京都地方裁判所 平成3年(行ウ)34号 判決 1995年9月29日
京都市上京区中立売通質町西入三丁目四七一番地 室町スカイハイツ六〇九号
原告
西村芳明
右訴訟代理人弁護士
高山利夫
同
籠橋隆明
京都市上京区一条通西洞院東入元真如堂町三五八番地
被告
上京税務署長 宮崎一也
右訴訟代理人弁護士
浦野正幸
主文
一 被告が、原告に対し、平成元年一二月二七日付けでした原告の昭和六〇年分の所得税更正処分(採決による一部取消後のもの)及びこれに対する重加算税の賦課決定処分の取消を求める原告の訴えを却下する。
二 その余の原告の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、原告に対し、平成元年一二月二七日付けでした原告の昭和五七年分ないし昭和六〇年分(以下、本件各年分という)の所得税更正処分(いずれも裁決による一部取消後のもの)のうち、別表3の各事業所得の金額欄記載の金額を超える部分及びこれらに対する重加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。
第二事案の概要
一 請求の類型(訴訟物)
本件は、原告が、被告のした各所得税更正処分及び重加算税の各賦課決定処分に、総所得金額を過大に認定した違法があるとして、その取消を求めた抗告訴訟である。
二 前提事実(争いがない事実)
1 原告の事業内容について
原告は、京都市東山区東大路松原五丁目月見町一二窪田ビル地階において、「レディスサパー双園」(以下、双園という)の名称でホストクラブを、また、昭和六一年三月から平成二年四月までは、京都市東山区祇園町南側五七〇和晃ビル一階にも「プレイスポット六鹿」(以下、六鹿という)の名称でパブを営んでいた者で、昭和五七年分以降の所得税の確定申告につき、青色申告申請書を提出し、青色申告の承認を受けていた。
2 本件各処分の経緯について
(一) 被告は、当初、原告が提出した昭和六一年分ないし同六三年分の所得税の確定申告につき、その部下職員(以下、担当職員という)をして税務調査に当たらせたが、その後、不正の行為により税額を免れていたことが明らかとなったため、調査対象年分を、原告の昭和五七年分ないし同六三年分の所得税の確定申告に変更した。
右調査経緯は、次のとおりである。
(二) 平成元年一〇月二五日、担当職員は他の職員一名を同行の上、肩書住居の原告方に赴き、原告、原告の妻及び高屋稔税理士(以下、高屋税理士という)と面接し、以下のとおり調査を実施した。
(1) まず、原告から、双園及び六鹿の開業時期、営業時間、平均売上金額、ホスト等従業員の数等事業概況について事情聴取した。
(2) 次に、原告に対し、所得金額の計算の基礎となった帳簿書類等の提示を求めたところ、原告は、昭和六二年分及び同六三年分の総勘定元帳と原始記録は保存していること、売上伝票、支払に関する領収書及び当座勘定照合表等を基に、高屋税理士が総勘定元帳及び青色申告決算書を作成し、申告していた旨申し立てた。
また、原告から売上金の管理状況を聴取したところ、原告が自宅の金庫に現金を保管し、週二回集金に来る銀行員に渡していた旨申し立てたので、調査日現在の現金有り高を確認するため、原告の承諾を得て金庫内を調査した結果、現金五〇三万円、印鑑、預金通帳及び双園の売上伝票(後に、内容虚偽と判明したもの)を把握した。
(3) ところで、原告は、担当職員が、印鑑と預金通帳を検討している間に、書類らしきものを奥の和室へ隠すような行動を示したため、同職員が問いただすと、和室のタンスの中から売上伝票を提出し、これが平成元年五月分から同年九月分までの双園の真実の売上伝票であると回答した。
また、原告は、同職員が前回訪問した平成元年一〇月一九日以降、双園の売上げにつき真実の売上金額より過少な金額を記載した内容虚偽の売上伝票を作成し始めたこと、平成元年四月分までの双園の真実の売上伝票は、右作業が終了したので廃棄処分したこと、右のようにして作成した内容虚偽の売上伝票を高島税理士に提出し、売上金額を過少に申告していたこと等を申し立てた。
