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京都地方裁判所 平成24年(ワ)2082号 判決 2015年9月16日

原告

被告

Y1 他1名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、一一七万一九九六円及びこれに対する平成一九年四月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇〇分し、その六を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して、二七〇〇万八六六二円及びこれに対する平成一九年四月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が普通貨物自動車を運転し、前車に続いて停止したところ、後続する被告Y1(以下「被告Y1」という。)運転にかかる普通乗用自動車(後記「被告車」)に追突され、受傷したとして、被告らに対し、被告Y1については民法七〇九条に基づき、被告Y2株式会社(以下「被告会社」という。)については被告車の運行供用者として自賠法三条に基づき、上記事故により原告に生じた損害金及びこれに対する上記事故日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求めた事案である。

一  前提事実(以下の事実は当事者間に争いがないか、掲記の証拠により容易に認定できる。)

(1)  事故の発生(以下「本件事故」という。甲一、乙三の五ないし七、乙五、被告Y1、弁論の全趣旨)

日時 平成一九年四月五日午後二時四五分ころ

場所 京都市伏見区醍醐高畑町三〇-一

関係車両(1) 普通貨物自動車(ナンバー<省略>)

同運転者 原告

(以下「原告車」という。)

(2)  普通乗用自動車(ナンバー<省略>)

同運転者 被告Y1

同保有者 被告会社

(以下「被告車」という。)

事故態様 原告車に後続する被告車が、原告車に追突した。

(2)  本件事故後の原告の治療経過

原告は、本件事故後、a病院にて下記の通院治療の後、症状固定との診断を受けた。

ア 整形外科(甲二)

傷病名 頚椎捻挫、頭部打撲、右膝打撲、右臀部打撲、腰椎捻挫

通院 平成一九年四月五日から同年一〇月一九日まで

(実通院日数七八日)

症状固定 平成一九年一〇月一九日

イ 眼科・精神科(甲三)

傷病名 斜視、輻輳不全、調整障害、眼振、頭頚部外傷症候群、不安障害、睡眠障害

通院 平成一九年五月一日から平成二一年一二月一六日まで

(実通院日数三四日)

症状固定 平成二一年一二月一六日

(3)  本件訴訟に至る経緯

ア 請求

原告は、被告らに対し、平成二二年一〇月四日付け内容証明郵便で、「本件事故により原告に生じた全ての損害についての相当額の損害賠償を請求する」との通知を行い、同通知は同月五日、被告らに到達した(以下「本件通知」という。甲一八ないし二〇)。

イ 調停

原告は、被告らに対し、平成二三年四月二日、本件事故による損害賠償請求にかかる調停を右京簡易裁判所に申し立てたが(甲二一、以下「本件調停」という。)、平成二四年六月一四日、不成立となった。

ウ 本訴提起

原告は、平成二四年七月一一日、当裁判所に本訴を提起した(当裁判所に顕著)。

二  争点

(1)  本件事故態様、過失割合及び責任原因

(2)  後遺障害の内容及び程度

(3)  本件事故による原告の損害

(4)  消滅時効

三  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件事故態様、過失割合及び責任原因)について

(原告の主張)

被告Y1は、原告車に後続して信号待ち停車していたところ、信号が青に変わったため、まず原告車が前進を開始し、これに続いて被告車も前進を開始した。その後すぐに原告車の前車が再停止したため、原告車も停止したが、被告Y1は脇見して前方注視を怠り、停止した原告車に被告車を追突させた。

被告Y1には、前方不注視の過失があり、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

被告会社は、被告車の運行供用者として、自賠法三条に基づき、被告Y1と連帯して、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(被告らの主張)

被告Y1が信号待ちで停車をしていたこと、信号が青に変わり、原告車に続いて被告車も前進を開始したこと、原告車が停止したこと、原告車に被告車が衝突したことについては認め、原告車の前車が再停車したことについては否認する。

原告車の前に停止車両はなかった。被告Y1は前方注視を怠っておらず、前方を見て運転していたが、原告車が突然停止したため、本件事故に至ったものである。

(2)  争点(2)(後遺障害の内容及び程度)について

(原告の主張)

ア 原告は、バックミラーで被告車の接近に気が付き、瞬時、逃げ道を探し、サイドブレーキにも手を掛けようとしたが、ブレーキレバーを引き上げる前に、身構えることもできないまま、被告車の衝突を受け、後頭部をヘッドレストに何度か打ち付けた。

これにより原告の頭部が前後に激しく振れ、この回転加速度が原告の脳や神経を広範囲に損傷した結果、原告には、本件事故直後から頚部痛、吐き気、体が熱くなる等の軽度外傷性脳損傷による症状が出現し、下記の後遺障害が生じた。

イ 頚部痛・膝痛

(ア) 傷病名 頚推捻挫、頭部打撲、右膝打撲、右臀部打撲、腰椎捻挫

(イ) 自覚症状 項頚部痛、中背部痛、右膝痛、段差の振動で頚部痛増強、車や電車の発進時にも痛み増悪、右膝は階段昇降時増悪し、時に膝くずれする、長距離歩行で膝前面痛、背中はもたれると痛む

(ウ) 他覚症状等 時として右股関節前面に疼痛出現(あぐらのときが多い)、長時間の座位で肩部痛出現、腰椎前屈三五度・後屈二〇度、頚椎可動域制限は両肩部及び背中央部で痛み伴う、右手小環指に知覚鈍痛残存、腰MRIでC四/五正中左側に椎間膨隆像、頚MRIでC五/六椎間板膨隆像、肢MRIで右膝周囲に筋挫傷像

ウ 視覚

(ア) 傷病名 斜視、輻輳不全、調整障害、眼振

(イ) 自覚症状 複視、視力障害、浮遊感

(ウ) 他覚的所見 外斜視の最大斜視覚は四五△であるが、正位から四五△の間で常時変動するという極めて不安定な状態である。これにより眼前の障害物に対する距離感、位置関係が認識できない。矯正視力は一・五であるが、調整機能不全状態であり、屈折値が〇ジオプターから-四ジオプターの間で短時間の間に変動する。この変動は不随意なものであり、固視対象物を明瞭に認識することができない(屈折値の変動はスキアスコープにて確認している。)。

