京都地方裁判所 平成25年(ワ)44号 判決 2014年9月26日
原告
X
被告
Y1<他1名>
主文
一 被告Y1は、原告に対し、六五三万一二〇二円及びこれに対する平成二二年一一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告保険会社は、第一項の判決が確定することを条件として、原告に対し、六五三万一二〇二円及びこれに対する平成二二年一一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを五分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告Y1は、原告に対し、一一〇五万二〇七五円及びこれに対する平成二二年一一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告保険会社、第一項の判決が確定することを条件として、原告に対し、一一〇五万二〇七五円及びこれに対する平成二二年一一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二当事者の主張
本件は、原告が、平成二二年一一月四日、信号機のない交差点を西から南へ右折しようとした普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)と、同交差点を南から北へ直進しようとした原動機付自転車(以下「原告原付」という。)とが衝突した交通事故(以下「本件事故」という。)につき、被告車両を運転していた被告Y1に対しては、自動車損害賠償補償法(以下「自賠法」という。)三条及び民法七〇九条に基づき、損害賠償金一一〇五万二〇七五円及びこれに対する不法行為の日(本件事故の日)である平成二二年一一月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告保険会社に対しては、同被告と被告Y1との間の自動車保険契約の直接請求条項に基づき、被告Y1に対する判決が確定することを条件として、前記同様の保険金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実等(証拠の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 本件事故の内容
ア 発生日時 平成二二年一一月四日午後六時五五分ころ
イ 発生場所 京都市山科区小山中ノ川町七八番地一先の信号機のない交差点(以下「本件交差点」という。)
本件交差点の西詰めには、別紙図面のとおり、一時停止の規制がされている。
ウ 原告原付 原動機付自転車(ナンバー<省略>)
運転者:原告
エ 被告車両 普通乗用自動車(ナンバー<省略>)
運転者:被告Y1
オ 事故態様 本件交差点を、西から南へ右折しようとした被告車両と、南から北へ直進しようとした原告原付とが衝突した。
(2) 責任原因
ア 被告Y1は、被告車両の運行供用者として、自賠法三条に基づき、また、自動車の運転者として、本件交差点を右折するに際して、右方確認義務を怠った過失があるので、民法七〇九条に基づき、本件事故によって原告に生じた損害を賠償する責任を負う。
イ 被告保険会社は、本件事故に有効に適用される自動車保険契約の保険者であり、同契約の直接請求規定(賠償請求者と被保険者との間の判決が確定することを条件とする。)に基づき、被告Y1に対する判決が確定した場合には、被告Y1と同額の保険金の支払義務を負う。
(3) 原告の通院状況
原告は、本件事故の後に、次のとおり入通院した(甲三ないし七(枝番を含む。))。
ア a病院
平成二二年一一月四日通院(一日)
イ b診療所
平成二二年一一月五日から平成二三年三月一〇日まで通院(実通院日数二〇日)
ウ c病院
平成二二年一一月一九日通院(一日)
エ d接骨院
平成二二年一二月一一日から平成二三年八月三一日まで通院(実通院日数八五日)
オ e大医学部附属病院(以下「e大病院」という。)
平成二三年三月四日から平成二四年七月三日まで通院(実通院日数一〇日)
平成二三年六月八日から同年七月一九日まで入院(四二日間)
(4) 損害保険料率算出機構による認定(甲六)
損害保険料率算出機構は、原告の障害を後遺障害非該当と判断した(甲一九)。
(5) 既払金
