大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成25年(ワ)1917号 判決 2015年5月07日

原告

別紙1<省略>原告目録記載のとおり

原告ら訴訟代理人弁護士

村山晃

岩橋多恵

渡辺輝人

谷文彰

寺本憲治

同訴訟復代理人弁護士

高木野衣

被告

国立大学法人Y

同代表者学長

訴訟代理人弁護士 畑守人

竹林竜太郎

宮里華子

畑幸

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  請求の趣旨

1  被告は、各原告に対し、別紙2<省略>「減額され俸給額」の「合計」欄記載の各金員及び別紙2<省略>「減額された俸給額」の各「支給日」欄記載の各金員に対する各「支給日」欄記載の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

第2  事案の概要等

1  事案の概要

本件は、被告との間でそれぞれ雇用契約を締結し、被告の教職員として勤務していた原告らが、平成24年8月1日から平成26年3月31日までの期間につき一定の割合で教職員の給与を減額することを内容とする「国立大学法人Y教職員の給与の臨時特例に関する規程」は、就業規則を不利益に変更するものであって無効であると主張し、被告に対し、雇用契約に基づく給与請求として、それぞれ同規程により減額された俸給月額、期末手当及び勤勉手当並びにこれらに対する各支給日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定することができる事実)

(1)  当事者等

ア 被告は、国立大学法人法に基づき「a大学」を設置する国立大学法人である。被告が雇用する教職員の総数は、平成24年4月時点で1万2026人である。(書証<省略>)

イ 原告らは、それぞれ被告との間で雇用契約を締結し、少なくとも平成24年8月から平成26年3月まで(原告X1〔番号73〕及び原告X2〔番号94〕につき平成25年3月まで)の期間、被告の教職員として勤務していた者である。

原告X3(以下「原告X3」という。)は、平成24年7月1日から平成25年6月30日までの間、被告に勤務する職員により組織される労働組合であるb組合(以下「職員組合」という。)の中央執行委員長の職にあった者である。(書証<省略>)

ウ 原告らには、被告が定める就業規則である「国立大学法人Y教職員給与規程」(以下「給与規程」という。〔書証<省略>〕)が適用される。

(2)  国立大学法人への要請等

ア 平成23年3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生し、これを契機として、東日本大震災が発生した。

イ 政府は、平成23年6月3日、我が国の厳しい財政状況及び東日本大震災に対処する必要性に鑑み、一層の歳出の削減が不可欠であることから、国家公務員の給与について減額支給措置を講ずるため、必要な法律案を国会に提出することとし、また、国立大学法人等の役職員の給与については、法人の業務や運営の在り方等その性格に鑑み、法人の自律的・自主的な労使関係の中で、国家公務員の給与見直しの動向を見つつ、必要な措置を講ずるよう要請する旨を閣議決定した。(書証<省略>)

ウ 平成24年2月29日、国家公務員の人件費を削減するため、国家公務員の給与に関する特例を定める「国家公務員の給与の改定及び臨時特例に関する法律」(平成24年法律第2号。以下「国家公務員給与臨時特例法」という。〔書証<省略>〕)が成立し、国家公務員の給与の臨時特例に係る部分につき平成24年4月1日に施行された。

エ さらに、平成24年3月から5月にかけて、文部科学省大臣官房長から各国立大学法人学長等に対して、役職員の給与について必要な措置を講ずるよう要請する旨の事務連絡(書証<省略>)が発出され、閣僚からも適切な対応をお願いしたいといった発言がなされる(書証<省略>)などした。

(3)  教職員の給与減額の実施

ア このような状況を受けて、被告は、平成24年8月1日から平成25年3月31日まで、教職員の給与減額を実施することとし、平成24年7月27日、「国立大学法人Y教職員の給与の臨時特例に関する規程」(以下、下記の改定の前後を問わず「本件特例規程」といい、改定の前後を区別する必要がある場合は、それぞれ「改定前」及び「改定後」などと付記する。)を制定した(平成24年達示第50号〔書証<省略>〕)。

さらに、被告は、平成25年度(平成25年4月1日から平成26年3月31日まで)も給与減額を継続して実施することとし、平成25年3月27日、本件特例規程をその旨改定した(平成25年達示第18号〔書証<省略>〕)。

イ 本件特例規程によって、原告らの平成24年8月から平成26年3月までの俸給月額並びに期末手当及び勤勉手当について、別紙2<省略>「減額された俸給額」記載の各金額(ただし、期末手当及び勤勉手当は同別紙に「一時金」と記載の欄の合計額である。)が減額された(以下、これらの減額を含む本件特例規程に基づく教職員の給与減額の措置を「本件給与減額支給措置」という。)。

(4)本件に関連する法律等

国家公務員給与臨時特例法、国立大学法人法(平成26年法律第67号による改正前のもの)、独立行政法人通則法(平成26年法律第67号による改正前のもの)、給与規程及び本件特例規程のうち、本件に関連する部分は、別紙3「関係規程及び関係法令」に記載のとおりである。

3  争点

(1)原告X3を除く原告らにつき、本件特例規程に対する合意があるか否か

(2)原告X3につき争点(1)の結論にかかわらず、その余の原告につき争点(1)における合意が認められない場合において、労働契約法10条により、原告らの労働条件が本件特例規程に定めるところによるものとなるか否か

ア 被告が本件特例規程を教職員に周知させていたか否か

イ 本件特例規程による給与規程の変更が合理的なものであるか否か

4  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(原告X3を除く原告らにつき、本件特例規程に対する合意があるか否か)について

(被告の主張)

本件では、原告X3を除く原告ら114名は、以下の事情に照らせば、本件特例規程について、少なくとも黙示の合意をしていた。

ア 反対ないし異議の意思を表明する者がいなかったこと

(ア) 部局長会議及び教育研究評議会について

本件特例規程の制定及び改定に当たっては、部局長会議(被告が定めた連絡、調整及び協議のための機関である。)及び教育研究評議会(国立大学法人法に定められた審議機関である。)において、資料が配布され、種々の具体的な説明がなされた上で、審議、了承されているが、これらの会議における資料は、「a大学教職員グループウェア」(以下「グループウェア」という。)内に掲載された。グループウェアにおいては、会議毎に分けて、会議資料が掲載されており、部局長会議の構成員、陪席、構成員所属部局の総務担当等には、グループウェアに掲載された資料に直接アクセスできる権限が付与されているため、部局長会議の資料は、グループウェア上で確認できる。また、被告は、直接アクセス権限を付与されている者以外からの要望に応じて、構成員所属部局の総務担当が当該資料をその者に渡すことについても、何ら規制していない。

部局長会議及び教育研究評議会には、各部局の長等が出席しており、部局長会議において協議、了承された内容は、教授会等を通じて各部局構成員に周知が図られた。また、被告は、事務部長・事務長会議の出席者に対しても、本件給与減額支給措置関係の資料については特に各部局構成員への周知を依頼していた。

このように、グループウェアの閲覧や各部局への伝達により、各教職員において本件特例規程の制定、改定及びその内容は十分に周知徹底されていたものであり、各教職員は、本件特例規程に反対である旨や異議がある旨を述べることができた。しかるに、原告X3を除いて、そのような反対ないし異議の申入れをしてきた者は一人もいなかった。

(イ)総長からの教職員宛通知について

被告総長は、本件特例規程の制定に当たり、平成24年7月27日、学内の教職員に対して、「a大学全学メール」システム(被告の全ての教職員及び学生へアカウントが付与される被告における公式のメールシステム。以下「全学メール」という。)を利用して「国家公務員の給与削減への対応について」と題するメール(書証<省略>)を一斉送信するとともに、これをグループウェア及び被告ホームページ内にも掲載するなどした。これらの通知において、被告総長は、給与減額に関する総長自身の考えを述べるなどし、全学の教職員に対して理解と協力を求めた。

全学メールにおける教職員用メールアドレスは、平成22年4月にその運用が開始された際に、当時被告に所属していた常勤教職員並びに非常勤教職員のうち学外非常勤講師、ティーチング・アシスタント、リサーチ・アシスタント及びオフィス・アシスタント以外の教職員に一斉に交付され、上記運用開始以降に被告に採用された上記交付対象の教職員については、その採用時に交付されている。また、全学メールにおける教職員用メールアドレスは、教育・研究、業務及びその他個人の責任で利用することに供するために被告が提供しているものであり、被告からの緊急メッセージや重要連絡事項、事務連絡等が通知されるため、利用者は同メールアカウントに受信したメールを常時受信できる環境を整える必要がある。また、全学メールには、同メールを他のメールアドレスへ転送する機能も付帯されており、全学メールの教職員用メールアドレスに送られてきた連絡を既存の部局等のメールアドレスで閲覧することも容易である(書証<省略>)。

いずれにしても、被告総長が発出した上記メールは、本件給与減額支給措置の対象となっている教職員全員に送信された。もっとも、同メールに対して、異議を述べる者、反対する者は、一人もいなかった。

(ウ) 総務担当理事から教職員宛通知

被告は、本件特例規程の改定に当たり、平成25年3月19日には、総務担当理事のBを通じて、「平成25年度における本学役員および教職員に係る給与の臨時特例について」と題する文書をグループウェア及び被告ホームページに掲載するなどして、全学の教職員に対し、平成25年度も給与減額支給措置を実施する方針で手続を進めていることについて通知するとともに、これについての理解を求め(書証<省略>)、また、平成25年3月27日及び28日には、同じく総務担当理事のBを通じて、「平成25年度における本学役員および教職員に係る給与の臨時特例について(お知らせ)」と題する文書をグループウェア及び被告ホームページに掲載するなどして、全学の教職員に対し、平成25年度も給与減額支給措置を実施することが決定したことについて通知するとともに、これについての理解を求めた(書証<省略>)。

しかるに、これらの通知に対して、異議を述べる者、反対する者は、一人もいなかった。

イ 原告らが異議なく給与を受領していること

(ア) 被告は、平成24年8月1日から本件給与減額支給措置を実施したが、これに対して、原告X3を除く原告らは、いずれも少なくとも本件訴訟提起(平成25年6月11日)までの約10か月間もの長期間にわたり、特段の異議や申入れなく、ないし、何ら留保することなく、減額された給与を受け取っている。

(イ) 原告X3は、平成24年8月から平成25年3月まで毎月、被告総長宛てに、「未払い賃金の請求について」と題する請求書を提出しているが、これは、職員組合中央執行委員長としてなされたものでも、職員組合組合員を代表する趣旨でなされたものでもない。

そうすると、本件特例規程に異議を唱え、あるいは反対していたのは、原告X3のみであるといわざるを得ない。

(原告X3を除く原告らの主張)

以下の事情に照らせば、原告らの本件特例規程に対する合意は存在しない。

ア 原告らが反対ないし異議の意思表明をしていないとの主張について

(ア)原告らは一貫して反対ないし異議の意思を表明してきたこと

a 職員組合を通じての意思表明

職員組合の組合員である原告らは、本件特例規程が制定されるに当たり、職員組合を通じて異議を述べてきた。

すなわち、職員組合は、平成24年5月11日の政府方針(書証<省略>)を受けて、物件費等他に財源があることも指摘しながら、給与減額を行わないようあらかじめ被告に対して申入れを行い(書証<省略>)、職員組合広報誌である組合ニュースでも反対の立場を表明し(書証<省略>)、被告が初めて具体的に給与減額の方向性で検討していると述べた平成24年6月5日の団体交渉後も、直ちに給与減額に反対する声明を出している(書証<省略>)。

また、職員組合は、その後も一貫して給与減額等の不利益変更を行わないことを要求事項とし(書証<省略>)、平成24年7月11日に被告が具体的な給与の減額率を示した後も、給与減額には断固反対の意思を示してきた(書証<省略>)。

最終的には、被告は、職員組合に対し、納得のいく財政上の必要性も示さないまま平成24年8月1日から給与減額を実施したが、その後も、職員組合は、反対声明を出しており(書証<省略>)、原告らが給与減額に合意しないとの意思は明確に示されてきた。

b 職員組合中央執行委員長である原告X3を通じての意思表明

また、原告X3は、職員組合組合員全体の代表として、平成24年8月から毎月、総長宛に減額された分の給与の支払を求める請求書を提出しているが、これらの請求書は、職員組合において、相談され、取り組まれたものであるから、これも、原告らの本件特例規程に対する異議の意思表明にほかならない。

c 過半数代表者による意思表明

本件特例規程の適用がある5つの事業場の過半数代表者は、いずれも本件特例規程に反対の意見を表明している。

(イ) 個々の教職員に対する情報の周知がなされていなかったこと

原告らは、上記のとおり、被告に対し、反対ないし異議の意思を表明していたものであるが、仮にこれが認められないとしても、原告らには本件特例規程及び本件給与減額支給措置に関する情報の周知がなされていなかったため、個別に、反対ないし異議の意思を表明することは不可能であった。

a 被告の主張する各種会議における本件特例規程の審議、了承は、被告内部での決定過程であり、何ら教職員への周知とみることはできない。

また、いずれの会議も短時間で審議を終え、質問はなかったということなどからすれば、ほとんど審議らしい審議はされていないことは明らかであり、了承が真に自由な意思による了承であるかすら疑問があり、何故に減額措置を採らねばならないのかの財政上の必要性は一切、説明されていない。

したがって、これを教職員への周知とみることはできない。

b また、会議の内容が、各部局への伝達により、又は、教授会等を通じて、各部局構成員に周知されたことはない。

c さらに、グループウェアについては、アクセスできる者が制限されていたことは被告も認めており、また、誰もがアクセスできるホームページなどの掲載についても、そもそも結論だけの報告のものであり、労働契約法10条の周知の要件さえ満たさないようなものであった。

イ 原告らが減額された給与を受領しているとの主張について

原告らが減額された給与を受領していることについて、黙示の合意を基礎づける事実と評価することは許されない。そもそも、一般の労働者は(労働組合員であったとしても)、異議がある場合であっても減額された給与を受領しなければ生活ができないのであり、そのこと自体を労働者に不利益に解釈することは許されない。

また、労働者がその身分を有しながら使用者に異議を述べることは、一般的に困難であることは自明である。

しかも、本件においては、原告らが所属している、又は所属していた職員組合は、当初から一貫して給与減額について反対の意思表示をしていたのであるから、原告らや原告ら以外の職員組合の組合員は、尚更、個別の意思表示をする必要もなかった。

(2)争点(2)ア (被告が本件特例規程を教職員に周知させていたか否か)について

(被告の主張)

被告が、原告らを含む本件特例規程の適用を受ける教職員全員に対し、本件特例規程を周知させていたことは、前記(1)(被告の主張)のアに記載のとおりである。

(原告らの主張)

以下の各事情に照らせば、被告が、原告らに対して、本件特例規程を周知させていたとはいえない。

ア 各種会議における審議、了承について

被告は、部局長会議や教育研究評議会等の各種会議において、本件特例規程が審議、了承されたことをもって教職員への周知と主張するが、これらの会議は被告内部の決定過程であって教職員に対する周知とはいえない。

イ 教授会等を通しての周知について

被告は、部局長会議や教育研究評議会に出席した各部局長等が教授会等を通して各部局構成員に周知を図り、事務部長、事務長会議でも報告され、各部局事務職員にも伝えられて周知徹底が図られたと主張するが、全部局で構成員全員に伝達が行われたことの立証はない。

