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京都地方裁判所 平成26年(ワ)560号 判決 2015年7月31日

原告

同訴訟代理人弁護士

渡辺輝人

高木野衣

被告

株式会社Y

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

松下守男

主文

1  被告は,原告に対し,671万9790円及びうち548万3465円に対する平成27年2月21日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告は,原告に対し,本判決確定の日から519万9806円を支払え。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,これを20分し,その1を原告の,その余を被告の負担とする。

5  この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告に対し,671万9790円及びうち548万3465円に対する平成25年12月22日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告は,原告に対して,24万8648円及びうち21万7130円に対する平成25年12月22日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,519万9806円を支払え。

第2事案の概要等

本件は,学習塾の経営等を目的とする被告に雇用されていた原告が,時間外労働を強いられていたのにもかかわらず,被告の取締役であったことを理由に残業代の支払を受けなかったとして,①平成23年12月から平成25年12月までの残業代の合計548万3465円,②①に対する在職中の商事法定利率年6パーセントの割合による確定遅延損害金30万5628円,③①に対する被告を退職した日の翌日である平成25年12月22日から平成27年2月20日までの賃金の支払の確保等に関する法律6条1項(以下,単に「賃確法」という。)所定の年14.6パーセントの割合による確定遅延損害金93万0697円,④①に対する平成27年2月21日から支払済みまでの賃確法所定の年14.6パーセントの割合による遅延損害金,⑤平成23年11月分の残業代21万7130円,⑥⑤に対する在職中の商事法定利率年6パーセントの割合による確定遅延損害金3万1518円,⑦⑤に対する平成25年12月22日から支払済みまでの賃確法所定の年14.6パーセントの割合による遅延損害金,⑧労基法114条所定の付加金519万9806円の各支払を求めている事案である。

1  前提となる事実(証拠等を掲記した事実を除いて,当事者間に争いがない。)

(1)  被告

被告は,建築物並びに都市開発の企画・設計及び工事監理のほか,学習塾の経営並びに教育に関する調査・企画及び助言等を目的とする株式会社である。

被告は,「○○塾」(以下「○○塾」という。)の名称で学習塾を開設・運営しており,同塾の平成25年時点における大阪府下及び奈良県下の教室数は61教室であった。(証拠<省略>)

被告全体の所員数は約520名であり,そのうち○○塾の所員数は300名以上に及んでいる。(証拠<省略>,証人B[以下「B」という。]及び証人C[以下「C」という。])

(2)  被告の組織

ア 被告には,本社のほか,教育事業(○○塾),農園事業,建築設計事業,地所事業及び社会事業の各事業部がある。(証拠<省略>)

イ 被告の本社の中枢部門には,社長室・秘書室,経営統括室,システム室,広報室,受付・営業秘書及び募集室等がある。(証拠<省略>)

ウ 被告の運営に関わる会議等

(ア) 被告には,グループ社員全員の共認(被告においては,共に「認め合うこと」とされている[証拠<省略>]。)形成の場とされる「劇場会議」がある。同会議は,同心円状の座席配置となっている劇場型の会議室で行われる会議で,被告のグループ社員全員の参加が想定されている(なお,その会議の法的性質や決議事項等については,争いがある。)。

(イ) 被告には,被告の社員が意見提起等のために自由に投稿,議論をすることができる社内のイントラネット(電子掲示板)である「社内ネット」ないし「社内板」と呼ばれるものがある(以下「社内板」という。)。

(ウ) ○○塾には,上記(ア)の劇場会議以外の会議や会合として,ブロック会議,教室ミーティング及び仲間会議がある。

ブロック会議は,数教室が集まったブロックごとに行われる会議であり,教室ミーティングは,教室ごとに行われるミーティングであり,仲間会議は,社員数人が集まって行われる会議である。なお,各会議の決定事項や役割については,争いがある。

(ウ全体につき,証拠<省略>,弁論の全趣旨)

(3)  被告における社員に係る取扱い

ア 被告においては,被告に入社しようとする者に,採用時に,参加条件通知書を提出させている。参加条件通知書には,その冒頭に,正社員は業務を執行する取締役に就任し株主となって会社経営に参加する旨が記載されるとともに,①就業開始日,②就業場所,③業務内容,④就業時間,休憩時間,⑤休日,⑥給与所得,⑦欠勤等の査定,⑧通勤手当,⑨退職,⑩競業避止義務,⑪除名の各項目が記載されている。(証拠<省略>,原告本人)

イ 被告に入社した者は,6か月の試用期間を経た後,正社員となる。その際,株式を譲り受けて株主となり,取締役への就任を承諾する旨の文書を差し入れることになっている。

ウ 被告の○○塾では,社員が,教室での業務以外に,主に教室での業務の前後の時間において,自主的な勉強会やグループでの活動を自主的に行っている(以下,この活動等を「自主活動」という。)。

((3)全体につき,証拠・人証<省略>,原告本人)

(4)  原告の地位等

原告は,平成23年3月11日から平成25年12月21日まで,被告の○○塾に在籍していた者であり,入社後6か月間の試用期間が経過した後の平成23年10月17日に被告に対して就任承諾書を差し入れて,被告において,形式上は取締役とされていた。また,原告は,上記に伴い,被告の株式も購入していた(なお,原告が労働基準法[以下「労基法」という。]上の労働者に当たるか否かについては,後記のとおり争いがある。)。

他方,原告の被告における肩書きは「教育コンサルタント」であって,その業務は「営業」であり,その具体的な業務内容は,入退塾手続等の各種受付業務や電話対応,配布物等の管理,生徒対応,学籍管理,電話等での入塾勧誘などであった。

また,原告は,平成25年1月頃から講師の仕事もしていた。(証拠<省略>,原告本人)

2  主要な争点及びこれに関する当事者の主張

(1)ア  原告は労基法上の労働者といえるか(争点①)

イ  原告の労働時間(争点②)

(2)  原告は労基法上の労働者といえるか(争点①)

(原告の主張)

ア 原告の労働者性

(ア) 原告の使用従属性

a 仕事の依頼に対する諾否の自由や代替性はなかった。

原告の担当する教室事務は,被告において詳細に定められていた。その業務については,教室の先輩から学び,あるいは,校舎内で引き継がれている業務マニュアル,社内板の投稿を見て,実践していた。すなわち,原告は,被告の運営する教室において,定められた業務を定められた方法で行っていたということである。

また,○○塾の各学期の授業配置は,被告が決定して各社員に通知され,各社員はこれを拒否することができなかった(証拠<省略>)。所属教室の異動も,被告の都合で決められていた。原告は,平成25年1月頃から,講師の仕事もしていたが,その決定及び授業配置は,本部が行って通知しており,原告が拒否することもできなかった。

そして,原告の業務は,社外の人間はもちろん,他の教室の社員によってさえ代替できないものであった。

b 原告の業務は被告の方針に則って行われていた。

被告の経営方針等は,本社社長室で定められ,それが社長主導の劇場会議で社員らに伝達され,ブロック会議や教室ミーティング等の各種会議で具体化等された後,各社員において実践されていた。すなわち,原告も含めた各社員において行う業務は,劇場会議で伝達された被告の経営方針に則ったものになっている。

原告は,業務遂行においては,被告から指揮監督を受けていた。社員の業務内容は被告において詳細に定められており,各社員に裁量はなかった(証拠<省略>)。原告は,上司であった「教室長」ないし「ブロック長」の指示を受けて,あるいは許可を得ながら働いていた。

c 原告の就業時間は厳格に管理されていた。

被告は,各社員に対し,活動入力の作成や欠席(理由含む)の報告を義務づけ,出退勤の管理を厳格に行っていた。(証拠<省略>)。

原告は,就業時間を午後2時から午後11時までとして雇い入れられ,6か月の試用期間経過後も,この時間に変更はなかった。生徒や保護者の来訪に備え,午後2時から午後11時までは,必ず誰かが教室にいなければならなかった。他の社員が1名でも教室内にいれば原告が出勤しなくてもよい,あるいは,長時間教室を不在にしてもよいということでもなかった。実際,午後2時の時点で,無断で教室外にいた場合には問題になったし,午後11時前に帰宅することが許されているわけでもなかった,たとえ自主活動のためであっても,就業時間内に自らの所属教室を自らの判断で抜けることはできなかった。

このように,原告の就業時間は被告により定められ,その時間内は,被告の事業所において拘束されていた。

d 原告は,出退勤時刻を被告に厳しく把握・管理されていた。

被告は,出退勤時刻と各種業務時間数を入力すれば,休暇時間や在社時間,活動合計時間が自動入力されるフォーマットを作成し,社員に対してこれへの入力を義務づけていた(証拠<省略>)。これは,まぎれもなく,社員の出退勤時刻等を把握するためのものであった。

そして,社員が欠席(遅刻・早退を含む)する場合,事前申請が原則であり,事前申請できずに欠勤した場合も,欠勤報告書を3日以内に本部へ提出しなければならないとされていた(証拠<省略>)。遅刻した場合は,減給事由ともされていた。

(イ) 賃金

原告は,被告から「給与」を支給されていたが,その額は経営者というには低廉なものであった。また,給与からは健康保険料や厚生年金保険料,雇用保険料が控除されており(証拠<省略>),給与所得として源泉徴収もされていた(証拠<省略>)。一定期間の欠勤は給与の減額事由とされていた(証拠<省略>)ことからしても,原告に支払われていた給与は,労働の対償としての賃金である。

なお,被告が社員を辞めさせる際には,解雇予告制度と同様の制度をもうけて対応していた(証拠<省略>)。

(ウ) 以上の事情からすると,原告は労基法上の労働者であり,その労働者性を否定する事情はないというべきである。

イ 被告の主張について

(ア) 被告は,原告が被告の取締役であったとし,原告の労働者性を否定すべきである旨を主張する。

しかしながら,原告は被告の取締役に就任したことはなく,そのことは被告の履歴事項全部証明書を見ても明らかである。被告は,原告が平成23年10月に取締役に就任していると主張するが,原・被告間の契約書によれば,6か月の試用期間を終えたばかりの原告を取締役に任命したことになり,甚だ疑問である(証拠<省略>)。

