京都地方裁判所 平成24年(ワ)3074号 判決 2014年6月13日
原告
X
被告
Y
主文
一 被告は、原告に対し、四二九万五五〇七円及びこれに対する平成二二年二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇〇分し、その一三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、三三〇〇万円及びこれに対する平成二二年二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が普通貨物自動車を運転していたところ、前から後退で進行してきた被告の運転する普通乗用自動車に衝突される事故(以下「本件交通事故」という。)に遭い、これによって受傷し、損害を被ったとして、被告に対し、民法七〇九条又は自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告が負った損害の賠償及びこれに対する本件事故日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を請求した事案である。
一 前提事実(以下の事実は当事者間に争いがないか、掲記の証拠により容易に認定できる。)
(1) 本件事故の発生(甲一、三)
日時 平成二二年二月二八日午後一〇時一〇分ころ
場所 京都市山科区小山鎮守町三四―一
名神高速道路京都東インターチェンジCランプウェイ八〇メートルポスト付近(名神高速道路上り線)
加害車両 自家用普通乗用自動車(〔ナンバー<省略>〕)
同運転者 被告
(以下「被告車」という。)
被害車両 自家用普通貨物自動車(〔ナンバー<省略>〕)
同運転者 原告
(以下「原告車」という。)
事故態様 被告は、被告車を運転し、名古屋方面へ向かおうと、名神高速道路京都東インターより上り線に入ったが、自車の進入した路線が大阪方面行きであることに気付き、名古屋方面行きの路線入り口まで引き返そうとバックのまま走行させた結果、折から被告車の後方から大阪方面に向かって走行していた原告車の前部に自車の後部を衝突させた。
(2) 責任原因(甲一、三、弁論の全趣旨)
被告は、後方確認を行わないまま後退した過失により、後方を進行してきた原告車前部に被告車を衝突させ、本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、また、被告は被告車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
(3) 原告の治療経過
原告は、本件事故後、下記の入通院治療を受けた。
① a病院(乙一)
平成二二年三月二日から同月五日まで通院
(実通院日数二日、ただし、同月五日につき下記②と重複)
② b整形外科クリニック(甲四の二、甲四の三の一ないし三、乙二)
平成二二年三月五日から平成二三年一一月一日まで通院
(実通院日数九一日、ただし平成二二年三月五日につき上記①と重複)
平成二四年一月一八日から同年三月二六日まで通院
(実通院日数四日)
③ c病院(甲六の一)
平成二三年一月二六日から同年二月二八日まで入院
(入院日数三四日)
④ d診療所(甲五、甲七の二ないし四、甲七の二〇ないし二二、なお、e診療所への通院(甲五)とd診療所への通院(甲七の二ないし四)は重複と解される。)
平成二二年一一月六日から平成二三年一一月二四日まで通院
(実通院日数三二日)
平成二三年一二月二八日から平成二四年三月二九日まで通院
(実通院日数四日)
(4) 症状固定
原告は、平成二三年一一月二四日、d診療所にて症状固定と診断された(甲八)。
なお、同日までの入院期間は三四日間、通院実日数は一二四日間である(前記(3))。
二 争点
(1) 後遺障害
(2) 素因減額
(3) 原告の損害
三 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(後遺障害)について
(原告の主張)
原告には、左側頚部痛、頭痛、左肩関節の挙上障害・疼痛、両手の脱力感、右栂指・示指の運動障害、両手背部のシビレ感・冷感・疼痛、左大腿外側のシビレ感等が残存している。