ウ グループウェアでの周知について

被告は、部局長会議等の資料がグループウェア内に掲載されていたと主張するが、部局長会議等の構成員以外で、グループウェアに掲載された上記資料にアクセスできる権限を付与されているのは、ごく限られた少数の職員のみであり、その余の大多数の職員にはこれを入手する術がない。

そもそも、一般の教職員の大半は、部局長会議等の資料がグループウェアに掲載されることを知らない。

したがって、グループウェアも、当然周知の手段とはなりえない。

エ 学内説明会について

本来、労働条件の変更は労働者との個別の合意によって行うべきものであるから、せめて被告としては、給与減額を検討している段階から、教職員向けに説明会等を行うべきところであるが、平成24年7月11日(本件給与減額支給措置の実施半月前)時点においてこのような説明会は一度も開催されておらず、かつ、その予定もなかった。

また、結局、本件給与減額支給措置に関する説明会は今日に至るまで開催されていない。

オ 本件給与減額支給措置の通知について

本件給与減額支給措置を実施することの通知は、実施の4日前に当たる平成24年7月27日に、総長メールやホームページ、グループウェア上で行われたが、全ての教職員が、日々、メールやホームページに目を通している訳ではない。

また、これらの通知に対して不服を申し立てる手段もなかった。

(3)争点(2)イ (本件特例規程による給与規程の変更が合理的なものであるか否か)について

(被告の主張)

下記の各事情に照らせば、本件特例規程による給与規程の変更は合理的なものである。

ア 労働条件の変更の必要性について

被告は、①国から給与減額について要請されたこと、②国から支給される運営費交付金が削減されたことの2点によって、教職員の給与につき、従前の水準を維持することは困難といわざるを得ない状況に陥っていた。

(ア) ①国からの要請について

a 平成23年3月11日、東日本大震災という未曾有の大震災が発生し、その復興のために、国を挙げて取り組む必要が生じた。

政府は、国の厳しい財政状況及び東日本大震災に対処する必要性に鑑み、一層の歳出の削減が不可欠であることから、国家公務員の給与について減額支給措置を講ずることなどを閣議決定した。そして、平成24年2月22日には「国家公務員給与臨時特例法」案が国会に提出され、同月29日、同法律が成立、翌3月1日、施行された。

その後、総務省行政管理局長から各府省官房長宛への事務連絡を受けて、平成24年3月8日には、文部科学省大臣官房長から各国立大学法人学長宛に「国家公務員の給与見直しの動向を見つつ、貴法人の役職員の給与について必要な措置を講ずるよう要請いたします」との事務連絡が発出された。

さらに、C副総理(当時。以下「C副総理」という。)、D財務大臣(当時。以下「D財務大臣」という。)等の発言を受けて、平成24年5月29日、文部科学省高等教育局長から、各国立大学法人学長宛に、同年3月8日の事務連絡による要請、同年5月11日の閣僚懇談会におけるC副総理の発言を踏まえ、役職員の給与の見直しの状況の確認と速やかな対応をお願いするという事務連絡が発出された。

b 以上のとおり、国から、被告を含む国立大学法人に対して、再三にわたる役職員給与の減額の要請がなされた。

この要請は、文言上は要請に止まるものであったが、国立大学法人とはいえ、公的地位にあり、公金による国からの支援も受けて運営されている被告が、国からの要請に応じないということは、その公的地位にあることによる社会的責任から、到底許されるものではなかった。

そもそも、被告の給与規程(書証<省略>)の附則2項では「当分の間、本規程の別表第1から第6までに定める俸給表の月額及び手当の額は国家公務員の例に準拠するものとし、改訂があった場合は、それらの改訂についても同様とする。」と定められていること、平成26年6月13日に改正された独立行政法人通則法(独立行政法人通則法の一部を改正する法律)において、独立行政法人の役員の報酬については「国家公務員の給与及び退職手当(以下「給与等」という。)、民間企業の役員の報酬等、当該中期目標管理法人の業務の実績その他の事情を考慮して定められなければならない。」旨の条項(50条の2第3項)が、独立行政法人の職員の給与については「一般職の職員の給与に関する法律(昭和25年法律第95号)の適用を受ける国家公務員の給与等、民間企業の従業員の給与等、当該中期目標行政法人の業務の実績並びに職員の職務の特性及び雇用形態その他の事情を考慮して定められなければならない。」旨の条項(50条の10第3項)がそれぞれ新設されたことからも、国立大学法人法により独立行政法人通則法の規定が準用される被告において教職員の給与を国家公務員の給与に準じて取り扱わなければならないことは、いわば当然のことである。この点のみをもってしても、被告には、国からの要請に従う必要があることは明らかである。

さらに、東日本大震災という未曾有の大震災に対し、その復旧、復興に当たって、政府として巨額の財源確保が必要となり、様々な歳出削減、歳入確保のための措置を講ずる必要が生じていた。当時、復興にかかる期間も予算の総額も不分明な中、民間企業においても電力不足、原料不足等により減収、減益となった企業は数多くあった。そのような状況において、被告が、国からの要請に応じないということはもはや不可能としかいいようがないものであった。被告は、公金による国からの支援を受けて運営している以上、国からの要請はもはや国からの指示とも同視できるものであって、それに従わないということは、国からの支援を受けながら、国の方針に反するということであり、国立大学法人としてそのような対応をとれるはずがない。

また、他の国立大学法人、その他の独立行政法人も国からの要請に応じて給与減額支給措置を講じている中、被告のみがこれに反対して給与減額支給措置を実施しないとなれば、被告は社会的責任を果たしていないとの批判を受けることとなる。そうなれば、今後の被告の教育研究診療機関としての運営、活動にも多大な支障が生じることにもなりかねない。

このように、被告は、国立大学法人として、国からの要請に応じざるを得ない立場にあった。

(イ) ②運営費交付金の削減について

a 本件給与減額支給措置が運営費交付金の削減に起因すること

平成23年度、被告に支給された運営費交付金は約568億円であり、被告全体の収入の約37.7%を占めるものであった。運営費交付金については、毎年約1%ずつ(その年によって削減率は異なる。)減額されているところ、平成24年度は約565億円が支給される予定であった。なお、運営費交付金は年間総支給額を一度に支給するのではなく、年に4回に分けて支給するという運用がなされている。

しかるに、平成24年5月11日の閣僚懇談会におけるD財務大臣の発言により、平成24年秋の補正予算か、平成25年度の一般予算かは明らかではないものの、国家公務員の給与減額と同等の人件費削減相当額が運営費交付金から削減される可能性が出てきた。この時点では、運営費交付金の削減時期、削減金額、既に削減額以上の金額の交付を受けていた場合に返還を求められるか否かなどについて、具体的に決定されていたわけではない。

その後、国立大学協会からの調査において、仮に国家公務員の平均減額率に基づいて算出された削減すべき人件費相当額を平成24年4月に遡って算出するとなると、被告では年間約30億円になるという推計がなされ、そのように仮定した場合、被告としては決して看過できる数字ではなく、この30億円の削減分について、支出を減らすことで対応せざるを得ない状況であった。

この点、被告の支出は人件費と物件費に大別されるところ、物件費を削減することは、教育研究診療機関としての機能そのものを直接的に低下させるものであり、是非とも避けたい事態である。そもそも、従前からの毎年約1%ずつ(毎年約6億円ずつ)の運営費交付金の削減に対し、被告は、大学本部及び各部局において工夫の上、教育、研究、診療及び管理面に支障を来さないように配慮しながら、主に事業規模の縮小により対応してきた。そして、そこから更に人件費相当額を削減された場合に、それを事業規模の縮小等による物件費の削減で対応するとなると、もはや学内の理解を得られるはずがない状況であった。特に、教育研究診療を行うにあたって多額の費用を要する理系部局においては、物件費が削減されるとなると、計画通りに教育研究診療を実施することができなくなり、教育研究診療機関としての実績を残すことも困難となる。そうなれば、新たに優秀な人材を確保することができなくなるばかりか、現在、被告に所属している人材の外部への流出を阻止することもできないという深刻な事態に陥り、それにより、教育研究診療の実績を上げることができなくなるという悪循環に陥ることすらあり得る。以上のとおり、運営費交付金の削減に対しては、物件費の削減は是が非でも避けたい事態であって、人件費の削減により対応せざるを得ない状況であった。

また、国からの要請は、単に運営費交付金を削減するというものではなく、役職員の給与減額に対象を特定した要請であり、被告としては、役職員の給与の減額により対応せざるを得なかった。

b 他の財源を利用することは困難であったこと

被告の収入は、運営費交付金のほかに授業料等収入(収入全体の約6.2%を占める。)、医学部附属病院収入(収入全体の約15.9%を占める。)、外部資金(補助金等収入、産学連携等研究収入及び寄附金収入等をいい、収入全体の約22.6%を占める。)、その他(収入全体の約23.6%を占める。)である(書証<省略>)。平成24年度における被告の収支決算の状況によれば、運営費交付金、学生納付金等の自己収入及び各種補助金等の収入から、人件費、業務費及び翌年度以降に事業を行う経費(補正予算で措置された施設整備費等)等を除いた剰余金は約5591万円であった。これをもって、人件費削減額の28億1241万7000円を補填することは到底困難である(書証<省略>)。

また、被告が外部資金を受け入れた際、その一部を間接経費として、一般的な目的に使えることは事実である。もっとも、外部資金によっては、間接経費がないものもある。間接経費のうち、半分については、被告全体の予算編成に組み入れ、残りの半分については、当該外部資金を受け入れた部局に渡し、当該部局において使途が決められている。被告においては、間接経費を人件費に支出するという運用を行っていなかったため、間接経費から運営費交付金削減分を捻出することもできなかった。また、部局に渡した間接経費の使途については、被告はその内訳を把握していない。

平成24年度の当期総利益は約17億円であり(書証<省略>)、この当期総利益が、目的積立金と積立金に分類される。この積立金は、資金の裏付けのない帳簿上の利益であって次年度以降当然出てくる損失と相殺されることが既に予定されているものであって、観念上の利益にすぎないから、原告らが主張するようにこれを人件費に充当しようにも、実際には現金がないのであるから、充当することができない。他方で、目的積立金の残高が約32億円あることは事実であるが、そのうちの大部分は使途が限定された第1期中期目標期間繰越積立金残高であり、被告が平成25年度に取り崩した約1億7200万円(書証<省略>)は、いずれも前中期目標期間繰越積立金の取り崩し額であって、目的積立金そのものを取り崩したわけではなく(書証<省略>)、また、これまで中期計画に定める剰余金の使途の変更を行ったことはなく、目的積立金の目的の変更を行ったこともないから、目的積立金を人件費に利用することもできなかった。

また、原告らは、被告の平成24年度の有価証券取得による支出が500億円あるなどと主張するが、有価証券取得のための500億円の支出は、総額ではなく、延べの金額である。

原告らは、平成24年度末時点において、被告に運営費交付金債務が約129億7100万円ある旨を主張するが、運営費交付金債務には、既に着手済みの、複数年度にまたがる事業に充てる金額や、文部科学省が実行を指定した事業に充てる金額も含まれているものであり、上記金額が全て剰余金となっているものではない。

c 財政上の問題と本件給与減額支給措置との関係

国家公務員の勤務条件の改定に当たっては、国家公務員の給与の財源が国の財政とも関連して主として税収によって賄われ、私企業における労働者の利潤の分配要求とは異なり、その勤務条件は、全て、政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮により適当に決定されなければならないことから、国家公務員については、他の財源確保措置があるとしても、直ちに給与減額の必要性が否定されるものではない。

国から拠出される運営費交付金が収入の一部に充てられている被告教職員についても、国家公務員同様のことがいえるのであり、結局、仮に財務上、給与減額以外の他の措置により運営費交付金削減分を賄うことができたとしても、そのことによって、本件給与減額支給措置の必要性が否定されるものではない。

イ 労働者の受ける不利益の程度について

原告らの給与の減額は、下記のとおり、低額にとどまっており、また、減額される期間も限定的であるから、原告らの被る不利益の程度は極めて低いものである。

(ア)減額率、減額された金額について

本件特例規程における各教職員の給与の減額率は、その級等に応じて、4.35%、2.5%、1.0%であり、その結果、平成24年8月支給分から平成26年3月支給分までの減額は、原告ら1人あたり平均33万0710円である。また、各月の減額は、期末手当及び勤勉手当支給分を除くと、原告1人当たり平均1万2223円である。

本件特例規程における給与の減額率は上記のとおりであり、他方で、国家公務員の給与減額率は俸給表と職務の級に応じて、9.77%、7.77%、4.77%である。

そして、国立大学法人の中には、独自の減額率を設けるのではなく、国家公務員についての減額率をそのまま導入したところも数多くある。

(イ)減額実施期間について

国家公務員については平成24年4月から給与減額が行われており、国立大学法人の中にはこれに準じて平成24年4月から教職員の給与減額を実施したところも少なからずある。

しかるに、被告は、他の国立大学法人の動向も注視した上で、これ以上遅らせれば教育研究診療活動に多大な影響が生じると考えられる限界まで給与減額の実施を遅らせ、平成24年8月1日からようやく実施したものである。

国家公務員の給与減額と同等の給与減額相当額での運営費交付金の削減は平成24年度及び25年度の2年間であるところ、本件給与減額支給措置は平成24年8月から平成26年3月までの1年8か月間のみ実施された。

ウ 変更後の就業規則の内容の相当性について

(ア) 変更後の就業規則の内容自体の相当性について

被告においては、国家公務員の給与減額と同じ減額率にするのではなく、教職員の受ける不利益が必要最低限度に止まるようにするとともに、優秀な教職員の確保、教職員のモチベーションの維持、若手教職員への配慮などを勘案して、各人にとって著しい不利益とならないように緩和措置を実施し、被告独自の減額率を定めた。また、給与減額の開始時期についても、他の国立大学法人の動向も見た上で慎重に検討を重ねた結果、平成24年8月1日から実施することとした。

しかも、給与減額の実施について、その終期を当初から平成26年3月31日とするのではなく、一旦、平成25年3月31日までの期間で実施することとし、平成25年度については、平成24年度の状況を踏まえて、給与減額の実施の有無及び内容について再検討することとした。

また、被告は、教職員について本件特例規程を制定するとともに、役員についても一律4.35%の給与減額を定めた「国立大学法人Y役員の給与の臨時特例に関する規程」(書証<省略>)を制定して、教職員同様の期間、給与減額を実施した。

(イ)代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況

被告においては、本件給与減額支給措置と相前後して、労働条件をいくつか改善し、教職員の受ける不利益の軽減に努めた。

a 夏季一斉休業

被告においては、一定の期間中に3日間取得するという夏季休暇制度があるが、平成25年度から、それに加えて、8月第3週の月曜日、火曜日、水曜日の3日間を休日とすることを定め、夏季一斉休業日とした(書証<省略>)。

これにより、その直前の週末と合わせて、5日間連続の休日を取得できることとなり、これに夏季休暇と合わせて、休日及び休暇を10日間連続とすることも可能となった。

b リフレッシュ休暇

40歳及び50歳に達した常勤教職員(特定有期雇用教職員、外国人教師、外国人研究員を除く。)に対し、週休日、休日を除き連続する5日間の特別休暇(リフレッシュ休暇)を、平成25年度に創設した(書証<省略>)。

c 昇給号俸の回復措置

被告の教職員うち、主に若年・中堅層に対し、平成19年1月から平成22年1月まで間抑制されてきた昇給4回分(4号俸)について、平成23年4月から平成26年4月の4年間、段階的に4号俸の回復を行うこととした。

