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京都地方裁判所 平成26年(ワ)564号 判決 2015年2月23日

原告

被告

京都市 他1名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、三二万六四二五円及びこれに対する平成二一年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇〇分し、その二を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して、一六一五万四三〇四円及びこれに対する平成二一年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告京都市の保有、被告Y1(以下「被告Y1」という。)の運転にかかる乗合バスに乗車していた原告が、車内で転倒し、受傷する事故に遭ったとして、被告らに対し、被告Y1については民法七〇九条、被告京都市については自賠法三条に基づき、連帯して、原告に生じた損害の賠償及びこれに対する上記事故日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提事実(以下の事実は当事者間に争いがないか、掲記の証拠により容易に認定できる。)

(1)  事故の発生(以下「本件事故」という。甲一)

日時 平成二一年一一月二二日 午後五時六分ころ

場所 京都市南区<以下省略>

原告 乗客

被告 車両事業用大型乗用自動車(市バス、ナンバー<省略>)

運転者 被告Y1

保有者 被告京都市

(以下「被告バス」という。)

事故態様 被告バスが発進又は制動措置を講じた際、被告バス内に立って乗車していた原告が転倒した(被告バスの動きについては後記のとおり争いがある。)。

(2)  責任原因(弁論の全趣旨)

被告Y1には、被告バスの運転手として、被告バスの運転にあたり、乗客の安全に注意を払う義務がありながら、これを怠った過失があり、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

被告京都市には、被告バスの保有者として、自賠法三条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

二  争点

(1)  本件事故態様と過失割合

(2)  本件事故による原告の受傷内容、症状固定時期及び後遺障害

(3)  原告の損害

三  争点に対する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件事故態様と過失割合)について

(原告の主張)

ア 本件事故態様

原告は、被告バスに乗車した後、空いている席を探し、進行方向に向かって左側の座席の背もたれ右角に取り付けられている手すりを左右の手で交互に掴みながら、車内をゆっくりと進んだ。

しかし、原告は、発車直後は車線変更による速度変化等で車内が揺れるかもしれないと思い、すぐに立ち止まり、少しの間、身体を被告バスの左側の座席に向けて、左右両方の手で手すりを掴んで立っていた。

その後、被告バスが安定的に走り出したので、原告は今のうちに座席に座ろうと考え、再度、手すりを持ちながら移動し、左前方三列目の座席の手すりを左手で持ち、前から二列目の座席の背もたれに備え付けられていた銀色の手すりを右手で持った後、左手を手すりから離して座席に入ろうとしたところ、被告バスが急加速したのか、不意に身体が後ろに強く引き倒されるような力が働き、手すりを持った右手がその力に耐えられずに引き離されてしまい、そのままバランスを崩して転倒した。

イ 過失割合

本件事故は、高齢の原告が被告バスに乗車するや否や、被告Y1はその動静を確かめもせず、発進し、その後も、その動静を十分に確認しないまま運転を続け、あげく、高齢のため、被告バスの急な速度変化に対応できなかった原告を転倒させたというものであり、被告Y1には、被告バスの運転手としての基本的注意義務を欠いた過失があり、その程度は大きい。

他方、原告は、乗車して自己が着席できる席を見付ける間もなく発進され、その後も、着席できる席を見つけ、そこに辿り着く直前に本件被害に遭ったものであり、発車から転倒までの原告の行為は、着座して自己の安全を確保するための一連の行為と見得るものである。被告バスが移動している最中に席を探した原告に何らかの過失があるとしても、このような原告の行為を招来したのは、わずか一〇秒程度の着座確認を怠った被告Y1にある。

このように、被告Y1の過失の重大性に照らし、原告の行為を捉えて過失相殺の対象とするのは酷にすぎる。

(被告らの主張)

ア 本件事故態様

原告は、被告バスに乗車した後、座席に座ることなく、乗車口付近の手すりを持って立っていた。

被告Y1は、原告が手すりを持っていることを確認し、被告バスをゆっくり発進させた。

被告バスが発進し、平坦な道を走行し始めた際、原告は、手すりで身体を支えながら車内の移動を始め、左前方三列目の座席に座ろうとした。

その際、被告Y1は、被告バスの進路前方にUターン中の車両があるのを認め、安全のため軽くブレーキを踏んだところ、原告はバランスを崩し、手すりを持ったまま転倒した。

イ 過失割合

被告Y1にとって、被告バスを走行させている際は、前方その他被告バスの交通状況や道路状況に注意を払い、交通事故が生じないよう注意しなければならず、被告バス車内の各乗客の個別の安全確保の有無にまで注意を払うことは不可能である。

