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京都地方裁判所 平成29年(ヨ)45号 決定 2017年4月27日

主文

1  債務者らは,別紙物件目録(省略,以下同じ)記載1の建物につき,下記行為をするなどして指定暴力団七代目A会その他の暴力団の事務所又は連絡場所として使用してはならない。

(1)  上記建物内で指定暴力団七代目A会その他の暴力団の定例会,儀式又は会合を行うこと

(2)  上記建物内に指定暴力団七代目A会その他の暴力団の構成員を立ち入らせ,又は当番員をおくこと

(3)  上記建物の外壁に指定暴力団七代目A会その他の暴力団を表象する紋章,文字板,看板,表札及びこれに類するものを設置すること

2  執行官は,前項の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。

3  申立費用は債務者らの負担とする。

理由

第1申立ての趣旨

主文同旨

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,別紙物件目録記載1の建物(以下「本件事務所」という。)の近隣に位置する別紙物件目録記載2の建物(名称「ひと・まち交流館京都」,以下「本件施設」という。)の所有者かつ設置者の地方公共団体である債権者が,本件事務所が債務者らによって暴力団組事務所又は連絡場所(以下「暴力団組事務所等」という。)として使用されていることにより,本件施設の平穏な業務遂行が侵害されていると主張して,本件施設の業務遂行権に基づき,債務者らに対し,本件事務所の暴力団組事務所等としての使用の差止め等を求めた事案である。

2  用語の説明

(1)  暴力団

その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員を含む。)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体をいう(「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(以下「暴力団対策法」という。)2条2号参照)。

(2)  指定暴力団

都道府県公安委員会において,その暴力団員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれが大きい暴力団として,暴力団対策法3条に基づき指定した暴力団をいう。

3  前提事実

以下の事実は,末尾の括弧内掲記の疎明資料及び審尋の全趣旨によって容易に認められる。

(1)  当事者及び関係者

ア 債権者

債権者は,地方公共団体であり,本件施設を所有し,かつ設置している(甲3,4,5,6)。

イ 債務者ら等

(ア) 債務者Bは,指定暴力団A会(以下「A会」という。)の六代目会長であった者であり,現在,同会の「総裁」の地位にあると主張する者である(甲9の2)。

(イ) 債務者C(以下,債務者Bと併せて「債務者B等」ということがある。)は,A会の下部団体であるD会の会長であり,平成29年1月,債務者Bの地位を承継し,七代目A会の会長に就任したと主張する者である(甲11の2,12,13)。

(ウ) 債務者Eは,A会の下部団体であるF会の会長であり,A会若頭であった者で,現在は,自身を七代目A会会長に就任したと主張する者である(甲9の2,28)。

(エ) 債務者株式会社G(以下「債務者会社」といい,債務者Eと併せて「債務者E等」ということがある。)は,本件事務所の所有者であり,本件事務所をA会の本部事務所として使用することを許している。なお,債務者会社の代表取締役は,債務者Eである(以上につき,甲1,2)。

(オ) A会は,平成29年2月2日時点で,京都府及び北海道を中心に勢力を有し,その構成員は約130人に及ぶ。京都府公安委員会は,直近では,平成28年7月19日に,暴力団対策法3条の要件を満たすとして,A会について,指定暴力団の指定を行った(甲9の1・2)。

(2)  本件事務所

本件事務所は,鉄筋コンクリート造4階建の建物で,平成元年12月6日に所有権保存登記がされてから現在に至るまで,1棟すべてがA会本部事務所として使用されており,日常的にA会幹部の自動車が出入りしていた(甲1,9の2,18)。

(3)  本件施設

ア 本件施設は,市民活動総合センター,福祉ボランティアセンター,長寿すこやかセンター,景観・まちづくりセンターの4つのセンターからなる平成15年6月に開館した複合施設である。同施設は,京都市内におけるボランティア活動やNPO活動など,営利を目的とせずに社会に貢献する市民の自主的な活動を支援する拠点として設立された。(以上につき,甲5,19)。

イ 本件施設は,約200名の職員と館内に設置された会議室,老人短期入居施設や併設されたグラウンドを,日常的に一般市民及びボランティア団体に供しており,その総入館者数(延べ人数)は,平成25年度23万9607人(1日平均679人),平成26年度23万5220人(1日平均679人),平成27年度22万8597人(1日平均659人)であった(甲19)。