そこで、担当職員は、直ちに、右和タンス内から発見された売上伝票と金庫内から発見された同期間の売上伝票とを照合したところ、原告の申立てどおり、後者の売上伝票の売上金額が過少に書き直されている事実が確認できた。
(4) さらに、担当職員は、原告の承諾を得て、原告所持の鞄の中を調査したところ、大学ノート二冊、現金五万円及び印鑑が在中していた。
右大学ノート二冊は、表紙に「Jam Jamboree」と記載してあるもの(以下、大学ノート<1>という)と表紙に「Try Everything」と記載してあるもの(以下、大学ノート<2>という)で、その記載内容につき、原告は、いずれも自分自身の所得計算のために付けていたものであり、大学ノート<1>には双園の昭和五五年六月から平成元年九月までの月別の売上金額、仕入・地代家賃を含む経費額、人件費、バンド経費、損益等の真実の金額をそれぞれ記載し、また、大学ノート<2>には、六鹿の昭和六一年三月から平成元年三月までの月別の売上金額、仕入・地代家賃を含む経費額、人件費、バンド経費、損益等の真実の金額、及び、双園の昭和五七年一月から平成元年一〇月までの仕入先別・月別の小切手決済による仕入金額と現金決済による仕入金額、並びに、六鹿の昭和六一年三月から平成元年一〇月までの仕入先別・月別の仕入金額をそれぞれ記載していた旨回答した。
(5) また、担当職員は、大学ノート<1>、<2>のほかに、総勘定元帳等のあった応接室の棚に更に大学ノート二冊があるのを認めた。右大学ノート二冊は、表紙に「双園」と記載してあるもの(以下、大学ノート<3>という)と表題の記載がないもの(以下、大学ノート<4>という)で、その記載内容につき、原告は、大学ノート<3>には昭和五九年六月分から同六二年八月分までの双園の従業員に支払った真実の給与額を従業員別・月別に記載し、また、大学ノート<4>には、昭和五九年一月分から平成元年九月分までの双園の従業員に対する給与について支給人員・支給金額を過少に記載した給与支給額、及び、昭和六一年三月分から平成元年九月分までの六鹿の従業員に支払った実際の給与額を従業員別・月別にそれぞれ記載していた旨回答した。
(6) そこで、担当職員は、前記大学ノート<1>ないし<4>と総勘定元帳及び青色申告決算書(以下、総勘定元帳と青色申告決算書を併せて、公表帳簿という)とを対比検討したところ、次の事実が判明した。
ア 大学ノート<1>に記載されている双園の売上金額、人件費、バンド経費の各金額が公表帳簿に記載された金額よりも多いこと。
イ 大学ノート<2>に記載された双園の仕入金額のうち、現金決済部分の金額が公表帳簿に計上されていないこと。
ウ 大学ノート<4>に記載された双園の給与額は公表帳簿の給与賃金額に合致するが、大学ノート<3>に記載された双園の給与額は大学ノート<1>の「人件費」欄に記載された金額と一致し、それらはいずれも公表帳簿の金額よりも多いこと。
(7) そのため、右(6)の各事実について原告に説明を求めたところ、原告は次のとおり回答した。
ア 双園の売上げについては、真実の売上金額よりも少ない金額に書き直した売上伝票を作成し、同売上伝票を基に、真実の売上金額より過少な金額を公表帳簿に計上し申告していた。
イ 双園の仕入れについては、「双園」の名称のほかに「園」及び「石田誠」等の別名を使用し、「双園」の名称での取引分は小切手で決済して、公表帳簿の仕入金額に計上していたが、「園」及び「石田誠」等の別名での取引分は現金で決済し、公表帳簿の仕入金額に計上していなかった。
ウ 双園の人件費については、大学ノート<3>に真実の給与額を記載しているが、公表帳簿には、支給金額及び支給人員数をそれぞれ過少に記載した大学ノート<4>の金額を人件費として計上し申告していた。
エ 双園のバンド経費についても、実際に支払った金額より少ない金額を高屋税理士に報告し、その金額を支払手数料として公表帳簿に計上し申告していた。
(8) 以上のような調査結果から、担当職員は、当日その存在を知った大学ノート<1>ないし<4>、売上伝票、総勘定元帳等(以下、帳簿等という)を原告から預かり、原告方を辞去した。
