京都地方裁判所 平成24年(ワ)3755号 判決 2014年8月29日
原告
X
被告
Y
主文
一 被告は、原告に対し、一七七万〇七七三円、及び、これに対する平成二三年九月二三日から支払済みまで年五%の割合による金員、を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決の一項は、仮に執行することができる。
事実
第一請求の趣旨
被告は、原告に対し、五三六万〇三一七円、及び、これに対する平成二三年九月二三日から支払済みまで年五%の割合による金員、を支払え。
第二争いがない事実
一 原告が運転する自転車(以下「原告自転車」という。)と、被告が運転する普通貨物自動車(ナンバー<省略>。以下「被告四輪」という。)とが、平成二二年九月一七日午後三時四〇分頃、京都市下京区西七条南西野町四六で、出合頭衝突した(以下「本件事故」という。)。
二 原告は、平成二三年七月一四日、被告及び被告契約任意共済組合に対し、本件事故について原告が被った一切の損害に対する賠償金として、本件事故日から平成二三年六月一日までの治療費(一〇一万五八八三円)及び既払金(五四万五二〇一円)を除き、示談金五八万三七二八円を受領した後は、その余の損害賠償請求権を放棄し、その外、何らの債権・債務がないことを確認する旨を示談し、その後、被告契約任意共済組合から前記示談金を受領した(以下「本件示談」という。)。
三(1) 損害保険料率算出機構は、原告に遺った右肩関節機能障害等について、「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」(自賠法施行令別表二 一二級六号)に該当するものと判断した。
(2) 原告は、平成二三年九月二二日、被告契約自賠責保険会社から、後遺障害について、二二四万円を受領した。
第三当事者の主張の要旨
一 原告
(1)ア 原告は、被告に対し、自動車損害賠償保障法三条又は民法七〇九条に基づき、本件事故について、次の損害の賠償を求める(附帯請求は、不法行為の後の日である自賠責保険金受領の翌日から支払済みまで民法所定の割合による遅延損害金の支払請求である。)。
(ア) 逸失利益 二五八万三六七九円
(≒155万5234円〔後記イ(ア)〕×20%〔後記イ(イ)〕×8.3064〔平均余命の半分11年間に対応するライプニッツ係数〕)
(イ) 後遺障害慰藉料 四〇〇万〇〇〇〇円(後記イ(イ))
(ウ) 確定損害金 三六万六六三八円
(≒723万3679円〔前記(ア)(イ)、後記(オ)〕×370日〔本件事故日平成22年9月17日<前記第2―1>~自賠責保険金受領日平成23年9月22日<前記第2―3(2)>〕/365日×民法所定5%/年)
(エ) 損益相殺 ▲二二四万〇〇〇〇円(前記第二―三(2))
(オ) 弁護士費用 六五万〇〇〇〇円
イ(ア) 原告(昭和二四年○月○日生)は、平成二一年、給賞一五五万五二三四円の支払を受けた(甲一二)。
(イ) 原告は、本件事故(平成二二年九月一七日)により、平成二三年六月二〇日、右肩の痛み等の自覚症状、頸椎部運動障害(前屈四五度後屈六〇度右屈二〇度左屈三〇度右回旋四五度左回旋六〇度)、肩関節機能障害(他動:前挙右一一〇度左一六〇度、側挙右九〇度左一六〇度、伸展右四五度左八〇度、外旋右三〇度左三〇度、内旋右L五左T一二)等を遺して症状固定したと診断された(甲六)。
右肩関節機能障害について「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」(自賠法施行令別表二 一二級六号〔前記第二―三(1)〕)又は「局部に頑固な神経症状を遺すもの」(同一二級一三号)に、頚の症状について「局部に頑固な神経症状を遺すもの」(同一二級一三号)に該当する。