また,被告は,原告ら社員を取締役に選任した事実がなく,取締役会も開催していなかった。被告は取締役会設置の非公開会社であるところ,取締役は本来株主総会において選任されるはずであるが,原告は被告に在籍中に株主総会に出席したこともなければ,その招集通知すら受け取ったことがなかったものである。

原告を含む社員は,入社に際して被告の株式を譲り受けている。取締役設置会社において株式譲渡を行うためには,取締役会決議が必要であるが,被告において新入社員に対する株式譲渡を承認する取締役会決議はされておらず,原告はその決議にも参加したことはない。

さらに,被告は,メンバー全員を取締役とし,経営者として事業に参画することを組織原理にしているというが,経営者が約520名もいて会社の意思決定をどのように行っているのであろうか。被告は,労基法を脱法する意図で,全社員取締役制なるものをうたっていると考えざるを得ない。

(イ) 被告は,劇場会議が被告の株主総会ないし取締役会であると主張するが,あり得ない。

劇場会議の開催に当たり,株主総会としての開催に必要な招集通知が行われたことはないし,議事録の作成及び据え置き(会社法318条2項,3項)もなされていない。原告は,取締役会としての議事録も見たこともなければ,署名押印をしたこともない。劇場会議は途中退出が可能であり,定足数の確認がされたこともないし,議決自体もされていない。このように株主総会あるいは取締役会であれば当然に履践されるべき手続や決議を行っておらず,劇場会議を株主総会あるいは取締役会であるとする被告の主張は失当である。

劇場会議は,被告の運営状況を確認し,本社において決定された経営戦略や方針等が社長から社員に伝えられ,成績を上げるための意見交換や業務に関する情報交換等が行われる場であった。劇場会議において,新入社員の雇入れや人事異動を決定したり,法的紛争への対応等の事項について議論したり,社員1人1人の給与を決定したり,税金の対策をしたりというようなことはなかった。新入社員の雇入れについて話題に上がることがあっても,1人1人の評価を踏まえての検討及び決定がされたことはなく,既に本部において決定された雇入れや人事異動の発表ないし原案の形式的な承認にすぎなかった。

(ウ) 被告は,被告の理念が「自主管理」にある旨をるる主張するが,原告は,入社時に被告の理念について記載した文書を見せられたことはもちろん,面接担当者から「自主管理」という言葉を聞いたことすらなかった。また,原告に対して指示をする上司がいないというような説明もなかった。

原告が採用の際に被告に差し入れた参加条件通知書に署名押印する際も,経営者として会社の方針や社員の給与等を決定したり,税金の申告に関わったりするというような説明はなく,「全員が取締役として頑張ってもらっている」「読んだらサインして」と言われただけであった。

原告は取締役の就任承諾書を作成しているが,その際にも,「試用期間が終わったから取締役として株式を持ってもらうことになります」と言われ,署名押印しなければ解雇されると思ったため,原告は作成に応じたにすぎない。原告は,被告の経営すなわち労務管理や給料決定,税金の申告等に関わることになるとの自覚もなければ,そのような仕事をしたこともない。

(被告の主張)

ア 被告の経営理念等について

(ア) 被告は,「自主管理」を実現するべく,昭和48年に設立された。

「一般的な労働運動が掲げる,あれこれの労働者の職場環境や待遇の改善に留まることなく,“雇う雇われる”というフレームそのものを覆し,労働者自身が生産労働だけではなく経営活動そのものを担うこと,更には労働者自身が自らの生きる場を自らの手で築いていくこと,そのような実践によって,苦役である疎外労働(=従属労働)から真に解放される」というのが「自主管理」を支える考えであった。「自主管理」は,被告あるいは被告のメンバーの仕事=活動に関する中心的な考え方であり続けた。被告あるいは被告のメンバーはそのような「自主管理」を実施してきたものである。

被告は,もともと労働組合から出発した組織である。ゆえに,被告の創立メンバーやその後に被告に参加したメンバーも,自らは労働者階級に属していると考えている。労働者階級に属しているメンバーが,自らの資金と労働力を結集して,資本家に従属しない自由な労働によって自らの生活の糧を得る場として,被告を組織し運営をしてきた。

従属性を有しない労働者であるというのは被告のメンバーのアイデンティティーである。被告において,仕事(活動)をする者=働く者は,自ら共同事業に出資をし,共同事業のあり方を決定する経営者であり,自らそのように働き手として共同事業の担い手となるという考え方・仕組みを「○○原理」ともいう。

(イ) 被告は,昭和54年に,基本的な理念を表現する文書として「自主管理への招待」という文書を作成した。被告は,そこに記載したものを現時点においても基本的な理念として維持している。「自主管理への招待」で被告が理念として掲げるのは「自主管理」である。被告で活動をする者の活動に対する他人決定性(従属性)を排除することが被告の根本的な理念である。つまり,被告で活動をする者を被告を使用者とする労働者としないということが,被告の根本的な理念である。そのために,被告は自主管理すなわち活動する者全員の経営参加を理念・理想とし,それを実現しているのである。

(ウ)a 被告のメンバーは,「株式会社Yという名の下で共同事業を営むメンバー」であるともいうことができるところ(このことは,被告の創立メンバーによって作成された「Y社規約」中の「同人」[現在の正社員]という表現にも現れている。),被告が事業形態としては株式会社を選択した結果,上記メンバーが株主となり取締役にもなるということである。株式会社という事業形態は,多人数にのぼる契約関係を単純に処理する道具として,全メンバーにより利用されているものにすぎない。被告が株式会社であることから,そこに関わる人々と被告の法的関係が労働契約関係に決定されるという論理関係も存在しない。

なお,被告では,会社に関わる全ての人々を上記の「メンバー」としているわけではなく,例えば,塾生送迎バスの運転に従事している人々やアルバイト講師等との関係は労働契約関係である。

b 被告における正社員は,試用期間中の者を除いて,全員が「取締役」であり,「株主」である。また,被告には,「正社員」以外の株主は存在しない。被告は「正社員」全員の共同体である。

また,正社員として入社している者であれば,試用期間中であっても,被告の経営に参画する権利(各種会議及び社内板に参加し経営に関し意見を表明し他の正社員を説得する権利)を有している。被告が試用期間を設けているのは,新たに入社した者が被告の考え方を理解できないままに,取締役や株主の立場に置かれた場合の戸惑いに配慮してのことにすぎない。

c 被告は,入社して約半年経過した後,取締役就任を打診し,承諾する者(就任承諾書を提出した者)について取締役としていた。被告は,採用時に,6か月後には所定の手続を経て取締役とするという約束をして新人をメンバーとして迎え入れているのである。

被告は,現在は,取締役として選任して就任承諾書を提出した者全員について取締役としての登記は行っていないが,平成20年6月までは全員の登記を行っていた。この取扱いを一旦止めたのは,登記することにより,同業他者に人事情報を公開しているようなものであることが危惧されるようになったからである。取締役全員を登記しなくなった時期の前後で被告の現実の活動・組織決定の方法等は変わっていない。被告が取締役として選任した者が取締役として被告の経営に対する参加の権限を有していること,これらの者と被告との契約関係が労働契約関係ではないこと,少なくとも(活動についての)他人決定性を排除したものであることには変わりがない。

(エ) ○○塾の事業を行っている主体は,メンバー全員を契約当事者とする契約(おそらくは民法上の組合契約)によって成立した共同体である(事後的に共同体に参加するメンバーも新たにメンバー全員と組合契約を結んでいるものである。)。

そして,メンバーの○○塾での仕事は,組合契約の役割分担に基づいて行われるものであって,その具体的な内容も,集団的な自己決定あるいは個別的な自己決定により決定されている(メンバーには,被告の行う事業の主体としてあるいは主体の一員として,事業運営の決定に関わり,事業の運営・経営に当たるという役割がある。)。

被告のメンバーは,自分のアイデアを取り入れて自分の仕事を増やすことも,他のメンバーに協力を依頼して仕事を減らすことも可能であるし,自由である。

労働者保護法の規制対象は,労働の内容が他人すなわち使用者によって決定される従属労働のみであるから,メンバーが○○塾の事業において行う自己決定に基づく活動には労基法を始めとする労働者保護法の規制は及ばないというべきである。

原告は,被告が労基法を脱法する意図で,全社員取締役制なるものをうたっている旨主張するが,無理解に基づくひどい中傷である。被告にとって,全員が取締役であり株主でもあるという体制は,理念に関わることであって,形式だけであるとか,あるいは,労基法上の義務を免れるための方便であるなどということはない。

(オ) 被告は,新たなメンバーを受け入れるに当たっては,応募者に対し,1回1時間から2時間の面談を数次にわたり行う。その面談の中で,応募者がメンバーとしてどのような仕事をしたいと考えているのか,被告が応募者の適性についてどのように感じているのか等についてディスカッションを行い,応募者の参加の意向と被告の受入れの意向が固まった段階では,新たなメンバーがどういう仕事をするのかということについての相互了解に至っている。

○○塾の教室の仕事(塾講師,教室コンサルタント)以外の仕事,例えば経理や総務の仕事については,多くの場合は,欠員の存在に対して,メンバーの自薦他薦により自ずと決まっていくというのが,被告における人材の配置の原則型である。

(カ)a 本来,被告では,取締役である者と取締役でない者を含めて全員の一致をもって決定することを理念としている。そのための工夫が「社内板」と被告が呼んでいる社内イントラネットと,「劇場会議」と被告が呼んでいる全社的会議である。

劇場会議は被告の最高の決議機関であり,ひとつの会議室に295名が同時に集まることができるほか,他の会議室とテレビ会議システムで連結し,メンバー会議全員が参加できるシステム,あるいはインターネットを通じてメンバー全員の参加と議論が可能なシステムにより行われる。日常通常の「社内板」による意見交換及び活発な議論と「劇場会議」によって,被告は全員参加経営の体制を確保しているのである。被告の劇場会議はメンバー全員の話合い協議の場であると同時に,被告の株主総会と取締役会を兼ねた会議であるというのが被告の位置づけである。

b 被告は,メンバー全員に参加する権限がある「劇場会議」を最高意思決定機関とするほか,各種の会議によって意思決定をする体制を備えている。各種会議の決定事項の配分は,その決定事項がどの範囲のメンバーに関わることなのかによって配分されている。被告のメンバー全員に関わる事柄については劇場会議,○○塾で活動するメンバー全員に関わる事柄については塾全体会議(塾劇場会議とも呼ばれる),数教室に関わることであればブロック会議,特定の教室に関わることについて教室ミーティングによって決定される。被告においては,メンバーは自分が参加しない会議=自分が参加できないプロセスによって,自分のことを決められることはないのである。メンバーは自分だけに関わること(=自分の仕事)については自分で決定することができるし,そもそも会議の決定事項(抽象的であることが多い。)について自分の仕事としてどうするのかということについてもメンバーがそれぞれ自分で考えて決定する。メンバーに対して指示をする者もそもそもいないのである。