これにより、平成23年4月1日時点で43歳未満の教職員については最大1号俸、平成24年4月1日時点で30歳未満の教職員については最大2号俸、30歳以上36歳未満の教職員については最大1号俸、平成25年4月1日時点で31歳以上39歳未満の教職員については最大1号俸、平成26年4月1日時点で45歳に満たない教職員については最大1号俸、それぞれ回復することとなった(書証<省略>)。

d 職責調整手当

平成24年4月1日から実施されたものであり、現在の級が級別標準職務表に定める職の級に達しない教職員に対して、現に受ける俸給月額と標準的な職務の級で決定した場合の俸給月額との差額を支給するというものである(書証<省略>)。

(ウ) 同種事項に対する我が国社会における一般的状況

a 国家公務員について

国家公務員については、平成24年4月1日から平成26年3月31日までの期間、その俸給月額に応じて9.77%、7.77%、4.77%の減額率での給与減額が実施された。

b 他の国立大学法人について

運営費交付金を削減されれば、国立大学法人としては人件費等の支出を削減せざるを得ない。特に、東日本大震災という未曾有の大震災を受けて、国難ともいえる状況の中で国を挙げて震災復興に取り組み、平成24年7月までに被告以外のほとんどの国立大学法人で給与減額が実施されている状況であった。

また、被告が定めた独自の減額率は、国家公務員の減額率よりもはるかに低く、他の国立大学法人では被告よりも高い減額率を定めたところのほうが圧倒的に多い。具体的には、全86の国立大学法人のうち、9法人以外は、国家公務員に準じた減額率を適用した。国家公務員とは異なる(国家公務員よりも少ない)減額率を導入した9法人の中でも、被告が定めた減額率は他の国立大学法人の減額率よりも特に低いものとなっている(書証<省略>)。

エ 労働組合等との交渉の状況等について

(ア)学内会議等での審議

a 被告では、本件給与減額支給措置の実施を決定するに際し、部局長会議、教育研究評議会、経営協議会という構成員の異なる各種会議での十分な審議を行った。そして、このような全学的に慎重な検討を行った上で、最終的に本件特例規程案は役員会で決議され、同規程は成立した。

また、平成24年7月27日付けで被告総長自ら「国家公務員の給与削減への対応について」と題して学内の全教職員に対しメールを発信し(書証<省略>)、同文書を被告ホームページ及びグループウェア内にも掲載して給与減額に関する総長自身の考えを述べるなどし、全学の教職員に対して理解と協力を求めた。

b 本件特例規程の改正に当たっても、被告の各種会議で十分な協議又は審議を行った。

また、平成25年3月には総務担当理事からのお知らせ文書を被告ホームページ及びグループウェア内に掲載するなどして、全学の教職員に対して給与減額についての理解を求めた。

(イ)労働組合との交渉経緯について

被告は、上記のような各種会議のみならず、原告らが所属する職員組合に対しては、特に配慮を行い、団体交渉及びその予備折衝等を重ね、必要な情報提供と十分な説明を行ってきた。

また、被告は、団体交渉又はその直前等に、職員組合に対して、いくつかの資料も配付している。

団体交渉における質疑応答も、被告は、職員組合からの質問に対し、真摯に答えている。議事録からも明らかなとおり、職員組合からの1つの質問に対して、理事、総務部長、人事課長が答えている場面も多々あり、被告が、異なる役職者からの説明を行うことで職員組合の理解を得ようとしていたことに他ならない。

(ウ)その他の労働者の状況

平成24年4月時点での被告の全教職員数は、1万2026人であった。

また、原告らが所属する職員組合の組合員数は、平成26年10月1日現在で、非常勤職員を除き563人であり、うち本件給与減額支給措置対象者は336人であるところ、原告ら115人以外の組合員221人は、提訴をしていない。

(原告らの主張)

下記の各事情に照らせば、本件特例規程による給与規程の変更は合理的なものではない。

ア 労働条件変更の必要性について被告は、本件給与減額支給措置の必要性に関して、①国からの要請、②運営費交付金の削減(ひいては被告の財政上の問題)の2点を主に主張するが、以下のとおり、これらは給与減額の高度の必要性を充足するものではない。

(ア)①国からの要請について

a 国からの要請は強制ではないこと

(a) 国からの要請は、あくまで要請で、文字通り「お願い」の意味であり、義務ではなかったのであるから、これをもって本件給与減額支給措置の理由とすることはできない。

(b) 現在、被告は国立大学法人である。その教職員との労使関係は、教職員あるいは労働組合との間で協議、合意をして決定していくのが基本である。国は、国の決定について、被告を含む国立大学法人に対して強制することはできず、国としての考え方を示して、あくまで「要請」することしかできない。

(c)そもそも、平成24年3月8日の文部科学省大臣官房長発出の事務連絡は、そもそも事務レベルのものであって、国からの公式の要請ですらなく、また、その内容においても、文言上、給与を減額することは求められていない。

(d)平成23年6月3日の閣議決定(書証<省略>)は、独立行政法人及び特殊法人等(国立大学法人も含まれる。)の役職員の給与について、「法人の自律的・自主的な労使関係の中で」措置を講ずるよう要請するとしているのであって、「労使関係」を無視して措置を講ずることはこれに反する。

同様に、平成23年10月28日の閣議決定(書証<省略>)、平成24年3月8日の事務連絡(書証<省略>)、同年5月29日の事務連絡(書証<省略>)でも同じ文言が繰り返されている。

(e)国は、本件と同様の別件訴訟において、「国立大学法人に対する運営費交付金は、人件費・物件費を含めて使途の区分のない『渡し切り』で措置されているものである。そのため、国立大学法人は、運営費交付金と自己収入の見込額等を合わせた予算全体の範囲で、自らの経営判断によって各費用に予算を充てることができるものとされており、その使途につき、国による事前の関与を要しない」(書証<省略>)、「被告国の平成24年3月8日付け事務連絡及び平成24年12月5日付け事務連絡の発出は、本件賃金等の減額を強制するものでないこと」(書証<省略>)と断定している。

(f)被告は、平成24年7月18日や平成25年3月5日の団体交渉等においても、政府、文部科学省を通じて、閣議決定に基づく圧力がかかっているという認識はしていないなどとして、事実上の強制があったなどという主張をしていなかった。

b 被告の想定するリスクが不明確であること

(a)被告は、国に要請は事実上の強制であって、給与減額を行わないと社会的責任を果たしていないとの批判を受けかねなかった、風評の被害を受けることが想定されたなどというが、本件給与減額支給措置を採らなければ、世間から実際に批判を受けたのか、仮に批判を受けたとしても、それでいったいどのような被害が被告に生じるのか不明である。

大学の自治という観点からすれば、大学は、国の不当な圧力に対して抗していかなければならない存在であり、その観点からも被告の見解は妥当ではない。

(b)被告は、本件給与減額支給措置を実施しなかった場合にいかなる不利益がいかなる理由で予想されたのかについて、団体交渉で全く説明していない。

(c)また、原告らが本件訴訟を起こしたことに対して市民の批判などは一件もなく、むしろ、日本全国から励ましや同情の言葉がたくさん寄せられるなど、好意的にすら受け取られているのであって、本件給与減額支給措置を実施しなかった場合の批判や圧力などなかったことが実証されている。

(d)実際に、被告は医学部附属病院関係者(同病院の看護師や医療技術職員等)については、本件給与減額支給措置の対象から除外しているところ、このことについて国からの圧力も世間からの批判もない。

c 公益目的を果たすという点について

(a) 被告において、運営費交付金を減額してその部分を震災復興に回すことが被告の公益目的を果たすことだというのであれば、実際に運営費交付金は減額されているのであり、これをもって既に公益目的を果たしているのであって、さらに進んで人件費を削減する必要は無い。

(b) 被告は、上記のとおり医療関係者について本件給与減額支給措置の対象としないという判断をするような広範な裁量を有していたのであるから、国や世間に対して、被告で働いている教職員は日本のみならず世界全人類に貢献しうる学問や研究を支えている人物であって、その給与を減額するには値しない者であると説明し、給与減額は実施しないとの判断をすべきだったのであり、それこそが真に公益に資する判断である。

(c) 確かに、国は、東日本大震災に対処する必要性を題目として、国家公務員の給与を減額し、被告を含む国立大学法人への運営費交付金を削減することとしたが、平成23年度の震災復興予算は、現実には6割しか執行されておらず、いまだに国立大学法人への運営費交付金の削減相当分が、本当に東日本大震災復興財源へと充当されるのかについては何ら明らかにされていない。

したがって、「震災復興のため」は単なる口実として使われているにすぎないというべきであり、このことからしても、教職員の本件給与減額支給措置について、震災復興支援を持ち出すことには何の合理性も見いだせない。

(イ) ②運営費交付金の削減について

a 運営費交付金削減との関連性がないこと

(a)被告は、本件給与減額支給措置の理由として、運営費交付金の削減により従前の給与水準の維持が困難になったことを挙げるが、団体交渉の中では、運営費交付金のことには言及されていないし、財政的理由によって本件給与減額支給措置を行うものではないとも明言されていた。被告の内部資料においても、給与減額を「実施しなかった場合のリスク」に財政的事情は何ら挙げられていない(書証<省略>)など、本件給与減額支給措置を行うに当たっての被告の認識によっても、運営費交付金の削減による財政的影響はほぼないこと、すなわち、運営費交付金の削減と本件給与減額支給措置とが無関係であることが明らかである。

(b)また、運営費交付金の削減額は当初予想した28億7300万円から実際には28億1200万円と小さくなったのであるから、運営費交付金が削減されたことによって給与を減額せざるを得なくなったというのであれば、当然、差額である6100万円分について給与の減額幅が小さくなるはずであるが、そのような対応もされていない。

平成25年度については、この点に加え、平成24年度と運営費交付金の削減額が同一である一方、給与減額の対象期間が平成24年度の8か月間から12か月間へと変わっているのであるから、その分減額率は圧縮されなければならないにもかかわらず、被告はこのような措置も採っていない。そうすると、実際の運営費交付金の削減額と給与の減額幅が対応していないことからしても、本件給与減額支給措置が運営費交付金の削減とは無関係に行われたことが明らかである。

(c)本件給与減額支給措置の減額率を決定するに当たって被告が用いたという計算式によれば、運営費交付金の削減金額が大きくなればなるほど、かえって教職員の給与減額率は小さくなるという結論が生じる。

そうすると、被告が用いた計算式からしても、運営費交付金の削減と本件給与減額支給措置とが無関係であることは明白である。

b 被告には潤沢な財源があったこと

被告には数多くの資産が確保され、財政状態・経営状態も極めて良好かつ安定的だったのであるから、財源は十分に存在しており、運営費交付金が削減されたからといって本件給与減額支給措置を実施しなければならないような必要性は全くなかった。

すなわち、平成24年度末で例を挙げると、投資有価証券約96億円、長期性預金約26億円、有価証券約210億円、現金及び預貯金約540億円などが存在した(書証<省略>)。運営費交付金債務も、受け入れた運営費交付金のうちの未使用相当額であるから、平成24年度末時点で約129億円が存在していたことになる(書証<省略>)。

しかも、平成24年度には、有価証券の取得のために500億円もの支出を行っており、投資活動によるキャッシュ・フロー全体で見ても122億円の支出超過となっている(書証<省略>)が、この支出を減らすことはできた。

また、損益計算書(書証<省略>)からは、被告の経常利益が毎年10億円以上のプラスであり、その金額は過去3年間の間に毎年4億円ないし5億円程度ずつ増加していることが読み取れ、被告の経営成績が良好であることが分かる。そうした中で仮に単年度で損失が出ることがあったとしても、近い将来十分解消可能である。そもそも、経常利益が平成24年度で約22億円、当期総利益も16億円以上あったことからすれば、人件費を削減せずに「約6億円」を被告が支出したとしても、経常利益・当期総利益ともになお十分にプラスだったのである。

さらに、運営費交付金は「渡し切り」であるから、被告の経営判断によってこれを人件費に充てることができた(書証<省略>)のであるところ、運営費交付金の受入額は、平成23年度で約568億円、平成24年度で約640億円にもなる(書証<省略>)。

被告は、物件費や間接経費も一般的な目的に用いることができるのであるから、平成24年度で約750億円の物件費(書証<省略>。物件費は業務費から人件費を控除したものである。)や約38億円の間接経費(書証<省略>)を人件費の支出に充てることも可能であった。

被告には、現金の裏付けのある目的積立金相当約32億円が存在した(書証<省略>)のであるから、これを取り崩すことによって人件費の支払に充てることも可能であったし、定められた使途を変更して柔軟に使途を設定することも可能であった(国立大学法人法31条)。

被告は、投資有価証券、長期性預金、有価証券は、当該年度の事業に必要なものではないからこれらを現金化するなどして人件費を捻出することも可能であったし、現金及び預貯金の中から人件費を捻出することも当然に可能であった。

イ 労働者の受ける不利益の程度について

(ア)本来国家公務員等と比較して給与水準が低かったこと

そもそも、給与減額自体が、労働者にとって、重大な不利益であることはいうまでもない。

もともと、被告の一般職員の給与は、対国家公務員ラスパイレス指数(被告の年齢別人員構成をウエイトに用い、被告の給与を国の給与水準に置き換えた場合の給与水準を100として、被告が現に支給している給与費から算出される指数をいい、人事院において算出したもの)において国家公務員より10ポイント近く低い。また、被告の教員においても、近隣大規模私立大学の教員と比べ、給与水準は低い。

このように、被告の教職員の給与水準は、一般国家公務員等と比較しても低いものであるにもかかわらず、本件給与減額支給措置はこの給与水準から更に最大4.35%もの減額を行うものであって、このような給与減額によって原告らの被る不利益はあまりに重大である。

(イ)教育研究にも支障が生じていること

教員においては、現状、割り当てられる研究費の減額が原因で、必要な図書の購入や旅費でさえ私費を投じざるを得ない状況にあるが、本件給与減額支給措置によって、そこに更に4.35%もの給与減額が行われたのであって、教員らは教育・研究を削るか生活を削るかの選択を強いられた。また、教員においては、以前に比べて、授業のコマ数は増え、負担は増加している。このように、本件給与減額支給措置によって、教職員の教育・研究にマイナスの影響が生じれば、当然、教育を受ける学生にも影響が出るのであって、本件給与減額支給措置は、a大学で高い水準の教育を受けたい、研究をしたいとの学生の思いを踏みにじるものですらある。

(ウ)人材が流出するほどの重大な不利益を生じること

被告や他の国立大学法人においては、有力私立大学への教員の流出が起こっており、給与減額はさらなる流出を後押ししかねない措置であって、被告の教育事業にとっても大きなマイナスである。

被告が、全体の6分の1にも上る約1000人の医学部附属病院関係者を本件給与減額支給措置の対象から除外したのは、医療職に従事する者が流出して人材が不足することを防ぐためであって、被告自身も、本件給与減額支給措置が人材を流出させるリスクのあるものであると認めているのである(書証<省略>)。

