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京都地方裁判所 平成24年(ワ)3324号 判決 2014年2月13日

原告

同訴訟代理人弁護士

飯田昭

被告

株式会社Y

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

大谷和彦

山下幸夫

豊澤朋子

宋昌錫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、被告が発行する週刊誌「○○」上に別紙謝罪広告記載の謝罪広告を同記載の条件で一回掲載せよ。

二  被告は、原告に対し、一一〇〇万円及びこれに対する平成二四年一〇月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の発行する週刊誌に、原告が元暴力団員であり、かつ、暴力団関係者を利用しながら利権を獲得してきた等の記事が掲載されたことによって、原告の名誉及び社会的信用が毀損され、精神的苦痛を被ったとして、原告が、被告に対し、名誉回復の処分として、謝罪広告の掲載を求めるとともに、不法行為に基づき、慰謝料及び弁護士費用相当額の合計一一〇〇万円並びにこれに対する平成二四年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。

一  前提事実(争いのない事実並びに括弧内の各書証及び弁論の全趣旨によって認められる事実)

(1)  当事者等

ア 原告(昭和二〇年生まれ)は、被告人B(指定暴力団a組の若頭である。以下「B」という。)に対する恐喝被告事件(当庁平成二二年(わ)第一八四五号事件。以下「本件恐喝被告事件」といい、起訴前の捜査段階を含めて「本件恐喝事件」という。)において被害者とされた者であり、b党b1連合会総務委員、同党b2会支部支部長、c会中央本部副会長、同会近畿ブロック会長、同会京都府本部会長、同会京都市協議会最高顧問、NPO法人d理事長、e1経済商工連合会理事長、e2経済商工連合会最高顧問、f協同組合理事長並びにg区画整理準備組合専務理事及び同副理事長の役職に就いている。また、原告は、株式会社h、株式会社i、株式会社j及びk株式会社の創業者でもあり、株式会社i会長、l株式会社代表取締役、株式会社j会長及びk株式会社会長を務めている。

イ 被告は、出版物の発行、企画、編集等及びこれらに附帯する業務等を目的とする株式会社であり、週刊誌「○○」(以下「○○誌」という。)の発行及び販売を行っている。○○誌は、昭和三三年四月に創刊され、不特定、多数の読者を対象とする週刊誌であり、書店や駅の売店、コンビニエンスストアなどにおいて全国的に販売、頒布されており、発行部数は三五万部に及ぶ。同誌は、喫茶店等にも置かれているため購入者以外の読者も多く、また、新聞各紙や電車内には同誌の宣伝広告がなされている。○○誌は、会社員及び公務員が読者全体の約六〇%を占め、年齢別ではどの年代にも幅広く読まれている。(争いがない。)

(2)  原告に関する記事の内容

ア 被告は、○○誌平成二四年一〇月一五日号(以下「本件雑誌」という。)において、「密着取材 a組B若頭公判で注目展開! m会最高幹部が「爆弾証言」」と題する記事(以下「本件記事」という。)を一九三頁から一九五頁にわたって掲載した。

イ 本件記事には、別紙本件記載一覧の各記載(以下、これらの記載を別紙記載の番号に従い、それぞれ「本件記載一」などという。)がある。

(3)  本件雑誌の発行

本件雑誌は、平成二四年一〇月一日に発行された(争いがない。)。

二  争点

(1)  本件記事の公表による原告の社会的評価の低下の有無

(2)  違法性阻却事由の有無等

ア 本件記事の公表が公共の利害に関する事実に係るものであるか否か(以下「事実の公共性の有無」ともいう。)

イ 本件記事の公表が専ら公益を図る目的に出たものといえるか否か(以下「目的の公益性の有無」ともいう。)

ウ 本件記事に係る事実が真実であるか否か(以下「真実性」ともいう。)

エ 被告が、本件記事に係る事実が真実であると信じるについて相当の理由があったか否か(以下「相当性の有無」ともいう。)

(3)  名誉回復処分の必要性

(4)  原告に生じた損害の有無及びその額

三  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件記事の公表による原告の社会的評価の低下の有無)について

(原告の主張)

ア 本件記事の公表による原告の社会的評価の低下の有無

本件記載二ないし九を読んだ読者は、原告が元暴力団員であり、現在も暴力団組織と関係があるとの印象を抱くことになる。このような認識を読者に持たれることで原告の社会的評価が低下することは明らかである。