(三) その後、担当職員は平成元年一一月中に二度にわたり原告に来署を求め、原告に対し、調査結果について説明するとともに、調査時において提示のなかった昭和五七年分ないし同六一年分の総勘定元帳、原始記録等を提出するよう依頼した。
(四) 平成元年一一月二七日、担当職員は、原告に来署を求め、原告に対し、再度調査結果について説明するとともに、昭和六一年分以前の総勘定元帳、原始記録等の提出を再び求めたが提出はなく、そのため、担当職員は、高屋税理士に対し、昭和六一年分以前の総勘定元帳のアウトプットを依頼した。
(五) 高屋税理士は、平成元年一二月四日、担当職員に対し、昭和六一年分ないし同六三年分の総勘定元帳の写しのはを提出し、同六〇年以前のものは提出しなかった。
(六) 担当職員は、平成元年一二月一四日、原告方に臨場し、原告に対し、預かっていた帳簿等を返却するとともに、調査結果を説明したが、原告が、修正申告をする気はない旨申し立てたので、更正処分をする予定である旨伝えた。
なお、同月中旬ごろ、高屋税理士から担当職員に対し、昭和六〇年分の総勘定元帳の写しの提出があった。
(七) 以上の経緯により、被告は、平成元年一二月二七日付けで、原告の昭和五七年分以降の所得税の青色申告の承認を取り消すとともに、同日付けで本件各年分の更正処分及び重加算税の賦課決定処分を行ったものである。
3 原告の本件各年分の確定申告、修正申告、本件各処分、異議申立て、異議決定、審査請求及び裁決の経緯は、別表1記載のとおりである。
三 双方の主張する本件各年分の原告の事業所得の金額(総所得金額と同じ)
1 被告
別表2記載のとおりである。
2 原告
別表3記載のとおりである。
四 争点
1 本件各年分の人件費の額
2 昭和六〇年分のバンド経費の額
3 本年各年分の一般経費の額
(一) 昭和六〇年分の一般経費の額
(二) 昭和六〇年分の一般経費の額の売上金額に対する割合(以下、一般経費率という)で、他の年分の一般経費の額を推計することの合理性
(三) 昭和六一年分ないし同六三年分の一般経費率で、昭和五七年分ないし同五九年分の一般経費を推計することの合理性
4 本件各年分の貸倒金の額
五 争点に関する当事者の主張
1 人件費の額(争点1)
(一) 被告
被告の本件各年分の人件費の額は、別表2の「人件費の額」欄記載のとおりである。これらの金額は、大学ノート<1>の「人件費」欄の金額から、原告自身の受取分である月額六〇万円を控除した額である。
(二) 原告
大学ノート<1>の「人件費」欄の金額に、原告自身の受取分が含まれているのは、昭和五九年六月以後である。それ以前は含まれていない。したがって、原告の本件各年分の人件費の額は、別表3の「人件費の額」欄記載のとおりである。
2 バンド経費の額(争点2)
(一) 被告
原告の本件各年分のバンド経費の額は、別表2の「バンド経費の額」欄記載のとおりである。これらの金額は、大学ノート<1>の「バンド経費」欄の金額に、昭和六〇年分のプラスワンに対する支払額三〇万円(六月二四日、二五日分)を加えた金額である。
(二) 原告
昭和五七年分ないし同五九年分のバンド経費の額は、争いがない。
昭和六〇年分のバンド経費の額は、別表3の「バンド経費の額」欄記載のとおりである。プラスワンに対する支払は、双園の開店祝い(六月二四日及び二五日)に特に出演を依頼したもので、一般経費である宣伝広告費の性格を有しており、バンド経費に計上するのは相当でない。
3 一般経費の額(争点3)
(一) 被告
(1) 原告の昭和六〇年分の一般経費の額は、別表2の「一般経費の額」欄記載のとおりであり、その明細は、別表4記載のとおりである。
右表の消耗品費の金額は、原告の昭和六〇年分の青色申告決算書上の消耗品費の額に、簿外のおしぼり代を加算した金額である。この簿外のおしぼり代は、大学ノート<2>のおしぼり業者に対する支払金額の合計から、同年の総勘定元帳に計上済みの支払金額を控除した金額である。
なお、右以外の経費科目の金額は、原告の昭和六〇年分の青色申告決算書上の各科目の金額と同額である。