また,被告の各種の会議は全員一致で各種の決定を行う。少なくとも,反対を表明するメンバーがいなくなるまで議論が続けられる。この全員一致は,会議のみならず,社内板上の議論にも共通したルールでもある。

c なお,被告は,毎月の業績についての試算表を作成し,これを正社員に毎月配布している。正社員は,試用期間中としてまだ取締役・株主ではないものも含めて全員が経営情報を共有している。

(キ) 被告において,人員配置の権限が特定の誰かに帰属しているということはない。どうしても決めなければならないこと(例えば,各教室の担当講師の決定等)については,原案を作ることを担当しているメンバーはいるが,その決定については会議で行うことになる。

また,教室間での講師の交替等は,各教室間での話合いで行ったり,劇場会議で議論をしたりすることもある。しかし,特定の人事権限を有するいずれかのメンバーの同意が必要であるとか,あるいはそのようなメンバーの指示の形で変更がなされるといったようなことはない。

(ク) 被告において,全メンバーは対等,平等である。各教室の正社員も上命下服の関係にはなく対等であるというのが,被告の組織規範である。

被告における「本部(室長)」,「ブロック長」及び「教室長」は,それぞれの組織単位(被告の塾部門全体・ブロック・教室)で行う会議の主宰者という意味にすぎない。少なくともこれらの立場にある者が,それぞれの「長」であるという立場から,他の正社員に何らかの指示をして他の正社員が行うことを具体的に決める権限(労務指揮権限)を有しているということはない。また,各教室の「教室長」「副教室長」というのは,各教室の生徒の父兄対応を行う際に責任者として対応するという役割分担の外部への表示でもある。「教室長」「副教室長」が各教室の在り方,教室にいる正社員のなにがしかのことを決定して指示するということはない。

(ケ) 被告は,正社員に対し,活動記録を作成することを求めている。

被告における「活動記録」の作成目的は,被告の中で働く者の活動情報を収集し,更に全ての正社員の活動を集積し,組織の活動の全体像を把握するための資料を作成することにある。決して「労働」の実体を把握することにその作成目的があるわけではない。

「活動記録」は,正社員の活動の自主決定に基づく活動の記録であって,被告の正社員に対する指示内容の記録ではない(ゆえに,被告の代表取締役も「活動記録」を作成している。)。活動記録記載の情報の収集の主体は,まず第一次的には個々の活動記録を作成する正社員個人である。自身の活動がバランスの悪いものになっていないかどうかを自身で把握・確認し,必要と感じれば,それに修正を自ら加えるための一助とすることが「活動記録」の第一次的な作成目的である。それから,必要に応じてブロック全体,塾部門全体及び全社(全正社員)がその活動を把握・確認し,必要と感じればそれに修正を自ら加えるための一助とするのである。

(コ) 被告の事業資金は,全てメンバーから拠出されたものであり,被告には,金融機関からの借入れはない。被告の事業資金は,①メンバーが被告の株式を取得して出資した資金,②被告が事業から得た利益のうちからメンバーの総意によりメンバーに分配されず将来の事業のための資金として留保した資金,③メンバーが被告に貸し付けた資金によって構成されている。

メンバーが被告を辞めるときは,貸付金が全額返済されるほか,株式については他のメンバーによる買取りがされる。現実に被告の活動を担わない者は被告の株式を保有しておくことはできないというのが被告のルールである。

イ 被告における原告の立場について

(ア) 被告と原告との契約関係は労働契約ではなかった。

被告は,原告の採用時の面談において,○○原理を原告に説明し,原告はそれを理解して入社していた。また,原告は,採用の際に被告に差し入れた参加条件通知書にサインをするに当たって,被告の担当者から,被告が特殊な会社であって,皆で作っている会社であり,全員を取締役として頑張ってもらう旨告げられ,面談後のアンケートにおいても,被告側の話や考え方に肯定的な記載をするなどしており,○○原理に対して賛同と共感をして,被告のメンバーになったものである。

上記のような経緯で,原告は,平成23年10月18日に取締役に就任したものである。

(イ) 原告の被告への入社時の合意内容は,上記(ア)の参加条件通知書(証拠<省略>)に記載されている。

参加条件通知書には,被告の業務につき「教室事務並びに取締役として共同経営にあたる」との記載がある。また,「就業時間」につき「自由勤務制を原則とし,始業・終業時刻は自由とする」と,休憩時間につき「自由とする」とされており,被告は,原告が何時から何時までどの仕事をするのかということについては,原告の判断に委ねていたのである。確かに,他のメンバーとの協働が必要な会議等については日時場所を決めなければならないという事実は確かにあるし,○○塾の講師については,あらかじめ生徒に明らかにしている授業時間に授業をしなければならないということもある。しかし,被告は,それ以外にどの仕事をいつどのようにして行うのかということについては,原告の自主的判断に委ねていた。さらに,「給与」については,「冠婚葬祭に伴う2週間以内の休暇」及び「1週間に満たない病気欠勤または私用休暇」は給与を減額しないとも記載されていた。

以上のとおり,被告と原告との契約においては,仕事と報酬の関係は切断されており,報酬が結果と結びつけられているわけでもなかった。被告と原告の契約関係は,労働契約(=雇用契約)とは異なるものであった。被告は,上記契約に際し,「初任給」や「賞与」の用語を用いているが,これは,他に適当な用語がないためであり,また,被告への「入社希望者」=応募者に対して分かる言葉で説明をしなければならないためである。

(ウ) 原告は,原告に対し指揮命令を行う者として教室長がいた旨主張しているが,原告は直属の上司であるはずの教室長に対して遠慮仮借のない批判を展開していたことがあった(証拠<省略>)。教室長が真実上司(指揮命令を行う者)であったのであれば,このような行動は到底できるものではない。このような原告の行動は,教室長といえども他のメンバーと対等平等であるという被告の理念が被告のメンバー間で共有されていなければできない行動であるし,○○原理の典型的な現れであるともいえる。

同時にこのことは,被告のメンバー全員の総意なくして,何人も人事上の措置をなし得ないことを示している。すなわち,原告は,教室長に対する批判を,社長に対してするのではなく,全社員向けの「社内板」に問題提起していたものである。このような対応の在り方は,被告のメンバーが広く認識していることであり,原告は先輩からのアドバイスを受けて,上記対応をとったものである。

ウ 原告は,労基法上の労働者であるかどうかの判断基準として一般的に支持されている昭和60年12月19日労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」(以下「研究会報告」という。)を踏まえ,労働者に該当する旨の判断をしている。

しかしながら,そもそも研究会報告の提言する基準は,労務の提供が「他者」に対して行われることを前提としていたこれまでの議論の解決のための一試案であり,原告を含めた被告のメンバーは株主であり取締役であるという構造をとっているので,被告との関係でいえば「他者」ではなく,本件にそのまま当てはめようとするのはおかしいというべきである。

(3)  原告の労働時間について(争点②)

原告は,被告に対して,原告の労働時間に関し,具体的事実を挙げて反論する予定があるか釈明を求めたところ(原告準備書面(1)第1),被告は,労働時間該当性に関わる個別の労働行為については主張しない旨を述べ,これを踏まえ,以後の審理が進められた(第2回弁論準備手続調書)。この審理の経過に照らすと,原告に係る労働時間該当性の問題は争点化していないともいう余地があるが,以下の被告の主張に関しては原告が異議を留めなかったことから,その限りで主張整理することにした。

(原告の主張)

ア 被告における原告の活動は,すべからく被告の業務を遂行するために費やされている労働時間である。

イ 就業時間中は休憩時間も取れないほどの業務量であった。

原告が入社当初から担当している教室事務は,生徒や生徒父母からの電話及び訪問への対応,クレーム対応,入塾勧誘説明会や入塾テストの実施,入塾手続,教室での配布物管理,塾費の請求や返金事務,個別生徒の学籍管理,授業の補佐等多岐にわたる。

一方,各教室に配属される教室事務担当の社員は多くても2名で,やらなければならない事務作業が1日で全て終わることはまれであった。そのため,早出残業や深夜残業をせざるを得ず,長時間労働が常態化していた。原告は休憩時間などもちろん取れず,食事さえも事務仕事を行いながら取るしかなかった。

原告の就業時間及びその時間外における活動時間は,被告から任される業務を遂行するのに必要な時間であって,全て労働時間であった。

ウ 各種会議や自主活動も業務であって,拘束時間である。

劇場会議等の各種会議は就業時間外に開催されることが多かった。感想文で出席を確認され,欠席あるいは遅刻等をすれば社内板で実名を挙げて叱責され,評価にも関わってくるため,自らの判断で欠席することもできなかったのであり,各種会議は出席が義務づけられていた。各種会議への出席もまた業務であり,その開催時間もまた原告を含め社員らを拘束する時間であって,労働時間である。

自主活動(就業時間内に行われるものはもちろん,その時間外で行われるものも含む。)についても,参加の有無や積極性等が評価の対象になり,かつ,社内板においてその評価がランキングという形で可視化されていた。その評価がひいては人事にも影響すること等を踏まえれば,原告も含め社員らにとっては取り組まざるを得ない活動であって,まさに被告から要請されている業務であった。よって,自主活動に費やす時間もまた拘束時間であって,労働時間である。

(被告の主張)

ア 仮に原告が労基法上の労働者であったとしても,被告における時間の過ごし方に関し,労働時間といえないものが含まれている(予備的主張)。

イ 被告が運営する○○塾の各教室の開業時間は午後2時から午後11時ということになっている。被告の本来の理念からすると,メンバーが仕事(活動)をする時間は,メンバーの自主決定に委ねたいところであるが,○○塾の事業の場合には,生徒と父兄に塾が開いている時間を明らかにする必要があり,被告はそれを午後2時から午後11時と設定している。