また、本件記載一は、読者に、原告が暴力団組織を利用しながら利権を獲得してきた人物であるとの印象を与え、本件記載二ないし九と併せると、原告は暴力団組織を利用しながら利権を獲得してきた人物であることは確実であるとの印象を与える。これによって、原告の社会的評価が低下することは明らかである。

さらに、本件記事は、全体を通して読むと、原告が元暴力団員であって過去だけではなく現在も暴力団組織と関係があり、暴力団組織を利用しながら利権を獲得してきた人物であることは確実であるとの印象を読者に与えることになり、原告の名誉を毀損し信用を低下させることは確実である。

イ 本件記事の匿名性について

最高裁平成一五年三月一四日第二小法廷判決・民集五七巻三号二二九頁に従えば、本件記事のような実名を伏せた記事についても、原告と面識があり、又は原告の経歴を知る者がその知識を手がかりに本件記事が原告に関する記事であると推知することが可能である場合には、名誉毀損が成立する。また、本件恐喝事件の重大性、原告の地位及び役職、これまでの度重なる原告の実名報道を含む週刊誌等の報道経過からすれば、金融、不動産及び建築等の業界関係者、行政関係者、政治関係者並びに同和関係者はもとより、ある程度の社会的知識及び経験のある者や週刊誌等の読者にとって、本件記事における「C氏」が原告を指すことは自明であり、本件記事が匿名の報道であるということはできない。

なお、被告は、平成二二年一二月一三日発売の週刊誌「△△」の記事(以下「別件△△誌記事」という。)及び平成二三年五月一二日発売の「別冊□□誌一七五二号」の記事(以下「別件別冊□□誌記事」という。)について、原告が自らの言い分や意見を述べるための手段として書かれたものと主張するが、否認する。

(被告の主張)

ア 特定人に対して報道による名誉毀損が成立するためには、当該報道に係る事実と当該特定人との関係が明らかであることを要し、匿名の報道により、その事実と当該特定人との関係が不明であるときは、当該特定人についての名誉の毀損は生じない。

本件記事は、「C氏」なる人物の経歴及び暴力団組織との関わりについて報じたものであるところ、いずれも、原告のことをよく知る者で、かつ、暴力団関係者でなければ、「C氏」が誰を指すかは分からない記載ばかりである。

そうだとすると、本件記事は、原告の親族その他原告と密接な関係を有する特定の人々には、原告に関する記事であると推測させるものであるが、それを超えて一定地域ないし一定階層の多くの人々に原告に関する記事であると推測させるような内容を含んだものとはいえない。

したがって、本件記事は匿名性を有するから、原告について本件記事による名誉毀損は成立しない。

イ(ア) この点に関し、原告は、本件記事が匿名性を有しないと主張し、その根拠として、別件△△誌記事及び別件別冊□□誌記事の中で、原告の実名が登場することを挙げる。しかしながら、これらの記事は、原告の言い分をほぼそのまま記事にしたインタビュー記事であり、原告が自らの言い分や意見を公にする手段としたものである。他方で、本件記事は、後記のとおり、本件恐喝被告事件の裁判報道であって、原告個人に関する報道ではないことを踏まえて、報道が興味本位に流れる傾向を抑制し、原告の社会的評価や信用に影響を及ぼさないようにと匿名にして書かれたものであるところ、上記各記事を通して自らの言い分や意見を実名で公表した原告が、同記事が存在することを理由に、その後に書かれた本件記事の匿名性を否定することは矛盾している。

(イ) また、ある報道においてその対象が特定されたというためには、その報道自体から報道対象が明らかであることを要する。もっとも、当該報道媒体以外の実名報道が多数に上り、国民の多くが当該事件に関わる人物の実名を認識した後は、それが一般の読者の客観的な認識の水準となるから、多くの実名報道と同一性のある報道であると容易に判明する態様での匿名報道は、匿名性を実質的に失うというべきである。

しかし、上記(ア)の各記事や、原告の指摘する株式会社n発行の月刊誌「◇◇」の各記事の存在を考慮しても、原告の実名報道を行った報道媒体は少数であり、原告については、実名報道が多数に上って国民の多くが原告の実名を認識したとはいえない。

(ウ) したがって、原告指摘の上記各記事が存在することによって、本件記事の匿名性は否定されない。

(2)  争点(2)(違法性阻却事由の有無等)について

(被告の主張)

ア 事実の公共性の有無について

(ア) 本件記事は、警察が暴力団対策を強化する中で、社会的注目を集める重大事件である本件恐喝事件に関する一連の報道の一つとして、本件雑誌に掲載され、その全体的な主題は、客観的な立場から刑事事件の公判の様子を伝えることにある。