このように、原告ら労働者の側からすれば、本件給与減額支給措置は、当該職場を離れることを決意しうるほどの重大な不利益なのである。

ウ 変更後の就業規則の内容の相当性について

被告が主張する代償措置は、以下のように、その導入時期や導入経緯に鑑みれば本件給与減額支給措置に対する代償措置として実施されたものでないことは明白である。

被告はもともと団体交渉において代償措置は採らないと明言していたし、給与の減額率を下げたのだから給与減額に対する代償措置としては何も実施しないというのが被告としての態度であった。

(ア)夏季一斉休業について

夏季一斉休業は、被告の述べるとおり、平成25年度から導入されたものであって、本件給与減額支給措置が実施された平成24年8月1日とは半年以上も離れている。

しかも、その導入の目的は、「教職員の心身の健康の維持及び増進を図る」ことに加えて「特に夏期期間中における節電に資する」という点にあるのである(書証<省略>)から、導入の主たる目的は節電という被告自身の便宜であり、これが原告らのための代償措置として導入されたものではないことが明らかである。

さらに、夏季一斉休業中であっても、多くの者が、試験業務、生物・装置のメンテナンス、研究等に従事しており、一斉休業としての実態も存在しない。

(イ)リフレッシュ休暇について

リフレッシュ休暇も、平成25年度に導入されたものであって、本件給与減額支給措置とは大きく時期が離れている。

また、その導入の目的は「教職員の心身のリフレッシュを図り、もって将来に向けて心身ともに充実した状態で意欲と能力を十分に発揮する」ことにある(書証<省略>)のであるから、これが代償措置として導入されたものではないことが明らかである。

しかも、リフレッシュ休暇は、40歳の者と50歳の者とに与えられたにすぎず、39歳以下の者、41歳以上49歳以下の者及び51歳以上の者には無関係である。

(ウ)昇給号俸の回復措置について

昇給号俸の回復措置(4号俸)は、実施期間が平成23年4月から平成26年4月であり、本件給与減額支給措置とは時期がずれている上、給与減額について文部科学省からの事務連絡があった平成24年3月(書証<省略>)よりも1年近く前から既に実施されていたのであるから、代償措置となり得る余地すらない。

また、その内容も平成19年1月から平成22年1月まで間抑制されてきた号俸を回復するものにすぎず、単に給与水準を元の状態に戻しただけであるから、本件給与減額支給措置の代償措置ではない。

(エ)職責調整手当について

職責調整手当も平成24年4月1日から実施されたものであって、本件給与減額支給措置とは時期が離れている。

しかも、職責調整手当の対象となる「現在の級が級別標準職務表に定める職の級に達しない教職員」は、極めて僅かしか存在しておらず、代償措置としての意義も認められない。

エ 労働組合等との交渉の状況等について

被告は、事務折衝や予備折衝においても本件給与減額支給措置に関する交渉があったかのように主張するが、事務折衝や予備折衝は、交渉時間、交渉テーマ、交渉手順についての確認が主であり、団体交渉そのものが行われた訳ではない。

また、各回の団体交渉における被告の回答には中身が無く、職員組合が繰り返し給与減額の根拠、その財政上の必要性についての具体的な説明を求めたにもかかわらず、それらの説明はなく、具体的に数字をあげて説明する文書の提出もなかった。組合が団体交渉において書面による説明を求めたにもかかわらず、何の合理的理由もなくそれを拒絶することは不誠実な交渉態度というほかない。

第3  当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実のほか、各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)  本件特例規程の制定に至る経緯について

ア 国による要請等

(ア)閣議決定(書証<省略>)

政府は、平成23年6月3日、我が国の厳しい財政状況及び東日本大震災に対処する必要性に鑑み、一層の歳出の削減が不可欠であることから、国家公務員の給与について減額支給措置を講ずるため、必要な法律案を国会に提出することとし、また、独立行政法人(総務省設置法4条13号に規定する独立行政法人をいうものとされ、国立大学法人も含む。以下同じ。)役職員の給与については、法人の業務や運営の在り方等その性格に鑑み、法人の自律的・自主的な労使関係の中で、国家公務員の給与見直しの動向を見つつ、必要な措置を講ずるよう要請する旨を閣議決定した。

また、政府は、平成23年10月28日には、独立行政法人の役職員の給与について、上記閣議決定と同旨のとおり必要な措置を講ずるよう要請する旨、今後進める独立行政法人制度の抜本的見直しの一環として、独立行政法人の総人件費についても厳しく見直すこととする旨の閣議決定をした。

(イ)国家公務員給与臨時特例法の成立(書証<省略>)

平成24年2月29日、上記閣議決定において言及された国家公務員給与臨時特例法が成立した。

同法は、我が国の厳しい財政状況及び東日本大震災に対処する必要性に鑑み、一層の歳出削減が不可欠であることから、国家公務員の人件費を削減するため、国家公務員の給与に関する特例などを定めるものであり、同法のうち国家公務員の給与の臨時特例に係る部分は平成24年4月1日に施行され、同日から平成26年3月31日まで、同法所定のとおりの国家公務員の給与減額が実施された。

(ウ)文部科学省による事務連絡発出(書証<省略>)

その後、上記閣議決定を踏まえて、総務省行政管理局長から、平成24年3月6日、各府省官房長に対し、管下の独立行政法人に、上記各閣議決定の趣旨に沿って、国家公務員の給与見直しの動向を見つつ、各独立行政法人の役職員の給与について必要な措置を講ずるよう要請することを求める旨の事務連絡が発出され、さらに、これを受けて、文部科学省大臣官房長から、同月8日、各国立大学法人学長等に対し、法人の自律的・自主的な労使関係の中で、国家公務員の給与見直しの動向を見つつ、法人の役職員の給与について必要な措置を講ずるよう要請する旨の事務連絡が発出された。

イ 被告の対応

被告は、以上のとおりの閣議決定及び事務連絡によって国から国立大学法人に対する要請がなされたことを受け、次のような対応を採ったものの、直ちに教職員の給与減額を決定するには至らなかった。

(ア) 職員組合との事務折衝(書証<省略>)

被告と職員組合との間で、平成24年3月9日に開催された給与関係事務折衝において、上記事情や教職員の給与減額が議論に上った。

被告は、職員組合に対して、国家公務員給与臨時特例法が公布されたこと、国立大学法人の給与は法人自らが決定することとなっている一方で、国立大学法人について準用される独立行政法人通則法63条3項においては「社会一般の情勢に適合したものとなるよう定めなければならない。」とされており、重要な参考資料とすべきと考えていること、被告の運営は、国からの運営費交付金により運営されており、広く国民の理解を得るためには、国家公務員の給与水準を考慮する必要があることを説明した。

また、被告は、国家公務員の給与減額への対応方針について、国からの要請の内容や運営費交付金の削減状況など具体的な検討材料がないため、今後、検討を進めることとしている旨、他大学の対応状況については、旧七帝大においても、未定と聞いている旨、大学の教職員の労働条件を守り、優秀な人材確保を図るために、国家公務員給与臨時特例法が成立した場合でも、それに準じた給与減額等不利益変更は行わない旨を説明した。

さらに、被告は、職員組合からの、国からの要請の有無及びその内容についての質問に対し、平成24年3月8日付けで文部科学省大臣官房長から「必要な措置を講ずるよう要請する」との事務連絡があったことを回答し、職員組合からの、運営費交付金の削減とは、削減された金額が支払われるのか後から返納するのかという質問に対しては、予算のことはこちらではよく分からない旨回答した。

さらに、被告と職員組合は、団体交渉については、平成24年3月22日開催の経営協議会より前に行うこと、必要に応じて事務担当者レベルでの議題整理等の予備折衝を行うことなどを確認した。

(イ)ホームページへの掲示(書証<省略>)

被告は、平成24年3月12日、被告ホームページ(学内限定部分)に、教職員宛ての「人事院勧告に係る給与改定について」と題する通知を掲載したが、その際、同月9日開催の上記事務折衝におけるものと同様の説明に加え、同月8日に文部科学省大臣官房長から上記内容の事務連絡が発出されたことをも記載し、上記事情を含む現状を教職員にも通知した。

(ウ)職員組合への情報提供(書証<省略>)

平成24年3月21日、被告と職員組合との団体交渉が開催された。

被告は、職員組合の要求事項「大学の教職員の労働条件を守り、優秀な人材確保を図るために、人事院勧告等に準じた賃金引き下げ等、不利益変更は行わないこと」に対して、同月9日開催の上記事務折衝におけるものと同様の説明に加え、同月8日に文部科学省大臣官房長から上記内容の事務連絡が発出された旨の説明を行った。

そして、被告は、職員組合からの要求事項「国家公務員給与臨時特例法へのa大学の対応方針について説明すること」に対して、現在のところ対応は未定であるが、教育研究の発展を維持するため、優秀な人材の確保を図り、頑張っている教職員の処遇をきちんと行いたいと考えている旨、そのために、全学的な組織の見直し、業務の見直し及び経費等の見直しを行うなど、抜本的な改革が必要だと考えている旨、国からの運営費交付金の予算配分等の内容を確認のうえ、検討を進めることになるが、基本的には、中長期的に強い大学として生き残るためにはどうすればよいかということを念頭に検討しなければならないと考えている旨、対応方針の検討にあたっては、労使間での意見交換を行いながら慎重に検討を進めて行きたいと考えている旨を回答した。

また、被告は、この点に関する職員組合からの質問に対して、国立大学法人としてはできれば給与減額を行いたくないという意向があると思うが、国立大学法人は国のお金で運営されているというのが国民の一般的な見方であり、国家公務員の給与減額には全く対応しないということについて説明がつけばよいが、そのあたりは様々なファクターを分析中であること、他大学との横並びというわけではないが、他大学の動きについてもほとんど分からず、そのような状況下でどのような方針を採るかを今後検討したいことなどを述べた。

ウ 国による再度の要請

平成24年5月7日現在、国立大学法人86法人のうち給与減額支給措置を決定したものは、8法人程度にとどまっていた(書証<省略>)。これらの状況下で、国は、国立大学法人に対して、次のように再度要請を行った。

(ア)閣僚による対応の要請(書証<省略>)

平成24年5月11日、次のとおり、閣僚から改めて要請がなされた。

すなわち、C副総理は、同日の記者会見において、「国家公務員の給与につきましては、給与改定臨時特例法が施行されたところであります。(中略)独法、それから国立大学法人、特殊法人などの役職員の給与についても、既にこれらの独法などに対して必要な措置を講ずるよう要請するという閣議決定がなされているところであります。しかし、現実には対応が遅れておりますので、そのことについて改めて私のほうから、独法等を所管される大臣に対して、各所管法人の対応の状況について、よく確認をし、自ら大臣が確認をして、適切な対応をいただくようお願いしたいということを申し上げたところでございます。独法102の中の既に対応済みが45、国立大学法人が90のうちの10、その他特殊法人などは12のうちの3に過ぎず、その他はまだ対応できていないということでありますので、早急に対応していただきたいということを各大臣にお願いしたところであります。」などと発言した。

また、D財務大臣は、同日の記者会見において、「閣僚懇で独立行政法人等の人件費について、ご存知のとおり国家公務員が法律改正を行って引き下げたわけですけれども、公的部門全体でこれに倣ってもらいたいということで、減額分を今それぞれの法人と管理側で話をしておりますけれども、これを是非急いでほしいということと同時に、次の予算編成の際には、運営費交付金により人件費が賄われている独法等については、国家公務員の給与削減と同等の給与削減相当額を算定し運営費交付金等から減額したい旨、私の方から申し上げました。」などと発言した。

(イ)文部科学省による再度の事務連絡発出(書証<省略>)

さらに、文部科学省高等教育局長は、平成24年5月29日、各国立大学法人学長等に対し、上記同年3月8日の事務連絡、上記副総理の発言を踏まえ、法人における役職員の給与の見直しの状況を確認し、速やかな対応をお願いする旨の事務連絡を改めて発出した。

エ 被告における議論の本格化

このような状況下において、被告は給与減額の議論を本格化させ、次のように各種会議において方向性を検討した。

(ア)教育研究評議会(書証<省略>)

平成24年5月29日開催の教育研究評議会においては、国家公務員の給与減額への対応について、他の国立大学の対応状況及び国立大学法人に対する政府方針等の報告と被告における対応方針が説明され、審議の結果、対応の方向性が了承された。もっとも、その具体的な内容については今後検討の上、改めて附議されることとなった。席上では、「給与削減シミュレーション(平均△7.8%)」と題する資料が提示されたが、同資料においては、給与減額を実施した場合に想定されるリスクとして「訴訟の提起、教職員のモチベーション低下、優秀な教職員の流出、優秀な人材の応募減少、組合・過半数代表の強い反発」との記載が、これを実施しなかった場合に想定されるリスクとして「国からの圧力、マスコミからの圧力」との記載がある。また、国内の各国立大学法人における給与減額に係る対応についての資料も提示されたが、同資料においては、平成24年5月7日現在、国立大学法人86法人のうち、同年4月から実施したものが4法人、同年5月から実施したものが3法人、同年6月から実施予定であるものが1法人であるとの状況、これらの各国立大学法人における給与減額支給措置の概要が示された。

教育研究評議会とは、国立大学法人法所定の国立大学の教育研究に関する重要事項を審議する機関であり、被告においては、総長並びに総長が指名する理事、研究科長、地球環境学堂長、公共政策連携研究部長、経営管理研究部長及び研究科の教授等から構成される(本件当時、その構成員は合計72名程度であった。)。

(イ)部局長会議(書証<省略>)

また、平成24年6月12日開催の部局長会議においても、上記教育研究評議会と同様に、国家公務員の給与減額支給措置に係る被告の対応について、役員及び教職員の給与減額支給措置を実施する旨が説明され、協議の結果、給与減額支給措置を実施することが了承され、具体的な内容については今後検討の上、改めて附議されることとなった。

部局長会議とは、被告の経営及び被告の教育研究を円滑に行うために必要な連絡、調整及び協議を行う機関であり、総長並びに理事(非常勤の者を除く。)、副学長、研究科長、附置研究所の長及び医学部附属病院長等から構成される(本件当時、その構成員は合計47名程度であった。)。

(ウ)経営協議会(書証<省略>)

さらに、平成24年6月21日開催の経営協議会においては、国家公務員の給与減額支給措置に係る被告の対応について説明があり、審議の結果、給与減額支給措置を実施することが了承され、具体的な内容については今後検討することとなった。

経営協議会とは、国立大学法人法所定の国立大学法人の経営に関する重要事項を審議する機関であり、被告においては、総長並びに総長が指名する理事、被告の職員のうちから総長が指名する者及び被告の役員又は職員以外の者のうちから総長が任命するものにより構成される(本件当時、その構成員は合計25名程度であった。)。

オ 職員組合との交渉等

上記会議において給与減額支給措置の方向性が検討されるのと並行して、被告と職員組合との間では次のように団体交渉等が重ねられた。

(ア)平成24年5月24日予備折衝(書証<省略>)

