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京都地方裁判所 平成25年(ワ)451号 判決 2014年5月13日

原告

X1 他2名

被告

主文

一  被告は、原告X1に対し、四五六万〇八五三円及びこれに対する平成二三年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2に対し、四一八万一五一三円及びこれに対する平成二三年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告X3に対し、四一八万一五一三円及びこれに対する平成二三年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告X1の、その一を原告X2の、その一を原告X3の各負担とし、その余を被告の負担とする。

六  この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告X1(以下「原告X1」という。)に対し、三五〇〇万円及びこれに対する平成二三年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2(以下「原告X2」という。)に対し、一五〇〇万円及びこれに対する平成二三年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告X3(以下「原告X3」という。)に対し、一五〇〇万円及びこれに対する平成二三年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、平成二三年一月二二日、亡A(以下「亡A」という。)が自転車(以下「A自転車」という。)で、府道を横断しようとして、府道を直進してきた被告運転の普通自動二輪車(以下「被告バイク」という。)と衝突して、死亡した交通事故につき、亡Aの相続人である原告らが、民法七〇九条に基づき、被告に対し、損害金総額七九五二万五一一七円(原告X1・三九七六万二五五九円、原告X2・一九八八万一二七九円、原告X3・一九八八万一二七九円)の内金総額六五〇〇万円(原告X1・三五〇〇万円、原告X2・一五〇〇万円、原告X3・一五〇〇万円)及びこれに対する不法行為の日(本件事故日)である平成二三年一月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠の掲記のない事実当事者間に争いのない。)

(1)  本件事故の内容

ア 発生日時

平成二三年一月二二日午後六時二七分ころ

イ 発生場所

京都府八幡市川口高原二〇番地一一先府道宇治淀線(以下「本件道路」という。)

ウ A自転車

足踏式自転車

運転者:亡A

エ 被告バイク

普通自動二輪車〔ナンバー<省略>〕

運転者:被告

オ 事故態様

本件道路を南東から北西へ直進していた被告バイクと本件道路を北東側から南西側へ横断したA自転車とが衝突した。

(2)  被告の過失

被告には、本件道路を走行するに当たっては、制限速度(時速四〇km)を遵守し、前方左右を注視して進路の安全を確認しながら走行すべき注意義務があるのに、これらを怠り、ヘルメットのシールドを下ろすことに気を取られ、ライトはロービームのまま、前方注視を怠って、時速五五kmで走行した過失により、進路前方を右から左へ横断中のA自転車を前方約四・六mの地点になって初めて発見し、急制動の措置を講じる間もなく、A自転車に被告バイクを衝突させ、亡Aを自転車もろとも路上に転倒させた過失がある。

(3)  亡Aの死亡及び原告らの相続

ア 亡Aは、本件事故によって頭部打撲の傷害を負い、本件事故当日(平成二三年一月二二日)の午後八時三九分に前記傷害による脳挫傷により死亡した。

イ 原告X1は、亡Aの妻であり、原告X2(平成七年○月○日生)、は長男、原告X3(平成一三年○月○日生)は二男である。

(4)  治療関係費

亡Aの治療関係費として四一万一三七〇円を要した。

(5)  亡Aの本件事故以前の病歴及び職歴

亡Aは、平成二一年四月一〇日、勤務先であったa協会(以下「a協会」という。)b支所において盗難事件(手提げ金庫から一万九五〇〇円の窃盗・以下「本件窃盗」という。)が発生した後、失踪し、同月一三日に保護され、同月一四日から同年七月一一日まで、うつ病及び解離性障害の治療のため、c病院に入院した。

a協会は、平成二二年三月二六日付けで、亡Aに対し、本件窃盗行為を処分理由とする懲戒解雇処分通知(以下「本件解雇処分」という。)をした。

亡Aは、その有効性を争い、京都地方裁判所平成二二年(ワ)第一九七五号事件(以下「別件訴訟」という。)を提起した。亡A死亡後の平成二四年八月三一日別件訴訟の判決が言い渡され、同判決は確定した(甲四・弁論の全趣旨)同判決において、本件窃盗行為は亡Aによるものと認定され、本件解雇処分は有効と判断された(甲四)。

