京都地方裁判所 平成4年(ワ)1404号 判決 1993年10月25日
原告亡甲野太郎訴訟承継人・参加被告
甲野次郎
右訴訟代理人弁護士
尾藤廣喜
被告・参加被告
国
右代表者法務大臣
三ケ月章
被告・参加被告
宇治市
右代表者市長
池本正夫
右両名指定代理人
本多重夫
外六名
参加原告
大野妙子
右訴訟代理人弁護士
竹下義樹
同
小川達雄
同
高山利夫
同
吉田隆行
同
村松いづみ
同
佐藤克昭
同
籠橋隆明
同
小笠原伸児
主文
一 原告亡甲野太郎訴訟承継人甲野次郎の被告国、同宇治市に対する請求を棄却する。
二 参加被告甲野太郎と参加原告との間で、参加被告宇治市福祉部長が原告亡甲野太郎に対し平成元年一二月九日付けで行った生活保護法による生活保護廃止決定等の違法に基づく参加被告国、同宇治市に対する国家賠償請求権が、参加原告に属することを確認する。
三 参加被告国、同宇治市は、参加原告に対し、各自金三〇万円及びこれに対する平成二年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 参加原告の参加被告国、同宇治市に対するその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用については、原告亡甲野太郎訴訟承継人・参加被告甲野次郎に生じた費用は同人の負担とし、被告・参加被告国、同宇治市及び参加原告に生じた費用の各三分の二を参加原告の負担とし、その余の費用は被告・参加被告国、同宇治市の連帯負担とする。
六 この判決三項は、仮に執行することができる。
七 参加被告国、同宇治市が、共同して参加原告に対し金二〇万円の担保を供するときは、前項の仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一請求
(原告承継人の請求―基本事件)
被告・参加被告国(以下「被告国」という。)、被告・参加被告宇治市(以下「被告宇治市」という。)は、原告甲野太郎訴訟承継人・参加被告甲野次郎(以下「原告承継人」という。)に対し、各自金一〇〇万円及びこれに対する平成二年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(参加原告の請求―参加事件)
一主文二項と同旨
二被告国、同宇治市は、参加原告に対し、各自金一〇〇万円及びこれに対する平成二年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告甲野太郎(以下「原告」という。)が、宇治市長から受給していた生活保護に関し、被告宇治市職員により保護廃止決定その他の違法行為を受けたとして、被告宇治市及び生活保護の本来的責任主体である被告国に対し、国家賠償法に基づき損害賠償を求めた基本事件(但し、原告は死亡し、弟である原告承継人が訴訟承継した。)に、原告承継人からこの請求権の債権譲渡を受けたと主張する参加原告が、当事者参加した事件である。
一争いがない事実
1 原告(昭和六年三月九日生)は、平成元年三月一日、糖尿病、肝硬変等のため、社会福祉法人宇治病院(宇治市五ケ庄所在)に入院したが、無職で収入、所持金もなく、医療費の支払も困難であったことから、同月六日、被告宇治市福祉部長(以下「福祉部長」という。条例により生活保護の実施権限を宇治市長から委任されている。)に対し、生活保護申請をした。これを受けて、福祉部長は、原告に対し、同年四月五日、生活保護法(以下「生保法」という。)一九条一項二号(いわゆる「現在地保護」)により、居住地不明の要保護者として、療養の必要と就労不能を理由に同年三月六日に遡って生活保護を開始する旨の決定(以下「本件開始決定」という。)をし、被告宇治市福祉部保護課(以下「保護課」という。)に所属する辻村公伸(以下「辻村」という。)を原告の担当ケースワーカーと指定した。
2 原告は、宇治病院入院中、同年七月四日から八月一四日までの間、両眼白内障、糖尿病性網膜症の治療のため、京都府立医科大学付属病院(以下「府大病院」という。)に転院し、同年一〇月一五日からも同疾病治療のため府大病院に転院した。
3 原告は、同年一一月一五日、府大病院での治療を一旦終えて退院したが、満床のためすぐに宇治病院に再入院することができないため、やむなく糖尿病、肝硬変及び結核等の疾病につき宇治病院に通院治療をすることとなり、とりあえず、宇治市大久保の知人の里中ヒサ子(以下「里中」という。)方に寝泊まりさせてもらっていた。
4 原告は、右退院後半月を経過した同月三〇日、保護課を訪れ、辻村に、右の事情を説明したが、退院後の居住関係については、宇治市内の島田栄(以下「島田」という。)方に夜だけ世話になっていると説明した。その際、原告が、宇治市内でアパート又は借家を借りる希望を表明したのに対し、辻村は、和歌山市内に居住する実弟(原告承継人)方での生活を勧めた。
5 辻村は、同年一二月五日、宇治病院に電話して、原告が同病院に届けている連絡先の電話番号(○○―○○○○、××―××××)を聴取したが、これら電話番号は、辻村が原告からきいていた島田方の電話番号とは違っていた。
6 原告は、同月八日に保護課に電話したが、その際、辻村は、原告が島田方には寝泊まりしていないとの調査結果を伝え、現在どこに居住しているのかと詰問した上、このままでは府大病院退院の時点で保護が廃止になる、宇治病院での治療を継続したいなら国民健康保険に加入するように、と言った。
7 辻村は、同月九日、保護課を訪れて保護廃止の意向に不満を述べた原告に対し、退院後の連絡も遅れ、居所も明らかにしない以上、保護を廃止するしかないと言明した。そして、福祉部長は、同日、原告に対し、「傷病治ゆ」との理由で保護廃止決定(以下「本件廃止決定」という。)をし、同月一三日、原告にその決定書を交付した。
8 原告は、同月二〇日、結核が悪化したため、城陽市内の国立南京都病院の結核病棟に入院する共に、城陽市長から生活保護開始決定を受けた。
9 福祉部長は、平成二年一月一七日、本件廃止決定を取り消す決定(以下「本件取消決定」という。)をした。これを受けて、辻村らは、同年一月二九日、南京都病院で入院中の原告に面会し、府大病院退院後の居住関係を聴取した上、保護変更申請書に記入させた。そして、福祉部長は、同年二月二八日、原告に対する平成元年一一月一六日以降の保護の変更を決定すると共に、同年一二月二〇日以降は既に城陽市長から生活保護を受給しているので、同月一九日限りで保護を廃止する旨の決定をした。
10 宇治市長は、平成二年五月三一日、原告に対する平成元年一一月一六日から同年一二月一九日までの保護費九万五一五四円を、受領拒否を理由として供託した。
11 原告は、平成二年四月一三日、本件訴訟を提起したが、平成四年一月七日に死亡し、その遺言により、その実弟である原告承継人が被告らに対する請求債権を承継した。