したがって、被告バスに乗車した者は、安全の確保のため、速やかに座席に座るか、走行中は手すり等にしっかりと掴まり、むやみに車内の移動をしないという安全確保義務が生じる。

原告には、被告バスが走行中であったにもかかわらず、漫然と車内を移動し、座席に座ろうとして身体を手すりでしっかりと支えなかった安全確保義務違反があり、原告の過失は三〇%を下らない。

(2)  争点(2)(本件事故による原告の受傷内容、症状固定時期及び後遺障害)

(原告の主張)

ア 本件事故による受傷内容

原告は、被告バスの座席に座ろうと身体を斜めにしながら動いている最中にバランスを崩し、身体の右側から通路床に倒れ、手すりから外れてしまった右手は咄嗟に身体を支えようと床に付いたため、右手関節捻挫、右肩打撲、腰背部打撲等の傷害を負った。

イ 症状固定時期

原告は上記受傷に対し、平成二一年一一月二二日から、a病院にて通院治療を受け、平成二五年一月二九日に症状固定と診断された。

ウ 後遺障害

原告には、症状固定後も、右肩関節可動域制限、右手指のしびれ及び痛み等の症状が残った。

このうち、右肩関節の可動域制限については、主要運動である屈曲運動の可動域が健側の二分の一をわずかに上回り、かつ参考運動である伸展運動の可動域が健側の二分の一以下に制限されていることから、「一上肢の三大関節中の一関節に著しい障害を残すもの」として、後遺障害等級別表第二第一〇級一〇号(以下、等級のみで示す。)に該当する。

右手指のしびれや痛みは、「局部に神経症状を残すもの」として、後遺障害等級一四級に該当する。

これらの後遺障害を併合して、原告の後遺障害は後遺障害等級一〇級に相当する。

(被告らの主張)

ア 本件事故による受傷内容

原告は、手すりを持ったまま右肩から円を描くように左回転で転倒し、臀部を被告バス車内床に打ち付けたものである。

初診時に原告が訴えた症状は、左肩から左上腕部、右腰背部、左下腿から左足の痛みであり、右手関節や右肩の症状についての訴えはない。

原告が初めて右手の症状を訴えたのは、本件事故から二日が経過してからであり、右肩部の症状を訴えたのは、本件事故から約三週間が経過してからであり、しかも、右手にも右肩にも外傷性の異常所見は認められなかった。

自賠責保険も、原告の右手関節捻挫及び右肩打撲の受傷について、本件事故との因果関係はない旨認定している。

このような受傷機転、初診時の訴えの内容及び自賠責保険の判断に鑑み、本件事故により原告が右手関節捻挫や右肩打撲を受傷したとは認められない。

また、受傷機転に鑑みれば、原告が左上肢や左下肢を受傷したとも認められない。

本件事故による原告の受傷は、転倒時に臀部を打ち付けたことによる右腰背部打撲のみである。

なお、原告は、平成二三年一月の初詣で転倒し、右手及び右肩について新たに症状を訴えているが、これらについて本件事故との相当因果関係は認められない。

イ 症状固定時期

右腰背部打撲は、他覚的異常所見のない極めて軽度なものにすぎず、遅くとも平成二一年一二月末には治ゆしていた。

ウ 後遺障害

前記のとおり、本件事故による原告の右手関節部及び右肩部の受傷は認められず、原告が訴える右肩関節可動域制限、右手指のしびれ及び痛み等の後遺障害は本件事故によるものとは認められない。

(3)  争点(3)(原告の損害)

(原告の主張)

ア 治療費 九〇万一四二〇円

イ 休業損害 四四一万五六六六円

原告は本件事故当時七四歳であり、五一歳の息子と五七歳の娘と同居しているが、両名とも会社勤めで多忙なため、原告が食事や洗濯等の家事を担っていた。

原告は、本件事故により右手が使えなくなったため、家事全般に支障が生じた。これによる原告の労働能力喪失率は、①事故から平成二二年五月までの半年間につき一〇〇%、②平成二二年六月から同年一二月までの七か月間につき五〇%、③平成二三年一月から平成二五年一月二九日の症状固定日まで二七%相当であったから、休業損害は下記計算式のとおりとなる。

(計算式)

