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京都地方裁判所 平成24年(モ)7124号 決定 2012年5月23日

主文

一  上記当事者間の京都地方裁判所平成二四年(ヨ)第六七号不動産処分禁止仮処分命令申立事件について、同裁判所が平成二四年二月二四日にした仮処分決定は、これを取り消す。

二  債権者の上記仮処分命令申立てを却下する。

三  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

債務者は、別紙物件目録記載一及び同記載二の各不動産について、譲渡並びに質権、抵当権及び賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は、債権者が、①別紙物件目録記載一の土地及び同記載二の建物(以下「本件土地」、「本件建物」、一括して「本件各物件」という。)を所有していること、及び②これらの物件には債務者への所有権移転登記がされているところ、債務者は譲渡担保権者に過ぎないことを主張し、所有権に基づく妨害排除請求権としての更正登記手続請求権(所有権移転登記から譲渡担保設定登記への更正)を被保全権利として、処分禁止の仮処分を求めた事案である。

二  前提事実(一件記録上容易に疎明される。)

(1)  債権者は、昭和四九年六月一九日以降、平成一八年一〇月二日に至るまで、本件各物件を所有していた。

(2)  本件各物件について、京都地方法務局平成一八年一〇月三日受付第五二三一八号をもって、平成一八年一〇月二日売買を原因とする債権者から債務者への所有権移転登記がされている(以下「本件所有権移転登記」という。)。

(3)  債権者と債務者との間で、平成一八年一〇月二日付けをもって、債権者を売主、債務者を買主として、本件土地を五七二〇万円、本件建物を二八〇万円(総額六〇〇〇万円、消費税込み)で売却する旨の記載のある不動産売買契約書が作成されている(甲一〇。以下「本件契約書」という。)。

三  争点

(1)  所有権に基づく更正登記手続請求権の有無(債権者・債務者間に成立した合意は売買契約か、譲渡担保設定契約か)

〔債権者の主張〕

ア 平成一八年一〇月二日に債権者・債務者間で成立した合意は、本件各物件の売買契約ではなく、これらの物件を譲渡担保に供する旨の契約に過ぎない。

イ 本件契約書に表示された売買の合意部分は、債権者と債務者との間で、本件各物件の所有権を債務者に移転する意思を互いに有していないにもかかわらず、これがあるもののように合意したものであって、通謀虚偽表示である。

ウ したがって、債権者は、現在もなお、本件各物件の所有権を留保しているのであって、本件所有権移転登記は実体に合致していないから、更正されるべきである。

〔債務者の主張〕

ア 平成一八年一〇月二日、債権者・債務者間で、本件契約書記載のとおりの内容(前提事実(3))の売買契約が成立した。本件所有権移転登記は当該売買契約に基づくものであり、実体に合致した登記である。

イ 債権者及び株式会社a(以下「申立外会社」という。)と債務者との間で、平成一八年一一月一七日、京都簡易裁判所において、本件各物件の所有権が債務者に帰属するものであることを前提に、平成二五年九月末日まで同物件の明渡しを猶予し、明渡しに至るまで債権者及び申立外会社が連帯して月六五万円の賃料相当損害金を支払うことを骨子とする和解が成立した(平成一八年(イ)第一一九号。以下「本件和解」という。)。

(2)  保全の必要性

第三判断

一  文中記載の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の各事実を一応認めることができる。

(1)  債権者は本件各物件において錺金具製作業を営む申立外会社の代表取締役であり(甲三)、債務者は飲食店業、不動産賃貸業等を目的とする株式会社である。

(2)  平成一三年ころ、債権者はb1株式会社(後にb株式会社に商号変更。以下「b社」という。)から多額の借入れをしていたが、これを全額弁済するため、同年四月一一日、有限会社c(以下「c社」という。)から返済資金として三〇〇〇万円を借り入れた(甲六)。債権者はこれによってb社への返済を行い、併せて、b社が本件各物件について取得していた担保権についても放棄あるいは譲渡等の処理がされた(甲四、五)。

(3)  c社と債権者との取引関係はその後も継続し、平成一八年一〇月時点で債権者がc社に対して負担する債務は総額四三七八万五四六四円に及んだ(甲七~九〔領収証部分〕)。

債権者はc社に上記債務を全額弁済することとなり、その弁済資金を調達する必要が生じたが、その際、債権者がc社から紹介されたのが債務者であった(甲一)。

(4)  債権者と債務者は、平成一八年一〇月二日、本件契約書を取り交わした(甲一〇)。その後、債務者は、債権者及び申立外会社を相手取り、京都簡易裁判所に訴え提起前の和解申立てをし、同年一一月一七日、本件和解が成立した。本件和解の内容は要旨以下のとおりであった(甲一四)。

ア 債権者及び申立外会社は、債務者に対し、本件各物件について何ら占有権原を有しないことを確認する。

イ 債務者は、債権者及び申立外会社に対し、本件各物件の明渡しを平成二五年九月末日まで猶予し、債権者及び申立外会社は、債務者に対し、同日をもって上記各物件を明け渡す。

