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京都地方裁判所 平成24年(ワ)348号 判決 2014年2月27日

原告

同訴訟代理人弁護士

塩見卓也

諸富健

被告

株式会社Y

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

平田薫

主文

1  本件訴えのうち、本判決確定の日の翌日以降の賃金の支払を求める部分を却下する。

2  原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

3  被告は、原告に対し、平成23年10月から本判決確定の日まで、毎月10日限り、29万円及びこれに対する各弁済期の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4  被告は、原告に対し、30万円及びこれに対する平成23年8月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  被告は、原告に対し、50万6309円及びこれに対する平成23年5月11日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

6  原告のその余の請求を棄却する。

7  訴訟費用は、これを5分し、その1を原告の、その余を被告の各負担とする。

8  この判決は、第3項ないし第5項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  主文2項及び5項と同旨

2  被告は、原告に対し、平成23年10月から毎月10日限り、29万円及びこれに対する各弁済期の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、200万円及びこれに対する平成23年8月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

本件は、被告との間で雇用契約を締結していた原告が、①退職強要により精神的苦痛を被ったとして不法行為に基づいて慰謝料200万円及びこれに対する平成23年8月30日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払、②休職期間満了により退職扱いされたことについて、これが無効であるとして、労働契約上の地位確認並びに退職扱い後の民法536条2項に基づく賃金(月額29万円)及びこれに対する各支払期日(毎月末日締め翌月10日払い)の翌日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払、③平成22年4月から平成23年4月までの間の未払残業代があるとして50万6309円及びこれに対する平成23年5月11日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  前提事実(争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)

(1)  被告は、宣伝広告の企画制作等を目的とする株式会社である。

原告は、平成19年3月1日、被告に入社し、製薬会社の商品の広告、宣伝等のための内容説明の文章案の作成等のメディカルコピーライターの業務を行っていた。原告は、裁量労働対象社員とされていた。

(2)  原告は、平成21年8月から休職(以下「第1回休職」という。)し、医師から平成22年3月1日より復職可能と認めると診断され、同日復職した。原告と被告は、復職の際の勤務条件について、勤務時間は午前10時から午後5時、休憩時間1時間、業務内容はメディカルコピーライターのアシスタント業務、賃金は休養前の75パーセント(年俸271万8000円、月額22万6500円)と合意し、その旨の覚書(以下「本件覚書」という。)を交わした(証拠<省略>)。

その後、年俸更改が行われ、原告の賃金は、年俸(平成23年5月1日から平成24年4月30日までの1年間)348万円(月額29万円、うち所定労働時間賃金19万7000円、所定労働時間外賃金9万3000円)となった。被告における賃金の支払は、毎月末日締め、翌月10日払いであった。

(3)  原告は、同年8月31日、医師から、うつ病により向う3カ月の休養加療を要すと診断された(証拠<省略>)。

被告は、原告に対し、同年9月1日付けの休職通知書を渡した。同通知書には、「あなたの私病による休職について申し出を受けましたため、当社の就業規則第9条第1項第1号に基づき、休職を認めます。」、「休職期間は就業規則第10条第1項第1号の通3ヵ月です。従って、休職期間は平成23年9月1日から平成23年11月30日までとなります。」、「休職期間満了日し復職させられないときは、休職満了日をもって自然退職となります。」などと記載されていた。(証拠<省略>)

原告は、同年9月1日から休職した。

(4)  被告は、原告に対し、平成23年12月1日付けの「休職期間満了による退職および退職に伴う諸手続について」と題する書面を送付した。同書面には、「平成23年11月30日をもって休職期間満了による退職となられましたので、念のため通知いたします。」などと記載されていた。(証拠<省略>)

(5)  被告の就業規則には、以下の定めがある。(証拠<省略>)

(休職)

第9条 社員が次の各号の一に該当した場合には休職にします。

(1) 業務外の傷病により欠勤が3ヵ月以上にわたる場合

(2)ないし(4) (略)

(休職期間)

第10条 休職期間は次のとおりとします

(1) 前条第1号の場合 3ヵ月

(2)ないし(4) (略)

2  第1項の期間は、会社が必要と認めた場合にはこれを延長することがあります。

3  休職期間中の賃金は無給とします。ただし、前条第3号の場合には、出向先との協定により支給することがあります。

4  休職期間は、勤続年数には通算しません。ただし、前条第3号については通算することがあります。

(復職)

第11条 休職の理由が消滅したときは、旧職務に復職させます。ただし、やむを得ない事情のある場合には、旧職務と異なる職務に配置することがあります。

(退職)

第13条 社員が次の各号の一に該当するときは、その日を退職の日とし、社員としての地位を失います。

(1)ないし(3) (略)

(4) 休職期間が満了し、復職させられないとき

2 争点及び争点に関する当事者の主張

(1) 被告の原告に対する退職勧奨が違法か

(原告の主張)

ア 平成23年8月22日、原告は、チームリーダーのB(以下「B」という。)とカンパニー長のC(以下「C」という。)に呼び出されて、これ以上の体調悪化が心配という理由で退職勧奨を受けた。9月末での退職に向けて8月中に返事がほしいとのことだったので、原告は、主治医と相談してから返事がしたいと答えた。

同月24日、原告は、主治医の診察を受けて、その後C及び総務部長のD(以下「D」という。)と面談した。Dは、退職勧奨をしたのに対し、原告は、仕事を続けたいと述べた。同日の面談は、原告が同月26日に返事をすることで終了した。

同月26日、原告は、再びC及びDと面談した。原告が、自分から辞めるとは言いたくないと述べると、Dは、解雇にはリスクがあると述べた上で、自己都合とした方が、今後のことも含めて一番いい選択だと思うと退職勧奨をした。その後も、CとDの二人がかりで原告に退職するよう迫ったが、原告は退職勧奨に応じない意思をはっきりと示し、自分が出来る範囲でしながら体調回復させて、続けさせてもらえたらと思っている旨述べたが、Dは、それは無理や等と答え、業務量の軽減に応じようとしなかった。また、原告が、仕事をしながら様子を見るという期間をもらえないかと尋ねても、Dはそれに応じようとしなかった。原告が解雇されてもやむを得ないという覚悟で退職勧奨を拒否し続けた結果、週明けに話が持ち越されることになった。

