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京都地方裁判所 平成25年(ワ)1030号 判決 2013年9月27日

主文

1  被告は、原告に対し、65万0314円及びこれに対する平成24年12月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを4分し、その1を原告の、その余を被告の各負担とする。

4  この判決は、1項及び3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告に対し、85万0314円及びこれに対する平成24年12月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、Aの相続人である原告が、金融機関である被告に対し、①被告京都支店に開設したA名義の普通預金のうち原告の法定相続分の払戻し、②被告が普通預金の払戻しを拒絶したのは不法行為に当たるとして、慰謝料10万円及び弁護士費用10万円の損害の賠償、③上記①及び②に対する払戻し請求後である平成24年12月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。

1  前提事実(以下の事実は、当事者間に争いがないか、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる。)

(1)  Aは、生前、被告(旧a銀行)京都支店に、普通預金(口座番号<省略>。以下「本件預金」という。)を有していた(甲1号証)。

平成24年8月11日現在の上記普通預金口座の残高は、130万0628円である(甲1号証)。

(2)  Aは、平成15年9月8日、死亡した(甲5号証)。

(3)  Aの相続関係図は別紙のとおりであり、同人の子である原告及びBの法定相続分は各2分の1である(甲2号証ないし6号証)。

(4)  原告は、平成19年8月3日、京都家庭裁判所に対し、A及び同人の夫で原告の実父であるCの遺産分割の審判を求める申立てをした。

これに対し、京都家庭裁判所は、平成21年10月1日、b銀行の定額貯金以外の預貯金については、本件預金を含め、審判の分割対象から除外して遺産分割の審判をし(甲7号証)、大阪高等裁判所も、当該審判に係る抗告事件において、平成22年1月25日、分割方法を一部変更したものの、預貯金については京都家庭裁判所の審判と同様の判断を内容とする決定をし(甲8号証)、同決定は、平成22年3月1日に抗告が許可されず、同年4月16日に特別抗告が棄却されたことによって確定した(甲9号証ないし11号証)。

(5)  原告は、代理人を通じて、被告に対し、平成24年8月10日に、戸籍謄本や上記(4)の審判書や決定書等の写しを送付し、同年10月23日付けの書面で、被告に対し、本件預金の2分の1の払戻しを請求した(甲12号証、14号証)。

しかし、被告は、もう一人の相続人であるBの承諾がないとして、上記請求に応じなかった。

2  争点

被告が本件預金の払戻しに応じなかったことが不法行為に該当するか否か

【原告の主張】

ア 被告が本件預金の払戻しに応じなかったことは、次のとおり、不法行為に該当する。

(ア) 預金債権が相続によって当然に法定相続分で各相続人に帰属することは、最判昭和29年4月8日民集8巻4号819頁をはじめとする確立した判例法理である。

そうすると、本件預金は、法定相続分に従って2つに分割され、原告が取得した分とBが取得した分とは法的に無関係の債権となっている。

(イ) 被告は、本件預金のうち原告が取得した分についてBの同意を求めるが、同人には法的に無関係な当該部分について同意する義務も権限もないため、原告にはBに対して同意を求める請求権はなく、裁判すら提起できないのであって、被告の要求は、法的に実現不可能な無理難題を持ち出し、原告の正当な権利の行使を妨害していることが明白である。

(ウ) この点、被告は、被告が無用な紛争に巻き込まれることを避けるためにBの同意を求めたものであり、不合理な点はないと主張する。

しかし、普通預金債権は、預金者においていつでも払戻しに応じてもらえることが最大の特徴かつメリットである。その顧客のメリットを、何ら合理的理由もなく裏切り、一般市民たる顧客に裁判による請求という多大な負担を強いる行為は、銀行の金融機関としての公共性にかんがみれば、もはや単なる債務不履行ではなく、不法行為としての違法性を持つものとして厳しく糾弾されるべきである。

また、被告が主張する一般的な取扱いは、かつてのものであり、現在は、裁判例の蓄積により銀行実務が変化している。

さらに、確立した判例法理によれば、相続人の認定と法定相続分の計算を間違えない限り、通常の預金の払戻しにおいて、相手方を誤って払い戻すことはないし、他の共同相続人が払戻しに反対の意向であっても、預金を支払うべき相手方や支払額には何ら影響しないのであって、法的な理由のない苦情を懸念することは、払戻しを拒否する正当な理由にはならない。

加えて、金融機関に生じるリスクとして、証書や届出印章を請求者が所持していないことや、他の相続人から遺言を呈示されることが挙げられ得るが、証書や届出印章は払戻しの要件ですらないし、遺言の存在の可能性についても、他の相続人にひととおりの問い合わせをして意見を聞くことは必要であっても、あとは請求者に念書を提出させれば十分であり、相続開始から一定期間が経過し、一応の調査がされていれば、債権の準占有者に対する弁済として十分に対応できるなど、いずれも法的には問題がない。まして、原告の払戻請求は、遺産分割審判が確定した後に、被告に対し、裁判資料を提示して十分説明してされたものである。