被告保険会社は、治療費二二三万六七二七円、休業損害八七万二一〇〇円、通院交通費一一万一三二〇円、装具費九万一六一八円及び慰謝料八三万円の合計四一四万一七六五円を支払った。
二 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 過失相殺
【被告らの主張】
ア 被告Y1は、一時停止線で一旦停止の上、右折進行したもので、同被告には、一時停止義務違反はない。
本件交差点の見通しは良好であるから、停止線から発進後、再度の停止確認義務はなかったし、現実には被告Y1は、停止線から少し出たところで、再度、停止した。
イ 被告Y1の右方確認義務違反は、通常想定されている程度を越えるものではなかった。
ウ 以上によれば、被告Y1は一時停止義務を尽くしており、その安全確認義務違反は著しいものとはいえないことから、基本的過失割合を-一〇し、本件事故の過失割合は、原告:被告Y1=二五:七五である。
【原告の反論】
ア 一時停止義務を尽くしたというためには、①停止線手前では、左右の見通しが利かない場合には、見通しが可能な地点まで進出し、必要があれば、そこで停止すべきであるし、②左右の確認ができていなければならない。
この点、被告Y1は、実況見分時、警察官に対し、別紙図面記載の「②地点から右方は十分確認出来る」と指示説明していることからすると、同①地点では、右方の見通しが十分ではなかったことを示しているから、被告Y1としては、同②地点で再度一時停止すべきであったのに、これを行っていないし、停止によって原告原付を全く確認できていなかった以上、一時停止義務を尽くしたとは評価できない。
イ さらに、被告Y1は、別紙図面記載の③地点に至って、初めて原告(同file_4.jpg地点)を発見して危険を感じており、その右方確認義務違反は著しく、脇見運転に近い態様である。
ウ 以上によれば、基本的過失割合を+二〇し、本件事故の過失割合は、原告:被告Y1=五:九五である。
(2) 原告の後遺障害の有無
【原告の主張】
ア 原告は、本件事故によって、右足打撲、右膝捻挫等、右下肢を受傷した際、右腓骨神経を損傷し、その結果、下垂足(腓骨神経麻痺)となり、症状固定後も右足関節の可動域制限(右三五度(背屈一〇度、底屈二五度)、左五五度(背屈二〇度、底屈三五度)が残存したもので、後遺障害等級一二級七号に該当する。
イ 損害保険料率算出機構は、原告の右下垂足(腓骨神経麻痺)と本件事故との因果関係を否定し、後遺障害非該当と認定したが、本件事故以外に、その原因となるものはない。本件事故による転倒→右膝捻挫→腓骨神経損傷→同麻痺(下垂足)が生じたことは、次の点から、明らかである。
(ア) 本件事故の翌日には、足関節動揺性の症状が発現していたこと
原告は、本件事故の翌日、歩きづらく、足がぐにゃと曲がる状態であったと供述し、現に、b診療所では、ストレスレントゲン撮影や足関節装具装着の指示がされていることから(甲二〇・四頁、一三頁)、この時点での症状の発現は明らかである。
ストレスX線検査の結果、動揺性が測定値としては現れなかったことは、原告の右足関節動揺性の原因が靱帯損傷といった器質的原因によるものではなく、腓骨神経損傷のようなX線検査に現れない原因であることの証左であり、同結果は、腓骨神経麻痺という下垂足の原因と整合的である。
(イ) e大病院で下垂足と診断されたこと
原告が、自身の足首の不安定性の原因解明と適切な治療を求めて、e大病院を受診したところ、同日のストレスレントゲン撮影後、「内・外反不安定性はない。どちらかいうとDrop foot」と下垂足の診断がされて(甲二一の一・四一頁)、即日、腱移行手術の予定が入れられた。同病院における神経伝導検査によっても、「腓骨頭から遠位」部位における「右腓骨神経の障害」異常所見が確認されている(甲一一)。
(ウ) 平成一八年二月一七日の交通事故(以下「前事故」という。)と下垂足は無関係であること。
a 前事故の負傷部位は、内側側副靱帯損傷である(乙一〇、一一)。前事故当日のMRI検査で、異常信号が認められるのはFemur(大腿骨)、Tibia(脛骨)のみであり(乙一一)膝関節内のACL(前十字靱帯)、PCL(後十字靱帯)、半月板等に損傷がないことも確認されている(乙一〇)ことから、前事故の受傷箇所は、膝関節の内側側副靱帯付近に限局される。
前記神経伝導検査により特定された異常箇所は、「腓骨頭から遠位」であるから、前事故による内側側副靱帯損傷とは無関係である。