(4)  本件事務所と本件施設の位置関係

本件事務所と本件施設の位置関係は,別紙図面(省略,以下同じ。甲6①)記載のとおりであり(同図面中,本件事務所は緑斜線部分であり,本件施設は「ひと・まち交流館京都」と表示された部分である。),その直線距離は約20mである(甲6①)。また最寄り駅であるa線「b駅」から徒歩で本件施設に赴くには,本件事務所付近を通るルートが最短距離になる(甲6③)。

4  債務者B等について

債務者B等は,いずれも「裁判所の命令に従い,暴力団組事務所使用禁止等仮処分命令に関して異議申し立ていたしません。」と記載のある答弁書を当裁判所に提出して審尋期日に出頭しなかった。

5  争点及び争点に関する債権者と債務者E等の主張

(1)  被保全権利の有無(争点(1))

〔債権者〕

ア 少なくとも自然人には,生命・身体・平穏な生活を営む権利である人格権が生まれながらにして保障されており,このような人格権が受忍限度を超えて侵害された場合には,その侵害行為の排除を求めることができ,また侵害されるおそれがある場合には,その予防として侵害行為の差止めを求めることができる。

また自然人,法人を問わず,社会活動としての業務遂行の平穏が害されている場合には,財産権の一内容である平穏に業務を遂行する権利に基づいて,その侵害行為の差止めを請求できる。そして,法人にとって法的に保護されるべき業務には,当該法人の財産権やその業務に従事する者の人格権をも包含されている。本件施設の場合は,多数の市民の利用を前提とする施設であるから,本件施設の利用のために来館する者の安全を脅かす行為がされた場合にも,その行為の差止めを請求できるものである。

イ 本件の被保全権利の有無を判断するに当たっては,暴力団という組織の性格を踏まえた上で,当該暴力団の実態,対象物件の利用状況,当該暴力団や関連団体による現在及び過去の紛争,抗争事件の有無,内容,暴力団の抗争の実態や特色等を総合考慮して,その危険性を判断するべきである。

ウ A会において後継者争いが行われており,本件事務所において平成29年1月11日に発生した騒動は,A会の内部紛争に止まるものではなく,実質的には,債務者B等を支援するH組と債務者Eを支援するI組との間の対立抗争の一部と位置づけられる。I組とH組は,全国で多数の対立抗争事件を起こしており,抗争が現在も終息する兆しも見せていないことも鑑みれば,今後も,A会の活動拠点である本件事務所の使用をめぐり,A会の組員間,またはI組,H組を巻き込んだ形の抗争事件が発生する蓋然性は極めて高い状況にある。そして,このような紛争状態が終息する見込みが立っていない現状では,債務者らのいずれの者についても,本件事務所を暴力団組事務所として使用する高度の蓋然性があるということができる。

エ このような状況の下,債権者は,本件施設の利用者や同施設に勤務する従業員の安全を確保するために,関係各部署に対策チームを作るなど対応にあたっており,本件事務所が暴力団組事務所として使用されていることによって,本件施設の正常な業務運営は妨害されている。

したがって,本件事務所の暴力団組事務所としての使用が差し止められない限り,債権者の平穏に業務を遂行する権利が侵害され続けることは明らかであるから,債権者は,債務者らに対し,暴力団組事務所としての使用等を差し止める権利を有する。

〔債務者E等〕

一般論として,債権者に本件施設の業務遂行権が存在し,それに基づいて侵害行為の差止めが認められる余地があるとしても,本件の場合は,以下の理由から,本件事務所周辺で,A会やI組とH組の対立をめぐる抗争が発生する蓋然性が高いとはいえず,債権者には被保全権利は認められない。

ア A会内部の対立については,平成29年1月11日に発生した騒動以降,特に何らの騒動は起きていない。その上,上記騒動も小競り合いという程度のもので,警察が中止命令を発することもなかったし,拳銃や刃物等の凶器が使用されたものでもない。

イ 本件事務所は,平成元年12月6日に保存登記がされて以降現在に至るまで一貫してA会の本部事務所として使用されているが,それによって,付近住民に危険が及んだことはなく,そうであるからこそ,債権者も本件事務所に近接した位置に本件施設を設置したと考えられる。

ウ 平成29年1月11日の騒動以降,警察からの指導に従って組関係者は本件事務所から退去しており,本件事務所は現在無人の状態である。しかも,本件事務所周辺は,現在,警察が24時間態勢で警備している。

(2)  保全の必要性の有無(争点(2))