エ 不安障害、睡眠障害

(ア) 傷病名 不安障害、睡眠障害

(イ) 自覚症状 不安感が強いとの訴えがある。眼症状など身体症状から疲労しやすいとの理由を述べ、日中の眠気が強く、午睡してしまう、過眠や夜の入眠困難等あり睡眠リズムが確立できないとの訴えがある。

(ウ) 他覚的所見 不安、睡眠障害について長期療養にても改善がみられない。

オ 原告は、本件事故前、ITサービスや機器の営業を担当して、優れた成績を上げることができていた。日々更新するIT技術を学習習得して、駆使できるだけでなく、企業を含めた顧客に対して説明することができ、さらに社会性、コミュニケーション能力も持ち合わせており、優れた営業力を備えていた、身体的にも若い原告は完全な健康体であり、眼科的、身体的、精神的に何らの病気や素因も有していなかった。

ところが、本件事故後は、眼科的、精神的、身体的に上記のとおりの疾病と後遺障害を抱え込んで症状は固定し、寛解の見通しが持てない状態である。働くことが叶わないだけでなく、ちょっとした外出もままならず、事故後七年余の長きにわたり、アパートの自室に日長閉じこもっているが、眼の障害のために、本を読んだり、テレビやビデオを楽しむことも難しくなってしまった。

このような変化の原因は、本件事故以外に考えられない。

カ 上記のような後遺障害の程度については、九級を認定した労災の等級認定を参考にすべきである。

(被告らの主張)

ア 被告Y1は、信号が青に変わり、ブレーキペダルから足を浮かせて被告車を発進させたが、アクセルは踏んでいない。他方、原告は、サイドミラーとルームミラーで後ろの被告車と被告Y1の様子を確認しており、追突を予想して身構えたはずである。

本件事故は、被告車がスピードのほとんど出ていない状態で、原告車に一度追突したにすぎず、原告がヘッドレストに何度も強く頭を打つことはない。

原告車と被告車の損傷状況からも、本件事故は軽微な追突事故であり、原告が主張するような重大な後遺障害を生じさせる事故ではない。

イ 高次脳機能障害の有無についての自賠責保険での判断基準として、①脳の受傷を裏付ける画像検査結果があること、②一定期間の意識障害が継続したこと、③意識回復後の認知障害と人格変化が顕著であって、これらの原因が脳外傷以外の他の疾患から説明ができないことが挙げられているところ、原告には上記①及び②が欠けている。

すなわち、原告は、①CTでもMRIでも、脳出血や脳挫傷痕は確認されておらず、脳室の拡大や脳全体の萎縮も確認されていない、②本件事故直後に半昏睡や昏睡は全くなく、本件事故から二時間ほどは病院にも行かず、本件事故現場に留まって、原告の勤務先の人や警察官と話をしていた。

また、③についても、原告は、適応障害と診断されており、本件事故の前に離婚し、三歳の子どもとも別居になっており、これらの素因や環境が、他の原因として考えられる事案である。

ウ 原告が病院に行ったのは、本件事故から二時間ほど後であり、通院日数も、本件事故日である平成一九年四月五日以降、四月中でみても数日にとどまる。

本件事故当時、原告は、勤務先との間で、平成一九年四月一日から同年六月三〇日までの三か月間の雇用契約を締結していたが、原告は、本件事故の翌日である同年四月六日から同年六月三〇日までは通常どおり稼働した。更新された契約期間は同年七月一日から同年九月三〇日までであり、原告は同年七月一日から同年八月三一日まで休業したものの、同年九月一日から同月三〇日までは稼働した。さらに更新された契約期間は同年一〇月一日から同月三一日までであり、この間も原告は通常どおり稼働した。

同年一一月一日以降に原告が稼働していないのは、契約更新されなかったからにすぎない。

このように、本件事故翌日の平成一九年四月六日から同年六月三〇日までと、同年九月一日から同年一〇月三一日までは仕事ができていたにもかかわらず、その後に長期の休業が必要であり、労働能力を喪失するような後遺障害が残っているというのは極めて不合理である。

エ 軽度外傷性脳損傷による注意、記憶、情報処理速度、遂行機能などの障害は、大多数の患者で三か月から一年以内に正常化する。同様に受傷直後には、非特異的自覚症状として、易疲労、頭痛、めまい、不眠、自覚的な記憶障害等も生じるが、これらも大多数の患者で三か月から一年以内に回復する。

一部の患者で、上記自覚症状が遷延することが確認されており、症状が遷延することに関連する因子として、唯一確実に認められたのは、訴訟・補償問題の有無であり、症状の遷延については、心理社会的因子の影響という考えが有力である。

原告の症状は、平成一九年四月五日の本件事故から八年以上が経った現在でも継続しているというのであって、不合理であり、本件は正に訴訟・補償問題がある場合である。

オ 以上のとおり、原告主張の後遺障害は認められない。仮に、原告に何らかの症状があるとしても、それは原告の疾患や心的素因等に基づくものであり、本件事故と因果関係のある損害ではない。仮に、因果関係が認められるとしても、素因減額がなされるべきである。

(3)  争点(3)(本件事故による原告の損害)について

(原告の主張)

ア 治療費 一三一万九四八〇円

イ 通院交通費 一六万一八一〇円

(内訳)

① 平成一九年七月までタクシー代 八万三四九〇円

② 平成一九年八月から平成二二年一一月までバス代 七万八三二〇円

(計算式)

一七八回×二二〇円(バス代片道)×二=七万八三二〇円

ウ 休業損害 七六一万三七一八円

原告は、bグループ会社で人材派遣等を業とするc株式会社に登録し、株式会社dに派遣され、新規契約獲得の営業などを担当していたが、本件事故による怪我で職場に復帰できず、平成一九年一〇月三一日をもって派遣契約終了となった。

(計算式)

(52万5113円+16万9163円)÷(31日+28日+31日)=7714円

7714円×987日=761万3718円

エ 入通院慰謝料 二〇〇万〇〇〇〇円

オ 後遺障害慰謝料 七〇〇万〇〇〇〇円

後遺障害等級九級

カ 逸失利益 一五九五万七六一〇円

(計算式)

7714円×365日×35%×16.193=1595万7610円

キ 小計 三四〇五万二六一八円

ク 既払金 七〇四万三九五六円

(内訳)

① 被告 一四六万二八一二円

② 労災 治療費 二二万七二六八円

休業保障給付金 一六五万八四七三円

障害補償一時金 二九四万五四〇三円

③ 自賠責 七五万〇〇〇〇円

ケ 既払金控除後残額 二七〇〇万八六六二円

(被告らの主張)

