京都地方裁判所 平成25年(ワ)904号 判決 2014年9月25日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
若宮隆幸
同
糸瀬美保
同
内村和朝
同
大濵厳生
同
加藤進一郎
同
二之宮義人
同
畑中宏夫
同
安枝伸雄
同
中島俊明
被告
株式会社りそな銀行
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
平田正憲
同
池田良輔
同
長谷川千鶴
主文
1 被告は、原告に対し、121万8801円及びこれに対する平成23年11月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は、原告に対し、245万4160円及びこれに対する平成23年11月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、銀行である被告から単位型株式投資信託を購入した原告が、被告の原告に対する同投資信託の勧誘販売行為について、適合性原則違反及び説明義務違反の不法行為が成立し、これにより、原告において245万4160円の損害を被ったと主張して、被告に対し、同金員及びこれに対する不法行為の日の後である平成23年11月29日(同投資信託の満期償還日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨から容易に認められる事実(認定に用いた証拠等は、文末に記載する。))
(1) 当事者等
ア 原告は、昭和12年○月○日生まれの男性であり、後記本件取引当時69歳であった。
原告は、後記本件取引より前には投資経験が一切なかった。(弁論の全趣旨)
B(以下「B」という。)は、原告の娘である。(弁論の全趣旨)
イ 被告は、銀行業を営む株式会社であり、単位型株式投資信託である後記本件商品を原告に対して勧誘販売した者である。
C(以下「C」という。)は、被告の従業員であり、後記本件取引当時、被告の千本支店(以下「本件支店」という。)に所属し、原告に対する後記本件商品購入の勧誘等を担当した者である。(弁論の全趣旨)
(2) 原告による単位型株式投資信託の購入(本件取引)等
原告は、平成18年11月21日、「CAきくリスク軽減型ファンド2006-11(愛称「きく(菊)」)」と称する単位型株式投資信託(以下「本件商品」という。)を228万円分購入した(以下「本件取引」という。)。(甲1、乙1、弁論の全趣旨)
原告は、その際、原告が被告において保有していた満期前の定期預金1口(228万3889円。以下「本件定期預金」という。)を解約し、うち228万円を本件取引の原資とした。(弁論の全趣旨)
(3) 本件商品の概要
ア ファンドの名称
CAきくリスク軽減型ファンド2006-11
愛称:きく(菊)
イ 商品分類
単位型株式投資信託/国内株式型(一般型)
ウ ファンドの目的
主として日経平均株価の水準により価格(償還価格を含む。)が変動する性格を持つ債券に投資することにより、定期的な収益分配の確保と、一定条件の元で信託財産の確保を目指した運用を行う。
エ 投資対象
ファンドの有価証券届出書提出日現在においてAA-格(スタンダード&プアーズ社)以上又はAa3格(ムーディーズ社)以上のいずれかの格付を有する発行体若しくは同等以上の格付を有する金融機関が保証を与える発行体が発行するユーロ円債(日経平均株価の水準によって償還価格を含んだ価格が変動する性格を持つ債券)を主要投資対象とする。
オ 信託設定日
平成18年11月30日
カ 信託期間
平成18年11月30日~平成23年11月28日
ただし、繰上償還になった場合、短くなる。
キ 決算日
年2回(5月28日及び11月28日、休日の場合は翌営業日)
ク 収益分配
毎決算時に、収益分配方針に基づいて分配を行う。具体的には、1万口当たり/税引前で1年目に約600円(半期ごとに約300円)、2年目以降毎年合計約20円(半年ごとに約10円)の分配金が支払われる(なお、早期償還の場合、それ以降の分配金は支払われない。)。ただし、ファンドが投資した債券の発行体若しくは保証を与える金融機関の信用状況によっては、分配金の一部又は全額が支払われない。
ケ 申込期間
平成18年11月1日~平成18年11月29日
コ 募集上限
300億円(上限)
サ 申込単位
10万円以上1円単位
シ 申込価額
受益証券1口当たり1円
ス 申込手数料
1.575%を上限に販売会社が定める。
セ 途中解約
①3か月ごとの途中解約と②特別な事由による途中解約(特別解約)の2種類がある。①3か月ごとの途中解約の場合、毎年3月20日、6月20日、9月20日、12月20日(休日の場合は翌営業日)を解約実行日として、各解約実行日の7営業日前から3営業日前の間に途中解約を受け付ける。ただし、平成18年12月にかかる途中解約及び繰上償還決定後の途中解約の実行の請求は、受け付けない。②受益者が死亡したときなどの特別な事由による場合には、毎営業日を解約実行日として、途中解約(特別解約)の実行の請求を受け付ける。このように解約は可能であるが、解約した場合、解約価額は顧客が既に受け取った分配金を考慮しても当初元本を下回る水準となる可能性が高い。
ソ 解約単位
1口単位
タ 解約価額
解約実行日の翌営業日の基準価額から信託財産留保額を控除した価額
チ 信託財産留保額
0.5%(途中解約時)
ツ 解約代金支払
解約実行日から起算して、原則として5営業日目から
テ 信託報酬
当初設定時元本総額に対して1.848%
ト 償還条件及び償還額
① 設定約1年後から毎年5月及び11月の「判定日」(平成19年11月28日、平成20年5月28日、同年11月28日、平成21年5月28日、同年11月30日、平成22年5月28日、同年11月29日、平成23年5月30日)の日経平均株価終値がスタート株価(設定時の基準となる日経平均株価。平成18年12月1日、4日、5日、6日、7日の5営業日間の東京証券取引所における日経平均株価終値の平均値、小数点第5位以下を四捨五入したもの)と比較して「繰上償還基準」(プラスマイナス0%)以上の場合、各判定日から1か月後の6月28日及び12月28日を繰上償還日とし(休日の場合は、翌営業日を繰上償還日とする。)、1万口当たり約1万円を償還する。
② 早期償還せず、かつ元本確保判定期間中(信託設定期間約5年のうち、最後の約半年すなわち、平成23年5月31日~平成23年10月28日の期間)における日々の日経平均株価終値が、スタート株価と比較して一度もマイナス30%以下に下落しなかった場合には、満期償還日(平成23年11月28日)に、1万口当たり約1万円プラス満期償還時の分配金相当額(最後の半年分の分配金相当額)1万口当たり約10円の合計約1万0010円を償還する。
③ 早期償還せず、かつ元本確保判定期間中(信託設定期間約5年のうち、最後の約半年すなわち、平成23年5月31日~平成23年10月28日の期間)における日々の日経平均株価終値が、スタート株価と比較して一度でもマイナス30%以下に下落した場合には、満期償還日(平成23年11月28日)に、日経平均株価の変化率と同じ比率で変化した価額プラス満期償還時の分配金相当額(最後の半年分の分配金相当額)1万口当たり約10円を償還する。ただし、上限価額は約1万0010円となる。
ナ 主要投資対象とする予定のユーロ円債の概要(実際に組み入れる債券は、発行日の投資環境により、概要と同一の内容のものにならない場合がある。)
発行体 イクシスコーポレートアンドインベストメントバンク
債券の種類 ユーロ円債(ユーロ市場で発行される円建債券。日経平均株価のオプションを内包しており、日経平均株価の水準により償還価格を含んだ価格が変動する商品。為替リスクは有しない。)
償還期限 約5年以内
(4) 本件商品の満期による償還
平成23年11月28日、本件商品は満期となり、被告から原告に対し、122万5840円が償還された(以下「本件償還」という。また、本件償還に係る金員を、以下「本件償還金」という。)。(甲3、弁論の全趣旨)
(5) 本件商品に係る分配金
原告は、本件取引後、本件償還までの間に、被告から、本件商品の分配金として合計13万5359円を受領した(この金員を、以下「本件分配金」という。)。(弁論の全趣旨)
(6) 原告と被告の交渉経過等
ア 消費生活相談員によるあっせん
原告は、被告による本件商品の勧誘についての経緯に納得ができなかったため、平成23年6月ころ、Bと共に、京都市消費生活センターに相談をし、相談員によるあっせん交渉が行われたが、被告は本件商品の勧誘に違法性がないとの態度に終始し、不調となった。
イ 国民生活センターによるADR
(ア) 原告は、平成23年11月、独立行政法人国民生活センター法に基づく重要消費者紛争解決手続(以下「国センADR」という。)の申立てをした(以下、この申立てに係る手続を併せて「本件ADR」という。)。
本件ADRの手続には、原告代理人としてBが原告と共に出席した。
(イ) 平成24年2月3日に開催された本件ADR第1回期日において、原告は、本件取引に係る経緯を説明したところ、被告は、①原告の日常会話の中で原告の日本語能力に全く疑念は抱かなかった、②投資信託のリスクについてきちんと説明した、③原告が中国残留孤児であると聞いたのはB及び原告の妻が同席の上で原告と会った時であったなどといった趣旨の主張をした。双方の聴取を終えた仲介委員は、原告の日本語能力の不十分さや取引経験等の観点から適合性の問題があることを指摘し、原告が本件商品について「いい利息がつく預金の一種」として認識していたと考えられることを前提に、本件商品の購入契約は錯誤により無効であるという考えを示し、実損分全額を返還するという内容のあっせん案を被告に提示した。
(ウ) 平成24年3月23日に開催された本件ADR第2回期日において、仲介委員が、被告に対し、原告の日本語能力の確認を促す趣旨で、原告と直接会うことを提案したが、被告は、銀行の記録や支店の報告に基づき判断するべきであり、本件取引時に原告の日本語が不自由だと感じなかったとの報告であるとして、直接の面談を拒否した上で、本件取引に問題はなかったと主張した。