この後遺障害は、少なくとも「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外に服することができないもの」として、自賠法施行令別表第二第七級四号(以下、単に等級のみで示す。)に該当する。
(被告の主張)
原告の症状固定時点での主症状は、頚部痛等の自覚症状と両上肢の軽度の筋力低下及び知覚異常である。
上肢筋力低下は概ね徒手筋力検査(MMT)で五段階中四レベルと軽度である。症状による苦痛は伴うものの、日常生活動作は自立しており、術前も、苦痛を伴い、左手で物を落下するという不都合はあったが通常の就労は可能であったし、術後は術前より症状が軽減し、術後三か月で元の就業に服することが許可された状態にあった。
このような症状固定時の状況にかんがみれば、原告の後遺障害は、「通常の労務に服することはできるが、せき髄症状のため、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」として、九級に該当するというべきである。
なお、原告においては、頚椎の手術により、「脊柱の変形」として一一級にも該当するが、上記神経症状と同一系統による障害であるため、両者を総合して九級となる。
(2) 争点(2)(素因減額)について
(被告の主張)
原告の傷病名は、頚椎症性脊髄症である。これは、外傷により生じる病態ではなく、加齢変性の結果生じて徐々に進行する病態である。
原告の頚部に見られる変性所見は、すべて本件事故以前から存在したものである。そして、頚椎MRIの画像所見における脊柱管狭窄と脊髄圧迫の程度は、相当程度進行しており、本件事故がなくても、日常生活における軽微なきっかけや、何のきっかけもなく、脊髄症状を発症しておかしくない程度であった。原告が四七歳と若い割に頚椎変性の程度が強いことからも、今後の人生における加齢で脊髄症状が自然発生した可能性は高い。実際、原告は、本件事故以前に、類似の病態である胸椎後縦靱帯骨化症を発症して、手術加療を受けている。
他方、本件事故は、前方からの逆突であり、後方からの追突の場合ほど頚椎に障害をもたらすものではないし、本件事故による双方の車両の損傷は、外観上ほとんど確認できない程度で、修理費も僅少であった上、被告は本件事故により何ら傷害を負っていないことからして、本件事故自体は本来、傷害を負うような事故ではない。
以上によれば、仮に、原告において、本件事故当時、頚椎症に伴う脊柱管狭窄状態がなければ、上記のような本件事故の程度からして、極めて軽度な頚椎捻挫症状に止まったはずであり、徐々に進行する脊髄症状を発症することも、手術適応となることもなかったはずである。
このように、原告の素因は、本件事故後の治療期間、症状経過及びこれに対する治療内容、手術適応の有無等に対して極めて大きな影響を与えたものであり、かかる素因の割合は八〇パーセントを下らない。
(原告の主張)
原告は、本件事故まで、脊髄症状を全く訴えておらず、平成一七年二月から本件事故当時の勤務先であるf株式会社で検品作業に従事していたが、その間ほぼ無遅刻、無欠勤で、整形外科にかかったこともなかった。
本件事故後三日の頚椎レントゲン画像所見では、側面において「椎体後方に加齢変性による骨棘~後縦靱帯骨化疑(矢印)の形成を認める」とあるが、この程度の画像は五〇代前後になれば、一般的に認められるものである。
また、受傷後六日の頚椎MRIでは、C四/五/六レベル脊柱管内に骨棘及び椎間板膨隆による脊髄圧迫所見や、胸椎レベルに多発性に後縦靱帯骨化と考えられる脊柱管狭窄要素が認められるとの所見があるが、いずれも加齢によるものと推察される上、原告は本件事故前は健康そのものであった。
他方、本件事故は、原告が、後退してくる被告車を認め、クラクションを鳴らして合図を送ったところ、被告車が停止したため、原告車から身を乗り出すような体勢で、原告車の後続車両に手で制止の合図を送っていたところ、再度後退してきた被告車に追突されたものである。このように、原告は、衝突を予測して身構えることもできないまま、頚部等に激しい衝撃を受けた。