ア 治療費及び通院交通費は、不知又は争う。

イ 休業損害について

本件事故は、軽微な衝突事故であり、実際、通院日数は平成一九年四月中でみてもわずか九日にとどまり、休業を余儀なくされるような事故ではなかった。

また、原告は、本件事故翌日の平成一九年四月六日から同年六月三〇日までは通常に稼働し、同年七月一日から同年八月三一日まで休業した後、同年九月一日から同年一〇月三一日までは稼働している。

このように、原告の休業は、本件事故と因果関係がなく、少なくとも稼働していた期間や、平成一九年一〇月三一日に解雇された以降について、休業損害は認められない。

ウ 入通院慰謝料は争う。

エ 後遺障害慰謝料は否認し、争う。

オ 逸失利益について

原告は、本件事故後も、事故前と変わらず、週五日出勤、実労働時間七時間三〇分という条件で雇用契約を更新し続けており、服することができる労務が相当な程度に制限されていた事実はない。

また、原告の休業と本件事故との間に因果関係がないことは前記のとおりであり、平成一九年一〇月三一日には勤務先から解雇されていることからすれば、本件事故がなかった場合に、原告の主張する金額の基礎日額を取得できた可能性は低い上、六七歳まで就労可能であったかも疑問である。

カ 既払金は認める。

(4)  争点(4)(消滅時効)について

(被告らの主張)

ア 本訴提起は、本件事故日である平成一九年四月五日から三年が経過しているばかりか、原告が主張する症状固定日の平成一九年一〇月一九日から起算しても三年が経過している。

イ 本件通知には、具体的な損害額が何ら記載されておらず、本件請求にかかる催告たりえない。

民事調停法一九条は、民法一五一条の特則であると考えられており、調停申立てに時効中断効が認められるためには、調停不成立の通知を受けた日から二週間以内に訴えを提起しなければならないところ、原告は、本件調停が不成立になった後、二週間を経過した後に本訴を提起しているため、調停申立てによる時効中断効は認められない。

ウ 被告らは、原告に対し、平成二四年一〇月一八日到達にかかる書面(同月一七日付け被告ら第一準備書面)にて、時効を援用する旨の意思表示をした。

(原告の主張)

本件通知及び本件調停申立は、いずれも本件事故についての損害賠償請求権が、金額を除き具体的に特定されている上、本件請求権の全部行使の意思を明らかにしており、本訴と同一の損害賠償請求であることも明らかであるから、時効中断事由に該当する。

また、民事調停法に基づく調停申立には、民法一五一条が類推適用されて、一か月以内に訴えを提起すれば時効中断が認められる。

第三争点に対する判断

一  争点(1)(本件事故態様、過失割合及び責任原因)について

(1)  前記前提事実及び証拠(甲二四、二五、二七、乙五、原告、被告Y1)によれば、以下の事実が認められる。

本件事故現場の状況は、別紙のとおりである。

本件事故当日、被告Y1は、別紙①地点で、同<ア>地点の原告車に後続して信号待ち停車していた。

信号が青に変わったため、まず原告車が前進を開始し、これに続いて被告車も前進を開始したものの、前方は渋滞しており、原告車の前車はすぐに再停止し、原告車もこれに続いて別紙<イ>地点で停止した。

被告Y1は、原告車に続いて前進を開始した際、助手席の下に落ちた携帯電話が鳴ったことに気を取られ、原告車が前車に続いて再停止したことに気付くのが遅れ、別紙②地点に至って、原告車が同<イ>地点に停止しているのを認め、直ちにブレーキをかけるも間に合わず、被告車を原告車に追突させた。

これに反する被告らの主張は採用できない。

(2)  このような態様にかんがみれば、本件事故は、専ら被告Y1の前方不注意の過失によるものというべきである。

したがって、被告Y1は、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任があり、被告会社は、被告車の運行供用者として、自賠法三条に基づき、被告Y1と連帯して、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

二  争点(2)(後遺障害の内容及び程度)について

(1)  掲記の証拠によれば、本件事故後の原告の症状及び診療経過等は以下のとおりと認められる。

ア 本件事故直後(甲二七、原告、被告)

原告は、本件事故当時、c株式会社という派遣会社から、株式会社dに派遣されていたところ、本件事故当日は、取引先と打合せをするため、原告車を運転して本件事故現場に至り、本件事故に遭った。

本件事故後、原告と被告Y1は、それぞれの車両を車道脇に移動させ、互いに車から降りて話をした。その際、原告は、被告Y1に対し、携帯を見ていたことを問い質し、被告Y1はこれを認め、警察を呼ぶとともに、原告に怪我がないかを尋ね、原告はどうもないと答えた。

その後、原告と被告Y1は、臨場した警察官に対し、それぞれ本件事故の状況を説明した。

その後、原告は、偶然本件事故現場を通りかかった直属の上司に対し、本件事故に遭ったこと、この後打合せに行くことを報告したところ、上司から病院に行くよう指示され、上司が呼んだ同僚の運転する車でa病院に行った。

イ 初診時(甲四〇:一、三、四頁)

原告は、平成一九年四月五日午後五時二分、a病院整形外科を受診し、午後四時ころから、嘔気あり、体が熱くなる、背中の中央が痛い、本件事故の一時間後より右頚の痛みが強くなり、徐々に左頚の痛みが強くなり、胸骨あたりも痛みが強く、内側から押される感じと訴えた。

診察及び検査の結果、視野狭窄や四肢麻痺はなく、頭部に出血や骨折はなく、頚椎、胸椎、胸骨にも問題は認められず、頚椎捻挫、頭部打撲と診断された。

ウ a病院整形外科及び脳神経外科への通院

(ア) 平成一九年四月六日、原告は、同病院整形外科を受診し、頭痛、頚部痛、右膝部痛を訴えた。診察の結果、膝部、腰部、尾てい部に腫れを認め、右膝打撲、右臀部打撲、骨盤打撲、腰部打撲、右胸部打撲、腰椎捻挫と診断され、鎮痛消炎剤等が処方された(甲四〇:一、四ないし六頁)。