(エ) 平成24年7月6日に開催された本件ADR第3回期日において、被告には落ち度がないと主張する被告の態度には変化がなく、被告からは、本件取引に関する手数料等約3万5000円を返金するといった提案しか提示されなかった。これに対して、仲介委員からは、被告に対し、本件商品の商品性、適合性原則違反、説明義務違反について、相当程度詳細な指摘がなされた上で、原告に過失相殺をするべき事情は見当たらないと思われるが、ADR手続であることに鑑みて、双方の互譲による解決という趣旨で、実損分の5割を支払うことを検討してほしいとの最終解決案が示された。
被告は、上記最終解決案を拒否したため、平成24年7月25日、本件ADRは、不調により終了した。
(7) 本件訴訟の提起
原告は、平成25年3月22日、本件訴訟を提起した。
(当裁判所に顕著)
2 争点
(1) 争点1
被告による勧誘行為の違法性の有無
(2) 争点2
原告の損害の範囲
(3) 争点3
過失相殺の当否
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(被告による勧誘行為の違法性の有無)について
ア 原告の主張
(ア) 原告について
a 原告は、いわゆる中国残留孤児である。幼少期に中国に渡り、終戦ころに家族と別れて残留孤児となり、その後は中国人の養父母に育てられたが、中国では小学校に通うこともできず、主に黒竜江省にあった炭鉱で働いていた。原告は、昭和52年ころ、41歳の時に日本に帰国したが、日本語教育を受けることもできず、主に溶接工として働いて生計を立てており、平成9年ころ、60歳の時に勤務先の倒産によって無職となり、その後はほぼ年金収入のみで生活してきた。
b 原告は、上記aのような生活歴のため、日本語の理解は極めて不十分であり、挨拶などの簡単な日常会話程度はできるものの、少し複雑な話になると理解することができず、平仮名、片仮名は、一応読むことができるものの、一連の文字を単語として認識することは困難である。漢字で読めるのは「山」などのごく簡単なものと日付け程度で、書けるのはこれに加えて住所及び氏名程度である。原告は、国が行っている残留孤児帰還事業開始以前の帰国者であるため、日本語習得に関しての公的支援も全く受けていない。
c 原告は、被告の勧誘によって、本件商品を購入させられるまでは、投資経験は一切なく、中国で生活している間は、給与もすべて現金で受け取り、それをそのまま生活資金として使用していたため、銀行口座を持ったこともなく、預金すらしたことがなかった。原告が初めて銀行預金口座を持ったのは、日本に帰国した後のことであり、普通預金の残高がある程度まとまると、それを定期預金にしていた。
d 原告は、本件商品を購入させられた平成18年11月時点で、被告における定期預金や他行における定期預金、現金等合わせて約2000万円程度の資金を保有していた。その原資は、日本に帰国後働きながら給料の中から少しずつコツコツと貯めてきたもので、資金性質は、すべて少ない年金を補う老後の生活資金として、また、原告に万が一のことがあった場合に年金の少ない妻に生活費として残すため貯めていたというものであった。そのため、原告は、絶対的に安全性重視の意向を有しており、たとえ少しでも元本割れのリスクがあれば、それを許容する意思は全くなかった。
(イ) 本件取引に至る経緯について
a 原告は、従前から被告において定期預金をしていたが、平成18年11月ころ、定期預金の利息を確認するために、本件支店に行った。
原告は、ATMで記帳しようとしたが、ATMの操作が分からず、困っていたところ、近くにいた操作案内の被告従業員から声を掛けられ、代わりに操作をしてもらうことになった。ところが、その被告従業員は、原告の通帳の残高を見て、こんなにお金を持っていてもったいない、という趣旨のことを言って、原告を窓口に連れて行った。窓口では、Cが応対し、原告は、Cから本件商品の勧誘を受けることになった。
原告は、Cから本件商品の勧誘を受けた際、5年で10ないし20万円程度の利子がある、と言われたことは分かったが、それ以外の説明は理解できなかった。また、原告の保有していた預金は、老後の生活資金であったため、原告は、「なくなったらあかん。」「減ったらあかん。」ということをCに話したが、Cからは元本割れする可能性があるとの説明はなく、原告は、本件商品は元本割れすることはないと安心して、本件商品を購入することとなった。
b 上記aのような経緯により、原告は、平成18年11月21日、本件商品の購入(本件取引)の申込みをした。
原告は、「投資信託 募集・買付申込書(注文伝票)」(甲1。以下「本件注文伝票」という。)及び「投資信託取引申込書(個人用)」(甲2。以下「本件投資信託取引申込書」という。)に書かれている文字を読むことができなかったため、Cに言われるがままに、これらの書面に住所及び氏名等を記入した。本件投資信託取引申込書においては、「投資に関するお考え(投資目的)」の「価格変動とリターンについて」の欄の「2.ある程度リターンを望むためリスクは承知している。」にチェックがされ、「為替相場の変動について」の欄の「2.収益向上を狙うので、リスクは承知している。」にチェックがされているが、これらについても、原告は、書かれている内容を理解できない状態で、すべてCに言われるがままに記入させられたもので、原告の実際の投資意向とは全く異なるものである。
本件商品の購入金額については、満期前の定期預金1口(228万3889円)を解約して、そのまま本件商品購入の原資としたため、228万円となった。
(ウ) 本件取引後の経緯について
a 原告は、本件商品を、利息が高くて安全なものであると認識していたため、更に本件商品を購入したいと考えた。そのため、原告は、後日、タンス預金として自宅に保管していた現金200万円を持参し、これに被告における定期預金約600万円を加えた約800万円を本件商品の購入に充てたいという意向をCに伝えたことがあった。しかし、理由は理解できなかったものの、Cの勧めにより、上記の合計800万円は、本件商品ではなく国債の購入に充てることとなり、平成18年12月15日、国債を800万円で購入した(以下「本件国債」という。)。
b 平成19年秋ころ、原告と原告の娘であるBとが話している際、原告が「とてもよい利息がつく貯金をした。」という話をした。Bは、そのようなうまい話があるとは信じられないと疑問に思い、原告が言う「貯金」は、元本割れする可能性のある金融商品の購入ではないか、と感じた。そのため、Bは、原告に対し、「貯金」について、元本割れする商品ではないか、と聞いたところ、原告は、担当者から元は減らない、と言われたと回答した。そのため、Bは、その時はそれ以上の詳細を聞かなかった。
c しかし、Bとしては、そんな有利な預金が本当にあるのか、という疑問を拭い去れなかったため、しばらく経ってから、原告、原告の妻及びBの3名で、本件支店に行き、本件商品の説明を求めたところ、本件商品が元本割れのリスクのある金融商品であることが判明した。ここに至って初めてそのことを理解した原告は、勧誘時の話と異なる説明に怒りを表し、本件商品をすぐに解約したいと伝えたが、解約の時期があるためすぐには解約できない、などと言われた。原告は、なぜ解約できないのかを明確に理解できてはいなかったが、様子を見ていれば上がるかもしれない、などと言われて、よく分からないままにしばらく様子を見ることとなった。
d 原告は、当初の勧誘時には元本割れする可能性を全く伝えられていなかったのに、実際は元本割れする可能性のある商品であったことにショックを受けて、被告に対する不信感を募らせていたため、平成21年9月末ころ、上記aの本件国債だけを先に解約することにした。その際、原告は、本件商品も解約したいとの意向を持っていたが、やはり解約時期の関係ですぐには解約できないとの話をされ、なぜ解約できないのか理解できないまま、本件商品の保有を継続せざるを得なくなった。
e 結局、原告は、本件商品を保有したまま満期を迎え、平成23年11月28日、122万5840円が償還された(本件償還)。
f 平成23年6月ころ以降の原告と被告の交渉経過等は、上記1(6)のとおりである。
(エ) 本件商品の特性について
a 特性の概要
本件商品は、①元本毀損の可能性を有する上、②複雑で難解な仕組みを有し、③途中解約を予定しておらず、④リスクとリターンが不均衡である、という特性を有する。
b 元本毀損の可能性を有すること(①)
本件商品は、以下のように、そもそも元本毀損の可能性を有する。
本件商品は、設定約1年後からは、毎年5月及び11月の判定日における日経平均株価がスタート株価以上であれば、判定日の約1か月後に1万口当たり約1万円が早期償還される。また、早期償還せず、かつ、元本確保判定期間である最後の約半年における日々の日経平均株価終値が、スタート株価と比較して一度もマイナス30%以下に下落(ノックイン)しなかった場合には、満期償還日に、1万口当たり約1万円プラス満期償還時の分配金相当額(約10円)である1万口当たり約10円の合計約1万0010円が償還される。
他方、早期償還せず、かつ、元本確保判定期間中である最後の約半年(設定から約4年半後から約5年後の間)における日々の日経平均株価終値が、スタート株価と比較して一度でもマイナス30%以下に下落(ノックイン)した場合には、満期償還日に、日経平均株価の変化率と同じ比率で変化した価額プラス満期償還時の分配金相当額(最後の半年分の分配金相当額)1万口当たり約10円を償還されることになり、日経平均株価が満期償還時にスタート株価水準まで回復しない限り、元本を毀損する結果となる(株価変動リスク)。満期償還時における日経平均株価の下落率によっては、顧客の損失は元本の相当部分に及ぶ可能性がある。
また、ファンドが投資した債券の発行体又は保証を与える金融機関の信用状況によっては、償還がされないこともあるので、日経平均株価が下落しようが下落しまいが、元本すべてが毀損することもある(発行体の信用リスク)。