(6)  既払額

ア 被告バイク付保の任意保険会社(以下「被告保険会社」という。)は、前記(4)の治療関係費を負担するとともに、原告らに対し、一〇〇万円を支払った。

イ 原告らは、自賠責保険から、三〇〇〇万円を受領した。

ウ 原告X1は、労災保険年金として、三八〇万二一七二円を受領した。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  過失相殺

【被告の主張】

ア 本件道路は、幅員七mで、中央線のある道路である。亡Aは、A自転車で、本件道路を直角に横断したのではなく、しばらく、被告バイクの反対車線を逆行するように斜めに進行し、中央線を越えて更に斜めに進行して、本件道路を横断しようとしていたものである。このことは、被告バイクの右側フロントフォークの擦過痕とA自転車の左側チェーンステー部分の擦過痕が一致するなど、衝突形態(乙九・写真番号一七)から明らかである。

したがって、亡Aには、車線変更車両としての合図とともに、後方から進行してくる車両の動静に注意すべき義務があったところ、これを怠った過失がある。

イ なお、被告は、衝突時、左手は既にハンドルに戻しており、片手運転のまま衝突したわけではない。

ウ 前記アの亡Aの過失に加え、本件事故が夜間に発生したことを勘案すると、被告の前方不注視及び速度超過を考慮しても、亡Aには、少なくとも二五%の過失があるというべきである。

【原告らの主張】

ア 被告は、A自転車が斜め横断していたとして亡Aを非難しているが、被告は、前方不注視のまま進行し、初めてA自転車を発見した際には、その向きさえも分からなかったと供述しているのであるから(乙一二・六頁)、A自転車の経路を見ていないし、被告自身が本件道路中央付近から道路左寄りに進路変更をしていた可能性があるばかりか、被告は、衝突時瞬間的にハンドルを左に切ったと供述している(乙一五・三頁)ことからすると、乙九・写真番号一七の衝突時の車両位置関係は正しくないこととなり、これを根拠に亡Aが斜め横断をしていたとはいうこともできない。

また、A自転車は、前かごに乾電池式のライト(乙五・写真番号一七、二〇)及び前輪右側ステーに摩擦燈火式のライト(乙五・写真番号一七説明文)の合計二つを点灯させて走行していた。

イ 前記一(2)の被告の過失(横断者が予測される道路(周辺に商店)を、制限速度を時速一五km超過で、ロービームで、片手運転で不安定なまま(左手でシールドを操作していた。)、前方不注視で走行した過失)は重大であり、亡Aに被告主張の過失相殺率は当てはまらない。

(2)  亡Aの本件事故当時の労働能力

【原告らの主張】

ア 亡Aは、昭和六三年四月にa協会に採用され、長年、総務部で勤務したが、真面目な勤務態度で、勤務先から問題点を指摘されるようなことは一切なかった。

亡Aは、平成一八年四月五日、不眠や集中力障害を訴え、d医院を受診し、「ストレスによる心身疲労状態」と診断され、数日間、休暇を取得した。更に、平成二〇年七月にはb支所勤務となり、往復三時間の通勤を強いられ、超長時間労働となった。

また、平成二一年四月一〇日午前八時過ぎ、b支所で本件窃盗事件が発生すると、b支所長は警察に通報し、第一発見者である亡Aは、警察官による質問を受けた。その後、亡Aは、a協会の総務部長らからの事情聴取を受け、報告書の作成を命じられた上、同日午後八時から、総務部長らと本所(本店)へ同行するよう求められた。亡Aは、病気のことにも言及して、「耐えられない」などと訴えたが、聞き入れて貰えなかったため、本所へ向かう自動車が信号待ちの隙に、降車して逃走し、行方不明となった。原告X1は、a協会の指示で、警察署に捜索願いを提出したところ、同月一三日午後六時ころ、亡Aは、淀南交番で保護された。亡Aは、保護時、自分や家族の名前も分からず、身体は汚れで真っ黒になっており、両手にはひっかき傷が無数にあり、靴や服はドロドロに汚れていた。翌日、c病院に入院し、「うつ病及び解離性障害」と診断された。