(イ) 原告は、同年四月一〇日、一三日、二〇日、二一日と通院し、頚部痛等を訴え、同月一三日には営業の仕事を休んでいる旨述べた(甲四〇:六ないし九頁)。

(ウ) 原告は、同年四月二四日に通院し、同月二三日から仕事に出ていると述べた。同月二六日、原告の訴える頭痛について、脳神経外科を受診し、緊張性頭痛と診断され、鎮痛剤の処方を受けた(甲四、甲四〇:九頁)。

(エ) 原告は、同年四月二七日に通院し、頭痛、腰背部痛等を訴え、同年五月二日、背部痛を訴え、仕事に出ているものの支障があると述べた(甲四〇:一〇、一一頁)。

(オ) 原告は、その後、同年一〇月一九日まで、ほぼ二日に一回の頻度で通院し、投薬、物療にて保存加療を受け、同日、症状固定との診断を受けた(甲二、四〇)。

(カ) 同年一一月一日付け後遺障害診断書には、次の記載がある(甲二)。

① 傷病名 頚椎捻挫、頭部打撲、右膝打撲、右臀部打撲、腰椎捻挫

② 自覚症状 項頚部痛、中背部痛、右膝痛、段差の振動で頚部痛増強、車や電車の発進時にも痛み増悪、右膝は階段昇降時増悪し、時に膝くずれする、長距離歩行で膝前面痛、背中はもたれると痛む

③ 他覚症状等 時として右股関節前面に疼痛出現(あぐらのときが多い)、長時間の座位で肩部痛出現、腰椎前屈三五度・後屈二〇度、頚椎可動域制限は両肩部及び背中央部で痛み伴う、右手小環指に知覚鈍痛残存、腰MRIでC四/五正中左側に椎間膨隆像、頚MRIでC五/六椎間板膨隆像、肢MRIで右膝周囲に筋挫傷像

エ a病院眼科及び精神科への通院

(ア) 平成一九年五月一日、原告は、同病院眼科を受診し、視点があわない感じがする、片眼、両眼でみても物が二重に見えたりズレて見えたりする、仕事もしづらいと訴え、検査の結果、両遠視性乱視、外斜視と診断された(甲四一:一、二頁)。

(イ) 原告は、同年五月一六日に通院し、仕事ができないと訴え、検査の結果、眼精疲労、輻輳不全と診断された(甲四一:一、四頁)。

(ウ) 原告は、同年六月一三日、二二日と通院し、同年七月四日には、輻輳不全の病状と複視が頻繁に出現することについて、完治するか分からない不安と、上記病状によるストレスで睡眠障害を訴え、同院精神科を受診し、適応障害と診断され、薬物療法等を受けた(甲四、甲四一:五ないし七頁)。

(エ) 原告は、その後、同年一二月末まで、毎月ほぼ二回の頻度で通院し、その後は毎月ほぼ一回の頻度で通院治療を受け、平成二一年一二月一六日、症状固定との診断を受けた(甲三、四一)。

(オ) 平成二二年一一月一七日付け後遺障害診断書には、次の記載がある(甲三)。

① 傷病名 斜視、輻輳不全、調整障害、眼振、頭頚部外傷症候群、不安障害、睡眠障害

② 自覚症状 複視、視力障害、浮遊感、不安感が強い、眼症状など身体症状から疲労しやすいため日中の眠気が強く、午睡してしまう、過眠や夜の入眠困難等あり睡眠リズムが確立できない。

③ 他覚的所見 外斜視の最大斜視覚は四五△であるが、正位から四五△の間で常時変動するという極めて不安定な状態である、これにより眼前の障害物に対する距離感、位置関係が認識できない、矯正視力は一・五であるが、調整機能不全状態であり、屈折値が〇ジオプターから-四ジオプターの間で短時間の間に変動する、この変動は不随意なものであり、固視対象物を明瞭に認識することができない(屈折値の変動はスキアスコープにて確認している。)、不安、睡眠障害について長期療養にても改善が見られない。

オ 労災の等級認定

(ア) 大阪中央労働基準監督署長からの依頼を受けて、a病院の神経内科医が提出した平成二〇年七月一七日受付にかかる意見書には、次の記載がある(甲一四:二一頁)。

神経学的には、平滑眼球運動の障害、輻輳障害を認めた。平成二〇年三月一九日の頭部MRIでは眼球運動障害を来すような脳病変は検出されず、また、低髄液圧症候群でみられることのある脳の下垂、髄膜の肥厚は認めなかった。低髄液圧症候群の存在の有無は不明である。

(イ) 大阪中央労働基準監督署からの相談を受けた労災協力医は、平成二〇年九月三日、a病院眼科のカルテから判断して、①本件事故との因果関係について、交通外傷によるむちうちからくる眼症状であり、因果関係は認められる、②症状の程度について、外斜視の程度、検査結果の数値等から、眼球障害、調整障害が強く残っているものと判断できる、③症状固定の時期について、現在の状態では症状固定とはいえない、一年ではまだ早いだろう、今後経過観察を続ける必要がある、ただ治療法としては、外斜視に対する手術しか根本的なものはなく、その他については保存療法のみであると述べた(甲一四:二六頁)。