したがって、原告の後遺障害は、併合一一級に相当する。
(2) 本件事故は、東西に走る直線道路の南側歩道を東進していた原告自転車と、路外施設から直線道路に左折進入した被告四輪とが、別図×で、出合頭衝突したものである。
したがって、原告の過失はせいぜい一〇%であった。
(3) 本件示談は、傷害の賠償責任に限り、後遺障害の賠償責任の免除を含まない。
仮に本件示談が後遺障害の賠償責任の免除を含む場合、原告はその意思がなかったから、本件示談は、錯誤により無効である。また、被告契約任意共済組合は、原告の後遺障害に係る無知に乗じて、不当に後遺障害の賠償を免れる目的で、早急に、少額で、本件示談をしたから、本件示談は、公序良俗に反し無効である。
二 被告
(1)ア(ア) 右肩の疼痛が増悪したのは、平成二三年二月一〇日の鏡視下腱板修復術の後であった(乙六p八二)。整形外科的に説明困難で、適応障害・うつ病と診断された(乙六p八三・九五)。したがって、右肩の症状について、本件事故との因果関係はない。
また、右肩の可動域は、平成二三年五月二〇日、回復したから(乙六p九七)、後遺障害はない。
(イ) 原告には、C四/五・五/六・六/七の脊柱管狭窄・神経根症の既往があり、頚の症状について、本件事故後診断されたのは、平成二三年二月七日であった(甲五p一二)。右肩の疼痛は、平成二三年二月一〇日の手術の前は仕事もできて・そこまで痛みはなかったと訴えるほど(乙六p八三)、比較的軽く、原告は、平成二二年一〇月二一日に腰部痛を訴えることができた。(乙四p九)。したがって、頚の症状について、本件事故との因果関係はない。
イ 現実の減収はないから、逸失利益はない。
(2) 原告は、適応障害・うつ病で、脊柱管狭窄症・神経根症の既往があったから、それぞれ素因減額をしなければならない。
(3) 原告自転車は、車線を右側通行して、別図file_5.jpgで、被告四輪と衝突した。また、被告四輪は、頭を出して待機していた。したがって、原告の過失は二五%あった。
(4) 原告は、被告契約任意共済組合の担当者に対し、後遺障害の賠償について、被告契約自賠責保険会社に賠償請求する意思を表示して、被告の賠償責任の免除を含む本件示談をした(乙二)。したがって、原告の被告に対する損害賠償請求権は、後遺障害の賠償責任についても、本件示談により消滅した。
そして、前記(1)~(3)の通り、原告の被告に対する損害賠償請求は、多くの争点を含み、本件示談には、利益がある。
したがって、本件示談に錯誤はない。仮に原告が被告の後遺障害の賠償責任を免除する意思がなかったとしても、本件示談の清算文言は明確であったから、重過失があった。また、原告は無知ではないし、被告に不当な目的はなく、早急でも、少額でもなかったから、本件示談は公序良俗に反しない。
理由
第一損害
一 当裁判所の判断
(1) 後遺障害の有無・程度・素因減額
ア 右肩について
確かに、原告は、本件事故により、直接肩を打撲したのではないと訴えていたのであり(後記二(3)ア(イ))、症状固定の一か月前には、肩の可動域制限はほとんどなかった(後記二(3)ケ(イ))。また、手術をしたにもかかわらず、少なくとも疼痛が継続するのは不自然である(後記二(6))。
しかし、本件事故直後、右肩に腱板損傷が認められ(後記二(3)ア(イ))、手術が選択されるほどで(後記二(3)カ(イ))、注射まで必要な疼痛が一貫してあった(後記二(3)ア(イ)・キ(イ))。
