京都地方裁判所 平成25年(ワ)3912号 判決 2015年5月15日
本訴原告・反訴被告(以下「原告」という。)
X
同訴訟代理人弁護士
村井豊明
同
日野田彰子
本訴被告・反訴原告(以下「被告」という。)
Y
同訴訟代理人弁護士
高田良爾
同
山下良
主文
一 原告は、被告に対し、別紙物件目録<省略>記載二の建物のうち二階北側扉部分に原告が設置した鍵を撤去せよ。
二 原告は、自ら又は第三者をして、別紙物件目録<省略>記載二の建物のうち二階北側扉部分に施錠し又は二階北側壁面に設置されている換気口を塞ぐなどして、被告の同建物二階部分の使用を妨害してはならない。
三 原告は、被告に対し、一一万円及びこれに対する平成二六年六月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告の本訴請求を、いずれも棄却する。
五 被告のその余の反訴請求を棄却する。
六 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、鑑定に要した費用は原告の負担とし、その余の費用はこれを一〇分して、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
(本訴請求)
一 被告は原告に対し、別紙物件目録<省略>記載二の建物のうち、別紙図面<省略>中二階平面図赤斜線部分を明け渡せ。
二 被告は、原告に対し、平成二五年三月一日から第一項の明渡しまで一か月五〇万円の割合による金員を支払え。
三 仮執行宣言
(反訴請求)
一 原告は、被告に対し、別紙物件目録<省略>記載二の建物のうち二階部分に原告が設置した鍵を撤去せよ。
二 原告は、自ら又は第三者をして、別紙物件目録<省略>記載二の建物のうち二階部分に施錠し又は同部分に設置されている換気口を塞ぐなどして被告の同部分の使用を妨害してはならない。
三 原告は、被告に対し、一一〇万円及びこれに対する平成二六年六月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要等
一 事案の概要
本件は、別紙物件目録<省略>記載二の建物(以下「本件建物」という。)を所有する原告が、同建物の二階部分のうち別紙図面<省略>赤斜線部分(以下「本件店舗部分」という。)を占用使用している被告に対し、所有権に基づく明渡し及び賃料相当損害金の支払を求め(本訴請求)、被告が、被告には本件店舗部分の使用借権があるとして、不法行為に基づき、同部分の被告の使用に対する原告の妨害行為の排除及び将来にわたる禁止並びに妨害行為により生じた損害の賠償を求める(反訴請求)事案である。
二 前提事実(当事者間に争いのない事実、書証及び弁論の全趣旨により明らかに認めることのできる事実)
(1) 当事者等
ア A(昭和二七年生。以下「A」という。)は、B(大正四年生。以下「B」という。)とその妻Cの間の三男である。
イ Cは昭和四四年に死亡し、Bは、昭和五八年六月七日、原告(昭和二六年生)と再婚した。
ウ Bは、平成一九年一月一〇日、死亡した。
エ Aは、昭和六一年に被告(昭和二九年生)と婚姻し、平成二五年三月一日、死亡した。
(2) 本件建物の利用関係等
ア Bは、昭和四一年、別紙物件目録<省略>記載一の土地上に本件建物を新築し、同建物を所有していた。
イ Bは、もと、本件建物の一階及び二階で料理店(焼肉店)を経営しており、Cの死亡後は、原告と共に、本件建物の三階部分に居住していた。
Bが経営していた焼肉店は、その後、本件建物の一階部分のみに縮小され、二階部分は使用されないままとなっていた。
ウ Aは、平成元年頃から、被告と共に、京都市下京区○○(以下「○○」という。)の賃借店舗においてそば屋を営業していた。
Aは、平成八年ころ、Bの名義で金融機関から合計四五〇〇万円を借り入れて本件建物を改装し、○○のそば屋を同建物の二階に移転した。
エ Bは、平成一四年頃に焼肉店を閉店し、以後は建物一階部分を第三者に賃貸した。
オ Bは、平成一〇年一一月三〇日、本件建物及びその敷地を含む所有不動産を、原告に相続させることを内容とする公正証書遺言を作成した。
三 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 被告が占有する建物の所有権が原告に帰属しているか
(原告の主張)
原告は、Bの死亡により、公正証書遺言に基づき、本件店舗部分を含む本件建物全部の所有権を取得した。