同月29日、原告は、再度C及びDと面談した。原告は、改めて退職の意思がないことを示し、分担をどうしようかという話をさせてもらえないかと思っている旨述べたが、Dは、業務分担するというのであれば、それは選択肢ではなくて、会社組織としては受け入れられないのではないかと答えた。

同月30日、原告は、被告代表者と面談した。原告が、退職勧奨はするけれども解雇はしないということかと尋ねると、被告代表者は二個一で言ったらそうだと答えた。そして、原告が、退職しないという自分の考えを変える気はないと言うと、被告代表者は、「じゃ、他の正社員と同じくバリバリがんばってやる、それだけの話や。」と言った。

原告は、以上のような度重なる退職強要により体調がさらに悪化し、主治医から向う3か月間の休養加療を要すと診断され、被告から休職通知書を受領し、休職した。

イ 退職勧奨がいかなる場合に違法と評価されるかについては、退職の意思表示が本来労働者の自由な自己決定に委ねられるべきこと、従属的な地位にある労働者にとって使用者の言動が極めて強い圧力となり得ることを考慮して判断されるべきである。特に、労働者が退職勧奨に応じない意思を明確に示したにもかかわらず、使用者が退職勧奨を繰り返した場合には明確に違法性が認められる。

また、本件における退職強要は、原告が一度うつ病にて病休し、その後仕事に復帰した中で、健康を害するレベルに業務量が増えたため、原告がその軽減を求めたのに対しなされたものである。使用者は労働契約上の義務として労働者に対する安全配慮義務・就業環境配慮義務を負うところ、その義務の一内容として、精神疾患を患い数ヶ月以上の病休期間を経て職場復帰した労働者に対しては、円滑な職場復帰のために職場復帰後の労働負荷を軽減し、段階的に元へ戻す等の配慮、適切な心理的支援を行うべき義務を負うことから、そのような労働者に対する退職勧奨に際しては、使用者側に特に退職勧奨を行うべき強い正当理由があり、かつその正当理由について使用者が労働者に対し誠実に説明されなければならず、その説明態様も当該労働者に対し精神的圧迫を与えないような態様で行わなければならない。そのような配慮がなされていなければ、当該労働者の自己決定権を不当に抑制しようとしたものとして、違法となる。

本件においては、上記アのとおり、原告が退職勧奨に応じない意思を明確にした後にあっても繰り返し退職勧奨を行っていること、原告が自らの健康状態との関係で業務量の多さが問題であり、業務量に配慮してもらえれば勤務継続は十分可能である旨を述べたにもかかわらず、業務量の軽減に応じようとしなかったなど、上記の円滑な職場復帰のために職場復帰後の労働負荷を軽減し、段階的に元へ戻す等の配慮、適切な心理的支援を行うべき義務を怠ったものといえ、また、被告は、精神疾患により体調のすぐれない原告に対し、自ら退職するか他の正社員と同様に働くかの選択肢を提示したのみであり、被告には労働者に対する安全配慮義務・就業環境配慮義務を押してまで退職勧奨すべき正当理由は何ら認められず、またその説明態様は原告に対し精神的圧迫を加える態様でなされたものである。

したがって、平成23年8月22日以降の被告による退職勧奨は、原告の自己決定権を不当に抑制しようとした違法な退職強要にあたる。

なお、被告は、退職勧奨に至る経過に関し、平成23年5月31日に従前のリハビリ勤務と同様の業務・時間・賃金を提示し、この際にはその旨の賃金辞令を示したと主張し、これを裏付ける証拠として乙15ないし17を提出するが、これらは時機に後れた攻撃防御方法であり却下されるべきである。

(被告の主張)

被告は、原告に対し、平成23年5月31日、従前のリハビリ勤務と同様の業務・時間・賃金を提示し、この際にはその旨の賃金辞令(乙15)を示した。また、このほかに契約社員ないし専門社員として契約する選択肢も示した。診断書を添えて申し出があれば休職も認められる。この被告の提示に対し、原告は第1回休職前の業務(コピーライターとしての裁量勤務)への復帰を強く希望して被告の提示をすべて拒否した。そこで、被告は、一旦提示を持ち帰り原告の希望を入れるかどうかを含めて検討し、原告がそこまで強く希望するのであれは、リハビリ勤務の継続などを強行するわけにはいかず、原告の希望を尊重せざるを得ないということになり、被告は、原告に対し、同年6月2日、第1回休職前と同様の労働条件を提示し、原告は、第1回休職前の勤務に復帰することになった。

同年7月5日、原告が業務量軽減を持ち出した際、Bは、体調に配慮して業務量調整の努力はする、しかし、リハビリ勤務中と異なり、一人前のコピーライターとしての裁量勤務をしている以上、他のコピーライターと同等の仕事を引き受ける責任がある、被告の提示を断って自ら希望して裁量勤務についた以上特別扱いできない旨などを話した。同月14日、原告は、横浜への出張・取材業務について、業務を拒否した。これ以前より、原告は、朝・昼を問わず、机に伏して寝ていることが多かった。同年7月15日の神社祈願の際、欠席者は届出ることとされていたにもかかわらず、原告は1人無断で遅刻し神社祈願に参加できなかった。同日、Bは原告と話し、その際、原告から専門社員として働きたい旨の申し出があったので、Bは休職して休養するようにアドバイスした。しかし、これに対して原告から明確な回答はなかった。