また、頚椎由来や心的要因は、この疼痛が長期化していた原因として疑われたにすぎず、その旨診断されたわけではなかった(後記二(3)ケ・カ(イ)、(7))。なお、不眠(後記二(3)イ・エ)は、疼痛(夜間痛)が原因であった(後記二(3)ア(イ)・ウ(イ)・キ(イ)・ク(イ)・ケ(イ))。そうすると、症状固定時の可動域制限も、疼痛が原因と評価するべきである。
したがって、右肩について、「局部に頑固な神経症状を遺すもの」(自賠法施行令別表二 一二級一三号)に該当する障害が遺ったと認め、素因減額は認めない。
イ 頚について
まず、原告が、頚部痛及び頸椎部運動障害を、本件事故(平成二二年九月一七日)の後から症状固定の診断(平成二三年六月二〇日)までに訴えたことを認める証拠はない。頚椎症・外傷性頚椎症の傷病名で診断を受けることになったのは、平成二三年一月二八日に右上肢の知覚低下を訴えたためである(後記二(3)オ)。
次に、原告は、右手のしびれを、本件事故直後にa病院で訴えたとも陳述するが(甲九、一五)、気づいたのは、平成二三年二月二〇日の退院から少し経過した頃とも供述し(原告本人p五~六)、信用できない。
原告は、本件事故当日(平成二二年九月一七日)に右足の疼痛を、平成二二年一〇月二一日に腰の疼痛を訴えて、その旨診療録にも記載されており(後記二(3)ア(イ))、右肩の疼痛が大きかったため、頚部痛・頸椎部運動障害・右手のしびれを医師が診療録に記載しなかったとか、原告が訴えることができなかったとか、認めることはできない。
病的反射が陰性であったこと(後記二(3)ケ(イ))も考慮すれば、頚について、本件事故との因果関係がある後遺障害は認めない。
(2) 損害
ア 逸失利益 一六八万一二六七円
本件事故前年の収入(後記二(1))、後遺障害の性質・程度(前記(1)ア)、休業状況(後記二(4))を考慮すれば、原告(昭和二四年○月○日生)は、症状固定日(平成二三年六月二〇日〔後記二(6)〕)において、基礎収入一五五万五二三四円/年について、労働能力を一四%、平均余命(平成二三年簡易生命表)の約半分である一〇年間、喪失したと認める。
155万5234円/年×14%×7.7217(10年間に対応するライプニッツ係数)≒168万1267円
イ 後遺障害慰藉料 二九〇万〇〇〇〇円
後遺障害の程度を考慮した。
二 前記一の判断のために証拠等により認定した事実
(1) 原告(昭和二四年○月○日生)は、平成二一年、(有)bに勤務し、給賞一五五万五二三四円の支払を受けた(甲一二)。
原告は、平成二二年、(有)cに六か月間勤務し、給賞六六万円の支払を受けた(甲三、弁論の全趣旨〔訴状p三〕)。
(2) 原告は、平成二二年九月一七日、本件事故に遭った(事実第二―一)。
(3)ア(ア) 原告は、a病院に、平成二二年九月一七日~一一月一一日(実八日)、右肩打撲・右足関節打撲の傷病名で、通院した(甲五p二~七、乙四)。
また、d整骨院において、平成二二年一〇月二五日~一一月一七日(実二〇日)、右肩関節捻挫・右上腕部挫傷・右下腿部打撲の負傷名及び部位で、施術を受けた(甲五p八~九)。
(イ) 平成二二年九月一七日、右足の疼痛を訴え、腫張・皮下出血は認められなかった(乙四p七)。直接肩を打撲したのではなく、ふんばったと話した(乙五)。また、夜になって、右肩の痛みを自覚した(乙六p一、原告本人p六)。
同年九月二一日、右肩の疼痛を訴え、右肩X線検査を受けた(乙四p八)。
同年一〇月七日、右肩MRI検査で、腱板損傷の所見を示された(乙四p九)。
同年一〇月二一日、座っていると腰が痛いと訴えた(乙四p九)。
同年一〇月二五日、右肩について圧痛・挙上痛・夜間痛、右上腕について圧痛・挙上痛を訴えた(甲五p八~九)。