b 原告は、前事故から二年八か月以上、右足関節部位や右下腿の感覚について症状を感じることはなく、仕事も家事も順調にこなしていた。
ウ 前記イ(ウ)のとおり、前事故による膝の受傷は、下垂足の症状とは無関係であるから、既往症として考慮することも不合理である。
【被告の反論】
原告主張の下垂足は本件事故によって引き起こされたものではないことは、次の点から、明らかである。
ア 原告主張の下垂足は本件事故直後には存在せず、本件事故から四か月も経過した平成二三年三月四日に発現したものであること
(ア) 本件事故直後に診察した三つの病院の医師らは、下垂足を看過したわけではない。
本件事故当日診察したa病院のA医師は、両足関節につきレントゲン検査をしたが、カルテに右足関節の不安定性についての記載はないし(甲八)、その翌日に診察したb診療所のB医師及びC医師も、セカンドオピニオンを求められ、平成二二年一一月一九日診断を行ったc病院D医師も同様であって、いずれも下垂足の診断はしていない。
(イ) ストレスX線検査の結果も、原告の足関節部の左右差は一度しかなく(乙九・五頁)、カルテにも「ストレスにて不安定性-」と記載され(甲二〇・三頁)、同検査を実施した(患部に触れて負荷をかけながら撮影した)E医師(以下E医師」という。)は、足関節の不安定性を否定している。
なお、ストレスレントゲン撮影は、関節の不安定性を証明するために行われる検査であるが、それが行われたからといって、関節の動揺性が推定されるわけではないし、右足装具の装着も、足関節に動揺性があったことを示すものではない。
(ウ) そうすると、平成二二年一一月時点では右足関節の不安定性は存在しなかったというべきである。
イ 原告主張の下垂足の原因を特定できる他覚所見は存在しないこと
(ア) 神経伝導検査(甲一一)の測定データでは、膝下から足関節部で伝導速度が低下しているが、膝の上下での計測の際にもAmpが健側と比較して有意に低下しており、この値であれば膝関節より近位、要は腓骨神経よりも頭側での障害の可能性を示唆することになる。結局、この検査では、どの部位で異常を生じているのかは判然とせず、この検査結果からは、腓骨神経の単独障害であるとは確定できない(乙一・三頁)。
(イ) 徒手筋力テストの結果についても、しびれの範囲は腓骨神経の支配領域を超えた範囲であり、右膝関節以下での神経損傷による障害が原因とは考え難い(乙一・三頁以下)。
ウ 仮に、腓骨神経損傷による下垂足であったとしても、腓骨神経損傷は、前事故による右膝内側側副靱帯損傷によるものであること
c病院の平成一八年二月一七日付けカルテには、「両下肢の感覚鈍麻あり」、「R>L」(右下肢>左下肢)と記載されており(乙一一・一一頁)、原告自身もしびれの症状があったことを自認している。
(3) 原告の損害
【原告の主張】
ア 別紙「損害計算書」のとおり。
イ 後遺障害逸失利益について
(ア) 原告は、本件事故後、仕事に復帰できないばかりか、身体を支えたり、歩行したり、物を持つといった基本的動作ができないため、家事もほとんどこなせない状態である。
(イ) 原告の症状には緩解の兆しがないばかりか、足関節の不安定さを補うため、他の部位を酷使することから、さまざまな不調が発生してきている。
医学的にも下垂足の症状を生じるほどの腓骨神経損傷は修復の見込みがない。
【被告の反論】
ア 治療関係費・入院雑費・通院交通費・休業損害・入通院慰謝料について前記(2)〔被告の主張〕のとおり、下垂足は、本件事故との因果関係が認められないことから、本件事故による原告の傷害は、前胸部打撲、左第一指打撲、右踵骨打撲、胸部打撲のみであり、これらについては、平成二三年一月末には治癒している。
イ 後遺障害逸失利益・将来装具費・後遺障害慰謝料について
(ア) 前記(2)〔被告の主張〕のとおり、原告には本件事故による後遺障害は認められないことから、後遺障害にかかる損害は認められない。
(イ) 仮に、後遺障害逸失利益及び将来装具費が認められることがあれば、それらの算定に当たっては、原告の症状固定日は、本件事故から一年以上経過しており、原告が本件事故日からの遅延損害金の支払を求めていることからすると、事故日から症状固定日までの期間分を割り戻した本件事故日時点における原価とすべきである(横浜地裁平成七年二月二八日判決(交通民集二八巻一号二七四頁)、大阪地裁平成五年五月二〇日判決(交通民集二六巻三号六五二頁)、大阪高裁平成一六年一〇月一三日判決(交通事故ジャーナル一五七九号二頁)、東京地裁平成一六年一〇月二〇日判決(判例時報一九〇六号六〇頁)等参照)。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(過失相殺)について
