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京都地方裁判所 平成24年(ワ)2819号 判決 2013年3月14日

反訴原告

反訴被告

主文

一  反訴被告は、反訴原告に対し、三三七万一五五円及びこれに対する平成二四年九月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を反訴原告の負担とし、その一を反訴被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  反訴被告は、反訴原告に対し、一四九五万九五一八円及びこれに対する反訴状送達の日(平成二四年九月二四日)の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  仮執行宣言

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、反訴原告が後記交通事故により反訴原告に生じた人身損害について、反訴被告に対し、不法行為(民法七〇九条)に基づき損害賠償金及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

二  前提となる事実

次の事実は、当事者間に争いがなく、もしくは、後記各証拠または弁論の全趣旨により容易に認められる。

(1)  本件事故(争いがない事実)

ア 発生日時

平成一七年九月二七日午後一一時三〇分ころ

イ 発生場所

大阪府大東市寺川三丁目一一番一〇号

ウ 当事者、関係車両及び事故態様

道路を走行していた反訴被告運転の原付自転車が雨でスリップして歩道上を歩行中の反訴原告に衝突した。(以下「本件事故」という。)

(2)  責任原因

反訴被告に本件事故発生について原付自転車を運転するに当たり注意義務違反があり、本件事故により反訴原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(3)  原告の治療経過等

ア 治療経過

反訴原告は、本件事故後、下記(ア)から(エ)のとおりの診察、治療を受けた。

(ア) 平成一七年九月二七日から同年一〇月二三日までa病院(甲四の一から五の二、三五、三六、大阪府大東市所在)

入院二六日 通院実日数一日

診断傷病名:左鎖骨骨折、左第一肋骨骨折、胸部外傷、頭部顔面打撲、頚部打撲、頚椎外傷、両上肢打撲、左側腹部打撲、左腰部打撲、尿路損傷

主な訴えなど:創部痛など

経過など:平成一七年九月二七日午後一一時五八分に救急車により搬送され(甲三六の九頁)、救急受診し、翌二八日から入院した。本人の希望もあり、多発外傷で疼痛多発的に強く安静加療を要したとして個室に入院した。鎖骨骨折については、頚部カラー、鎖骨バンドによる非観血的保存的療法。同年二三日退院。居住地域の病院へ転医したため、退院後は通院していない。

(イ) 平成一七年一〇月一七日から平成一八年四月二一日まで

b病院(甲六の一から七の二まで)

通院実日数五日

診断傷病名:左鎖骨・肋骨骨折、左側顎関節症

経過など:a病院入院中の平成一七年一〇月一七日に一度目の通院(同病院のレントゲンフィルム持参)、その後、平成一八年三月三日、二度目の通院、本件事故による受傷後開口障害があり、このときにはないが、違和感が継続するので受診した。以後、同月一〇日、二四日、同年四月二一日と通院して、上記違和感に関する治療を受けた。症状は軽減して中止となった。

(ウ) 平成一七年一〇月二四日から平成一八年八月一四日まで

c病院(甲八の一から一八の二まで、三六)

通院実日数一五日

診断傷病名:左鎖骨骨折、左手・左膝打撲、難聴の疑い、顔面打撲、下顎部骨折の疑い、右上肢外傷性色素沈着

経過など:平成一七年一〇月二四日、一度目の受診。左鎖骨、左手左膝関節のレントゲン撮影を行う。同年一一月に三回、同年一二月に四回、平成一八年一月から六月にかけて各月に一回、同年八月に一回受診。同月一四日の診察において骨折部の骨癒合は認められたものの、痛みなどがあるため、同年九月作成の診断書には同年八月三一日現在で治療継続中と記載されている。ただし、同月一四日の通院以降、通院は途絶えた。なお、その後、平成一九年八月一四日に痛みを訴えて受診し、健康保険での通院加療をした。

(エ) 平成一八年三月二三日から平成二一年四月二八日まで

d病院(甲一九の一から三三の二まで、三七)

通院実日数六八日

診断病名:PTSD

主な訴えなど:「二〇〇五年九月二七日交通外傷以降、事故体験を再現する様な悪夢による断眠等強度の睡眠障害、夢と現実の混同、昼間も音やバイクの接近等に反応して事故当時の記億フラッシュバックし、不安恐怖感に襲われ、パニック症状を頻発する症状が再燃を繰り返しながら遷延している。なかなか回復しないことによる無力感、抑うつ感、意欲低下等の抑うつ症状も強い。」