〔債権者〕

本件施設は,現に不特定多数の市民,ボランティア団体等の利用に供されている。本件事務所をめぐる紛争は,I組とH組との対立抗争の様相を呈しており,実際に本件事務所の占有を巡って対立する両派が紛争を起こしていること,I組とH組の対立に伴う抗争事件は全国的に発生していること,その対立状況に現在も特段変化のないことからすれば,今後も本件事務所周辺で抗争事件が発生する可能性が極めて高く,本件施設につき,平穏に業務を遂行する権利に対して回復不可能な性質の損害が生じるおそれが高い。

したがって,債権者の権利に対する権利侵害の発生及び今後回復不可能な損害が発生する危険の切迫性は明らかであり,保全の必要性は認められる。

〔債務者E等〕

今後も本件事務所周辺で抗争事件が発生する危険性が極めて高いとはいえず,本件施設の利用者である一般市民に危害が及ぶなど,回復不可能な性質の損害が発生するおそれが高いということもない。

(3)  仮処分の方法(争点(3))

〔債権者〕

A会の内部対立が他の暴力団関係者も含めた紛争に発展していることから,本件事務所の占有をめぐる紛争の発生及びそれに付随する抗争事件の発生を未然に防ぐために,公示によって,A会の組員以外の者にも,本件事務所について暴力団組事務所等としての使用が禁じられていることを示す必要がある。

よって,債権者は,債務者らに対し,本件事務所を暴力団組事務所として使用してはならないことを命じることのほか,必要な処分として,執行官による上記使用差止めの公示を求める。

〔債務者E等〕

A会の組員以外の者にも公示することによって抗争事件の発生を未然に防ぐことができるとの効果は実証されていない。本件がI組とH組との間の対立抗争の一部と見るのであれば,いずれの関係者も債務者とされており,それ以外の者に公示する意味はないから,公示の必要はない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

疎明資料(甲5~8,9の1・2,10,11の1・2,12~20,23~40,43,44)及び審尋の全趣旨によれば,以下の事実が一応認められる。

(1)  A会は,本件事務所を主たる事務所とする指定暴力団であり,平成29年2月2日時点で,京都府及び北海道を中心に勢力を有し,その構成員は約130人に及んでいる。

債務者Bは,平成20年頃,A会の六代目会長に就任し,以後同会の会長を務めており,債務者Eは,債務者Bの下で,A会の若頭を務めていた。

(2)  平成27年8月末にI組が分裂し,離脱した直系組長らによりH組が結成されて以降,I組とH組との間で,全国でその対立抗争とされる事件が多発しており,平成28年12月まで,両組織が衝突した事件が約90件発生し,そのうち,危険性の高いものも,組事務所への車両突入が18件,銃器使用が11件,火炎瓶などの使用6件に及び,事件の死者は,岡山県,和歌山県など5県で5名,負傷者は15名に及んでいる。

警察庁は,同年3月7日,両組織が対立抗争状態にあると認定し,これを受けて,全国44都道府県警察において集中取締本部が設置され,京都府警察においても翌8日,集中取締本部を設置している。

しかしながら,両組織の対立状態は終息しておらず,現在も危険な状態が継続している。

平成27年末現在,I組は,1都1道2府40県を勢力範囲とし,構成員約6000人を有しており,他方,H組は,1都1道2府32県を勢力範囲とし,構成員約2800人を有している。H組も,平成28年4月に指定暴力団に指定されており,両組織はいずれも指定暴力団である。

(3)  A会は,もともと我が国最大の広域暴力団であるI組と友好関係にあったが,平成27年8月末にI組が分裂して以降,A会内に,H組に近い債務者Bとそれを支持する組員,I組に近い債務者Eとそれを支持する組員との間に内部対立が生じていた。

債務者Bは,平成28年12月に,詐欺罪で実刑判決を受けた。このため,債務者Bは将来,収監が予想されることになり,しかも75歳と高齢でもあったことから,これを機に,A会会長の後継者を巡る紛争が表面化した。

(4)  A会は,平成29年1月10日,本件事務所において定例会の開催を予定し,多数のI組の関係者やI組を支持するA会組員の一部が本件事務所を占拠した。その後,六代目A会会長であった債務者Bが会長を退任し,債務者Eを後継者とする旨の通知が関係者の間で流れた。

ところが,債務者Bは,同月11日朝,H組関係者とともに本件事務所内に入り,同建物を占拠したため,債務者EとI組の関係者が同建物に出向き,周辺を取り囲むなどし,本件事務所周辺には,多数の暴力団関係者が集まって,怒号が飛び交うなどした。これにより,京都府警察が機動隊を配備するなどの事態となった。