被告の主張を争う。
(被告の主張)
被告が占有する建物は新築建物(大改装による新築)であり、登記簿上の建物(本件建物)との間に同一性がない。
被告が占有する建物は原告の所有ではなく、被告の所有である。
(2) 本件店舗部分のAの使用借権につき、Aの死亡に関わらず使用貸借関係が継続する特段の事情があるか
(被告の主張)
仮に被告が占有する本件店舗部分を含む本件建物の所有者が原告であるとしても、以下のとおり、原告とAとの間の使用貸借はAの死亡により終了せず、原告と被告との間で、本件店舗部分につき使用貸借契約が存続し、継続している。
ア 民法五九九条はもともと個人的な人間関係に基づきいわば借家人一代限り使用を認めるような事例を想定して規定されているのであって、建物の使用を認めるに当たって特段の事情があり、借主の死亡によっても建物の使用収益に必要な期間が経過したものと認めることはできない場合には、使用貸借契約は終了せず、存続しているものと判断すべきものである。
イ 本件では、以下のとおりの特段の事情がある。
(ア) Aは、平成元年頃、改装費用及び什器備品費用として約一四〇〇万円の出費をして、○○でそば店を開業した。同店舗は席数が約二五名であり、場所柄顧客も多かった。
(イ) Bは、Aの経営する店舗をしばしば訪れ、祇園で開業しないかと勧め、父思いのAは祇園に移転することを決意した。
(ウ) 本件建物は老朽化していたことから、本件建物で店舗を開店するには大改装をする必要があった。本来はAが入店する本件店舗部分のみの改装でよかったが、Aは、Bが店舗として使用している一階及びBが居住する三階も大改装するに至り、改装工事費用合計四三二一万六四二一円を支出した。
Bは自己資金が全くなく、既に八一歳と高齢であり金融機関から融資を受けることができなかったので、○○でそば店を経営していたAがその実質において金融機関に返済をするという話を持ち込み、京都銀行本店から四五〇〇万円を借り入れた。本件建物及び敷地の名義がBであったことから、Bが借主、Aが連帯保証人となった。この借入金に京都信用保証協会の保証料及び支払利息を加算すると、Aが負担した額は合計五七三四万〇八五三円となる。
Aが本件建物の改装費用をBに贈与する代償として、Aが本件店舗部分を無償にて借り受けるという使用貸借契約が成立している。
(エ) 被告は、○○のそば屋をAと共同で経営し、本件店舗部分に移転後も、Aと共同で経営に関与していた。Aが死亡後に店舗に入り込んだものではない。
(原告の主張)
ア Bは、平成八年、Aに対し、本件店舗部分を無償で貸した(使用貸借契約の成立)。
イ Bは平成一九年に死亡し、原告が使用貸借の貸主の地位を相続した。
ウ Aは、平成二五年三月一日に死亡し、本件店舗部分の使用貸借契約は終了した(民法五九九条)。
エ 以下のとおり、使用貸借契約が終了しない特段の事情は認められない。
(ア) ○○のそば屋の移転を持ちかけてきたのはAの側であり、Bが本件店舗部分を貸すことに消極的であったことから、Aが本件建物の改装費用を負担するという話を持ちかけ、Bの了解を取り付けたというのが真実である。B名義で改装費用の借入れを行ったのは、Aに見るべき資産がなかったために融資を受けられなかったためであり、形式的にB名義で借入れを行い、実質的にはAが返済していくという約束になったのである。
(イ) 本件建物の改装費用には、そば店の開店に要した費用が多分に含まれており、少なくとも同費用については、Aが負担すべくして負担したものにすぎない。
(ウ) Aが本件建物の改装費用を全額負担することがきっかけで、本件店舗部分が賃貸借ではなく使用貸借となったことは被告も認めている。問題は、Aがローンを完済した後も、将来にわたって使用貸借を継続することが当事者間の合意であったかということにある。本件店舗部分の適正賃料は二七万円であるところ、Aの毎月のローン返済額は二二万円であったから、改装費用のローンを完済するまでの間、改装費用を負担する代わりに賃料負担をなくし、使用貸借とするというのは合理的な考え方であり、当事者の意思として十分に説明可能である。しかしながら、それを超えて、ローン完済後も永続的に使用貸借を継続するということは、Bの負担があまりにも重すぎるのであって不合理である。