(1) 本件事故の態様
ア 前記第二の一(争いのない事実等)と証拠(甲二、三五、乙五、原告本人尋問)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 原告は、平成二二年一一月四日午後六時五五分ころ、原告原付を運転して片側一車線(幅員各約三・五m)の本件道路(京都市道)を時速約三〇kmで北進したところ、別紙図面記載の①地点付近で、右折指示器を点滅させて停止している被告車両を発見したので、速度を落とし、時速約一五kmで進行した。すると、被告車両は発進したが、すぐにまた停止したので、そのまま停止するものと考えた原告が、原告原付を本件交差点に進入させたところ、被告車両も本件交差点内へ右折進行してきたため、同file_5.jpg地点で被告車両(同④)と衝突し、原告及び原告原付は転倒した。
(イ) 被告Y1は、前記日時において、本件交差点で南へ右折しようと、右折合図を出して、別紙図面記載の①地点で一時停止した後、ゆっくり発進し、右折進行したところ、同③地点になってはじめて、同file_6.jpg地点に原告原付を発見し、急制動の措置を講じるも、前記のとおり、原告原付と衝突した。
イ なお、別紙図面記載の①地点からの右(南)方の見通しにつき、当事者間に争いがあるが、証拠(甲二、乙五)によれば、本件交差点の南西角の路外は田んぼであり、フェンス及び金網ごしの見通しはよいこと、前記ア認定のとおり、原告が被告車両の動向を子細に認識していることからすると、被告Y1からも原告原付を視認可能であったと認められる。
(2) 過失割合
前記(1)の認定事実によれば、被告Y1は、自動車の運転者として、本件交差点に右折進入するに際しては、一時停止の上、交差道路を通行する車両の安全を確認し、その進行を妨害してはならない義務を負うところ、一旦停止はしたものの、右(南)方の安全確認義務を完全に怠って、原告原付が本件交差点の直前に至った時点で、発進して本件交差点に進入し、原告原付の進路を妨害した過失があり、他方、原告にも、本件交差点に進入するに際し、被告車両が原告原付を認識しており本件交差点内には進入してこないものと軽信し、漫然と本件交差点に進入した過失がある。
以上のような原告と被告Y1の過失内容・程度を比較考慮すると、原告と被告Y1の過失割合は、一五:八五と認めるのが相当である。
二 争点(2)(原告の後遺障害の有無)について
(1) 下垂足の医学的知見
証拠(甲一二、乙三、四)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
下垂足(Drop foot)とは、足関節と足踵が背屈できなくなる症状で、腓骨神経麻痺の一症状である。
総腓骨神経は、腓骨頭の外側を巻くようにして皮下直下を走向するため、同部位での圧迫により麻痺を起こしやすい。腓骨神経が麻痺すると、下腿の外側から足背及び足踵背側にかけて感覚が障害され、しびれたり触った感じが鈍くなるほか、下垂足を起こす。
(2) 原告の症状及び治療経過
前記第二の一(争いのない事実等)と証拠(甲三ないし三五(枝番を含む。)、乙一ないし四、六ないし一一、原告本人尋問)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 前事故による受傷状況
(ア) 原告(昭和二七年○月○日生)は、平成一八年二月一七日、バイクで走行中に自動車と接触し、c病院に救急搬送され、頸椎捻挫、腰椎捻挫、右膝内側側副靱帯損傷と診断された。右下肢については、しびれを訴えていた。MRI検査の結果、大腿骨付着部に信号変化が認められ、シーネ固定を受けた。原告は、紹介状を得て、自宅に近いb診療所に転院した(乙一一)。
原告は、同月二一日、b診療所を受診し、大腿から下腿までギプス固定を受けた。同月二五日のカルテには「内側側副靱帯に線状の高信号を認めます。損傷に伴った血腫、液体貯留を反映しているようです。関節液貯留あり。ACL、PCL、半月板は保たれています。リハビリは二―三週間経過してからと説明した。予定通り三/七再診。ギプス終了の予定。」と記載されているが、原告は、ギプス固定に不信感をもち、f病院へ転院した。その後、右膝内側側副靱帯再建術を受けた。
