2主要な争点等について本件で被害者とされるBが公訴事実記載の現金の交付を行ったことは,客観的な資料の裏付けがあり,被告人も平成23年6月29日頃の分を除いて明確には否定していない。本件の主要な争点は,被告人が,公訴事実記載の現金交付要求行為(以下「本件要求」又は「本件要求行為」ともいう。)を行ったか否かである。

検察官は,被告人から本件要求を受け,そのため畏怖して上記の現金交付を行った旨のBの公判供述(以下「B供述」ともいう。)は信用できるから,被告人には恐喝罪が成立する旨主張するところ,当裁判所は,被告人が本件要求行為を行ったと認めるには合理的な疑いが残り,被告人は無罪であると判断したので,以下,その理由を説明する。

なお,弁護人は,検察官が公訴権を濫用したので公訴棄却されるべきとも主張するが,関係各証拠を精査しても,警察が不当な目的で捜査し検察官もそれを容認して公訴提起したなど,公訴権を濫用したとは認められないから,弁護人のこの主張は採用できない。

第3B供述の信用性について

1  前提事実

関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

(1)  指定暴力団A(以下「A」という。)について

Aは,指定暴力団Dの会長であつたEを父に持つFを総長として,平成14年末頃に発足した暴力団組織であり,Fの下,弟分(舎弟)及び子分がいるほか,組員としての身分を保持しつつ,事務所外で企業活動を行って会費等をAに支払う企業舎弟も存在する。

(2)  B及び被告人について

Bは,A発足当初からの舎弟であったが,平成15年2月頃には事務局長という役職に就き,会費の徴収・管理等のA内における金銭関係の事務をつかさどるようになった。

被告人は,平成15年2月頃,Aに子分として加入し,途中脱退していた時期もあるものの,平成18年7月には子分の筆頭である若頭という役職に就いた。これにより,被告人は,Aにおいて,事実上,総長であるFに次ぐ2番目の影響力を有するに至った。

(3)  Bによる会社経営

Bは,Aに加入する前から,「株式会社G」の代表取締役として不動産業を営んでいたが,平成19年3月6日,交際女性であるHを代表取締役とする「株式会社I」を新たに設立し,実質的に経営していた。

(4)  Bによる現金の交付

Bは,公訴事実記載の現金交付を含めて,平成19年2月頃から平成23年6月29日頃にかけて,ほぼ毎月,Aの関係者に月額32万5000円を交付していた。Bは,うち12万5000円が舎弟の肩書代,残り20万円がAの関連企業代であると認識していた。

(5)  Bによる被害申告

Bは,平成24年2月28日,被告人から前記(4)現の金を脅し取られた旨の恐喝の被害届を作成し,京都府警察に提出した。

2  信用性判断

(1)  Bの録音会話の内容について

弁第8号証の録音データ記録媒体によれば,Bは,平成24年3月下旬頃,不動産業を営む」に対し,「警察官は,Aへ会費を払っていた人間に対し,いつまで払っていたのかなどを聞いてきたり,被害届を出すように言ってきたりする。自分も被害届を出すように警察から勧められ,そうしなければ不動産業の仕事が一生できなくなるが,それでもよろしいですかなどと最初は横着に言われた。それで警察に協力したら,社長かわりないですかなどと言ってしょっちゅう警察が訪ねてくるようになった」旨話したことが認められる。

弁第8号証は,JがBと二人だけでいるときの会話を秘密裏に録音したものであり,自然な流れで談笑していることなどに照らせば,その内容に一定の信ぴょう性が存することは否定できない。これに対して,Bは公判廷において,前記会話内容は嘘であり,嘘を付いた理由として,」を通じてAに話が伝わる可能性を懸念し,自身の身を守るため,警察の圧力でやむなく被害届を提出したことにした旨供述する。

しかし,J公が判廷において,自身はAとは何の関わりもない旨供述しているのみならず,前記録音会話の他の部分において,Bが,」はAの関係者ではないことを前提に,京都府警察から提示されたA関係者の面割合帳の中にJの顔写真があったことを告げて同人に注意を促していることからみても,」を通じてAの関係者に話が伝わることを懸念したとのBの供述は説得力に乏しい。

