京都地方裁判所 平成3年(ワ)1642号 判決
原告
開田譲二
同
開田紀美子
右両名訴訟代理人弁護士
出口治男
被告
京都府
右代表者知事
荒巻禎一
右訴訟代理人弁護士
前堀克彦
事実及び理由
第四 判断
一 事実の認定
〔証拠略〕によれば、以下の各事実を認めることができる。
1 開田渚は、脳梁欠損症による障害のため、本件事故当時、一歳六か月程度の認知、適応能力しかなく、言語による人間関係を結ぶに至っておらず、危険回避能力も低い。他方、高所に登ったり、突発的な行動をとることの多いいわゆる多動性があった。
2 渚が桃山学園に入園する際、原告らは、学園に対し、渚は目離しをするとすぐに高い所に登る、五、六メートルあるフェンスによじ登り、降りられないことがあった等を知らせ、学園で一対一の対応で職員がつくよう申し入れた。右学園は、精一杯努力はするが一対一の対応はできない旨回答し、右やりとりは桃山養護学校にも伝えられた。
3 本件事故当時、渚が在籍していたクラスは、生徒が六名であった。このうち、無断外出の危険性を有する多動性の要配慮児童が二名(開田渚、須田智絵)いた。また、担任教師は三名であった。
4 桃山養護学校には、平成二年五月一日現在、生徒数一九二名、教員数七七名(校長、教頭を除く)が在籍していた。
また、被告が桃山養護学校を含むその府内に配置する養護学校の教員数は、標準法所定の基準を充たしていた。
5 桃山養護学校では、渚を含めて要配慮児童の顔写真を職員室に掲示し、その行動の特徴を全教職員に周知徹底していた。そして、休憩時にはフェンス前に立ち番を置いたり出入口にテレビカメラを置く等して、児童が無断外出することの防止に努めていた。
6 渚は、平成二年四月以前に、桃山養護学校周囲のフェンスを乗り越えたことがあり、また、本件事故の約二〇日前にも、学校側のフェンスを乗り越えた。
7 桃山養護学校では、次のとおり児童が校外へ無断外出する事例が毎年のようにあった。
昭和六一年度九件、同六二年度四件、同六三年度三件、平成元年度〇件、同二年度一件。
しかし、その大多数は、比較的発達段階の高いある程度の危険回避能力を備えた児童によるものであった。しかも、それらは玄関からの外出であった。
二 安全配慮義務違反の検討
1 養護学校の安全配慮について
養護学校は、精神薄弱者、肢体不自由、病弱者に対して、幼稚園、小学校、中学校又は高等学校に準ずる教育を施し、あわせてその欠陥を補うために必要な知能技能を授ける目的で都道府県が設置しているものである(学校教育法七一条、七四条)。そして、養護学校へ入学する児童ないし保護者と、養護学校ないしその設置、経営者である都道府県との間で、前示教育の授業を中心とした学校利用関係に基づいて特別な社会的接触に入ったものである。したがって、両当事者間において、右法律関係の付随的義務として養護学校(都道府県)が児童側に対して信義則上児童の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき責任を負う。
とくに、養護学校の場合は、前示のとおり精神薄弱者等の要保護児童を預かるのであるから、児童の特性と具体的状況等に応じた万全の安全保障設備ないし児童の保護体制を確立すべき信義則上の安全配慮義務がある。
2 渚の状態等と安全配慮の状況
(一) 前認定一1、6、7のとおり、渚は一歳六月程度の認知能力しかなく、言語応答も不十分で、危険な行為を繰り返す多動性を有し、目ばなし、手ばなしができない状況にあった。しかも、自ら危険を回避する能力はなかった。
そのうえ、本件事故前、二回もフェンスを乗り越える等して桃山養護学校から外出している。また、他の児童数名がほぼ毎年のように無断外出している。
(二) 前認定一1、2、7の各事実を併せ考えると渚の右(一)の危険な多動性と無断外出性向を桃山養護学校において認知していたことは明らかである。
(三) 前示第二の二前提事実3によれば、本件事故は、このようにして生じた。普段どおり担任教師二名が児童三名を連れて下校させ、教室には児童三名、教師一名が残った。その際、さほど多動でない児童である星山がたまたま教室外へ出ていったのを右教師が追って教室外へ出たすきに、渚が窓から教室外へ出たのである。そして、渚は、誰にも、また監視用のテレビカメラにも発見されることなく、そのまま学校側フェンスを乗り越え、学校外へ出て、JR奈良線の線路上に行き、列車に轢過される事故が発生した。
(四) 前示一3のとおり、渚のクラスには、多動な要配慮児童二名を含む六名の児童がいるのに対し、教師が三名配置されていた。そして、桃山養護学校では、前示一5記載の程度の児童の無断外出防止策を講じていた。
(五) 本件事故後の平成三年二月ないし三月に、本件事故の際に渚が乗り越えたと認められる部分のフェンスが、よじ登りにくいものに取り替えられた。これによれば、本件事故当時の右フェンスは、よじ登ること自体は必ずしも困難でないという欠陥があった(〔証拠略〕)。
(六) もっとも、本件事故の約二〇日前に渚が乗り越えた学校側フェンスの部分には鉄条網、忍び返し等の設備がなかった。これに対し、本件事故の際に渚が乗り越えたと認められるフェンスは、高さ約一八〇センチメートルに加え、一部は更にその上に約四〇センチメートルの忍び返しを設けるなど、かなりの改善がされていた。そのため、これを乗り越えることは一層困難になっていた。
3 まとめ
右2各事実に照らすと、精神に障害を持つ児童を預かる桃山養護学校ないし被告がとるべき前示1の安全保障設備ないし児童の監護体制が不十分であったというほかない。とすれば、被告には、精神に障害を持ち前後を弁える能力のない渚の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を怠った違法行為がある。
三 損害額の認定
原告らは、慰謝料各自九〇〇万円、弁護士費用各自五〇万円の損害が生じた旨主張する。本訴では、これから、弁済を受けた死亡見舞金一、三〇〇万円を差し引き、各自三〇〇万円の支払を請求している。
1 慰藉料について
以上認定の各事実と本件事故発生の経緯、及び、前示第二の二4のとおり原告らが死亡見舞金一、三〇〇万円を受領していることなど一切の事情に照らし、本件事故による原告らに対する慰藉料は各自一〇〇万円をもって相当とする。
2 弁護士費用について
原告らは本訴において債務不履行責任である安全配慮義務違反と、不法行為責任である国家賠償責任とを選択的に併合している。当裁判所は、原告の本訴請求の順序にしたがって基本的な請求につき債務不履行責任を選択し、これに判断を加えた。そして、弁護士費用は、債務不履行と相当因果関係にある損害とはいえない。この場合、原告らは、基本的請求に付随する損害としての弁護士費用の賠償の有無という派生的問題についてのみ、さらに選択的併合の関係にある不法行為責任による旨をいうことはできない。よって、弁護士費用の請求は失当である。
四 結論
よって、原告らの学校利用契約上の安全配慮義務違反による損害賠償請求を、主文第一項の限度で認容する。その余の請求は、いずれも失当である。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 中村隆次 佐藤洋幸)