本件恐喝被告事件においては、Bによる恐喝行為の有無という最大の争点との関係で、原告の属性及び経歴に照らした原告の証言の信用性が問題となっていたところ、原告が自らは指定暴力団であるm会傘下のo組(以下「o組」という。)の組員ではなかったと証言したのに対し、m会舎弟頭のD(以下「D」という。)らが原告はかつて「ヤクザ社会(p会)に身を置いていた」との証言をしたことを踏まえ、○○誌の編集部は、警察の捜査に問題がなかったか、原告が元暴力団員であることから警察に利用されたのではないかという観点から本件記事を執筆したのであるから、本件記事が公共の利害に関する事実に係るものであることは明らかである。

(イ) また、原告は、原告が自認するだけでも、b党、c会、経済商工連合会、区画整理準備組合等の要職のほか、複数の企業の会長及び代表取締役を務めており、複数の企業の創業者でもある。こうした地位にある原告が、元暴力団員であるとか、暴力団組織を利用して公共事業等の利権を獲得してきたという事実は、その社会的活動に対する評価の一資料たり得るものであり、公共の利害に関する事実に当たるというべきである。

イ 目的の公益性の有無について

(ア) ある表現行為が、公共の利害に関する事実に係るものと認められる場合には、特段の事情のない限り、当該表現行為は専ら公益を図る目的でされたものと推認されるべきである。

(イ) 被告は、恐喝行為の有無という本件恐喝被告事件の主な争点との関係で、本件恐喝被告事件の公判の動向を伝え、被害者とされる原告の属性及び経歴並びに原告の証言内容に照らし、客観的かつ公正、中立な立場から、原告の証言の信用性を吟味し、その有無を報道して、国民の知る権利の保障に資することを目的として本件記事を執筆したのであるから、その目的に公益性があることは明らかである。

ウ 真実性について

(ア) 本件記事の重要部分は、原告が元暴力団員であるとの点に尽きる。

原告は、本件記事を読んだ読者は、原告が現在も暴力団組織と関係があるとの印象を抱くと主張するが、被告は、本件記事においてそのような記載をしていないし、一般読者の普通の注意と読み方からすれば、読者が本件記事からそのような印象を受けるとは考えられない。

また、原告は、本件記載一のうちの「ヤクザを利用しながら利権を獲得してきた」との記載も、原告の社会的評価を低下させるものである旨主張するが、本件記載一は、本件恐喝被告事件の公判内容を客観的にまとめた記事の一部であり、また、原告の社会的評価を低下させるほどの具体的な記載があるとはいえないから、本件記載一は本件記事の重要部分とはいえない。

(イ) そして、本件記事の重要部分である原告が元暴力団員であるとの事実は、真実である。その裏付けとしては、本件恐喝被告事件におけるDの前記証言、原告がかつて犯したとされる殺人事件について、警察の発表を基礎として報道された昭和四九年八月二一日の◎◎新聞の記事(以下「別件◎◎新聞記事」という。)の中に「山科竹鼻の暴力団組員」、「元暴力団p会組員」との記載があること、裁判所は、本件恐喝被告事件について平成二五年三月二二日に言い渡した第一審判決において、Dが「公判廷で供述するXの暴力団員としての経歴等を前提としても、Xが暴力団に所属していたのは本件よりも相当以前である」として、刑事裁判の証拠に基づいて、原告が過去に暴力団員であったことを認定していること、原告自らが暴力団との関わりを供述ないし陳述していることなどが挙げられる。

(ウ) また、本件記載一についても、原告がa組五代目組長のE(以下「E」という。)と親交があったこと、原告が関与した事業について、Eが関与したことにより、高速道路建設の事業遂行上の弊害が取り除かれ、原告が「フィクサー」と呼ばれるようになったことにより、これが真実であることは裏付けられている。

エ 相当性の有無について

被告は、本件記事において、原告が元暴力団員であるという趣旨の記載をするに当たり、以下のとおり、十分な裏付取材を行っているから、被告が、原告が元暴力団員であると信じるについて相当の理由があった。

すなわち、本件記事を執筆した記者は、Bが逮捕された平成二二年一一月以来、本件恐喝事件について継続的に取材を行い、本件恐喝被告事件の公判が開始されてからも、Bの共犯とされる被告人の別の公判と併せて、ほとんど全ての公判期日を傍聴している。原告が元暴力団組員であるとするDの証言は、具体的かつ詳細である。