12 その後、参加原告は、平成四年四月三日に原告承継人から被告らに対する本訴請求債権の譲渡を受けたと主張し、同年六月一六日、基本事件に当事者参加を申し立てた。
二争点
1 本件廃止決定は、生保法に違反する違法なものであるかどうか
(原告承継人及び参加原告の主張)
(一) 原告が府大病院退院後、宇治病院に入院しなかったのは、糖尿病等の疾病が軽快したからではなく、満床のためすぐに入院することができなかったためであり、この事情は、原告の説明や両病院への照会により、辻村及び福祉部長も熟知していたのである。しかも、辻村は、平成元年一二月四日に宇治病院で主治医に面談した際、原告が肺結核にも罹患し、それが悪化して排菌状態にあることまで知らされていた。したがって、福祉部長は、原告が「傷病治ゆ」からほど遠い状態で、むしろ本件開始決定当時よりもその病態は悪化していたのに、しかも、これを熟知しながら、「傷病治ゆ」を理由とする本件廃止決定をしたことになり、右決定には重大な違法がある。
なお、被告らは、本件廃止決定の真の理由は、むしろ「居住実態不明」であり、「傷病治ゆ」は副次的なものであったが、これが手続上の過誤のため、形式上は「傷病治ゆ」だけを理由としてしまったと弁明するが、福祉部長が原告の傷病が治癒したと誤解する余地はなかったのであるから、右弁明のような手続上の過誤も生じるはずはないのであり、本件廃止決定は、実体的要件を欠くことを熟知しながら、重大な悪意によりなされたものとみるべきである。
(二) また、仮に本件廃止決定の真の理由が「居住実態不明」であったとしても、やはり、それに重大な違法があることは変わりない。
(1) まず、その当時、福祉部長が、宇治病院関係者その他の既に判明していた調査対象者に対して調査をすれば、原告が里中方に寝泊まりしていることが容易に判明したはずであるのに、みるべき調査もしないまま「居住実態不明」と断定して本件廃止決定をしたのであるから、既にこの点で、同決定は違法である。
なお、被告らは、既に把握していた電話番号先に連絡しなかった点を、原告のプライバシー尊重により説明するが、宇治市福祉事務所長は、本件開始決定に当たり、原告から被保護者の生活にかかわる一切の調査を可能ならしめる包括同意書(<書証番号略>)を徴しているのであって、現に、辻村は、これに基づいて病院関係者や島田に対しては必要な調査を行っているのであるから、右説明は著しく不当である。
(2) 次いで、原告は、生保法一九条一項二号のいわゆる現在地保護として、本件開始決定を受けたのであるから、住居がないこと、あるいは住居が不明であることは、むしろ保護の前提であり、府大病院を退院したからといって、原告が行方不明となったのでもないのに、居住実態不明が保護廃止の理由になることはありえないはずであって、これを理由とする本件廃止決定は違法である。
(3) しかも、生保法五六条は、正当な理由がなければ、既に決定された保護を被保護者に不利益に変更することができない旨を規定しているところ、同法は、保護廃止決定をなしうる場合として、① 保護の必要がなくなったとき(同法二六条)、② 同法二八条四項に該当したとき、③ 同法六二条三項に該当したとき、の三つに限定しているのであり、「居住実態不明」は、この三つのいずれにも該当しないから、そもそもこれを理由に保護廃止決定することは許されず、これを理由とする本件廃止決定は違法である。
(4) なお、被告らは、本件廃止処分が生保法二六条一項に基づくものであると主張するが、被告らの同条項の解釈は明らかに誤りである。同条項は、保護廃止の要件として「保護を必要としなくなったとき」と明確に限定しているのであり、これを「必ずしも被保護者の要保護状態が消滅した場合に限定しなければならないとはいえない」とする解釈は、ご都合的に適用範囲を広げる恣意的な拡大解釈であって許されるものではないのである。特に、本件においては、福祉部長側が既に把握していた事実からみても、原告が要保護性に問題がないことは明らかであったのであり、要保護性を確認していながら、「保護を必要としなくなったとき」に当たる、又はこれに準ずる場合であるとして、同条項を適用しうるというのは、著しく失当な解釈であり、許されるものではない。
(5) また、原告につき同法二八条四項の廃止事由もあったとの被告らの主張も、著しく失当である。同条項は、居住地への立入調査等を拒否した場合にしか適用されない規定であることは明らかであり、連絡先を把握しながらその調査もしないで居住実態として保護を廃止してしまった本件について、同条項を適用する余地は全くないことが明らかである。
(被告らの主張)
(一) 本件廃止決定の理由は、「傷病治ゆ」であったが、これは事務処理上の誤りであり、真実の理由はむしろ「居住実態不明」である。そして、この実態があるかぎり、右理由の齟齬は、本件廃止決定の適法性に影響しないというべきである(また、仮に右理由の差し替えが許されず、本件廃止決定が違法であるとしても、「居住実態不明」を理由とするかぎり適法に廃止決定をなしえたものである以上、処分理由の不備という手続的瑕疵により発生する固有の損害は生じないのであって、本件廃止処分と原告主張の損害との間には相当因果関係がないことになる。)。
なお、福祉部長は、平成元年一一月一五日以後、原告が宇治病院に入院せずに通院治療を受けていること等から、原告の病状が退院しうるほどに軽快したものと判断していたのである。また、原告の肺結核についても、それまでの検査結果は陽性でないが、原告の罹患している疾病のうちでは最優先して治療をする必要があるので南京都病院への入院も考えられる、と聞いていた程度であって、これが重篤なものであるとの認識はなかったのである。したがって、「傷病治ゆ」との理由も、福祉部長の認識に反するものとはいえないのである。
(二) 福祉部長は、原告の居住実態が不明であるため、やむなく本件廃止決定をしたのであり、同決定に何らの違法はない。
(1) 保護の実施機関は、保護の要否、種類、程度及び方法並びに保護の変更、停止、廃止を決定しなければならず、本件のように病気入院を原因に現在地保護を受けた被保護者が当該病院を退院したような場合においては、新たに実施機関の決定(管轄の決定)が必要になるほか、退院後の生活実態は、入院時の生活と全く異なるはずであるから、入院時の保護決定がそのまま維持されることはありえず、実施機関は、退院後の保護の要否、種類、程度及び方法を決定する必要があるのであって、そのためには、被保護者の世帯構成、当該世帯の収入の状況等の退院後の生活実態に関して調査する必要があるのである。
一方、被保護者は、生保法六一条により、生計の状況の変動や居住地、世帯構成の異動をすみやかに保護の実施機関等に届け出る義務を負っているのであり、これにより、実施機関による調査と相俟って、保護決定の正確性とその円滑な実施が図られているのである。