前記会話内容は,真に恐喝被害を受けて自発的に被害申告したとのB供述と観解し,その信用性を減殺するものといわざるを得ない。

(2)  供述内容について

ア 本件要求行為の態様等

Bは,本件要求に当たり被告人が言った文言として,公訴事実とほば同一の内容をよどみなく供述し,被告人に言われた直後から何回も頭の中でずっと復唱しており,約7年経過後も明確に覚えている旨供述する。

しかし,Bは,捜査段階では,「ソファーに腰掛けている被告人の隣にBが座ると,本件要求行為がなされた」と供述する一方で,公判廷では,Bがソファーに座っていたところ,階段を下りてきた被告人から呼ばれたため立ち上がって被告人の近くに行き,両者とも立った状態で被告人から本件要求を受けたと供述している。また,捜査段階において,警察官は,Bから,「被告人からじかじかに組をやめたい者はやめてもいい等と言われたことから,Bが手を挙げた」という概要を聴取しており,本件要求行為の具体的態様については供述に大きな変遷がみられる。

さらに,Bは,本件要求行為がなされた場所について,「A事務所1階のソファーの横の鉢植えの近く」と供述するところ,平成24年3月6日撮影の写真等を見ると,A事務所1階エントランスホールの南側に,ついたて,ソファー,鉢植え,ソファーの順で並んでおり,B供述は事務所の客観的状況と整合するかのようである。これに対して,被告人は,公判廷において,平成20年に事務所の模様替えをした際,ソファーの間のついたてを移動して鉢植えを置いた旨供述する。そして,平成19年6月15日に京都府警察が行ったA事務所の捜索差押調書には,ついたて,ソファー,ついたて,ソファーの配置と見られる見取図が添付されており,被告人供述に沿うものとも解し得る。そうすると,本件要求行為があったとされる平成18年12月20日頃には,ソファーの横に前記鉢植えが存在しなかった疑いがあり,B供述は,本件要求行為がなされた場所について,事務所の客観的状況と整合していない疑いが残る。

本件要求行為があったとされる日からBの公判供述までに7年以上が経過していることを踏まえれば,記憶が減退し,供述内容が一定程度不明確になることはあながち不自然とはいえない。しかし,被告人に言われた文言を頭の中で何度も繰り返したという以上,Bにとって本件要求行為は全体として相当に印象的であったはずである。それにもかかわらず,本件要求行為の態様や場所に関する記憶が減退する中,その文言だけを殊更明確に覚えているというのは,やはり不自然というべきである。

イ Bの経営する会社名

Bは,株式会社Iを設立した理由について,同人がAに加入したという噂が広がり,従前経営していた株式会社Gの名称で不動産業を営むことが困難になったため,新たに会社を設立する必要があつた,新会社の名前は自分の名字の一文字「○」と,占いで推薦された「●」を組み合せただけで,Iの仕事の関係でAの名前を使うことはなかった旨供述する。

しかし,この「I」という会社名は,Eの氏名の一部と同じ字を用いており,関係者に対し,同社がEの子であるFないしAと繋がりを有している,あるいはそのフロント企業であるとの印象を与えかねないものと思われる。B自身,「I」という名前がEと同じ字を用いていることは当初から認識していたし,同社の設立後,Eにちなんで会社名を付けたと同業者に思われていたと自認している。Bが前記のような理由で新会社を設立したのであれば,当初から「I」という名称は避けるはずであるし,同業者が誤解していると知った時点で速やかに社名変更の手続をとるのが自然と思われるが,Bはそうしていない。