平成24年5月24日、被告と職員組合との間で、団体交渉(同年6月5日開催)に向けた予備折衝が開催された。

職員組合は、被告に対して、「給与削減を回避するための措置についての申し入れ」を提出し、政府による運営費交付金の減額及び給与減額に向けた労使交渉の要請には反対である旨、そもそも国立大学法人教職員の給与はラスパイレス指数で10ポイント前後低い水準にあり、これ以上給与を引き下げられる筋合いがない旨を指摘した上で、国立大学協会に対して、運営費交付金を減額しないように求める政府宛の声明を出すように働きかけること、予算編成方針を変更して物件費から人件費を捻出することも可能である財政状況を踏まえ、給与減額を行わないための方策をとること、国からの給与減額の要請圧力に応じず明確に国家公務員給与臨時特例法に準じた給与減額を行わないことを明言することをそれぞれ要請した。

また、職員組合は、被告に対して、団体交渉において、「運営費交付金が確定したことを踏まえ、国家公務員給与臨時特例法に準じた賃下げを行わないことを明言すること」につき回答するよう要求した。

(イ)平成24年6月5日団体交渉(書証<省略>)

平成24年6月5日、被告と職員組合との団体交渉が開催された。

a 配布資料

この団体交渉において、被告は、職員組合に対し、①文部科学省高等教育局長発出の平成24年5月29日付け事務連絡(書証<省略>)、②平成24年5月11日のC副総理発言の骨子(書証<省略>)、③平成24年5月11日のD財務大臣発言の骨子(書証<省略>)、④文部科学省大臣官房長発出の平成24年3月8日付け事務連絡(書証<省略>)を配布した。

b 団体交渉の内容

被告は、職員組合からの「運営費交付金が確定したことを踏まえ、国家公務員給与に係る臨時特例法(国家公務員給与臨時特例法)に準じた賃下げ(本件給与減額支給措置)を行わないことを明言すること」という要求事項に対し、国からの度重なる要請や、それらの要請を踏まえて、他大学が平成24年6月又は同年7月に減額に踏み切っている状況の中で、被告の運営がその多くを国からの運営費交付金に依存していることをも踏まえて、被告としての対応について検討した結果、現行の給与額を今後維持していくための人件費確保が困難な状況であること、対応が遅れれば遅れるほど人件費以外からの持出額が増大し、被告の教育研究活動に多大の影響が生じる事態となること、さらには、震災復興に係る財源確保のため、その負担を国と共有することは、被告が果たすべき責務であることの理由により、役員及び教職員につき、平成24年7月から国家公務員の給与減額に相当する額の減額措置を他大学の状況も踏まえて実施する方向で検討を進めている旨、また、代替措置として特別休暇の付与を検討する旨を回答した。

被告は、職員組合に対して、現在に至る状況について、平成23年6月及び同年10月の閣議決定を受けて、平成24年3月8日付けで文部科学省から事務連絡が発出されたこと、この事務連絡以降、一般の独立行政法人は給与減額を実施していたが、国立大学法人の対応が遅れていたこと、そのため、同年5月11日の閣僚懇談会でC副総理から「給与削減による財源は復興に活用していきたい」、「次の予算編成の際には、運営費交付金等により人件費が賄われている独法等については、国家公務員の給与削減と同等の給与削減相当額を算定し、運営費交付金等から減額したいと考えている」などの発言があったこと、結局、人件費が運営費交付金で賄われていようといまいと運営費交付金削減の対象とすることが言われていること、これらの発言以降、国立大学協会の委員会等に文部科学省の幹部が来て、「こういう要請があったので、よろしくご対応いただきたい」という要請があったり、文部科学省に全大学が呼ばれ、給与減額の状況確認が行われるなど要請が強まっていることなどを説明した。

また、被告は、職員組合からの平成24年4月に遡っての給与減額はできないとの理解を持っているかとの質問に対し、他大学の状況を見ても遡及はしておらず、そのあたりを十分踏まえて対応したいと答え、仮に運営費交付金の減額補正が行われると同月から毎月数億円のマイナスとなることとなり、給与減額が遅れれば遅れるほど、教育研究や物件費にしわ寄せが生ずることなどを考慮して適切な時期に給与減額を実施すること、給与減額率を平均7.8%として、同月に遡った場合には、年間の運営費交付金の削減額は約30億円となり、これを物件費にくい込ませることは教育研究に多大な影響が出ることなどを説明した。

さらに、被告は、当初、国立大学協会近畿地区の会議では、教職員の給与が国家公務員に比べて低いので給与減額は大学にとって厳しく、優秀な人材の流出が懸念されるなどの発言がなされていたが、同協会全体の雰囲気でも復興財源にお金を出すことについて、反対であるとは言い出せない状況になりつつあり、他大学の学長もここにきてそのような発言はほとんどなくなったなどと説明した。

(ウ)平成24年6月20日事務折衝(書証<省略>)

平成24年6月20日、職員組合と被告との間で給与減額に関する事務折衝が開催された。

職員組合は、職員組合が把握している他の国立大学法人の動きについての情報を紹介し、被告は、同月12日開催の部局長会議では、給与減額支給措置の具体的な内容についての議論はなく、これを実施することについてのみ了承された旨を説明した。

また、今後のスケジュールについて、職員組合からの部局長会議を経ずに役員会で決議ということはないかとの問いに、被告は、当然手順を踏まなければならないので、基本的にはそのようなことはないが、給与減額支給措置に関して部局長会議に附議しなければならないという決まりはないなどと答えた。

(エ)平成24年6月29日事務折衝(書証<省略>)

平成24年6月29日、被告と職員組合との間で、給与減額に関する事務折衝が開催され、東京大学における給与減額支給措置に係る情報の紹介や、国立大学法人の給与減額分が補正予算で景気対策に充てられるとの同月26日付け京都新聞記事につき本省等からの情報の有無の確認等が行われた。

(オ)平成24年7月11日団体交渉(書証<省略>)

平成24年7月11日、被告と職員組合との間で、団体交渉が開催された。

a 配布資料

この団体交渉に際して、被告から職員組合へ、平成24年7月10日開催の部局長会議(後記カ(ア)で配布された「国家公務員の給与削減への対応について(案)~本学役員及び教職員に係る給与減額措置について~」と題する資料(書証<省略>)が配布された。同資料には、予定される給与減額支給措置に係る減額率(改定前の本件特例規程所定のもの)が記載されている。

b 団体交渉の内容

(a) 理事からの説明

冒頭、被告理事から、①給与減額支給措置の基本的な方針については、震災復興に向けての財源確保のため、被告が果たすべき役割は適正に遂行するとともに、優秀な教職員の確保及び教職員のモチベーションの維持に十分配慮した自主・自律的な対応を行うこととすること、②実施時期については、平成24年8月1日から平成25年3月31日まででの年度限りの措置とすること、平成25年度の実施は、時機をみて検討したいと考えており、減額支給措置を行わないということではないこと、平成24年8月1日の施行予定日以前の遡及適用は行わないこと、③対象者については、年俸制の特定有期雇用教職員等を含め被告就業規則で定める常勤職の教職員全てとすること、医学部附属病院の経営上の理由により、同病院所属職員の一部は減額対象から除くこと、④俸給月額の減額率等については、教職員のモチベーション維持の観点から、最大限の配慮により運営費交付金に係る人件費削減額及び削減率を算定し、その上で、さらに若手教職員には特段の優遇措置を講じ、中堅職員に対しても相応の調整措置を講ずることとし、本件給与減額支給措置の減額率となること、国家公務員の減額率が9.77%、7.77%、4.77%であるのに対し、本件給与減額支給措置の減額率は4.35%、2.50%、1.00%となること、本件給与減額支給措置は、退職手当の算定には影響しないことの説明がなされた。

(b) 平成24年7月10日の部局長会議(後記カ(ア)の内容について

職員組合は、本件給与減額支給措置の提案に対し、①平成18年の給与構造改革から給与が2割近く下がっていること、人事院勧告に応じた給与減額も行っていることから、給与減額自体に断固反対であること、②被告の経営状態、政府等の発言等の様々な要因があるとしても、最終的には給与減額支給措置は被告としての経営判断であり、自律的な労使関係でものを決定するということからも逸脱しているので、給与を減額する根拠、理由がないこと、③実施日が平成24年8月1日と明記されていることは、労使交渉を経る合意形成の努力を軽視するものであることという3点の問題があるとの意見を表明した。

この点に関し、被告は、平成24年6月12日及び同年7月9日の各部局長会議のいずれでも反対意見はなく、被告としての提案がそのまま承認されものであること、同年6月12日の部局長会議では、一部の部局長から病院のコメディカル及び看護師並びに若手教職員に配慮するようにという発言があり、その意見を踏まえて今回の提案としたことを回答した。これに加えて、被告は、上記①及び②の点につき、被告が国からの運営費交付金で運営されていること、国家公務員が大震災に対応して給与減額を実施していること、国から支援を受けている組織として国の施策に協力すべきであること、社会に対してそのような姿勢を示す必要があることから給与減額支給措置を実施したいこと、ただし、国家公務員と同様の減額では教職員に大変な負担をかけることになることや、優秀な教職員を集める上でも不利になることから被告独自の減額率を算定していくことを提案したことを説明し、上記③の点につき、他の国立大学法人では、一部が平成24年4月1日、他の多くが同年6月1日又は同年7月1日に減額を実施する状況であり、被告がいつまでも実施しないで先延ばしするのは許されないと考えていること、実施日が後に延びるほど被告の持ち出しが多くなり、毎月数億円ずつの持ち出しが増加するため、いろいろな教育研究活動に影響が出る心配があることから、被告としては同年8月1日から給与減額を実施したい考えであることを説明した。

(c)教職員への周知について

職員組合からの他大学のように全教職員に向けた説明会等の予定はないかとの質問に対し、被告は、部局長を通じて各部局の構成員に周知を図りたい、決定した場合には広報等の手段を通して周知を図りたいと考えていること、現在、具体的に説明会等の開催は予定していないこと、総長からのメッセージでの対応も検討していることを回答した。

(d)政府からの要請関係について

職員組合からの国からどのような要請があったのかという質問に対し、被告は、閣議決定によって復興財源のために給与減額をするということで国家公務員の給与減額にあわせて独立行政法人等の役職員についても同様の措置を講じてほしいという要請があったこと、それにしたがって適切な措置をしてくださいというのが文部科学省のスタンスであること、国立大学協会の会議等でも文部科学省の幹部が出席し同様の要請が繰り返しあったこと、国立大学法人の対応が遅れていたが、閣僚からの発言があり、東京大学も含め他のほぼ全ての国立大学法人が平成24年7月又は同年8月からの実施としていること、新聞等で政府が景気回復のために補正予算を組むという報道があったことは承知しているが、あくまで国立大学法人に要請があったのは震災復興のためと理解していることなどを説明した。

(e)財政状況について

被告は、平均7.8%の給与減額の前提では運営費交付金が約30億円削減されることとなり、現在提案している減額率で給与減額を実施しても、被告が物件費等から約20億円を捻出して負担しなければならないなどと説明した。

これに対し、職員組合が、納得しようにも被告が財政的に苦しいなどの状況が見えてこないなどと指摘したところ、被告は、運営費交付金が毎年1.3%ずつ削減されてきており、いろいろなアクションプラン等の事業がストップされており、余裕があるとはいえないなどと説明した。

また、被告は、給与減額の金額的な負担以外の理由があるのかと問われ、大学としての相応の社会的責任を果たすということがある旨回答した。

(f)給与減額の根拠について

被告は、政府の要請はあくまで震災復興といっており、閣議決定が変更されていない以上、新聞報道がどうあろうが、被告は震災復興ととらえて協力すること、震災復興以外に使われるということであれば国立大学協会等を通じて政府に抗議する必要はあること、減額分が景気対策に使われるということが行われるのであれば許されないという意向であることなどを回答した。

(g)労働契約法との関係について

職員組合は、次の団体交渉では代償措置等を提示してもらわなければ誠実交渉にならない、現状の団体交渉は労使交渉の体をなしていないなどと意見表明をした。

(カ)平成24年7月17日予備折衝(書証<省略>)

平成24年7月17日、職員組合と被告との間で、団体交渉(同月18日開催)に向けた予備折衝が開催され、他大学の代償措置として教員の研究費の増配や期末・勤勉手当の拡充の例がある、職員組合内での意見としては教授層の負担が大きいという意見があったなどの話題が出た。

(キ)平成24年7月18日団体交渉(書証<省略>)

a まず、被告は、職員組合からの質問事項に答える形で、①特に平成24年5月11日の財務大臣の発言以降、給与減額に踏み切る大学が増えたことを見ても、政府からの「要請」がより一層強まったとの認識は持ち合わせていること、②政府からの要請があったが、対応をお願いしたいという趣旨のことをいっている限度であり、具体的な減額率の指示もないことからすれば、政府が自律的労使関係に介入しているなどとは思われないこと、また、政府による労使交渉の強制を通した労働組合への支配介入があるとも考えていないこと、大学側の自由意思が損なわれているとは思わないし、現に被告は、自らの考えとして相応の社会的責任を果たすという認識のもとに提案を行っていること、③被告では業務運営の効率化を図るとともに、アクションプランの見直し等も行っているところであり、提案している減額率以上に減額率を圧縮することは、被告の教育研究活動に重大な支障をきたすことになること、④給与の減額率は、被告が果たすべき役割分については適正に遂行するという考えから、被告全体の経費のうち運営費交付金の占める割合を算定の根拠とし、それに加えて若手教職員及び中堅教職員には優遇措置を付加したものとしていることなどを説明した。

b そして、質疑においては、まず、本件給与減額支給措置に係る減額率である4.35%等の根拠について、被告は、「大学全体の経費のうち、運営費交付金の占める割合で計算すると『4.35%』となり、これをベースとして、それぞれ8%、5%に換算すると、『3%くらい』、『2.1%くらい』の数字が出てくる。その中で若手については、総長の配慮により優遇措置として2.1%の半分くらいにしている。中堅については優遇措置として3/4くらいの数字にしている。それが大まかな根拠といえば根拠である。」と説明している。

c さらに、財政状況の点に関しては、被告は、前回の団体交渉と同様の説明を行った上、被告が何十億円か出せばよいという性質のものではなく、教職員が他の国民に対して痛みを分担していることを示すことも必要であるなどと述べた。

これに対して、職員組合からは、震災復興支援で大学として果たす役割は、給与減額ではなくて教育力や研究力を活かすというところにあるべきではないかという提言がなされた。

d そして最後に、職員組合から、給与減額の強行については反対すること、被告が何らかの決断をしたとしても団体交渉は継続すること、次回には代償措置要求の中身を提案したい意向であることなどが表明された。

(ク)平成24年7月20日事務折衝(書証<省略>)