(ウ) a病院眼科の主治医から提出された平成二二年九月一五日付け診断書には、次の記載がある(甲一四:三頁)。

① 障害の状態 複視・霧視・浮遊感が持続し、歩行すら困難である。読書・書字にも困難を伴う。

② 残存の原因 MRI等によっても原因病巣は検出されず、治療が困難である。

③ 回復の見込 現在の療養にて改善傾向がみられない、積極的治療の予定はなく改善は期待できない。

(エ) a病院整形外科の主治医から提出された平成二三年四月七日付け診断書には、次の記載がある(甲一四:五頁)。

① 障害の状態 頚部痛、背部痛、右膝痛、段差の振動で頚部痛出現、車や電車の発進時も痛い。右膝は段差で膝くずれがおき、長い歩行で右膝痛。背部はもたれると痛い。

② 残存の原因 外傷性、心因性等考えられるが不明

③ 回復の見込 なし

(オ) 厚生労働事務官による平成二三年六月二〇日付け障害認定調査復命書には、次の記載がある(甲一四:六、七頁)。

① 障害の状態 ⅰ)外見上、著変なし。ⅱ)医証及び主治医面談結果から、平成一九年七月四日及び平成二二年二月二三日の検査所見から正面視で複視を残すと認められる。また、平成二〇年二月四日の検査所見で外斜視の角度が近見時三〇度、遠見時一六度であり、複視の原因であると認められる。本人が訴える頭痛は複視によって派生的に生じるものと判断される。平成二一年一二月一六日付け視力検査結果より、矯正視力で両眼それぞれ一・五であることが確認できるため、障害等級には該当しないと判断する。ⅲ)平成二三年四月七日付け検査所見より、視野損失率は右眼六七・五%、左眼七四・五%、両眼六九・二五%で、正常値の六〇%以下には及ばない。ⅳ)調整機能については主治医面談結果から、両眼の屈折率の値の変動が大きく、輻輳不全があることにより、調整機能は一般の同年代の者と比較すれば、二分の一以下になっているものと判断する。ⅴ)医証より外傷による頚部及び膝の疼痛が認められ、その程度はそれぞれ「局部に神経症状を残すもの」と判断される。医証より右膝関節の可動域には制限を認めるも健側に比し、四分の三以下には該当しない。また、頚部可動域についてはX線写真等では、骨折及び軟部組織の器質的変化を認めず、単に疼痛のために運動制限を残すものであるため、局部の神経症状として判断する。ⅵ)なお、当署による頚部可動域の測定は、本人が痛みを理由に測定を拒否したものである。

② 等級認定事由 以上のことから、本件は、ⅰ)正面視で複視を残すことから「正面視で複視を残すもの」(一〇級の一の二)、ⅱ)両眼の調整力が通常の二分の一以下になっていることにより「両眼の眼球に著しい調節機能障害を残すもの」(一一級の一)、ⅲ)頚部に疼痛が残存するため「局部に神経症状を残すもの」(一四級の九)、ⅵ)右膝部に疼痛が残存するため「局部に神経症状を残すもの(一四級の九)、よって、ⅰとⅱを併合の方法を用いて準用第九級とし、ⅲとⅳを併合の方法を用いて準用第一四級とし、これらを併合し、併合第九級とするのが相当と思料する。

(カ) 大阪中央労働基準監督署は、平成二三年七月四日、原告の障害等級を九級と認定した(甲一一)。

カ 自賠責の後遺障害等級認定

(ア) 平成一九年一二月二〇日、原告から後遺障害請求を受けた自賠責保険は、原告の訴える項頚部痛、項頚部の運動障害、中背部痛、胸腰椎部の運動障害、右膝痛、右膝関節の機能障害、右股関節前面痛、尾骨痛について、いずれも自賠責保険における後遺障害には該当しないものと判断した(甲二八)。

(イ) 平成二三年八月二日、原告からの後遺障害請求を受けた自賠責保険は、原告の訴える項頚部痛、項頚部の運動障害、中背部痛、胸腰椎部の運動障害、右膝痛、右膝関節の機能障害、右股関節前面痛、尾骨痛については、前回回答どおり、いずれも自賠責保険後遺障害には該当しないものと判断し、原告の訴える左眼の調節機能障害、複視、両眼の視力低下についても、自賠責保険における後遺障害には該当しないものと判断する一方、「不安感が強い、眼症状など身体症状から疲労しやすいため日中の眠気が強く、午睡してしまう、過眠や夜の入眠困難等あり、睡眠リズムが確立できない」との訴えについては、本件事故に起因した脳の器質的損傷を伴わない精神症状(非器質性精神障害)と捉えられ、自賠責保険における後遺障害としては、一四級九号に該当するものと判断した(甲二九)。

キ 休業状況

原告は、少なくとも平成一六年八月一日以降、c株式会社という派遣会社の派遣スタッフとして稼働しており、平成一九年一月一一日からは株式会社dに派遣され、セールスエンジニア、テレマーケティング、事務用機器操作の業務に従事していた(調査嘱託の結果)。

本件事故当時、原告は、c株式会社との間で、平成一九年四月一日から同年六月三〇日までの雇用契約を締結しており、原告は、本件事故の翌日である同年四月六日から同月一三日ころまでは通常どおり稼働したものの、同月一三日ころから同月二二日まで休業し、同月二三日から仕事に復帰した(甲四〇:六ないし九頁、乙六の一一)。

上記契約は更新され、更新された契約期間は平成一九年七月一日から同年九月三〇日であった。この間、原告は、同年七月一日から同年八月三一日までの間、仕事を休んだ(甲一六、乙六の一二)。

上記契約は更新され、更新された契約期間は平成一九年一〇月一日から同月三一日までであったが、同日を最後に、契約が更新されることはなく、同日をもってc株式会社と原告との間の雇用契約は終了した(乙六の一三、調査嘱託の結果)。

ク A医師(以下「A医師」という。)の意見書

原告は、平成二六年二月一二日、e診療所のA医師のもとを訪れ、同医師による診察、検査、同医師から紹介された病院での検査を受けた(甲四二)。

(ア) 平成二六年三月三日、原告は、f病院耳鼻咽喉科頭頚部外科を受診し、味覚・嗅覚検査を受けた結果、嗅覚について右平均三(中等度低下)、左五・八(脱失)、味覚について左右とも中等度から高度障害が認められ、嗅覚、味覚障害と診断された(甲四二添付資料一)。

(イ) 平成二六年二月一九日、原告は、f病院眼科を受診し、視覚検査を受けた結果、輻輳不全型外斜視、調整不全と診断された(甲四二添付資料二)。

(ウ) 平成二六年四月八日、原告は、g病院リハビリ科を受診し、同月一六日から同年五月二四日まで一一回にわたり作業療法士による高次脳機能関連のテストバッテリーを受けた(甲四二添付資料三)。

平成二六年六月一〇日付け診療情報提供書には、総合的な判断もしくは印象として、①言語性記憶、作動記憶が他の能力(遂行機能、注意、知覚統合)が平均以上であることに比してやや低下しているものの、年齢相応の平均値に近い、②PASATの一秒条件の検査で、一度答えられなくなった際にセットを切り替えて検査を継続することが困難であった、③構成能力に病的低下は認めなかったものの、検査施行時間のばらつきあり、一度間違えた後に修正するまでの時間をやや要する印象で、思考の柔軟性低下が疑われた、③頭部MRI画像では明らかな脳内の変化は指摘できなかったことが記されている。