c 複雑で難解な仕組みを有すること(②)
本件商品は、国内株式型の投資信託という形をとりながら、その実態は、仕組債(本件では、一定の条件の下で日経平均株価の動きにより償還額が左右される海外発行体の債券)に集中投資するものである。これは、銀行が日経平均連動債のような仕組債を販売することができないことから、投資信託の形を借りて銀行であっても実質的に日経平均連動債の販売をできるようにしたものである。そして、本件商品の分配収益の方針は、1年目に約600円(半年ごとに約300円)、2年目以降毎年合計約20円(半年ごとに約10円)と変動するものであり、また、償還条件及び償還額が、投資対象の仕組債の海外発行体とは異なる日経平均株価の動きに左右されるものであるから、投資信託、海外債券、仕組債、株式等についての総合的な知識と経験がなければ、その仕組みを理解し、投資判断をすることができない複雑・難解な仕組みを有する。しかも、本件商品の元本が償還時に毀損するか否かは、単純な債券と異なり、発行体の信用のみならず、購入日から約4年半から約5年後の半年間の日経平均株価終値の動きにも依存している。すなわち、償還時の元本毀損は、元本確保判定期間中(平成23年5月31日ないし同年10月28日の期間)における日々の日経平均株価終値が、スタート株価(平成18年12月ころの日経平均株価)と比較して一度もマイナス30%以下に下落しないかという点にもかかっているところ、4年半から5年後における日経平均株価の下落率を予想することは、専門家でも困難といえることから、本件商品は、的確な投資判断が困難な複雑・難解な仕組みを有する。
d 途中解約を予定していない商品であること(③)
本件商品は、上記のとおり、途中解約について一定の制限が課せられている。しかも、投資信託説明書(目論見書)の「ファンドの主なリスク」欄に「当ファンドは、全信託期間(繰上償還または満期償還まで)にわたってご投資いただくことを前提として設計しておりますので、信託期間中の途中解約による売買差益の追求等には適しておりません。」と記載されているように、本件商品は、投資に当たって、スタート株価を下回って日経平均株価が推移し続けた場合(実際、本件ではそのように推移している。)を想定し、満期償還まで本件商品を持ちきることを覚悟して投資する類の金融商品であるといえる。
e リスクとリターンが不均衡であること(④)
(a) リスク
株式や通常の株式型投資信託では、株価の変動に応じた損益が発生する。しかし、本件商品の場合、日経平均株価の上昇の利益は受けられず、反面、ノックインすると、株価下落リスク(株価変動リスク)をすべて負担することになり、満期償還時における日経平均株価の下落率によっては、顧客の損失は元本の相当部分に及ぶ可能性がある。平成2年以降は日経平均株価が頻繁に30%以上の下落幅を示していること、本件商品については、元本確保判定期間が、設定から約4年半後から約5年後の間の最後の約半年であり、このような遠い将来における一定期間の日経平均株価の状況を予測することは、専門家であっても困難であることからすれば、ノックインして元本が毀損するリスクは決して低いものではなく、実際、本件商品もノックインして元本が毀損している。
そして、顧客が負担するのはこのような株価変動についての片面的リスクにとどまらない。本件商品は、上記の元本毀損リスク、信用リスクのほか、市場リスク、流動性リスク等の様々なリスクを有するが、とりわけ、本件商品の主要投資先が、日経平均株価の値動きによって償還条件が決定される仕組みの、イクシスコーポレートアンドインベストメントバンクが発行するユーロ円債であり、それが、日経平均株価のオプションを内包していることから、本件商品は、オプション取引に伴うリスクを有しているところ、オプションを含む投資資産のリスクは非常に高いものである。したがって、これら種々の総合的なリスクを内包する本件商品は、顧客にとって相当にリスクの高い金融商品であるといえる。
(b) リターン
他方、分配金というリターンの側面から見ると、本件商品は、信託期間を約5年とし、設定日から約1年間は、1万口当たり年額合計約600円(税引前)を、その後は、早期償還されない場合、半年に1回、1万口当たり約10円(税引前)の目標分配額を目標に分配金が支払われる金融商品である。
ただし、本件商品の購入に当たり、顧客は、当初元本に対して1.575%の販売手数料を負担する必要がある。したがって、申込金額(投資元本と販売手数料の合計)が100万円の場合の顧客にとってのリターンは、税引後で、1年後に約5万3164円、その後、償還日までは、半年ごとに約788円となり、早期償還されなかった場合、5年後のリターンの総額は、約5万9468円となる。
もっとも、ファンドが投資した債券の発行体又は保証を与える金融機関の信用状況によっては、分配金の一部又は全額が支払われないこともあるので、このリターンが0になることもある。
(c) リスクとリターンの不均衡
本件商品においては、主要投資先が仕組債であることによる商品設計コストや、商品が投資信託であることから販売手数料や信託報酬の負担がある。そのため、リスクとリターンが不均衡になっている。
実際、本件商品は、元本が大きく毀損するリスク、株価変動リスク、信用リスク、市場リスク、流動性リスク、オプション取引を内包するリスクを有し、約5年後の満期償還時まで持ちきることを覚悟して投資しなければならない反面、確保できるリターンの最大額は、5年間満期まで保有した場合の分配金の合計額から税金及び販売手数料を控除した合計額であり、100万円で申し込んだ場合、5年後のリターンの総額は、上記のとおり、約5万9468円である。他方、平成18年12月当時の5年固定金利型個人向け日本国債は、税引後の年利0.96%であり、5年間保有した場合、税引後の利息の合計額は、100万円で購入した場合、4万8000円であることから、本件商品は、元本毀損リスク、株価変動リスク、信用リスク、流動性リスク、オプション内包リスクが事実上ない単純な金融商品である日本国債と比べても本件商品のリスクとリターンの不均衡が明らかであるといえる。
しかも、平成18年12月当時のオリックス信託銀行(現オリックス銀行)の5年定期(複利)の金利は、100万円以上300万円未満預入れの場合、1.55%であり、100万円を預け入れた場合、5年後の税引後受取利息が6万4207円であった。本件商品は、預金保険制度による預金保護の下、合算して元本1000万円までとその利息が保護されることにより、元本毀損リスク、株価変動リスク、信用リスク、市場リスク、流動性リスク、オプション内包リスクがない単純な金融商品である定期預金と比べても、約5年後の満期まで保有した場合のリターンがこれを下回っていることからして、リスクとリターンの不均衡が明らかな商品であるといえる。
(オ) 適合性原則違反について
a 本件商品の特性
本件商品の特性は、上記のとおり、元本毀損の可能性を有する上、複雑で難解な仕組みを有し、途中解約を予定しておらず、リスクとリターンが不均衡であるというものである。
まず、元本毀損の可能性を有する以上、元本保証を指向する安定的な投資意向を有する顧客に適合する商品でないことは明白である。現に本件における償還額は購入金額の約56%にまで落ち込んでおり、著しい元本毀損を起こしている。
そして、複雑で難解な仕組みを有することから、投資信託、海外債券、仕組債、株式等についての総合的な知識と経験がなければ、その仕組みを理解し、投資判断をすることができず、これらに対する知識・経験がない顧客に適合する商品でないことも明白である。
さらに、途中解約が予定されておらず、元本毀損の有無が設定日から4年半ないし5年先の日経平均株価の数値に依存していることから、4年半から5年後における日経平均株価について確たる見通しを持った上で購入することを決定できる投資家でなければ、本件商品に適合するとは評価できない。
しかも、ノックインすると日経平均株価の下落率に応じて元本を毀損する株価変動リスクのほか、オプション取引を内包することに伴う高いリスクなどを負担する一方で、日経平均株価が上昇してもその恩恵を受けることはできず、運用が最もうまくいった場合にさえ5年物個人向け国債を僅かに上回る程度のリターンしか得られないのであるから、このリスクとリターンの不均衡を許容した上で購入することを決定できる投資家でなければ本件商品に適合するとは評価できない。
以上を総合すれば、元本毀損の可能性を許容し、個人向け国債よりは若干高利の利回りを希求しつつ、4年半から5年後における日経平均株価が3割以上は下落しないもののスタート株価を上回ることもないといった相場の見通しを、合理的な根拠を持って立てることができる投資家のみが、本件商品に適合するということになる。
b 原告の属性と勧誘態様
原告の属性は、上記(ア)のとおりであり、原告は、日経平均株価の将来的な見通しを立てたり、本件商品が持つ複雑で難解な仕組みを理解したりする投資経験や知識、能力を持ち合わせていなかった。そして、これらの知識や経験を検討する以前の問題として、そもそも元本毀損の可能性を絶対に許容しない、できないという強い意向を有しており、その点において、本件商品には明らかに適合しないものであった。
被告担当者は、通帳記入のために被告の支店を訪れた原告を不意打ち的に投資勧誘のブースに連れ込み、上記の原告の属性、特に、日本語能力が不十分で、元本毀損の可能性がある金融商品を忌避していることを勧誘の過程で十分に認識しながら、本件商品のようなハイリスク商品を勧誘し、原告の日本語能力の不十分さに乗じて本件投資信託取引申込書に原告の投資意向や知識とかけ離れた記載をさせるなどして、販売に必要な内部手続を整えた上で、本件商品を購入させている。かかる被告の悪質な勧誘行為には原告の適合性への配慮は微塵も見受けられない。
c 以上によれば、被告が原告に対して本件商品の購入を勧誘した行為は、適合性原則違反に当たる違法なものであって、不法行為が成立する。
(カ) 説明義務違反について
a 被告の説明義務