326万0800円(平成21年賃金センサス・女性学歴計70歳以上)×(6/12×100%+7/12×50%+25/12×27%)=441万5666円

ウ 傷害慰謝料 一〇〇万〇〇〇〇円

原告は、本件事故により三年二か月の通院治療を余儀なくされ、日常生活においても多大な支障が生じた。

エ 後遺障害逸失利益 三八八万五六九八円

下記計算式のとおり。

(計算式)

283万5200円(平成25年賃金センサス・女性学歴計70歳以上)×27%(後遺障害等級10級)×5.076(症状固定時77歳、平均余命の半分である6年に対応するライプニッツ係数)=388万5698円

オ 後遺障害慰謝料 五三〇万〇〇〇〇円

本件事故により原告には後遺障害等級併合一〇級相当の後遺障害が残った。

カ 弁護士費用 一五五万〇〇〇〇円

キ 既払金 ▲八九万八四八〇円

ク 合計 一六一五万四三〇四円

(被告らの主張)

ア 治療費について

本件事故による原告の受傷は平成二一年一二月末には治ゆしていたから、認めうる治療費は、平成二一年一二月分までに限られる。

イ 休業損害について

本件事故による原告の受傷は、極めて軽度の腰背部打撲にすぎず、本件事故当初から自力で歩行も可能であり、医師から積極的な通院治療の指示もなかった。

したがって、本件事故に基づく受傷は、原告の家事労働に支障をきたすような程度のものではなく、本件事故によって原告に就労不能や就労制限が生じたとは認められないから、休業損害は認められない。

ウ 傷害慰謝料について

前記のとおり、本件事故に基づく受傷が極めて軽度な打撲にすぎず、治療期間は約一か月間であることからすれば、傷害慰謝料は一九万円を超えない。

エ 後遺障害逸失利益及び後遺障害慰謝料について

前記のとおり、本件事故に基づく原告の後遺障害は認められない。

オ 弁護士費用について

争う。

カ 既払金について

認める。原告の平成二四年五月八日までの治療関係費として被告側の保険会社が支払済みである。

キ 合計について

争う。本件事故に基づく原告の損害は既払金によって優に填補されている。

第三争点に対する判断

一  争点(1)(本件事故態様と過失割合)について

(1)  証拠(甲二、甲三、甲四:二頁、甲七、乙八、原告、被告Y1)によれば、本件事故態様は、以下のとおりと認められる。

本件事故現場の状況は、別紙図面のとおりである。

本件事故当日、被告Y1は、○○番△△行きの路線を担当していた。

同路線は、大宮通を北進し、東寺東門前の停留所を出た後、高架橋を渡り、七条大宮の停留所に至る経路をたどる。

本件事故当日、被告Y1が、被告バスを東寺東門前の停留所に停めたところ、原告が被告バスに乗車した。

被告バスはそれほど混み合っていなかったものの、乗車口に近い後部座席には既に乗客が座っていたため、原告は、進行方向左側の座席の背もたれに付いた手すりを両手で持った状態で立っていた。

被告Y1は、定刻を遅れていたこともあって、原告が手すりを持っているのを確認すると、原告が座席に座るまで待つことなく、被告バスを発車させ、時速約三五kmで進行し、高架橋に入るため車線変更を行った。

原告は、被告バスが発進した後、空いている座席を探そうと、進行方向前方に向い、左側の座席の背もたれに付いた手すりを左右の手で交互に掴みながら車内を進み始めた。

しかし、原告は、それまでの乗車経験から、被告バスが発進後すぐに車線変更のため揺れることを知っていたため、すぐに足を止め、しばらくは身体を進行方向左側の座席に向け、両手で手すりを掴んで立っていた。

被告バスが車線変更を終えると、原告は、移動を再開し、進行方向左側の前から三列目の座席が空いているのを見付け、その席まで手すりを掴みながら車内を進んだ。

被告Y1は、高架橋の入口に差し掛かった際、ルームミラーで車内を確認したところ、原告が進行方向左側の前から二列目の座席の背もたれに付いた手すりを持ち、前から三列目の座席に座ろうとしているのを認めた。

被告Y1は、特に原告に対して注意を促すことなく、加速しながら高架橋に進入し、坂を登っていたところ、別紙図面の②の地点で、約九一・一m前方の別紙図面の地点に、対向車線からの転回車両を認め、ブレーキを掛けた。