その後も原告の体調は回復せず、原告は割り当てられた業務を遂行できず、上司・同僚に大きな負担をかけ続けた。被告は、このような状況をいつまでも放置するわけにはいかなかったため、従前から提示してきたアシスタントとしての勤務(リハビリ勤務)、契約社員ないし専門社員としての勤務、あるいは診断書を提出して休職しての休養という選択肢だけでなく任意退職という選択肢も打診することにした。Cなどから何回か打診した後、同年8月30日、被告代表者は原告と面談し、被告から契約更改時を含めてこれまでに行ってきた提示・提案(アシスタントとしての短時間勤務、契約社員ないし専門社員としての勤務)について原告が希望するか否かを確認(打診)した。また、これは休養も選択肢として含むものである。これらの確認に対し、原告は、いずれの選択肢も拒否した。そして、上記の選択肢のほかの選択肢として打診した任意退職についても、解雇はされないことを確認したうえで、これに応じなかった。被告は、原告が応じなかった選択肢について、原告の意思を無視して強行するつもりはなかったため、原告は翌日からコピーライターとしての裁量勤務を続けることになった。しかし、原告は、同月31日、診断書を出して、被告が勧めていた休養に入った。

以上の経過によれば、原告に対する退職勧奨は、違法な退職勧奨ではない。

(2) 原告が休職期間の満了により被告を退職したといえるか

(原告の主張)

ア 休職のうちいわゆる傷病休職は、私傷病による欠勤が長期間に及んだことを前提に、使用者が相当な治療期間を休職期間とする休職命令を発することによって、休職期間中は労働者に治療に専念させ、それでも回復できなかったときに初めて退職の効力を生じさせる制度である。

被告の就業規則では、休職制度について、上記前提事実(5)のとおり規定されており、「業務外の傷病により欠勤が3ヵ月以上にわた」ったことを前提に、新たに相当な治療期間として3か月の期間を定めて休職を命じ、その3か月が経過しても復職できない場合に初めて、退職の効果が生ずるものである。このような解釈に従わなければ、被告の休職規定は休職概念に反し合理性を欠くものとして無効であるというべきである(労働契約法7条)。

また、被告の就業規則によれば、休職期間は原則として無給とされ、かつ、その期間は勤続年数に通算されないところ、このような場合休職命令は労働者に大きな不利益を与えるものとなるから、使用者には自由裁量による休職命令権が付与されたものと解することはできず、休職命令に合理性が認められないような場合には、当該休職命令は無効となる。このような観点からも、被告は未だ3ヵ月以上の病休に至っていない労働者に対し休職命令を発することは不可能である。

しかし、本件では、被告は、原告は未だ3か月以上の病休に至っておらず、単に3か月の休養加療を要する旨の診断書を提出して病休を申し出ただけに過ぎない状況で休職命令を発し、その命令に基づく休職期間が満了した時点で原告を退職扱いとしており、休職命令の前提を欠き、かつその休職命令自体も合理性を欠き無効なものである。

したがって、被告が原告を休職期間満了退職としていることにはその前提がなく、無効である。

休職命令が無効である場合、休職期間及び休職期間満了時以降における労務の履行不能は使用者の責めに帰すべき事由によるものであるから、原告はその期間中の被告に対する賃金請求権を失わない。なお、原告は、このように明らかに瑕疵のある休職命令に基づく退職処分に対して、労働組合を通じて受け入れない意思を明確にしている。また、被告からは、上記瑕疵を治癒するような手続的補正は行われていない。したがって、瑕疵は現在に至るまで治癒されておらず、本件の休職命令は現在も無効である。

イ また、本件における休職期間満了による退職処分に客観的合理性・社会的相当性が認められないという点からも、原告に対する退職処分は無効である。

上記傷病休職制度の趣旨から、休職期間満了時における自然退職の扱いは、労働能力を理由とする解雇への解雇権濫用法理適用の場合に準じ、解雇が正当化されるような事情、すなわち、単に労働者の債務不履行の事実があるだけでは足りず、それが労働契約を終了させてもやむを得ないと認められる程度に達していることを要し(最後手段の原則)、これが認められなければ退職処分は無効となる。傷病・健康状態を理由とする解雇において、解雇の客観的合理性が認められるためには、傷病等が債務の本旨に従った労働義務を期待できない程度に重大なものであることが前提となるが、さらに最後手段の原則の観点からは、労働契約上就労可能な簡易業務を提供することによって解雇を回避する努力を使用者に求められる。また、社会的相当性の観点からは、労働基準法19条が業務起因性を有する傷病によって就労できないことを理由として解雇することを禁止している趣旨からして、労働者が傷病・健康状態を理由に就労できない場合において、そうなった原因の一端が使用者側の態度にあることが認められる場合、その事実は解雇に社会的相当性がなく無効であることの評価根拠事実となる。

本件においては、一度うつ病により病休した後の原告の業務量については、平成22年3月当初は勤務時間を通常の所定労働時間より短くして、業務もあまり負担がかからないものを担当させてもらうことにより復職したものの、同年夏ころから主担当として顧客の所に行くという従来の裁量労働対象社員としての仕事内容と変わらなくなり、また、復職翌月の同年4月から定時外に勤務する日が増え始め、同年7月以降は、定時外勤務が常態となっており、原告の業務量は、特に同年7月以降は過重になっていた。その負担増については、原告は、被告による退職強要の過程において、業務量に配慮さえしてもらえたら勤務継続は可能である旨を何度も訴えており、被告からの配慮さえあれば、十分勤務継続が可能であった。このように、本件では、傷病・健康状態を理由とする解雇における労働契約上就労可能な範囲での業務軽減等の配慮を行うことによって解雇回避努力を行うべき使用者の義務が果たされていない。

また、最後手段原則の観点からは、傷病による労働不能が一時的なものであって治療によって回復が見込まれる場合、相当な回復期間を与えずに解雇を行うことも、客観的合理性を欠く根拠となる。原告の症状が重くなった主な要因は、それまで原告に命ぜられる業務量が過多だったこと及び退職強要である。すなわち、被告が退職強要を撤回し、相当な休職期間を原告に与え、その期間内にある程度回復すれば業務量に配慮した形で復職させることを約束するならば、原告は相当な休職期間を与えられることで十分に回復することが可能であった。しかし、被告は、休職命令の前提となる3ヵ月の病休期間すら与えず、わずか3か月という短い期間の休職期間のみしか回復期間を与えないまま、退職扱いとしており、被告が原告に対し相当な回復期間を与えていない。