(2) 原告の昭和五七年分ないし同五九年分(以下、推計年分という)の一般経費の金額は、別表2の「一般経費の額」欄記載のとおりである。
これらの金額は、推計年分の売上金額に、昭和六〇年分の一般経費率五・七九%を乗じて算出したものである。
(3) 推計の必要性及び合理性
前記調査の経緯記載のとおり、原作は、高屋税理士を通して昭和六〇年分の総勘定元帳の写しを提出したが、それ以前の年分の一般経費に関する帳簿等は提出しなかった。そのため、被告は、推計年分の一般経費については、推計によらざるをえなかった。
推計年分と昭和六〇年分の原告の事業内容をみると、いずれも、ホストクラブである双園のみを経営していて、その業態は類似しており、また、事業規模も、推計年分の売上金額はすべて昭和六〇年分のそれの二倍以内にとどまっていて、著しい格差は認められない。また、昭和六〇年分については、原告から総勘定元帳が提出されていて、経費の内訳等が明らかであり、簿外経費を特定することが可能であるから、右勘定提元帳に係る金額(青色申告決算書上の金額)を基礎とし、簿外経費を加算して算出した同年分の一般経費の金額は、その数値の正確性も担保されている。
以上によれば、原告の推計年分の一般経費の金額を昭和六〇年分の本人比率を適用して推計したことは合理性がある。
(4) 原告の主張に対する反論
イ 衣装代
原告提出のスーツに関する裏付資料や原告の供述は信用性が乏しく、支出の事実が認められない。カッターシャツは、家事用のものが含まれている可能性があり、全てが必要経費と認められない。
ロ 諸雑費
原告提出の各領収証からは、支払者が原告か否か分からず、事業との関連性も不明である。
プラスワンに対する支払は、前記バンド経費である。
ハ 交通費
原告の仕事の内容等に照らして、実際に支出したか疑わしい。
ニ クリーニング代
原告の供述は信用できない。
ホ 福利厚生費
裏付け資料もなく、従業員から親睦費を徴収していたことに照らして、認められない。
(5) 原告の主張する推計に反する反論
原告は、昭和六一年分から同六三年分の一般経費率の平均値を用いて、推計年分の一般経費の推計を主張するが、原告は、昭和六一年三月以降は、六鹿をも経営しており、双園のみを経営していた本件各年分と事業形態の類似性が認められないから、原告主張の推計方法には、合理性がない。
(二) 原告
(1) 原告の昭和六〇年分の一般経費の額が、別表4の記載の金額のみであることは争う。
被告主張の金額の外、別表5記載のとおり、以下の経費を支出している。したがって、原告の昭和六〇年分の一般経費の額は、別表3の「一般経費の額」欄記載のとおりである。
イ 衣装代 二一四万三〇〇〇円
業務用スーツ 一二着 二〇九万五〇〇〇円
カッターシャツ 二着 四万八〇〇〇円
ロ 諸雑費 四一万八九〇〇円
顧客に対する誕生日の記念品代
二月一五日分 三万三九〇〇円
三月一五日分 三万〇〇〇〇円
双園の記念品代
九月二三日分 二万五〇〇〇円
クリスマスのケーキ代
一二月二三日分 三万〇〇〇〇円
プラスワンに対する支払
六月二四日、二五日分 三〇万〇〇〇〇円
ハ 交通費 八五万二〇〇〇円
平成二年から同四年の間、原告は、年間九三万三一六五円のタクシー代を支払っているので、九・四七%の値上がりを考慮して、昭和六〇年当時のタクシー代を算出すると、右金額になる。
ニ クリーニング代 一〇万五〇〇〇円
カッターシャツ一枚三〇〇円として、年間三五〇日分の金額である。
ホ 福利厚生費 一〇〇万円
昭和六〇年八月初め、双園の従業員一三名の慰安のため、熱海に二泊三日の旅行に行った費用である。
(2) 以上のとおり、被告主張の昭和六〇年分の一般経費の額を、推計の基礎とすることは合理性がない。
国税不服審判所における裁決においては、昭和六一年分の一般経費率を一〇・六三%、同六二年分を八・七九%、同六三年分を一一%と算出し、その平均値一〇・一四%をもって、推計年分の一般経費の額を推計しており、右比率を適用する方が、合理的である。