同年一〇月二八日から、肩峰下ブロック注射を処方されるようになった(乙四p一〇)。
イ 原告は、a病院に、平成二二年一一月一八日(実一日)、加えて不眠症の傷病名で、通院した(甲五p六、乙四)。
ウ(ア) 原告は、e病院整形外科に、平成二二年一一月一九日~平成二三年一月七日(実六日)、右腱板損傷・右肩腱板断裂の傷病名で、通院した(甲五p一五~二三)。
また、d整骨院において、平成二二年一一月一九日~平成二三年一月一三日(実三八日)、右肩関節捻挫・右上腕部挫傷の負傷名及び部位で、施術を受けた(甲五p九~一一)。
(イ) 平成二二年一一月一九日、触れるだけでも痛みを訴え、肩可動域が前挙右一〇〇度左一四〇度外旋右四五度左八〇度内転右L一左T一〇で、後方腱板の大結節前方に小さな渇液包面断裂、断端ぶつ切り型が認められた(乙六p一)。
同年一二月一七日、右側臥位になるときが痛い、自転車から衝撃がくると痛い、処方された睡眠導入剤アモバンは、最初は効きすぎたが今はないよりあったほうがいい、それでも夜間五回くらい目が覚めると訴えた(乙六P五)。
同年一二月二四日、肩可動域が自動で前挙右一一〇度左一七〇度であった(乙六P七)。
エ 原告は、e病院整形外科に、平成二三年一月一四日~一月二一日(実二日)、加えて不眠症の傷病名で、通院した(甲五p二〇~二三)。
また、d整骨院において、平成二三年一月一四日~一月二七日(実八日)、右肩関節捻挫・右上腕部挫傷の負傷名及び部位で、施術を受けた(甲五p一一)。
オ(ア) 原告は、e病院整形外科に、平成二三年一月二八日~二月七日(実三日)、加えて頚椎症の傷病名で、通院した(甲五p二〇~二三)。
また、d整骨院において、平成二三年一月三一日(実一日)、右肩関節捻挫・右上腕部挫傷の負傷名及び部位で、施術を受けた(甲五p一一)。
また、f病院において、平成二三年二月七日(実一日)、外傷性頚椎症の傷病名で、MRI検査を受けた(甲五p一二~一四)。
(イ) 平成二三年一月二八日、同年一月二一日から右上肢の力が入らない・新聞を織り込んでいて取り落としたりすると訴え、X線検査で、頚椎C四/五角形成・頚椎C五/六・六/七の狭小化の所見が示された(乙六p一七)。
同年二月七日、MRI検査で、頚椎C四/五・五/六・六/七で脊柱管狭窄強い、わずかに髄内輝度変化もありか、との所見が示された(乙六p二二)。
カ(ア) 原告は、e病院整形外科に、平成二三年二月一〇日~二月二〇日、入院した(甲五p一九・二四~二六)。
(イ) 平成二三年二月一〇日、右鏡視下腱板修復術を受け、頚椎脊髄症状は出ていない様子との所見を示された(甲五p一九、六、乙六p二八)。
キ(ア) 原告は、e病院整形外科に、平成二三年二月二一日~四月一三日(実一九日)、通院した(甲五p一九~二三・二七~三〇)。
(イ) 平成二三年三月四日、夕方から痛くなってくる、夜痛くて寝られないと訴えた(乙六P五五)。
同年四月四日、三角筋粗面への局注は半日までの効果・仰臥位になると肩甲骨内縁が痛いと訴えた(乙六p七一)。
ク(ア) 原告は、e病院整形外科に、平成二三年四月一五日~五月一八日(実一二日)、加えて末梢神経障害の傷病名で、通院した(甲五p二七~三一)。
(イ) 平成二三年四月二二日、手術の前は仕事もできてそこまで痛みはなかった等と訴え、痛みによる中途覚醒と本人は解釈しているが整形外科的にどこまで痛みが原因か不明、過去に通常の勤務と新聞配達の仕事を掛け持ちしており、もともと睡眠時間は少ない方のよう、との所見を示された(乙六p八三)。
同年五月一八日、痛みが強くて眠れない、仕事に復帰したい、帆船を作っている等と訴えた(乙六p九五)。