以上によれば、本件における退職処分には客観的合理性がない。

また、本件における原告の症状悪化には、被告が原告の職場復帰に際して本来行うべき復帰プランの作成・管理を怠っていたこと、被告が専門業務型裁量労働制を採用するにあたり履行すべき労働者の健康配慮措置・苦情処理制度の整備を怠っていたこと、実際に被告が原告の業務量に配慮したことはなく、平成22年7月には業務過多となっていたこと、違法な退職強要があったことが大きく寄与している。したがって、原告の症状悪化要因を作出した被告による原告に対する退職処分には社会的相当性がない。また、本件の休職命令は傷病休職制度の趣旨に反し、逆に原告を退職させること自体を目的に発せられたものであるといえ、この点からも社会的相当性は認められない。

以上によれば、本件の退職処分は、客観的合理性及び社会的相当性が認められず、解雇権濫用法理の趣旨に準じ、無効である。

ウ さらに、そもそも原告のうつ病は労災といえるので、被告は当然に原告を解雇・退職扱いすることができない。

原告が、「うつ病エピソード」を発症した時期は、平成20年12月ころであり、その後、一旦は復職できる程度に回復したものの、被告による退職強要等により、平成23年8月末から同年9月に症状を増悪させた。

精神障害を発病している労働者を平均的労働者よりも不利に取り扱うことは平等原則に反するから、発病後増悪の場合と通常の発病の場合とを区別せず、同じ基準を用いるべきであり、本件でも原告が精神障害を発病した後に生じた具体的出来事が「強」と評価できるか否かで業務起因性を判断すべきである。

本件では、原告が退職するつもりがないと明言しているにもかかわらず、Cらが繰り返し原告に退職を迫り、これらの事実は違法な退職強要であるが、これは「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(証拠<省略>、以下「認定基準」という。)において、心理的負荷の強度を「強」判断する具体例として挙げられている「退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず、執拗に退職を求められた」と合致する。

よって、原告は退職強要により心理的負荷の強度「強」と評価されるエピソードに起因してうつ病を増悪させたのであって、平成23年8月末から9月にかけて生じたうつ病の増悪は労災である。

したがって、被告は当然に原告を解雇・退職扱いすることができない(労働基準法19条)。

(被告の主張)

ア 被告は、原告の3か月間の休職の申し出を承認したのであり、被告が、原告に一方的に休職を命じたわけではなく、合意休職が否定される理由はない。

仮に、猶予期間として欠勤期間3か月を加えて6か月を置いたとしても、平成23年9月1日から6か月を経過した平成24年2月末日には猶予期間は満了し、遅くとも同日の経過により、原告は休職期間満了で退職となっている。

原告の業務外の疾病による労務提供不能状態は延べ4年に及ぶ長期にわたっており、原告の従業員たる地位は認められない。

イ 平成22年3月から平成23年5月の間における原告の勤務日数・勤務時間等をみると、休日・休暇・欠勤等は少ない月で9日、多い月では14日もあり、15ヵ月平均で11.33日、月の3分の1を超える日数は休んでいる。また、勤務時間は、上記期間を通じて平均すると1週間約32時間、週休2日とすると1日あたり6.4時間にすぎず、法定労働時間の1週あたり40時間を大幅に下回っている。また、上記期間において、原告は、机に伏して寝ていたり、1階のロビーで休憩しているなどのことが頻繁にあった。

以上によれば、上記期間において、長時間勤務や長期間にわたる連続勤務はなく、勤務時間・勤務日数の観点からみて原告の仕事の量が精神障害再発の原因である可能性はない。

また、平成23年6月以降の原告の勤務についてみると、同年6月の勤務日数は21日、休日等の日数は9日、勤務時間合計は196時間45分、同年7月の勤務日数は19日、休日等の日数12日、勤務時間合計158時間45分、同年8月の勤務日数は18日、休日等の日数13日、勤務時間合計144時間15分であり、法定労働時間の1週あたり40時間(月換算で171.42時間ないし177.14時間)を超えた月は同年6月だけであり、その超えた時間も25時間20分に過ぎない。また、原告は、この間も休憩等を頻繁にしていた。このように上記期間の勤務時間・勤務日数の観点からみて原告の仕事の量が精神障害再発の原因である可能性はない。

さらに、上記(1)のとおり、原告は認定基準における「退職を強要された」こともない。

労働基準監督署が原告の休業補償給付の請求を不支給としているところからみても、原告の業務に起因してうつ病が再発した旨の主張は認められない。

ウ 原告は、平成23年9月から平成25年2月までの1年6か月間、業務外の疾病による療養のため労務に服することができないとして、健康保険法上の傷病手当金の支給を受けており、その間労務に服することができない状態であったことは明らかであり、そうである以上、原告が被告に対して賃金を請求することはできない。

また、上記以降も、原告は労務提供不能状態は現在まで続いていると推認でき、原告が被告に対して賃金を請求することはできない。

(3) 損害額

(原告の主張)

上記(1)の被告の退職強要により原告が被った精神的苦痛は甚大であり、これを慰謝するための慰謝料は200万円を下らない。

仮に、地位確認請求が認められない場合であっても、不法行為に基づく損害賠償は認められるべきあり、この場合、上記慰謝料のみならず、逸失利益も損害として認められるべきである。

(被告の主張)

争う。

(4) 未払賃金

(原告の主張)

原告は、平成22年3月の復職の際、勤務時間を定時より2時間短い午前10時から午後5時としたことから、賃金を休職前の賃金の75パーセントとすることで被告と合意した。しかし、復職翌月の平成22年4月以降の勤務時間は別紙<省略>のとおりであり、定時外に勤務しているが、これは被告の指揮命令下で業務に従事していた。