しかしながら,被告は,各教室のスタッフ全員について午後2時から午後11時まで塾に張り付いているべきとは考えておらず,誰かがいればよいと考えており,各教室のスタッフの申合せにより各教室で違ったやり方で確保されていた。また,被告の教室で午後2時以前に教室に入るべきであるとか,午後11時以降も教室に残るべきであるとの申合せがされることもなかった。そのような時間にスタッフがいるとしても,それは全く自由な判断でいるだけのことである。

ウ 原告の活動記録中に午後11時よりも遅い業務終了時間が記載されている場合があるが,これについては,原告が本社において自主活動をしていたと考えられる。被告は,メンバーの自主的な活動を認め,その活動のため本社の会議室等は終夜メンバーに開放している。自主活動については,○○塾の仕事(活動)との関連性も問題にならないし,そもそも何をするのか,何もしないことも含めてメンバーそれぞれの自由であり,何をしているかを他のメンバーに明らかにすることすら求められていない。したがって,被告にも,その活動やそれに費やした時間がわからない部分が多い。このような自主活動に要した時間が「労働時間」であるはずがない。

エ 原告の活動記録中の「全商品」には「移」という記載がある。原告がこれを記載しているのは,朝に本部で会議に出席した場合,教室での仕事(活動)が終わって本部で何らかの自主活動に参加した場合,単独で本部で自主活動を行った場合の,各移動時間を記載したものであると思われる。この移動時間には,食事や移動その他の個人的用務をすることも可能であり,この時間の過ごし方に被告の関係者が関与することはなく,この時間帯が労働時間であるはずがない。

第3当裁判所の判断

1  争点①(原告は労基法上の労働者といえるか)について

(1)  当該業務従事者が労基法上の労働者に該当するといえるか否かの問題は,個別的労働関係を規律する立法の適用対象となる労務供給者に該当するか否かの問題に帰するところ,この点は,当該業務従事者と会社との間に存する客観的な事情をもとに,当該業務従事者が会社の実質的な指揮監督関係ないし従属関係に服していたか否かという観点に基づき判断されるべきものであると解するのが相当である。

そして,本件においては,被告は,原告が被告の取締役であり労働者ではない旨を主張しているものであるから,取締役就任の経緯,その法令上の業務執行権限の有無,取締役としての業務執行の有無,拘束性の有無・内容,提供する業務の内容,業務に対する対価の性質及び額,その他の事情を総合考慮しつつ,前記のとおり,当該業務従事者が会社の実質的な指揮監督関係ないし従属関係に服していたか否かという観点から判断すべきものであると解される。

(2)  そこで,上記に従い検討するに,前記第2・1の前提となる事実に加え,証拠(本文中に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告は,建築物の企画,設計及び工事監理等のほか,学習塾の経営等を目的とする株式会社であり,学習塾「○○塾」を開設し運営している。

○○塾の平成25年時点における大阪府下及び奈良県下の教室数は61教室であった。(証拠<省略>)

イ 被告の履歴事項全部証明書によれば,被告は取締役会設置会社であり,役員に関する事項につき,取締役5名(代表取締役1名)及び監査役1名である旨が記載されている。(証拠<省略>)

被告の所員数は,平成25年時点で520名であった。(証拠<省略>)

○○塾の社員は300名程度おり,社内的にはいずれも株主兼取締役であるとされている。(人証<省略>)

ウ 被告グループの会社案内には,全員が経営者である旨やその参加(採用)条件として全員が取締役として会社の経営に参画することが必須である旨が記載されている。(証拠<省略>)

なお,被告に参加する成員である正社員の就業に関する規約である「○○共同体 規約」(原告が被告に)には,正社員は,被告の共同体理念に賛同し,ともに共同体経営に参加する者をいうとされ,経営会議への参加の権利と義務を有するとされているが(同規約4条1項),取締役になる旨や取締役として業務を執行する旨までは明記されていない。(証拠<省略>)

エ 被告には,本社のほか,教育事業(○○塾),農園事業,建築設計事業,地所事業及び社会事業の各事業部がある。

被告の部門の中枢には社長室があり,これが本社の中枢をなし,経営統括室とともに,統括部門として,経営や会社会議運営を行っている。また,社長室は,全部門を貫く戦略や経営方針を策定し,被告グループを牽引する部署として位置づけられている。(証拠<省略>)

オ(ア) 被告には,グループ社員全員の共認形成の場である「劇場会議」とグループ社員全員が参加(投稿)することのできる電子掲示板である「社内板」があるとされ,これらが被告の運営の根幹をなすものとして位置づけられている。

(イ)a 劇場会議は,同心円状の座席配置である劇場型会議室で行われ,東京と大阪とをテレビ会議システムでつないで行われる。劇場会議では,主に内野席に座るメンバーが中心となって議論を進めるものとされる。劇場会議を行う会議場には,295席が設けられ,決議を行うに当たって参加者が賛否を明らかにすることができるボタン等が設置され,これを通じて発言や提案を評価・集計できるようになっている。塾部門については,塾部門全メンバーと本社中枢メンバーの合計350人近くが参加するものとされる。

b 被告において,劇場会議は,不定期に開催され,深夜の時間帯に及ぶこともある。塾部門については,2か月に1回程度開催される。

c 劇場会議については,被告における最高の意思決定機関として,制度,人事,賃金の決定基準(利益分配基準)及び経営方針等全ての重要事項を決定する旨などの説明がされているが,他方で,法的紛争への対応に関わる事項については議論されず,新入社員の雇入れや人事異動の決定についても,1人1人の評価や個人情報を踏まえての具体的な検討及び決定まではされずに,既に本部において作成された人事に関する原案を承認するという程度のやりとりがされるものであり,さらには,新入社員への株式譲渡についても,基本的に,その譲渡承認がされることもないということであって,上記の説明に沿わない運営がされている実態がうかがわれる。

d 劇場会議の開催に際しては,会社法296条以下所定の株主総会の招集手続がとられたこともなく,株主総会として必要な同法318条所定の議事録の作成及び備置きがされた形跡はうかがわれない。また,取締役会として必要な同法369条所定の議事録の作成及び出席者の署名又は記名押印がされた形跡もうかがわれない。

(ウ) 社内板は,社員が意見提起等のために自由に投稿することができ,それを読んだ読者が提起された提案内容について「内容が○」「不十分」「おかしい」「事象は×」の各チェック欄にチェックする判定欄があり,かつ,その判定数も表示されるようになっている。

被告では,社内板における投稿内容が,経営に反映されることもあり,被告の社長室がその投稿内容を軸に日々経営方針を修正するものとされている。

社内板内には,同ネットにおける投稿に対する評価のランキングもされ,ワーストになった者なども表示されることになり,その評価が,人事異動の際に考慮されることもある。

(上記オ全体につき,証拠・人証<省略>,原告本人)

カ ○○塾では,上記オ(イ)の劇場会議のほかに,ブロック会議,仲間会議及び教室ミーティングが週に1回ずつ開催されている。

被告において決定された戦略,方針は,これらの会議やミーティングを通じて具現化されている。(証拠<省略>)

キ ○○塾には,「本部(室長)」「ブロック長」「教室長」「副教室長」及び「教育コンサルタント」という立場の者が置かれていた。

各教室の教育コンサルタントの数は,多くても2名であった。(証拠・人証<省略>)。

ク 被告においては,社員は,業務の終了後に活動記録(証拠<省略>)を入力することとされている。活動記録は社員ごとに作成を義務づけられており,被告が作成したファイルに,各社員が自らの出退社時刻と各種業務時間数を入力するものである。(証拠<省略>,原告本人)

ケ 被告において,業務従事者が欠勤(遅刻及び早退を含む。)をする場合,以下のような扱いとされている。(証拠・人証<省略>)

(ア) 事前申請の場合については,本部へ電話連絡を徹底することとされ,本人から上長(教室長)へ欠勤報告書が提出され了承された段階で,上長より本部へ電話連絡されるが,教育コンサルタントの場合は,まず本人から本部へ電話連絡し了承を得た後,本部と所属教室長で調整し最終判断を確定するものとされる。上記欠勤報告書の本部への提出期限は1週間前とされ,代講を伴う場合は代講手配申請書と添付するものとされていた。欠勤報告書の「欠勤理由」欄には「私用」などのあいまいな表現は認められないものとされていた。

(イ) 当日欠勤(遅刻・早退)の場合について

上長へ欠勤報告書を本部へ提出するものとされ,その提出期限は3日後とされていた。

コ(ア) 原告は,平成23年3月11日に被告の正社員として採用され,同日から平成25年12月21日まで,○○塾に在籍していた。

当初の6か月間は試用期間とされた。

(イ) 原告は,被告に正社員として採用される際,被告に参加条件通知書(証拠<省略>)を提出した。

参加条件通知書の冒頭には,「正社員は業務を執行する取締役に就任し株主となって会社経営に参加し,事業の共認を統合軸とする共同体建設に努めなければならない」と記載され,参加の条件として,以下の項目が記載されている。

a 就業場所 ○○塾本部及び各教室

b 業務内容 教室事務及び取締役として共同経営に当たる

c 就業時間,休憩時間 自由勤務性を原則とし,始業・就業時刻は自由とする。ただし,試用期間中は下記を目安とする。

(a) 始業 午後2時~終業 午後11時(週3回程度本部において会議及び技術研修のある日は午前11時から。春期,夏期,冬期の講習期間中は別途カリキュラムに従う。)

(b) 休憩時間は自由とする。

d 休日 ①日曜日,夏期休暇,冬期休暇,③その他会社が定める日。日曜日等でも入塾説明会等の行事開催日で出社が必要な場合がある。

e 給与所得 基本給月額給与23万2800円=基本給23万2800円+扶養手当0円(毎月基本月額給与を固定支給し,賞与で年収を調整する年収制の報酬体系とする)。賞与は,夏賞与を7月に冬賞与を12月に支払う。給与及び賞与は,源泉所得税,社会保険料等の法定費目を控除して支払う。

f 欠勤等の査定 ①冠婚葬祭に伴う2週間以内の休暇,②1週間に満たない病気欠勤又は私用休暇は,給与を減額しない。

g 競業避止義務 退職後3年間にわたり,①被告と競合関係に立つ事業者に就職したり役員に就任すること,②被告と競合関係に立つ事業者の提携先企業に就職したり役員に就任することが禁止される。

h 除名 次の一に該当するときは30日前に予告するか,又は30日分の平均給与を支払って除名するものとされ,除名事由として,「勤務成績又は業務能率が著しく不良で,向上の見込みがなく,他の職務にも転換できない等,就業に適さないとき」や「勤務状況が著しく不良で,改善の見込みがなく,職責を果たし得ないとき」などが掲げられている。