進行方向左側の前から三列目の座席に座ろうとしていた原告は、被告バスの揺れによりバランスを崩し、床に尻もちを付くような格好で転倒し、腰や背中を床にぶつけ、咄嗟に床に付いた右手を捻った。

被告Y1は、車内から「あ~」という声が聞こえたため、ルームミラーで車内を確認したところ、原告が車内で転倒しているのを認めた。

被告Y1は、被告バスを止め、原告に声を掛け、原告が近くの座席に座り直したのを確認した後、交通の邪魔にならないよう被告バスを発進させ、七条大宮の停留所で再度被告バスを止め、原告の容態を尋ね、救急車を呼ぶことを提案したが、原告がこれを断り、終点の△△の停留所まで行くことを希望したため、△△の停留所まで被告バスを運行させた後、救急車を呼ぶとともに事故処理を行った。

(2)  このような本件事故態様に鑑みれば、被告Y1には、乗客との間の運送契約に基づき、被告バスの運行にあたり、乗客の安全を確保すべき義務があるところ、高架橋に進入するため加速する時点で原告が座席に座ろうと動いており、座席に座り終えていない状態であることを認めながら、漫然と被告バスを加速させ、その直後に進路前方に転回車両を認めるや、原告の状態を確認しないまま漫然とブレーキを掛け、原告を転倒させた過失があると認められる。

他方、原告にも、被告バスに乗車する以上、走行中の揺れや交通事故を避けるための急ブレーキ等、予測される危険を負担し、かかる危険に対し自らの安全確保に努めるべき義務があるというべきところ、被告バスが走行中であり、しかも原告は経験上、高架橋を登るため被告バスが加速し、車内は不安定な状態になることを知り得べきでありながら、漫然と車内を移動し、身体を手すりでしっかりと支えなかった過失があると認められる。

このような双方の過失内容に、原告が本件事故当時七四歳と高齢であったこと(甲一)、走行中の車内を移動した原告の行為は責められるべきものであるが、座席に座り安全を確保しようとするためのものであったことを併せ考慮すれば、本件事故に対する過失割合は、原告二〇%、被告Y1・八〇%と認めるのが相当である。

二  争点(2)(本件事故による原告の受傷内容、症状固定時期及び後遺障害)について

(1)  掲記の証拠によれば、本件事故後の原告の症状及び治療経過は、以下のとおりと認められる。

ア 平成二一年一一月二二日(甲四:一・三・四頁、乙二の一)

原告は、本件事故後、救急車でa病院に搬送された。

原告は、左肩から上腕にかけての疼痛、右腰背部の疼痛、左下腿から足首・足にかけての疼痛を訴えるも、外見上、明らかな外傷は認められず、上記各部位のレントゲン上、骨折所見などは認められなかったため、左肩・左上肢・腰背部・左下腿・左足関節打撲と診断され、経過観察を指示された。

イ 平成二一年一一月二四日から平成二二年三月末まで(甲四:一・四ないし六頁、甲五:一ないし三頁、乙四)

平成二一年一一月二四日、原告は、右手舟状骨部付近の痛みを訴えるも、圧痛はなく、レントゲン上、骨傷が明らかでなかったため、MRI検査が指示された。

同月二七日、右手のMRI検査が実施されるも、骨傷は認められなかったため、右手関節捻挫と診断された。

同年一二月一四日、原告は、そうしや色々なことをすると痛むと述べ、右肩上腕痛と左足趾のしびれを訴えた。

その後、原告は、同月二一日、同月二八日、平成二二年一月四日、同月一八日、同年二月一日と診察を受け、このころまでに左肩・左上肢・腰背部・左下腿・左足関節の疼痛の訴えは治まった。

平成二二年二月一五日、原告は、右腕の動かしづらさを訴え、同月一八日、右肩のMRI検査が実施された。

MRI検査の結果、右肩腱板棘上筋腱に菲薄化と一部不連続所見が認められた。

その後、原告は、同年二月二二日、同年三月一日、同月一五日、同月二九日と診察を受け、右腕の挙上困難等を訴えた。

ウ 平成二二年四月一日から同年一二月末まで(甲五:四・五頁、乙二の一ないし一四)

原告は、それまで一ないし二週間に約一回の割合でa病院を受診していたところ、平成二二年四月以降は月に一回の割合での受診となり、同年一二月二七日まで、右手の痛み等を訴えるも、変化なく推移した。

エ 平成二三年一月一日から平成二五年五月七日まで(甲六・乙二の一五ないし二六、乙四)