被告は、上記の定時外勤務に対して対価を支払うことなく、休職前の75パーセント分の賃金のみを払い続けた。これは違法な賃金減額であり、原告は、その差額の賃金を受領する権利を有している。

また、原告は、平成22年5月から、別紙のとおり、法定労働時間を超えて勤務する日が出てきた。短時間勤務時においては、原告は、裁量労働対象社員ではなくメディカルライターのアシスタント業務であったから、法定労働時間を超えて勤務した時間に対応する賃金(割増賃金)を請求する権利を有する。

これを計算すると、50万6309円となる。

(被告の主張)

平成22年3月から平成23年4月の期間はリハビリ・身体慣らしのための期間であって、原告が1日6時間を超えて会社にいることがあったとしても、それは、被告の業務命令ではなく、原告が自らの希望と都合によって任意にリハビリ・身体慣らしを行った時間にすぎない。

また、本件覚書記載の「休養前の賃金の75パーセント」というのは、休養前の裁量労働における賃金月額30万2000円の75パーセントのことであり、休養前の裁量労働の勤務時間(みなし労働時間)は1日9.5時間である(就業規則43条)。この勤務時間(みなし労働時間)1日9.5時間の75パーセントは1日7.125時間にあたる。したがって、リハビリ期間中の賃金月額22万6500円は勤務時間1日7.125時間に対応するものである。よって、勤務時間が1日7.125時間を超えない限り月額賃金22万6500円に上乗せして時間外労働賃金を支給する必要はない。平成22年3月から平成23年4月までの期間について、原告の出勤簿から確認される時間が1日7.125時間に当月の所定勤務日数をかけた時間を超えているのは、平成22年11月、同年12月、平成23年1月、同年2月及び同年3月の5か月のみ合計98時間59分である。他方、この間の原告の遅刻・早退は合計36時間40分であり、遅刻・早退の時間は賃金控除の対象となる(賃金規程6条3項、4項)から、これを98時間59分から差し引かなければならず、残る時間は62時間19分となる。しかも、原告は、リハビリ勤務期間中において、机に伏して寝ていたり、1階のロビーで休憩しているなどのことが頻繁にあったのであり、これらの昼寝、休憩などの時間の合計は上記62時間19分を下回ることはなく、その点を考慮すれば、原告が1日7.125時間に当月の所定勤務日数をかけた時間を超えて勤務した時間はない。

したがって、原告の時間外労働賃金の請求は認められない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実、証拠(<省略>[枝番含む、以下特に記載のない限り同じ。]、原告本人、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)  原告は、平成19年3月1日、被告に入社し、a部門に所属し、製薬会社の商品の広告、宣伝等のための内容説明の文章案の作成等のメディカルコピーライターの業務を行っていた。上記業務の中には、顧客との打ち合わせ等も含まれていた。原告は、裁量労働対象社員とされていた。

平成20年7月頃、原告が部署の配置換えを希望したため、b社の仕事を担当するチームから、中堅・新規の顧客の仕事を担当するチームに異動した。原告は、思考能力の低下した状態等が続いたため、平成21年3月、c医院の精神科を受診したところ、うつ病と診断された。同年4月頃、原告はチームの先輩にc医院を受診したことを報告した。その後、原告は、被告の産業医と優先して面談するようになった。原告は、薬を服用しながら仕事を続けていたが、体調は回復せず、同年8月中旬、主治医から休職するよう指示され、同月17日から平成22年2月28日まで休職した。

(2)  原告は、医師から平成22年3月1日から復職可能と認めると診断され、同日復職した。もっとも、うつ病の治療が継続中であったことから、就業条件について、勤務時間は午前10時から午後5時、休憩時間1時間、業務内容はメディカルコピーライターのアシスタント業務、賃金は休養前の75パーセント(年俸271万8000円、月額22万6500円)とする旨の本件覚書を締結した。本件覚書には、原告の復職後1ヵ月間の就業状態により2ヵ月目以降の就業条件を見直す旨も記載されていたが、2か月目以降、特段、就業条件が見直されることはなかった。

原告は、復職後も月1回産業医と面談していた。

原告の同年3月1日以降平成23年4月末までの出勤時間及び退勤時間は別紙の「出勤時刻」及び「退勤時刻」欄記載のとおりであった。もっとも、この間、原告は、体調が優れない時は休憩時間以外にもロビー等で休憩することがあった。この間の業務内容は、当初は、アシスタント業務であったが、徐々にそれにとどまらず、直接顧客との窓口となって対応するなどの業務も行うようになっていた。被告においては、Bが具体的な業務の割り振りを行っていた。

(3)  原告は、平成23年5月31日、年俸更改のためCと面談した。その際、Cは、現状の勤務形態で年俸も現状維持もしくは契約社員となることを提示した。これに対し、原告は、契約社員となることには身分が不安定となるため納得がいかず、また、上記(2)のとおり、第1回休職後の勤務時間である午前10時から午後5時を超えて勤務している状況であったため、年俸の現状維持にも納得がいかなかったことからその旨を伝え、Cは検討するとのことで同日の面談は終了した(なお、原告は、同日の面談において、勤務時間は午前9時から午後6時、賃金はそのままの第1回休職前の75パーセントとの条件を提示された旨供述するが、被告が上記のような原告がおよそ受け入れ難い条件を提示するとは考え難いこと、原告としては現実には所定の勤務時間である午前10時から午後5時を超えて勤務しているにもかかわらず年俸が現状維持と提示されたことからこれに納得できなかったとの経過が自然であることからすると、原告の上記供述は採用できない。また、被告は、同日の面談で従前と同様の業務・時間・賃金を提示したとの主張について裁判上の自白が成立していると主張するが、同事実は主要事実ではないから自白は成立しない。)