平成24年7月20日、職員組合と被告との間で、団体交渉(同月23日開催)に向けた事務折衝が開催され、職員組合から代償措置の提示要求を含む質問項目が示された。

(ケ)平成24年7月23日団体交渉(書証<省略>)

a まず、被告は、職員組合からの事前質問事項に答える形で、①国からの要請においては、(削減された運営費交付金は)あくまで震災復興のために使うと言われており、政府の発言が変わっていない以上、震災復興の財源確保のために被告としては協力すること、仮に政府において、その考えが変わるのであれば、国立大学協会等を通じて抗議する必要があると考えていること、給与減額支給措置は、国からの要請を受けて、被告自らの考えで措置するものであること、②運営費交付金の削減分が震災復興に充てられなかった場合、補正予算で運営費交付金の削減が行われなかった場合、削減率が変更された場合は、教職員に給与を返金することは現在のところ検討されていないこと、そのような状況になれば検討が必要であること、③本件給与減額支給措置における減額率である4.35%等の根拠について、被告全体の経費のうちの運営費交付金の占める割合を算定の根拠として、一定の基準値を算出し、これに国家公務員における職種ごとの減額率を掛けたものをもとに、中堅教職員及び若手教職員にはその減額率にさらにモチベーションを付与するため、圧縮した減額率(中堅教職員につき上記減額率の3/4、若手教職員につき上記減額率の1/2)としていること、これによれば、被告の減額率は4.35%、2.50%、1.00%の3段階となっているが、国家公務員の減額率が9.77%、7.77%、4.77%となっていることに比べても、かなり教職員に配慮した被告独自の特別な措置となっていること、④給与減額の代償措置については、被告から提案はないことなどを説明した。

b その上で、質疑応答において、被告は、仮に減額分が復興財源に使われなかった場合には、慎重に状況を判断して対処する必要があるなどと述べ、また、職員組合は、被告に対して、減額率4.35%等の根拠となる計算式の説明を書面で求めた。

c そして最後に、被告としては、当月の教育研究評議会、経営協議会に諮り、平成24年8月1日から給与減額を実施したいとし、職員組合は、労使で合意されたものがないこと、文部科学省の事務連絡は給与減額の根拠となるものではないこと、減額分が震災復興に充てられるか疑わしいこと、運営費交付金が削減されるか不明であることなどから、給与減額が強行されるということについては断固反対である旨の意思表明をした。

カ 本件特例規程の了承、決議

(ア)部局長会議での了承(書証<省略>)

上記職員組合との一連の交渉等の過程で平成24年7月10日に開催された部局長会議においては、被告役職員に係る給与減額支給措置を実施するための具体案について、教職員の俸給月額の減額率などの説明があり、協議の結果、了承された。

(イ)教育研究評議会での了承(書証<省略>)

上記職員組合との一連の交渉等を経た後の平成24年7月24日に開催された教育研究評議会においては、被告役職員に係る給与減額支給措置を実施するため、本件特例規程等を制定すること、実施期間は平成24年8月1日から平成25年3月31日までとすること、教職員の俸給月額の減額率が説明されるとともに、本件特例規程案が示され、審議の結果、過半数の賛成(反対1名)により、了承された。

(ウ)経営協議会での了承(証拠<省略>)

平成24年7月24日開催の経営協議会においても、メールによる持ち回り審議にて、本件特例規程案が了承された。

(エ)役員会での決議(書証<省略>)

そして、平成24年7月27日開催の役員会において、被告役職員に係る給与減額支給措置を実施するため、本件特例規程を制定することについて説明があり、審議の結果、本件特例規程は、原案どおり決議された。

役員会とは、国立大学法人法所定の機関で、役員である総長及び理事により構成されるものであって、学則その他の重要な規則の制定又は改廃に関する事項は役員会の審議事項とされている。

キ 教職員への通知(書証<省略>、弁論の全趣旨)

(ア)上記のとおり、本件特例規程が制定されたことを受け、被告は、平成24年7月27日、被告ホームページにこれを掲示した。

(イ)また、被告総長は、全学メールを用いて、学内の教職員に対して、給与減額支給措置が実施されることとなったことを伝え、これに対する理解、協力を求める「国家公務員の給与削減への対応について」と題するメールを一斉送信した。

ク 給与減額の実施(書証<省略>)

改定前の本件特例規程は、平成24年8月1日に施行され、これに基づき、同日から平成25年3月31日まで、教職員の給与減額が実施された。

ケ 運営費交付金の減額の決定(人証<省略>)

平成25年1月には、被告に対する平成24年度の運営費交付金のうち、28億1241万7000円が減額されることが決定した。

(2)  本件特例規程の改定に至る経緯について

ア 職員組合との交渉等被告は、職員組合との間で、給与減額の平成25年度の継続実施に関して、次のように議論を重ねた。

(ア)平成25年2月20日予備折衝(書証<省略>)

平成25年2月20日、職員組合と被告との間で、団体交渉(同年3月5日開催)に向けた予備折衝が行われ、職員組合側から、①給与減額は、改定前の本件特例規程の規定どおり、同年3月31日までとし、同年4月1日以降の延長を行わないこと、②平成24年8月からの給与減額相当分を教職員に支払うことという要求事項が示された。

(イ)平成25年3月5日団体交渉(書証<省略>)

被告は、上記要求事項の①につき、国からの要請があり、他の国立大学法人が給与減額に踏み切っている状況の中、部局長、教職員からの意見や労使交渉を踏まえ、未曾有の震災からの復興に係る財源確保に協力するため、その運営を国からの運営費交付金に依存している被告として当然果たすべき役割を常勤職員全体で応分の負担をするという基本的な考え方の下で、自主・自律的な大学運営を確保すべく、実施時期、減額率につき被告独自の取扱いを決定し、平成24年8月1日から給与減額を実施していることを改めて説明した上で、平成25年度も国家公務員の給与減額は継続して実施されることとなっていること、運営費交付金についても国家公務員給与等の減額相当額である約28億1200万円の減額が予定されており、その減額分の使途は東日本大震災復興経費に充当されることとなっていることから、被告においても、給与減額を平成26年3月31日まで継続実施したいと考えていることを説明した。

また、被告は、上記要求事項の②につき、減額分が震災復興に用いられない場合や運営費交付金の減額が行われない場合には、被告における給与減額の見直しが必要であるものの、国家公務員の給与減額の趣旨が変更されていないこと、文部科学省から被告については国家公務員と同等の給与減額相当額として28億1200万円の減額補正がある旨の通知があり、平成24年度補正予算においては、給与減額分は震災復興のための財源に充てられたと認識していることなどを説明した。

そして、質疑応答においては、被告は、職員組合からの支払能力があるのではないかとの指摘に対し、否定も肯定もしないと述べ、また、外国人教師を対象に追加する点については、本件給与減額支給措置はフルタイムの常勤職員全体を対象としているものであり、平成24年度は給与減額を8月から実施し、遡及適用は行わないこととしたため、平成24年4月に平成24年度の契約を締結している外国人教師は対象から除外されていたことを説明した。

また、被告は、人件費は最後に手をつける項目という認識かと問われ、人件費、物件費の問題にかかわらず、国からの要請があれば応じざるを得ないというのが、その運営を国からの運営費交付金に依存している国立大学法人の責務と考えていると述べるなどした。

(ウ)平成25年3月11日予備折衝(書証<省略>)

平成25年3月11日、職員組合と被告との間で、団体交渉(同月15日開催)に向けた予備折衝が開催され、前回の予備折衝と同様の要求事項が提出された。

(エ)平成25年3月15日団体交渉(書証<省略>)

平成25年3月15日、職員組合と被告との間で、団体交渉が開催された。

まず、被告は、①平成24年度補正予算において、国家公務員と同等の給与減額相当額である28億1200万円の運営費交付金が削減されたこと、被告においては、給与減額分約6億円との差額約22億円を物件費の削減により対応することとなったこと、②平成24年度の運営費交付金は上記減額も含め対前年比44億5000万円の減となったこと、このような厳しい財政状況下において、被告は、従来の予算配分の在り方を抜本的に見直し、これまで以上に効率的・効果的な資金の配分を図ることとしていることなどを説明した。

それに加え、被告は、上記の財政状況に照らすと、平成25年度についても給与減額を行わざるを得ないこと、給与減額は国からの要請により行うもので、主として国からの運営費交付金により運営されている国立大学法人として、国の全体的な方針に基づく要請に協力することは重要なことであると考えていること、一方で、教職員のモチベーションの維持、確保を図るために自主的な減額率を設定することにしていることなどを再度説明した。

また、被告は、職員組合による給与減額を行わなくても支払能力はあるということかとの質問に対し、財政の問題よりも、国立大学法人としての責任において、給与減額に応じるものであるなどと回答した。

さらに、職員組合からは、4.35%という減額率に対し、何らの代償措置が採られていないことは問題であり、高年齢者世代や子育ての必要な世代に負担を被っているなどの指摘がなされた。

イ 本件特例規程の改定の了承及び決議

(ア)部局長会議での了承(書証<省略>)

上記被告と職員組合との交渉等の過程で平成25年2月5日に開催された部局長会議においては、平成25年度についても、平成24年度に引き続き給与減額支給措置を実施すること、その対象者に外国人教師を追加することなどが説明され、協議の結果、了承された。

(イ)教育研究評議会での了承(書証<省略>)

平成25年3月19日開催の教育研究評議会において、平成25年度についても、平成24年度に引き続き給与減額支給措置を実施することについて説明があり、審議の結果、了承された。

(ウ)経営協議会での了承(書証<省略>)

平成25年3月27日開催の経営協議会において、平成25年度についても、平成24年度に引き続き給与減額支給措置を実施する旨説明があり、審議の結果、了承された。

(エ)役員会での決議(書証<省略>)

そして、平成25年3月27日開催の役員会において、本件特例規程の改定案が、原案どおり決議された。

ウ 教職員への通知(書証<省略>)

被告は、平成25年3月19日には、被告ホームページにおいて、教職員に対して、最終的に役員会で決議された場合には、給与減額支給措置を平成25年度も継続実施することとなることを通知し、同措置に対する理解を求めていた。

そして、上記のとおり本件特例規程の改定が決議されたことを受け、被告は、平成25年3月27日、被告ホームページに、「平成25年度における本学役員及び教職員に係る給与の臨時特例について(お知らせ)」と題する記事を掲載するとともに、改定後の本件特例規程を掲示した。

エ 給与減額支給措置の継続実施(書証<省略>)

改定後の本件特例規程は、平成25年4月1日に施行され、これに基づき、同日から平成26年3月31日まで、教職員の給与減額支給措置が実施された。

(3)  他の国立大学法人等の状況について(証拠<省略>)

全国86の国立大学法人については、早いものでは平成24年4月から給与減額支給措置が実施されたところがあり、遅くとも平成24年9月までには被告を含む全ての国立大学法人において給与減額支給措置が開始された。

そして、各国立大学法人の給与減額支給措置における減額率(平成24年度のもの)は、別紙4国立大学法人平成24年度給与削減率記載のとおりであった。

(4)  被告における労働条件等について

ア 被告における教職員の給与の状況について(弁論の全趣旨)

本件給与減額支給措置以前において、被告の一般教職員の給与は、ラスパイレス指数において国家公務員より10ポイント近く低いものであった。

イ 平成24年度頃に導入された制度について

(ア)夏季一斉休業(書証<省略>)

被告は、平成25年度から、教職員の心身の健康の維持及び増進を図るともに、特に夏季期間中における節電に資することを目的として、夏季一斉休業の制度を導入した。

夏季一斉休業の制度は、8月の第3週の月曜日、火曜日及び水曜日を休日とするものである。

夏季一斉休業の制度の新設により、教職員は、これと夏季休暇の併用と前後の土曜日及び日曜日とによって、休日及び休暇を10日間連続とすることも可能となった。

(イ)リフレッシュ休暇(書証<省略>)

被告は、平成25年度から、教職員の福利厚生の充実として職業生活の節目において、教職員の心身のリフレッシュを図り、もって将来に向けて心身ともに充実した状態で意欲と能力を十分に発揮できるようにすることを目的として、リフレッシュ休暇の制度を導入した。

リフレッシュ休暇の制度は、40歳又は50歳に達した常勤教職員(特定有期雇用教職員、外国人教師、外国人研究員を除く。)が職業生活の節目において心身のリフレッシュを図るため勤務しないことが相当であると認められる場合に、当該年齢に達した日から1年以内に週休日、休日及び代休日を除いて原則として連続する5日の範囲内の期間で休暇を取得できるとするものである。

(ウ)昇給号俸の回復措置(書証<省略>)

被告は、教職員の若年・中堅層を中心に、平成18年度から平成21年度までの給与構造改革期間中に抑制されていた昇給号俸を、平成23年度から平成26年度までの4年間にわたって段階的に回復する措置を講じた。

(エ)職責調整手当(書証<省略>)

被告においては、教職員の給与は、「国立大学法人Y教職員の初任給、昇格、昇給等の基準に関する細則」に定める級別資格基準表により、経験年数を職能の基準として職務の級を決め、その級の中で俸給を決定しているが、級別標準職務表により、職務の複雑、困難及び責任の度に基づき、職務の級の分類の基準となるべき標準的な業務の内容を定義していることから、一部の教職員においては、経験年数の不足のため、職務の複雑、困難及び責任の度に応じた給与を支給することができない事態が生じていた。

そこで、被告は、平成24年4月1日から、職務の複雑、困難及び責任の度に応じた給与が教職員に支給されるように、標準的な職務の級で決定した場合の俸給月額と現に受ける俸給月額との差額を手当として支給するという職責調整手当を導入した。

ウ 役員の報酬の状況について(書証<省略>)

被告は、役員の給与についても、「国立大学法人Y役員の給与の臨時特例に関する規程」(平成24年達示第51号、平成25年達示第19号)を制定し、平成24年8月1日から平成26年3月31日までの間、俸給月額を4.35%減額するなどの給与減額支給措置を実施した。

(5)  被告における財政状況について(証拠<省略>)

ア 平成24事業年度決算の内容をみると、被告の経常収益の内訳は、運営費交付金収益が約36%、医学部附属病院収益が約22%、外部資金が約17%などとなっており、被告の経常費用の内訳は、教育研究診療費等経費が51%、人件費が約45%などとなっており、当期総利益は約16.6億円であるが、うち約16億円は資金の裏付けのない帳簿上の利益であり、うち約0.6億円が運営努力で発生した利益である(書証<省略>)。そして、資金の裏付けのない帳簿上の利益は、「積立金」として次年度以降の会計上の損失と相殺され、他方、運営努力で発生した利益は、文部科学大臣の経営努力認定を受けた後、「目的積立金」として、次年度以降の教育・研究・診療を充実させるために、中期計画(国立大学法人法31条)において定めた使途に従って使用するものとされており、目的積立金残高は平成24事業年度決算時において約32億円存在した(書証<省略>)。

イ 運営費交付金とは、国立大学法人が、業務運営を行うための基盤的な財源措置として、毎事業年度国から交付される金員であり(書証<省略>)、人件費、物件費等を含めて使途の区別のないいわゆる「渡し切り」で交付されるものであり(証拠<省略>)、被告へ交付された運営費交付金は、平成22年度は約580億円、平成23年度は約569億円であった。

平成24年5月当時には、国立大学協会によれば、被告の平成24年度の運営費交付金につき、国家公務員給与臨時特例法と同等の減額率による人件費削減相当額が減額されると仮定した場合には、約30億円が減額されるものと推計されており、実際には、28億1241万7000円が減額された。

2  争点(1) (原告X3を除く原告らにつき、本件特例規程置に対する合意があるか否か)について

前期認定事実記載のとおり、被告は、本件特例規程の制定に当たっては、平成24年7月27日、教職員に対し、被告総長を通じて、本件特例規程が制定された旨を通知するとともに、改定前の本件特例規程を被告ホームページに掲載したこと、本件特例規程の改定に当たっては、被告総務担当理事を通じて、平成25年3月19日に、本件特例規程が改定される予定である旨を通知し、また、同月27日には、本件特例規程が改定された旨を通知するともに、改定後の本件特例規程を被告ホームページに掲載したことが認められるところ、他方、弁論の全趣旨をも踏まえれば、原告X3を除く原告らは、本件訴訟の提起に至るまで、本件給与減額支給措置につき、個別には特段の異議を述べることなく、給与を受領していることが認められる。