イ 亡Aは、約三か月入院し、症状の改善がみられ、平成二一年七月一一日退院し、自宅療養した。この間、a協会は、病休であった。亡Aは、同年一〇月までには日常生活に問題がなくなった。

そこで、亡Aは、a協会に対し、d医院医師発行の診断書(甲九)を提出して、復職の上、就業規則上の「リハビリ勤務」を希望したが、a協会は、リハビリ勤務による復職を認めようとしなかった。亡Aが復職を求めて交渉をしていた最中、a協会は、平成二二年三月二六日付けで本件解雇処分通知をした。亡Aは、その有効性を争い、別件訴訟を提起しており、勝訴すれば、職場に復帰し、仕事を再開できるまでに回復していた。

亡Aは、自立支援医療受給者証の交付(平成二一年六月一二日交付、平成二二年八月二六日再交付)を受けていたが、精神科に通院し、服薬を受けているからといって就業が不可能なわけではない。

【被告の反論】

ア 亡Aは、平成一八年四月五日、d医院で、うつ病、妄想性障害、不眠症の診断を受け、治療を開始した。その後、治癒することなく、本件窃盗事件まで、一か月に一回程度の通院と投薬が継続されていた。

亡Aは、本件窃盗事件が発覚したため、平成二一年四月一〇日午後八時一五分ころから、行方不明となり、同月一四日淀南交番で保護されたが、保護時、自分の氏名や家族も分からない状態であり、c病院に入院した。三か月の入院によっても、解離性健忘の回復は果たせないまま、入院予定期間の経過と病院内での問題行動から、退院となり、同年七月一一日からは自宅療養となり、同月二五日から再びd医院へ通院した。傷病名はうつ病、妄想性障害、不眠症であった。同年一〇月時点でも「就業には困難がある」とされ、平成二二年四月一四日のカルテにも「入院をすすめるが、その金銭的な余裕がないという」と記載されている。その後、平成二三年一月二二日の本件事故当日まで、d医院へ通院していた。

イ 亡Aは、平成二二年三月二六日、a協会から、本件窃盗行為を理由として、本件解雇処分を受けた。

ウ 前記ア・イの状況にあった亡Aが、正社員として再雇用される可能性は極めて低かったといわざるを得ず、そもそも、その労働能力は相当程度限定された状態であった。

(3)  亡A及び原告らの損害

【原告らの主張】

ア 治療関係費(当事者間に争いがない。) 四一万一三七〇円

イ 葬儀費用 一九三万三二九四円

ウ 逸失利益 七四五九万一八二五円

亡Aは、一家の柱であり、前記(2)〔原告らの主張〕のとおり、大学卒業後、a協会に勤務していたが(平成二一年の給与所得額は七六六万五一六二円)、平成二二年三月二六日付けで本件解雇処分を受けた。本件事故当時は、この処分の効力を争い係争中であり、一時的に「e」でアルバイト(時間給八五〇円、四日間で二万八六〇〇円)を始めたばかりであった。

このような事情からすると、亡Aの逸失利益の算定に当たっては、その基礎収入額を平成二二年賃金センサス産業計・企業規模計・男性労働者・大学卒・四五歳から五〇歳の年収である八〇九万五四〇〇円とし、生活費控除率は三〇%とするのが相当であって、死亡逸失利益は、次のとおり、七四五九万一八二五円となる。

809万5400円×(1-0.3)×13.163=7459万1825円

エ 死亡慰謝料 二八〇〇万〇〇〇〇円

オ 原告ら固有の慰謝料

(ア) 原告X1 三〇〇万〇〇〇〇円

(イ) 原告X2 一五〇万〇〇〇〇円

(ウ) 原告X3 一五〇万〇〇〇〇円

【被告の反論】

アを除き、いずれも否認ないしは争う。

とりわけ、逸失利益については、前記(2)〔被告の反論〕のとおりであるから、原告ら主張の基礎収入額は認められない。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)(過失相殺)について