経済的観点から見ても、Aが本件店舗部分の使用を開始した平成八年七月から死亡した平成二五年三月一日までの二〇一か月間に支払を免れた賃料は五四二七万円であるのに対し、Aが支払ったローン等合計五七三四万〇八五三円のうち二四九四万六四二三円はA自身が負担すべき費用であることを考えれば、Aは、Bのために支払った費用を上回る賃料を免れていたことは明らかである。したがって、A死亡後も永続的に使用貸借契約を継続させる経済的合理性はなく、Bがそのような不合理な内容に合意したとも考え難い。
Bは原告に本件建物を含むすべての不動産の所有権を原告に相続させる旨の公正証書遺言を作成している。もし、Bが、本件店舗部分をAのそば店が存続する限り半永久的に使用貸借させるなどという重い負担を了解していたのであれば、当然、原告にも同負担を継続させるべく、本件店舗部分の使用貸借を条件とする負担付遺贈にしていたはずであるが、上記公正証書遺言にそのような記載はない。
(3) 原告の不法行為の成否及びその損害
(被告の主張)
ア 原告は、
① 平成二六年五月三〇日頃、本件店舗部分北側の厨房に設置されている扉(以下「本件扉」という。)の外側から施錠し、この扉からの出入りができないようにした。
② 同月二五日頃、本件店舗部分北側の厨房に設置されている換気口にカラービニールを被せるなどして、換気口の使用を妨害した。
③ 平成二五年三月頃から、
a 本件店舗部分の店舗入り口に植木鉢を置く、
b 営業中の看板を裏返しにする(準備中あるいは定休日の意味となる。)
行為を行った。
イ 原告の上記ア①ないし③の行為は、被告が本件店舗部分を平穏に使用することを妨害するものであり、違法である。
ウ 原告の不法行為により被告は精神的苦痛を味わい、その価額は、金銭に評価すると少なくとも一〇〇万円を下回らない。
また、弁護士費用として一〇万円を要した。
エ よって鍵の撤去、妨害の差止及び損害賠償を求める。
オ 本件扉は本件店舗部分の一部を構成している。本件扉の内側は厨房であり、換気が特に必要となる箇所であり、本件扉の開閉は換気のために必要である。また、非常用の出入口ともなるし、外側(階段側)の換気口(四か所)を掃除するためには扉の開閉が必要になる。
(原告の主張)
ア 被告の主張ア①は認める。
しかし、本件建物の北側にある階段(裏階段)を使用するのは三階に居住する原告のみであり、裏階段から路地に出るための本件建物西側裏口の鍵も原告しか所持していないから、被告は裏階段に通ずる本件扉を使用する必要性はない。
原告が本件扉に鍵等を設置したのは、被告が、本件扉外にある裏階段の二階踊り場に油缶、卵の箱、ビールケース、ぞうきん、アルバイト従業員の私服や靴、かばんなどを置き、アルバイト従業員が休憩中に裏階段に座って休憩し、タバコを吸うなどの非常識な行動をとることも許容して、本件店舗部分の一部であるかのように占有使用し、原告の裏階段の通行を妨害したからである。
原告は、被告に対し、何度も二階踊り場付近に物を置くことや、アルバイト従業員に使用させることを止めるよう求めたが、被告がこれを無視したため、やむなく本件扉に外鍵等を設置して二階踊り場部分を使用できないようにしたものである。
したがって、被告には本件扉を通って裏階段を使用する必要性がないうえ、原告が本件扉に外鍵等を設置したことにはやむを得ない事情があったから、原告の行為は違法な妨害行為ではなく、不法行為には当たらない。
イ 同ア②は、原告が平成二六年五月二七日頃、「排気口」にカラービニールを被せたという意味であれば認める。
ただし、被告も自認するとおり、翌二八日には被告がカラービニールを撤去して原状回復をしており、現状もそのままである。
他方、原告が、「大一ツ 給湯口」及び「小二ツ 店内換気の排気口」にビニールテープを貼ったという意味であれば否認する。
ビニールテープを貼ったのはAであり原告ではない。ビニールテープは古く汚れており、最近貼られたものではないことは明らかである。
ウ 同ア③は否認する。
エ 同イないしエは、いずれも争う。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(被告が占有する建物の所有権が原告に帰属しているか)について
(1) 弁論の全趣旨、証拠<省略>によれば、本件建物は、もとBの所有であったところ、Bは、平成一〇年一一月三〇日作成の公正証書遺言により、本件建物及びその底地である土地を原告に相続させる旨の遺言をしたこと、Bは、平成一九年一月一〇日に死亡し、原告は、本件建物を相続したことを認めることができる。
(2) 被告は、被告が本件建物に加えた大改装により、現在の建物は、もとBが所有していた建物とは同一性がなくなり、被告の所有であるとの趣旨を主張する。