右経費率一〇・一四%を用いて、原告の推計年分の一般経費を算出すると、別表3記載のとおりとなる。
5 本件各年分の貸倒金の額(争点4)
(一) 原告
原告の本件各年分の特別経費のうち、貸倒金の額は、別表6の「貸倒金」欄記載のとおりである。これらは、双園の顧客の売掛金の未収合計額である。
(二) 被告
原告主張の貸倒金の額は、その主張が変遷しているうえに、裏付け資料(甲四、五)の信用性も乏しい。売上伝票もなく、顧客の氏名も明らかでない。したがって、原告主張の貸倒金の存在は認められない。
第三判断
一 昭和六〇年分の所得税更正処分及び重加算税の賦課決定処分の取消を求める訴えについて
右年分の所得税更正処分(裁決による一部取消後のもの)の総所得金額(事業所得の金額と同じ)は、六四〇万六四四〇円(別表1参照)であり、本訴において原告の主張する同年分の事業所得の金額は、七一七万一九八一円(別表3参照)である。
したがって、右金額を超える部分の所得税更正処分及び重加算税の賦課決定処分の取消を求める訴えは、その利益を欠き、不適法といわざるをえない。
二 推計年分の各所得税更正処分について
1 売上金額について
推計年分の各売上金額は、争いがない(別表2、3参照)。
2 雑収入について
昭和五九年分の雑収入の額は争いがない(別表2、3参照)。
3 売上原価の額について
推計年分の各売上原価の額は争いがない(別表2、3参照)。
4 人件費の額について(争点1)
(一) 昭和五九年六月以後の大学ノート<1>の「人件費」欄の金額に、原告自身の受取分(月額六〇万円)が含まれていることは争いがない。
(二) 原告は、昭和五九年六月に経理処理の方法を改めたことを契機として、原告自身の受取分を右「人件費」欄に加えるようになったと主張し、原告本人もその旨供述するが、右供述によれば、賃金台帳は、昭和五九年六月以後に作成を始めたものの、それ以前においても、賃金台帳類似の帳簿を作成していた趣旨がうかがわれ、この事実に照らすと、経理処理の方法を改めたことが自己受取分の計上を始めた契機になったとは認めがたく、原告の前記供述をたやすく信用することはできないというべきである。そして、他に原告の主張を裏付ける的確な証拠はない。
(三) 右(一)の争いがない事実及び第二の二前提事実の2の事実を総合すると、被告主張のとおり、大学ノート<1>の「人件費」欄の金額には、昭和五九年五月以前の原告自身の受取分(月額六〇万円)も含まれていると認めるのが相当である。
(四) したがって、推計年分の人件費の額は、被告主張のとおりと認められる。
5 バンド経費の額(争点2)
推計年分のバンド経費の額は、争いがない(別表2、3参照)。
6 一般経費の額(争点3)
(一) 昭和六〇年分の一般経費の額
(1) 被告主張の別表4記載の金額の限度においては、争いがない。
(2) 原告主張の追加経費の検討
イ 衣装代
a 証拠(甲六、七〇、七一、検甲一ないし一〇、乙六、七、原告本人)によれば、原告は、昭和六〇年二月から同年一二月にかけて、双園内で着用する業務用スーツ一二着を、合計二〇九万五〇〇〇円で、伊藤信一から、購入した事実を認めることができる。
被告は、右各証拠の信用性が乏しいと主張するが、日時の経過から、右各証拠の内容があいまいになったり、各証拠間で齟齬が生じることはやむをえないものの、全体を通じてみると、その信用性は否定されないというべきである。
b また、証拠(甲七、七一、検甲一一、原告本人)によれば、原告は、昭和六〇年一二月、双園内で着用するカッターシャツ二着を、四万八〇〇〇円で、片木シャツ株式会社から、購入した事実を認めることができる。
被告は、家事用のシャツが含まれている可能性があると主張するが、右各証拠によると、いずれも業務用と認められるので、被告の主張は採用できない。
c そうすると、昭和六〇年分の衣装代として、原告は、二一四万三〇〇〇円を支出したものと認められる。
ロ 諸雑費
a 証拠(甲八、九、原告本人)によれば、原告は、顧客に対する誕生日の記念品を、牛山商事株式会社から、昭和六〇年二月一五日に三万三九〇〇円、同年三月一五日に三万円(総額六万三九〇〇円)で購入した事実が認められる。