その他、本件記事の執筆や編集に当たった○○誌の編集部では、原告自身が執筆した「私の履歴」及び「続私の履歴」、原告の氏名と顔写真が掲載された別件△△誌記事及び別件別冊□□誌記事の記事並びに警察が原告を「元暴力団p会組員」と発表していた旨の別件◎◎新聞記事を入手しており、併せて、暴力団関係者への取材も行っていた。

なお、○○誌の編集部は、本件記事を掲載するに当たり、原告本人への取材を行っていないが、そのことによって、裏付取材が不十分であるということにはならない。

オ 以上より、本件記事の公表については、違法性が阻却され、又は故意過失がない。

(原告の主張)

ア 事実の公共性の有無について

否認し、又は争う。

イ 目的の公益性の有無について

否認する。被告は、本件記事が、本件恐喝事件に対する警察の捜査のあり方を問うものであると主張するが、失当である。

ウ 真実性について

(ア) 原告は、一八歳であった昭和三八年の夏ころに約二か月間、運転手としてp会に出入りしており、このことから、当時、警察が原告を暴力団組織の準構成員であると認識していたことはあるが、少年時代もその後も含め、暴力団員であったことは一度もない。

なお、本件恐喝被告事件の第一審判決は、Dの証言を前提とした仮定的な判断をしているだけであって、原告が過去に暴力団員であったことを認定してはいない。

(イ) 被告は、本件記事の重要部分は、原告が暴力団員であったとの点に尽きると主張する。しかしながら、本件記載一については、これを一般の読者の普通の注意と読み方を基準に読めば、単に同記載に係る証言があったというだけではなく、読者に、原告が暴力団組織を利用しながら利権を獲得してきた人物であるとの印象を強く与えるものであり、原告の社会的評価を低下させるものである。

エ 相当性の有無について

(ア) 被告は、刑事裁判において原告と利害が対立する被告人側の証人の虚偽の証言を、原告本人に対する取材をするなどして、その内容の真実性を十分吟味することなくそのまま記事にしたのであるから、被告において本件記事に係る事実を真実と信じるについて相当の理由があるということはできない。

例えば、Dが一八歳であったころに、若衆であった原告と知り合った旨のDの証言についてみれば、原告は当時まだ一五歳であり、一五歳で若衆になることなどあり得ない。

(イ) 被告は、原告が元暴力団員であると判断した根拠の一つとして、別件◎◎新聞記事を挙げる。しかし、報道の存在だけでは、その内容を真実だと信じたことにつき相当の理由があるとはいえない。また、別件◎◎新聞記事は約四〇年も前のものであり、しかも同記事は、朝刊で「暴力団組員」とされた原告の肩書きが、夕刊では「元暴力団p会組員」と修正されるほどに不確かなものであるから、被告が上記のとおり信じたことに相当の理由があったということはできない。

(ウ) また、被告は、原告が元暴力団員であると判断した別の根拠として、暴力団関係者からの情報を挙げるが、当該暴力団関係者が具体的に誰であるかを、取材源の秘匿として一切明かしていないのであるから、その存在や供述の信用性を吟味することはできず、被告の主張は失当である。

オ 以上より、本件記事の公表につき違法性阻却事由等は存在しない。

(3)  争点(3)(名誉回復処分の必要性)について

(原告の主張)

本件記事の前記内容、原告への取材の不存在による原告の言い分無視によって被った原告の精神的苦痛が甚大であること、本件記事が原告の社会的評価を低下させることを目的としていたこと、○○誌が広く読まれ、原告や前記の企業の活動に多大な支障を来していること、原告の家族に対する影響に照らすと、本件では、原告に対する名誉回復処分として、別紙謝罪広告記載の謝罪広告が掲載されることが必要である。

さらに、原告は、本件恐喝事件に関し、暴力団を恐れることなく、決然と被害申告を行い、暴力団排除に資する情報を提供した人物である。暴力団排除の機運が高まる現状において、本件記事の公表に関する謝罪広告が認められないことは社会的損失である。

(被告の主張)

争う。

(4)  争点(4)(原告に生じた損害の有無及びその額)について

(原告の主張)

前記(3)の(原告の主張)の事情からすると、本件記事の公表による原告の被った精神的損害は、これを一〇〇〇万円と算定すべきである。

また、本件名誉毀損と相当因果関係のある弁護士費用は、一〇〇万円である。

(被告の主張)

否認する。

原告が主張する損害は、本件記事が公表されたこととの間に因果関係を有しないものばかりである。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)(本件記事の公表による原告の社会的評価の低下の有無)について