さらに,債務者Bは,同日,自らが会長を退任する旨の上記通知書の内容を否定し,上記通知書発送は債務者Eが債務者Bに無断で行ったものだとして,債務者Eを絶縁処分とする旨の通知を関係者に発した。

(5)  平成29年1月21日,債務者Bは,債務者CのD会の組事務所において,改めて自らは引退して「総裁」の地位に就き,債務者Cが債務者Bの引退を受けて,七代目A会会長に就任する旨の継承式を開催した。同継承式では,H組と友好関係にある暴力団組織の幹部が取持人を務めた。

他方,債務者Eは,同年2月7日,自身のF会の組事務所において,七代目A会会長に就任する旨の継承式を開催した。同継承式では,I組若頭補佐であるJが後見人を務めた。

以上のとおり,現在のところ,債務者Cと債務者Eは,いずれも自らが七代目A会会長の地位にあると主張している。

(6)  以後,京都府内で以下の事件が発生した。

ア 平成28年3月29日,何者かが,京都市c区dに所在するH組系の組事務所の玄関ドアや窓に発砲する事件が発生した。

イ 平成28年4月18日,京都府宇治市内のファミリーレストランの駐車場において,I組とH組の組員の引き抜きを巡って,組員が殴り合いをする乱闘事件が発生した。

(7)  本件施設は,市民活動総合センター,福祉ボランティアセンター,長寿すこやかセンター,景観・まちづくりセンターの4つのセンターからなる平成15年6月に開館した複合施設である。同施設は,京都市内におけるボランティア活動やNPO活動など,営利を目的とせずに社会に貢献する市民の自主的な活動を支援する拠点として設立された。

本件施設は,約200名の職員と館内に設置された会議室,老人短期入居施設や併設されたグラウンドを,日常的に一般市民及びボランティア団体に供しており,その総入館者数(延べ人数)は,平成25年度23万9607人(1日平均679人),平成26年度23万5220人(1日平均679人),平成27年度22万8597人(1日平均659人)であった。

(8)  本件事務所と本件施設の位置関係は,別紙図面(甲6①)記載のとおりであり(同図面中,本件事務所は緑斜線部分であり,本件施設は「ひと・まち交流館京都」と表示された部分である。),その直線距離は約20mである。また最寄り駅であるa線「b駅」から徒歩で本件施設に赴くには,本件事務所付近を通るルートが最短距離になる。

(9)  平成29年1月11日,本件施設の市民活動総合センター,福祉ボランティアセンター,長寿すこやかセンター,景観・まちづくりセンターにおいて,多数の来館が予定されていたが,本件施設周辺の状況を見た複数の来館者から,各センターの窓口に不安の声や状況に関する問合せがあり,各センターにおいて,現状の把握ができず施設の通常利用を継続できるのか判断できない事態が生じた。

債権者地域福祉課は,本件施設について,一時的な施設の利用停止も含めて施設としての今後の方針を検討し,本件施設の職員等に,債務者らに法的措置を講じることなどの今後の方針,利用者からの問合せへの対応,緊急事態が再び発生した場合の連絡体制を説明した。また,債権者は,本件事務所に最も近い本件施設の東側出入口を閉鎖し,西側の出入口に誘導する措置を講じた。このような措置に対し,本件施設の利用者から問合せがあり,債権者の職員が対応した。

債権者地域福祉課は,警察による本件事務所に対する厳重な警備体制が解除された場合,暴力団による紛争の終息が明確にならない限り,本件施設の利用制限等の措置を検討している。

(10)  京都府警察は,平成29年1月11日の騒動以降,A会に対し,本件事務所に組関係者が立入りをしないよう指導しており,これを受けて現在本件事務所は無人の状態であるが,本件事務所周辺にはパトカー4台,警察官12名を常時配置して24時間態勢で警備をしている。

(11)  暴力団は,その団体の構成員である暴力団員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うこと助長するおそれがある団体であり,その共通した性格は,その団体の威力を利用して暴力団員に資金獲得活動を行わせて利益の獲得を追求するところにある。暴力団においては,強固な組織の結び付きを維持するため,組長と組員が,「杯事(さかずきごと)」といわれる秘儀を通じて親子(若中),兄弟(舎弟)という家父長制を模した序列的擬制的血縁関係を結び,組員は,組長に対する全人格的包括的な服従統制下に置かれている。