しかし、証拠<省略>によれば、平成八年に行われた本件建物の改装は、昭和四一年に新築された本件建物の基礎及び構造にはほぼ手を加えておらず、主要な改装は、三階の居住部分を増築したほか、本件建物の各階を結んでいた内部階段を取り壊し、本件建物南面の路上から直接二階の本件店舗部分に入れるようにする一方、本件建物の北面に各階に至る外階段を設置し直して各階の独立性を強め、間仕切り、内装、外装、備品等を新しくしたというものであり、その内容に照らして、改装後の建物と、従前の建物との同一性を失わせるようなものであるとは認められない。
したがって、その余について判断するまでもなく、被告の上記主張は認めることができない。
二 争点(2)(本件店舗部分のAの使用借権につき、Aの死亡に関わらず使用貸借関係が継続する特段の事情があるか)について
(1) 認定事実
前記前提事実、証拠<省略>によれば、以下の事実を認めることができる。
ア Aは、平成元年頃から、被告と共に○○の賃借店舗でそば屋を営業していた。
イ Bが所有・居住し、焼肉店を経営していた本件建物は、平成八年頃、老朽化による雨漏りなどから全面的に手入れをする必要があり、二階部分は使用されていなかった。
ウ そこで、Aは、この頃、Bと相談の上、Bの名義で金融機関から金員を借り入れて本件建物を改装し、○○のそば屋を同建物の二階に移転して、その売上げで、Aが借入金を返済することとした。
エ 本件建物の改装に要した費用は、本件建物全体の改修、改築で合計三五四〇万一三六七円、一階部分のBの店の厨房機器の取替えに二一三万九三一〇円(消費税込。)、二階の本件店舗部分の厨房機器に二一五万一一五五円(消費税込。)、Aが使用するそば打ち機械に三二九万五二七九円の合計約四三〇〇万円であった。AとBは、これらの費用に充てるため、別紙物件目録<省略>記載一の土地及び本件建物に根抵当権を設定して、B名義で四〇〇〇万円及び五〇〇万円の二口合計四五〇〇万円を金融機関から借入れ、Aがその連帯保証人となった。
オ Bは、改装費用等が多額であり、借入金の返済をAが全部負担することから、Aに対して、本件店舗部分の賃料は将来にわたりいらないと述べていた。
カ Aは、平成八年一〇月から上記借入金の元利金の返済を開始した。その額は、当初は毎月元金二四万九〇〇〇円及び利息であり、平成九年四月には五〇〇万円の借入口の残元金四七三万円を繰上げ返済した。同年五月以降は、毎月元金二二万二〇〇〇円及び利息の支払を継続した。
キ Bは、平成一〇年一一月三〇日、本件建物及びその敷地並びに京都市<以下省略>所在の賃貸物件を、原告に相続させることを内容とする公正証書遺言を作成した。
ク Bは、平成一四年頃に焼肉店を閉店し、以後本件建物の一階部分を第三者に賃貸した。
ケ Aは、平成一九年(五五歳当時)に膵臓癌に罹患し、同年九月に手術を受けた。
コ その後、Aは、同年一二月二一日時点の四〇〇〇万円の借入口の残債務九三六万四〇〇〇円を自己の債務に切り替えた上で、同月二五日に元金二二万二〇〇〇円及び約定利息二万二八八〇円を支払い、平成二〇年一月に残元金九一四万二〇〇〇円を完済した。
Aは、金融機関に支払った元利金のほか、根抵当権の設定時の司法書士費用二九万三六〇〇円や、借入れに係る信用保証協会に対する保証料(合計約三三〇万円)も負担しており、Aが金融機関等に支払った総額は、元利金及び保証料を合わせ六〇〇〇万円以上になる。
サ Aが膵臓癌に罹患後は、主として被告が本件店舗部分でそば店の営業を続け、Aの死亡した後も、営業を続けている。
シ 原告は、平成二五年三月一日にAが死亡後、同月二七日付けで、被告に対し、使用貸借の終了を理由として明渡しを求め、権利金五〇〇万円、賃料五〇万円の条件であれば、新たな賃貸借契約を締結すると通知した。
(2) 事実認定の補足説明
被告は、Aが本件店舗部分を使用してそば屋を始めた当初に、AとBとの間で使用貸借が成立したことは認めるものの、その経緯につき、Bは、当初、Aに賃料を支払わせるつもりであったが、原告がBを説得し、「改装費用のローン返済があるんだから、返済が終わるまではいいんじゃない」ととりなして、金融機関からの借入金の返済期間は無償で貸すことにさせた、平成二〇年一月頃、Aが借入金の返済を終えたことから、Aに賃料を請求したところ、Aは、支払うつもりはあるが少し安くしてほしい、毎月一〇万円しか払えないなどと述べていた、原告は、Aの体調が悪いことは知っていたので、せめてAが生きている間は賃料を支払ってもらわなくてもいいかという思いがあり、これを受け取らなかったなどと述べ、BとAとの間で、使用貸借の期間は、金融機関からの借入金の返済を終えるまでとの合意があったとの趣旨を述べる。