b 原告は、昭和六〇年九月二三日、双園の記念品代として、株式会社三優社に二万五〇〇〇円を支出したと主張し、これに副う証拠(甲一一、七一)を提出する。しかし、甲一一の宛名は、原告ないし双園ではなく、「上様」となっており、株式会社三優社の原告との取引は、「双園」名義でなされているところ(乙九、一〇)、昭和六〇年九月二三日には、双園名義での取引の記帳はなされていないことが認められる。
したがって、右取引が、原告の業務(双園)との関連でなされたことが認められないから、右金額を必要経費と認めることはできない。
c 証拠(甲一三、原告本人)によれば、原告は、昭和六〇年一二月二三日、顧客接待用のクリスマスケーキを、ラ・セーヌから、三万円で購入した事実が認められる。
d 証拠(甲一〇)によれば、原告は、昭和六〇年六月二四日、プラスワンに金三〇万円を支払ったことが認められる。原告は、右支出は、一般経費である宣伝広告費に属すると主張するが、証拠(甲七一、原告本人)によると、これは、昭和六〇年度の双園の開店記念日(六月二四日、二五日)のショーに特別に出演を依頼したバンドに対する支払であることが認められる。したがって、前記バンド経費に属すると認めるのが相当である。原告の主張は採用できない。
e 以上のとおり、原告主張の追加諸雑費のうち、九万三九〇〇円が追加の一般経費と認められる。
ハ 交通費
証拠(甲七一、原告本人)によれば、原告は、昭和六〇年当時、肩書住居と双園との間をタクシーを利用して出・退勤したことが認められるところ、右交通費を直接算定できる資料はない。
そこで、原告は、平成二年一月二三日頃から同四年一月三一日頃までの二年間、タクシーチケットを利用して、肩書住居と双園間を、昭和六〇年当時と同様に往復していたとして、この間のタクシーチケットの利用明細書等(甲一九ないし六九)を提出し、右金額に基づいて、昭和六〇年当時の交通費を算出すべきと主張する。
そこで、右書証を検討するに、原告名義のタクシーチケットは、一か月のうち、二、三日を除いてほぼ毎日利用されているが、一日のうちに三枚ないし四枚以上利用されているのが大部分であることが認められる。してみると、原告は、双園との往復にのみタクシーを利用していたとは認めがたく、右利用状況に照らすと、双園との往復に利用されたタクシー料金は、チケット利用金額の半額とみるのが相当である。
前記書証によると、平成二年から同四年の間のタクシーチケット利用金額の合計額は一八六万六三三〇円(一年間では九三万三一六五円)であるから、双園との往復に使用されたタクシー料金は、年間四六万六五八二円と認められる。そして、証拠(甲七一)によると、昭和六〇年当時のタクシー料金(小型初乗り運賃二・〇キロメートルまで四二〇円、以降五四〇メートルごと八〇円加算)と右二年間のタクシー料金(小型初乗り運賃二・〇キロメートルまで四六〇円、以降四九五メートルごと八〇円加算し、これに消費税分を考慮して一〇三パーセントを乗じ、一〇円単位に四捨五入した額)と比較すると、平均九・四七パーセント値上がりしていることが認められる。
そうすると、昭和六〇年当時の交通費は、右平成二年から同四年の間の年間タクシー料金四六万六五八二円に一〇九・四七分の一〇〇を乗じて算出(千円未満切り捨て)することが相当である。
したがって、昭和六〇年分の追加交通費は、四二万六〇〇〇円と認められる。
ニ クリーニング代
証拠(甲七一、原告本人)によれば、原告は、昭和六〇年当時、有限会社氏政クリーニング店に、年間三五〇日程度、カッターシャツ、スーツ等をクリーニングに出していたこと、当時、カッターシャツのクリーニング代は一枚三〇〇円程度であったことが認められる。
そうすると、昭和六〇年当時のクリーニング代は、原告主張のとおり、一〇万五〇〇〇円と認められる。
ホ 福利厚生費