経過など:精神療法(具体的内容は不明)、薬物療法(三環系抗うつ薬アナフラニールが継続して処方されており、安定剤ロキソニンもほぼ継続して処方され、なお、立ちくらみが強くあるという症状に対して昇圧薬リズミックが処方されたり、悪夢止めとして抗精神病薬リスパダールも、平成一八年五月二九日から一定期間処方され、吐気に対してガスモチンが同年八月ころから処方された。)が継続して行われた。なお、二〇〇七年一月三〇日付けで、精神障害者保健福祉手帳用の診断書(甲三七の一五頁)が発行され、同種の診断書が二〇〇九年一月二九日付けでも発行され(甲三七の三六頁)、また、平成一九年六月四日付けで京都市右京福祉事務所長宛のうつ病、PTSDによる症状で稼働能力がないとするなどの内容の検診書(甲三七の二〇頁)が発行され、二〇〇八年一月二一日付けで診断書(通院費公費負担用)(甲三七の二七頁)が発行されている。

イ 後遺障害に関わる認定等

(ア) 自賠責保険後遺障害等級認定

未申請

(イ) 京都市

精神保健及び精神障害者福祉に関する法律四五条による保健福祉手帳

平成一九年三月二一日交付 障害等級二級

(4)  既払金 一七二万三五〇二円

反訴被告加入の任意保険会社により支払われた治療費

三  争点及び争点に関する当事者の主張の概要

本件の争点は、反訴原告が被った損害の額であり、より具体的には、(1)反訴原告は本件事故によりPTSDを発症したかどうか、d病院における治療は本件事故と相当因果関係の範囲内にあるものと認められるかどうか及び反訴原告にPTSDによる後遺障害が認められるかどうか(争点一)及び(2)各損害項目の損害額(争点二)であり、各争点に関する当事者の主張の概要は以下のとおりである。

(1)  争点一について

(反訴原告)

ア 本件事故と反訴原告のPTSD発症について

反訴原告は本件事故によりPTSDに罹患した。

d病院の診断書(甲一九から三三までの各一)の症状の経過欄には、以下(ア)から(ウ)までの記載があり、PTSDと診断されており、反訴原告は現在に至るまで本件事故を原因とするフラッシュバック、パニック症状に悩まされ続けている。

(ア) 事故体験を再現する様な悪夢による断眠などの強度睡眠障害

(イ) 夢と現実の混同

(ウ) 昼間も音やバイクの接近等に反応して事故当時の記憶がフラッシュバックし、不安恐怖感に襲われ、パニック症状を頻発する。

本件事故は、事故態様及び反訴原告の受傷内容によると、十分脅威的な出来事である。

反訴被告の提出する意見書(甲三八)も、本件事故後のフラッシュバックやパニック症状を本件事故後数年もの間呈している精神症状の原因の一つとしており、これらのフラッシュバックやパニック症状は、まさに、本件事故に起因するものであるから、本件事故と反訴原告の心的疾患との間に因果関係を認めている。少なくとも、本件事故が反訴原告の精神症状の程度ないし期間を増大させている。

イ d病院の治療について

d病院における治療は、本件事故により発症したPTSD及び本件事故により悪化した反訴原告の精神症状に対するものであって、本件事故と相当因果関係がある。

ウ 後遺障害について

反訴原告は、本件事故による入通院治療によって定時制高校を長期間欠席せざるを得ず、皆勤で登校していたのが途絶えたことから多大な精神的ショックを受けた。

これに加え、反訴原告は、本件事故以降、頻繁に事故体験の悪夢に悩まされ、強度の睡眠障害に陥り、夢と現実とが混同するようになった。また、日中も接近してくるバイクや車の音などによって、事故当時の記憶がフラッシュバックし、不安や恐怖感に襲われ、突発的なパニック発作に悩まされるようになった(甲一九から三三までの各一)。

反訴原告は、このような症状を改善するため、d病院に通院して精神療法や薬物療法を受けたが、回復せず、むしろ症状は悪化し、平成二一年四月二八日の通院治療以降は通院すらできなくなった。その症状は現在も続いており、少なくとも、自賠責保険後遺障害等級上一四級九号に該当する。

(反訴被告)

ア 本件事故と反訴原告のPTSD発症について

PTSDの発症は認められない。反訴原告のPTSDと本件事故との間に相当因果関係はない。

c病院からd病院に提出された医療機関診療情報提供書(甲三六の六頁)及びa病院カルテの記載(甲三五の二四頁、六三頁)やd病院のカルテの記載(甲三七の九頁、一一頁、二八頁、三一頁)などによると、反訴原告は本件事故以前から慢性の精神疾患に罹患しており、対人関係や金銭にまつわる不安を口にしている。