しかし、上記(1)で認定したとおり、Aは、本件建物の改装資金として金融機関から借入れた金員について、いずれも繰上げ返済をしているのであり、原告のとりなしにより、借入金の返済期間中のみに限ってBがAに対して無償で貸したということであれば、あえてAが繰上げ返済をして、無償で借りることのできる期間を短縮する必要性は認められないことからすると、原告の上記供述は信用し難いと言わざるを得ず、他に、原告の述べるところを裏付ける客観的な証拠はない。
むしろ、被告は、BがAに対し、「Aが工事代金のすべてを支払うのだから、ローン返済金額を家賃の代わりにしよう。その上返済金額が大きいので、将来の家賃の先払いに充てるということにする。だから将来も家賃はただでお店をやっていけばいい。」と述べて、BとAとの間で使用貸借の話がまとまったと述べるところ、これは、上記(1)で認定したとおり、平成八年当時、本件店舗部分は使用されていなかったこと、借入金で賄われたのは、Bが営業していた一階店舗部分やBと原告が居住していた三階部分の改装費用、Bの店舗の厨房機器設備等も含まれていることからすると、自然であって、首肯できるといえる。
(3) 上記(1)及び(2)で認定した事実に照らすと、BとAとの間の本件店舗部分の使用貸借は、単に父子の人間的な関係に基づく便宜の供与を超えた、経済的な利害得失を含むものであるといえるから、民法五九九条の適用を否定すべき特段の事情があるということができる。
そして、上記(1)で認定した事実に前記一で認定した事実を総合すると、本件建物の改装のうち二階に係る部分は、本件建物の一階部分と一体で店舗となっていた二階部分(本件店舗部分)を、階段の付替えにより独立して使用することを可能としたものであるから、これにより、本件建物の価値を増大し、本件店舗部分を使用するAの利益のみならず、本件建物の所有者であるBの利益にもなるものであったと解される。そこで、Aの経営するそば屋のみに資することの明らかな厨房機器及びそば打ち機械の費用を除外しても、なお借入れにより賄った資金のうち相当部分がBにとり有益な費用といえ、これにより、Bは、新たな負担なく、以後も継続して、本件建物の一階部分を自己使用店舗ないしは賃貸店舗として収入を得て、本件建物の三階部分の居住を継続することができたということができる。
上記の事情のほか、Aにおいてもこの借入金により本件店舗部分に相当額の投資をしていること、さらには、本件店舗部分の使用を開始した際のAの年齢(四三歳前後)を考慮すると、B及びAには、少なくとも、Aが健康であれば支障なく自らそば店の経営を継続することのできたであろう期間は、本件店舗部分の使用貸借が継続するものとの認識があったものと解するのが相当であり、また、合理的である。
原告は、Aの使用貸借開始後にBが作成した公正証書遺言に、本件建物の原告の所有権に何らの負担の記載のないことを指摘するが、B及びAの生前に、Aが本件店舗部分を無償使用することにつき原告は何ら異議を述べていなかった状況に照らし、Bは、上記程度の負担は原告も当然予想し得ると考えていたとしても不合理ではないから、公正証書遺言に負担の記載のないことをもって、Bの認識を推認することはできず、これをもって、Aの死亡により当然に使用貸借が終了するものとするに足りない。
三 争点(3)(原告の不法行為の成否及びその損害)について
(1) 本件扉の施錠について
ア 原告が、本件店舗部分北側の厨房に設置されている本件扉の外側から施錠し、被告がこの扉からの出入りができないようにしたことは、当事者間に争いがない。
イ 原告は、本件扉を施錠したのは、被告が原告の本件建物北側の非常階段の通行を妨害したからである、被告は、本件扉を使用する必要性がないとして、施錠が被告に対する不法行為とならないと主張する。