(イ) なお、原告は、平成一八年七月二〇日、自宅玄関で転倒し、b診療所を受診し、右橈骨遠位端骨折と診断され、整復後上腕までギプス固定を受けた。
イ 本件事故後の診療経過
(ア) 原告は、本件事故(平成二二年一一月四日)当日、a病院に救急搬送され、前胸部、右親指、右足首の痛みを訴え、X線検査及びCT検査の結果、前胸部打撲、左第一指打撲、右踵骨打撲、胸部打撲と診断された。左第一指打撲についてはシーネ固定を受けた。
(イ) 原告は、翌平成二二年一一月五日から、b診療所に通院し、右下腿がしびれ、右踵部痛、足がぐにゃとなると訴えた。ストレスX線検査を実施したが、同検査による不安定は「-」であった。診察に当たったB医師は、右足関節外側の靱帯部分に圧痛と腫脹を認め、短足下肢装具(軟性)の装着を指示した。なお、原告は、前胸部痛も訴え、バストバンド固定も受けた。原告は、同月八日にも通院し、今度は左拇指痛、背部痛、左肩痛を訴え、診察したC医師は、左拇指のオルソグラス固定をした(同固定は同月二五日まで)。原告は、自宅で安静に努めたが、同月一五日の通院の際には、右足短足下肢装具(軟性)をつけていると右下腿近位前面痛が悪化し出したので、装具を外していること及び左拇指痛を訴えた。同月一八日の通院では左拇指痛及び右足関節痛については消失したが、バストバンドを外した際の胸部痛と右膝痛を訴えた。
(ウ) 原告は、平成二二年一一月一九日、セカンドオピニオンを求めて、c病院を受診したところ、b診療所での加療継続を指示された。
(エ) 原告は、平成二二年一一月二五日、b診療所を受診した際には、接骨院への通院を相談し、同年一二月一一日から平成二三年八月三一日まで、d接骨院に通院し(実通院日数八五日)、温熱、低周波の施療を受け、筋力強化の訓練を受けた。
(オ) 原告は、平成二二年一二月九日のb診療所の診察では、左拇指の可動域制限、右足関節痛及び腫脹を訴えた。診察に当たったE医師は、前距腓靭帯、踵腓靱帯に圧痛を認め、原告の右足関節痛及び不安定感の訴えが強いことから、同月一八日にストレスX線検査をしたが、右七度に対して左六度で一度の差しかなかったことから、同医師は、「原告が自覚するほどには、不安定性の所見はない。」と判断し、原告に対し、保存的療法で様子をみるしかないと説明した。
しかし、平成二三年一月になっても、原告は、右足関節の不安定性、右大腿部外側部以下の下肢の疼痛を訴え続けたことから、E医師は、右短下肢装具をプラスチック製のものに変更し、ロフストランド杖の処方をした上で、各種検査により原因の究明に努めたが、腰椎のMRI検査の結果、坐骨神経の異常はないこと、下肢の徒手筋力テストの結果、両下肢の感覚異常がないことから、右下肢に知覚障害を伴わない大腿四頭筋以下下肢全体にわたる筋力の低下と考えた。
同年三月三日の通院でも、原告は右足関節外側痛を訴えており、E医師は、屋内では杖なし歩行訓練を勧めたが、原告の右足関節部痛の訴えが強いため、装具からの離脱は無理と判断した。
(カ) 原告は、平成二三年三月四日、e大病院を受診した。診察に当たったF医師(以下「F医師」という。)は、右下垂足と診断した。これに対する処置として、足関節部位の腱移行術(足関節部の麻痺筋について周囲の腱やその他の組織を繋げ、足先を持ち上げるための手術)の適応を検討することとなった。
(キ) 原告は、平成二三年三月一〇日、b診療所に通院し、前記(カ)を報告して、同日をもって、同診療所への通院を終了した(実通院日数二〇日)。
(ク) 原告は、平成二三年六月八日から同年七月一九日まで(四二日間)、e大病院に入院し、同年六月九日に腱移行術を受け、リハビリを行った。
原告は、退院後もe大病院に、同年七月ないし九月、一二月及び平成二四年五月に各一日ずつ通院した後、同年七月三日に症状固定と診断された(実通院日数一〇日)。この間の平成二四年六月二一日に実施された筋電図検査の結果、腓骨神経麻痺が確認された。同検査所見(甲一一)には、「右腓骨神経では全体的に振幅が小さく、M波潜時の延長、また足首―腓骨頭の刺激では腓骨頭から膝に比べ速度の低下を認めました。また浅腓骨神経の感覚神経は左側と比べ右側では速度また振幅の低下を認めました。」「損傷部位の確定は困難ですが、速度や潜時延長からは腓骨頭から遠位を考えます。」と記載されている。