また、全体としての印象として、①能力的には維持されているが、事故によって自己抑制が低下した結果、検査に際して途中で投げ遣りとなってしまい記憶や結果に影響している可能性は否定できない、②または(あるいは、さらに)言語性を中心とする作動記憶の後遺障害が軽度あるという可能性も否定できない、③こだわりや、対応の仕方などが気に掛かりましたが、高次脳機能障害による性格変化なのかもとの性格特性なのか不詳ですとの記載がある。

(エ) A医師の平成二六年一一月三〇日付け意見書には、上記各結果をもとに、原告の傷病名について、次の記載がある(甲四二)。

原告には、現在、いくつかの神経学的異常所見、具体的には脳神経麻痺、高次脳機能障害が認められます。これらの神経学的異常所見を起こす原因として原告の人生の中で本件事故以外に他に原因として考えられる事柄がないことから、原告は本件事故で外傷性脳損傷を起こしたと考えられます。原告の受傷後三〇分、またはそれ以後医療機関を受診した時の意識障害はGCS:一五と考えられることから、原告の病気は、WHOの軽度外傷性脳損傷の定義によれば、軽度外傷性脳損傷と診断されます。

原告の嗅覚障害は一四級の九に準用されます。中等度から高度障害である味覚障害については、一二級を準用することが妥当と考えます。高次脳機能障害は、「通常の労務に服することができるが、高次脳機能障害のため、多少の障害をのこすもの」(四能力のいずれか一つ以上の能力が多少失われているもの)となり、一二級の一二に該当します。

(2)  証拠(甲三三、乙一〇)によれば、軽度外傷性脳損傷の診断基準について、以下の事実が認められる。

WHOは、軽度外傷性脳損傷を、外部から物理的な力が作用して頭部に機械的なエネルギーが負荷された結果起きた急性の脳損傷であると定義し、その診断基準を、①受傷後に混迷または見当識障害、三〇分以内の意識喪失、二四時間未満の外傷後健忘症、そして、あるいはこれら以外の短時間の神経学的異常、例えば局所徴候、痙攣、外科的治療を必要としない頭蓋内疾患等が少なくとも一つ存在すること、②外傷後三〇分後ないしは医療機関受診時のGCSの評価が一三点から一五点に該当すること、③上記症状が、薬、アルコール、処方薬、他の外傷又は他の外傷治療(例えば全身外傷、顔面外傷、挿管)、他の問題(例えば心的外傷、言語の障壁、同時に存在する疾病)、あるいは穿孔性頭蓋脳外傷によってもたらされたものでないこととしている。

また、WHOは、軽度外傷性脳損傷に関する平成一六年以前の医学論文の系統的レビューを行い、軽度外傷性脳損傷による症状、特に受傷後一年以上経過しても、症状が治癒、改善されない場合の考え方について、次のように整理している。すなわち、①受傷直後に神経心理学的検査を行うと、注意、記憶、情報処理速度、遂行機能などの障害が把握されることが多い。しかし、これらの異常は大多数の患者で三か月から一年以内に正常化する。同様に受傷直後には、非特異的自覚症状として、易疲労、頭痛、めまい、不眠、自覚的な記憶障害等も生じる。しかし、これらも大多数の患者で三か月から一年以内に回復する。②一部の患者で上記の自覚症状が遷延することが確認されている。症状が遷延することに関連する因子として、脳外傷の重症度は統計的に有意の関連を示さなかった。唯一確実に関連があると認められた因子は、訴訟・補償問題の有無であった。このように、症状の遷延については、心理社会的因子の影響によるという考えが有力であるとされている。

国土交通省から、軽症頭部外傷を原因とする高次脳機能障害についての検討要請を受けた損害保険料率算出機構は、WHOの上記考察結果をふまえ、軽症頭部外傷後に一年以上回復せずに遷延する症状については、それがWHOの診断基準を満たすものであっても、それのみで高次脳機能障害であると評価することは適切ではない、ただし、軽症頭部外傷後に脳の器質的損傷が発生する可能性を完全に否定することまではできず、このような事案における高次脳機能障害の判断は、症状の経過、検査所見等も併せ慎重に検討されるべきであると結論づけている。

(3)  以上をもとに検討するに、前記(1)で認定したとおり、原告は、本件事故直後、自ら原告車を車道脇に寄せ、被告Y1と本件事故の原因について話をし、臨場した警察官や直属の上司に事故状況を説明し、病院での主訴も明確であって、事故直後の混迷や見当識障害、三〇分以内の意識喪失、二四時間未満の外傷後健忘症、又はこれら以外の短時間の神経学的異常はいずれも認められない。

また、原告には、本件事故直後から現在まで、頭部MRI検査等で、外傷性病変の存在を裏付ける画像所見が全く認められない。

さらに、原告は、本件事故翌日の平成一九年四月六日から同月一三日ころまで仕事に出ており、同月一三日ころから同月二二日まで休業したものの、同月二三日から仕事に復帰し、同年七月一日から同年八月三一日までの休業期間を除き、仕事に出て、同年一〇月一日からの契約更新を得ており、原告の訴える症状経過と休業状況は一致しない。

加えて、原告が複視を訴え、眼科を受診したのは、平成一九年五月一日になってからであり、その後、浮遊感や歩行困難、読書・書字の困難さなどを訴えるに至り、こうした状態は、本件事故後一年以上経過しても改善することなく残存している。

以上を総合してみれば、原告に残存する症状を、本件事故による軽度外傷性脳損傷によるものと認めることは困難である。

(4)  これに対し、原告は、本件事故により後頭部をヘッドレストに何度か打ち付けたことで、脳や神経を広範囲に損傷したものであり、画像診断で脳損傷が確認できないことや、意識障害が認められないことをもって、軽度外傷性脳損傷の発症が否定されるわけではないと主張し、証拠(甲二六、三三、三四、四二)中にはこれに沿う部分がある。

しかし、争点(1)で認定したとおり、被告車は、別紙①地点で停車していたところから発進し、同②地点で原告車に追突しているところ、証拠(甲二五)によれば、①から②までの距離は一三・八mであり、この間の被告車の加速はわずかと解されること、証拠(乙三の一ないし七)によれば、本件事故による両車両の損傷も軽微であることに鑑みれば、本件事故により原告の後頭部がヘッドレストに何度も激しく打ち付けられたとは考えがたく、脳損傷の機序としてにわかに了解しがたい。