(2) しかるに、原告は、府大病院退院後は通院治療となり、入院時とは生活実態が大きく変わったはずであるのに、平成元年一一月三〇日までの約半月間、担当ケースワーカーである辻村に何ら連絡をしなかったのであり、同日の事情聴取に対しても、島田方に寝泊まりしていると虚偽の事実を告げ、さらに、その後、辻村が調査により島田方に居住していないことを確認した上、同年一二月八日、原告に対し、これを指摘して、真実の居所を言うように求めたのに、これをも拒否したのである。
なお、辻村は、府大病院、宇治病院からの事情聴取、島田からの事情聴取等できるかぎりの調査をしたが、府大病院退院後は島田方には居住していないこと、宇治病院に届出られている原告の連絡先の電話二本は島田方のものではないことが確認されただけで、退院後、原告がどこに居住しているかを把握することはできなかった。なお、右判明した電話番号の先に直ちに連絡することは、被保護者のプライバシー保護上問題があるので、これを行わなかったのである。
以上のような調査結果から、福祉部長は、原告の居住実態は不明であったため、これを理由に本件廃止決定をしたのであり、このような結果は、届出義務を履行しない原告が甘受すべきことであり、右決定は正当である。
(3) 生保法二六条一項が、被保護者が保護を必要としなくなった場合は保護廃止決定をすることができると定めているとおり、要保護性があることは保護の継続のための大前提であり、本件の場合、退院という事実により要保護性の有無、程度等が当然変化したのであるから、生活実態を把握しなければならなかったのに、それを把握することができず、今後の保護の要否、程度、内容等を決定することができなかったのであり、しかも、それは、真実の生活実態を隠した原告に専ら責任があるのであるから、保護を廃止したのである。
そして、同条項の「保護を必要としなくなったとき」とは、被保護者の要保護状態が消滅したときに限定されるものではなく、生保法全体の趣旨に照らし、もはや保護を継続する必要がないと判断される場合をも含むと解すべきであり、例えば、要保護状態は失われていないが、被保護者が保護を辞退した場合、被保護者が行方不明になった場合等も、これに含まれるものと解すべきなのである。これと同様に、被保護者の責に基づく居住実態の不明の場合についても、不誠実な被保護者が要保護性が消滅しているのに保護を継続されるという事態、あるいは未だ要保護性はあるにしても最低限度の生活を維持する需要以上の保護を受けるという事態が生じかねないのであるから、保護を継続する必要がない場合として、同条項による廃止決定の理由となると解すべきである。
したがって、本件廃止決定は、同条項に基づく処分として適法である。
(4) また、生保法二八条一項は、実施機関は、保護の実施のため必要があるときは、被保護者の資産状況等を調査するため、その住居に立ち入ってこれを調査することができると定め、同条四項は、被保護者が右立入調査を拒み、妨げ、もしくは忌避したときは、保護を廃止することができると規定しているところ、本件の場合、原告は、立入調査に至る前提としての居住地を明らかにせず、実施機関による生活実態の調査を不可能にしたのであるから、右四項の場合に該当するというべきであり、同項に基づく廃止事由もあったということができる。
2 本件廃止決定以外にも、被告宇治市の担当職員のその前後の言動、措置に違法行為があるかどうか
(原告承継人及び参加原告の主張)
本件廃止決定の違法以外にも、被告宇治市の担当職員は、原告に対し、次のとおりの各違法行為を行った。
(一) 辻村は、平成元年一一月三〇日、帰来先がない非定住者である原告が借家かアパートの斡旋を要望したのに対し、原告が嫌がっているのに和歌山市に居住する実弟(原告承継人)に世話になるように指導し、右要望を全く取り上げようとしなかったのであって、本人の意思を無視して必要な指導、援助を拒んだものというべきであり、生保法二七条に違反する。
(二) 福祉部長は、平成元年一一月三〇日には原告が退院した事実を知ったのであるから、この時点で保護変更申請があったものとしてその後一四日以内に保護変更決定をすべきであるのに、約三月後の平成二年二月二八日にようやく保護変更決定を行ったものであって、法定の期間内に変更決定をせず、その間、保護費の支給もしなかった点で違法である。
(三) 福祉部長は、右変更決定と同日に、原告が平成元年一二月二〇日に城陽市長から保護開始決定を受けて保護費が支給されているとの理由で、二度目の保護廃止決定をしたが、むしろ城陽市長が保護廃止決定をするのが法の建前であって、福祉部長が保護廃止決定をしたのは違法である。
(四) 福祉部長は、平成二年一月一七日の本件取消決定以後、すみやかに原告に保護費を支給すべきであるのに、原告に本件廃止決定に対する審査請求の取下げを要請し、それが受け入れられるまで保護費の支給を引き延ばしたものであって、この保護費の支給遅滞も違法である。
(被告らの主張)
(一) 辻村は、平成元年一一月三〇日、原告から、宇治病院に再入院し、治療を要しなくなって退院した場合について、借家を借りたいとの相談を受けたのであり、これに対して、和歌山市の実弟方ないしその近辺の借家で暮らすことも考えたらどうかと助言したものであって、その際、すぐに借家を斡旋して欲しいと要望されたわけではないから、原告承継人らの右(一)の主張は前提に誤りがあり、失当である。
(二) 福祉部長は、本件取消決定後、本件開始決定以後に原告の生活実態に変化があることが明らかであったから、それを調査して把握した上、生保法二四条三、四項所定の期間内に保護変更決定をしたのであり、取消決定をしたからと言って、変更決定をしない以上、直ちに保護費を支給することができないのは当然である。福祉部長側は、その後、原告の代理人弁護士に連絡したり、原告に直接払おうとしたりしたが、連絡がとれず、やむなく平成二年五月三一日に保護費を供託したのであって、保護費の支払いに関し、何ら違法はない。
3 被告らに違法があるとして、原告は、それによりどのような損害を被ったのか
(原告承継人及び参加原告)
原告は、宇治市内に借家を確保したいとの要望を拒否され、また、懇願したにもかかわらず、保護の継続を拒否されて、同年一二月九日には違法に本件廃止決定を受けたものであって、重篤な病状で所持金もないまま、食事もろくにとれない状態で生活不安にさらされることになり、病状にも悪影響を受けたものである。すなわち、原告は、福祉部長、辻村ら被告宇治市の担当職員により生存権を侵害され、精神的苦痛だけでなく、健康被害をも被ったというべきなのであって、これら苦痛を慰謝する慰謝料は、金一〇〇万円を下らない。
(被告らの主張)