以上のとおり、原告には本件事故前に全く症状が見られなかったことに加え、本件事故による衝撃は重大であったことからして、本件事故による衝撃がなければ生涯無症状のまま過ごした可能性が高い。
したがって、素因減額は相当でなく、仮に素因減額を行うとしても最大一割程度にとどめるべきである。
(3) 争点(3)(原告の損害)について
(原告の主張)
ア 治療費自己負担額 三八万九四〇九円
原告の治療費については、平成二二年一二月八日までの分は、被告側任意保険会社から支払われたが、その後は、下記内訳のとおり自己負担した。
(内訳)
① b整形外科クリニックでの平成二二年一二月一三日から平成二四年二月一日までの通院治療費等分 六五九〇円
② d診療所での平成二三年一一月二四日までの通院治療費分 一六万〇九八〇円
③ c病院での入院治療費等分 二二万一八三九円
イ 通院交通費 一一万四四四〇円
原告は、各医療機関に公共交通機関であるバスで通院した。この通院に要した交通費は、下記計算式のとおりである。
(計算式)
① b整形外科クリニックへの交通費
片道220円×2×87日=3万8280円
② e診療所及びd診療所への交通費
片道560円×2×68日=7万6160円
ウ 入院雑費 五万四四〇〇円
一日一六〇〇円の三四日分
エ 休業損害 二九八万二六六二円
原告は、本件事故当時、f株式会社に勤務し、年間一八三万五四八五円の給与を得ていた。
本件事故日から平成二三年六月末までの一六か月間は全休、その後同年一一月までの五か月間は七割休として、休業損害を算定すると、下記計算式のとおりとなる。
(計算式)
① 183万5485円÷12か月×16か月=244万7313円
② 183万5485円÷12か月×0.7×5か月=53万5349円
オ 逸失利益 二五八六万五〇五五円
原告は、症状固定日時点で四八歳であり、平成二二年度の同年齢の女性学歴計の平均収入は三八二万一八〇〇円である。
これをもとに、労働能力喪失率を五六パーセント、労働能力喪失期間を一九年、これに対応するライプニッツ係数一二・〇八五三として、逸失利益を算定すると、下記計算式のとおりとなる。
(計算式)
382万1800円×56%×12.0853=2586万5055円
カ 入通院慰謝料 二八〇万〇〇〇〇円
キ 後遺障害慰謝料 一〇〇〇万〇〇〇〇円
ク 小計 四二二〇万五九六六円
前記アないしキの合計
ケ 既払金 一一六八万八一五四円
原告は、下記の支払を受けた。
① 自賠責保険より 一〇八〇万二四六九円
② 被告の任意保険より 八八万五六八五円
コ 既払金控除後の残額 三〇五一万七八一二円
前記クの小計から前記ケの既払金を控除した残額
サ 弁護士費用 三〇〇万〇〇〇〇円
シ 原告の請求元本 三三〇〇万〇〇〇〇円
原告は、被告に対し、一部請求として、前記コのうち三〇〇〇万円と前記サの合計額である三三〇〇万円及びこれに対する本件事故日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する。
(被告の主張)
ア 治療費自己負担額及び通院交通費について
症状固定日後の治療については、本件事故との相当因果関係を欠く。なお、原告がe診療所への通院として主張する部分は、d診療所への通院分との重複である。
イ 入院雑費について
不知ないし争う。
ウ 休業損害について
亜急性期から慢性期において頚部痛や上肢しびれの自覚症状のみで経過観察されている時期についても、医学的に休業の必要性は認められない。
原告に対しても、医師から明確な就労制限の指示はなく、実際、原告は、平成二二年三月一六日までは就労しており、同日以降に一時仕事を休んだが、同年四月二三日までには復帰し、その後、同年七月ころから左上肢の運動障害が進行した後も就労を継続し、手術後も平成二三年五月九日より就労可能との診断書がある。
したがって、手術のために入院した平成二三年一月二六日から同年五月九日までが妥当な休業期間である。
エ 逸失利益について
原告は、頚椎の手術前に就労に復帰しており、術後も平成二三年五月九日から就労が可能な状態にあった。また、原告の神経症状の程度は九級程度であるが、元の職への復帰は可能であった。したがって、原告において、原則として逸失利益は発生せず、仮に発生したとしても労働能力喪失率は五パーセント程度というべきである。