暴力団にとって,縄張や威力,威信の維持は,その資金獲得活動に不可欠のものであるから,他の暴力団との間に緊張対立が生じたときには,これに対する組織的対応として暴力行為を伴った対立抗争が生ずることが不可避である。

2  被保全権利の有無(争点(1))について

(1)  差止請求権の根拠について

法人の業務は,固定資産及び流動資産の使用を前提に,その業務に従事する自然人の労働行為によって構成されているところ,法人の業務に対する妨害が,これら資産の本来予定された利用を著しく害し,かつ,業務に従事する者に受忍限度を超える困惑・不快感を与えるときは,これをもって法人の財産権及び法人の業務に従事する者の人格権の侵害と評価することができること,使用者である法人は,業務に従事する者が上記の受忍限度を超える不安を生ずる事態に曝されないよう配慮する義務を負っていることに加え,業務が刑法上も保護法益とされ,その妨害が犯罪行為として刑罰の対象とされていること(刑法233条,234条)等に鑑みると,当該法人が現に遂行し,又は遂行すべき業務は,当該法人の財産権やその業務に従事する者の人格権をも内容に含む総体としての保護法益(被侵害利益)ということができる。そして,法人の業務が,前記のとおり,当該法人の財産権やその業務に従事する者の人格権をも包含する総体としてとらえられることに鑑みると,法人に対して行われた当該法人の業務を妨害する行為が,当該法人の資産の本来予定された利用を著しく害し,かつ,その業務に従事する者に受忍限度を超える不安を与えるなど,業務に及ぼす支障の程度が著しく,事後的な損害賠償を認めるのみでは当該法人に回復の困難な重大な損害が発生すると認められる場合には,当該法人は,上記妨害行為が,法人において平穏に業務を遂行する権利に対する違法な侵害に当たるものとして,上記妨害行為を行う者に対して,業務遂行権に基づいて,上記妨害行為の差止めを請求することができるものと解するのが相当である。

本件において,債権者は,普通地方公共団体(地方自治法1条の3第2項)であるところ,地方公共団体は法人とされており(同法2条1項),上記と別異に解すべき根拠はない。なお,本件施設の場合は,多数の市民の利用を前提とする施設であるから,本件施設の利用のために来館する者の安全が脅かされることがないことも本件施設の平穏な業務遂行のためには不可欠であって,その意味で,本件施設の平穏な業務遂行が違法に侵害されているか否かを判断するに際して,本件施設の利用のために来館する者の安全が脅かされているか否かも考慮するのが相当である。

(2)  被保全権利について

ア 本件施設は,約200名の職員を擁し,1日平均延べ650名以上の市民が出入りしているところ,本件事務所の存する場所から約20mと極めて近接した位置にあることからすれば,本件事務所周辺で抗争事件が発生すれば,本件施設の職員及び利用者の生命・身体の安全が危機にさらされる。

そして,本件事務所が,長きにわたってA会の本部事務所として利用されてきたこと,本件事務所周辺において,平成29年1月11日にA会の組員を中心とした騒動が発生していること,A会は,I組とH組との対立に関連して実質的な内部分裂状況にあり,実際に,H組の支援する債務者C及びI組の支援する債務者Eが,それぞれA会会長の継承式を行い,いずれも自身がA会会長であると主張していること,I組からH組が分裂した後,I組とH組の対立に伴う抗争事件が全国各地で発生していることに加え,暴力団は,そもそもその団体の構成員である暴力団員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体であり,暴力団にとって,縄張や威力,威信の維持は,その資金獲得活動に不可欠のものであるから,他の暴力団との間に緊張対立が生じたときには,これに対する組織的対応として暴力行為を伴った対立抗争が生ずることが不可避であるという暴力団特有の性格を併せ考慮すれば,A会における組織内分裂によって,本件事務所の利用をめぐり,本件事務所周辺で抗争事件が発生する蓋然性は高いといえる。上記騒動によって,債権者に対する利用者からの問合せが増え,債権者は,本件施設の利用停止を検討し,緊急事態が生じたときの対応や連絡体制を整備し,本件施設の一部の出入口を閉鎖するなどの対応を余儀なくされ,現に本件施設の業務に支障が生じている。そして,今後も同様の騒動が発生すれば,施設の安全な利用を確保することは極めて困難な状況になり,債権者は,施設の利用停止も検討せざるを得ない。そうだとすると,債務者らによる暴力団組事務所等としての本件事務所の使用は,債権者の資産の本来予定された利用を著しく害し,かつ,その業務に従事する者に受忍限度を超える不安を与え,その業務に及ぼす支障の程度が著しいもので,今後も,このような行為が繰り返される蓋然性が高いといえる。そうすると,債権者には,事後的な損害賠償では回復の困難な重大な損害が発生する。