(ケ) F医師は、後遺障害診断書(甲一〇)に、傷病名として「右外傷性腓骨神経マヒ・下垂足」、自覚症状として「右下肢の持続した痛み(神経性疼痛)」、他覚症状及び検査結果として「中程度の右下腿筋萎縮あり。筋電図で右腓骨神経マヒあり。筋力はMMTで、背屈右二、左五、底屈右二、左五」、関節機能障害として「足関節 他動・背屈右一〇度、左二〇度、底屈右二五度、左三五度、自動・背屈右五度、左一〇度、底屈右二〇度、左二五度」と記載した。
(3) 原告の後遺障害について
ア 前記(1)(2)の認定事実によれば、原告が、本件事故によって、右足打撲、右膝捻挫等、右下肢を受傷した際、右腓骨神経を損傷し、その結果、下垂足(腓骨神経麻痺)となり、足関節が自動で背屈できないことにより、当該部位の軟部組織が短縮したり伸縮性が低下して関節拘縮が生じ、他動でも、背屈一〇度、底屈二五度の合計三五度で、腱側の五五度(背屈二〇度+底屈三五度)に比べ、その三/四以下に制限されたことが認められ、これは後遺障害等級一二級七号(一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの)に該当する。
イ この点、被告は、原告の下垂足と本件事故との間には因果関係がないと主張し、①ストレスX線検査の結果も、原告の足関節部の左右差は一度しかなく(乙九・五頁)、カルテにも「ストレスにて不安定性-」と記載され(甲二〇・三頁)、同検査を実施した(患部に触れて負荷をかけながら撮影した)E医師は、足関節の不安定性を否定していること(乙九)、②神経伝導検査(甲一一)の測定データでは、膝下から足関節部で伝導速度が低下しているが、膝の上下での計測の際にもAmpが健側と比較して有意に低下しており、この値であれば膝関節より近位、要は腓骨神経よりも頭側での障害の可能性を示唆することになり、結局、この検査では、どの部位で異常を生じているのかは判然とせず、この検査結果からは、腓骨神経の単独障害であるとは確定できないこと、徒手筋カテストの結果についても、しびれの範囲は腓骨神経の支配領域を超えた範囲であり、右膝関節以下での神経損傷による障害が原因とは考え難いこと(乙一・三頁)を指摘する。
しかしながら、前記①についていえば、E医師も、同医師の初診時(平成二二年一二月九日)、原告の「右足関節痛、不安定感の自覚が強かった」こと自体は肯定しており(乙九)、ストレスX線検査として「患者が自覚する程の不安定性の所見があるとはいえない」との同医師意見は、ストレスX線検査で確認できる靱帯損傷や関節軟骨の狭小化による関節の動揺が確認できなかったことを指摘するものにすぎず、原告が当時から訴えていた「不安定さ」が下垂足によるものであることと矛盾しない。
また、被告医学意見書(乙一)において、前記②の意見が述べられているところ、それらの意見は、神経損傷の部位が腓骨神経の単独には確定できないことを指摘するにとどまり、本件事故と原告の下垂足との因果関係を否定するものとは評価できない。
ウ ただし、前記(1)(2)の認定事実によれば、原告は、平成一八年二月一七日の前事故で、右膝内側側副靱帯を損傷して左下肢のしびれを訴え、大腿から下腿までギプス固定をうけて、右膝内側側副靭帯再建術を受けたこと、総腓骨神経は、腓骨頭の外側を巻くようにして皮下直下を走向するため、同部位での圧迫により麻痺を起こしやすいことからすると、これらの影響も否定しがたいというべきである。
そうすると、その影響については損害額を減額するのが当事者の公平の理念に資するというべきである。もっとも、本件事故以前に原告には、足関節の不安定といった症状は一切なかったことなどからすると、寄与率は一〇%と認めるのが相当である。
三 争点(3)(原告の損害)について
(1) 損害額
ア 治療関係費 二二四万六三五七円
前記二の認定事実と証拠(甲三ないし七(枝番を含む。)、一一)及び弁論の全趣旨によれば、原告の治療費及び文書費として二二四万六三五七円を要したこと、それらと本件事故との間には相当因果関係が認められることから、同額を本件事故による損害と認める。
イ 入院雑費 六万三〇〇〇円
前記二の認定事実によれば、原告は、本件事故によって生じた下垂足の治療として腱移行術を受けるため、e大病院に四二日間入院したことが認められ、入院雑費日額としては一五〇〇円と認めるのが相当であるから、次のとおり、六万三〇〇〇円を入院雑費としての損害と認める。
一五〇〇円×四二日=六万三〇〇〇円
ウ 通院交通費 一一万一三二〇円
証拠(甲一八)及び弁論の全趣旨によれば、原告主張の一一万一三二〇円を通院交通費としての損害と認める。
エ 装具費 九万一六一八円