ところで、労働契約法9条によって就業規則の変更が拘束力を生じる場合においては、少なくとも同法10条に規定されるような就業規則の変更の合理性は要求されていないのであるから、特に労働条件を不利益に変更する就業規則の変更に係る合意の認定は、慎重かつ厳格であるべきと解されるところ、上記のように、原告X3を除く原告らが本件給与減額支給措置に対して特段の異議を述べず、減額された給与を受領していたという事実が存するとしても、このことのみをもって、同人らが本件特例規程につき合意していたと認めることはできないというべきであり、他にも、同人らが本件特例規程につき合意していたことを示す客観的な証拠は存しない。

したがって、原告X3を除く原告らが本件特例規程に対して合意していたとは認められない。

3  争点(2)ア(被告が本件特例規程を教職員に周知させていたか否か)について

(1)  改定前の本件特例規程について

ア(ア)前記認定事実記載のとおり、被告は、平成24年7月27日、同日制定された本件特例規程を被告ホームページに掲載し、また、同日、被告総長は、本件特例規程の適用対象となる教職員全員に対して、本件特例規程が制定された旨をメールで通知したことが認められる。

そうすると、原告らを含む教職員は、これらによって本件特例規程の存在及び内容を知り得る状態に置かれていたというべきである。

(イ)そして、本件特例規程の内容は、別紙3関係規程及び関係法令に記載のとおり、俸給月額に対して同規程に一義的かつ明白に規定された減額率を乗ずることなどにより給与を減額することを主な内容とするものであり、教職員は、本件特例規程の規定それ自体のみによっても自身に適用される労働条件の変更の概要を理解できるものといえる。

そうすると、上記メールによる通知と本件特例規程の被告ホームページへの掲示によって、教職員は、平成24年8月1日から実施される給与減額支給措置の具体的内容についても知り得る状態に置かれていたものと評価することができる。

(ウ)以上によれば、被告は、原告らを含む教職員に対して、改定前の本件特例規程について、これを周知させる手続を採っていたものと認めるのが相当である。

イ(ア)原告らは、全ての教職員が、日々、メールやホームページに目を通している訳ではないと主張するが、一般的に、労働契約法10条における「周知」とは、使用者が周知させる手続を採っていたか否かという問題であり、労働者が現実に就業規則の変更の存在や内容を認識しているか否かは問題とならないと解されているのであって、上記事情は結論を左右するものではない。

(イ)また、原告らは、上記メールによる通知は、本件給与減額支給措置の実施直前であったことから、原告らには不服を申立てる時間的余裕がなく、その手段も存在しなかった旨主張する。

しかし、就業規則又はその変更が労働者の労働契約内容を規律するための要件として労働者への周知が求められているのは、これに労働契約内容を規律する効力を与える以上、それを法規範として適用対象となる労働者に周知させていたことが必要であるという趣旨から出たものであり、当該労働者における不服申立ての便宜は少なくとも第一次的な目的ではないと解されるから、上記事情は、本件特例規程の合理性の検討において考慮されることはあり得るとしても、周知の要件との関係においては、これが上記結論に消長を来すことはないというべきである。

(ウ)以上によれば、原告らの主張するところは、いずれも上記認定を覆すには足りない。

(2)  改定後の本件特例規程について

前記認定事実記載のとおり、被告は、本件特例規程が改定される以前の平成25年3月19日に、被告ホームページにおいて、本件特例規程が改定される予定である旨を掲示し、同月27日、本件特例規程が改定された後、被告は、改定後の本件特例規程を被告ホームページに掲示するともに、本件特例規程が改定された旨も被告ホームページに掲載した。

上記(1)に述べたところと同様に、上記各通知及び改定後の本件特例規程の被告ホームページへの掲示によって、原告らを含む教職員は、本件特例規程の存在及び内容並びにこれに基づく給与減額支給措置(平成25年4月1日から平成26年3月31日までの期間のもの)の具体的内容を知り得る状態に置かれていたというべきである。

したがって、被告は、原告らに対して、改定後の本件特例規程についても、これを周知させる手続を採っていたものと認められる。

4  争点(2)イ(本件特例規程による給与規程の変更が合理的なものであるか否か)について

(1)  本件特例規程の制定及び改定の必要性について

ア 本件特例規程の制定について(国家公務員の給与減額支給措置、国からの要請等について

a(a)前記前提事実及び前記認定事実記載のとおり、平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震を契機として東日本大震災が発生したものであるが、政府は、同年6月3日及び同年10月28日、我が国の厳しい財政状況及び東日本大震災に対処する必要性に鑑み、国家公務員の給与減額支給措置を実施する法律案を国会に提出することとし、また、国立大学法人等の役職員の給与については、法人の業務や運営の在り方等その性格に鑑み、法人の自律的・自主的な労使関係の中で、国家公務員の給与見直しの動向を見つつ、必要な措置を講ずるよう要請する旨を閣議決定して、さらに、平成24年3月8日には、文部科学省大臣官房長の事務連絡という形式で、各国立大学法人学長に対して、上記閣議決定にいう必要な措置を講ずることを要請する旨を通知した。

そして、国家公務員給与臨時特例法に基づき、平成24年4月1日から、国家公務員の給与減額支給措置が実施されたものであるが、同年5月11日には、C副総理から、国立大学法人等において「必要な措置」への対応が遅れており、国立大学法人では対応済みのものが10程度にとどまっている旨、所管大臣にその対応状況について確認するよう要請した旨の指摘があり、また、同日、D財務大臣からは、国家公務員は給与減額を実施したので、公的部門全体でこれに倣ってもらいたい旨、次の予算編成の際には、国家公務員の給与減額と同等の割合による給与減額に相当する額を運営費交付金等から減額したい旨の言及があり、これらを踏まえて、同月29日には、文部科学省高等教育局長から被告を含む各国立大学法人宛に速やかな対応を要請する事務連絡が発出されたものである。

以上のような状況、特にD財務大臣による上記発言の具体的内容を踏まえれば、ここにいう「必要な措置」とは、国家公務員において東日本大震災への対処等を目的として国家公務員給与臨時特例法の制定による給与減額が行われたことに鑑み、公的部門としての性格を有する国立大学法人においても、国家公務員の給与減額と同等の人件費削減の実施を要請するものであったものと認められ、被告を含む国立大学法人は、遅くとも平成24年5月頃には、国によるこのような要請を明確に認識するに至ったものと認められる。

そして、遅くとも平成24年9月までには、被告を含む全国の国立大学法人全てが給与減額支給措置を開始するに至った。

(b)ところで、被告は、平成16年4月1日施行の国立大学法人法によって、「a大学」を設置する国立大学法人として設立されたものであり、これ以前は、同大学は、国が国立学校設置法に基づき設置していた「a1大学」であった。

国立大学法人法においては、一方において、国は、国立大学における教育研究の特性に配慮しなければならないとされている(同法3条)ものの、他方で、必要があると認める場合に、国立大学法人に対して、追加して出資をすることができ(同法7条2項)、国立大学法人の業務の財源に充てるために必要な金額を交付することができる(同法35条が準用する独立行政法人通則法46条)ものとされている。

このような国立大学法人の本質的な性格や国との関係に照らして、国立大学法人法においては、国立大学法人の職員の給与及び退職手当については、「当該国立大学法人の業務の実績を考慮し、かつ、社会一般の情勢に適合したものとなるように定められなければならない」(平成26年法律第67号による改正前の同法35条が準用する同改正前の独立行政法人通則法63条3項)と定められている(なお、平成26年法律第67号による独立行政法人通則法及び国立大学法人法の改正により、国立大学法人の役員の報酬及び教職員の給与等を定める際には、国家公務員の給与等を考慮要素とすべきことがより明確に規定されるに至っている。)。そして、これを受けて、原告らを含む教職員に適用される被告の給与規程においては、「当分の間、俸給表の月額及び手当の額は国家公務員の例に準拠するものとし、改訂があった場合は、それらの改訂についても同様とする」ことが定められており(同規程附則2項)、この規定は、上記国立大学法人法における国立大学法人の職員の給与等に関する規定と同趣旨によるものであることが明らかであって、合理性を有するというべきである。

そうすると、上記のとおり、被告の教職員の給与を「社会一般の情勢に適合したものとなるように」すべきという国立大学法人法の規定や「国家公務員の例に準拠する」ものとすべきという給与規程の規定が存在している以上、被告としては、特段の事情がない限り、これらの規定を誠実に執行する必要があるということができ、これらの規定自体が、被告のいう社会的責任すなわち公的性格を有する被告が国民に対して負う責任を、教職員の給与という面で具現化したものであるとも解されることから、国家公務員給与臨時特例法に基づいて国家公務員の給与減額が実施されたことのみによっても、これに沿うような対応を採るべき一定の必要性が生じることとなるというべきである。

本件においては、これに加えて、上記のように、国から、国立大学法人の公的部門としての性格に鑑み、国家公務員の給与減額と同等の人件費の削減を実施すべきことが明確に要請されており、また、これらの状況に鑑みて、平成24年4月から給与減額を実施する国立大学法人も現れ始めていたことからすれば、社会一般情勢に照らして、被告は、平成24年5月頃には、国家公務員の給与減額に沿う対応がより強く求められる状況に置かれていたということができる。

そして、本件において、教職員の給与を社会一般の情勢に適合させるべきでない、又は国家公務員の例に準拠させるべきではないという特段の事情を見出すことはできないことを踏まえれば、被告においては、遅くとも平成24年6月頃以降には、教職員の給与が、社会一般の情勢に適合したものとなるように、又は国家公務員の例に準拠するものとなるように、一定の減額を実施すべき高度の必要性が存したものと認められる。

b(a)原告らは、国による要請は、被告に給与減額支給措置を講ずることを強制するものではなかったのであるから、本件給与減額支給措置の高度の必要性を基礎づけるものとはなり得ない旨主張する。

しかしながら、証人Eは、国による要請が事実上の強制であったと述べるところ、その趣旨は、被告が国からの運営費交付金を受ける公的機関であること、そのような立場にある被告が国からの要請に応じないことは公的機関としての社会的責任を放棄するものであること、他の国立大学法人にも教職員の給与減額の実施を開始しているところもあることなどの事情を考慮すれば、国による要請に起因して、被告においては給与減額支給措置を講ずるという判断をせざるを得ない状況に至ったというものと解されるのであって、国による要請自体は給与減額支給措置を強制するものではないとしても矛盾を生ずるものではない。

(b)また、原告らは、被告が本件給与減額支給措置を実施しなかった場合の圧力や批判の内容が結局不明瞭であり、このような圧力や批判があり得ることも本件給与減額支給措置の必要性の根拠とならないと主張するが、上記aで述べたところを踏まえれば、被告が本件特例規程を制定した平成24年7月当時、教職員の給与減額を実施しなければ、国からの更なる要請や社会一般からの批判を受けると想定していたことは十分是認できるところであり、これが仮定的な議論であることからすれば、その内容が一定程度不明瞭であることもやむを得ないというべきであって、また、このような不明瞭性があるからこそ、被告のなすべき行為を明確化するために上記a(b)記載の教職員給与に関する国立大学法人法及び給与規程の各規定が設けられていると解することもできるのであって、上記のような事情によって、教職員の給与減額の必要性が否定されるものではないというべきである。

(c)さらに、原告らは、社会一般に貢献する学問及び研究を行う被告の教職員は給与減額には値しない存在であって、給与減額を行わないことこそが公益に資するものであり、被告の裁量によって、そのような判断も可能であったと主張するが、上記a(b)記載の国立大学法人法及び給与規程の各規定は、国立大学法人にける職員又は被告の教職員が教育、研究等に従事する者であることを当然の前提として踏まえた上でも、なおその給与につき一定の制約を受けるべきものと定めているのであるから、そのことが、本件において、被告の教職員の給与を社会一般の情勢に適合させるべきでない、又は国家公務員の例に準拠させるべきではない特段の事情に当たるものであると評価することはできない。

(d)以上のとおりであるから、原告らの主張するところは、いずれも上記認定を覆すには足りない。

(イ) ②運営費交付金の削減について

a これと同時に、被告は、国からの運営費交付金が削減されることによって、財政上も本件給与減額支給措置を講じざるを得ない状況にあった旨主張する。

しかしながら、前記認定事実記載のように、運営費交付金がこの交付を受けた各国立大学法人の裁量において、物件費、人件費等の使途を区分できるいわゆる「渡し切り」の性質のものであること、目的積立金の使途を定める中期計画は、これを変更することも可能であること、平成24年度の運営費交付金の約28億円の削減に対しては、実際には、約6億円が本件給与減額支給措置による人件費からの削減、約10億円が部局負担、約12億円が被告全体の経費からの削減によって対応されたものであるところ、人件費以外の負担部分を約22億円にとどめなければならなかったと認めるに足りる証拠はないことなどに照らせば、被告としては、国家公務員給与臨時特例法と同等の減額率による人件費削減相当額が運営費交付金から削減されるという状況に直面したとしても、給与減額を実施せずとも、又は本件給与減額支給措置よりも低い減額率での給与減額によっても、これに対処し得た可能性があることは否定できないというべきである。

b しかしながら、被告は、上記(ア)aにおいて認定したとおり、国家公務員給与臨時特例法により国家公務員の給与減額が実施されていたこと、国から国家公務員の給与減額と同等の人件費削減を実施することが再三要請されていたこと、平成24年4月から給与減額を実施する国立大学法人もあったことなどの状況に照らして、被告教職員の給与は、社会一般の情勢に適合し、国家公務員に準拠するように定めるべきとの国立大学法人法及び給与規程の各規定に基づき、教職員の給与減額の実施を決定したものであって、そうであれば、上記事情の下で教職員の給与減額を実施すべきか否かということと他に財源確保の方法があるか否かということは次元の異なる問題であるといわざるを得ない。

そうすると、上記のとおり、被告が、人件費の削減以外の方法によって運営費交付金の削減に対処できる財政状況であったとしても、そのことをもって、上記で認定した給与減額を実施する必要性が否定ないし減殺されるということにはならないというべきである。

(ウ)小括

以上述べたところによれば、被告においては、遅くとも平成24年6月頃以降には、教職員の給与減額を実施すべき高度の必要性が存したものと認められる。

イ 本件特例規程の改定について

(ア)上記アで述べたとおり、被告が教職員の給与減額を実施した直接的な根拠は、結局のところ、被告の教職員給与に関して、これを「社会一般の情勢に適合したものとなるように」すべきという国立大学法人法の規定及び「国家公務員の例に準拠する」ものとすべきという給与規程の規定に帰着するというべきである。

そして、前記前提事実及び認定事実記載のとおり、国家公務員給与臨時特例法においては、これに基づく国家公務員の給与減額は平成26年3月31日まで実施されるものと定められていた(同法9条)のであって、また、後方視的にみて運営費交付金の削減分が現実には震災復興に用いられていないという事情が仮に存するとしても、平成25年3月5日に開催された団体交渉での被告の発言等に照らせば、被告において、そのような事情を確定的に認識するには至っていない状況であったものと認められ、本件特例規程の改定の時点においても、上記の本件特例規程の制定以降に、被告の教職員給与を社会一般の情勢に適合させるべきでない、又は国家公務員の例に準拠させるべきではないという特段の事情が新たに生じたことを窺わせる事情は存しないというべきである。