原告の平成元年一一月分の保護費は、同月初めに全額支給済みであり、本件廃止決定以後も返還を受けていないから、原告が、本件廃止決定により直ちに生活困窮に陥って食事もろくにとれなくなったとは考えがたい。また、この間に原告の病態が悪化した状況も認められない。
4 被告らに対する本件損害賠償請求権が、原告承継人から参加原告へ債権譲渡されたかどうか、これが認められるとして、この債権譲渡が信託法一一条に違反するかどうか
(原告承継人及び参加原告の主張)
参加原告は、平成四年四月三日、原告承継人から被告らに対する本件損害賠償請求権の債権譲渡を受けた。
なお、原告の遺言が、被告宇治市に対する分を含めた損害賠償請求権を原告承継人に相続(遺贈)させる趣旨であることは明らかである。
また、原告の本件訴訟の提起、追行には多くの支援者の援助があったのであり、原告承継人は、そうした経過を踏まえ、支援者に右請求権を与える趣旨で支援者の一人である参加原告にこれを債権譲渡したのであって、訴訟追行の便宜のため信託譲渡したものではなく、これに信託法一一条を適用する余地はない。
(被告らの主張)
原告承継人が原告から承継取得したのは、被告国に対する損害賠償請求権だけで被告宇治市に対する損害賠償請求権を承継していないから、参加原告が原告承継人からその譲渡を受ける余地もない。
また、本件事案の性質からすると、原告の遺言によって訴訟承継をした以上、原告承継人自身が訴訟追行すれば足り、これを更に参加原告に債権譲渡する理由はないはずであり、原告承継人も債権譲渡の事情として、居住地である和歌山市から京都地方裁判所への出廷の不便を挙げていることからみても、右債権譲渡は訴訟追行を主たる目的としてなされたとみるべきであって、信託法一一条に違反するというべきである。
よって、参加原告の参加申立てにも、異議がある。
三証拠<省略>
第三争点に対する判断
一争点1(本件廃止決定の違法性)について
1 本件廃止決定に至る経緯
前記争いがない事実及び証拠(<書証番号略>、証人辻村公伸、同早藤澄子、同赤澤博康、原告本人)によれば、次の各事実が認められる。
(一) 原告は、昭和五五年に妻と協議離婚して以来、単身生活を続け、各地の飯場等を転々としていたが、数年前からは定職を有せず、平成元年二月ころは、宇治市大久保の知人・里中方に寄宿していた。なお、原告は、和歌山市内に居住する実弟・原告承継人以外の親族とは、殆ど音信がなかった。
(二) 原告は、かねて罹患していた糖尿病、肝硬変、高血圧症、閉塞性動脈硬化症が悪化し、入院をしたいと考え、同年二月に、被告宇治市の社会福祉事務所で相談したところ、まず未加入であった国民健康保険に加入することを勧められ、その加入の必要上、同月二〇日、昭和三九年以来「宇治市宇治二番七一番地」のまま転居の届出をしていなかった住民登録につき、知人である島田の住所地である「宇治市五ケ庄寺界路七〇番地」に転居した旨の届出をした。そして、原告は、同年三月一日、里中に付き添われて同病院に入院し、同病院に、連絡先として、里中方(電話番号○○―○○○○)と島田方(××―××××)とを届け出た。
(三) 原告は、入院後、同病院のメディカルソーシャルワーカーである早藤澄子(以下「早藤」という。)の助言を受け、同月六日、福祉部長に対し、生活保護の申請をした。辻村は、この申請を受けて原告に面接して調査したが、住民登録地である島田方には、実際に居住しておらず、また、退院後もそこに戻る余地はないと確認されたことから、居住地がないものとして、宇治病院入院を理由に現在地保護で保護を開始することとし、本件開始決定に至った。そして、保護開始に当たっての処遇方針は、「疾病の治ゆを図る。」とされた。
(四) その後、原告は、宇治病院では治療が困難な眼科治療の必要のため、前記のとおり府大病院に二回転院し、同年一一月一五日に同病院を退院後は、空きベッド待ちのため、里中方に寝泊まりして、宇治病院に通院していた。なお、府大病院退院時に、宇治病院側は、原告をすぐ同病院に入院させられないことを分かっていたが、短期間なら通院治療でも差し支えないとの判断をしたものであった。また、原告は、右入院期間中の同年五月一日、視力障害(視力右0.04、左0.02)のため、京都府から身体障害者手帳(三級)の交付を受けた。
(五) 同月二八日、同病院で早藤に面接した際、ベット待ちで里中方に世話になっていると話したところ、同女から、辻村にその旨報告しておくようにと助言されたため、同月三〇日、保護課を訪問し、辻村に、退院とベット待ちの事情を報告した。その際、原告は、島田方に寝泊まりしていると虚偽の事実を告げ、宇治病院退院後の住居がないので、宇治市内に借家かアパートを借りたいとの希望を述べたが、辻村から、退院後は和歌山市に在住する実弟(原告承継人)方で世話になるべきだと意に反する指導を受け、宇治市内で借家を借りる希望については、具体的に何らの助言も得られなかったことから、辻村に対し、強い不信感を抱いた(なお、原告は、原告がその際に申し出たのは、当時空きベット待ちである期間中に、直ちに借家を世話してもらうことであったと主張するが、この点の原告本人の供述は曖昧でこれを証するものではなく、他にこれを証するに足りる証拠はない。そして、<書証番号略>からも原告自身が当時ベット待ちが長引くとは認識していなかったと窺えることとに照らすと、原告の希望は、前記認定のとおり宇治病院を退院後の住居についての希望の表明であったと認められるのである。)。
(六) その後、辻村は、一時退院に伴う原告の保護内容の変更の必要上、その生活実態や原告の病状等につき、府大病院、宇治病院、島田等の関係者に対する調査を進めた。
辻村は、同年一二月三日、原告がすぐに入院することができなくなった経過等を聞くため、宇治病院に電話したが、医事課長から、原告については早藤が知っているはずだが、自分は事情を知らないとの返事を受けた。次いで、辻村は、同月四日、宇治病院で主治医の岡林医師に面談し、眼科治療のため府大病院に緊急転院させ、治療後、宇治病院に帰院する予定だったが、満床のためすぐ入院させることができなくなったとの事情説明を受けると共に、原告の肺結核の病状につき、喀痰検査の結果が陽性であり、排菌状態であると聞いた(なお、証人辻村公伸は、その際、原告は陽性ではないと聞いたかのように証言するが、喀痰検査で同年一一月二日に「陽性2+、中程度発育」との結果がえられている(<書証番号略>)のであるから、同医師が陽性でないと言うはずがなく、同医師から辻村にも検査結果が陽性であると伝えたと聞いているとの証人早藤澄子の証言に照らしても、証人辻村の右証言部分は信用することができない。)。