(1)  ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として解釈した意味内容に従って判断すべきである(最高裁昭和三一年七月二〇日第二小法廷判決・民集一〇巻八号一〇五九頁、最高裁平成九年五月二七日第三小法廷判決・民集五一巻五号二〇〇九頁)。

(2)ア  本件記載一ないし九は、本件記事において「C氏」と称される人物(以下、単に「C氏」ともいう。)が、暴力団社会に身を置いていたというDの本件恐喝被告事件での証言内容についての記載(本件記載二)、C氏の暴力団組織との関わりや同組織への加入から脱退までの経緯についての記載(本件記載三ないし八)及びC氏が暴力団の力を利用して利権を獲得してきた様子との記載(本件記載一及び九)からなる。

これらの記載を、一般の読者の普通の注意と読み方によって理解すれば、本件記載一ないし九を含む本件記事は、要するに、C氏が元暴力団員であること及びC氏が暴力団組織の力を利用しながら利権を得てきたことをその内容とするものであるといえる。

ただし、C氏が暴力団組織を利用しながら利権を得てきたとの本件記載一及び九は、何の事業で、どのように暴力団を利用して、どのような利権を得たかが具体的に示されておらず、その文言から明らかなように、一連の公判を傍聴してきたジャーナリストが本件恐喝被告事件を傍聴した上で抱いた感想ともいうべきものであることは明らかである。そうすると、本件記載一及び九は、本件記載二ないし八と独立して独自に原告の社会的評価の低下をもたらすとみることはできない。本件記事のうち原告の社会的評価の低下をもたらす核心部分は、原告が元暴力団員であるという事実の摘示に限られるというべきである。

イ  なお、原告は、本件記事を読んだ読者は、本件記事においてC氏と称される原告が現在も暴力団組織と関係がある人物であるとの印象を抱く旨主張するが、本件記事には、C氏が現在も暴力団組織と関係があるとの事実の摘示がないばかりか、「堅気になったC氏」との記載があるだけでなく、Dを避けるように連絡が取れなくなったとか、平成一〇年ころにDが原告に暴行を加えたことを契機に、Dにおいて念書を出して原告と会っていないと語ったとの記載もあるから、一般の読者の普通の注意と読み方からすれば、C氏は、現在は、暴力団組織との関係がないとの理解に達するといえる。したがって、原告の上記主張は採用できない。

ウ  C氏が、元暴力団員であることを、詳細な経緯等とともに摘示する本件記載二ないし八は、C氏の社会的評価を低下させるに足りるものであることは明らかである。

エ  前記前提事実のとおり、原告が同和団体の幹部であり、建設関係の団体の役員であることに加え、証拠<省略>によれば、本件記事には、C氏について、京都の建設会社社長であること、Bから恐喝された被害者であること、「七四年、C氏はささいなことからq会組員と喧嘩になり、刺殺事件を起こして服役。」、同和活動をしていることの記載があること、原告は、昭和四九年に暴力団組員の刺殺事件を起こしていること、C氏の「C」という文字は、原告の姓をローマ字表記した際の頭文字と同一であることが認められる。以上の各事実からすると、原告の経歴等の詳細な情報(以下「履歴情報」という。)を知る者は、その知識を手がかりに、C氏が原告のことを指しており、本件記事が原告に関する記事であると推知することが可能であり、本件記事の読者の中にこれらの者が存在した可能性も十分にある。そして、これらの読者の中に、本件記事を読んで初めて、原告についての既知の情報以上の履歴情報を知った者がいた可能性も否定することはできない。

被告は、本件記事を読んでも、原告のことをよく知る暴力団関係者でなければ、C氏が誰を指すかは分からないと主張するが、採用できない。

(3)  なお、被告は、別件△△誌記事等を通して自らの言い分や意見を実名で公表した原告が、同記事が存在することを理由に、その後に書かれた本件記事の匿名性を否定することは矛盾しているなどと主張するが、本件雑誌の販売後に原告が自ら匿名性を破る結果となるインタビューに応じて別紙△△誌記事等が執筆されて当該雑誌が販売されたわけではないから、原告が匿名性を否定することが矛盾しているとはいい難い。

(4)  以上より、本件記事の公表によって、原告の社会的評価の低下が生じるといえる。

二  争点(2)(違法性阻却事由の有無等)について

(1)  民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為には違法性がなく、不法行為は成立しない。仮に、上記事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信じるについて相当の理由があるときには、上記行為には故意又は過失がなく、結局、不法行為は成立しない(最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁)。