したがって、被告においては、平成25年度(平成25年4月1日から平成26年3月31日まで)についても、従前に引き続き教職員の給与減額を実施する高度の必要性があったと認めるのが相当である(被告における財政上の問題がこの結論に消長を来すものではないことは前述のとおりである。)。

(イ)そうすると、被告においては、本件特例規程の改定に当たっても、平成25年度も従前に引き続き教職員の給与減額を実施する高度の必要性があったものと認められる。

(2)  本件特例規程により教職員が受ける不利益の程度、本件特例規程の相当性等について

ア 検討対象について

本件は、就業規則を改定することにより、旧来の制度を変更し、若しくは廃止し、又は新たな制度を導入することにより、間接的に労働者に労働条件の不利益変更が生ずるという事案ではなく、就業規則(給与規程)の特例に当たる本件特例規程において、直接的に労働条件の不利益変更が規定されているという事案であるから、本件特例規程により教職員が受ける不利益の程度の検討と本件特例規程の相当性の検討とは軌を一にするものであるといえ、したがって、これらを一体として検討することとする。

イ 本件給与減額支給措置による不利益の程度について

(ア)本件給与減額支給措置は、本件特例規程の改定前後を通じると平成24年8月1日から平成26年3月31日までの1年8か月間にわたり、教職員の俸給月額を俸給表、職種、職務の級又は号俸等に応じて、4.35%、2.50%、1.00%減額するというものであり、本件特例規程に基づき、原告らそれぞれについて、別紙2減額された俸給額記載のとおり、俸給月額が減額された。

(イ)一般的に、給与が労働者にとって重要な権利であって、給与減額は、他の労働条件の変更よりも労働者に直接的な不利益を生ずるものであることはいうまでもなく、原告らの中で最も多額の減額がなされた者の減額分は、上記1年8か月の期間の俸給月額並びに期末手当及び勤勉手当の合計で75万0536円に上り(原告X4〔番号96〕)、これ自体が絶対額として軽微なものであると評価することは相当ではない。

(ウ)しかしながら、本件は、一私企業が経営上の必要性から給与減額を実施したというような事案ではなく、上記のとおり、被告を含む全国の国立大学法人が、国家公務員の給与減額を契機として、ほぼ一斉に教職員の給与減額を実施したという極めて特殊な事情を有する事案というべきであるから、原告らにおいて生じた事情のみによって本件給与減額支給措置による不利益の程度を検討することは相当でなく、上記の特殊事情を十分に斟酌しなければならない。

まず、前記前提事実記載のとおり、国家公務員の給与については、国家公務員給与臨時特例法に基づき、平成24年4月1月から平成26年3月31日までの2年間にわたり、俸給表及び職務の級又は号俸に応じて、9.77%、7.77%、4.77%の減額がなされた。そして、被告を含む全国の国立大学法人の状況については、遅くとも平成24年9月までには全ての国立大学法人が教職員の給与減額を実施しており、各国立大学法人の実施した給与減額に係る減額率(平成24年度のもの)は、別紙4<省略>国立大学法人平成24年度給与削減率のとおりである。

すなわち、本件給与減額支給措置は、国家公務員給与臨時特例法に基づく国家公務員の給与減額に準拠してなされたものであるが、その実施期間は国家公務員の給与減額の実施期間よりも4か月短く、その減額率は、国家公務員の給与減額に係る減額率と比較して、上記各区分において2分の1以下、3分の1以下、4分の1以下の値であることが認められる。また、全国の国立大学法人全86法人についてみると、国家公務員の給与減額に係る減額率と等しい減額率を採用した国立大学法人が全体の約9割に当たる77法人(同別紙において減額率の記載がないもの)に上り、国家公務員の給与減額に係る減額率より低い減額率を採用した国立大学法人は9法人(同別紙において減額率の記載があるもの)にとどまっており、しかも、この9法人の中でも、被告が本件給与減額支給措置において設定した減額率は、東京大学とともに最も低い水準であった(被告は、上記の3つの減額率の区分のうち2つの区分につき最も低い値を採用し、残りの1つの区分につき東京大学に次いで低い値を採用している。)ことが認められる。

そうすると、本件給与減額支給措置において原告らに生じる不利益の程度は、同措置の契機となった国家公務員の給与減額と比較しても小さいものにとどまっているといえるのみならず、概ね被告と同様に教職員の給与減額の必要性に直面していたと考えられる他の国立大学法人と比較しても、極めて小さいものにとどまっているというべきであって、むしろ、本件給与減額支給措置における減額率が全国の国立大学法人の中で最も低い水準に設定されていることに照らせば、被告においては、これら国立大学法人の中で、最も教職員への配慮がなされているとも評価し得るというべきである。

(エ)原告らは、原告らの給与水準がそもそも国家公務員や私立大学教員と比較して低い、本件給与減額支給措置によって、教育研究にも支障が生じていることなどを主張するが、上記のように、被告においては、教職員の給与減額という必要性に直面しながらも、教職員の負担をできる限り緩和するような対応が講じられており、かえって、国立大学法人の中でも最も優遇された状況にあるともいえるのであって、原告らに上記のような問題が生じているとしても、それは本件給与減額支給措置による不利益の程度の埒外の問題であるといわざるを得ない。

ウ 不利益緩和のための労働条件の改善、代償措置等について

(ア)さらに、被告において、本件給与減額支給措置を実施するに当たり、教職員に生ずる不利益を緩和するための労働条件の改善について検討すると、被告は、本件特例規程が制定される直前の平成24年7月23日に開催された職員組合との団体交渉の場においても、代償措置の提案はないとの態度を明示しているのであって、被告が本件訴訟において本件給与減額支給措置の代償措置であると主張する各制度(夏季一斉休業、リフレッシュ休暇、昇給号俸の回復措置、職責調整手当)は、その内容及び導入の理由等に照らしても、いずれも本件給与減額支給措置の直接的な代償措置として導入されたものとは認められない(証人E及び証人Fも本件給与減額支給措置に対する代償措置は講じられていない趣旨の証言をしている。)。

もっとも、夏季一斉休業の制度については、平成25年度から新しく導入されたものであるが、前記のとおり8月第3週の3日間を休日とするものであり、全教職員につき労働時間を現実的に減少させるものである(原告らは、夏季一斉休業が実態として機能していないと主張するが、これをうかがわせる証拠はない。)から、これらが本件給与減額支給措置に対する直接的な代償措置とまではいえないとしても、本件給与減額支給措置の対象期間中における被告における労働条件の改善に関する一事情として考慮することは可能というべきである。

(イ)また、原告らは、本件給与減額支給措置に対する代償措置を受けていないことを縷々主張するが、前述のとおり、本件給与減額支給措置においては全国の他の国立大学法人と比較して最も低い水準の減額率が採用されていたのであって、被告と同様に教職員の給与減額の必要性に直面していた極めて多くの他の国立大学法人が国家公務員の給与減額に係る減額率と等しい減額率を採用することもやむなしとする中で、被告においては、教職員の権利利益に特に配慮した上での給与減額が実施されたというのであって、本件給与減額支給措置それ自体において既に教職員に対する不利益は極力緩和されているものと評価すべきである。

エ その他の本件特例規程の相当性に関する事情について

(ア)本件特例規程所定の減額率それ自体を検討しても、俸給表及び職務の級又は号俸によって4.35%、2.50%、1.00%と3段階の累進的な数値が定められているのであって、中堅層及び若年層に十分な優遇措置を施すことによって、本件給与減額支給措置の対象とする教職員全体において実質的に公平な給与減額が図られているものといえる。

(イ)被告は、本件特例規程所定の上記減額率の計算方法として、国家公務員の給与減額に係る減額率に、被告における人件費に対する運営費交付金の割合(44.6%)を乗じ、中堅層、若年層に対しては優遇措置を講じたものであるという(人証<省略>)が、この被告の計算方法によれば、運営費交付金の削減額が減少するとかえって教職員の給与減額率が上昇するということとなる(この点は証人Eも自認するところである。)。

仮に運営費交付金の削減によって財政上も本件給与減額支給措置が必要であったというのであれば、上記計算方法によって定められた減額率を用いて給与減額を実施することは、不合理であるというべきであるが、本件においては前記のとおり運営費交付金の削減が直接的に本件給与減額支給措置の必要性を導くものとは認められないのであって、また、上記計算方法が用いられていたとしても(極論すれば、特段の計算根拠なく減額率が定められていたとしても)、結論として教職員に十分な優遇が図られていたことは否定し得ないのであるから、本件特例規程所定の減額率につき上記のような事情が存することによって、直ちに減額率それ自体が不合理であることにはならないというべきである。

(ウ)また、医学部附属病院所属の職員の一部が本件特例規程の対象外とされている点については、証人Eは、人材の不足により医療水準の低下を招くようなことがないようにこのような措置を採った旨述べるのであって、この考え方自体が不合理と断ずることまではできない上、前記のとおり被告の財政的な問題と本件給与減額支給措置とは直結しないのであるから、上記の事情が本件給与減額支給措置における原告らの不利益の程度に影響を及ぼすものであったとも認められない。

(エ)前記認定事実記載のとおり、被告においては、教職員のみならず、本件給与減額支給措置と同一の期間において、役員の給与減額が、教職員の最も高い区分の減額率と等しい4.35%の減額率をもって実施されているのであり、本件給与減額支給措置が、教職員のみに負担を課すものではないことも、本件特例規程の相当性を基礎づけるものとなり得るというべきである。

オ 小括

以上の事情に照らせば、本件特例規程は、教職員に対する不利益を与えるものではあるものの、特に、本件の特殊事情を踏まえて被告における状況を相対的にみれば、その不利益の程度は非常に限定的なものにとどまると評価すべきものであって、その他の事情をも併せ考慮すれば、本件特例規程は十分な相当性を有するものと認められる。

(3)  職員組合との交渉の状況について

ア 次に、被告と職員組合との団体交渉等の状況についてみる。

本件特例規程の制定(平成24年7月27日)に至るまでに本件給与減額支給措置に関する団体交渉は4回(同年6月5日、同年7月11日、同月18日、同月23日)開催され、その具体的内容は前記認定事実に記載のとおりであるが、被告は、同年6月5日の団体交渉においては、文部科学省が発出した2通の事務連絡及び2閣僚の各発言骨子を参考資料として配布した上で、国家公務員の給与減額に相当する額の給与減額を実施する方向で検討していることを説明し、同年7月11日の団体交渉においては、予定される給与減額の減額率が記載された参考資料を配付した上で、震災復興に向けての財源確保のため被告が果たすべき役割を適正に遂行すると同時に、教職員のモチベーション維持等に配慮して、自主・自律的な対応を行うこととするために、給与減額を実施するものの、その減額率は国家公務員給与臨時特例法所定の減額率から大幅に引き下げたものとすることなどを詳細に説明し、さらに、被告は、同月18日及び同月23日の各団体交渉においては、職員組合からの質問事項に対して、個別に回答する形式で本件給与減額支給措置の説明を行うなどしていたことが認められる。また、本件特例規程の改定(平成25年3月27日)に至るまでには、被告と職員組合との間で2回の団体交渉(同月5日、同月15日)が開催され、その具体的内容は前記前提事実に記載のとおりであるが、被告は、各団体交渉においては、平成25年度も引き続き給与減額を実施することとした理由、運営費交付金の交付状況を説明するなどしていたことが認められる。

これらの事情に照らせば、被告は、上記各団体交渉を通じて、職員組合に対して、本件給与減額支給措置の制定及び改定に当たって、それぞれその必要性を十分に説明し、これへの理解を求める働きかけを継続して行っていたものと評価できる。

イ 原告らは、財政上の必要性について具体的な説明がなかったというが、前記認定事実記載の被告と職員組合との団体交渉の席における被告の説明内容を踏まえると、被告は、財政上の必要性を本件給与減額支給措置の第一次的な理由としなかったものと認められ、そうすると、被告から、財政上の必要性の点について各団体交渉において説明された以上のものが提示されなかったとしても、これをもって被告の交渉態度が不誠実であったということはできない。

また、原告らは、本件給与減額支給措置に係る減額率の根拠につき具体的な説明がなかったというが、被告は、平成24年7月23日に開催された団体交渉の席上で、前記のとおり、本件給与減額支給措置における減額率である4.35%等の根拠について具体的に説明しており、同団体交渉の経過を報告した職員組合作成の広報誌である職員組合ニュース(平成24年7月24日発行のもの〔書証<省略>〕)にも、減額率の根拠につき、「臨時特例法での減額率を京大財政における運営費交付金依存率(約42%)で除して得た数値を基本とし、中間層、若手層については、モチベーション維持の考慮から、減額率をさらに圧縮し中間層を2.5%、若手層を1%とする。(中略)という説明がされました。」と被告の説明と同旨の記載がなされているのであって、その計算方法の妥当性はともかく、減額率の根拠について具体的な説明がなかったということはできない。

(4)  その他の事情について

ア 本件特例規程の制定及び改定の手続等について

前記認定事実記載のとおり、本件特例規程の制定及び改定に当たっては、部局長会議、教育研究評議会、経営協議会において、その内容が審議され、了承を得た上で、最終的に役員会で決議されている。

部局長会議、教育研究評議会、経営協議会は、前記認定事実記載のとおり、設置の趣旨や目的が異なり、構成員が異なるとともに、これらの会議の構成員には被告の役員ではない教職員等も一定数含まれるのであるから、上記のとおり、役員会に至るまでに各会議の審議、了承を経ていることに照らせば、学内の比較的広い意見が反映されているとみることもできる。

イ 教職員個人との関係

原告らは、本件特例規程の制定及び改定の過程において、被告が全教職員を対象とした説明会を一度も開催していないことを指摘しており、確かに、全教職員を対象とした説明会を実施することが望ましいものであったとはいえるものの、上記のとおり、複数の会議において審理が重ねられ、職員組合との団体交渉も繰り返された上で、本件特例規程の制定及び改定に至っているものであるから、上記の説明会が実施されていないからといって、直ちに本件特例規程の合理性が否定されることにはならない。

(5)  本件特例規程による給与規程の変更の合理性について(総括)

以上のとおりであるから、本件特例規程は、教職員の給与が、社会一般の情勢に適合したものとなるように、又は国家公務員の例に準拠するものとなるように一定の減額を実施すべき高度の必要性が存したことによって制定及び改定されたものであって、これによって原告らを含む教職員に生ずる不利益も、特に他の国立大学法人と比較すれば限定的なものにとどまっていることなどに照らせば、それ自体相当性を有するというべきものであり、また、その制定及び改定に当たっては、職員組合との十分な団体交渉が繰り返されているのであって、これらの事情を総合的にみると、本件特例規程による給与規程の変更は、合理的なものであると認めるのが相当である。

5  結論

以上によれば、本件特例規程は、被告が同規程を原告らに周知させており、かつ、同規程による給与規程の変更は合理的なものであると認められるから、同規程に合意していない原告らとの関係においても、労働契約法10条により、その労働条件が本件特例規程に定めるところによるものとなると認められる。

したがって、原告らの請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀内照美 裁判官 髙松みどり 裁判官 渡邊毅裕)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例