(1)  事故態様

ア 前記第二の一(争いのない事実等)と証拠(甲一、乙一ないし九、一二ないし一六)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア) 本件道路は、別紙図面のとおり、南東から北西に延びる片側一車線の幅員約七mの府道である。本件道路の南西側には歩道(一部にガードレールあり)が設置され、北東側には幅約二mの路側帯が敷設されている。本件道路の最高速度は時速四〇kmに制限されている。本件道路は、朝夕の時間帯には交通頻繁であるが、本件事故当日は土曜日であり、本件事故発生時刻の交通量は少なかった。また、本件事故発生時刻は、既に日没後であり、本件事故発生場所は、街灯などがなく、暗かった。

(イ) 被告は、平成二三年一月二二日午後六時二七分ころ、被告バイクを運転して時速約五五kmで本件道路を北西へ直進中(なお、ライトはロービーム)、ヘルメットシールドを下ろすことに気を取られたため、前方の安全を確認しないまま漫然と走行し、左手をハンドルに戻し、前方を確認した別紙図面記載の③地点になって初めて、同file_4.jpgの地点(同③地点から約四・六m右前方)にA自転車を発見し、急制動の措置を講じる間もなく、被告バイク前部をA自転車の左側面部に衝突させて、亡Aを自転車もろとも路上に転倒させた。

(ウ) 亡Aは、上記日時ころ、アルバイト先からの帰宅のため、A自転車に乗って(A自転車は、乾電池式ライト及び摩擦燈火式ライトを点灯していた。)、本件道路を北東側から南西側へ横断中、別紙図面記載のfile_5.jpg地点で、前記のとおり、被告バイクと衝突した。

イ 前記アの認定事実に対して被告は、「亡Aが本件道路を斜め横断していた」と主張する。なるほど、A自転車と被告バイクの損傷箇所をつき合わせると、A自転車に対して九時の方向(垂直)ではなく、七時ないしは八時の方向から被告バイクが衝突していることが分かるが(乙九、一四)、衝突を回避するために、A自転車及び被告バイク双方がハンドルを切った可能性もあり、上記衝突時の両車両の位置関係のみから、亡Aが斜め横断していたとまでは推認できない。

他方、原告らは、「被告は本件衝突時片手運転であった」と主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

(2)  過失割合

前記(1)アの認定事実によれば、被告には、本件道路を走行するに当たっては、制限速度(時遠四〇km)を遵守することはもとより、前方道路の安全を確認しながら走行すべき注意義務があるのに、これを怠り、ヘルメットのシールドを下ろすことに気を取られ、前方注視を怠ったため、右前方約四・六mになって初めてA自転車を発見し、急制動の措置を講じる間もなく、A自転車に被告バイクを衝突させて、亡Aを自転車とともに転倒させた過失がある。

他方、前記(1)アの認定事実によれば、亡Aは、夜間(本件道路を走行する車両側からは、本件道路を横断する自転車等は発見しづらい状況)で、横断場所以外の場所で本件道路を横断するに当たって、通行する車両の有無等の安全を確認すべき注意義務があるのにこれを怠って、被告バイクと衝突した過失がある。

以上のような、被告及び亡Aの各過失の内容・程度を比較考慮すると、亡A及び原告らの損害につき、一五%の過失相殺をするのが相当である。

二  争点(2)(亡Aの本件事故当時の労働能力)について

(1)  本件事故以前の診療経過等

前記第二の一(争いのない事実)と証拠(甲三、四、八ないし一一、一四、一五、一七、一八、乙一七、一八、二〇ないし二三、二五、二六(枝番のあるものは、枝番を含む。)、原告X1本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 亡A(昭和四〇年○月○日生)は、大学卒業後、昭和六三年四月にa協会に入社し、本所勤務、f支所勤務、関連会社への出向を経て、平成二〇年七月からはb支所の調査役となった。

この間の平成一八年四月五日、亡Aは、不眠等を訴え、d医院を受診し、うつ病、妄想性障害、不眠症との診断を受け、「四月四日より一週間の休養加療を要す。」との診断書(甲八)をa協会に提出して休暇を取得した。その後も、d医院に、ほぼ毎月一回通院し、投薬を受けていた。