(2)  事実の公共性の有無について

ア 証拠<省略>によれば、本件記事は、本件恐喝事件に対する連載記事の一つであり、○○誌においては、本件記事のほか、上記連載記事として、平成二二年一二月一三日号から平成二四年一二月一〇日号までで「B若頭逮捕でa組重大局面」、「a組若頭「無罪の可能性」」、「a組B若頭初公判一部始終」、「a組若頭一五億円保釈舞台裏」、「a組若頭公判再開完全詳報」、「a組若頭「私は無罪」肉声」、「a組B若頭「求刑一〇年」衝撃」、「a組B若頭「裁判結審」詳報」、「a組B若頭「実刑六年」判決詳報」と題する記事が、掲載されていること、本件記事には、本件記載一ないし九があるほか、「D舎弟頭の発言は、ただC氏の証言を否定するだけでなく、その証言の信憑性を大きく揺らがせるものといえる。」、「ここにきて急展開の様相を見せるB若頭の裁判。」、「これまでの公判での証言を見る限り、B若頭と被害者の接点は、同氏の依頼を受けて食事をした点のみで、恐喝を裏づける証拠は出ていないのが実情だ。」、「「a組頂上作戦、r会壊滅作戦という“国策”に沿った、かなり無理筋の逮捕劇だったことが浮かび上がっているといえるのではないか」(ジャーナリスト)」等の本件恐喝被告事件の刑事事件としての評価に関する記載があること、Bが本件恐喝事件につき逮捕されたことを全国紙が報じるなど本件恐喝事件の動向については強い社会的関心があったこと、以上の各事実が認められる。

イ また、証拠<省略>によれば、本件恐喝被告事件の概要は、以下のとおりであることが認められる。

(ア) 本件恐喝被告事件において、Bは、懲役六年の有罪判決を受けた。

(イ) その罪となるべき事実の要旨は、Bが、F(F1。a組傘下のs一家総長。以下「F」という。)、s一家相談役のG1ことG(以下「G」という。)及びs一家関係者のH1ことH(以下「H」といい、F及びGと併せて「Fら」という。)に加担して、f協同組合及びその会員企業等の受注する土木建設工事等に関し、みかじめ料名下に金員を脅し取ろうと考え、Fらと共謀の上、平成一七年一〇月二六日から平成一八年八月初旬ころにかけて、Bが、原告に対し、F及びHを指して、「日頃、これらがお世話になってる。」「今後も仲良くしてやってくれ。」「仕事も力合わせてよろしく頼む。」などと申し向けた上で、H及びGが、原告に対し、数回にわたり脅迫文言を告げるとともに金員の交付を要求し、原告をして、みかじめ料として現金一〇〇〇万円以上を支払わなければ、原告の生命、身体及び原告の関係企業等の営業にいかなる危害を加えられるかもしれない旨畏怖させ、よって、平成一七年一二月三〇日、Hが、原告から現金一〇〇〇万円の交付を受け、平成一八年八月九日と同年一二月一八日の二回にわたり、Gが、原告から現金合計三〇〇〇万円の交付を受け、もって人を恐喝して財物を交付させたというものである。

(ウ) 争点は、各恐喝行為の有無及びBとFらとの共謀の有無であり、これらの各争点につき、弁護人は、Bは、原告から金員を脅し取ることを企てたことも、Fらとその旨共謀したことも、検察官が主張するような脅迫文言を原告に対して述べたこともなく、Fらが原告から金員を脅し取ったか否かを知らないし、原告から交付されたという金員を受け取ったこともないこと、原告が、大物暴力団関係者の後ろ盾を求めて、自ら積極的に六代目a組総本部長のIとの親密な関係を築き、その過程でFやBとの関係も作ろうとしていたこと等を主張した。

そして、上記各争点に係る証拠としては、関係者の各証言等があり、原告の期日外尋問における証言(以下「原告証言」という。)もその一つであり、原告証言の概要は、原告が罪となるべき事実のとおりの恐喝行為を受けたというものであったが、原告は、o組の組員ではなかったと述べていた。弁護人は、原告はかつて暴力団に所属していたと冒頭陳述において主張するとともに、原告は、平成一九年秋以降から平成二一年にかけて、H及びFと友好的な関係にあり、会食をしたり、協力して仕事をしたりしており、原告とH及びFとの間には恐喝事件の被害者と加害者という関係にあることをうかがわせる事情がない等として、原告証言が信用できないと主張していた。そして、Dは、原告がかつて暴力団に所属していたと証言した。