サ 原告は,平成23年4月1日から大阪府a市のb校舎に配属され,入社から1か月ほどした頃,大阪府c市のd教室に異動した。(証拠<省略>,原告本人)。

d教室では,1年目は教育コンサルタントが原告1名のみであり,その上長として教室長がいた。また,2年目は新卒者が入ってきたため,教育コンサルタントが2名の体制となった。(証拠<省略>,原告本人)

原告は,教育コンサルタントとしての業務については,教室の先輩から学び,校舎内で引き継がれている業務マニュアル,社内板の投稿を見るなどしながら行っていた。(証拠・人証<省略>,原告本人)

シ(ア) 原告の教育コンサルタントとしての業務内容は,営業が中心であり,その他にも通学バスの運行管理,施設関連の業務,広報関係,被告の体制に関する業務,社内板への投稿に関する業務,劇場会議,ミーティング等に関する業務,技術及び開発等に関する業務等多岐に及んでいた。(証拠<省略>)

原告の業務内容の詳細は,以下のとおりである(被告の活動分類基準[証拠<省略>]と原告の活動記録との照合から,少なくとも原告に関連すると思料されるものを掲記することとする。)。

a 営業 ①受付営業(生徒父兄からの電話・訪問に伴う営業活動),②外渉事務(外渉全般に発生する事務活動[入塾書類の発送・受付,紹介関係,入塾テスト関係]),③入塾勧誘説明会(これに関する全業務),④追込営業(電話又は対面での入塾勧誘活動),⑤塾生を対象とした販促営業(新年度募集等),⑥内渉事務(請求,返金事務,各種配布物及びメール管理,授業中止連絡等),⑦進路学習相談,⑧クレーム対応(営業活動及び授業内容等に対する苦情等への対応等,退塾・退講に対する事前・事後の対応,様子伺い等懇談,欠席電話,不合格者フォロー,返金申請及び未収・未納の督促,欠損・不明金報告,駐輪場見回り),⑨○○塾ネット(読込み・投稿,投稿を促すPR,ID配布,代理投稿),⑩学籍管理(個別生徒の在退に関するデータの管理,受講登録変更届,未納者・未収金リスト,退塾予測・他生徒情報),⑪成績管理(個別生徒の成績に関するデータの管理,各種成績データ作成等)

b 通学バスの運行管理等

c 施設関連の業務 ①施設・備品の方針,分析,設計,折衝(教室・店舗探し等,設計・備品計画),②備品・消耗品の管理,引越し・掃除

d 広報関係 入塾案内等,ネット関係の営業広報等

e 被告の体制に関する業務 活動表記入,入力等

f 社内板への投稿に関する業務 社内板の読込み,投稿等

g 劇場会議への出席

h ミーティング等に関する業務 仲間会議,ブロックミーティング及び教室ミーティング

i 技術及び開発等に関する業務等 ①技術開発(教材開発),②技術研修・学習(学習,研修,受験指導,講習会),③資料管理・庶務(書籍管理等)

(イ) また,原告は,平成25年1月頃から,○○塾本部からの指示を受けて,大阪府c市にあるe教室及びf教室で講師の仕事もするようになり(同年9月からはf教室のみ),g教室で教室コンサルタントとしての業務を行いつつ,授業やテキスト作成なども行うようになった。授業に備えて予習や教材準備をしなければならなくなり,原告の業務量は講師をする以前より増した。

平成25年9月以降は,b教室に配置された。

授業配置については,○○塾本部で決定され,通知を受けていた。

(ウ) 原告は,本部や教室における各種会議等には,午後2時以前又は午後11時以降に参加することがあった。

本社における自主活動も,深夜の午後12時前後から参加することもあった。(証拠・人証<省略>,原告本人)

(エ) 原告は,○○塾の労務管理や給料決定,税金の申告等に係る業務執行に関与したことはない。

(上記シ全体につき,証拠<省略>,原告本人)

ス 原告には,業務従事の対価として,毎月給与名目での金員の支払がされ,その際には社会保険料及び雇用保険料等の控除がされていた。(証拠<省略>)

セ(ア) 原告は,平成23年10月17日,被告に対し,就任承諾書を提出した。就任承諾書には,「私は,正社員全員が経営者として組織運営に参加する共同体運営に賛同しましたので,平成23年10月17日の被告株主総会における取締役選任決議を承認し,その就任を承諾します。同時に取締役の競業避止義務を負うものとします。」と記載されていた(証拠<省略>)が,上記選任のための株主総会が開催された形跡はうかがわれない。

(イ) 原告は,平成24年6月27日,「同月23日の被告株主総会において取締役に選任されたので,その就任を承諾する」旨記載された就任承諾書を被告に提出したが(証拠<省略>),やはり上記選任のための株主総会が開催された形跡はうかがわれない。

(2)ア(ア) 上記(1)に述べたように,本件において,原告は,被告に採用されるに際し,取締役に就任する旨の承諾書を差し入れ,社内的には取締役であるとされているという事情がうかがわれるものの,原告が,会社法所定の手続により正規に被告の取締役に選任された経過は存せず,被告の履歴事項全部証明書にも取締役として登記されているという事情も存しない。

(イ) 前記(1)オ(イ)に述べたように,被告には,運営の根幹をなすものとして位置づけられている劇場会議が存するものとされており,この劇場会議が被告の経営的な事項を扱う場面があることはうかがわれなくはないものの,被告の経営上の事項に係る決定権限の全てが劇場会議に帰属するのかについては,被告の主張・立証によっても明らかではないといわざるを得ない。

かえって,被告においては,劇場会議とは別に,部門の中枢にある本社社長室があって,これが全部門を貫く戦略や経営方針を策定し被告グループを牽引しているとうたわれており,さらには,本社社長室が本社の経営統括室とともに,経営や会社会議運営を行っているとされているのであって,これらの部門と劇場会議との組織上の関係性は被告の主張・立証によっても明らかではないといわざるを得ない。

さらにいえば,劇場会議においては,訴訟上の案件等会社の経営に関わる重大な事項については議題に上がっていないというのであるし,人事上の事柄についても,本部で定めた原案に基づいて承認されるにとどまるものとされている。

上記の各点に加えて,劇場会議については,取締役会として会社法所定の議事録の作成等がされた形跡はうかがわれないことにも照らすと,劇場会議が被告の経営上の事項を決定する会社法上一般的に想定されている取締役会と同列のものと位置づけられるか否かについてはなお疑念を差し挟まざるを得ないというべきである。

したがって,原告を始めとする被告の正社員が,上記のような劇場会議に参加しているからといって,そのことのみから被告の正社員が取締役であると帰結することは困難な面があるものと指摘せざるを得ない。

(ウ) また,前記(1)オ(ウ)に述べたように,被告においては,社員が意見提起等のために自由に投稿することができる社内板があるものとされ,その投稿内容が,経営に反映されることもあるとされている。そして,この社内板については,社員が意見提起等のために自由に投稿することができ,それを読んだ読者が提起された提案内容について「内容が○」「不十分」「おかしい」「事象は×」の各チェック欄にチェックする判定欄があり,かつ,その判定数も表示されるようになっているという運用実態も存する。

しかしながら,前記(1)オ(ウ)に述べたように,社内板の投稿内容を踏まえて経営方針を決めるのは社長室であり,上記のような社内板に係る運用実態が存するからといって,これを通じて,社員が被告の経営上の事項に係る意思決定をしているとまでは認め難いといわざるを得ない(世上,社内のイントラネットによって社員が意見提起等をすることはよくみられることであり,そのことによって,直ちに社員が取締役とされるわけではない。)。

確かに,被告においては,全社員が社内板に積極的に関与している実情がうかがわれるが,社内板内には,同ネットにおける投稿に対する評価のランキングもされ,ワーストになった者なども表示されることになり,その評価が人事異動の際に考慮されることもあるというのであるから,社内板への投稿が直ちに自発的な経営参画の手段のものであると位置づけることは些か困難であるといわざるを得ない。

したがって,原告を始めとする被告の正社員が,上記のような社内板に参加しているからといって,そのことのみから被告の正社員が取締役であると帰結することは,劇場会議と同様に困難であるといわざるを得ない。

(エ) ところで,被告の人員構成(520名。○○塾だけでみても300名以上)や被告の組織編成の中における原告の立場(教育コンサルタント)や担当する業務内容に照らしても,原告に被告の取締役としての法令上の業務執行権限が付与されているとは到底解し難く,原告の法的地位は取締役としてのものとはいい難い。

イ(ア) 他方で,原告を始めとする被告の正社員は,午後2時から午後11時までを勤務時間とされ,活動記録に,日々の出退社時刻と各種業務時間数を入力するものとされている。

加えて,欠勤(遅刻及び早退を含む。)については,事前の場合には,本部への電話連絡と上長,ブロック長を経て本部への欠勤報告書の提出を要し,欠勤理由についても「私用」などのあいまいな表現は認められないとされている上,当日欠勤の場合には,同様のルートで欠勤報告書を本部へ提出するものとされ(事前及び当日のいずれの場合にも提出期限がある。),冠婚葬祭に伴う2週間を超えての休暇及び1週間を超えての病気欠勤又は私用休暇については,給与を減額するものとされていた。

これらを踏まえると,原告を始めとする正社員の出退勤については,厳格に管理されていたものと認めざるを得ない。

(イ) また,原告の教室への人事異動や授業配置についても,原告が自由に選べるわけではなく,○○塾本部での決定に従わなければならないものであった。

(ウ) そして,原告が教室コンサルタント及び講師として従事していた業務内容は,所属していた教室の運営等に関する個別的かつ事務的なものが大半を占めていたものであった上,その業務の内容については被告によって詳細に分類されて決定され,それに従事することとされた後も,経験者の教示を受け,又は社内板における例に従うなどして運用に当たってきたものであり,原告が独自の考えや方針で自由な裁量のもとにできるものではなかったものである。