本件商品は、上記のとおり、①元本毀損の可能性を有する上、②複雑で難解な仕組みを有し、③途中解約を予定しておらず、④リスクとリターンが不均衡である、という特性を有する。
したがって、被告は、上記のような本件商品の購入を勧誘するに際し、本件商品の仕組みや元本毀損の可能性を有することなどを説明する義務があった。
b 説明義務の程度
原告の属性は、上記(ア)のとおりであるところ、原告のように特に金融商品取引に対する情報力、交渉力に乏しい者に対しては、金融商品取引業者の説明義務も必然的に高い程度のものが要求されるというべきである。
また、本件商品は、原告のように情報力、交渉力に乏しい者にとっては、これを購入すること自体不合理なことというべきであって、被告は説明を尽くした上で、原告に本件商品の購入それ自体を断念させる義務があったとさえいえる。
c 説明義務違反
ところが、被告の勧誘担当者であったCは、保有資産(預金)について「なくなったらあかん。」「減ったらあかん。」と述べる原告に対し、大丈夫などと述べて本件商品を勧誘しており、勧誘に際し、日本語の理解力に乏しく、日本語、中国語共に読み書きがほとんどできない原告の能力に配慮した説明は一切行われておらず、原告は、本件商品の内容を把握することができないまま、Cに言われるままに内容の理解できない本件商品の本件注文伝票や本件投資信託取引申込書に記入させられた。
したがって、被告から原告に対して、原告が理解するために必要な方法、程度による説明は一切なされていなかったものといえ、被告には著しい説明義務違反が認められる。
d 以上によれば、被告が原告に対して本件商品の購入を勧誘した行為は、説明義務違反に当たる違法なものであって、不法行為が成立する。
イ 被告の認否ないし反論
(ア) 原告について
a 上記ア(ア)aは、知らない。被告担当者が原告との間で本件商品の購入に関するやり取りをしていた中で、原告から原告が中国残留孤児であるとの説明を聞いたことはない。
b 上記ア(ア)bは、否認ないし争う。本件取引時である平成18年11月当時、被告担当者が原告とやり取りをする中で、原告が日本語を十分に理解できないことをうかがわせるような状況は特段認められなかった。
c 上記ア(ア)cは、知らない。ただし、原告は、本件取引までは投資の経験がなかったと述べており、被告もそのような認識の下で、原告に対して適切に対応していた。
d 上記ア(ア)dのうち、原告が平成18年11月時点で保有していた資金の具体的な金額は知らない。ただし、原告が自ら記載した本件投資信託取引申込書の記載によれば、原告は1000万円以上2000万円未満の金融資産を保有しているとのことであったため、被告はそのように認識している。
また、上記ア(ア)dのうち、原告は、絶対的に安全性重視の意向を有しており、たとえ少しでも元本割れのリスクがあれば、それを許容する意思は全くなかったとの点は否認する。原告は、被告担当者からの説明を受け、元本割れのリスクも含む本件商品の内容を理解した上で、本件商品を購入したものである。
(イ) 本件取引に至る経緯について
a 原告は、従来より、本件支店に定期預金4口を有しており、平成18年11月2日当時の定期預金残高は、4口合計で約800万円であった。
平成18年11月2日、本件支店のATMロビーに来店した原告に対し、ATMロビー案内係の行員が、投資信託等に興味はありませんか、と声を掛けた。これは、当時、預金金利が低く不満を持っている顧客が多かったため、そのような顧客の中で投資信託等に興味がある顧客がいれば勧めようということで、本件支店において取り組んでいた勧誘の一環としてなされたものであり、特に原告のみを対象としたものではない。もちろん、投資信託等には興味がないと明言する顧客もおり、そのような場合には勧めないが、興味を示した顧客に対しては、投資信託等の商品説明をする専用窓口に案内することになる。ATM案内係の行員は、原告が上記声掛けに対して興味を示したため、原告を上記専用窓口に案内した。
上記専用窓口で原告と応対した被告の従業員であるCは、原告に対し、本件商品について、その商品内容やリスク内容の説明等がカラー印刷で具体的に記載されたパンフレット(乙1。以下「本件パンフレット」という。)を示しながら、20ないし30分の時間を掛けて、本件商品に関する説明を具体的に行った。
本件商品は、原則として、購入後半年ごとに到来する判定日(5月28日及び11月28日)において、所定の定額の分配金が支払われるというものであるが、当該判定日における日経平均株価終値が繰上償還基準以上であれば、その時点で、元本が確保されて繰上償還される仕組みになっており、繰上償還がなされた場合には、それ以後の分配金は支払われないことになる。それゆえ、Cは、本件パンフレットの記載内容に沿って本件商品の内容を原告に説明するに当たり、本件商品については繰上償還がなされる場合があり、その場合には、元本は確保されるがそれ以後の分配金の支払はなされないということ、換言すれば、5年間にわたって分配金が所定どおり支払われるとは限らず、分配金の金額は変動し得るということをきちんと説明している。原告は、Cから本件商品の勧誘を受けた際、5年で10ないし20万円程度の利子がある、と言われたと主張するが、Cは、正しく「分配金」を説明しており、「利子」と説明したことはない。
また、本件商品が繰上償還せずに満期償還となる場合には、条件付きで元本が確保されるのであり、具体的には、元本確保判定期間である平成23年5月31日から同年10月28日までの間に、一度でも、日経平均株価終値がスタート株価と比較して30%以上下落した場合には、償還額が元本を下回る可能性がある。このことは、本件パンフレットにも明確に記載されているのであって、Cは、本件パンフレットの記載内容に沿って、本件商品の内容を原告に説明するに当たり、本件商品には満期償還時に元本割れのリスクがあるということも、原告に対してきちんと説明している。原告は、原告が、「なくなったらあかん。」「減ったらあかん。」ということをCに話したと主張するが、そのような事実はない。
以上のような経緯で、Cから本件パンフレットを示されながら説明を受けた原告は、本件商品を購入したいと申し入れてきたが、その日原告は印鑑を持参していなかったため、本件商品の購入申込手続をとることはできず、原告はそのまま帰宅した。
b 平成18年11月16日、原告は、再び、自らの意思で本件支店を訪れ、改めて、本件商品を購入したい旨申し入れてきた。平成18年11月2日からこの日までに、被告の方から原告に対する勧誘は一切行っていない。
Cは、この日も改めて、元本割れのリスクがあり得ることや繰上償還された場合にはそれ以降の分配金の支払はなされないことを含め、本件商品の内容について原告に説明を行った。ところが、この日は、原告が身分証明書を持参していなかったため、前回に引き続き、本件商品の購入申込手続をとることはできず、原告はそのまま帰宅した。
c 平成18年11月21日、原告は、身分証明書と印鑑を持参して本件支店に自ら来店し、改めて、本件商品の購入申込手続をしたいと申し入れてきた。前回の来行時以降に、被告の方から原告に対する勧誘を行ったことは一切ない。
そこで、Cは、改めて、前回までと同様に本件商品の内容の説明を原告に対して行った。原告は、Cが元本割れのリスクについて説明した際、そこまで株価が下がることはないだろうから、原告が当時被告において有していた定期預金のほぼ全額に当たる800万円全部を本件商品の購入に充てたいと申し述べた。
かかる申入れを受け、Cとしては、投資信託を購入するのは初めてであるという原告が、投資信託のリスクについてやや安易に考えているのではないか、また、本件商品購入の原資としようとしている原告の定期預金のうち3口は、間もなく満期を迎えることとなっており(平成18年12月及び平成19年1月)、満期直前にわざわざ定期預金を解約してまで購入原資を作る必要はないのではないかと感じた(上記定期預金3口は、平成18年11月時点で解約すると、普通預金と同額の利息しか得られないことになってしまうものであった。)。そこで、Cは、原告に対し、定期預金の全額を本件商品の購入原資に充てることは、必ずしもお勧めできない旨伝えた。そうしたところ、原告は、かかるCの説明を踏まえて、満期まで2年近くある定期預金1口分(本件定期預金)228万3889円を本件商品の購入原資に充てたいと言ってきたため、Cは、さらに、上記228万3889円のうち半額を定期預金にして、残り半額だけを投資信託の購入に充てるというプランもあるので(このプランにすると、通常の定期預金よりも高い利率が適用される。)、検討してみてはどうかと勧めたが、原告は、その必要はないとのことであったため、上記228万3889円の端数を除いた228万円を原資として本件商品の購入(本件取引)に至った。
かかる一連のやり取りの中で、Cは、原告に対し、少なくとも3度の機会に、本件商品は元本割れのリスクがあり得ることを説明したものであるが、そのいずれの機会においても、原告から、原告の預金は老後の生活資金であるから「なくなったらあかん。」「減ったらあかん。」といった趣旨のことがCに対して述べられたことは、一切ない。Cは、高齢である原告に対し、本件商品の購入の決断に際しては、念のため原告の息子に相談してはどうかとアドバイスしたこともあったが、原告は、「妻のために貯めてきたお金だから、息子には関係ない。」と述べていたほどである。
以上の経緯を経て、原告は、本件商品228万円分を購入することとし、本件注文伝票及び本件投資信託取引申込書に、原告自らが必要事項を記入した。
原告は、本件注文伝票及び本件投資信託取引申込書に関し、すべてCに言われるがままに記入したと主張するが、事実に反する。Cは、本件投資信託取引申込書の「投資のご経験」欄や「投資に関するお考え」欄に原告自身に記入してもらうに際しては、特に慎重に確認してもらうべく、記載されている質問を読み上げて逐一原告に確認を求めた上で原告に記入してもらっているし、必要事項の記入に当たり、Cが、原告の意思に反して何らかの指示をしたことは一切ない。また、原告からは、本件注文伝票及び本件投資信託取引申込書の記載内容が理解できないという申入れや質問等も一切なかったし、これらの書類の記載事項に関するやり取りを含む本件商品の購入申込みに向けた一連のやり取りの過程において、原告が日本語を十分に理解することができないといった発言もなければ、そうした素振りもみられなかった。原告とCは、ごく普通に日本語でのやり取りができていたものである。