前記二の認定事実と証拠(甲一三ないし一五、一八(枝番を含む。))によれば、原告は、本件事故によって生じた下垂足のために右短下肢装具(軟性)及び同(プラスチック製)の装着並びに杖(ロフトランドクラッチ)の使用を要し、それらの費用は合計九万一六一八円であったことが認められる。
オ 休業損害 一七七万七八四七円
(ア) 証拠(甲三五、原告本人尋問)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、原告(当時五八歳)は、ヘルパーの仕事を辞めて、家事に専念し、入院中の娘の付添看護に当たったりしていたこと、原告宅は、長男・長女及び原告の三人暮らしで、子供らはいずれも就労していたので、家事は原告が一手に引き受けていたことが認められる。
(イ) 前記二及び前記(ア)の各認定事実によれば、原告の休業損害は、基礎収入額を、平成二二年の賃金センサス産業計・企業規模計・女性労働者・学歴計・全年齢平均の三四五万九四〇〇円とし、本件事故(平成二二年一一月五日)から平成二二年一二月下旬までと入院期間中(四二日)の合計九〇日については一〇〇%、同月下旬から平成二三年二月末までの七〇日については五〇%、症状固定(平成二四年七月三日)までのその余の四四七日については一四%の労働能力を喪失したとして算定するのが相当であって、その金額は、次のとおり、一七七万七八四七円となる。
345万9400円/365日×(90日+0.5×70日+0.14×447日)=177万7847円
カ 入通院慰謝料 一八五万〇〇〇〇円
前記二の認定の原告の傷害、症状固定までの入通院状況を斟酌すると、入通院慰謝料は一八五万円が相当である。
キ 将来装具費 五七万四四一一円
前記二の認定事実と証拠(甲一四、一五(枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば、原告は将来にわたって、右短下肢装具(プラスチック製)装着及び杖(ロフトランドクラッチ)の使用が必要であって、その買換費用は、次のとおり、合計五七万四四一一円となる。
6万5817円×(1+0.9070+0.8227+0.7462+0.6768+0.6139+0.5568+0.5050+0.4581+0.4155+0.3768+0.3418+0.3100+0.2812)=52万7312円1万2360円×(0.9070+0.7462+0.6139+0.5050+0.4155+0.3418+0.2812)=4万7099円
ク 後遺障害逸失利益 三六五万二七二五円
(ア) 前記二及び前記オの各認定事実によれば、原告(症状固定時六〇歳)の後遺障害逸失利益については、基礎収入額を平成二四年の賃金センサス産業計・企業規模計・女性労働者・学歴計・六〇歳~六四歳、同六五歳~六九歳及び同七〇歳~の平均額である二九四万三八〇〇円とし、症状固定した平成二四年七月三日から就労可能年数一二年間(対応するライプニッツ係数は八・八六三)にわたって、後遺障害等級一二級の一四%の労働能力を喪失したものとして、これを症状固定時の現価に換算して算出するのが相当であって、その金額は、次のとおり、三六五万二七二五円となる。
294万3800円×0.14×8.863=365万2725円
(イ) この点、被告らは、後遺障害逸失利益の原価計算の基準日は事故日とすべきと主張する。
しかし、後遺障害逸失利益が具体的に発生するのは症状固定時であることから、その損害賠償算定の基準日も症状固定日とするのが相当である。なるほど、不法行為時に損害賠償請求権が遅滞に陥ることとの不均衡はあるものの、本件の事故日から症状固定日までは約二〇か月の経過があるが、遅延損害金は単利で計算されるのに対し、中間利息控除で複利計算でなされることに鑑みると、事故時を基準に原価計算を行うことが必ずしも損害の公平な分担といえるかは疑問であるというべきである。
ケ 後遺障害慰謝料 二八〇万〇〇〇〇円
前記二のとおり、原告は、後遺障害等級一二級七号の後遺障害を負ったことが認められることから、後遺障害慰謝料としては二八〇万円が相当である。
(2) 素因減額
前記(1)アないしケの損害合計額は一三一六万七二七八円となるところ、前記二(3)ウに判示のとおり、原告の損害については、一〇%の素因減額をするのが相当であって、減額後の金額は一一八五万〇五五〇円(1316万7278円×(1-0.1))となる。
(3) 過失相殺