ケ(ア) 原告は、e病院整形外科に、平成二三年五月二〇日~五月二七日(実四日)、加えて頚椎症性神経根症の傷病名で、通院した(甲五P二七~三二)。
また、e病院精神科に、平成二三年四月二二日~六月一日(実三日)、適応障害・睡眠障害・うつ病の傷病名で、通院した(甲五p三三~三七)、
(イ) 平成二三年五月二〇日、日中の痛みが強い・夜になるのが怖い等と訴え、肩可動域(前挙右一五〇度左一六〇度外旋右三〇度左七〇度内旋右L三左T一〇)で、肩のfunctionとしては良すぎるくらい・痛みがある方が不思議・頚椎由来の問題を考える必要があるかもとの所見が示された(乙六pg九七~九九)。
そこで、他の医師の診察を受け、ジャクソンテスト・スパーリングテストは陰性、ホフマン反射・トレムナー反射も陰性・C四/五・五/六・六/七狭窄・T二強調画像高信号病変伴わない等との所見を示された(乙六p一〇一)。
(4) 原告は、平成二二年一二月二四日~平成二三年二月一〇日に休業を開始し(乙六p七・八三)、遅くとも平成二三年五月二一日、休業を終了した(乙六p六七・九五・一〇一・一〇六)。
(5) 原告は、e病院で、平成二三年六月二〇日、右肩の痛み・不眠の自覚症状、右C六~八領域で知覚低下五~七/一〇程度・頚椎症で痛みありの他覚症状および検査結果、醜状傷害(右肩各一・五cm程度の創、計五箇所)、頸椎部運動障害(前屈四五度後屈六〇度、右屈二〇度左屈三〇度、右回旋四五度左回旋六〇度)、肩関節機能障害(他動:前挙右一一〇度左一六〇度、側挙右九〇度左一六〇度伸展右四五:左八〇度、外旋右三〇度左三〇度、内旋右L五左T一二)を遺して症状固定したと診断された(甲六)。
(6) 腱板断裂手術としての鏡視下腱板修復術の治療成績は、機能(筋力回復)については大・広範囲断裂症例で不良なものの、疼痛については断裂形態間に有意差なく良好であったとの専門的知見がある(乙九)。
(7) 原告は、e病院整形外科で、平成二五年二月八日、右上肢のしびれ・肩の安静時痛は頸椎も少なからず関与していると思われるとの所見を示された(乙六p一六五)。
第二過失相殺
一 当裁判所の判断 ▲二〇%
(1) 本件事故は、道路外から道路上に出ようとした被告四輪と、道路を直進する原告自転車との衝突である(後記二(1)、(2))。
(2) 被告四輪は、他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは、道路外の場所から出るための左折をしてはならない注意義務(道路交通法二五条の二)に反した過失がある(後記二(1)、(2)、(3)イ)。
(3) 他方、原告も、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない注意義務(道路交通法七〇条)に反した過失がある(後記二(1)、(2)、(3)ア)。
また、被告四輪は、頭を出して待機していたことが認められるから(後記二(3))、原告の過失は小さいとは認められない。
なお、仮に原告自転車が歩道ではなく車線の右側を通行していた場合であったとしても(後記二(3))、歩道が幅三・五mもあったため(後記二(1))、相互に見通しが効き、事故回避の困難性が高まるわけではなかったと認められるから、原告自転車が、道路の左端に寄って当該道路を通行しなければならない注意義務(道路交通法一八条一項)に反したことを加算考慮するべきではない。
(4) したがって、原告の過失を二〇%考慮する。
二 前記一の判断のために証拠等により認定した事実