他方、反訴原告が救急搬送されて治療を受けた初診のa病院のカルテには、反訴原告が本件事故による受傷自体については何ら不安や恐怖を口にした記載はない。

本件事故後数年もの間呈している反訴原告の精神症状は、本件事故によるストレスに起因するものではなく、他の慢性的なストレス因子による反応性の精神症状であると考えられる。

イ d病院の治療について

d病院の治療は、本件事故による受傷との間に相当因果関係は認められない。

ウ 後遺障害について

PTSDによる症状ないし心的疾患の症状は、本件事故による後遺障害とは認められない。

(2)  争点二について

(反訴原告の主張)

ア 治療費 一七二万三五〇二円

ただし、全額反訴被告により支払い済み

イ 入院雑費 三万九〇〇〇円

日額一五〇〇円、二六日分

ウ 休業損害 八二七万四六六六円

本件事故発生の日から平成二一年一月二九日まで就労が完全に不可能であった。

平成一七年度賃金センサス女性労働者高卒二〇歳から二四歳の平均年収二四八万二四〇〇円を基礎収入とし、四〇か月分として計算して上記金額となる。

なお、反訴原告は、平成一四年四月から平成一八年三月まで定時制高校に在籍して卒業し、卒業後、派遣による仕事を行ったことがある。しかし、本件事故以降事故経験の悪夢に悩まされる強度の睡眠障害、バイクの音などによるフラッシュバック及び不安やパニック発作などに悩まされ仕事ができなくなった。以上によれば、定時制高校卒業以降については、本件事故がなければ、就労の意思及び能力があったと考えられ、休業損害が認められる。

エ 傷害慰謝料 一八二万円

反訴原告は、整形外科的外傷のほか、本件事故を外傷的出来事とするPTSDを発症して通院し、平成二一年四月二八日以降は通院治療も行うことができなくなった。

傷害慰謝料の基礎としては、入院約一か月、実通院日数八九日の三・五倍により通院期間約一〇か月として、上記金額が相当である。

オ 逸失利益 二三六万五八九六円

PTSDによる症状が回復せずに続いている状態は、少なくとも自賠責保険後遺障害等級上一四級九号に該当する。

最終治療日である平成二一年四月二八日当時二五歳であり、労働能力喪失期間は四二年、労働能力喪失率五%、基礎収入は平成二一年度賃金センサス女性労働者高卒二五歳から二九歳の平均年収二七一万五八〇〇円として計算し、上記金額となる。

カ 後遺障害慰謝料 一一〇万円

キ 既払金 一七二万三五〇二円

ク 弁護士費用 一三五万九九五六円

(反訴被告の主張)

ア 治療費

反訴原告の主張する医療機関における反訴原告の治療費の額が反訴原告の主張する額であることは認める。整形外科疾患に関する治療費が本件事故による損害であることは争わない。d病院の治療費が本件事故と相当因果関係がある損害であるとする点は否認し争う

全額、反訴被告により支払い済みであることは認める。

イ 入院雑費

認める。

ウ 休業損害

否認する。

休業事実が立証されていない。

生活保護を受給しているので休業損害は発生しない。

エ 傷害慰謝料

争う。

整形外科治療実績の入院二六日、実通院二一日に基づき一〇九万円が相当である。

オ 逸失利益

否認する。

カ 後遺障害慰謝料

否認する。

キ 既払金

認める。

なお、d病院支払分は他の損害に充当されるべきである。

ク 弁護士費用

争う。

第三当裁判所の判断

一  争点一について

(1)  事実関係

関係証拠(甲二、三五から三八まで、乙一)及び弁論の全趣旨によると以下の事実が認められる。

ア 本件事故は、道路の右側歩道部分を歩行していた反訴原告に対向して車道の左側を原付自転車を運転して走行し、反訴原告に接近してきた反訴被告が進路を保てずに左側の歩道上に向けて突然逸走し、反訴原告に衝突し、反訴原告は転倒し、左鎖骨骨折、左第一肋骨骨折、胸部外傷、頭部顔面打撲、頚部打撲、頚椎外傷、両上肢打撲、左側腹部打撲、左腰部打撲、尿路損傷という外傷を負ったというものである。安心して安全に歩くことが当然期待される歩道を歩行中に突然原付自転車に衝突されたという予想が困難な事故態様及び負傷の内容が骨折を含み、負傷部位が頭部、顔面、頚部、鎖骨部、胸部、両上肢、左側腹部、左腰部等のほぼ全身に及んでおり、かつ、身体の枢要部をほぼ網羅していることからすると、本件事故により反訴原告が受けた驚愕、衝撃、苦痛、恐怖は非常に大きかったと推認される。