前記一に判示のとおり、原告の損害については、一五%の過失相殺をするのが相当であって、減額後の金額は一〇〇七万二九六七円(1185万0550円×(1-0.15))となる。
(4) 既払控除
前記第二の一(争いのない事実等)(5)のとおり、被告保険会社の既払額は四一四万一七六五円であるから、これを損益相殺すると、原告の損害額は五九三万一二〇二円(1007万2967円-414万1765円)となる。
(5) 弁護士費用
上記損害認容額、本件事案の難易、その他本件に顕れた一切の事情に鑑みれば、原告の弁護士費用中、六〇万円を被告に負担させるのが相当である。
弁護士費用を加算した後の損害額は六五三万一二〇二円(五九三万一二〇二円+六〇万円)となる。
四 結論
以上によれば、原告の請求は、被告Y1に対しては、自賠法三条及び民法七〇九条に基づき、損害賠償金六五三万一二〇二円及びこれに対する本件事故の日である平成二二年一一月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、被告保険会社に対しては、同被告と被告Y1との間の自動車保険契約の直接請求条項に基づき、被告Y1に対する判決が確定することを条件として、保険金六五三万一二〇二円及びこれに対する本件事故の日である平成二二年一一月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるから、これらを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。なお、主文第二項についての仮執行宣言及び主文第一項についての仮執行免脱宣言は、それぞれ相当でないからこれを付さない。
(裁判官 比嘉一美)
別紙 交通事故現場見取図
<省略>
損害額計算書
事故日 平成22年11月4日
症状固定日 平成24年7月3日
被害者氏名
X
事故時年齢 58歳 症状固定時年齢 59歳 職業 主婦
費用
損害額
摘要
治療費
¥2,237,957
内223万6727円は受領済み。
文書料
¥8,400
診断書・診療報酬明細書代(甲第7号証23~28)
入院雑費
¥63,000
日額1500円×42日
通院交通費
¥111,320
受領済み。
装具費
¥91,618
受領済み(下肢装具7万9258円、杖1万2360円)。
将来の装具費
¥599,216
① 下肢装具6万5817円×8.267379(耐用年数2年、平均余命まで14回買換え)=54万4134円
② 杖1万2360円×4.456541(耐用年数4年、平均余命まで7回買換え)=5万5082円
③ ①+②=59万9216円
休業損害
¥2,013,862
H22年女性・全年齢平均賃金345万9400円/365日=日額9477円
① 日額9477円×100日×100%=94万7700円
② 日額9477円×100日×70%=66万3390円
③ 日額9477円×85日×50%=40万2772円
④ ①+②+③=201万3862円
入通院慰謝料
¥2,100,000
入院42日、通院期間608日(実通院日数:114日)
後遺障害逸失利益
¥4,910,528
被害者の右足関節の可動域制限は12級7号に該当する。
345万9400円×0.14×10.1391(14.5年(平均余命まで29年×1/2)のライプ)
後遺障害慰謝料
¥2,800,000
12級:大阪地裁基準
合計
¥14,935,901
過失相殺(5)%後の残額
¥14,189,106
判例タイムズ48頁(6)に、「交差点の直前に一時停止の標識があるにもかかわらずその場所では左右の道路の見とおしができない場合においても、交差点の直前において停止し、その場所で左右の見とおしのきかないときには徐行して左右の見とおしの可能な地点まで進出し、必要があればそこで再び停止すべきであると解されている。」とある。本件において加害者は停止線で一時停止はしているものの、十分右方が確認できる地点(交通事故現場見取図②地点)での停止義務を怠り、漫然と交差点内に進入し被害者と衝突した。右行為は一時停止義務違反に当たる。判例タイムズ【156】、基本過失割合15:85、修正要素(-10:著しい右方確認不十分)
既払額
¥4,141,765
任意保険会社より治療費223万6727円、休業損害87万2100円、通院交通費11万1320円、装具費9万1618円、慰謝料83万円。
差引請求額
¥10,047,341
弁護士費用
¥1,004,734
合計
¥11,052,075