(1) 本件事故の発生場所は、別図の通り、幅三・五mの歩道が設けられた東西に走る片側三車線の直線道路であり、歩道の南には、西から、マンション通路、五階建の建物、駐車場通路、二階建の建物がある(甲二、乙一三―一・二、被告本人p五~六)。
五階建の建物と二階建の建物は、歩道南端に接しているため(乙一三―一・二)、駐車場通路から北進して歩道に進入する場合の見通しは、左右不良である(甲二)。
(2) 原告自転車は、道路を東進し、被告四輪は、駐車場通路を北進左折し、原告自転車の右側面と被告四輪の前面とが衝突した(甲二、乙一四―一・二、原告本人p三~五・一〇~一三・二三~二四、被告本人)。
(3)ア(ア) 原告は、原告自転車が歩道を通行し、衝突直前に被告四輪の前面を見て被告四輪を認識し、右足くるぶしと右肩が被告四輪に衝突し、衝突後にふんばったが、車線で腰を着いた、と供述する(原告本人p三~五・一〇~一三・二三~二四)。
(イ) 原告は、本件事故(平成二二年九月一七日)当日、a病院を受診し、交通事故診察申込書の現場の略図欄に、原告自転車が車線にあり、被告四輪の前部が車線・後部が歩道にある状態を描いた(乙四p一)。また、直接肩を打撲したのではなく、ふんばったと話した(乙四p七、乙五)。
(ウ) 原告は、「本件駐車場出入り口手前で停止している被告車両を運転していた被告と目があったため、先に通してくれるものと認識し、駐車場通路の前を進行しようとしたところ、被告車が歩道に進行してきて、歩道上の別紙×地点で両車が衝突した」と主張していた(原告平成二五年三月一八日付け準備書面)。
イ 被告は、被告四輪が別図②で一時停止し、別図③で衝突してふんばっていた原告を認識し、被告四輪が停止した時に原告自転車は被告四輪の正面にあったと供述する(被告本人)。
また、被告は、平成二二年九月二三日、現場の見分で、衝突後、被告四輪は別図④で停止し、この時に原告自転車は別図file_6.jpgにあったと指示説明した(甲二)。
第三本件示談
一 当裁判所の判断
(1)ア 本件示談の示談金は、後遺障害を考慮したものではなかった(後記二(3)ア)。
イ 原告は、本件示談の直前に、後遺障害の診断を受け(後記二(2))、本件示談の直後に、被告契約自賠責保険会社に対し後遺障害の賠償請求をしたから(後記二(5))、被告の後遺障害の賠償責任を免除する意思があったとは認められない。
ウ 被告契約任意共済組合の証人Aも、原告が被告の後遺障害の賠償責任の全てを免除したという意思があったとは認められない。すなわち、被告契約任意共済組合の責任の全部と、被告の責任の一部(自動車損害賠償責任保険の範囲を超えるもの)を免除したと考えていたにすぎない(後記二(1)、(3)イ)。
しかし、被告契約任意共済組合の責任全部の免除はともかく、被告の責任の残部(自動車損害賠償責任保険の範囲)が免除されないことは、本件示談において明確ではなかった(後記二(4))。
しかも、証人Aは、原告が早期の賠償を望んでいたことを認識していながら(後記二(3)イ)、傷害の賠償についてのみ示談できることを提案することなく、後遺障害の賠償も示談するのであれば、傷害の賠償の示談は遅らせる前提で(後記(3)ア)、本件示談の手続をした。
エ なお、同一の不法行為による身体傷害に基づく損害の賠償請求権は、訴訟物が一つであるものの、損害賠償請求訴訟においては、休業損害及び逸失利益や傷害(入通院)慰藉料及び後遺障害慰藉料等と、傷害と後遺障害を区分して扱われているし、自動車損害賠償保障法は、被害者に対して支払うべき損害賠償額について、後遺障害及び傷害等の別に支払基準に従って支払うものと定めているから(同法一六条の三)、傷害の賠償責任と後遺障害の賠償責任は区別して観念できる。