また、現時点では、技術的限界から、微細な組織損傷を発見し得る画像資料等はないため、画像診断で脳損傷が確認できないことをもって、軽度外傷性脳損傷を直ちに否定し得るものでないことは原告主張のとおりであるが、本件においては、画像所見がないだけでなく、本件事故が脳損傷の機序になり得るかについて前記のとおり疑問がある上、意識障害も認められていないことに照らし、上記原告の主張は採用できない。なお、A医師の意見書(甲四二)は、前記WHOの診断基準②のみをもって、軽度外傷性脳損傷を認めるものであり、WHOの診断基準①の意識障害の有無や、③の本件事故以外の要因として休業状況等についての考慮を欠いている点で、採用できない。

(5)  以上をもとに、本件事故による原告の後遺障害の内容及び程度について検討する。

原告は、本件事故により頚椎捻挫、頭部打撲、右膝打撲、右臀部打撲、腰椎捻挫の傷害を負ったものであるが、頚部、腰部及び右膝について骨折及び軟部組織の器質的変化は認められないため、本件事故直後から一貫して続く項頚部痛、中背部痛、右膝痛は、局部に神経症状を残すものとして、それぞれ自賠責保険における後遺障害等級の一四級に相当するというべきである。

他方、原告が訴える複視や眼の調整機能障害については、本件事故による眼球打撲等の眼球運動障害や調整機能障害の原因となる受傷は認められず、本件事故により軽度外傷性脳損傷が生じたと認めることも困難であることからすれば、一本件事故と相当因果関係を有し、将来においても回復が困難と見込まれる障害であるものとは捉えがたく、自賠責保険における後遺障害等級には該当しないというべきである。

そして、原告の訴える不安感や睡眠障害については、本件事故に起因した不安やストレスにより、脳の器質的損傷を伴わない精神症状(非器質性精神障害)を残したものとして、自賠責保険における後遺障害等級の一四級に相当するというべきである。

これらを総合してみれば、本件事故により原告に生じた後遺障害の程度は、一四級に相当すると認められる。

なお、原告の後遺障害は上記の限度で認められるものであるから、素因減額は相当でない。

三  争点(3)(本件事故による原告の損害)について

(1)  治療費 七二万八九二六円

前記前提事実及び争点(2)で認定したとおり、本件事故と相当因果関係を有する傷害は、①頚椎捻挫、頭部打撲、右膝打撲、右臀部打撲、腰椎捻挫、②不安障害、睡眠障害であり、①についてはa病院整形外科及び脳神経外科で治療を受け、平成一九年一〇月一九日をもって症状固定し、②については同病院精神科で治療を受け、平成二一年一二月一六日をもって症状固定したものである。

この間の治療費は、本件事故と相当因果関係を有する損害ということができるところ、証拠(甲四ないし六、九、一七)によれば、下記のとおりと認められる(なお、甲六、七に記載の通院日のうち、甲九に記載の精神科への通院日数を超える部分は、眼科又は症状固定後の整形外科分と解される。)。

(内訳)

① 整形外科分(平成一九年四月から同年一〇月分、甲四、一七)

五一万二〇一二円

(計算式)

48万8580円+2万3432円(腰椎コルセット)=51万2012円

② 脳神経外科分(平成一九年四月及び同年五月分、甲四、一七)

一万三四二〇円

③ 精神科分(平成一九年七月から平成二一年一二月分)

a 六万五六〇〇円(平成一九年七月から同年一〇月分、甲四、一七)

b 一万七〇六〇円(平成一九年一〇月及び同年一一月分、甲五、九)

c 一二万〇八三四円(平成二〇年一月から平成二一年一二月分、甲六、九)

(計算式)

(730+400+400+437+533+453+70+330+400+499+330+330+411+419+633+633+547+563+563+330+398+398)点×12円3150円=12万0834円

(2)  通院交通費 一〇万八一三〇円

証拠(甲一七)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係を有する傷害につき、症状固定日までの通院交通費は、下記のとおりと認められる。

(内訳)

① 平成一九年七月までタクシー代 八万三四九〇円

② 平成一九年八月から平成二一年一二月までバス代 二万四六四〇円

(計算式)

(整形外科の通院26回+精神科の通院30回)×220円(バス代片道)×2=2万4640円

(3)  休業損害 七四万〇五四四円

争点(2)で認定したとおり、原告は、本件事故により、平成一九年四月一三日ころから同月二二日まで、同年七月一日から同年八月三一日まで休業し、同年一〇月三一日を最後に契約は更新されず、以後、休業状態にあることが認められる。

そして、契約更新がかなわなかった後も、本件事故による頚椎捻挫、腰椎捻挫等による後遺障害があり、不安障害及び睡眠障害の治療のための通院が必要であったことに鑑みれば、前記症状固定日までの実通院日数について、本件事故と相当因果関係を有する休業日数と認めることができる。

したがって、本件事故と相当因果関係のある休業期間は、平成一九年四月一三日から同月二二日までの一〇日間、同年七月一日から同年八月三一日までの六二日間、同年一一月一日から平成二一年一二月一六日までの実通院日数二四日間の合計九六日間と認められる。

この点、原告は、被告及び自賠責保険が本件事故直後から原告に休業損害を支払ってきたこと(甲一七)を捉えて、本件事故後から平成一九年一〇月三一日までの全期間、休業を余儀なくされた旨主張する。しかし、支払明細(甲一七)記載の休業日数は、平成一九年七月及び八月についてみても、休業損害証明書(甲一六)記載の休業日数と一致せず、実際の休業日数に裏付けられたものとは解し得ず、原告の上記主張は採用できない。

そして、証拠(甲一六)によれば、本件事故前三か月間の平均収入は、日額七七一四円と認められるから、休業損害は、下記のとおりとなる(一円未満切捨て、以下同じ。)

(計算式)

(52万5113円+16万9163円)÷(31日+28日+31日)≒7714円

7714円×96日=74万0544円

(4)  入通院慰謝料 一五三万〇〇〇〇円

本件事故と相当因果関係を有する傷害の内容と程度、治療期間と症状経過等に鑑みれば、入通院慰謝料としては、上記金額が相当である。

(5)  後遺障害慰謝料 一一〇万〇〇〇〇円

争点(2)で認定した本件事故と相当因果関係を有する後遺障害の内容及び程度に鑑みれば、後遺障害慰謝料としては、上記金額が相当である。

(6)  逸失利益 九〇万九八九二円

前記(3)で認定したとおり、本件事故前三か月の平均収入は日額七七一四円であるから、これを基礎収入とみるのが相当である。

争点(2)で認定した本件事故と相当因果関係を有する後遺障害の程度に鑑みれば、労働能力喪失率は五%とみるのが相当である。

証拠(甲一)によれば、原告は、昭和五一年○月○日生まれの男性であり、平成二一年一二月一六日の症状固定時三三歳であること、証拠(甲四四、原告)によれば、現在も上記後遺障害が残存していることが認められことからすれば、労働能力喪失期間は八年間とみて、これに対応するライプニッツ係数により中間利息を控除するのが相当である。