これに対して,被告人は公判延において,Bは,平成18年11月頃までにAの外に出て企業活動をしながら会費(企業舎弟としての会費12万5000円とそれ以前からの会費20万円の合計32万5000円)を支払う企業舎弟となったが,平成19年になってから被告人を通じて「I」という名称を会社に使用してよいかFに伺いを立てていたし,実際に,同社で行う不動産業や,並行して行っていた野球賭博や裏カジノを営む上で,EやAの関係者として利益を得ていた旨供述する。B自身も平成18年夏頃までは野球賭博をやっていたことを認める供述をしており,また,賭博に限らず,様々な業界において,暴力団の名前を出し,あるいは暴力団の関与を示すことで有形無形の利益を得ることは,とりわけ現在のように暴力団排除の風潮が世間に広まるまでは丁定程度あり得たものと思われるのであって,前記のとおりB供述が不自然であることも併せ考えれば,被告バの上記供述は直ちに排斥できない。

結局,BがIを設立した目的は,Aと関係がないことを示すためとは認められない。かえって,BがAを脱退したと供述する平成19年1月以降も,Eを連想させるIを設立し実質的に経営するなどして,Aの企業舎弟として活動していたのではないかとの疑いを払拭することができない。

ウ 警察への被害申告

Bは,本件恐喝被害を警察に相談するまでの経緯につき,次のとおり供述する。①平成20年春頃に銀行法違反(頼母子講の開催)討助の被疑事実で逮捕勾留されたが,この取調べの際は本件恐喝被害について相談しなかった,②その理由は,被告人が怖かったというのもあるが,A関係者が自分に付けた弁護人を介し,自分の発言が組に筒抜けになることを恐れたからである,③平成22年11月29日,別件で警察官と話した際,本件恐喝被害を相談しようかとの強い衝動に駆られたが,被告人への借金返済が残っており,返済時に被告人側から危害を加えられる恐れがあるなどと考え,相談しなかった,④Iの共同経営者で男女関係もあるHからは,再三「社長,いいかげん暴力団にお金を払うの断ったらどうですか。」と言われていたが,平成23年春頃,公私ともに世話になっている工務店の社長からも,「このご時世になっても,いまだに暴力団にお金を払い続けてるなんて時代に反しているよ。いつまで払い続けるつもりなんや。ここで勇気を出して,相手方に今後一切つき合いをしないと伝えてみてはどうか。」,「そういうふうにお金を払っていると,今後一緒に仕事ができない。」等と言われた,⑤そこで意を決して,平成23年7月14日,現金交付の窓口となっていたA関係者のKに対し,話す内容をあらかじめメモ用紙に記載しておき,それを読み上げるような形で,今後現金の支払要求には応じないと電話で伝えた,⑥同月25日,京都府警察に行って本件恐喝被害につき相談した。

しかし,②についてみると,Bは,①の逮捕勾留の際の取調べにおいて,銀行法違反の本犯となる頼母子講の親は被告人であると供述したというのであり,このように被告人に不利な内容の供述ができた以上,Bが本件恐喝被害の相談をしなかった理由が②のとおりであったとは考え難い。また,③についてみると,警察に相談しようかとの強い衝動に駆られてわずか2か月後には,被告人への借金返済が終わったのであるから,その後何か月も警察に相談することなく漫然と恐喝被害を受け続けていたというのは,不自然というほかない。④⑤の知人らのアドバイスやメモの内容は,Aへの金銭交付事実の存在を裏付けるものとはいえても,本件要求行為の存在を裏付けるものとまではいえない。

結局,平成23年7月まで本件恐喝被害の相談が警察になされなかった理由は不自然といわざるを得ず,それ以前に警察と接触していた時点において,Bには現金を脅し取られているとの認識がなかったのではないかとの疑いを払拭できないというべきである。

(3)  の他証人の公判供述について

本件では,被害者とされるBのほか,H及びA発足当初からの舎弟であったLが,関係者として公判廷で供述しているので,それらがB供述の信用性を高めるかどうか検討する。

ア Hの公判供述

Hは,①Iを立ち上げて一,二か月後(平成19年4月から5月頃と思われる。)に,Bから,「被告人から組抜けの件で脅され,毎月32万5000円の会費を要求されている」旨聞き,②現金の交付場所にも2回ほど同行したことがある旨供述し,また,やくざは怖いので深入りしたくないと思っており,捜査段階においてBのAへの現金の交付を見たことを故意に隠した理由についても,「巻き込まれたくなかったから」であると供述する。