(七) また、辻村は、同年一二月五日、他のケースワーカーを介して島田から事情を聴取した結果、退院後は同人方で寝泊まりしているとの原告の報告が虚偽であることを確認した。そこで、辻村は、同日、宇治病院の医事課に電話して、原告の連絡先がどこになっているかを聞いたところ、連絡住所は宇治市五ケ庄寺界道七〇の島田方であり、電話番号は前記二本が届出られているが、昼は不在で午後七時以降連絡が可能との返答を得た。しかし、辻村は、右電話番号の先に電話して、そこが誰の住居であり、原告とどのような関係があるかを調査しようとはせず、また、原告の事情を知っているはずだと聞かされていた早藤に対しても、何ら連絡、照会をしなかった。
(八) 辻村は、同月七日、宇治病院を訪れて、原告に連絡したいからその旨のメモをカルテに添付して欲しいと要請し、同月八日、これを知った原告からの連絡電話を受けた。辻村は、右電話で、原告に対し、島田方に寝泊まりしているとの報告が虚偽であったことは調査で確認済みである、居所を明らかにしない以上は保護を継続することができないから一一月一五日限りで廃止になる、宇治病院での治療については国民健康保険に加入する手続をせよ、と告げた。そして、辻村は、同日、被告宇治市の国民健康保険課に照会し、原告の同保険加入が可能であることを確認した。
(九) 原告は、同月九日、保護課を訪れて辻村に面会し、保護の継続を懇願したが、辻村は、退院後の連絡が遅れたこと、居所を明らかにしないことを挙げて、保護は廃止するしかないと告げた。なお、原告は、その際にも、辻村に対し、住民登録地の島田方ではなぜ保護を継続することができないのかと言って抗議し、里中方に寝泊まりしている事実は言わなかった。そして、同日、本件廃止決定がなされた。
2 本件廃止決定の違法性の有無
前記争いがない事実及び右1で認定した事実に基づき、本件廃止決定が違法であったかどうかについて、判断する。
(一) 「傷病治ゆ」との廃止事由の有無
(1) 生保法二六条、二四条二項は、保護廃止決定は書面をもって行い、かつ同書面には決定の理由を附さなければならないと定めているところ、この趣旨は、廃止決定という重大な不利益処分につき、保護実施機関の判断の適正を確保するとともに、決定を受ける被保護者の不服申立て等の便宜を図ることにあるものと解される。
そうであれば、本件廃止決定についても、決定通知書(<書証番号略>)に記載された理由が「傷病治ゆ」のみであったことを軽く見て、本件廃止決定の違法性の判断を進めることはできないのであり、まず、当時、原告の傷病が保護の廃止の理由になるほどの「治ゆ」状態になっていたかどうかについて、判断を進める。
(2) 本件開始決定は、原告が糖尿病、肝硬変、閉塞性動脈硬化症により入院し、収入、所持金もなく、医療費の支払も困難であったことから要保護性を認められたものであり、疾病の治ゆを図ることが処遇方針とされたのであったから、真実に「傷病治ゆ」となり、療養の必要がなくなって、就労による収入で生計を維持しうる状態になったとすれば、原告が保護を必要しなくなったものとして、生保法二六条一項により、保護廃止決定をすることができるといえる。
(3) しかし、原告は、府大病院退院後、宇治病院に通院して治療していたとはいえ、これは、宇治病院が満床ですぐに入院することができなかったためであり、同病院入院時の疾病が軽快したためではなかったのである。しかも、その後、原告は、肺結核についても排菌状態が確認され、また、視力障害のため身体障害者手帳(三級)を交付されていたのであるから、本件廃止決定当時の原告の傷病については、「治ゆ」とは到底言えず、まして、療養の必要がなくなり、保護を必要としなくなったとは全く言えなかったというべきである。
そして、辻村も、両病院への調査等により、この事実を知っていたのであるから(なお、辻村が宇治病院の主治医から聴取したという「原告は通院治療に耐えられる」との判断は、入院を要する状態であることを前提に、やむを得ず短期間通院治療に切り換えても、病状に重大な影響がないとの趣旨であることが明らかであり、辻村が、この判断を聞いて、原告の病状が軽快したものと誤認する余地はなかったものというべきである。)、福祉部長が、原告の傷病が治癒し、その保護の必要性がなくなったものと誤認するはずはなかったのである。したがって、福祉部長は、原告の傷病が治癒していないことを知りながら、これを理由とする本件廃止決定をしたものとみるほかはない。
(4) したがって、本件廃止決定は、決定書に付記した理由が実体的に欠如していた点で、既に違法である。なお、被告らは、決定書に「傷病治ゆ」と記載したのは、手続上の過誤であるとして、真実の理由は別にあると主張するが、前判示の経過からすると、単なる手続上の過誤により右のような結果が生じるとは考えがたく、もし、別に真実の理由があったとすれば、それを表向き理由としては掲げにくいので、表面上は実体のない「傷病治ゆ」を理由に挙げたのではないかと推測されないではないのである。
(二) 「居住実態不明」との廃止事由の有無
もっとも、本件廃止決定当時、原告の保護を廃止するに足りる理由が現実に存在したとすれば、理由を差し替えることにより本件廃止決定を維持しうるとみる余地がないわけでもなく(もっとも、前記理由付記の立法趣旨からすると、安易に理由の差し替えを認めることには疑問の余地がある。)、また、理由の差し替えが許されないとしても、右違法は手続的な違法に止まり、原告は、実体的には廃止決定を甘受せざるをえない立場にあったことになるから、原告主張の損害と本件廃止決定との間には相当因果関係がないとみる余地もある。
そこで、被告らが真の廃止事由として主張する「居住実態不明」という事由の有無について、まず本項で判断し、次いで、そもそも生保法上、「居住実態不明」ということで保護廃止決定をすることが許容されるのかどうかについて、次項で判断する。
(1) 前判示のとおり、原告は、辻村に対し、退院後、島田方で寝泊まりしていると報告し、調査の結果それが虚偽であると判明したと指摘されてからも、里中方で寝泊まりしているという事実を告げなかったのであり、辻村は、ここから、原告の居住実態が不明であるとして、これを理由とする本件廃止処分に至ったものである。
(2) しかし、辻村は、宇治病院に届出られている原告の連絡先として二本の電話番号は既に把握しており、その一本は里中方の電話番号であったのであるから、僅かの調査により、原告が里中方に寝泊まりしている事実を把握することができたものと推認されるのである。すなわち、
① 宇治病院の回答の資料となった看護日誌には、単に電話番号が記載されていただけではなく、「44―2670里中さん宅(知人)」と記載されていたのであるから、(<書証番号略>)、辻村は、宇治病院から右電話番号が里中方のものであることも聞いたのではないかとも考えられるのであるが、この点については、証人辻村公伸の「電話番号しか聞かなかった」との証言及びこれに沿うケース記録(<書証番号略>)の記載を信じるにしても、宇治病院が電話番号は教えながら、それが里中方であることを殊更に隠そうとしたとは考えがたいのであって、辻村が、同病院に再度確認しさえすれば、この事実を容易に把握することができたはずである。