イ 亡Aは、平成二一年四月一〇日、b支所での本件窃盗事件について、上司らから事情聴取されることに耐えきれなくなって、同日午後八時ころ、b支所から本所に向かう自動車が信号待ちのため停車中に、いきなり降車して、そのまま、失踪した。同月一三日午後六時ころ、亡Aは、淀南交番で保護されたが、自分や家族の名前も分からず、身体は汚れで真っ黒になっており、両手にはひっかき傷が無数にあり、靴や服はドロドロに汚れていた。

翌日(平成二一年四月一四日)、亡Aは、d医院の診察を受け、その紹介で、c病院に入院した。同病院での診断は、うつ病及び解離性障害であった。

ウ 亡Aは、平成二一年四月一四日から同年七月一一日まで、c病院で入院治療を受けたが、全生活史健忘の状態が回復することはなかった。原告らとは早期から親和性をもてるようになったこと、入院受容期間を経過したことから、亡Aは、退院し、再びd医院に通院した。

亡Aは、同年四月二七日から、障害者自立支援法五八条による医療費の一部補助受給資格の認定を受けた。また、a協会は休職扱いとなっていた。

エ 原告X1は、亡Aの職場復帰を願い、d医院に相談したところ、同医院医師は、症状に波があり職場復帰は困難と述べたが、同原告は、a協会には、「リハビリ勤務」という制度があるので、診断書を発行してほしいと申し入れた。そこで、同医院医師は、「傷病名 一)うつ病、二)解離性障害」「上記傷病にて通院療養を継続している。c病院からの引き継ぎであるが、まだ、就業には困難がある。改善傾向は認められ本人にも復職の希望があるため、産業医…とも相談して、復職へのプランを考えていただきたく存じます。」との診断書(甲九)を発行した。原告X1は、同診断書をa協会に提出して、復職を願い出たが、復職はかなわなかった。

亡Aは、月に一回程度、d医院に通院し、投薬を受け、自宅で療養していたが、不眠は続いていた。

オ a協会は、平成二二年三月二六日付けで、亡Aに対し、本件窃盗行為を処分理由とする本件解雇処分をした。亡Aは別件訴訟を提起した。

d医院医師は、同年四月、入院を勧めたが、亡Aは金銭的な余裕がないと答えた。

同年七月二日、亡Aの自立支援医療受給資格は更新された。

カ 亡Aは、本件解雇処分後、失業保険の支給を受けていたが、平成二三年一月には、受給期間が終了した。

亡Aは、同月一八日から、eフードサービスg工場で時給八五〇円の八時間勤務の製造補助のアルバイトを始め、同日、一九日、二〇日及び二二日(本件事故当日)の四日間、勤務した。

キ なお、本件事故後の平成二四年八月三一日別件訴訟の判決が言い渡され、同判決は確定した。同判決において、本件窃盗行為は亡Aによるものと認定され、本件解雇処分は有効と判断されたが、退職手当の四割相当についての請求権は失われないと判断された。

(2)  前記(1)の認定事実によれば、亡Aは、本件事故当時、うつ病及び解離性障害の精神疾患によって、精神的負荷のある業務に就労することは困難な状況にあったことが認められる。

三  争点(3)(亡A及び原告らの損害)について

(1)  亡Aの損害

ア 損害額

(ア) 治療関係費 四一万一三七〇円

前記第二の一(争いのない事実等)(4)のとおり、亡Aの治療関係費として四一万一三七〇円を要したことは当事者間に争いがなく、これを治療関係費としての損害と認める。

(イ) 葬儀費用 一五〇万〇〇〇〇円

証拠(甲一九、原告X1本人尋問の結果)によれば、亡Aの葬儀費用、仏壇代及び墓石代を含めると、一九三万三二九四円を要したことが認められるところ、このうち、一五〇万円を被告に負担させるべき相当額と認める。