したがって,債権者は,本件施設の業務遂行権に基づいて,A会の会長もしくはこれに類する立場にある債務者B,同C及び同E,本件事務所の所有者であり,A会に本件事務所を暴力団組事務所等として使用することを許している債務者会社に対し,暴力団組事務所等としての使用の差止めを求めることができるというべきである。

イ 債務者E等は,①A会内部の対立については,平成29年1月11日に発生した騒動以降,特に何らの騒動は起きていないし,上記騒動も小競り合いという程度のものにすぎないこと,②本件事務所は,平成元年12月6日に保存登記がされて以降現在に至るまで一貫してA会の本部事務所として使用されているが,それによって,付近住民に危険が及んだことはないこと,③本件事務所は,平成29年1月11日の騒動以降,警察からの指導に従って組関係者は本件事務所から退去しており,現在無人の状態である上,本件事務所周辺は,現在,警察が24時間態勢で警備していることから,債権者には被保全権利が認められない旨主張している。

しかしながら,上記①については,小競り合い程度の騒動で済んだのは,警察がすみやかに出動して規制したことによるところが大きいものと推認でき,他の暴力団との間に緊張対立が生じたときには,これに対する組織的対応として暴力行為を伴った対立抗争が生ずることが不可避であるという暴力団特有の性格と現在もなお,債務者Cと債務者Eがいずれも七代目A会会長の地位にあることを主張してA会の内部分裂が解消していないことを考慮すれば,警察の警備がなければ,より大きな騒動が発生する蓋然性が高いといえ,上記①をもって,債権者の被保全権利が否定されるものではない。また上記②については,少なくとも平成27年8月末までの間は,A会に内部分裂は生じておらず,その原因となったI組とH組の抗争も発生していなかったのであるから,これまで本件事務所周辺が比較的平穏であったことをもって,債権者の被保全権利を否定する根拠とすることはできない。さらに上記③については,警察の警備は,警察独自の判断に基づいて行われているのであって,いつどのような形態に変更されたり中止されるとも限らず,警察の警備が現にされていることをもっても,債権者の被保全権利は否定されない。

したがって,債務者E等の上記主張はいずれも採用できない。

ウ よって,本件事務所を暴力団組事務所等として使用することの差止め等を求めることについて,債権者には被保全権利を肯定することができる。

3  保全の必要性の有無(争点(2))について

A会内部での抗争が続いている状況下では,A会の暴力団組事務所として使用されている本件事務所周辺で抗争事件が発生する可能性は高い。そのような事態になれば,本件事務所の周辺にある本件施設の利用者や職員の生命身体に危険を及ぼすという取り返しのつかない結果が生じる可能性がある。また,抗争事件の発生に至らなくても,債権者はいつ抗争事件が発生するとも限らない状況のもとで,施設の利用者への対応や施設の利用制限をするなど平穏にその業務を遂行する権利を害され続けることになるのであるから,仮処分により,本件事務所を暴力団組事務所等として使用することの差止めを求める必要性は極めて高いというべきである。したがって,保全の必要性も認められる。

4  仮処分の方法(争点(3))について

(1)  債権者が申立ての趣旨第1項(主文第1項と同旨)で禁止を求めている事項は,いずれも本件事務所の暴力団組事務所等としての使用を差し止めるための方法として相当といえる。

(2)  債権者は,申立ての趣旨第2項において,前記(1)の趣旨の公示を求めている。

法律上は,仮処分の方法については特に限定はなく,裁判所はその裁量により必要な処分をすることができるところ,本件では,本件事務所について,単に暴力団組事務所等としての使用を差し止める命令を発するのみでは,暴力団の性格に照らし,その実効性に疑問が残るところであり,さらにその命令の趣旨を執行官に公示させることが適当といえる。

5  結論

以上のとおり,債権者の本件申立てはいずれも理由があるから,これを認容することとし,事案の性質に照らし,債権者に担保を立てさせないで,主文のとおり決定する。

京都地方裁判所第5民事部

(裁判長裁判官 神山隆一 裁判官 八巻牧子 裁判官 高橋あゆみ)

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