② また、辻村は、原告の事情については早藤が知っていると宇治病院医事課長から聞いていたのであり、原告に保護申請を助言したのが早藤であることを知っていたのであるから、もし原告の居所を知りたいとする意欲さえあれば、早藤から、原告の事情を聴取することを容易に思いついたはずである(なお、辻村は、一二月七日、原告の連絡を求める伝言を依頼するためには、わざわざ宇治病院を訪問している。)。そして、早藤は、退院後、原告が里中方に寝泊まりしていることを知っており、原告に対し、辻村に連絡するように助言もしていたのであるから、早藤は、辻村から照会さえあれば、原告が里中方で寝泊まりしている事実を教えたはずである。
③ さらに、電話番号の先に直接電話して、原告との関係を聴取することもできたはずである。
(3) そして、原告は、早藤には里中方に寝泊まりしている事実を隠さずに告げていたのであるから、原告が辻村にこれを告げるのをあくまで拒んだのは、辻村との信頼関係が薄かったこと(原告は「辻村に一生懸命に話をしても、それを疑うような応対ばかりされたので、だんだん話すのが億劫になった。」旨、早藤に語っている(証人早藤澄子の証言)。)、辻村が借家についての希望を無視し、また、すぐに保護を廃止すると言明したことへの反発があったことが、原因しているとも見られるのである。その上、前判示の経過からみると、辻村は、島田方に寝泊まりしていないとの事実を確認するや、原告からその居住先を聞き出すことにみるべき努力をしたとは言いがたく(かえって、保護廃止を性急に言明して原告を萎縮させて、口を閉ざさせた。)、むしろ、これを理由に保護を廃止することのみに急であったとみられるのである(しかも、辻村自身が、本件開始決定に当たり、原告は住民登録地である島田方には居住しておらず、退院後もそこに戻る余地がないことを確認していたのであるから、原告が虚偽の報告をした点に問題があったとはいえ、島田方に居住していないこと自体は、直ちに保護廃止に結びつくものでないことは、辻村にとっても明らかだったのである。)。
(4) 以上の事実評価を踏まえて考えるに、生保法六一条は、被保護者に対して居住地の異動等があったときの届出義務を課しているが、一方、同法二五条二項は、「保護の実施機関は、常に、保護者の生活状態を調査し、保護の変更を必要とすると認めるときは、すみやかに、職権をもってその決定を行い」と保護の実施機関側にも職権調査義務を課しているところ、辻村は、右義務に違反して調査を尽くせば容易に把握しうる原告の居住先を把握しないまま、それを理由として保護廃止を急いだものというべきである。したがって、仮に「居住実態不明」という事由が、一般的に保護廃止の事由となりうるとしても、本件廃止決定については、保護廃止事由となるような「居住実態不明」という事実があったとは言いがたく、これが真の理由であったとしても、本件廃止決定は違法である。
(5) なお、被告らは、被保護者のプライバシー保護の観点から、辻村はそれ以上の調査を行わなかったと主張するが、生活保護行政に当たり、被保護者のプライバシーを尊重しようとする態度は正当であるとしても、本件で直接問題になるのは、前述のとおり宇治病院に再度確認すること、早藤から事情を聴取すること、さらには、端的に電話番号の先に電話して原告との関係を聴取することであり、前二者については、プライバシー保護上、辻村が既に行った調査とその程度が異なるとは思われず、後者については、なるほど、原告のプライバシーにかかわる問題が生じるおそれがないわけではないが、プライバシーを尊重しつつ、電話先に事情聴取することが不可能というものではないのであるから、辻村が調査を尽くさなかったことをプライバシーの尊重の点から正当化することはできない。しかも、被告らの主張からすると、原告のプライバシーを尊重するためには、保護の廃止という原告にとって格段に不利益な結果が生じてもやむをえないということになり、それは本末転倒の議論というべきであって、この点からしても、被告らの右主張は採用することができない。その上、原告は保護開始に当たり、宇治市福祉事務所長宛で、保護の実施のため必要があるときは、福祉事務所が、原告の資産及び収入の状況につき、官公署、銀行や雇主その他の関係人に報告を求めることに同意する旨のいわゆる包括同意書(<書証番号略>)を差し入れさせられていたのであり、このようなプライバシーの事前、包括放棄に類するような同意書を徴する取扱の当否は別論として、この包括同意書を前提とする以上、プライバシーの尊重のため、調査を行わなかったとの弁明は著しく失当である。
また、被告らは、被保護者の居住実態の把握についてどれだけの調査を尽くすかは、保護実施機関側の裁量に属するかのごとき主張もするが、前記のとおり職権調査義務があることからするとその裁量論には疑問があり、また、たとえ、調査の程度自体には裁量の余地があるとしても、その調査結果を踏まえて保護を廃止するという重大な不利益処分をする場面においてまで、裁量を理由とする不充分な調査結果を前提とする「不明」がそのまま廃止事由として是認しうるものではないことは明らかである。
(三) 「居住実態不明」が、保護廃止事由になるかどうか
以上のとおり、本件廃止決定の真の理由が「居住実態不明」であったとしても、「居住実態不明」との事実はなかったと評価される点で、既に本件廃止処分は違法であることになる。
しかし、一般的に「居住実態不明」という事実が、そもそも保護廃止の事由となるのかどうかとの点は、本件廃止処分の違法性の程度に影響するものと考えられるから、この点についても、さらに判断する。
(1) 生保法は、憲法二五条の規定する理念に基づき、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、最低生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とするものであり(同法一条)、生活保護が最低限度の生活保障のための最後の手段という性格を有する以上、一旦開始された保護を廃止する決定は、慎重になされるべきことは言うまでもない。