平成二三年一月三一日、原告は、初詣で転倒し、左腕負傷、右手がますます痛いと訴えるも、その後、著変なく経過した。

平成二三年一〇月一一日、原告は、右母指球付近に腫脹疼痛と二・三・四指のしびれを訴え、右手根部にわずかにティネル様徴候が認められた。

同年一一月八日及び平成二四年四月一七日に、末梢神経伝達速度検査が実施され、その結果はいずれも、正中神経・尺骨神経ともにF波出現率の低下が疑われるものの、基準値以内であり、明らかな異常所見は認められなかった。

その後、原告は、一、二か月に一回の頻度でa病院を受診し、受診時に、右肩の挙上困難と、右手の母指CM関節痛と手掌手根部の痛みを継続して訴えるも、症状に著変なく、平成二五年五月七日、症状固定と診断された。

(2)  本件事故による原告の受傷内容

ア 争点(1)で認定した事故態様に、上記(1)で認定した本件事故後の原告の訴えを併せ考慮すれば、原告は、被告バスの座席に座ろうとしている最中にバランスを崩し、座席や手すりに左肩・左上肢・左下腿・左足関節をぶつけ、床に尻もちを付くような格好で転倒し、床に腰や背中をぶつけ、咄嗟に床に付いた右手を捻り、左肩・左上肢・腰背部・左下腿・左足関節打撲、右手関節捻挫の傷害を負ったものと認められる。

イ これに対し、被告らは、左上肢や左下肢を打撲するような受傷機転はなく、原告が右手の症状を訴えたのは本件事故から二日が経過してからであるとして、右手関節捻挫の受傷を否認し、証拠(甲二の写真六、被告Y1)中にはこれに沿う部分がある。

しかし、争点(1)で認定したとおり、被告Y1は、転倒後の原告の状態をルームミラーで確認したにすぎず、転倒時の状況を視認したわけではないこと、被告Y1が見た原告の姿勢(甲二の写真六)は、転倒後、起き上がる前の状態にすぎない可能性を否定できないことに照らし、左上肢や左下肢の受傷機転を否定するには足りない。また、身体全体にわたる急性期の痛みが治まった後に、痛みの部位が自覚できるようになることも自然であり、右手の症状の訴えが本件事故から二日経過してからであったことをもって本件事故との因果関係を否定するには足りない。

したがって、前記認定に反する被告らの主張は採用できない。

ウ 他方、原告は、身体の右側から転倒し、上記傷害のほか、右肩打撲の傷害も負ったと主張し、証拠(乙七、八、原告)中にはこれに沿う部分がある。

しかし、証拠(甲四)によれば、本件事故直後の原告の訴えは、左肩から上腕にかけての疼痛、右腰背部の疼痛、左下腿から足首・足にかけての疼痛であり、原告が右肩の痛みを訴えたのは、本件事故後約三週間を経過した平成二一年一二月一四日になってからであり、受傷直後には痛みの部位の自覚ができにくいことを考慮しても遅いことが認められ、本件全証拠によっても、左肩・左上肢・腰背部・左下腿・左足関節の打撲と、右肩打撲が両立するような受傷状況は想定しがたいことを併せ考慮すれば、本件事故と右肩打撲との因果関係は認めがたい。

この点、診療録(甲四:一頁)には、平成二一年一一月二七日に右肩打撲と診断されたかのような記載がある。しかし、診療録の同日欄(甲四:五頁)に右肩部の症状・所見の記載はなく、上記診断理由は明らかでないこと、診療録の同年一二月一四日の欄(甲四:五頁)には、「右肩上腕痛」と記載されており、それまでの左肩部の訴えと異なる訴えがされたことを強調する趣旨と解されることに鑑みれば、同年一一月二七日時点で原告が右肩痛を訴えていたとは認められず、前記認定を左右しない。

したがって、前記認定に反する原告の主張は採用できない。

(3)  症状固定時期

上記(1)で認定したとおり、本件事故による左肩・左上肢・腰背部・左下腿・左足関節打撲、右手関節捻挫の傷害にかかる原告の症状のうち、左肩・左上肢・腰背部・左下腿・左足関節の疼痛は、遅くとも平成二二年二月一日ころまでに治まったこと、その後も右手の痛みは継続するも、平成二二年四月以降は受診回数も月に一回程度に減り、同年一二月二七日まで著変なく推移したこと、その後は初詣で転倒したことによる痛みの増悪や、新たな訴えである右母指球付近の腫脹や右手指のしびれが主となっていることが認められる。