ウ 以上の各事実によれば、本件記事は、社会的関心の高い本件恐喝被告事件の内容を伝えるための記事であり、原告が元暴力団員であったとの事実は、本件恐喝被告事件の争点との関係で、原告証言に信用性が認められるかについて直接関連する事柄というべきであり、公共の利害に関する事実とみることができる。

さらに、前記第二の一(1)アに掲げた原告の社会的地位に鑑みれば、原告が元暴力団員であるという事実は、公共の利害に関する事実であり、本件記事は、公共の利害に関する事実に係るものというべきである。

(3)  目的の公益性の有無について

本件記事の内容は、前記第二の一(2)、前記二(2)アのとおりであり、さらに、証拠<省略>によれば、世間の注目度が高く、暴力団排除の機運が高まり、物的証拠がなく発言の有無等が争点になる裁判自体が興味深いものであることから、○○誌の編集部は、本件恐喝被告事件に関して継続して報道しようと考えたこと、本件記事には、原告が元暴力団員であるという事実以外に、原告の履歴情報は記載されておらず、本件恐喝被告事件の公判の取材によって原告の女性関係も得られたが、それについては原告に配慮して記事にしていないことが認められる。

そうすると、本件記事は、専ら公益を図る目的で公表されたものというべきである。

(4)  相当性の有無について

ア 次に、仮に、原告が元暴力団員であるという事実が真実でなかった場合に、被告において、これを真実と信じるにつき相当の理由があったか否かを検討する。

イ 証拠<省略>を総合すると、以下の各事実が認められる。

(ア) 本件記事が執筆された契機は、Dが、本件恐喝被告事件の公判において、かつて原告が「ヤクザ社会に身を置いていた。」という趣旨の証言をしたことにあるが、その具体的内容は、Dが一八歳のころに、原告と知り合ったこと、当時Dは、p会の舎弟で、原告は同組の若衆であったこと、昭和四二年ころには、原告はDの舎弟になり、Dは原告を「X」と呼び、原告はDを「兄貴」と呼んでいたこと、昭和四六年ないし四七年ころ、Dは三代目a組傘下のt組に移籍し、そのとき、原告もDについていったこと、昭和四九年、原告が、殺人事件を起こし、服役したこと、Dも別の事件で服役し、刑期を終えて出所する際、先に出所していた原告が出迎えに来たこと、その後、原告は、三代目m会直系の二代目u組内に立ち上げられたo組で副組長を務めたこと、暴力団の盃儀式に堅気が入ることは絶対にないが、弁護側が示した昭和五九年頃のo組の盃儀式の際の写真には原告が写っていること、原告は、昭和六〇年ころに堅気となったが、その契機は、Dがm会の会長であるJに、原告のことを「同和活動で伸ばしてやれ。堅気にしたれ。」と言われたことにあること等である。○○誌の編集部では、同証言について信憑性があると判断した。

(イ) ○○誌の編集部では、本件記事に係る取材の過程で、原告が執筆した「私の履歴」及び「続私の履歴」と同内容のものをインターネットから入手していた。その中で、原告自身が、二九歳のころ、自らが関係する会社のために、反社会的集団と掛け合って喧嘩になり、相手を殺したことで、殺人罪に問われ、刑に服したこと等を書いている。○○誌の編集部は、殺人の相手方が反社会的集団に属する人物であり、別件◎◎新聞記事に掲載された行為態様からも、原告がその当時暴力団員ではなかったとは考えなかった。

(ウ) 別件◎◎新聞記事は、上記(イ)の殺人事件を報道した。上記殺人事件の犯人である原告の肩書きが、その朝刊では「山科竹鼻の暴力団組員」と、その夕刊では「元暴力団p会組員」と記載され、原告が被害者の右胸・腕を刃物で刺して出血多量により即死させたと記載されている。○○誌編集部では、本件記事に係る取材の過程で、別件◎◎新聞記事を入手しており、上記記載が警察発表を根拠とするものであり、後者が正確であると判断した。

(エ) ○○誌以外の雑誌による本件恐喝被告事件に係る報道としては、別件△△誌記事、別件別冊□□誌記事があり、いずれも、原告に対するインタビュー記事の体裁をとっている。これらの記事の中で、原告は、EやFとの関係につき、「私が知り合ったのは三〇年ほど前のことで、Eさんはまだa組系v組内w会の会長でした。」とか、「もう三七年前になりますが、……E組長とも刑務所で知り合いました。s一家のF氏とは、m会の会長だったお父さんの代のとき、息子を堅気として面倒見てくれと頼まれた。そのときの遺言もあります。」等と述べている。本件記事の編集を担当した○○誌の編集部は、本件記事に係る取材の過程で、これらの記事も入手していた。○○誌の編集部では、このように原告自身がEやF、m会の会長と親交があることを公言していたことから、原告が全くの堅気の人間でないことを自ら認めていると認識した。