イ 本件事故後約五か月半経過した平成一八年(二〇〇六年)三月一〇日、反訴原告は、c病院整形外科担当医師Aの紹介状(甲三六の六頁)による紹介を受けて、d病院で初診を受け、以後継続的に通院し平成二一年四月二八日まで通院した。その際の治療経過の概要は、上記第二の二の(3)ア(エ)記載のとおりである。担当医師はB(以下「B医師」という。)である。

ウ PTSDの標準的とされる診断基準は、①外傷的な出来事に暴露されたことがあること(以下「外傷的出来事」という。)、②外傷的な出来事が再体験され続けていること(以下「再体験」という。)、③外傷と関連した刺激の持続的回避と全般的反応性の麻痺があること(以下「回避と麻痺」という。)、④持続的な覚醒亢進症状があること(以下「覚醒充進」という。)、⑤上記②ないし④の症状が一か月以上持続すること(以下「症状の持続」という。)、⑥障害は、著しい苦痛、または、社会的、職業的、その他重要な領域における機能の障害を引き起こしていることの六つが満たされることを求めている(甲三八の資料一)。

エ 外傷的出来事については、本件事故に遭ったことが該当しうるとするB医師の判断を是認することができる。

オ 再体験については、本件事故の体験のフラッシュバックが繰り返し高い頻度で起こっている事実が認められることから満たされると考えられる。なお、睡眠を著しく断絶させる悪夢があるとカルテ上記載され、その悪夢を止めるために抗精神病薬リスパダールが処方されるなどしているが、その悪夢の具体的な内容はカルテ本文に明記されておらず、乙一の診断書に本件事故に関連した悪夢があることがごく簡潔に記載されているのみであり、また、本件事故前から睡眠障害はあり、本件事故前から悪夢を見て睡眠を断絶することがあったかどうかは不明であるがその可能性は十分あり、この悪夢が再体験として認められるものであるかどうかは証拠上判然としない。

カ 回避と麻痺については、就業を試みたものの、バイクの接近などからフラッシュバックやパニック発作症状を起こすことがあって辞めざるを得なかったこと及び本件事故時の記憶が減退していることをそれぞれ回避の例と、意欲の低下が生じていることを麻痺の例と見立てて、合計三項目に該当するとする余地があり、B医師が回避と麻痺を満たすと判断したことは不当とはいえない。

キ 覚醒亢進については、本件事故後、睡眠障害の重篤化が明らかに認められるほか、叔母とけんかをしたという記載など他人に対して怒りの感情を向けたエピソードがカルテに複数回現れることからこれを易怒性を示すエピソードと見る余地もあり、また、就労が困難で通院することも難しくなって中断したということから集中困難というべき状態にあるとみる余地もあるので、これらを二項目に該当するものと考えることは可能であり、覚醒亢進を満たすというB医師の判断は不当とはいえない。

ク 症状の持続及び上記ウ⑥の充足について問題はない。

ケ 反訴原告は、本件事故の五か月程度前である平成一七年五月からe病院に不安、不眠にて通院したとc病院の医師に説明したと認められ(甲三六の六頁)、また、d病院の初診時のカルテには、「もともとの睡眠障害+PTSD」、「エンパワーメント、睡眠障害の改善+PTSD回復」などの記載があるが、うつ症状については具体的な記載は見当たらない。ところが、処方としては、代表的三環系抗うつ薬のアナフラニールが初診の際から主たる薬剤として処方されている。また、B医師は後に作成する診断書(甲三七の一五頁)において、主たる精神障害として「うつ病」を、従たる精神障害として「PTSD」を記載しており、これらを総合すると、d病院への初診時に、反訴原告には本件事故以前から、うつ状態ないしうつ病の既往症があり、抗うつ薬の処方を受けていた経験があったと推認される。そして、B医師は、本件事故による心的外傷は、既往症であるうつ病の症状を悪化させると共に、PTSDを発症させたと判断していると考えられる。

また、d病院のカルテのメディカルソーシャルワーク関連の記載(甲三七の一一頁から一三頁、三〇頁、三一頁)を総合すると、反訴原告は、母と別れ、父により育てられていたところ、父は死亡し、父の兄に養育されるようになったが、この伯父が対人恐怖で反訴原告を学校(小学校又は中学校と考えられる)に行かせないなどし、この伯父も二〇〇〇年ころ死亡し、反訴原告が一六歳ないし一七歳以降の保護者がはっきりせず、児童相談所が養育不適切事案として関与していた経緯や反訴原告は中学生時代に療育手帳を交付されていた事実がある。以上によれば、反訴原告のうつ症状や睡眠障害は生育歴上の大きな困難に関連する既往症であったと推認される。