(エ) なお、被告以外の金融機関は、原告が本件預金と同様に相続した預貯金について、原告単独での請求に応じている。

イ 原告は、被告の上記不法行為により、不必要な訴訟を強いられ、精神的苦痛を受けるとともに、弁護士費用相当の損害を被った。

上記精神的苦痛に対する慰謝料の額は10万円であり、弁護士費用の額も10万円を下らない。

【被告の主張】

ア 被告の行為が不法行為に該当することは争う。

金銭債務の不履行について債権者に発生した損害については、法は、債務不履行責任を負わせることのみを予定しており、その不履行について不法行為が成立するのは「契約関係に包摂されない何らかの権利侵害ないし公序良俗として違法性を具備する特段の事情がある場合」、すなわち、高度の違法性が存する例外的な場合に限られる。

被相続人名義の預金に関し、当該被相続人の相続に関して第三者の立場にある金融機関においては、遺言の存否、相続人の範囲、遺産分割の合意の有無等、預金を正当な権限のある者に払い戻すために必要な情報を自ら正しく認識・把握することは不可能であるので、金融機関が、後日の紛争を回避するために、共同相続人の署名押印又は遺産分割協議書の呈示等の確認を求めることは極めて一般的な取扱いである。まして、共同相続人間に遺産相続について争いがある場合、金融機関にとって、払い戻すべきでない相手に対して預金を払い戻す等といった事態とならないよう、預金の払戻しに異議がないか他の共同相続人の意思を確認する等して慎重に払戻手続を進める必要性がより高い。

本件においては、原告とBとの間に相続についての争いがあったのであるから、原告からの預金払戻請求に対し、被告が、Aの共同相続人であるBの同意を求めたことに不合理な点はない。また、本件においては、被告はBに対する確認をしようとしたが、原告代理人によれば、Bと連絡が取れない状況であるとのことで、同人の意思を確認することができない状況であった。被告としては、このような状況で原告の請求に応じることで、無用な紛争に巻き込まれる懸念を払拭しうるとはいえず、Bの意思確認を実現し、原告に再度調査を依頼する等Bへの確認の方法を模索していたところ、本件訴訟を提起されたものである。

これら一連の対応は、相続財産たる預金の払戻し手続に際して行った、共同相続人への意思確認として合理的な対応であり、高度の違法性は認められない。

イ 損害額については争う。

第3当裁判所の判断

1  預金払戻請求について

本件請求のうち預金の払戻しを求める部分については、上記第2の1の各事実により、これを認めることができる。

2  不法行為に基づく損害賠償請求(争点)について

(1)  原告は、原告の預金の払戻請求という金銭請求に被告が応じなかったことについて、債務不履行のみならず不法行為にも該当すると主張するところ、不法行為に該当するか否かは、その要件を満たすか否かによる。

(2)  不法行為が成立するためには、民法709条が規定する「権利又は法律上保護される利益を侵害した」ことが必要であるところ、金銭債務の履行を怠ったとしても、それに係る金銭請求権の存否自体に影響を与えるものではない。また、金銭債務の履行遅滞による損害賠償について、同法419条1項は、その額は法定利率又はそれを超える約定利率によって定める旨規定し、同条2項は、同条1項の損害については損害の証明を要しない旨規定する反面、それ以上の損害が生じたことを立証しても、その賠償を請求することはできないと解される(なお、最判昭和48年10月11日集民110号231頁参照)のであって、金銭債務の履行遅滞に伴うそれ以上の損害を法が保護する趣旨とは考え難い。これらに加え、不法行為法は、契約関係を問わない一般市民間において、権利や利益を保護することを本来的な目的としていると考えられるため、特定人間における契約によって生じた債権債務関係が直ちに不法行為法上の義務の根拠になるとはいい難い。

これらのことに照らすと、金銭債務の不履行に該当する行為が、契約上の義務の不履行の範疇を超えない単純な債務不履行であって、他の権利ないし法益の侵害を伴わない場合には、不法行為は成立しないと考えるのが相当である(なお、大判明治44年9月29日民録17輯519頁参照)。

(3)  これを本件についてみると、遺産分割の審判の経緯や原告が代理人を通じて払戻しを請求した経緯(第2、1(4)及び(5))に照らすと、被告が原告の払戻しに応じなかったことについて、合理的な理由はないというべきである。

しかしながら、上記経緯に照らしても、被告が払戻しに応じなかったことは、原告の人格権等を侵害したり、それによって精神的苦痛をことさら与えるものとはいえず、他に、原告の何らかの権利や法益を侵害するものとはいえない。

そうすると、被告が払戻しに応じなかったことは、原告及び被告間の預金契約に基づく金銭債務の不履行にとどまるものであって、不法行為に該当するということはできない。

(4)  なお、損害の点からみても、被告が払戻しに応じなかったからといって、金銭的に慰謝すべき精神的苦痛を原告に与えたとはいえないから、慰謝料請求には理由がない。また、預金の払戻しという請求権の性質やその立証の容易性に照らして、原告の有する請求権は、これを訴訟上行使するために弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権ということはできず、被告が払戻しに応じなかったことによって原告が訴訟提起を余儀なくされたとしても、弁護士費用相当額を相当因果関係のある損害ということができないから、弁護士費用の請求についても理由がない。

3  以上のとおりであり、本件請求は、預金の払戻しを求める部分については理由があるからこれを認容するが、不法行為に基づく損害賠償を求める部分については理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口哲也)

(別紙)<省略>

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