確かに、証拠<省略>によれば、平成八年頃にAが本件店舗部分を使用し始めたころには、A及び被告は本件扉及び本件建物北側の非常階段を使って公道から自由に出入りすることができていたところ、平成一九年のBの死亡後に、原告が同非常階段から外に出る一階の扉の鍵を付替えたため、A及び被告は、本件扉及び非常階段を使用して公道から自由に出入りすることができなくなって本件扉を日常的な出入りでは使用していなかったことが認められる。しかし、被告には、出入りのみならず、換気、排気口等の点検、掃除のほか、非常時の退避口として、なお本件扉を使用する必要性のあることは明らかであり、出入口として現に使用していなかったことも、上記のとおり原告が作った原因によるものである。そして、平成二二年の年末には、被告が非常階段の踊り場部分に食材を置くなどしたことから、原告が被告に苦情を述べたことが認められるものの、これに対しては本件扉の施錠以外にも対応の手段が考えられるのであり、これをもって、原告の施錠が正当化されるものということはできない。
したがって、上記の原告の行為は、本件店舗部分を使用する被告に対する不法行為に当たるということができ、被告は、原告に対し、鍵の撤去を求めることができるとするのが相当である。
(2) 換気口などの開口部を塞ぐ行為について
証拠<省略>によれば、被告は、本件本訴係属後の平成二六年五月二五日頃、本件建物の北側非常階段に接した壁面にある本件店舗部分の厨房換気扇の排気口にビニールシートが掛けられ、換気扇による排気が困難となっていることに気付いたこと、上記のとおり本件扉が施錠されていたために非常階段に出ることができず、ビニールシートを剥がすまでに三日程度を要したこと、この間は換気扇が使用できないことから、そば店の営業ができなかったこと、その他、本件店舗部分のその余の給気口や換気口、本件扉に開けられた換気用のルーバー部分にも、ビニールテープを貼る等して換気が行われないようにされていたことが判明したことが認められる。このうち、原告は、換気扇部分をビニールシートで塞いだことを認めていること、本件建物の北側非常階段は、原告のみが使用していることに照らすと、その余の給気口、換気口等にビニールテープを貼って本件店舗部分の換気を妨げたのも原告であると推認することができる。
原告は、ビニールテープは古く汚れており、最近貼られたものではない、Aが貼ったと主張するが、飲食店厨房の換気口を外からビニールテープで塞ぐという行為を、当該店舗を営業していたA自身が行う必要性も目的も見当たらず、また、貼られていたビニールテープには煤汚れのようなものが付着しているものの、ビニールテープ自体が時の経過により劣化しているといった状況が認められるわけではないことからすると、上記の原告の主張は首肯できない。
そして、どのような理由があれ、厨房の給気口、換気口等を外部から塞ぐ行為は、著しく危険な行為であって、本件店舗部分を使用する被告に対する不法行為に当たるということができる。
(3) その他妨害行為について
被告は、その他、原告により、本件店舗部分の入り口にあるメニューが裏返される、営業中であることを示す札を裏返される、入口の階段部分に割れたドリンクを撒かれた等と縷々述べるが、いずれも本件建物の公道に接した部分であって、明らかに原告が行った行為であるとまでは特定できないから、これをもって、原告の被告に対するいやがらせの不法行為と認定することはできない。
(4) 原告の損害等
上記(1)及び(2)に認定した不法行為の内容と本件訴訟における原告の対応を総合考慮すると、原告が、今後も本件扉に施錠し、あるいは、換気口を塞ぐなどして被告が本件店舗部分を使用することを妨げることが予想し得ることから、被告が原告に対して、本件扉に施錠し又は本件店舗部分に設置されている換気口を塞ぐなどして被告の本件店舗部分の使用を妨害してはならないとの請求を認めることが相当である。
他方、被告は、本件店舗部分につき使用貸借に基づく使用権限を有するのみであること、原告の不法行為による被告の精神的損害は、上記の妨害差止を認めることが相当程度回復可能であることからすると、被告の精神的損害に対する慰謝料として一〇万円、弁護士費用として一万円を認めることが相当である。
四 結論
以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから、これを全部棄却し、被告の反訴請求は、主文第一項ないし第三項の範囲で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、本訴反訴を通じて、訴訟費用のうち不動産鑑定士嶋嵜敦による鑑定に要した費用は全部原告の負担とし、その余の費用を一〇分して、その一を被告の、その余を原告の負担として、主文のとおり判決する。
(裁判官 堀内照美)
別紙 物件目録<省略>
別紙 図面<省略>