同年6月2日、原告は、再びCと面談し、Cから、給料を元に戻してほしいのであれば、条件も戻すように、他の社員と同様の条件でがんばっていくつもりはあるかと尋ねられたため、原告は、それで頑張る旨答え、第1回休職前と同様の条件で契約することになった。当該契約は平成23年5月1日に遡って適用されることになった。

(4)  原告は、平成23年6月以降第1回休職前と同様の条件で勤務していたが、うつ病の治療を継続しているという原告の状況では処理できない業務が割り振られるようになったため体調が悪化し、業務を処理できないようになった。

そこで、原告は、同年7月5日、Bに対し、業務量の軽減を訴えた。これに対し、Bは、業務量調整の努力はするが、原告の責任は重い旨述べた。その後、Bは、できる限り原告のフォローを行った。原告の平成23年6月から同年8月までの勤務時間は、平成23年6月が約196時間、同年7月が約158時間、同年8月は約144時間であった。

数日後、原告は、Cから上記Bへの訴えについて、今回のことはどういうことか、顧客に迷惑がかかるようなことであれば、解雇もあり得る旨言われ、これにより体調がさらに悪化した。

原告は、同月14日の横浜への出張・取材業務について、現状の体調では困難であるとして行かなかった。これ以前から、原告は、朝・昼を問わず机に伏して寝ていることが多く、Bは、他のメンバーへの悪影響を心配し、人目につかない場所で休むよう忠告せざるを得ない状況であった。

被告では、同月15日、全社で30周年記念の神社祈願が行われた。原告は、特に連絡することなく遅刻し、神社祈願に参加できなかった。午前11時30分に出勤後、原告は、Cに呼び出され、神社祈願に参加しなかったことについて注意を受けた。

同日、原告はBと二人で話をし、Bが、なぜ契約更改時にリハビリ勤務や契約社員としての勤務を断ってコピーライターとしての裁量勤務したのか、無理しないように忠告したのに、裁量勤務に復帰した以上、他のメンバーの手前リハビリ中でもない人をかばうことはできないと言ったはずである旨述べたところ、原告は申し訳ないと謝った。その際、原告は、専門社員として働きたい旨申し出た。

(5)  原告は、同年8月22日、B及びCに呼び出され、これ以上の体調悪化が心配という理由で退職勧奨を受けた。同年9月末での退職に向けて同年8月中に返事がほしいとのことであったため、原告は主治医と相談してから返事がしたいと答えた(以下、同日の面談を「第1回面談」という。)。

(6)  原告は、同月24日、D及びCと約1時間面談した(以下、同日の面談を「第2回面談」という。)。原告が、体調が悪化したきっかけについて、「どう見ても自分がこなせる量じゃない仕事量のものがまとまってやってきた」と述べたのに対し、Dは、被告での仕事の量や忙しさについて、自分でコントロールできない量が絶対来る、そのような仕事をこなさなければならないのが通常の業務であり、自分の都合で仕事ができないというのが受注事業であると述べた。また、Dは、原告が業務量の軽減をBに訴えた後、チームとしてサポートしているような状況の中で、この2か月見てて、薬の量も増えており、原告がもっと悪くなる危険性があるような気がする、それは自分自身にとって苦しいだけだと思うから、一旦被告としては辞めることを勧めて、仕事や会社から離れて一回リセットするような状態になった方が原告のためにいいのではないかということで話をしている旨を伝えた。これに対し、原告は、不十分だと思われていると思うし、来た量がこなせないというのも現実であるが、仕事を続けたい旨述べた。また、Dが、続けたいという気持ちは分かるが、今聞いているのは続けられるかということであると述べたのに対し、原告は、業務量が限定されていて、去年と同じままであればできると思う、辞めますとは言いたくない旨述べた。

原告が、退職勧奨を拒否した場合、今後被告としてどのように対応するのか聞いたところ、Dは、退職勧奨に同意したら自己都合退職になる、そうでない場合は解雇である、解雇の場合にはいろいろ条件があるが、その中の通常の業務に支障をきたしているというのにあてはまると思う旨述べた。これに対し、原告が、休職という手段はなく、選択肢としては合意するか解雇かの2つなのかと尋ねたところ、Dは、基本はそうなる、会社として退職勧奨するのはそういうことである、ただ、基本解雇にはしたくないし、本人も嫌だと思うから、考えてということになる旨述べた。遅くとも今週中には返事をしなければならないとのことであったため、原告は、家族と相談したいと述べ、2日後に返事をすることになった。

(7)  同月26日、原告は、再度、C及びDと約2時間面談をした(以下、同日の面談を「第3回面談」という。)。原告は、面談の最初に、気持ちの上で納得がいかない部分もどうしてもあるので自分から辞めますとは言いたくない旨述べた。それに対し、Dは、例えば次の就職先などを考えると、解雇となるとハローワークに対する提出書類の中に理由を書かなければならず、その理由は次の働き先にも採用の時に通知されるがそれは損であるなどと述べた。原告が、それでもいい旨言うと、Dは、その理由が分からない、通常業務を続けられないことに端を発しているのであるから、自己都合とした方が今後のことを含めて一番いい選択だと思う旨述べた。また、Cが、一番心配なのは原告の体調である旨述べたのに対し、原告が、それならなぜ自分がこの量の仕事は無理と伝えたときに、体調ではなくて仕事の方を優先したのか、そこまでの量でなかったらそのまま悪くなることもなかったなどと言うと、Cは、だからそういう仕事の業態ではないと思っている、この量でそのままずっと続ければいいという仕事ではないと述べ、原告は、その経緯等に納得いかないと述べた。また、原告は、自分からは辞めさせてもらうとは返事できない、気持ちは変わらない、自分がいることによって会社にデメリットになると判断されるのであれば、解雇と言われても文句は言えないと思っているなどと述べたが、Dは、仕事が普通にできる状態ではない、どうするのかなどと述べた。原告は、いま自分ができる範囲でまずしながら体調回復させて、できるだけの仕事をさせて、続けさせてもらえたらと思っていると述べたが、Dは、それは無理や、繰り返しになると思うと述べた。1か月単位の期間の定めのある契約という話も出されたが、原告は納得いかないと述べた。C及びDは、体調のことを考えると続けられないと退職を説得した。また、Cは、最終的には会社の判断ということになるが、それは原告のためになるとは思えないので、退職勧奨の話をしている等とも述べた。しかし、原告は、納得がいっていない、自分から辞めますとは絶対に言いたくない、1か月といかなくても2週間でも仕事をしながら様子を見るという期間はもらえないのかと尋ねたが、Dは、実際はこの1か月見てきてこれ以上はということで今話をしていると言い、原告は、解雇の場合には仕方がない思っているなどと述べた。Dは、そこで意地張ることはないなどと述べたが、結論は延期され、週明けまで双方検討することになった。