(ウ) 本件取引後の経緯について
a 原告は、本件取引の約1か月後である平成18年12月15日、再び本件支店を訪れ、原告の定期預金の残額約600万円と、同日原告が持参していた現金200万円とを合わせた800万円分につき、更に本件商品を購入したいと申し入れてきた。本件取引の日である平成18年11月21日から同年12月15日に原告が再度来店するまでの間に、被告から原告に対して追加の投資信託の購入に関する勧誘等をしたことは一切ない。
かかる申入れを受けたCは、原告が投資信託を購入するのが初めてであったということも踏まえ、投資比率等を勘案し、前回と同じく投資信託を購入するのではなく、投資信託よりも安全性の高い国債にしてはどうかと提案したところ、原告はこれに応じ、上記約800万円分については本件国債の購入に充てた。
b 本件取引から約1年半が経過した平成20年5月23日、原告から、本件商品や本件国債の解約に関して問合せがあったため、Cにおいて、本件商品の途中解約は当初元本を下回る可能性があることと本件国債は平成20年12月にならなければ解約できないことを説明した。これに対し、原告は、本件国債は利回りがよいので解約するのはもったいないから、他行の預金等を解約することを考えてみる旨を述べていた。
平成21年3月10日、原告が本件支店を訪れ、原告の三男が負担している住宅ローンの返済を支援したいので、原告名義の預金等の全てを三男名義に変更したいと申し入れてきた。これに対し、Cは、名義変更はできない旨を説明した上で、さらに、本件商品や本件国債を途中解約する場合の手続や、本件商品の運用状況について説明した。平成20年9月のいわゆるリーマンショックの影響により、その後の日経平均株価は、本件取引時よりも大きく下落した状況で推移していた。
平成21年9月29日、原告は、娘であるBと共に、本件支店を訪れ、孫の教育資金が必要であるため、本件国債を全額解約したい旨申し入れてきた。そこで、被告は、本件国債の解約手続を行うと共に、原告及びBに対し、本件商品の運用状況を説明した。これに対し、Bは、現在の日経平均株価の状態では今後途中解約しても元本割れすると思われるので、満期の到来を待つしかないだろうと述べ、原告に対しても、「この投資信託については説明を受けた上で契約しているのだから、仕方がない。」と説明していた。
このように、本件取引後においても、原告やBから、原告が本件商品の内容を理解していなかったといった趣旨のクレームは一切寄せられていなかったのであって、原告やBが本件訴訟で述べているような主張を突如としてし始めたのは、平成23年7月以降のことである。
c 平成23年6月ころ以降の原告と被告の交渉経過等が上記1(6)のとおりであることは認める。
(エ) 本件商品の特性について
a 上記ア(エ)aのうち、本件商品が、元本毀損の可能性を有すること及び途中解約を予定していないことは認め、その余は争う。
b 上記ア(エ)bは、認める。ただし、元本割れのリスクや原告の指摘する発行体の信用リスクは、投資信託が本質的に有するリスクである。
c 上記ア(エ)cについて
(a) 争う。
(b) 本件商品は、大綱、①本件商品の設定日から1年後の毎年5月28日及び11月28日の「判定日」における日経平均株価終値が、スタート株価と比較して「繰上償還基準」以上であれば、元本が確保されて繰上償還がなされ、②繰上償還がなされず満期償還される場合には、「元本確保判定期間」(具体的には、平成23年5月31日から平成23年10月28日までの期間)中における日々の日経平均株価がスタート株価と比較して一度もマイナス30%以下に下落しなかった場合は元本が確保されるが、一度でもマイナス30%以下に下落した場合は元本確保機能がなくなり、元本額に日経平均株価の変化率を乗じた金額が償還されるというものである。
したがって、本件商品において元本がそのまま償還されるか否かの基準は、満期償還となる場合において、元本確保判定期間における日経平均株価がスタート株価と比較してマイナス30%以下に一度でも下落するか否かということに尽きるのであって(繰上償還の場合には、元本は確保される。)、極めて単純であり、特段に複雑で難解な仕組みを有するものとは到底認められない。現に、平成18年11月21日、Cが原告に対し元本割れのリスクについて説明した際、原告は、そこまで株価が下がることはないだろうから、原告が当時被告において有していた定期預金のほぼ全額に当たる800万円全部を本件商品の購入に充てたいと述べていたものであり、上記の単純な仕組みについて理解していたことを裏付けるものである。
d 上記ア(エ)dは、認める。
e 上記ア(エ)eについて
(a) 上記ア(エ)e(a)のうち、株式や通常の株式型投資信託では、株価の変動に応じた損益が発生するが、本件商品の場合、日経平均株価の上昇の利益は受けられず、反面、ノックインすると、株価下落リスク(株価変動リスク)をすべて負担することになり、満期償還時における日経平均株価の下落率によっては、顧客の損失は元本の相当部分に及ぶ可能性があることは認め、その余は争う。
(b) 上記ア(エ)e(b)のうち、ファンドが投資した債券の発行体又は保証を与える金融機関の信用状況によっては、分配金の一部又は全額が支払われないこともあるので、このリターンが0になることもあることは争い、その余は認める。
(c) 上記ア(エ)e(c)は、否認ないし争う。
(オ) 適合性原則違反について
a 上記ア(オ)aについて
(a) 否認ないし争う。
(b) 元本割れのリスクは、本件商品のみならず投資信託が一般的に有するリスクである。また、本件商品において元本がそのまま償還されるか否かの基準は、満期償還となる場合において、元本確保判定期間における日経平均株価がスタート株価と比較してマイナス30%以下に一度でも下落するか否かということに尽きるのであって(繰上償還の場合には、元本は確保される。)、それ自体極めて単純であり、特段に複雑で難解な仕組みを有するものとは到底いえない。
b 上記ア(オ)bについて
(a) 否認ないし争う。
(b) 原告は、「被告担当者は、通帳記入のために被告の支店を訪れた原告を不意打ち的に投資勧誘のブースに連れ込み」などと主張するが、原告は、その日に本件商品の購入手続を行ったものではなく、本件商品の購入申込手続をとるまでに、平成18年11月2日、同月16日、同月21日の3回にわたり、Cから本件商品の内容について具体的に説明を受けている。しかも、Cは、定期預金全額に相当する800万円分の本件商品を購入しようとした原告に対し、原告にこれまで投資経験がないことを踏まえ、定期預金の全額を本件商品の購入原資に充てることは必ずしも勧められない旨を伝えているし、その後さらに追加で投資信託を購入したいと申し入れてきた原告に対し、投資信託よりも安全性の高い国債を勧めるというように、適切に原告に対して対応していた。
c 上記ア(オ)cは、争う。
(カ) 説明義務違反について
上記ア(カ)は、否認ないし争う。Cは、原告に対し、元本割れのリスクを含む本件商品の内容について複数回にわたりきちんと説明している。原告とのやり取りに際して、原告からは、本件注文伝票や本件投資信託取引申込書の記載内容が理解できないなどという申入れや質問等も一切なかったし、これらの書類の記載事項に関するやり取りを含む本件商品の購入申込みに向けた一連のやり取りの過程において、原告が日本語を十分に理解することができないといった発言もなければ、そうした素振りも見られなかった。また、かかる一連のやり取りの中で、原告から、原告の預金は老後の生活資金であるから「なくなったらあかん。」「減ったらあかん。」といった趣旨のことがCに対して述べられたことは一切ない。
(キ) 以上によれば、被告の行為に違法性はなく、被告には原告に対する不法行為は成立しない。
(2) 争点2(原告の損害の範囲)について
ア 原告の主張
原告には、被告の不法行為により、以下のとおり、損害が発生した。
(ア) 本件取引による経済的損害 105万4160円
本件商品の購入金額は228万円であり、本件償還金額は122万5840円であるから、原告には、その差額である105万4160円の経済的損害が発生している。
(イ) 慰謝料 100万円
a 勧誘時における強度の違法性
原告の経歴及び日本語能力を考慮すると、本件商品の勧誘時における適合性原則違反及び説明義務違反による違法性の程度は、本件取引の効果を否定する程度のものにとどまらない。日本語を十分に読み書きできない者に対して、日本語で何らかの説明をしたところでおよそ何らの義務を果たしたことには到底ならない。学校教育はおろか通常の社会経験を経ていない者に対して適合性原則を充足する金融商品など存在しない。この点にこそ、本件商品の勧誘の問題点の本質があり、被告による本件商品の勧誘には極めて強度の違法性がある。
b 紛争解決に向けた努力懈怠の悪質性
上記1(6)のとおり、本件提訴前に、消費生活相談員によるあっせん及び本件ADRを経たが、いずれも不調となっている。
本件ADRでは、原告と直接面談して日本語能力が極めて不十分であることを即座に感得した担当委員が、原告の実損分(約91万円)全額を返金するというあっせん案及び原告との面談を提案したのに対し、被告は、原告との面談を拒否した上で、手数料等分(約3万5000円)の返金を提案した。その後、担当委員から互譲による解決という趣旨で実損分の5割の返金というあっせん案を提示されたが、被告は違法性はないとして5割返金のあっせん案すらも拒否した。