まず,①について検討すると,捜査段階でBは,やくざに金を支払っているとHに伝えた時期を平成22年半ば頃と供述していたとみられ,時期について大きく食い違っている。また,Hは,Bから概括的な事実を聞かされたにとどまる上,Bが,知人の借金を肩代わりして被告人に支払う際,その必要性についてHに疑間を持たせないようにするため,知人の連帯保証人になっていたと嘘をついたことがあったことにも照らすと,仮にBがHに①のとおり説明したとしても,企業舎弟として会費を支払う必要性についてHに疑間を持たせないようにするため,脅されたので支払わざるを得ない旨虚偽の説明をした可能性も否定できない。

②についてみても,Hは,平成16年に,被告人がAの組員であることを知りながら,Bのほか被告人やその交際相手の女性とともに海外旅行に行っており,かかる行動からはHが暴力団を怖がっていたとは考え難いし,そもそも前記のように「巻き込まれたくない」と思っていたのであれば,Bによる現金の交付場所に同行すること自体避けようとするのではないかと思われ,この点もやや不自然である。また,Bは,被告人から本件要求を受けた際,支払を拒否すれば自身のみならずHにも危害が及ぶかもしれないと思った旨供述しており,仮にそのように思っていたのであれば,Hを交付場所に連れて行くことはしないと思われ,このB供述に照らしても,現金の交付場所に同行した旨のHの供述は信用性に乏しい。Hにおいて,本件恐喝被害を訴えるB供述に沿うように供述を変遷させ,公判廷で虚偽の供述をした疑いが残るといわざるを得ない。

結局,Hの公判供述は,本件要求行為に係るB供述の信用性を補強し大きく高めるものとは到底いえない。

イ Lの公判供述

Lは,公判廷において,①平成18年12月にAから脱退した際,被告人から月額合計32万5000円等を支払うよう荒い口調で要求され,断れば暴行されると思って承知した,②被告人に金銭の工面ができない旨伝えると,被告人からLの勤めている染物業の会社でAのグッズ(Tシャツ等)を製作して工面するよう指示された,③同グッズ販売ができなくなったのでF及び被告人に相談して,毎月の支払を3万円に減額してもらった旨供述する。

確かに①の点は,同時期にBに本件要求行為がなされたことを裏付けるかのようであるが,②③の点は,むしろ,LがAの企業舎弟として活動しており,その会費を任意に支払っていたとすると,より合理的に説明できるものといえる。LがBと同様に現金の交付を強要されていたのだとすれば,脅し取る側が喝取金の捻出に協力し(②),あるいは相談に応じて大幅な減額に応じる(③)というのは不自然に思われるからである。

そうすると,Lの公判供述も,本件要求行為に係るB供述の信用性を大幅に高めるものとはいえないというべきである。

(4)  総合評価

以上のとおり,B供述のうち本件要求行為に係る部分については,その核心部分に大きな変遷や無視できない疑問点があり,後日の知人との会話内容とも整合せず,H及びLの公判供述によっても,信用性が大きく高められるものとはいえない。そればかりか,Bが,Aを脱退する見返りに被告人から本件要求を受けて現金を脅し取られていたというよりも,むしろ,Aの企業舎弟として株式会社Iの経営等を行う対価として任意に会費を支払っていたと仮定する方が,関係証拠により認められる事実関係を合理的に説明することができ,少なくとも,Bが任意に会費を支払っていたとの疑いを払拭することができない。

そうすると,結局,関係証拠を総合しても,被告人が本件要求行為を行ったと認めるにはなお合理的疑いが残るというべきである。

第4結論

以上によれば,本件公訴事実については犯罪の証明がないことに帰するから,刑事訴訟法336条により被告人に無罪の言渡しをする。

(求刑 懲役3年6月)平成26年10月7日

(裁判長裁判官 後藤眞知子 裁判官 高橋孝治 裁判官 合田顕宏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例