(エ) 原告には,上記(ウ)の業務従事の対価として,源泉所得税及び社会保険料等の法定費目を控除した上で,給与(月額23万円程度)及び賞与を支給するものとされており,その対価は,その性質及び内容,金額的にみても,労務提供の対価としての賃金以上の性格付けをすることは困難であるものといわざるを得ず,年間売上高83億円,経常利益12億強(いずれも平成25年3月決算時。証拠<省略>)を上げている会社である被告の取締役の報酬としては低廉にすぎるといわざるを得ない。

(オ) 加えて,被告が社員を除名させる際には,一定の事由(一般の雇用関係における解雇事由と同様のものと解される)を前提に,解雇予告制度と同様の制度をもうけて対応していたものである。

(カ) 上記に述べたところを踏まえると,本件において,原告の労働者性を否定する事情はみいだし難いというほかなく,原告は,被告の実質的な指揮監督関係ないしは従属関係に服していたものといわざるを得ず,紛れもなく労基法上の労働者であったと認められるべきである。

(3)  被告の主張の検討

ア 被告は,創立時から連綿と受け継がれてきた被告の経営理念(自主管理,従属労働の否定)を踏まえ,被告のメンバーが共同経営者であって取締役であり,原告を始めとする被告の業務従事者が労働者ではない旨をるる主張する。

しかしながら,そのような経営理念が被告にとって企業の存立基盤の根幹をなす本質的かつ枢要なものであるとしても,上記に述べた被告における業務従事者に係る客観的な実情を前提にすると,原告は労基法上の労働者にほかならないというべきであり,その主張は採用し難いものといわざるを得ない。

イ 被告は,労働者保護法制の規制対象は,労働の内容が他人すなわち使用者によって決定される従属労働のみであるとし,被告のメンバーが○○塾の事業において行う自己決定に基づく活動には労基法を始めとする労働者保護法の規制は及ばない旨を主張する。

この点についても,前記(2)に述べたところを踏まえると,原告を始めとする被告の業務従事者の業務は被告の指揮監督命令下での従属的な労働であると認めるほかなく,まさに労基法の労働者による労働として労働者保護法制による保護を受けるものであって,その主張は採用し難いものといわざるを得ない。

ウ 被告は,被告には劇場会議と社内板とがあり,これらをもって全員参加経営の体制を確保しているなどとして,原告を始めとする被告の業務従事者が取締役であることの根拠とするが,前記(2)イに述べたように,劇場会議につき,被告の経営上の事項を決定する会社法上一般的に想定された取締役会と同列のものとは位置づけ難いものであるし,社内板についても,これを通じての意見提起等が取締役としての経営上の意思決定であるとは認め難いものであって,その主張は採用し難いものといわざるを得ない。

エ 被告は,メンバー全員に参加する権限がある「劇場会議」を最高意思決定機関とするほか,各種の会議(「塾」劇場会議,ブロック会議及び教室ミーティング)によっても意思決定(しかも,いずれの会議も全員一致の決議による)をしており,被告においては,メンバーは自分が参加しない会議(=自分が参加できないプロセス)によって,自分のことを決められることはないなどとし,このことをもって,被告のメンバーたる業務従事者が経営に参加する取締役であることの根拠とするようにも解される。

しかしながら,被告は,その全体においても520名,○○塾のみでも300名以上のメンバーで構成されているところ,そもそも,そのような人員構成で,果たして統一的で機動的な意思決定による経営がされるのか疑問なしとしない。また,そのことをおくとしても,例えば,劇場会議についてみれば,被告の「○○共同体 規約」(証拠<省略>。原告の退職時のもの)第3条によれば,被告は,その組織・営業・技術・財務面の主要な活動方針の決定等に係る事項を決定する正社員全員が参加する全体会議(劇場会議を指すものと解される。)を設けるものとされ,同会議は,社員の5分の4以上の出席をもって成立し,出席者の3分の2以上の賛成をもって議決するものとされており,会議につき,全員一致の決議によるとする上記被告の主張と必ずしも整合しない面がある。また,その他の会議にしても,被告の中枢をなす社長室の策定する戦略や経営方針に反してまで自由に議決することは通常では想定し難いものといわざるを得ない。それゆえ,被告においては,メンバーは自分が参加しない会議(=自分が参加できないプロセス)によって,自分のことを決められることはない旨の主張に依拠することは些か困難な面があるといわざるを得ない。

オ 被告は,被告において,人員配置の権限が特定の誰かに帰属しているということはなく,その人員配置の決定は,会議で行うことになるとする。

しかしながら,被告においては,例えば,新入社員の雇入れや人事異動の決定についても,劇場会議で,1人1人の評価や個人情報を踏まえての具体的な検討及び決定まではされずに,既に本部において作成された人事に関する原案を承認する程度のやりとりがされるというのであり,被告における人員配置等の実質的な決定が全員による会議によりされるものであるとは認め難いものといわざるを得ず,その主張も採用し難い。

カ 被告は,被告においては,全てのメンバーは対当,平等であり,正社員が上命下服の関係にはなく対等であることが被告の組織規範である旨を主張する。

しかしながら,被告の経営理念上そのようにいえても,被告は,現実には,「本部(室長)」「ブロック長」「教室長」等を設けており,「教室長」については生徒やその父兄に対しても対外的にその表示を用いている。また,被告では,正社員が欠席等をする場合には,上長(講師,コンサルの場合は,教室長)へ欠勤報告書を提出されて了承されることなどが要件とされていて,上記の上長の了承が得られなければ欠席等をすることができないとされている上,上記欠勤報告書は,上長,ブロック長,本部へと順次経由して提出されているのであり,これらのことをとってみても,組織編成上,被告には社員にとって上司の立場に該当する者がいるとみざるを得ないのであり,被告の上記主張は採用し難いものといわざるを得ない。

キ 被告は,原告の採用時の面談において,○○原理を原告に説明し,原告はそれを理解して,採用の際に被告に差し入れた参加条件通知書にサインして被告に差し入れていたし,同通知書には,被告の業務につき「教室事務並びに取締役として共同経営にあたる」との記載があって,面談後のアンケートにおいても,被告側の話や考え方に肯定的な記載をするなどしており,○○原理に対して賛同と共感をして,被告のメンバーになったものである旨主張する。

しかしながら,前記(1)に述べたとおり,当該業務従事者が労基法上の労働者に該当するといえるか否かの問題は,個別的労働関係を規律する立法の適用対象となる労務供給者に該当するか否かの問題であって,当該業務従事者と会社との間に存する客観的な事情をもとに,当該業務従事者が会社の実質的な指揮監督関係ないし従属関係に服していたか否かという観点に基づき判断されるべきものであるから,上記のような原告の採用時のやりとりや参加条件通知書の記載内容や原告の認識のいかんをもって,直ちに前記判断に消長を来すことはないものと解され,その主張は採用し難いものといわざるを得ない。

ク 被告は,自由勤務制を原則とし,始業・終業時刻及び休憩時間は自由とされ,原告が何時から何時までどの仕事をするのかということについては原告の自主的判断に委ねていたことや,給与についても「冠婚葬祭に伴う2週間以内の休暇」や「1週間に満たない病気欠勤または私用休暇」は減額しないものとされていたことを根拠に,被告と原告との契約においては,仕事と報酬の関係は切断されていたなどとして,被告と原告の契約関係は,労働契約(=雇用契約)とは異なる旨を主張する。

しかしながら,被告は,正社員に,業務の終了後に活動記録を入力することを求めており,活動記録には,各社員が自らの出退社時刻と各種業務時間数を入力するものとされている。また,前記のとおり,欠勤については厳格に管理がされ,一定日数以上の欠勤については給与の減額事由になる旨の定めがされているのであるから,被告の正社員は出退勤につき厳格に管理されていたものといわざるを得ない。

この点,被告は,「活動記録」の作成目的につき,被告の中で働く者の活動情報を収集し,さらに全ての正社員の活動を集積し,組織の活動の全体像を把握するための資料を作成することにあるとし,「労働」の実体を把握することにその作成目的があるわけではない旨を主張する。しかし,活動記録についての被告の主張するような目的であれば,活動記録の記載項目のうち,少なくとも「全活動時間合計」と各種業務時間数のみを記録すればその目的は達するはずであるとも考えられるところ,活動記録には出退社時刻も記載することとされているのであるから,客観的にみれば,活動記録は出退勤を管理するための目的も有するものと認めざるを得ないというべきであり,被告の上記主張は採用し難い。

ケ 被告は,原告が,直属の上司であるはずの教室長に対して,遠慮仮借のない批判を展開していたことをもって,被告においては,教室長といえども,他のメンバーと対等平等であることが明らかであるかのように主張する。

しかしながら,上司に対する批判をすることは,およそ世上みられないという事象ではなく,上記事情をもって,被告のメンバーが対等平等であると直ちに帰結することは困難であるというべきであり,被告の主張は採用し難い。

(3)  以上の検討によれば,原告は紛れもなく労基法上の労働者であるのであり,その時間外労働に対しては,正当に時間外手当てが支払われなければならない。

2  争点②(原告の労働時間)について

(1)  原告の始業時刻及び終業時刻について

ア 証拠<省略>(活動記録)によれば,原告の労働期間中における始業時刻及び終業時刻については,別紙2「時間・賃金計算書」<省略>における「始業時刻」及び「終業時刻」の各欄に記載したとおりと認められる。

イ この点,被告は,被告が運営する○○塾の各教室の開業時間は午後2時から午後11時ということになっているところ,①被告の本来の理念からすると,メンバーが仕事(活動)をする時間は,メンバーの自主決定に委ねるはずが,生徒と父兄に塾が開いている時間を明らかにするべく,午後2時から午後11時と設定しているにすぎない旨,②被告は,各教室のスタッフ全員について午後2時から午後11時まで塾に張り付いているべきとは考えておらず,誰かがいればよいとの考え方であった旨,③被告において,午後2時以前に教室に入るべきであるとか,午後11時以降も教室に残るべきである等の申合せがされることもなく,午後2時以前及び午後11時以降は,スタッフが全く自由な判断で在社しているだけである旨などを主張する。