法的紛争に際し相互の主張が異なり訴訟に発展すること自体はやむを得ないものである。しかし、証拠に基づく事実関係を直視しようとせず合理的な根拠もなく徒に紛争解決を遅滞させる場合、特にそれが資本力を有した大企業と日本語能力が極めて不十分な一個人との間の紛争である場合には、弱者である個人に泣き寝入りを迫るに等しいものである。被告の紛争解決態度は、顧客に対する誠実公正義務違反と評価せざるを得ないものであり、極めて悪質である。
c 訴訟における原告の負担
日本語能力が極めて不十分な原告が自ら本件紛争を解決することは不可能であり、消費者センターの相談員や国センADRの委員の助力が不可欠であった。同様に本件訴訟を提起するためには弁護士に委任することが不可欠である。また、原告は、日本語が不自由なため、消費者センターや国センADR会場へ、あるいは原告代理人弁護士の事務所に行くにも不自由が生じている。さらに相談員や国センADRの委員に話をすることや弁護士との打合せにおいて、原告のみでは意思疎通が困難であるため、親族の同席が不可欠である。このように、原告には、本件紛争解決のために財産的損害以外の精神的損害が発生している。
d 以上のとおり、被告の原告に対する行為は、契約前の勧誘時、契約後の紛争解決時においても強度の違法性があり、原告は、本件取引に係る財産上の損害の賠償だけでは償い難いほどの精神的苦痛を被っている。
この原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は100万円を下らない。
(ウ) 弁護士費用 40万円
本件の解決のため、原告は、弁護士への委任が不可欠である。日本語能力が極めて不自由な原告は、弁護士との打合せにおいても、いわば通訳としての親族の同席が不可欠である。
以上によれば、本件において相当な弁護士費用は40万円である。
(エ) 損害合計 245万4160円
イ 被告の認否ないし反論
(ア) 上記ア(ア)について
a 争う。
b また、原告は、本件分配金13万5359円を受領しているから、仮に被告に不法行為が成立するとしても、損益相殺として、本件分配金を原告の損害から控除すべきである。
(イ) 上記ア(イ)について
a 否認ないし争う。
b 本件ADR手続における被告の対応は、そのこと自体が特段に責められるべきものとは解されない。
(ウ) 上記ア(ウ)及び(エ)は、否認ないし争う。
(3) 争点3(過失相殺の当否)について
ア 被告の主張
被告に何らかの損害賠償義務が発生するとしても、①原告は、初めて本件商品についての説明を受けた後、2度にわたって自発的に(Cら被告行員からの勧誘を受けることなく)本件支店を訪れ、本件商品の購入に至っていること、②Cは、原告に対して、来店の都度、本件パンフレットを交付して丁寧に説明を行っており、原告の投資経験等に配慮して、本件商品の購入額を減らすよう勧めるなど適切な対応を行ってきたこと、③原告は、本件商品に関するCの説明を理解することができなかったと主張する一方で、誰にも相談することなく本件商品の購入を自身で決断していること、④原告は、Cに対して、Cの説明を理解することができないといった具体的な申出を、本件取引までの間に、ただの一度もしていないこと等の事情からすれば、原告側にも相当に落ち度が認められるのであって、相当程度の過失相殺がされるべきである。
イ 原告の認否ないし反論
(ア) 上記アは争う。
(イ) 被告の適合性原則違反及び説明義務違反の程度は、いずれも著しく、また、原告の側には落ち度がないから、過失相殺をすべきではない。
第3当裁判所の判断
1 事実認定
(1) 上記第2の1「前提事実」並びに証拠(甲1ないし5、7ないし9、15ないし22、乙1ないし4、証人C、証人B、原告本人(ただし、いずれも後記認定に反する部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告の属性について
(ア) 原告の生活歴等について
原告は、昭和12年○月○日、京都府福知山市で生まれ、昭和15年5月ころ(当時の原告の年齢は3歳)、両親ら家族と共に中国の開拓団に参加し、中国に移住した。
第二次世界大戦が終了したころ、原告は、両親らと死別ないし離別し、昭和21年5月ころ(当時の原告の年齢は9歳)、姉によって、農業を営む中国人の夫妻に預けられ、同夫妻が養父母となり、同夫妻によって育てられた。
原告は、しばらくの間、養父母の営む農業を手伝っていたが、15歳ころからは、中国の黒竜江省の炭鉱で稼働するようになった。原告は、給料を現金で受給し、中国在住中に銀行預金等をすることはなかった。
原告は、中国在住中、学校に通ったことがなく、中国語の読み書きはほとんど習得することができなかった。
原告は、20歳の時に、中国人の女性と婚姻し、同人との間に、B(昭和40年生まれ)を含む5人の子が生まれた。
原告は、昭和52年1月(当時の原告の年齢は39歳)、中国から日本に一時帰国し、そのまま中国へは戻らず、昭和53年6月(当時の原告の年齢は41歳)、永住帰国となった(いわゆる中国残留孤児である。)。原告は、昭和53年8月、妻子を日本に呼び寄せた。
原告は、一時帰国したころから、アルミサッシの溶接の仕事や夜間のゴルフ場でのボール拾いの仕事などをして稼働するようになった。
平成12年ころ、原告の稼働していた工場を経営する会社が倒産し、原告はこれに伴って退職し、以来現在までの間、原告は無職であり、本件取引当時も無職であった。
原告は、日本への帰国後、現在に至るまでの間、日本語教育を受けたことがなかった。
(イ) 原告の資産状況等について
原告は、本件取引当時、69歳であり、その収入は、ほとんど年金であった。
原告は、本件取引当時、本件定期預金を含めた定期預金等の預貯金のほか、現金など合計約2000万円程度の金融資産を保有していたが、預貯金以外には特段の金融資産を保有していなかった。
(ウ) 原告の取引経験等について
原告は、本件取引をするまで、投資信託の購入を含め、投資取引や投機取引をした経験はなく、原告が本件取引までに経験した金融取引は、上記(イ)の預貯金のみであった。
(エ) 原告の投資意向等について
原告は、原告の有する銀行口座に振り込まれる上記(ア)のアルミサッシの溶接の仕事などの給料を、少し貯まったら定期預金に預け替えるなどしており、定期預金を含む預貯金等は、原告や原告の妻らに将来何かあっても大丈夫なように貯めてきたお金であって、安全性を重視しており、元本割れのリスクがある場合にこれを許容するような意向は有していなかった。
(オ) 原告の日本語能力及び経済的知識等について
原告は、上記(ア)のとおり、いわゆる中国残留孤児として日本に帰国した後も、日本語教育を受けたことがなく、自宅で中国人の妻と会話をする際には、中国語を使用しており、原告の娘のBと会話をする際には、中国語と日本語を併用している。
原告は、日本語の理解能力が不十分であり、簡単な日常会話程度は可能であるものの、複雑な内容については、日本語による理解や表現が困難である。
また、日本語の読み書きの能力も不十分であり、自分の住所や名前については読み書きが可能であるが、その他はほとんど書くことができず、平仮名、片仮名や数字などは読めるが、その他はほとんど読むことができない。
原告は、上記のとおり、日本語の理解能力や読み書きの能力が不十分であったこともあって、経済的知識についても不十分であり、例えば、「日経平均株価」、「繰上償還」、「分配金」、「元本割れ」といった言葉の意味も理解することができない。
イ 事実経過について
(ア) 本件取引に至る経緯等について
a 原告は、平成18年11月2日、当時被告において保有していた定期預金の利息を確認するため、本件支店を訪れた。当時、原告は、被告において、本件定期預金を含む4口の定期預金(額面合計約800万円)を保有していた。
原告は、本件支店において、ATMで定期預金の通帳に記帳しようとしたが、ATMの操作方法が分からず、困っていたところ、本件支店の行員から声を掛けられ、原告に代わってATMの操作をしてもらった。
その際、上記行員は、原告の預金通帳の内容を見ると、原告を本件支店の投資信託等の商品説明をする専用窓口に案内した。
上記窓口では、上記行員に代わって、顧客への投資信託の商品説明等を担当していた本件支店の行員であるCが原告に応対した。
Cは、原告に対し、本件商品について、本件パンフレットを示しながら、同パンフレットの記載内容に沿って一通りの説明をし、本件商品の購入を勧め、同パンフレットを交付した。
原告は、上記ア(ウ)のとおり、それまでに、投資信託の購入を含め、投資取引や投機取引をした経験がなかった上、上記ア(オ)のとおり、日本語の理解能力や読み書きの能力が不十分であったため、本件パンフレットの記載内容や、Cによってなされた同パンフレットの記載内容に沿った説明について、その正確な内容をほとんど理解することができず、Cの説明を聞き、本件商品は預貯金の一種であり、利息が多いという内容であると誤解した。原告は、上記ア(エ)のとおり、保有する資産について、安全性を重視する意向を有しており、元本割れのリスクがある場合にこれを許容するような意向を有していなかったこともあり、Cに対して、「元はなくなったらやめる。」などと話すなど、元本割れをするのであれば本件商品は購入しないとの意向を伝えようとした。また、原告は、原告の妻の年金を貯金したいとの趣旨を伝えようと、Cに対し、「しょうじんください」などと話したりした。
原告は、Cからの説明を受けて、本件商品の内容について、上記のとおり誤解したまま、本件商品を購入しようと考え、Cに対し、本件商品を購入する意向を伝えたが、この時は、印鑑を持参していなかったため、本件商品の購入手続をとることができず、Cから交付された本件パンフレットを所持して、同購入手続をとることなく帰宅した。
b 原告は、平成18年11月16日、本件支店を訪れ、Cに対し、改めて、本件商品を購入する意向を伝えたが、この時は、身分証明書を持参していなかったため、本件商品の購入手続をとることができず、同購入手続をとることなく帰宅した。
c 原告は、平成18年11月21日、印鑑及び身分証明書を持参して本件支店を訪れ、Cに対し、被告において保有していた4口の定期預金(額面合計約800万円)全額を本件商品の購入に充てたいと伝えた。