原告は、昭和六〇年八月初め、双園の従業員一三名の慰安のために熱海へ二泊三日の旅行(宿泊先リゾーピア熱海)に行き、約一〇〇万円を支出したと主張し、原告本人は、その旨供述するが、その裏付けとなる証拠資料は提出しない。そして、証拠(甲二、乙一、原告本人)によれば、原告は、従業員から毎月親睦費として四〇〇〇円徴収し、これを慰安旅行の費用に充てていたことがうかがえるので、原告本人の右供述はたやすく信用できない。他に、右主張を認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の右主張は採用できない。
(3) 以上のとおりであるから、原告の昭和六〇年分の一般経費の額は、争いがない金額五五一万八二三七円(別表4参照)に、以上認定の追加経費額二七六万七九〇〇円を加えた総額八二八万六一三七円である。
(二) 推計年分の一般経費の額を、昭和六〇年分の一般経費率で推計することの合理性
(1) 前記第二の二前提事実の2記載のとおり、原告は、高屋税理士を通して昭和六〇年分の総勘定元帳の写しを提出したが、それ以前の年分の一般経費に関する帳簿等は提出しなかった。したがって、推計年分の一般経費の額については、推計せざるをえない(推計の必要性のあることは、争いがない)。
(2) 右推計の方法につき、被告は、昭和六〇年分の一般経費率を基準に推計することを主張し、原告は、昭和六一年分ないし同六三年分の一般経費率の平均値によるべきと主張する。ところで、推計課税は、課税標準等を実額で把握することが困難な場合、税負担の公平の観点から、実額課税の補充的代替的手段として、合理的な推計の方法で課税標準等を算定することを課税庁に許容した制度と解するのが相当である。したがって、真実の所得を事実上の推定によって認定するものではないから、その推計の結果は、真実の所得と合致する必要はなく、近似値で足りるものである。その推計方法も、真実の所得を算定しうる最も合理的なものである必要はなく、実額課税の補充的代替的手段にふさわしい一応の合理性が認められれば足りると解すべきである。この理は、本件のように、必要経費の一部につき推計によって算定する場合でも同様である。したがって、他により合理的な推計方法があるとしても、課税庁の採用した推計方法に一応の合理性が認められれば足り、推計方法の優劣を争う主張は、主張自体失当というべきである。
(3) 本件では、証拠(原告本人)及び弁論の全趣旨によると、推計年分と昭和六〇年分の原告の事業内容は、いずれも、ホストクラブである双園のみを経営していて、その業態は類似していること、また、事業規模も、推計年分の売上金額はすべて昭和六〇年分のそれの二倍以内にとどまっていて、著しい格差は認められないこと(別紙2参照)、昭和六〇年分については、原告から総勘定元帳が提出されていて(第二の二の2の(六)参照)、経費の内訳等が明らかであり、簿外経費の算定も前述のとおり可能であるから、右総勘定元帳に係る金額(青色申告決算書上の金額)を基礎とし、簿外経費を加算して算出した同年分の一般経費の金額は、その数値の正確性も担保されていること、が認められる。
以上によれば、原告の推計年分の一般経費の金額を昭和六〇年分の一般経費率を適用して推計することは一応の合理性があるというべきである。
したがって、原告主張の推計方法との優劣を判断するまでもなく、被告の推計方法に合理性が認められ、原告の主張は、主張自体失当というべきである。のみならず、証拠(原告本人)によると、原告が推計の基礎として主張する昭和六一年分ないし同六三年分の収支計算には、双園のほか六鹿の収支計算も含まれており、両者は、ホストクラブとパブであって、営業内容も、業態も異なっていることが認められるので、双園のみを営業していた推計年分とは、事業形態の類似性が認められないことは明らかである。また、昭和六一年分ないし同六三年分の一般経費率を算定しうる基礎資料自体も存在しない。
(4) よって、被告主張の昭和六〇年分の一般経費率で、推計年分の一般経費を推計することとするが、昭和六〇年分の売上金額は九五四四万九七八〇円(争いがない)、一般経費は、前認定のとおり八二八万六一三七円であるから、一般経費率は、八・六九%(小数点以下第三位を切り上げ)となる。
右一般経費率で、推計年分の一般経費を推計すると、別表7の「一般経費の額」欄記載のとおりとなる。