また、原告の主張によっても、本件事故当時の原告の年収は一八〇万円余りであり、一人暮らしであり、主婦として稼働していた事実もないから、賃金センサスをもって基礎収入とするのは相当でない。
オ 入通院慰謝料について
症状程度及び入通院期間に応じた妥当な金額とされるべきである。
カ 後遺障害慰謝料について
後遺障害は九級相当であることを前提とした慰謝料とされるべきである。
キ 既払金について
自賠責保険からの支払分については認める。
被告の任意保険会社からの支払分は、九〇万七五三一円(内訳、治療費六九万二〇二三円、通院費一四三〇円、休業損害二一万四〇七八円)である。
また、上記のほか、原告は、健康保険組合による傷病手当金として三四万一九一〇円の支給を受けている。
ク 弁護士費用について
争う。
第三争点に対する判断
一 争点(1)(後遺障害)について
(1) 掲記の証拠によれば、原告の症状経過は、以下のとおりであることが認められる。
ア 原告は、平成二二年二月二八日、高速道路に入るため料金所を抜けたあたりで、前方にいた被告車が停止しているのを認め、原告車を停止させるとともに、後続車両に合図すべく、運転席の窓から上体を出して後ろを向いていたところ、後退してきた被告車に逆突された(本件事故)。(甲一、三、一二、原告)
イ 平成二二年三月二日、原告は、頚部痛及び左上肢痛を訴え、a病院を受診した。
診察の結果、ジャクソンテスト、スパーリングテストは(±)、上腕二頭筋反射両側亢進、上腕三頭筋反射左側亢進、腕橈骨筋反射左側亢進、ホフマン反射(両側+)等の所見が得られ、同日に実施された頚椎レントゲンにて、骨折、脱臼など外傷をうかがわせる所見はなく、同月五日に実施された頚部MRIにて、骨折、脱臼、出血巣等の明らかな外傷性の所見はなく、C六/七ヘルニアの所見が得られた。
原告は、頚椎ヘルニアと診断され、約二週間の安静・内服とリハビリテーション加療(物療)を指示された。(乙一、六)
ウ 原告は、平成二二年三月五日より、リハビリ目的で、b整形外科クリニックへの通院を開始した。
初診時、原告は、肩から首にかけての張りとだるさを訴え、ジャクソンテスト(-)、スパーリングテスト(右-、左+)、上腕二頭筋反射(両側+)、上腕三頭筋反射(両側±)、腕橈骨筋反射(両側+)、ホフマン反射(両側-)、バビンスキー反射(右±、左-)、アンクルクローヌス(右+、左-)であったが、手指の巧緻運動障害はなかった。
その後、原告は、同年三月一〇日から同年一二月一六日まで同病院に通院し、ホットパック・電気等の消炎鎮痛処置と頚椎牽引等の処置を受けるとともに、同年五月一四日からは、およそ二週間に一回の割合で、トリガーポイント注射や星状神経節ブロック注射を受けた。
この間にも、原告の訴えは、同年三月一〇日に頚の痛みや頭痛、同月一五日に左手のしびれ、同年四月一三日に左手栂指の先のしびれ、同月二三日に左手で物を持つと落としてしまう、同年五月三一日に手のひきつり、同年七月一日に左上肢の痛み、しびれ、脱力等と次第に加わった。(乙二)
エ 原告は、平成二二年一一月六日、精査、加療目的で、d診療所を受診した。
原告は、左頚部痛、左栂指・示指しびれ、左栂指付け根の冷感を訴え、頚椎可動域は前屈二五度、後屈二五度、側屈右二〇度、左二五度、回旋右四五度、左二〇度であり、左項部筋、僧帽筋、斜角筋に圧痛があり、ジャクソンテスト(右-、左±)、スパーリングテスト(両側-)、上腕二頭筋反射(両側++)、上腕三頭筋反射(両側+)、腕橈骨筋反射(両側++)、ホフマン反射(両側-)であり、左前腕、左手栂指側に知覚鈍麻があり、握力は右三四kg、左一九kg、上肢徒手筋力テストは右四+、左四-であった。
頚部MRI所見では、C四/五/六/七の狭窄、C四/五、五/六の左椎間板の膨隆、C六/七の右椎間板の膨隆が認められ、レントゲン所見では、頚部脊柱管の狭小化が認められた。
原告は、頚椎捻挫、頚椎症性脊髄症と診断された。(甲五、乙三)
オ 原告は、平成二三年一月二六日から同年二月二八日まで、c病院に入院し、同年一月二八日、C五/六の前方固定、C四、五、六の後方椎弓形成、C七の上縁切除の手術を受けた。