(2) そして、保護廃止決定をなしうる場合として、生保法が明示するのは、同法二六条一項の場合、同法二八条四項の場合及び六二条三項の場合の三つである。すなわち、同法二六条一項は、被保護者が保護を必要としなくなったときは、保護の廃止を決定しなければならない旨を規定するものであり、要保護性の消滅を廃止事由とするものである。これに対し、二八条四項は被保護者が実施機関による立入調査等を拒否した場合について、六二条三項は被保護者が保護実施機関の同法二七条による指導又は指示に従うべき義務等に違反した場合について、いずれも要保護性の有無とは直接には関連なしに保護廃止決定をなしうるものとするものであって、不誠実な被保護者に対する制裁的な廃止決定が許容される場合であるということができる。しかも、二八条四項に関しては、立入調査に際し、保護実施機関の吏員は厚生省令(生活保護法施行規則)に定めるところにより、身分を証する証票を携帯し、請求があった場合にはこれを呈示することが義務づけられているのであり(同条二項)、また六二条三項に関しては、まず、書面によって行った指導又は指示に従わなかった場合に限定され(同法施行規則一八条)、その廃止決定に至る手続としても、あらかじめ、処分しようとする理由、弁明すべき日時、場所を通知した上で、被保護者に弁明の機会を与えねばならないとされているのである(同法六二条四項)。このように制裁的な廃止決定については行政手続的な制約を課した上で、はじめてこれを行えるものとしていることからすると、生保法は、制裁的な保護の廃止は、この二つの場合に限定した趣旨であると解されるのであり、右二つの場合以外に、しかも、行政手続的な制約もないまま、制裁的な廃止決定が許容される場合があると解することはできないといわなければならない。
(3) もっとも、前記二六条一項が要保護性が消滅した場合を保護廃止事由としていることからすると、「保護を必要としなくなった」と明確には認定しがたい場合であっても、それを推定することができる場合等に、同条項を準用して、どの範囲まで保護を廃止することができるかとの解釈問題は生じるといえる。
そして、その場合において、被保護者の届出義務違反等の不誠実な対応が、要保護性の消滅の推定根拠となることはありえようが、要保護性の消滅がないことが確認されるのに、その不誠実な対応を根拠として、要保護性が消滅したものとみなすような解釈は、要保護性の消滅と直接に関連しない制裁的廃止決定につき厳格な要件をもって臨んだ生保法の趣旨に反するものであって、これを許容しうるものではない。
(4) そこで、以上の判断を踏まえ、「居住実態不明」が同法二六条一項による保護廃止の事由となるかどうかについて検討する。
① 保護実施機関にとって被保護者の居住実態が不明であるということは、その生活の実態が分からず、生活実態に即して変化するはずの被保護者の要保護性の有無、程度も分からないことであるから、保護実施機関は、要保護性の有無、程度の変化に応じて適切に行うべき保護の廃止、変更の決定という職権行使が行えない結果となる。そして、被保護者との連絡は可能であるのに、その居住実態が不明であるという場合は、通常、被保護者に届出義務に違反する等の不誠実な対応が原因しているものと考えられる。このように、「居住実態不明」は、保護実施機関にとって、保護の基準及び程度の原則(生保法八条)に応じた保護の廃止、変更の職権行使を妨げる事態であり、しかも、それが被保護者側の不誠実な対応に原因するものであってみれば、保護実施機関に、何らかの対応権限が与えられてしかるべきであるといえないではない。
② しかし、被保護者が居住実態を秘匿しようとするという不誠実な対応自体が、その要保護性が消滅していることを推定させる根拠となる場合はありうるとしても、居住実態が不明であること自体は、直ちに要保護性の消滅の推定根拠になるものではなく(例えば、本件においても、居住実態が不明であったことから、原告の要保護性がなくなっていることを推定する余地は全くなかったのである。)、居住実態不明をもって、要保護性が消滅したとし、あるいはこれに準じる場合であるとして、生保法二六条一項を適用ないし準用するということは、まさに、不誠実な対応に対する制裁として、現実には要保護性があるとしても要保護性がないものとみなすことにほかならないのであって、前記(3)で判示したとおりの理由から、これを許容することはできないといわざるをえない。
③ そして、このように解したとしても、右のような被保護者の不誠実な対応に対しては、生保法二七条に基づき、書面により適切で具体的な指示、指導を行い、これにも従わない場合には、同法六二条四項によりあらかじめ処分しようとする理由を通知して弁明の機会を与えた上で、同条三項により、制裁的な保護廃止決定を適法になしうるのであるから、保護廃止、変更に関する保護実施機関の職権行使を不可能にする解釈であると批判することはできないのである。
④ 以上のとおり、「居住実態不明」は、生保法二六条一項に基づく保護廃止の事由にはならないというべきである。
(5) 次に、被告らは、居住地が明らかであることが生保法二八条一項の立入調査を実施する前提であり、これを秘匿することは、立入調査の拒否に準じるものであるから、被保護者の責による「居住実態不明」は、同条四項の廃止事由に当たると解すべきであると主張する。しかし、右の解釈は、明らかに文理に反するものであり、前記(2)で判示したとおり同条項は特に制裁的廃止を許容した規定として厳格に適用すべきであることからしても、到底採用することができない。
(6) したがって、「居住実態不明」は、生保法上、保護を廃止しうる事由には当たらないというべきである。
3 まとめ
以上の判断結果によれば、本件廃止決定は、その理由とした「傷病治ゆ」という事由がなかったとの点で、まず違法であり、次に、被告らが真の理由であると主張する「居住実態不明」という事由も存在しなかったと評価されるから、この点でも違法があり、さらに、「居住実態不明」という事由自体が、生保法上、保護を廃止しうる事由には当たらないのに、これを理由として廃止してしまったとの点でも違法であるということになるから、その違法性の程度は重いというべきである。その上、前判示の経過からすると、福祉部長は、傷病が治ゆしていないことを知りながら、これを表向きの理由として本件廃止処分をしたのであり、「居住実態不明」との点でも、調査をすれば容易に判明したはずの居所をあえて調査しないまま「居住実態不明」とする辻村の報告を鵜呑みにしたと評価せざるをえないのであって、してみれば、福祉部長には、違法な本件廃止決定を行うについて、きわめて重大な過失があったといわざるをえない。
二争点2(被告宇治市職員のその他の違法行為の有無)について
1 借家斡旋の希望に対する指導、援助の拒否
平成元年一一月三〇日における原告と辻村との応答は、判示のとおりであって、辻村は、退院後には借家を借りて宇治市内に住みたいとの原告の希望に殆ど取り合わず、それに必要な手続等の助言をしなかったものであり、それが原告の反発を招き、原告との信頼関係を損なうことになったのであるから、その言動には穏当を欠くものがあったと評価されるが、原告が直ちに借家確保を申請したものでもないのであるから、これをもって、生保法二七条に違反する違法な行為であるとまでいうことはできない。
2 保護変更決定のおくれ