(2) したがって、原告が、被告に対し、本件示談において、後遺障害について、自動車損害賠償責任保険の範囲を超える被告の賠償責任をも免除したとは認められない。
二 前記一の判断のために証拠等により認定した事実
(1) 被告契約任意共済組合の証人Aは、平成二三年六月四日、原告に対し、同年六月一日以後の治療について原告負担になること、後遺障害の診断を受ければ被告契約任意共済組合が対応すること、示談後であれば原告自身で行うべきであることを説明した(乙二、一一、原告本人p一三・二二)。
(2) 原告は、e病院で、平成二三年六月二〇日、肩関節機能障害(他動:前挙右一一〇度左一六〇度、側挙右九〇度左一六〇度、伸展右四五度左八〇度、外旋右三〇度左三〇度、内旋右L五左T一二)等を遺して症状固定したと診断された(甲六)。
(3)ア 被告契約任意共済組合では、傷害の賠償と後遺障害の賠償を分けて、傷害の賠償についてのみ示談し、後に後遺障害の賠償について示談することもできたが、証人Aは、同年七月一一日、原告に対し、後遺障害の賠償も示談するのであれば、傷害の賠償の示談も中断することを説明して、示談金五八万三七二八円(≒治療関係費一〇一万五八八三円、入院雑費一万二一〇〇円、通院費四万四八八〇円、休業損害五〇万〇三二一円、慰謝料八〇万九九四〇円、過失相殺▲一〇%、既払金▲一五六万一〇八四円)を支払う旨の示談案を提示した(甲三、乙一一p四~六、証人A・p五・一六)。
イ 原告は、証人Aに対し、自分で被告契約自賠責保険会社に損害賠償請求をすること、早期の賠償を望むため示談することを話した(乙二、一一、証人A)。
(4) 原告は、同年七月一四日、被告及び被告契約任意共済組合に対し、本件事故について原告が被った一切の損害に対する賠償金として、本件事故日から平成二三年六月一日までの治療費(一〇一万五八八三円)及び既払金(五四万五二〇一円)を除き、示談金五八万三七二八円を受領した後は、その余の損害賠償請求権を放棄し、その外、何らの債権・債務がないことを確認する旨を示談し、その後、被告契約任意共済組合から前記示談金を受領した(「本件示談」〔事実第二―二〕)。
(5) 原告は、その後、被告契約自賠責保険会社に対し、本件事故の後遺障害に係る損害賠償の支払を請求した(原告本人p二一)。
(6) 被告契約自賠責保険会社は、同年九月二〇日、原告に遺った右肩関節機能障害等について「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」(自賠法施行令別表二 一二級六号)に該当するものと判断し、頸椎部運動障害について自賠責保険における後遺障害には該当しないものと判断した(甲七)。
(7) 原告は、弁護士を代理人として、同年一二月一六日、損害保険料率算出機構等に対し、頸椎部運動障害について「局部に頑固な神経症状を遺すもの」(自賠法施行令別表二 一二級一三号)に該当すると主張し、異議申立をした(甲八)。
(8) 損害保険料率算出機構は、平成二四年六月二〇日、前記(6)と同じ判断をした(甲一一)。
第四まとめ
一 確定損害金 一八万五七六〇円
[(168万1267円〔前記第1―1(2)ア〕+290万0000円〔前記第1―1(2)イ〕)×(1-20%〔前記第2―1〕)]×370日(本件事故日平成22年9月17日〔事実第2―1〕~自賠責保険金受領日平成23年9月22日〔事実第2―3(2)〕)/365日×民法所定5%/年≒18万5760円
二 損益相殺(事実第二―三(2)) ▲二二四万〇〇〇〇円
三 被告に負担させる原告の弁護士費用 一六万〇〇〇〇円
本件事案の性質・認容額等を考慮した。
(裁判官 永野公規)
別図
<省略>