7 特別経費の額について
(一) 別表6記載の特別経費のうち、推計年分の地代家賃、建物減価償却費及び税理士報酬については、争いがない。
(二) 貸倒金の額(争点4)
(1) 原告は、その主張を裏付ける証拠として甲四、五を提出している。
そこで、これらの証拠の信用性について検討する。
(2) この甲四の作成状況についての原告の供述は、供述の度に変遷しており、作成時期や何に基づいて作成したのか判然としないうえに、ホストが同伴した客の売掛金が未収になった場合には、当該ホストが責任を持ち、ホストの給料から差し引くことになっており、甲四のうち、横線で消去された未収金には、ホストが給料から立て替えて支払った分も含まれていると供述(甲七一、原告本人)する。
してみると、右未収金の中には、ホストが責任を持つものとそうでないものが含まれていることになるが、その区別を原告は明らかにせず、区別できる資料もない。
ところで、事業の遂行上生じた売掛金が貸倒れとなるのは、原告主張のとおり、債務者との取引停止又は最後の弁済後一年以上を経過した場合も含まれる(所得税基本通達五一-一三参照)ところ、債務者(本件では債務者名も一部を除いて明らかになっていないが)自身の資産状況や支払能力は不明であり、ホストが立て替えて弁済した場合に右にいう取引停止に該当するか疑問であり、また、一年の起算点であるホストの最終弁済時期さえ明らかでない。
したがって、甲四自体の信用性が乏しいうえに、これに記載された金額が、全て貸倒金に該当するか疑問があるといわざるをえない。
(3) 甲五についても、原告本人は、その基礎資料は不明であると供述し、甲四について右に述べたことがそのまま該当するといわざるをえない。
(4) さらに、原告は、原処分調査の際に、貸倒金の存在を主張せず、甲四も提出しなかった(原告本人)。
(5) また、原告の主張する本件各年分の貸倒金の額は、大きく変遷しており、その理由(算出方法を誤った)についての原告の弁解も納得できるものではない。
(6) 以上の点を総合すると、原告の営む事業では、貸倒金の発生することは十分推測できるが、原告提出の甲四、五は、信用性に乏しく、これらによって、原告主張の貸倒金の存在を認定することはできないというべきである。そして、他に貸倒金の額を算定するに足りる的確な証拠はない。
(三) してみると、推計年分の特別経費の金額は、被告主張のとおりと認められる。
8 推計年分の原告の事業所得の金額(総所得金額)
以上のとおりであるから、推計年分の原告の事業所得の金額は、別表7記載のとおりである。
三 推計年分の重加算税の各賦課決定処分について
1 原告は、本件各年分の売上金額を計算する際、二種類の売上伝票を作成した上、正規の会計帳簿とは異なる大学ノート<1>に真実の売上金額を記載して、これを隠ぺいし、その隠ぺいした売上金額により事業所得金額を過少に申告していたことは、争いがない。
2 かかる事実が、国税通則法六八条(重加算税)の「納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」に該当する(この点も争いがない)ことは明らかである。
第四結論
以上のとおりであるから、昭和六〇年分の所得税更正処分(裁決による一部取消後のもの)及び重加算税の賦課決定処分の取消を求める訴えは、不適法であり、被告のした推計年分の更正処分(裁決による一部取消後のもの)は、いずれも別表7の事業所得の金額(総所得金額と同じ)の範囲内でなされた適法な処分であり、これに違法な点はない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 中村隆次 裁判官 府内覚)
別表1
課税の経緯
<省略>
別表2
原告の事業所得の金額(被告主張)
<省略>
別表3
原告の事業所得の金額(原告主張)
<省略>
別表4
昭和60年分の一般経費
<省略>
別表5
昭和60年分の追加一般経費
<省略>
別表6
特別経費の金額
<省略>
別表7
原告の事業所得の金額(原告主張)
<省略>