しかしながら,前記(1)に述べたように,原告の所属していたg教室の教育コンサルタントの人数は,1年目は原告1名のみ,2年目は原告と併せて2名であったこと,原告の業務内容は,営業を中心としつつ,その他にも通学バスの運行管理,施設関連の業務,広報関係,被告の体制に関する業務,社内板への投稿に関する業務,劇場会議,ミーティング等に関する業務,技術及び開発等に関する業務等広範,多岐に及んでいたこと,原告は,平成25年1月頃から,他の教室で講師の仕事もするようになって,教室コンサルタントとしての業務を行いつつ,授業やテキスト作成なども行うようになり,授業に備えて予習や教材準備をしなければならなかったこと,さらにいえば,原告は,午後2時以前に会議に出席することもあり,午後11時以降にも本社での会議や自主活動にも参加していたことなどからすると,午後2時以前又は午後11時以降に,原告が被告の指揮監督命令下で業務を遂行していたと推認しても格別不自然であるとはいえないというべきである。

したがって,活動記録に記録された午後2時以前及び午後11時以降の稼働時間も,労働時間であるというのが相当である。

ウ また,被告は,原告の活動記録中に午後11時以降の遅い業務終了時間が記載されている場合があるが,これは,原告の本社における自主活動であって,○○塾の仕事(活動)との関連性も問題にならないし,そもそも何をするのか,何もしないことも含めてメンバーそれぞれの自由であり,その活動やそれに費やした時間がわからない部分が多く,このような全くの自主活動に要した時間が「労働時間」であるはずがない旨などを主張する。

しかしながら,自主活動の多くは,被告の本部において行われるものであること(証拠・人証<省略>),自主活動についても,参加の有無や積極性等が評価の対象になり,かつ,社内板においてその評価がランキングという形で可視化されており,そしてその評価がひいては人事にも影響すること等からすれば,原告も含め被告の正社員にとっては,否が応にも取り組まざるを得ない活動であったものといわざるを得ない。また,原告の行った自主活動である「○○塾紹介BOOK」(証拠<省略>)や「作文コンクール」(証拠<省略>)をみても,前者は入塾生の拡大につながる企画であり,後者は塾生,保護者,地域及び被告社内の充足基調を形成していくことを企図した企画であり,いずれも,その活動内容に照らして,単なる自主的な活動を超えた被告(○○塾)の業務に関わるものであるといわざるを得ないものである。

そうすると,原告がこれら自主活動の業務に費やした時間は,被告の指揮監督命令下の拘束時間であって,労働時間であると認めるのが相当である。

エ さらに,原告の活動記録中の「全商品」欄には「移」という記載があるところ,これは,朝に本部で会議に出席した場合,教室での仕事(活動)が終わって本部で何らかの自主活動に参加した場合,単独で本部で自主活動を行った場合の,移動時間を記載したものであると考えられるとし,この移動時間には,食事や移動も自由で,その他の個人的用務をすることも許容されていたとして,この時間帯が労働時間であるはずがない旨を主張する。

しかしながら,活動記録には,各種「業務」時間数として,「全商品」の「移」という記載をすることとされていること(証拠<省略>),被告の「塾 件業活動分類基準」(証拠<省略>)によれば,上記「移」の項目は,教室間,本部・教室間の移動等を指すものとされ,移動時間は活動記録に計上することとされているのであり,被告の上記主張は被告自らが定めた「塾件業活動分類基準」に反するものというほかなく,上記活動記録の記載項目及び「塾 件業活動分類基準」からすれば,移動時間についても,被告は被告の指揮監督下にある労働時間と位置付けていたものとの評価を受けてもやむを得ないというべきである。

(2)  休憩時間について

ア 証拠<省略>(活動記録)によれば,原告の労働期間中における休憩時間については記録がされていない。

イ ところで,休憩時間は,労働者が使用者による指揮監督から解放されている時間を指すものと解される。

この点,被告は,原告の休憩時間があった旨の主張をするようにも解されるが,上記(1)イに述べた原告の業務内容が,広範かつ多岐にわたるものであったことに加え,原告の所属していた教室には,教育コンサルタントが1名ないし2名しか配置されていなかったこと,教育コンサルタントが2名になった後は,原告は講師の業務も担当していたこと,授業がある時間帯は講師が授業に出ており,電話や来訪者への対応は教育コンサルタントがするほかなかったこと,原告は食事をしながら業務を行っていたこと(証拠<省略>。Bも,原告と同じ教育コンサルタントの立場にあった当時,教室内に講師がいる午後4時半頃に食事をするのが普通であって,電話番や来訪者の対応ができないような事態が生じるのを可及的に避けるようにしていたと証言している[証人B]。)ことからすると,原告は,在社時間中,被告の指揮監督下から解放される時間を有していたとは認め難いものというべきである。

したがって,原告には,休憩時間がなかったものと認めるのが相当である。

(3)  休日について

原告は,別紙2「時間・賃金計算書」のとおりであり,原告は,①日曜日から始まる1週間で7連勤している場合には土曜日を法定休日とし,②週内で休みが1日以上ある場合には,休日の振替えがあったものとして被告に有利に処理した旨を主張しているところ,被告は,この点について抽象的かつ包括的に認否を述べるにとどまり,上記具体的な反論をしていない。

そして,原告が被告と交わした参加条件通知書によれば,原告の休日は基本的には日曜日とされ,かつ,被告の「○○共同体 規約」(証拠<省略>)の第12条においても,休日は基本的には日曜日とされていることからすると,原告の休日は原則的には日曜日と考えられるところ,原告の活動記録から明らかな原告の稼働の状況を前提にすると,日曜日から土曜日まで週の1日も休日がない場合が存するから,その場合には,労基法35条1項所定の週休1日制に照らしてみても,原告の主張する上記①の扱いをするのが相当である。そして,上記②については,被告に有利な処理となっていることに加え,本件における審理の経過(後記5(2)のとおり)に照らしても,その主張はそのまま認めるのが相当である。

3  残業時間の計算について

上記2を踏まえ,以下に,原告の残業代について算定すると,以下のとおりとなる。なお,この算定の基礎となる各要素についても,被告は,包括的かつ抽象的な認否を述べているにとどまり,上記2(3)と同様,原告の主張をそのまま認めるのが相当である。

(1)  原告の1時間当たりの賃金単価

ア 月平均所定労働時間

別紙1「基礎時給計算書」<省略>のとおり,平成23年分及び平成25年分につき173.80時間,平成24年分につき174.28時間と認められる。

(ア) 平成23年及び平成25年

週40時間÷7日(1週)×365日÷12か月≒173.80時間

(イ) 平成24年(うるう年)

週40時間÷7日(1週)×366日÷12か月≒174.28時間

イ 週,日の所定労働時間

労基法どおり,1日8時間,週40時間と認められる。

ウ 基礎賃金額

証拠<省略>によれば,別紙1「基礎時給計算書」のとおり,平成23年12月ないし平成24年3月までが23万2800円,平成24年4月ないし平成25年3月までが23万8700円,平成25年4月ないし同年12月までが24万4600円であると認められる。

エ 基礎時給額

別紙1「基礎時給計算書」のとおり,平成23年12月が1339円,平成24年1月ないし3月までが1336円,平成24年4月ないし平成24年12月までが1370円,平成25年1月から同年3月までが1373円,平成25年4月ないし同年12月までが1407円であると認められる。

23万2800円÷173.80時間≒1339円

23万2800円÷174.28時間≒1336円

23万8700円÷174.28時間≒1370円

23万8700円÷173.80時間≒1373円

24万4600円÷173.80時間≒1407円

(2)  割増賃金率

労基法関係法令所定のとおりである。

(3)  残業代の額

各月における残業代の額は,別紙2「時間・賃金計算書」に記載のとおりであり,その集計した結果は別紙3「集計表」<省略>の「合計」の欄に記載のとおりである。

なお,原告は,平成23年11年分についての残業代も請求するところ,本件においては同月分の原告に係る活動記録がなく,その労働時間の把握が困難である以上,原告の立証によっても,同月につき時間外労働があったものとは認め難く,同月分に係る残業代請求は理由がないものといわざるを得ない。

4  付加金について

(1)  被告は,原告に対し,在職中,時間外手当を全く支払っていない。

(2)  この点,被告は,その経営理念等から,被告の業務従事者の全員が取締役となり,経営に参加するという自主管理の経営理念に沿った運営をしていること,自由勤務制を基本としていること等から,時間外手当を支払わなかったと主張するものであるが,前記に述べたように,原告は被告の指揮監督下に服する労基法上の労働者と認めるほかないことからすると,その経営理念の当否は別として,被告が原告に対して時間外手当を支給しないことについては,合理的な理由は見出し難いものというべきである。

そうすると,上記の不支給が,労基法37条に違反していることは明らかであるというべきであり,本件については,労基法114条に基づいて,被告に対し,過去2年分の原告の時間外手当に係る付加金の支払を命じるのが相当である。

付加金の額については,別紙3「集計表」の「付加金」の欄に記載したとおりである。

5  時機に後れた攻撃防御方法の却下の申立てについて

(1)  被告は,弁論終結が予定されていた第5回口頭弁論期日の当日になって,新たな証拠<省略>を提出するとともに,これを踏まえた第6準備書面を提出してきた。

これに対し,原告は,上記主張立証が時機に後れた攻撃防御方法であるとして,その却下を申し立てたので,本件審理の経過等も踏まえ,この点について判断することとする。

(2)  本件審理の経過

ア 原告は,平成26年2月26日,本件訴えを提起した。

イ 被告は,平成26年4月16日付け答弁書において,原告が被告の取締役であり,労働契約を締結していたものではなく,所定労働時間もないとして,原告の勤務状況について包括的,抽象的に争う旨のみ認否し,原告の労働時間についての具体的な事実を踏まえた積極否認の主張をしなかった。

ウ 上記イに対し,原告は,平成26年4月25日付け準備書面(1)において,今後原告の勤務時間につき具体的事実を挙げて反論する予定があるのか明らかにするよう求めた。

これに対し,被告は,原告の労働者性に関する抽象的な主張を記載した第1準備書面及び第2準備書面を提出するのみで,上記の原告の求釈明については回答しなかった。

エ 被告は,平成26年7月14日第1回弁論準備手続期日において,第2準備書面の主張を踏まえ,同年8月20日までに,労働時間該当性に関わる個別の労働行為等について記載した準備書面を提出する旨を確約した。