(8)  同月29日、原告は、再びC及びDと面談をし、気持ちは変わらない、判断を任せる、退職の意思表示はしないことを伝えた(以下、同日の面談を「第4回面談」という。)。Dは、業務分担するのであれば、それは選択肢ではなく会社組織としては受け入れられないのと違うかと述べるなどしていたが、被告代表者が翌日話をすることになった。

(9)  同月30日、原告は、被告代表者と約1時間面談した(以下、同日の面談を「第5回面談」という。)。被告代表者が専門社員とか契約社員は嫌なのか、その選択肢を与えればいいのかと尋ねたのに対し、原告は、今までの経緯から考えて一定期間ですぐに雇用を打ち切られるという懸念はぬぐえないので、今の段階では信用できないと答えた。また、原告が、退職勧奨はするけれども解雇はしないということかと尋ねたのに対し、被告代表者は二個一で言ったらそうだと答えた。原告が、そうであれば自分は退職しないという自分の考えを変える気はないと言うと、被告代表者は、「じゃ、他の正社員と同じくバリバリがんばってやる、それだけの話や、居続けるというのであれば、がんばってくださいとしか僕は言いようがない」、「結果出してくれたらそれでええ」、「ほんましんどいぜ」、「これ以上何もなければ解雇はしない」、「がんばってくれたらええやん」と言って話は終わった。

(10)  原告は、さらに体調が悪化し、同月31日、主治医の診察を受けたところ、うつ病により3か月間の休養加療を要すと診断された。

原告は、被告に対し、期間を同年9月1日から同年11月30日までの3か月間、種別をその他3か月、事由としてうつ病による休職とした同年9月1日付けの休暇申請書を提出した。被告は、原告に対し、同年9月1日付けの休職通知書を渡した。同通知書には、「あなたの私病による休職について申し出を受けましたため、当社の就業規則第9条第1項第1号に基づき、休職を認めます。」、「休職期間は就業規則第10条第1項第1号の通3ヵ月です。従って、休職期間は平成23年9月1日から平成23年11月30日までとなりなす。」、「休職期間満了日し復職させられないときは、休職満了日をもって自然退職となります。」などと記載されていた。

原告は、同年9月1日から休職した。

(11)  被告は、原告に対し、平成23年12月1日付け「休職期間満了による退職および退職に伴う諸手続について」と題する書面を送付した。同書面には、「平成23年11月30日をもって休職期間満了による退職となられましたので、念のため通知いたします。」などと記載されていた。

(12)  原告は、労務不能であるとして、平成23年9月1日から平成25年2月末までの期間について、健康保険の傷病手当金を受領した。

(13)  なお、原告は、被告の平成25年12月9日付けの第8準備書面、同年12月20日付けの第9準備書面及び乙15号証ないし18号証について、時機に後れた攻撃防御方法であるとして却下の申立てをする。被告の上記準備書面については、乙15号証ないし17号証に基づく平成23年5月31日、従前のリハビリ勤務と同様の業務・時間・賃金を提示した際にはその旨の賃金辞令を示したとの主張を除き新たな主張をするものではないから、原告の却下の申立てには理由がない。また、乙15号証ないし乙17号証及びこれに基づく上記主張については、被告が、これらを提出したのが、証拠調べを終え弁論終結が予定されていた平成26年1月16日の口頭弁論期日であり、原告が平成25年1月9日付けの第4準備書面において、従前と同様の業務・時間・賃金を提示されたことを否定していることに照らすと、被告の重大な過失により時機に後れて提出されたものであり、かつ、それにより訴訟の完結を遅延させるものであるから、民事訴訟法157条1項により却下する。乙18号証については、これにより訴訟の完結を遅延させるものとはいえないから、却下の申立てには理由がない。

2  争点(1)(被告の原告に対する退職勧奨が違法か)について

労働契約は、一般に、使用者と労働者が、自由な意思で合意解約することができるから、基本的に、使用者は、自由に合意解約の申入れをすることができるというべきであるが、労働者も、その申入れに応ずべき義務はないから、自由に合意解約に応じるか否かを決定することができなければならない。したがって、使用者が労働者に対し、任意退職に応じるよう促し、説得等を行うこと(以下このような促しや説得等を「退職勧奨」という。)があるとしても、その説得等を受けるか否か、説得等に応じて任意退職するか否かは、労働者の自由な意思に委ねられるものであり、退職勧奨は、その自由な意思形成を阻害するものであってはならない。

したがって、退職勧奨の態様が、退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し、労働者の退職についての自由な意思決定を困難にするものであったと認められるような場合には、当該退職勧奨は、労働者の退職に関する自己決定権を侵害するものとして違法性を有し、使用者は、当該退職勧奨を受けた労働者に対し、不法行為に基づく損害賠償義務を負うものというべきである