(2)  反訴原告は本件事故を心的外傷経験とするPTSDに罹患したかどうかなどについて

上記(1)の認定事実によると、B医師による反訴原告は本件事故による心的外傷によりPTSDを発症したという診断は是認できる。また、反訴原告には、本件事故に先立って、睡眠障害を伴ううつ状態ないしうつ病の既往症があったが、本件事故により反訴原告に加わった精神的衝撃等がこれを相当程度悪化させた事実も認められる。

ただし、本件事故後、反訴原告がd病院で治療を受けた心的疾患については、本件事故前からe病院で治療を受けていた睡眠障害を伴う不安、うつ状態等があり、この既往症及び反訴原告の精神的脆弱性が素因として、本件事故により反訴原告にPTSDが発症したこと及びその程度並びに既往症のうつ病等の症状の悪化につき相当程度の寄与をしていることも認められ、その素因の寄与度を考慮して、心的疾患に関する損害については、その五割を減じるのが相当である。

(3)  d病院における治療について

したがって、これらに関わるd病院での治療は、本件事故と相当因果関係が認められるものとした上で、上記のとおりの素因減額を行うのが相当である。

(4)  後遺障害について

PTSDなどの一定程度以上の深刻な症状が継続し、かつ、治療ないし緩解に相当程度長期の期間を一般に要する性質の心的疾患に罹患した場合、その確定的な診断時をもって症状固定の時期とする後遺障害に準じた扱いをするのが相当である。

本件において、反訴原告が本件事故に起因して罹患したPTSD及び本件事故により悪化したうつ病の症状は、関係証拠(甲三七)によると、d病院の初診時である平成一八年三月一〇日ころに、既にほぼ固定したに近い状態になっていたと認められる。ただし、身体的外傷に対する治療が平成一八年八月一四日のc病院への通院まで続いていたことも考慮すると、損害の算定の前提としての症状固定時期は、平成一八年八月一四日とし、それ以前を治療期間、それ以降を症状固定後の後遺障害による損害の期間として扱うことが相当である。なお、上記の心的疾患の性質上、症状固定に準じて扱う時期以降の治療費も本件事故による損害とするのが相当である。

そして、本件事故に起因すると認められるPTSDの発症とその症状の継続及びうつ病の症状の悪化した状態の長期化は、自賠責保険後遺障害等級上、少なくとも一四級九号に相当するものに準じる程度の後遺障害があるものとして扱うべきである。

二  争点二について

(1)  治療費 一七二万三五〇二円

(2)  入院雑費 三万九〇〇〇円

(3)  休業損害 七五万円

休業期間については、定時制高校卒業後の平成一八年四月からc病院の通院治療終了時の平成一八年八月一八日まで四か月半とし、基礎収入は、平均賃金を参照するとともに、定時制高校を卒業していること及び既往症を考慮し、年収二〇〇万円として計算する。

200万円×4.5÷12=75万円

(4)  傷害慰謝料 一八〇万円

治療期間は、平成一七年九月二七日から平成一八年八月一八日まで、一一か月弱、うち入院が二六日、通院が一〇か月という前提で傷害慰謝料額を検討し、一八〇万円とする。

(5)  逸失利益 四三万二九四〇円

基礎収入は、上記(3)のとおり年収二〇〇万円とする。

労働能力喪失率は、五%(一四級)、喪失期間は、五年間(ライプニッツ係数四・三二九四)とする。

200万円×0.05×4.3294=43万2940円

(6)  後遺障害慰謝料 一一〇万円

(7)  小計 五八四万五四四二円

(8)  素因減額

心的疾患に関連する損害額の五割を減じる。

心的疾患に関する損害は、d病院治療費五七万六三〇円(甲三)、逸失利益四三万二九四〇円、後遺障害慰謝料一一〇万円の合計二一〇万三五七〇円であり、その五割は一〇五万一七八五円である。

584万5442円-105万1785円=479万3657円

(9)  損益相殺

-172万3502円=307万155円

(10)  弁護士費用 三〇万円

+30万円=337万155円

三  結論

よって、反訴原告の請求は、反訴被告に対し、三三七万一五五円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日である平成二四年九月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、理由があり、その余は理由がない。

以上の次第で、主文のとおり判決する。

(裁判官 栁本つとむ)

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