Cは、上記定期預金のうち本件定期預金以外の3口は、近く満期を迎えることとなっており、満期直前に解約してまで本件商品の購入原資を作る必要はないのではないかと考え、原告に対し、定期預金全額を本件商品の購入原資に充てることは勧められないとの趣旨を伝えた。原告は、上記定期預金のうち、本件定期預金(1口分228万3889円)を本件商品の購入原資に充てる意向を示した。Cは、原告に対し、本件定期預金のうち半額を定期預金にして、残り半額だけを本件商品の購入に充てるというプラン(このプランにすると、定期預金部分について、通常の定期預金よりも高い利率を適用することが可能であった。)を検討してはどうかと原告に伝えたが、原告は、その必要はないとの意向を示し、結局、原告は、本件定期預金のうち端数を除いた228万円を原資として本件商品を購入することになった。
原告は、本件注文伝票、本件投資信託取引申込書及び投資信託特定口座申込書(乙2)にそれぞれ記入したが、これらの各書面に書かれている文字をほとんど読むことができなかったため、氏名、住所、生年月日及び電話番号以外の記入については、Cの助言に従って記載した。この際、原告は、本件投資信託取引申込書の、「投資に関するお考え(投資目的)」の「価格変動とリターンについて」欄(「リターンに興味はあるが、極力リスクを避けたい。」「ある程度リターンを望むためリスクは承知している。」「高いリターンを狙うので、高いリスクは承知している。」の各選択肢のいずれかにチェックするようになっていた。)の「ある程度リターンを望むためリスクは承知している。」の選択肢にチェックをし、「為替相場の変動について」(「激しく変動するのでリスクは取りたくない。」「収益向上を狙うので、リスクは承知している。」の各選択肢のいずれかにチェックをするようになっていた。)の「収益向上を狙うので、リスクは承知している。」の選択肢にチェックをした。Cは、原告に対し、上記各書面の記載内容については、一通り読み上げるなどしたが、原告は、これらの各書面の記載内容について、上記各選択肢の記載内容も含め、ほとんど理解することができなかった。
このようにして、原告は、本件定期預金を解約して、返戻金のうち228万円で本件商品を購入し、本件取引の成立に至った。
本件取引に至るまでの間に、Cは、原告に対し、念のため息子さんに相談してはどうかと助言したことがあったが、原告は、Cに対し、「妻のために貯めてきたお金だから、息子は関係ない。」との趣旨のことを話した。
(イ) 本件取引後、本件償還までの経過等について
a 原告は、上記(ア)aのとおり、本件商品は預貯金の一種であり、利息が多いという内容であると誤解していたため、本件商品を追加して購入しようと考えた。
そこで、原告は、平成18年12月15日、原告宅に保管していた現金200万円を持参して本件支店を訪れ、Cに対し、同現金200万円と原告が被告において保有していた4口の定期預金(額面合計約800万円)のうち本件定期預金を除いた残り3口の定期預金(額面合計約600万円)を合わせた約800万円で本件商品を追加して購入したいとの意向を伝えた。
これに対し、Cは、原告に対し、本件商品より安全性の高い国債の購入を提案し、原告は、これを受けて、上記3口の定期預金の残額600万円と上記現金200万円を合わせた800万円で本件国債を購入した。
b 原告は、平成19年秋ころ、娘のBに対し、「利息のいい貯金ができた。」との趣旨の話をした。Bは、これを聞いて心配になり、原告に対し、今の時代にそんなに利率がよい貯金はないし、元本割れする可能性のある商品ではないのかと確認した。これに対し、原告は、Bに対し、「銀行の女性が元はなくならないと言った。」との趣旨を伝えたため、Bは、しばらく様子を見ることにした。
c 原告は、平成20年5月23日、本件支店を訪れ、Cに対し、中国大地震が発生した四川に身内がいるので支援できるお金があればと思って相談に来たとの趣旨を伝え、本件商品及び本件国債の解約について問い合わせた。Cは、原告に対し、本件商品を途中解約した場合、当初の元本を下回る可能性があることや本件国債は同年12月にならなければ解約できないことなどを説明した(ただし、Cの説明内容について、原告が正確に理解したかどうかについては疑問がある。)。
d 原告は、平成21年3月10日、本件支店を訪れ、Cに対し、息子が負担している住宅ローンの返済を支援したいので原告名義の預金等のすべてを息子名義に変更したいとの趣旨を伝えた。Cは、原告に対し、そのような希望には応ずることができないことを伝え、また、本件商品の運用状況や本件商品を途中解約すると元本割れする可能性があることなどを説明した(ただし、Cの説明内容について、原告が正確に理解したかどうかについては疑問がある。)。
e 原告は、平成21年9月29日、妻及びBと共に本件支店を訪れた。Bは、Cに対し、本件商品についての説明を求めたところ、Cは、本件商品の概要などについて説明をした。
Bは、原告に対し、Cの上記説明内容について、中国語を交えて説明した。
原告は、同日、Cに対し、本件国債を解約したいという申入れをし、本件国債の解約手続をした。
f 本件商品は、平成23年11月28日、122万5840円が原告に償還された(本件償還)。
(ウ) 平成23年6月ころ以降、本件提訴に至るまでの経過等について
平成23年6月ころ以降の原告と被告の交渉経過等は、上記第2の1(6)のとおりである。
原告は、平成25年3月22日、本件訴訟を提起した。
ウ 本件商品の特性について
本件商品は、特定のユーロ円債(ユーロ市場で発行される円建債券。日経平均株価のオプションを内包しており、日経平均株価の水準により償還価格を含んだ価格が変動する商品。為替リスクは有しない。)を可能な限り高位に組み入れ、当該債券が償還されるまで保有することを基本とし、また、上記ユーロ円債は単一銘柄となることがあり、複数銘柄に分散投資された投資信託に比べ、特定の債券が及ぼす基準価額への影響が強くなる。また、上記ユーロ円債は、日経平均株価の下落等により価格が下落するリスクがあり、当該債券が値下がりした場合、基準価額が下落し、当初の元本を下回る可能性がある。したがって、本件商品は、その購入者(以下「購入者」という。)の投資元本が保証されているものではない。
また、本件商品は、次のような特性を有している。
本件商品は、設定の約1年後からは、毎年5月及び11月の判定日における日経平均株価がスタート株価以上であれば、判定日の約1か月後に1万口当たり約1万円が早期償還される。また、早期償還せず、かつ、元本確保判定期間である最後の約半年(設定の約4年半後から約5年後の間)における日々の日経平均株価終値が、スタート株価と比較して一度もマイナス30%以下に下落(ノックイン)しなかった場合には、満期償還日に、1万口当たり約1万円プラス満期償還時の分配金相当額(最後の半年分の分配金相当額)である1万口当たり約10円の合計約1万0010円が償還される。他方、早期償還せず、かつ、元本確保判定期間中である最後の約半年(設定の約4年半後から約5年後の間)における日々の日経平均株価終値が、スタート株価と比較して一度でもマイナス30%以下に下落(ノックイン)した場合には、満期償還日に、日経平均株価の変化率と同じ比率で変化した価額プラス満期償還時の分配金相当額(最後の半年分の分配金相当額)1万口当たり約10円を償還されることになり、日経平均株価が満期償還時にスタート株価水準まで回復しない限り、元本を毀損する結果となる。満期償還時における日経平均株価の下落率によっては、顧客の損失は元本の相当部分にまで及ぶ可能性がある。購入者は、本件商品を解約することによって、本件商品の価額変動リスクを回避することができるが、本件商品の解約を申し込むことができるのは、解約が可能な場合(3か月ごとの途中解約及び特別な事由による途中解約(特別解約))のみであるため、購入者が適時に上記リスクを回避する方法は相当制限されている。
以上のような本件商品の特性に照らすと、投資元本が保証されない条件そのものが著しく複雑であるとまでは評価できないものの、購入者が適切な投資判断を行うためには、少なくとも上記のような本件商品の特性を理解している必要がある。
(2) 事実認定の補足説明
ア 被告は、本件取引時である平成18年11月当時、被告担当者であるCが、原告とやり取りをする中で、原告が日本語を十分に理解できないことをうかがわせるような状況は特段認められず、原告は、Cの説明を受け、元本割れのリスクも含む本件商品の内容を理解した上で、本件商品を購入したものであるなどと主張し、Cも、同人の陳述書(乙4)及び同人に対する証人尋問において、これに沿う趣旨の陳述ないし供述をし、また、被告の交渉・応対履歴一覧表(乙3)には、本件取引に至る経過において、原告が日本語を十分に理解できないことなどをうかがわせるような記述は存在しない。
イ しかし、上記(1)ア(ア)の原告の生活歴等に加えて、平成25年3月7日に撮影された原告と原告訴訟代理人とのやり取りについてのビデオ(甲7)の内容や原告本人尋問(北京語による通訳人を介して行われた。)から認められる原告の状況などに照らすと、本件取引当時、原告においては、日本語の理解能力が不十分であり、簡単な日常会話程度は可能であるものの、複雑な内容については、理解や表現が困難であったことは明らかである。そして、このことは、原告との対話をしさえすれば容易に認識することができるというべきである(上記ビデオの撮影時期(平成25年3月)や原告本人尋問の実施時期(平成26年5月)と本件取引の時期(平成18年11月)とでは6年ないし8年程度間隔が空いているところ、日本で生活している原告の日本語能力については、向上する可能性こそあっても、低下する可能性は少ないものと考えられるから、本件取引時点における原告の日本語能力について、上記ビデオの内容ないし原告本人尋問における状況と比較して良好であったとはおよそ考え難い。)。