以上によれば、本件事故による受傷については、遅くとも平成二二年一二月二七日までに症状固定に至ったものと解すべきである。

(4)  後遺障害

原告は、症状固定後も、右肩関節可動域制限、右手指のしびれ及び痛み等の症状が残ったと主張し、証拠(乙四、七、八、原告)中にはこれに沿う部分がある。

右肩関節可動域制限については、MRI検査で判明した右肩腱板損傷(甲五:三頁、乙四)によるものと解されるが、本件事故と右肩の受傷との間に因果関係が認められないことは上記(2)で認定したとおりであるから、これを本件事故による後遺障害と認めることはできない。

右手指のしびれ及び痛みについては、上記(2)で認定した事実及び証拠(甲五)によれば、平成二一年一一月二七日に実施された右手のMRI検査の結果、骨傷は認められず、右手関節捻挫と診断されていること、原告が右母指CM関節痛を訴えたのは平成二二年五月三一日になってからであり、原告が右手指のしびれを訴えたのは平成二三年一〇月一一日になってからであること、末梢神経伝達速度検査の結果は、基準値以内であり、明らかな異常所見はなかったことが認められ、このような右母指関節痛や手指のしびれが右手関節捻挫に由来するものとは考えがたく、これらを本件事故による後遺障害と認めることはできない。

ほかに、本件事故による後遺障害を認めるに足る証拠はない。

三  争点(3)(原告の損害)について

(1)  治療費 三二万七一五〇円

争点(2)で認定したとおり、本件事故による原告の受傷は、平成二二年一二月二七日には症状固定に至ったものと解されるから、本件事故と相当因果関係のある治療費は、同日までの分に限られるところ、証拠(乙二の一ないし一四)によれば、上記金額と認められる。

(2)  休業損害 七一万六四八二円

証拠(甲一、乙八、原告)によれば、原告は、本件事故当時七四歳であり、息子と娘と同居し、息子や娘はいずれも仕事に就いており、家事は専ら原告が行っていたことが認められる。

そして、争点(2)で認定した本件事故による受傷内容とその程度及び症状固定日までの症状経過に鑑みれば、本件事故による受傷により原告が行っていた家事労働に制限が生じたことは明らかであり、その程度は、本件事故日である平成二一年一一月二二日から症状固定日である平成二二年一二月二七日までの四〇一日間を通じて、二〇%の就労制限が生じたものとみるのが相当である。

かかる原告の休業損害は、賃金センサス平成二一年第一巻第一表の産業計・企業規模計・女性労働者の七〇歳以上の平均賃金三二六万〇八〇〇円をもとに、下記計算式のとおりと認められる(一円未満切り捨て、以下同じ。)。

(計算式)

326万0800円÷365日×401日×20%=71万6482円

(3)  傷害慰謝料 四五万〇〇〇〇円

争点(2)で認定した本件事故による受傷内容及び程度に、症状固定日まで約一三か月を要したことや、この間の実通院日数は二四日であること(乙二の一ないし一四)等に鑑みれば、傷害慰謝料としては、上記金額が相当である。

(4)  後遺障害逸失利益及び後遺障害慰謝料 〇円

争点(2)で認定したとおり、原告に本件事故による後遺障害は認めがたいから、後遺障害逸失利益及び後遺障害慰謝料は認められない。

(5)  小計(上記(1)ないし(4)の小計) 一四九万三六三二円

(6)  過失相殺 二〇%

争点(1)で認定したとおり。

(7)  過失相殺後の残額 一一九万四九〇五円

(計算式)

149万3632円(上記(5))×(100-20)%=119万4905円

(8)  既払金 ▲八九万八四八〇円

被告側の保険会社から上記金額が支払われたことは、当事者間に争いがない。

(9)  既払金控除後の残額 二九万六四二五円

(計算式)

119万4905円(上記(7))-89万8480円(上記(8))=29万6425円

(10)  弁護士費用 三万〇〇〇〇円

本件訴訟の審理経過及び認容金額等に鑑みれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては上記金額が相当である。

(11)  合計(上記(9)と上記(10)の合計) 三二万六四二五円

四  結語

よって、主文のとおり判断する。なお、仮執行免脱宣言は相当でないから、これを付さない。

(裁判官 上田賀代)

別紙図面<省略>

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