(ウ) 逸失利益 二六七二万〇八九〇円

前記二認定事実によれば、亡Aは、本件事故当時、うつ病及び解離性障害の精神疾患によって、精神的負荷のある業務に就労することは困難な状況にあったばかりか、それらの症状が快復したとしても、a協会を窃盗行為によって懲戒解雇されたことからすると、再度、a協会と同程度の年収を得られる正規雇用は極めて厳しいことが見込まれた。そうすると、亡Aの逸失利益の算定に当たっては、基礎収入額としては、本件事故年の大学卒男子平均収入六四六万〇二〇〇円の約四五%に相当する二九〇万円とし、生活控除率は三〇%とし、就労可能年数を二二年(対応するライプニッツ係数は一三・一六三)とするのが相当である。

そうすると、亡Aの死亡逸失利益は、次のとおり、二六七二万〇八九〇円となる。

290万円×(1-0.3)×13.163=2672万0890円

(エ) 死亡慰謝料 二四〇〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、家族関係、その他本件訴訟の審理に顕れた諸般の事情に鑑み、また、後記のとおり、原告ら固有の慰謝料を認定することを考慮すると、亡Aの死亡に対する慰謝料としては、二四〇〇万円が相当である。

イ 過失相殺

前記アの合計額は五二六三万二二六〇円となるところ、前記一(2)に判示のとおり、本件事故による損害については一五%の過失相殺をするのが相当であって、過失相殺後の損害額は、四四七三万七四二一円(5263万2260円×(1-0.15))となる。

ウ 損益相殺

前記第二の一(争いのない事実等)(6)ア・イのとおり、被告保険会社の既払額は一四一万一三七〇円であること、自賠責保険からの支払額は三〇〇〇万円であることは当事者間に争いがないことから、これを損益相殺すると、亡Aの損害額は一三三二万六〇五一円(4473万7421円-(141万1370円+3000万円))となる。

(2)  原告X1の損害

ア 損害額

(ア) 亡Aの損害の相続分

前記第二の一(争いのない事実等)(3)のとおり、亡Aの相続人は、妻である原告X1及び子である原告X2及び同X3であることは当事者間に争いがないから、原告X1は、前記(1)の損害額の二分の一に当たる六六六万三〇二五円の損害賠償請求権を相続した。

(イ) 原告X1固有の慰謝料

以上に認定の事実によれば、原告X1は、夫である亡Aの死亡により、精神的損害を受けたことが認められるところ、同原告が相続する亡Aの慰謝料に加えて、同原告固有の慰謝料として、一七〇万円を認めるのが相当である。

イ 損益相殺

前記アの合計額は八三六万三〇二五円となるところ、前記第二の一(争いのない事実等)(6)ウのとおり、原告X1は、本件弁論終結時までに、労災保険年金として、三八〇万二一七二円を受領したことは当事者間に争いがないことから、これを損益相殺すると、原告X1の損害は四五六万〇八五三円(836万3025円-380万2172円)となる。

(3)  原告X2及び同X3の損害

ア 亡Aの損害の相続分

前記第二の一(争いのない事実等)(3)のとおり、亡Aの相続人は、妻である原告X1及び子である原告X2及び同X3であることは当事者間に争いがないから、原告X2及び同X3は、それぞれ、前記(1)の損害額の四分の一に当たる三三三万一五一三円の損害賠償請求権を相続した。

イ 原告X2及び同X3の固有の慰謝料

以上に認定の事実によれば、原告X2及び同X3は、父である亡Aの死亡により、精神的損害を受けたことが認められるところ、同原告らが相続する亡Aの慰謝料に加えて、同原告ら固有の慰謝料として、各八五万円を認めるのが相当である。

前記アと固有の慰謝料と合算した金額は各四一八万一五一三円(三三三万一五一三円+八五万円)となる。

四  結論

以上によれば、原告X1の請求は、民法七〇九条に基づき、被告に対し、本件事故による損害賠償金四五六万〇八五三円及びこれに対する不法行為の日(本件事故日)である平成二三年一月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告X2及び同X3の各請求は、民法七〇九条に基づき、被告に対し、それぞれ、本件事故による損害賠償金四一八万一五一三円及びこれに対する前同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、理由があるから認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 比嘉一美)

別紙図面<省略>

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