オ 被告は,上記エの提出期限を過ぎた後の平成26年9月2日(第2回弁論準備手続期日)に,同日付けの第3準備書面を提出したが,同書面には,原告の労働者性に関する包括的,抽象的な主張のみが記載されるにとどまり,被告が第1回弁論準備手続期日において確約した労働時間該当性に関わる個別の労働行為に関する主張は記載されていなかった。

その上で,被告は,上記第2回弁論準備手続期日において,労働時間該当性に関わる個別の労働行為についての主張はしない旨を述べた。

上記のやりとりを踏まえ,当裁判所は,証拠調べに向けた進行を図ることとし,原告と被告は,平成26年10月15日までに,人証申請書及び申請予定の証人の陳述書を提出することとした。

カ 平成26年10月22日の第3回弁論準備手続期日において,証人B,証人C及び原告本人の尋問が採用され,同年12月18日の第3回口頭弁論期日において上記尋問が実施されるとになった。

キ 平成26年12月18日の第3回口頭弁論期日において上記各尋問が実施された後,第4回口頭弁論期日が平成27年3月3日と指定され,当事者双方は同年2月20日までに最終準備書面を提出することとされた。

ク 平成27年3月3日に第4回口頭弁論期日が開かれ,原告は準備書面(4)を,被告は第4準備書面及び第5準備書面をそれぞれ陳述した。

被告は,第5準備書面において,これまでどおり原告の労働者性を争う旨の主張をするとともに,この段になって初めて,原告の被告における活動時間には労働時間ではないものが含まれている旨の主張をするに至ったが,原告はこの点に特段異議を述べなかった。

当裁判所は,同日,弁論を終結して,判決言渡期日を平成27年5月29日と指定した上で,弁論終結後の和解期日も指定し,平成27年3月25日及び同年4月17日に和解期日が開かれた。

ケ 上記和解期日は続行となって平成27年5月7日に和解期日が指定され,当裁判所の和解勧試も踏まえ,原告の提示する条件を被告が受諾する方向での和解が成立する運びとなったが,和解期日の直前になって,被告が急きょ上記方針を覆し,和解による解決を拒絶したため,和解期日は取り消され,当初の予定どおり判決が言い渡されることとなった。

コ 被告は,平成27年5月7日付けの上申書を提出し,同上申書において,原告の残業代の計算方法に間違いがあると指摘した。

そこで,原告は,平成27年5月15日付けで,若干の計算ミスがあったとして,計算方法を修正の上,正しい計算方法での請求にするべく,申立の趣旨変更の申立書(請求の変更)を提出するとともに,口頭弁論再開の申立てをした。

サ 当裁判所は,平成27年5月18日,口頭弁論再開の決定をし,同年6月23日に第5回口頭弁論期日を指定した。

シ 被告は,第5回口頭弁論期日の当日になって,申立の趣旨変更の申立書に対する答弁書を提出するとともに,第6準備書面及び証拠<省略>を提出した。

被告は,被告の教室が入っているテナントビルのシャッターの鍵の開閉時刻に関する膨大なデータを証拠として提出し,これをもとに,原告の活動記録に記載された始業及び終業時刻がいい加減なものであるなどとして,原告に係る労働時間を争う主張をするに至った。

原告は,原告の労働時間につき,法定休日の設定等法的評価に関する部分を訂正し,これに伴って,訴えの変更をしたにすぎないものであって,新たな事実主張をしたものではなく,今回の期日は,上記に対応する答弁のみがされるものと理解しており,被告が直前に提出した第6準備書面や証拠<省略>は,その趣旨を超えるものであって許されず,これまでの進行の経過に照らしても禁反言に当たるものとして,時機に後れた攻撃防御方法の却下を求めた。

(3)ア  被告の提出したテナントビルのシャッターの鍵の開閉時刻に関する膨大なデータについては,これまでの審理の経過に照らしてみても,全く議論の俎上にも載せられず,原告及び裁判所においてもおよそ想定し得なかった書証であり,これが被告の業務従事者の出退勤時刻にどのように影響するかを精査する必要があり,場合によっては,上記データの分析に必要な関係者に対する証拠調べを実施するなどしなければ,その十分な証拠評価はなし得ないものというほかない。したがって,その判断のためには更に審理を要するものというほかなく,この提出により訴訟の完結の遅延がもたらされることは明らかである。

イ  そして,上記(2)に認定した本件の審理の経過を前提にすると,被告は,訴訟係属後の比較的早期の段階より,原告から労働時間該当性を争うのかについて釈明を求められていたのであるから,最終口頭弁論期日までの間に,積極的な事実を摘示して労働時間該当性を争うことも,これに関連する証拠を収集して提出することも容易に出来たはずであるにもかかわらず,あえてその主張立証活動をしてこなかったものである。

この点,本件における被告の主要な主張は,原告が取締役であって,労基法上の労働者ではなく,同人に係る労働時間管理をしていなかったというものであるが,被告の主張がそのような内容のものであることを踏まえても,予備的にせよ,早期のうちに,原告の労働時間該当性を争い,そのために必要な証拠を収集し,これを踏まえた積極的な主張を尽くすことができたはずのものである。さらにいえば,本件の審理の経過に照らすと,被告は,自ら労働時間該当性に関する主張立証をしないと述べていたのであるから,上記のような主張立証活動は,訴訟上の禁反言にももとるばかりか,裁判所の争点整理も無に帰せしめる上に,上記のような審理の経過を信頼して誠実に訴訟活動を重ねてきた原告にとっても不測の事態を招来するものであるといわざるを得ず,訴訟活動上も無用の負担を強いられるものであって,到底許容し難いものである。

加えていうならば,上記主張立証活動は,原告が弁論再開申立てをして,申立の趣旨変更申立書が提出されたことに乗じて,新たな主張を追加するものであり(本来は,原告の計算の修正を前提とした請求額の拡張に対する答弁のみが想定されていたものである。),原告に有利な内容での和解が勧試された後のものであることをも踏まえると,判決の内容を想定した上での後出しであるとの評価を受けても致し方ないものである。しかも,被告は,上記主張立証を最終口頭弁論期日当日に提出したものであり,原告による反論の機会をも奪うものであったとの評価を受けてもやむを得ないものであった。

そうすると,被告が最終の口頭弁論期日において提出した証拠<省略>及びこれを踏まえた第6準備書面における主張については,時機に後れたものであり,そのことにつき,少なくとも重過失が存するものと認めるほかない。

ウ  したがって,被告の提出した証拠<省略>及びこれを踏まえた第6準備書面における主張については,時機に後れた攻撃防御方法として,民事訴訟法157条に基づき却下されるべきである。

(4)  上記(3)の検討によれば,証拠<省略>及びこれを踏まえた第6準備書面の主張については,その内容を検討するまでもないことになるが,本件の事案解明及び紛争解決の観点から,なお進んで検討しておく。

被告は,要旨,①原告が所属していた被告のg教室が入っていたテナントビルのシャッターの鍵の解錠時刻から考えられる原告の退勤時刻と活動記録における退社時刻とに矛盾がある旨,②原告が所属していた被告のb教室のセキュリティデータから見た鍵の解錠及び施錠時刻から考えられる原告の出退勤時刻とに矛盾がある旨を指摘し,原告の活動記録に記載されているような出社時刻や退社時刻がいいかげんであるなどと主張しているものと解される。

しかしながら,被告が上記主張の根拠とする証拠<省略>の各データは,原告が施錠又は解錠したものか否かが明らかとされておらず,それゆえ,原告が被告の主張する時刻に現に上記各教室に入り又は出たことが証明されていないといえる以上,それらをもって,原告の活動記録における出退社時刻の正確性を否定することは,些か困難ではないかと思料されるところである。また,前記2(1)イに認定したように,原告は,配属されていた教室に出社する前及び退社した後に各種会議やミーティングに出席したり,本社において自主活動を行ったりしていた(この点は,被告側の証人であるBも認めているものである。そして,それに関する前後の移動時間も労働時間といえることは前記2(1)エのとおりである。)ことからすると,鍵の解錠や施錠の時刻のみをもって,原告の活動記録における出退社時刻の正確性を論ずるのは,原告の業務の実態を考慮しないものであって,相当ではないという余地がある。加えて,g教室の入っているビルについては,他のテナントも入居していると考えられるところ,他のテナントによる施錠や解錠の状況も踏まえなければ,原告の出退社の正確な状況は把握し得ないはずであると考えられる。さらにいえば,本来,使用者は労働者の労働時間を適正に把握すべき義務を負っているところ,労働者と認められるべき原告の労働時間を適正に把握する義務をおよそ尽くさずに,原告を形式上取締役と扱ってその労務管理を怠ってきた被告が,自らの訴訟追行を顧みることなく,上記のようなデータのみをもって,原告の労働時間該当性に関する主張をいいかげんであるなどと評することは,穏当さを欠くものであると指摘せざるを得ない。

したがって,証拠<省略>及びこれを踏まえた第6準備書面の第2の主張部分については,実体的にも理由がないものといわざるを得ない。

6  結論

以上の次第で,原告は,紛れもなく労基法上の労働者と認められる。本件においては,被告は,自主管理という企業理念を踏まえ,労働者性に関しるる主張をしているところ,当裁判所としても,その企業理念そのものやそれを踏まえて今日まで発展を遂げてきた被告の企業としての在り方を露いささかも否定するものではない。しかしながら,そのことと,労働者に対して労基法を踏まえた適正な処遇をすべきことは別の事柄であるといわざるを得ず,労働者である原告の時間外労働に対しては,労基法に基づき,適正に残業代が支払われなければならない。

そうすると,原告の請求は,①平成23年12月ないし平成25年12月分の残業代合計548万3465円,②①に対する在職中の商事法定利率年6パーセントの割合による確定遅延損害金30万5628円,③①に対する退職日の翌日である平成25年12月22日から平成27年2月20日までの賃確法所定の年14.6パーセントの割合による確定遅延損害金93万0697円,④①に対する平成27年2月21日から支払済みまでの賃確法所定の年14.6パーセントの割合による遅延損害金,⑤労基法114条所定の付加金519万9806円の各支払を求める限度で理由がある。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 石村智)

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