これを本件についてみると、上記1の認定事実によれば、原告に対する退職勧奨については、合計5回の面談が行われ、第2回面談は約1時間、第3回面談は約2時間及び第5回面談は約1時間行われている。そして、第2回面談では、Dは、原告が、退職勧奨を拒否した場合、今後被告としてどのように対応するのか聞いたところ、退職勧奨に同意したら自己都合退職になる、そうでない場合は解雇である、解雇の条件の通常の業務に支障をきたしているというのにあてはまると思う旨述べ、また、原告が、休職という手段はなく、選択肢としては合意するか解雇かの2つなのかと尋ねたところ、Dは、基本はそうなる、会社として退職勧奨するのはそういうことである旨述べるなどしており、退職勧奨に応じなければ解雇する可能性を示唆するなどして退職を求めていること、第2回面談及び第3回面談で、原告は自分から辞めるとは言いたくない旨述べ退職勧奨に応じない姿勢を示しているにもかかわらず、繰り返し退職勧奨を行っていること、原告は業務量を調整してもらえれば働ける旨述べたにもかかわらずそれには応じなかったこと、第2回面談は約1時間及び第3回面談約2時間と長時間に及んでいることなどの諸事情を総合的考慮すると、退職勧奨を行った理由が原告の体調悪化に起因するものであること、第5回面談で原告は被告代表者に退職勧奨はするが解雇はしないということを確認したことなどを勘案しても、被告の原告に対する退職勧奨は、退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し、労働者の退職についての自由な意思決定を困難にするものであったと認められ、原告の退職に関する自己決定権を侵害する違法なものと認めるのが相当である。

3  争点(2)(原告は休職期間の満了により被告を退職したといえるか)について

原告は、平成23年8月末から同年9月にかけて生じたうつ病の増悪は労災であるから、被告は、原告を解雇・退職扱いすることはできない旨主張する。

上記1の認定によれば、原告は、遅くとも平成21年3月までにはうつ病を発症し、平成21年8月から平成22年2月まで休職していたところ、平成22年3月には、復職できる程度に回復してリハビリ勤務を行い、平成23年6月には休職前と同じ条件で勤務を行っていたが、リハビリ勤務時より業務量が増えたこと等により体調が悪化し、被告により退職勧奨を受けたことによりさらにうつ病が悪化し、平成23年9月からの休職に至ったものと認められる。

この点、精神障害を発症している労働者について、その後の業務の具体的状況において、平均的労働者であっても精神障害を発症させる危険性を有するほどに強い心理的負荷となるような出来事があり、おおむね6か月以内に精神障害が自然経過を超えて悪化した場合には、精神障害の悪化について業務起因性を認めるのが相当であると解する。

これを本件についてみると、上記1のとおり、平成23年8月22日以降の被告の原告に対する退職勧奨は、原告が退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず、執拗に退職勧奨を行ったもので、強い心理的負荷となる出来事があったものといえ、これにより原告のうつ病は自然経過を超えて悪化したのであるから、精神障害の悪化について業務起因性が認められる。

そうすると、被告は、原告を休職期間の満了により退職したとすることはできず、休職期間の満了により退職したとの被告の主張は採用できず、原告は、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあるというべきである。

原告は、平成23年10月以降の賃金について請求しているところ、上記のとおり、原告の精神障害の悪化について業務起因性が認められるから、原告の就労不能は被告の責めに帰すべき事由によるものであり、原告は、民法536条2項により、賃金請求権を失わない。なお、原告は、賃金についてその終期を定めることなく毎月の支払を請求するが、そのうち判決確定後に履行期が到来する部分については、将来請求であり、あらかじめその請求をする必要があるとはいえないから、訴えの利益を欠くというべきであって、当該部分に係る訴えは却下すべきである。

4  争点(3)(損害額)について

原告は、本件の退職勧奨により精神的苦痛を被ったと認められるところ、上記退職勧奨の態様、退職勧奨を契機として体調がさらに悪化し休職に至ったこと等諸般の事情を考慮すると、かかる精神的苦痛に対する慰謝料は30万円とするのが相当である。

5  争点(4)(未払賃金)について

上記1(2)のとおり、原告は、平成22年4月1日から平成23年4月末までの間別紙のとおり勤務したところ、これは被告の業務命令に基づくものといえる。

なお、被告は、業務命令ではなく、原告が任意にリハビリ・身体慣らしを行った時間に過ぎないと主張するが、上記1(2)のとおり復職後の原告が行う業務は顧客対応も行うようになるなど徐々に第1回休職前と同様の業務になっていったこと、それにつれて勤務時間も徐々に長くなっていったこと、午後8時台から午後10時台まで勤務している日もあること、被告においてはチームリーダーが業務の具体的な割り振りを行いそれに基づいて業務を行っていたこと等からすると、業務命令があったものといえるから、被告の主張は採用できない。

また、被告は、リハビリ期間中の賃金は、1日の勤務時間7.125時間に対応するものである旨主張するが、本件覚書には、勤務時間午前10時から午後5時、休憩時間1時間と明確に記載されていることに照らすと、1日の所定労働時間は6時間であると認められるから、被告の主張は採用できない。

また、被告は、賃金控除の対象となる遅刻・早退の時間があると主張するが、被告は、遅刻・早退があった際にもこれを賃金から控除せずに支払っており(証拠<省略>)、これは遅刻・早退について賃金から控除しない趣旨で支払ったものといえ、時間外手当の計算の際にこれを控除することは認められない。

また、被告は、原告が休憩等を頻繁にしていた旨主張するところ、原告が休憩をしていたことは認められるが、その具体的な時間は不明であることからすると、所定の休憩時間である1時間を超えて休憩していたとは認められない。

以上に基づいて、原告の未払賃金について計算すると、50万6309円となる。

6  以上によれば、原告の請求は、本判決確定の日の翌日以降の賃金の支払いを求める部分は不適法であるからこれを却下し、地位確認並びに平成23年10月から本判決確定の日まで毎月10日限り29万円及びこれに対する各弁済期の翌日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金、並びに不法行為に基づく損害賠償として30万円及びこれに対する平成23年8月30日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金、並びに未払賃金として50万6309円及びこれに対する平成23年5月11日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 織田佳代)

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