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京都地方裁判所 平成24年(ワ)2903号 判決 2013年6月13日

原告

被告

株式会社Y

主文

一  被告は、原告に対し、三九万五四六二円、及び、これに対する平成二四年一〇月一六日から支払済みまで年五%の割合による金員、を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

被告は、原告に対し、八一万九三二五円、及び、これに対する平成二四年一〇月一六日から支払済みまで年五%の割合による金員、を支払え。

第二事案の概要

一  前提事実

(1)  原告が運転する普通貨物自動車〔ナンバー<省略>〕と、Aが運転する普通乗用自動車〔ナンバー<省略>〕とが、平成二三年五月二二日午後五時五〇分頃、京都市南区吉祥院九条町一五番地一で、側面衝突した(「本件事故」〔甲二〕)。

(2)  原告と、Aが保険契約を締結したa保険会社とは、本件事故に関し、①原告の損害を別表A欄の通り、②原告の過失を二割、と合意した(「本件示談」〔甲三―二〕)。

a保険会社は、原告に対し、別表B欄の通り、損害賠償金を支払った(「本件受領金」〔甲四―一・二〕)。

(3)ア  b株式会社と、保険業を目的とする株式会社である被告とは、人身傷害補償条項がある自動車保険契約を締結しており、原告は、被保険者であった(証券番号<省略>。「本件契約」〔甲一、弁論の全趣旨〕)。

イ  本件契約は、被告が保険金を支払うべき「損害額」が、本件契約所定の基準に従い算定された金額と定めるところ、原告の本件事故に関する「損害額」は、別表C欄の通りであった(「本件基準」〔甲四―一・二、五〕)。

被告が支払う保険金の額は、「損害額」から「保険金請求権者が賠償義務者から既に取得した損害賠償金の額」等を差し引いた額である(本件契約の約款八条三項本文③〔甲五〕)。

ウ  本件契約は、「なお、賠償義務者があり、かつ、判決または裁判上の和解において、賠償義務者が負担すべき損害賠償額が」本件基準「と異なる基準により算出された場合であって、その基準が社会通念上妥当であると認められるときは、」「その基準により算出された額を損害額と」する旨定める(本件契約の約款八条三項なお書き。「本件約定」〔甲五〕)。

二  訴訟物等

原告は、本件約定の「判決または裁判上の和解」(上記一(3)ウ)に、本件示談も該当すると主張して、被告に対し、本件契約に基づき、本件示談と本件受領金との差額(別表A欄の内B欄を各超える額)の保険金の支払を求めた(付帯請求は、催告である訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定年五%の遅延損害金の支払請求である)。

被告は、原告の主張を争い、本件においては、本件基準と本件受領金との差額(別表C欄の内B欄を各超える額〔治療関係費13万3241円[=66万6205円-53万2964円]、逸失利益26万2221円[=131万1105円-104万8884円]〕)に限り、支払義務を認める。

理由

一  本件の争点は、本件約定の「判決または裁判上の和解」に、賠償義務者との裁判外の合意である本件示談も該当する、と拡張解釈して、原告が、被告に対し、原告の過失割合を考慮することなく算定された損害額が填補されるよう、本件示談と本件受領金との差額を、保険金として請求できるかである。

そして、自動車保険契約の人身傷害補償条項に基づく保険金請求において、損害賠償金が支払われている時(いわゆる賠償先行型)、民法上認められるべき過失相殺前の損害額(いわゆる裁判基準損害額)により保険金額を算定するべきか、も問われている。

二(1)  まず、本件請求は本件契約に基づくものであるから、原告が被告に対し請求できる保険金の額は、本件契約・本件約定の内容によるところ、本件約定は「判決または裁判上の和解」と定めており、文理解釈としては、二義を許さないほど明確である。

この点で、いわゆる人傷先行型の時に裁判基準説によるのが、ほぼ確定した判例(最高裁判所第一小法廷平成二四年二月二〇日判決・民集六六巻二号七四二頁、最高裁判所第三小法廷平成二四年五月二九日判決・集民二四〇号二六一頁)であることと、事案を異にする。すなわち、上記判例は、保険会社が保険金請求権者の賠償義務者に対する損害賠償請求権を代位取得する範囲として、「保険金請求者の権利を害さない範囲」という明確とはいえない合意の解釈が争われた事案である。

(2)  次に、被告が支払う保険金の額は、「損害額」から「保険金請求権者が賠償義務者から既に取得した損害賠償金の額」等を差し引いた額と定めているところ、本件約定は、あくまで、この定めの例外規定である。

ところで、原告は、いわゆる人傷基準損害額は、裁判基準損害額よりも少額であるのが通例であるから、被害者の受領できる金額が、人傷先行型の時には裁判基準説によって多額になり、賠償先行型の時には人傷基準説によって少額になることは、不当であると主張する。

しかし、保険会社との関係で不当と評価できるのは、支払うべき保険金額が少なくて済むよう、保険会社が保険金支払の履行を遅滞して、保険金請求権者が賠償先行型を選択せざるを得ないような場合と考えられるところ、このような事態は、まさに、本件約定によって是正が期待できる。

また、原告は、保険金請求権者が、賠償義務者との裁判外の合意が成立した場合でも、合意に基づく裁判又は裁判上の和解を求めて裁判の利用を余儀なくされ、不経済であると主張する。

しかし、この場合でさえ、人傷先行型を選択すれば、裁判は必要がない。保険会社の履行遅滞は、上記のとおり、裁判の利用もやむを得ないから(もちろん、本件約定は「その基準が社会通念上妥当であると認められるとき」とも定める。)、これを不経済とは評価できない。

したがって、例外規定である本件約定を拡張解釈する必要性を認めることができない。

三  よって、原告の主張は採用できず、原告の請求は、被告が認める限度で認容し、主文のとおり判決する。

以上

(裁判官 永野公規)

別表

A(本件示談)

B(本件受領金)

C(本件基準)

治療関係費

66万6205円

53万2964円

66万6205円

傷害の精神的損害

101万9315円

81万5452円

71万0200円

逸失利益

131万1105円

104万8884円

131万1105円

後遺障害の精神的損害

110万0000円

88万0000円

50万0000円

以上

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