ウ 債権者及び申立外会社は、債務者に対し、本件各物件の明渡済みに至るまで、連帯して一か月六五万円の割合による賃料相当損害金を、毎月末日限り翌月分について支払う。

エ 債権者及び申立外会社は、上記ウの支払義務を二回分以上怠ったときは、債務者に対し、直ちに本件各物件を明け渡す。

(5)  債権者は本件各物件を昭和四二年六月一九日に取得した後、当該物件を生活の本拠として生活を続け、本件契約書を取り交わした後も、現在に至るまで同様の生活を続けている(甲一)。

二  債権者は、本件契約書を通じて債権者・債務者間に成立したのは売買契約ではなく譲渡担保契約である旨主張するので、以下検討する。

(1)  上記一(4)のとおり、本件和解においては、その文言上、①債権者及び申立外会社が本件各物件について占有権原を有しないこと、②債権者及び申立外会社は債務者に対し平成二五年九月末日という確定期限をもって本件各物件を明け渡すこと及び③この明渡しに至るまで債権者と申立外会社が連帯して月額六五万円の「賃料相当損害金」を支払うこと、④この「賃料相当損害金」の支払を二回分以上遅滞した場合、債権者及び申立外会社は直ちに本件各物件を債務者に明け渡すことが明示されているところ、裁判所において裁判官の面前であえてこうした多義的解釈の余地のない文言をもって和解を成立させている以上、上記和解文言は当事者の真意が反映されているものと一応推定すべきものである。

(2)  また、甲一六ないし一九、二一ないし二四、乙一の一ないし三及び審尋の全趣旨によれば、①債権者及び申立外会社が上記賃料相当損害金名目の金員の支払を怠ったことから、債務者は京都地方裁判所執行官に本件各物件明渡しの強制執行を申し立て、執行官はこれを受けて明渡執行に着手し、強制執行実施予定日を数回延期した上、平成二一年二月一七日、最終的に同年四月三〇日午前九時を断行期日とする旨指定したこと、②これを受けて債権者及び申立外会社は弁護士A(以下「A弁護士」という。)に上記強制執行申立ての取下交渉を依頼し、A弁護士は、本件和解の内容とりわけ確定期限を定めた本件各物件明渡しの合意が存することを前提に、二〇〇万円の保証金を債務者に預託するとともに、本件各物件明渡し後に当該保証金を返還する趣旨の合意をすることを通じて債務者の強制執行申立てを取り下げてもらうことの可能性を探り、そのような取り決めを含む合意書案を債務者に送付していたこと、③実際に債権者は債務者に対し保証金(敷金)名目で二〇〇万円を交付し、その結果債務者は強制執行申立てを取り下げるに至ったことが一応認められる。これによれば、債権者及び申立外会社並びにその代理人であるA弁護士は、本件和解がその文言どおりの内容のものであることを前提として諸般の手続を進捗させていたということができる。

(3)  他方、債権者がc社から債務者を紹介されたのは債務整理のための弁済資金を調達する必要に由来するものであったという事実や、本件契約書作成時から現在まで債権者が本件各物件の占有使用を継続している事実、あるいは、本件和解において、明渡期日は和解成立から約七年という長期間を経た後の平成二五年九月末日とされている事実等は先に認定・説示したとおりであって、一般的にいえば、これらの事実は、当事者間の合意が債権担保を目的とするものであったことを疑わせるものであることを否定できない(以下これらの事実を、「担保目的を疑わせる事実」という。)。

しかしながら、上記(1)及び(2)の事情に加え、債権者・債務者間に金銭消費貸借契約の成立を示す処分証書が作成された形跡がないこと、債権者から債務者に一定の金員が支払われることによって本件各物件の所有名義が回復される旨(受戻権の存在)を定めた書面も見当たらないこと、債務者が本件各物件を取得することに対応して清算金を支払う趣旨の合意の存在も窺われないこと等を考慮すると、上記担保目的を疑わせる事実をもってしては、本件和解の文言が当事者の真意を反映している旨の一応の推定(上記(1))を覆すには至らないというべきである。

(4)  以上説示の諸点を総合すると、本件和解は、その文言どおり、債権者及び申立外会社において本件各物件についての占有権原を有しないこと、すなわちその所有権は完全に債務者に移転したことを確認した上、債務者において本件各物件の明渡しを平成二五年九月末日まで猶予し、債権者及び申立外会社は同日をもって本件各物件を明け渡す趣旨の合意を含むものと一応認められる。そうであるとすれば、本件和解の直前(約一か月半前)に取り交わされた本件契約書は、これを通じて同和解の内容と整合する趣旨の合意がされたことを示すものであると解すべきであり、したがって、本件契約書を通じてされたのは譲渡担保の合意ではなく、売買の合意であったと一応認めるのが相当である。

三  以上によれば、債権者が、債務者に対し、本件所有権移転登記についての更正登記手続請求権を取得したことを一応なりとも認めることはできず、本件においては被保全権利の疎明がないことに帰する。そうすると、その余の争点について判断するまでもなく、基本事件の仮処分決定はこれを取り消し、当該仮処分申立ては却下するのが相当であって、本件異議申立てには理由がある。

別紙 物件目録<省略>

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