手術により、術前にあった左手指のしびれ、感覚鈍麻、脱力感は、軽減ないし消失したが、術後は右手指にしびれと感覚鈍麻が出現した。
歩行及び頚椎の手術部位が安定し、右上肢の疼痛しびれも手術直後の半分程度まで改善したため、原告は、同年二月二八日、退院した。(乙四の一・二)
カ 退院後、原告は、平成二三年三月三日より、d診療所にて、外来フォロー及びリハビリを受けた。
その後も、原告の右栂指、示指のしびれの訴えは持続し、その他にも、原告は、同月一七日には左臀部痛、同年四月二八日には左大腿部痛、しびれあり、歩行がつらい、同年六月二五日には左栂指に違和感、右栂指、示指屈曲し、右手が動かしにくい、同年七月一四日には右手冷感もあり、同年八月一七日には左股関節痛、同年一〇月六日には両大腿外側が痛い、同年一一月一〇日には左側頚部痛、頭痛、左手背部が冷たい等を訴えた。(乙三)
キ 同年一一月二四日、原告は、下記症状を残し、d診療所にて、頚椎症性脊髄症の傷病名で、症状固定と診断された。
自覚症状は、左側頚部痛、頭痛、左肩関節の挙上障害、疼痛、両手の脱力感、右栂指・示指の運動障害、両手背部のしびれ感、冷感、疼痛、左大腿外傷部のしびれ感であった。
他覚症状は、両上肢に筋力低下、握力右一九kg、左二七kg、頚椎運動障害(前屈三〇度、後屈二〇度、右屈二五度、左屈二五度、右回旋三五度、左回旋三五度)、肩関節運動障害(外転右一八〇度、左一一〇度、屈曲右一八〇度、左一二〇度、伸展右五〇度、左四五度)等であった。(甲八)
(2) 上記のとおり、原告の頚部に、外傷に起因する骨折・脱臼等の器質的異常所見は認められないものの、脊柱管の狭窄や椎間板の膨隆等の変性所見が認められ、その程度は、C五/六の前方固定、C四、五、六の後方椎弓形成、C七の上縁切除の手術を要するほどであり、神経学的にも、本件事故後から一貫して、腱反射の異常や病的反射が認められ、頚部痛、上肢の痛み、しびれ、脱力、知覚鈍麻等、脊髄圧迫に起因する症状が現れていることからして、原告には、本件事故を契機に頚椎症性脊髄症の症状が発現したものというべきである。
そして、症状固定時に原告に残存した各種症状、とりわけ両上肢の筋力低下、手指の運動障害、頚椎部及び左肩関節の可動域制限に、C五/六の前方固定術やC四、五、六の後方椎弓形成術による脊柱の変形障害を含めて、原告には、神経系統の後遺障害が生じているということができ、証拠(甲一二、原告)によれば、上記後遺障害により、労務は軽作業に限られる上、細かな作業は困難であることが認められる。
以上によれば、原告の後遺障害は、「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外に服することができないもの」として、七級に該当するというべきである。
(3) これに対し、被告は、原告に残存した両上肢の筋力低下は軽度であり、苦痛は伴うものの日常生活は自立しており、元の就業に服することが許可された状態にあったから、原告の後遺障害は、「通常の労務に服することはできるが、せき髄症状のため、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」として、九級の限度であると主張する。
しかし、前記のとおり、症状固定時点で、原告の頚椎部の可動域は、C五/六の前方固定術により、主要運動である屈曲・伸展について参考可動域(屈曲六〇度、伸展五〇度)の二分の一以下(屈曲三〇度、伸展二〇度)に制限されており、これのみでも「せき柱に運動障害を残すもの」として八級に該当するところ、これに両上肢の筋力低下や手指の運動障害等による動作・作業制限があることを加味すると、被告が主張する後遺障害等級は採用できない。
二 争点(2)(素因減額)について
(1) 前記のとおり、原告には、脊柱管の狭窄や椎間板の膨隆等の変性所見があり、本件事故を契機として、頚椎症性脊髄症の症状を発現するに至ったものと認められる。
そして、証拠(乙一、六)によれば、本件事故後三日ないし五日の頚椎レントゲンや頚椎MRIでも、上記変性所見部分に骨折、脱臼、出血巣等の外傷所見はなかったことが認められ、上記変性所見は、いずれも本件事故前から存在したものと認められる。