前判示の経過からすると、右一一月三〇日に原告が保護変更の申請をしたとは評価することができないのであり、変更申請は、本件取消決定後の平成二年一月二九日に、はじめてなされたものである(<書証番号略>、証人辻村公伸、原告本人)。そうであれば、一一月三〇日に変更申請があったことを前提とする原告承継人及び参加原告の主張は、既にこの点で採用することができない。
3 平成二年二月八日の保護廃止決定
本件取消決定により、原告につき、宇治市長を実施機関とする保護と平成元年一二月二〇日に開始された城陽市長を実施機関とする保護とが、同日以降、競合しているという事態が生じたのであるから、この二重保護を解消する必要があったのである。そして、そのためには、早く開始された宇治市長による保護を維持し、後から開始された城陽市長による保護を廃止するのが、法の原則にかなうものと評価されないでもない。しかし、城陽市長による保護が継続されることの前提がある以上、宇治市長による保護の方を廃止したことが直ちに違法であるということはできない。
4 原告に対する保護費支給のおくれ
平成二年一月一七日に本件取消決定がなされ、同年二月二八日、保護変更決定をしながら、平成元年一一月一五日から同年一二月一九日までの保護費は、原告に支給されるに至らず、平成二年五月三一日に、原告の受領拒否を理由に供託されたものである。そして、その間には、原告訴訟代理人(竹下義樹弁護士)と福祉部長側とで、原告が京都府に申立てていた本件廃止決定に対する審査請求の取下問題等を巡って折衝があったのであるが(証人赤澤博康)、原告側が、この間、受領を拒否していたと認めるに足りる証拠はないから、福祉部長が、この間、原告に保護費を支給をしなかったことに正当な理由はないといわざるをえない。ただ、福祉部長側が、前記審査請求を取下げさせるために、あえて保護費の支払いを拒んでいたとも認められないのであってみれば、支給の遅れは、もっぱら、事務手続上の過誤と評価されるのであって、そうであれば、これをもって、国家賠償法による損害賠償請求の対象となるほどの違法行為であるというには足りない。
三争点3(原告の被った損害の内容、程度)について
次いで、福祉部長の違法な本件廃止決定により原告が被った損害の内容、程度について、検討する。
1 本件廃止決定当時、原告は、本来、入院を要する病状のところ、空きベット待ちで通院治療していたのであり、その生計は、もっぱら被告宇治市から支給される生活保護費(入院中を前提とした生活扶助費・月額三万五二〇〇円)だけで食事代も賄っており、三度の食事にも事欠く状態であったのである。(<書証番号略>、原告本人)。
2 そして、平成元年一二月九日に、何らの収入の見通しもないまま、突然、同年一一月一五日に遡って保護を廃止する旨の本件廃止決定を受けたのであるから、その時点で、生計の維持及び病気療養の見通しを失って感じたであろう原告の不安、心労の大きさは、容易に推認しうるところであり、このような精神的損害を軽く見ることはできない。また、その心労が原告の病状にも何らかの影響したのではないかと推測する余地もないではないが、その影響の有無、程度を具体的に証する証拠はないから、この点も、精神的損害の一部として評価するのが相当である。
3 他方、原告は、その後まもく、肺結核のため城陽市に所在する南京都病院に入院する運びとなり、同年一二月二〇日には城陽市長から保護開始決定を受けたのであり、また、原告の同年一一月分の保護費は同月五日ころ支給済みであった(<書証番号略>)のであるから、原告が、現実に右のような不安な状態におかれていたのは、おおむね本件廃止決定から城陽市長の保護開始決定までの一〇日余りということになる。
4 そして、福祉部長が違法に本件廃止決定をしたことについては、原告が里中方で寝泊まりしている事実を告げなかったことがきっかけになっているのであり、これには原告側にも言い分はあろうが、精神的損害による慰謝料を算定するについては、この点も斟酌すべきである。
5 本件廃止決定の違法性が重く、しかも、これを行うにつき、福祉部長にはきわめて重大な過失があったことを踏まえ、前記2ないし4の各事情を勘案するときは、本件廃止処分により原告が被った精神的損害に対する慰謝料は、金三〇万円をもって相当というべきである。
四争点4(原告承継人、参加原告間の債権譲渡及びその効力)について
1 証拠(<書証番号略>)によれば、原告承継人は、平成四年四月三日、参加原告に対し、原告が本件訴訟において被告らに請求していた国家賠償請求権を債権譲渡したことが認められる。
2 なお、原告承継人、参加原告連名のその報告書(<書証番号略>)には、債権譲渡の事情として、「私(原告承継人)は和歌山から京都に出ていくこともできませんから、権利を大野さん(参加原告)に譲り渡します。」旨の記載があるが、その趣旨は、原告承継人は、兄である原告の遺言で権利を承継したが、裁判を追行するほどの意思がないから、債権自体を完全に参加原告に譲り渡すという趣旨であることは明らかであり、これを、訴訟追行による最終的利益を自己に帰属させるとの前提で、参加原告をして訴訟追行をさせる便宜のために、信託的に債権譲渡をする趣旨であると解する余地はないから、この債権譲渡が信託法一一条に違反するという被告らの主張は採用することができず、したがって、これを理由とする参加原告の当事者参加申立てに対する被告らの異議も、理由がない。
五結論
1 以上のとおり、福祉部長のした違法な本件廃止処分により、原告は慰謝料三〇万円に相当する精神的な損害を受けたことになるが、生活保護の実施は、被告国の機関委任事務であり、被告国(主務大臣厚生大臣)は、被告宇治市の市長及びこれから委任を受けた福祉部長が保護実施権限を適正に行使するように指揮、監督する立場にあるから、その権限行使に当たり福祉部長が行った違法行為について、国家賠償法一条により、賠償の責に任ずべきである。また、被告宇治市は、福祉部長に給与を支払い、所要の経費を負担していたことが明らかであるから、福祉部長が行った違法行為について、同法三条一項により責に任ずべきである。
2 したがって、原告の被告らに対する損害賠償請求は、その請求債権を参加原告に譲渡したのであるから理由がなく棄却すべきであり、参加原告の被告らに対する請求は、連帯して損害賠償金三〇万円の支払いを求める限度で理由があるから認容すべきであるが、その余は理由がないから棄却すべきであり、参加原告の原告承継人に対する損害賠償請求権の確認請求は、理由があるから認容すべきである。
3 よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言及びその免脱宣言につき同法一九六条一項、三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官小林克已 裁判官角田正紀 裁判官三上正彦)