以上によれば、逸失利益は、下記計算式のとおりとなる。

(計算式)

7714円×365日×5%×6.4632≒90万9892円

(7)  過失相殺

争点(1)で認定したとおり、本件事故は専ら被告Y1の過失によるものというべきであるから、過失相殺は相当でない。

(8)  損益相殺後の残額 一〇七万八七九〇円

原告が下記既払金内訳の既払金を受領したことは、当事者間に争いがない。ただし、証拠(甲六、七、九)によれば、労災から支払われた治療費のうち、本件事故と相当因果関係を有する傷害に対する治療費と認められるのは、平成二〇年七月から平成二一年一二月までの精神科分であり(平成二〇年一月から同年六月までは生活保護からの支払と解される。)、下記本件事故にかかる労災からの治療費のとおり、八万二二四八円と認められる。

上記既払金のうち労災からの治療費(ただし、本件事故と相当因果関係を有する傷害に対する治療費)は前記(1)の治療費に、労災からの休業補償給付金は前記(3)の休業損害に、労災からの障害補償一時金は前記(6)の逸失利益に充当され、その後の残額に被告及び自賠責からの受領分を充当すると、残額は下記既払金控除後残額のとおりとなる。

(既払金内訳)

① 被告 一四六万二八一二円

② 労災 治療費 二二万七二六八円

休業保障給付金 一六五万八四七三円

障害補償一時金 二九四万五四〇三円

③ 自賠責 七五万〇〇〇〇円

(本件事故にかかる労災からの治療費)

(70+330+400+499+330+330+411+419+633+633+547+563+563+330+398+398)点×12円=8万2248円

(既払金控除後残額)

① 治療費

七二万八九二六円-八万二二四八円=六四万六六七八円

② 通院交通費 一〇万八一三〇円

③ 休業損害

七四万〇五四四円-一六五万八四七三円=〇円

④ 入通院慰謝料 一五三万〇〇〇〇円

⑤ 後遺障害慰謝料 一一〇万〇〇〇〇円

⑥ 逸失利益

九〇万九八九二円-二九四万五四〇三円=〇円

⑦ 小計 三三八万四八〇八円

⑧ その余の既払控除後残額

338万4808円-146万2812円-75万円=117万1996円

四  争点(4)(消滅時効)について

(1)  民法七二四条にいう「損害及び加害者を知った時」とは、被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれらを知った時を意味し(最高裁昭和四八年一一月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一〇号一三七四頁参照)、同条にいう被害者が損害を知った時とは、被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうと解するのが相当である(最高裁平成一四年一月二九日第三小法廷判決・民集五六巻一号二一八頁参照)。

これを本件についてみると、前記前提事実によれば、原告は、本件事故により①頚椎捻挫、頭部打撲、右膝打撲、右臀部打撲、腰椎捻挫、②斜視、輻輳不全、調整障害、眼振、頭頚部外傷症候群、不安障害、睡眠障害の傷害を負い、①については平成一九年一〇月一九日に、②については平成二一年一二月一六日に症状固定との診断を受けており、証拠(甲二八、二九)によれば、原告は、上記症状固定との診断に基づき、①については平成一九年一二月二〇日までに、②については平成二二年一一月三〇日に、後遺障害等級の事前認定を申請したことが認められる。これらの事実によれば、原告は、各症状固定との診断を受けた時には、①、②にかかる各後遺障害の存在を現実に認識し、加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に損害の発生を知ったものというべきである。

そして、①にかかる後遺障害に基づく損害賠償請求権と②にかかるそれとを区別することは困難であるから、本件事故による後遺障害に基づく原告の損害賠償請求権は、全体として平成二一年一二月一六日から進行し、そこから三年以内の本訴提起により、原告の本訴請求権は未だ時効にかかっていないというべきである。

(2)  仮に、①にかかる後遺障害に基づく損害賠償請求権と②にかかるそれとを区別することが可能であり、①にかかる後遺障害に基づく損害賠償請求権について、平成一九年一〇月一九日から消滅時効が進行するとしても、下記のとおり、時効中断効が認められる。

すなわち、前記前提事実のとおり、原告は、上記消滅時効期間が経過する前に、平成二二年一〇月五日到達にかかる本件通知で、被告らに対し、本件事故による損害賠償を催告し、その後六か月以内の平成二三年四月二日に本件調停を申し立て(民法一五三条)、本件調停が不成立となった平成二四年六月一四日から一か月以内に本訴を提起したことにより(民法一五一条)、本件通知時に上記時効中断の効力が生じたものということができる。

この点、被告らは、本件通知には具体的な損害額が何ら記載されておらず、催告たり得ないと主張するが、証拠(甲一八)によれば、本件通知により、原告は、被告らに対し、本件事故により生じた全ての損害について相当額の損害賠償を請求する意思のあることを明示しており、民法一五三条が、簡易な催告に時効中断効を認めつつ、その中断効を確定的なものとせず、六か月内に正式の中断手続をとることにより初めて確定的に中断の効力を認めることにした趣旨に鑑みれば、請求金額の特定がなくとも、請求債権の特定と請求の意思が明らかであれば、上記催告として十分であるというべきである。

また、被告らは、調停申立てに時効中断効が認められるためには、調停不成立の通知を受けた日から二週間以内に訴えを提起する必要がある(民事調停法一九条)と主張するが、民事調停法一九条は、一定の条件の下に調停の申立てに訴え提起の効果を擬制し、出訴期間や貼用印紙等に関して申立人を保護することを目的とした規定にすぎず、調停の申立てそれ自体の実体法上の効果を規定するものではないというべきである。

(3)  以上によれば、本訴請求について消滅時効をいう被告らの主張は理由がない。

五  結語

よって、主文のとおり判断する。

(裁判官 上田賀代)

別紙<省略>

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