さらに、前記のとおり、上記変性所見の程度は、C五/六の前方固定、C四、五、六の後方椎弓形成、C七の上縁切除の手術を要するほどであったことが認められ、証拠(乙五)によれば、原告は、本件事故以前の平成八年にも、頚椎症性脊髄症と類似の病態である第二胸椎黄色靱帯骨化症を発症し、椎弓切除術を受けていることが認められる。これらの事実を併せてみれば、原告の変性所見は、一般的な加齢変性の程度を越えるものであり、既往症に当たるということができる。
以上によれば、本件事故後の原告の症状経過及び治療経過について、原告の上記既往症による影響は否定できず、損害の公平な分担の見地から、損害賠償の額を定めるに当たっては、上記既往症を斟酌し、素因減額を行うのが相当である。
(2) 次に、素因減額の程度について検討する。
前記認定のとおり、本件事故は、前からの逆突であるものの、原告が窓から上体を出して後ろを向いていたところに、後退してきた被告車に追突されており、原告として予想や防御が不可能であったことからすれば、原告車及び被告車に生じた損傷が軽微であったこと(乙七ないし一二)を考慮しても、そのことをもって原告の体に対する衝撃が軽微であったとは言い難い。
もっとも、脊柱管の狭窄や椎間板の膨隆等の既往症がなければ、外傷性の頚椎捻挫にとどまり、時間の経過とともに次第に緩和する経過をたどったはずのところ、原告の症状は、むしろ次第に多様化し、本件事故直後の頚部痛や左上肢痛の訴えから、左手指のしびれ、感覚鈍麻、脱力感が加わり、手術後には右手指にしびれと感覚鈍麻が出現する経過をたどっており、このような徐々に進行する脊髄症状を発症し、治療が長期化するとともに、前記のような後遺障害を残すに至ったのは、上記既往症の影響によるところが大きいと言わざるを得ない。
以上を総合すれば、四〇パーセントの素因減額が相当である。
これに対し、原告は、本件事故前に脊髄症状は全くなく、整形外科にかかったこともなかったと主張し、これに沿う証拠(甲九、一〇の一・二)を提出する。しかし、本件事故前に無症状であったことが、本件事故後の症状に対する既往症の影響について先に認定したところを左右するものではない。
三 争点(3)(原告の損害)について
(1) 治療費 九五万八七二二円
前記認定にかかる症状固定日である平成二三年一一月二四日までの治療費は、本件事故と相当因果関係が認められる一方、同日以降の治療費は、本件事故との相当因果関係を認め難い。
下記証拠によれば、上記症状固定日までの治療費は、下記内訳のとおり、九五万八七二二円となる。
(なお、d診療所への通院分のうち、甲七の一は、甲七の二及び三との重複と解され、これが乙一五の支払分に相当し、甲七の一九は、症状固定日前の治療費(甲七の四ないし一五)に、症状固定日後の治療費を加えたものと解される。)
(内訳)
① a病院(平成二二年三月二日から同月五日まで)及びb整形外科クリニック(同日から同年一一月三〇日まで)への通院分(乙一五) 四五万〇八一三円
② b整形外科クリニック(同年一二月一三日から平成二三年一一月一日まで)への通院分(甲四の三の二・三) 五六三〇円
③ d診療所への通院分(甲七の二ないし一八、乙一五) 一六万〇九八〇円
④ c病院での入院分(甲六の二) 二二万一八三九円
⑤ 薬局分(乙一五) 一一万九四六〇円
(2) 通院交通費 七万五五五〇円
前記前提事実、証拠(乙一五、原告)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、下記の各医療機関に、下記の日数、通院するにあたり下記計算式の交通費を要したことが認められ、これは本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができるところ、その額は、七万五五五〇円である。
なお、証拠(乙三)によれば、原告が請求するe診療所への通院(甲五)とd診療所への通院(甲七の二ないし四)は重複と解されるため、症状固定日までの同診療所への通院日数は三二日となる。
(計算式)
① a病院への交通費(乙一五) 一四三〇円
② b整形外科クリニックへの交通費