(オ) ○○誌の編集部は、本件記事を含む一連の記事の目的が本件恐喝被告事件の裁判報道にあり、原告の証言の信用性が本件恐喝被告事件での最大の争点ともなっていることから、Dの証言を取り上げたが、上記の新聞の記事だけでなく、原告自身の著書や別件△△誌記事等から、原告が元暴力団員であると認識し、それ自体Dの証言と一致することから、本件記事を掲載するに至った。

ウ 上記イの認定事実に照らし検討するに、本件恐喝被告事件におけるDの証言は、当然、宣誓及び偽証罪の制裁の告知を受けてされたものと考えられ、かつ、同証言は、相当程度具体的であるから、被告の主張する裏付け調査の点は別にして、○○誌編集部において上記証言を信用できると考えたとしても、それを不合理ということはできない。また、原告自身が、かつて暴力団員や暴力団組織と関わりを有していたことを認めるかのような手記を執筆しており、また、雑誌のインタビューに対しても同様の回答をしていること(別件△△誌記事等)から、原告が全くの堅気の人間ではないことを原告自身が認めていると認識したとしても、やむを得ないともいえる。さらに、別件の◎◎新聞記事は、殺人事件に関する報道であり、「元」という記載の有無はあるにせよ、同じ新聞の同じ日の朝刊と夕刊において、類似の肩書きが記載されている点からして、その犯人の肩書き等について警察発表によるものと判断しても無理からぬところがあるといえる。以上のことからすると、被告において、原告が元暴力団員であるという事実が真実であると信じるについて相当の理由があったというべきである。

エ(ア) なお、原告は、他の新聞、雑誌等の存在により、原告が元暴力団員であるという事実が真実であると信じるについて相当の理由があったということにはならない旨主張する。

しかしながら、上記イ及びウのとおり、被告において、原告が元暴力団員であると判断した理由は、同旨を報道する他の新聞、雑誌等が存在していたことだけではなく、別件△△誌記事や別件別冊□□誌記事が、原告に対するインタビュー記事の体裁をとっており、原告自身が、暴力団員等との交流があったこと等を認めていたことにもあることからすれば、原告の上記主張は採用できない。

原告は、最高裁平成九年九月九日第三小法廷判決・民集五一巻八号三八〇四頁を指摘するが、これは、特定の者について新聞報道等により犯罪の嫌疑の存在が広く知れ渡っていた場合であっても、そのことから、直ちに、当該犯罪の事実が実際に存在したと公表した者において、上記事実を真実であると信じるにつき相当の理由があったということはできない旨を判示したものであり、本件とは事案を異にする。

(イ) 原告は、被告が原告に対する取材を行っていないから、被告において、原告がかつて暴力団組織と関係を有していたとか、元暴力団員であるという事実が真実であると信じるについて相当の理由があったとはいえないと主張する。しかし、上記イ(エ)の認定事実に鑑みれば、原告に対する取材が行われなかったことをもって、直ちに、被告において、原告がかつて暴力団組織と関係を有していたとか、元暴力団員であるという事実が真実であると信じるについて相当の理由があったことを否定することはできない。

(ウ) 原告は、Dが一八歳であったころに、若衆であった原告と知りあった旨のDの証言につき、当時の原告が一五歳であったことからすると、その証言内容はあり得ないことであり、それが虚偽であることは、適切な調査を行えば容易に判明した旨主張する。

しかしながら、警察が当時原告を暴力団の準構成員であると認識していたこと自体は原告も自認するところであり、一五歳の少年が暴力団のいわゆる若衆となることがおよそあり得ず、Dの証言が虚偽であることが容易に判明すると即断することはできず、原告の上記主張は採用できない。

(5)  小括

以上より、本件記事の公表は、公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出たものであり、被告において、原告がかつて元暴力団員であるとの事実を真実と信じるについて相当の理由があるというべきであるから、本件記事の公表には故意又は過失がなく、不法行為は成立しない。

三  結論

以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栂村明剛 裁判官 武田美和子 髙津戸拓也)

別紙 謝罪広告<省略>

別紙 本件記載一覧<省略>

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