そして、原告は、本件取引に際して、本件商品についてのCの説明や本件パンフレットの内容、特に本件商品が元本を毀損するリスクがあるものであることを理解していなかったものと推認できる(このことは、現金など合計約2000万円程度の金融資産を保有していたが、預貯金以外には特段の金融資産を保有していなかった原告が、本件取引後、さらに800万円を本件商品の購入に充てたいとの意向を示したことからもうかがわれるところである(この800万円で本件商品を追加購入した場合、原告は、自己の保有していた約2000万円程度の金融資産の半額以上を元本毀損の可能性のある金融商品の購入に充てたことになるが、仮に、原告が本件商品の上記リスクを理解していたのであれば、このような投資行動に出ることは考えにくい。)。)。
そうすると、被告の上記主張及びこれに沿う趣旨のCの上記陳述ないし供述を直ちに採用することはできず、また、被告の交渉・応対履歴一覧表の記載内容についても、本件取引に至る経過において、原告が日本語を十分に理解できないことなどをうかがわせるような記述は存在しない点において、実態とは著しく異なるものであるというべきであって、これを直ちに採用することはできない。
2 争点1(被告による勧誘行為の違法性の有無)について
(1) 適合性原則違反について
ア 投資商品を販売する金融機関の担当者が、顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則から著しく逸脱した取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上も違法となると解するのが相当である。そして、上記のような顧客の適合性を判断するに当たっては、取引の対象となった商品等の特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資経験、投資取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮すべきである(最高裁判所平成17年7月14日第一小法廷判決・民集59巻6号1323頁参照)。
イ 取引の対象となった商品等の特性に関し、上記1(1)ウで認定したとおり、本件商品は、日経平均株価の動向等によっては、元本を毀損する危険性のある金融商品であり、日経平均株価が本件商品の購入者にとって有利に推移すれば、早期償還あるいは満期償還において一定程度の利益が得られる反面、日経平均株価が購入者にとって不利に推移した場合には、購入者には、相当高率の価額減少率で元本を毀損する危険性がある(実際に、本件商品は、その購入時の価額が228万円だったのに対し、満期償還時には、償還金が122万5840円にまで減少しているのであって、本件分配金13万5359円を考慮しても、その実損額は、91万8801円にも及んでいる。)。本件商品の購入者が本件商品を購入するか否か、購入額をいくらにするかなどの本件商品に関する投資判断を的確に行うためには、購入者において、少なくとも、被告の販売担当者の説明を聞き、又はパンフレットなど交付された資料を読むことで、本件商品の上記特性を認識し、理解することができるだけの能力及び日経平均株価の推移や動向をある程度は把握し、理解できるだけの能力が必要であるといえる。
ウ しかし、上記1(1)アに認定した原告の生活歴、資産状況、取引経験、投資意向、とりわけ、その日本語能力及び経済的知識等に照らすと、原告において、本件商品について、被告の販売担当者の説明を聞き、又はパンフレットなど交付された資料を読むことで、本件商品の上記特性を認識し、理解することができるだけの能力及び日経平均株価の推移や動向をある程度は把握し、理解できるだけの能力があったとはいえないことは、明らかであるというべきである。
エ 以上によれば、被告の従業員であるCが、原告に対し、本件商品の購入を勧めた一連の行為は、適合性の原則から著しく逸脱した違法な行為であると認めるのが相当であり、被告には、適合性原則違反の不法行為が成立する。
(2) 説明義務違反について
ア 投資商品を販売する金融機関の担当者は、顧客に対して投資商品に係る取引を勧誘するに当たっては、顧客の自己責任による取引を可能とするため、取引の内容や顧客の投資取引に関する知識、経験、資力等に応じて、顧客において当該取引に伴う危険性を具体的に理解できるように必要な情報を提供して説明する信義則上の義務を負うというべきである。そして、その担当者が上記のような義務に違反して顧客に対する投資商品の勧誘行為を行った場合には、当該行為は不法行為法上の違法となると解するのが相当である。
イ 上記(1)ウのとおり、原告においては、本件商品について、被告の販売担当者の説明を聞き、又はパンフレットなど交付された資料を読むことで、本件商品の上記特性を認識し、理解することができるだけの能力及び日経平均株価の推移や動向をある程度は把握し、理解できるだけの能力があったとはいえないことは、明らかである。
そして、このような原告の能力等に照らすと、本件商品を原告に勧誘するに当たっては、少なくとも通訳人を介し、また、本件パンフレットに記載された用語について、その正確な内容等を原告にも理解できるように訳するなどした上で、原告が本件商品の上記特性を認識、理解できる程度の説明をすることが必要不可欠であるというべきである。
しかしながら、被告の従業員であるCにおいては、原告に対して、本件商品を説明するに際して、通訳人を介することもせず、本件パンフレットを示しながら、同パンフレットの記載内容に沿って一通りの説明をしたにとどまるのであって、原告が本件商品の上記特性を認識、理解できる程度の説明をしたものとは到底認めることはできないというべきである。
ウ 以上によれば、被告の従業員であるCが、原告に対し、本件商品の購入を勧めた一連の行為には、説明義務違反の違法があると認めるのが相当であり、被告には、説明義務違反の不法行為が成立する。
3 争点2(原告の損害の範囲)及び争点3(過失相殺の当否)について
(1) 本件取引による経済的損害について
本件取引による原告の損害は、本件商品の購入額である228万円から、本件償還に係る本件償還金である122万5840円及び本件取引後本件償還までの間に原告が受領した本件分配金である13万5359円を控除した、91万8801円であると認められる。
(計算式)228万円-(122万5840円+13万5359円)=91万8801円
(2) 慰謝料について
ア 原告は、勧誘時における強度の違法性、紛争解決に向けた努力懈怠の悪質性、訴訟における原告の負担を指摘して、被告の原告に対する行為は、契約前の勧誘時、契約後の紛争解決時においても強度の違法性があり、原告は、本件取引に係る財産上の損害の賠償だけでは償い難いほどの精神的苦痛を被っており、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は100万円を下らないと主張する。
イ 確かに、原告において一定の精神的苦痛を被った事実そのものは否定することができないが、本件事案の性質等に照らすと、上記精神的苦痛については、上記(1)の経済的損害(なお、後記(3)のとおり、過失相殺を行うことはしない。)及び下記(4)の弁護士費用(弁護士費用の算定においては、下記(4)のとおり、原告において日本語能力が不十分であるという事情等も考慮している。)の支払によって填補されるものと解するのが相当であって、これらに加えて慰謝料を認めるべきとまではいえない。
(3) 過失相殺の当否について
ア 被告は、被告に何らかの損害賠償義務が発生するとしても、①原告は、初めて本件商品についての説明を受けた後、2度にわたって自発的に(Cら被告行員からの勧誘を受けることなく)本件支店を訪れ、本件商品の購入に至っていること、②Cは、原告に対して、来店の都度、本件パンフレットを交付して丁寧に説明を行っており、原告の投資経験等に配慮して、本件商品の購入額を減らすよう勧めるなど適切な対応を行ってきたこと、③原告は、本件商品に関するCの説明を理解することができなかったと主張する一方で、誰にも相談することなく本件商品の購入を自身で決断していること、④原告は、Cに対して、Cの説明を理解することができないといった具体的な申出を、本件取引までの間に、ただの一度もしていないこと等の事情からすれば、原告側にも相当に落ち度が認められるのであって、相当程度の過失相殺がされるべきであると主張する。
イ しかしながら、本件事案の性質、特に、上記1に認定・判断したとおり、原告においては、日本語の理解能力が不十分であり、簡単な日常会話程度は可能であるものの、複雑な内容については、日本語による理解や表現が困難であったことが明らかであって、このことは、原告との対話をしさえすれば容易に認識することができるにもかかわらず、原告に対して本件商品の勧誘が行われたという事情などを考慮すると、被告との関係において原告の落ち度をことさらに認めて過失相殺をするのが相当とはいえないと解する。
ウ したがって、適合性原則違反及び説明義務違反のどちらとの関係においても、過失相殺を行うべきではない。
(4) 弁護士費用について
上記(1)の損害額に加えて、本件事案の性質、特に、原告においては、日本語能力が不自由であるなどの事情があり、弁護士への委任が不可欠である上、訴訟の提起及び遂行のため(日本語能力に不自由がない者と比較しても)訴訟代理人弁護士において相当程度の労力等を要することなどを考慮すると、被告の不法行為と因果関係が認められる原告の弁護士費用相当額の損害としては、30万円が相当であると認める。
(5) まとめ
以上によれば、被告が賠償すべき原告の損害は、121万8801円であると認められる。
(計算式)91万8801円+30万円=121万8801円
4 以上によれば、被告は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、121万8801円及びこれに対する不法行為の日の後である平成23年11月29日(本件商品の満期償還日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
第4結論
以上の次第であって、主文のとおり判決する。
(裁判官 下澤良太)