片道220円×2×87日=3万8280円
③ d診療所への交通費
片道560円×2×32日=3万5840円
(3) 入院雑費 五万一〇〇〇円
入院雑費は、一日一五〇〇円として、三四日分の五万一〇〇〇円が相当である。
(4) 休業損害 九六万〇三四八円
証拠(甲九)によれば、原告は、本件事故当時、f株式会社に勤務し、年間一八三万五四八五円の給与を得ていたことが認められる。
証拠(乙二、三)によれば、原告は、本件事故後も平成二二年三月一五日までは出勤し、同月一六日から同年四月二二日までの三八日間は本件事故による受傷により休業を余儀なくされたものの、同年四月二三日には職場に復帰し、その後平成二三年一月二六日から入院治療のため休業し、手術を受け、同年五月九日には就労可能との診断を得たことが認められる。
なお、証拠(甲一二、原告)によれば、通院時に半日の有給休暇を利用したことが窺われるため、上記休業期間を除く実通院日数については半休として、休業損害を算定するのが相当である。
これによれば、休業損害は、下記計算式により、九六万〇三四八円となる。
(計算式)
① 日額
183万5485円÷365日=5028円(1円未満切り捨て、以下同じ)
② 休業期間
全休:一四二日
(平成二二年三月一六日から同年四月二二日までの三八日間
平成二三年一月二六日から同年五月九日までの一〇四日間)
半休:九八日
(a病院につき二日(乙一)
b整形外科クリニックにつき七五日(乙二)
d診療所につき二一日(甲七の二・三・二〇・二一)
③ 休業損害
5028円×(142日+98日×1/2)=96万0348円
(5) 逸失利益 一二四二万二一三六円
証拠(甲一、原告)によれば、原告は、昭和三七年○月○日生まれの女性であり、本件事故当時、一人暮らしであったことが認められるから、本件事故当時の年収一八三万五四八五円をもとに算定するのが相当である。
原告の後遺障害が七級に該当することは前記のとおりであり、これによる労働能力喪失率は五六パーセントと認めるのが相当である。
原告は、症状固定時四八歳であるところ、就労可能年数は一九年であり、これに対応するライプニッツ係数は一二・〇八五三である。
したがって、逸失利益は、下記計算式により、一二四二万二一三六円となる。
(計算式)
183万5485円×56%×12.0853=1242万2136円
(6) 入通院慰謝料 一九〇万〇〇〇〇円
前提事実記載のとおり、症状固定日までの原告の入院期間は三四日間、通院期間は五九九日間であり、うち実通院日数は一二四日であることが認められ、これに前記原告の症状経過を併せてみれば、入通院慰謝料としては上記金額が相当である。
(7) 後遺障害慰謝料 一〇〇〇万〇〇〇〇円
前記原告の後遺障害の内容及び程度にかんがみれば、後遺障害慰謝料としては上記金額が相当である。
(8) 小計 二六三六万七七五六円
前記(1)ないし(7)の合計
(9) 既払金 三四万一九一〇円
証拠(乙四の二)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、健康保険組合から傷病手当金として三四万一九一〇円の支払を受けたことが認められる。
(10) 残額 二六〇二万五八四六円
前記(8)の小計から前記(9)の既払金を控除した残額
(11) 素因減額後の残額 一五六一万五五〇七円
前記(10)の残額に、四〇パーセントの素因減額を行った後の残額
(12) 既払金 一一七一万〇〇〇〇円
当事者間に争いのない事実及び証拠(乙一五)によれば、原告は、下記の支払を受けたことが認められる。
① 自賠責保険より 一〇八〇万二四六九円
② 被告の任意保険より 九〇万七五三一円
(13) 既払金控除後残額 三九〇万五五〇七円
前記(11)から前記(12)の既払金を控除した残額
(14) 弁護士費用 三九万〇〇〇〇円
本件訴訟の審理経過及び認容金額等にかんがみれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては上記金額が相当である。
(15) 合計 四二九万五五〇七円
前記(13)と(14)の合計
四 結語
よって、主文のとおり判断する。
(裁判官 上田賀代)