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京都地方裁判所 平成5年(ワ)1921号 判決 1994年6月28日

反訴原告

高垣千代子

反訴被告

三井海上火災保険株式会社

主文

一  被告は原告に対し金二八万円及びこれに対する平成五年七月二四日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する平成二年一二月六日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自損事故により傷害を負つたとする、普通乗用自動車の搭乗者である原告が、運転者が契約している自家用自動車保険契約の自損事故条項及び搭乗者傷害条項中の搭乗者後遺障害保険条項に基づき、契約保険会社である被告に対し後遺障害保険金の支払いを請求した事件である。

第三争いのない事実

一  交通事故の発生(以下、本件事故という。)

1  日時 平成二年一二月六日午後一一時〇分ころ

2  場所 京都市右京区太秦垣内町六番地付近路上(三条通)

3  事故車 訴外高垣清隆(以下、訴外高垣という。)が運転し、原告が助手席に同乗していた普通乗用自動車(京三三ろ一九六七、以下「事故車」という。)

4  事故態様 事故車が道路脇の電柱に接触した。

二  保険契約

被告と訴外高垣は次のとおりの保険契約を締結していた。

契約日 平成二年一月一〇日

保険者 被告

保険契約者 訴外高垣

保険契約名 自家用自動車保険

証券番号 〇一八五一九七三五六

被保険自動車 事故車

そして、自損事故の搭乗者傷害の医療保険金は、限度額一〇〇〇万円であり、同後遺障害保険金は、保険金支給割合が後遺障害一二級については右限度額の一〇パーセント、後遺障害一四級については右限度額の四パーセントである。

第四争点

原告の後遺障害と本件事故との因果関係の有無及びその程度。

一  原告の主張

原告は、本件事故によつて、腰椎捻挫の傷害を負い、腰痛、左大腿外側痛のため、平成二年一二月一〇日から同月一七日まで八日間大羽病院に通院し、同月一八日から平成三年六月一七日まで一八三日間同病院及び高雄病院に入院し、続いて高雄病院及び丸太町病院に通院してそれぞれ治療を受けた。

平成四年一月二九日に原告の腰痛、頸痛の症状は固定したが、本件事故による後遺症として、骨粗鬆症、骨棘形成、第二ないし第五腰椎の脊柱管狭窄及び腰部傍脊柱筋・両座骨神経圧痛が認められる。

二  被告の主張

本件事故は軽微な事故で、原告が受けた衝撃は比較的軽微なものであつた上、原告の症状は経年性の変形性腰椎症に起因するもので、原告には本件事故と相当因果関係のある後遺障害は発生してはいない。

第五争点に対する判断

一  原告の後遺障害と本件事故との因果関係

1  証拠(甲一ないし一六、乙一ないし三、原告本人)によると、以下の事実が認められる。

(一) 訴外高垣は、事故車を運転し、本件事故現場付近の三条通を時速約五〇キロメートルで東に進行中(原告はシートベルトをしていなかつた。)、たばこを吸うためにシガーライターの方に目をやつたところ、事故車がやや進路左側によつたため、道路脇の電柱に事故車の左側面部(フエンダー部分)及び左ドアミラーが接触し擦過痕が生じた。訴外高垣は、接触による衝撃に驚いてとつさにブレーキを踏むとともに、ハンドルを右に切り、更に道路右側の民家に衝突するのを避けるため、ハンドルを左に切り、電柱に衝突した地点から約二六・〇メートル進行して停止した。原告は、右電柱衝突後の停止措置により体が前に傾いた後に右の方に振られ、運転席の訴外高垣の体に当たつた。

(二) 原告(本件事故当時七〇歳)は、本件事故当日は特に異常はなかつたが、翌日腰と右肩に痛みを覚え、事故の約三日後である平成二年一二月一〇日に腰痛がひどくなつたため、大羽病院に行つた。原告は腰痛を訴えたが、診察によると、腰椎に硬直はなく、棘突起の圧痛は無く、膝蓋腱反射及び足関節の底屈背屈筋力にほぼ左右差なく、下肢の知覚鈍麻なく、ラセーグ徴候は左七〇度陽性で、上臀神経部の圧痛が両側に見られた。また同日撮影された腰椎のX線写真によると、各椎体は骨粗鬆症状態であること、第一ないし四腰椎には骨棘形成が見られ変形性腰椎症を来していること、第四・五腰椎椎間のずれが認められた。治療としては消炎鎮痛剤の筋肉注射、消炎鎮痛剤の投薬及び湿布剤が処方された。

原告は、七日後の同月一七日に同病院で再診を受け、腰痛、左大腿外側痛を訴え、治療としては、同月一〇日と同様の筋肉注射及び投薬が処方されたが、翌同月一八日から同病院に入院して治療を受けることになつた。

原告の入院中の治療内容は、通院中と同様の筋肉注射及び投薬が処方された。同月二〇日に実施された腰部CT検査の結果、第四・第五腰椎椎間板ヘルニアの疑いがもたれたが、平成三年一月二日等においてはラセーグ徴候左九〇度と神経症状は改善した。その後、同年四月一日まで同病院で入院治療が続けられたが、治療としては、同様の筋肉注射及び投薬が処方されるのみで、硬膜外ブロツク注射や座骨神経ブロツク注射等は行われていない。

(三) 原告は、平成三年四月二日から同年六月一七日まで高雄病院に入院して治療を受けたが、原告は腰痛及び頸痛を訴え、治療としては、針治療及び経口薬・座薬・湿布剤等の投薬を行うのみであつた。

(四) 原告は、平成四年八月一一日、国立療養所宇多野病院で後遺障害の診断を受け、腰部については、前記のような骨粗鬆症、骨棘形成のほか、MRI検査の結果第二ないし五腰椎の脊柱管狭窄が認められ、また腰部傍脊柱筋・両座骨神経圧痛が認められた。そして、平成五年三月ころ、原告は、自賠責保険により自賠責法施行令二条別表第一二級相当の後遺障害の認定を受けた。

2  右事実に基づいて原告の後遺障害と本件事故との因果関係の有無及びその程度について検討する。

(一) 本件事故は、前認定のように、事故車が時速五〇キロメートルの速度で進行中、道路脇の電柱に左側面部等が接触したため、訴外高垣が急制動措置等を講じた際に、急制動による衝撃により、シートベルトをせずに助手席に同乗していた原告は体が前方及び右側に振られたというに過ぎないもので、事故車に擦過痕が生じたという軽微な事故であつた。

そして、原告は、本件事故前には、訴外ニツト・フアツシヨンスクールにおいて賜い婦として働いていたのであり、事故前までは、腰部傍脊柱筋・両座骨神経圧痛、両膝関節痛、両足底しびれ感のいずれも無かつた(原告)のであるから、原告は、本件事故によつて、少なくとも腰椎捻挫の傷害を負い、その症状は、遅くとも平成四年一月二九日には固定し、自覚症状として、腰部傍脊柱筋・両座骨神経圧痛の他、両膝関節痛、両足底しびれ感があるとの後遺障害を残したもの(甲一、二、一四、原告)と認めることができる。

(二) しかしながら、国立療養所宇多野病院において、認定を受けた後遺障害のうち、腰部骨粗鬆症、第一ないし四腰椎骨棘形成については、平成二年一二月一〇日の大羽病院での診察時には、既に発症していたものである。そして、本件事故が、器質的な問題として、右症状を悪化させたことを認定するに足りる証拠はなく、本件事故が、原告の事故前から潜在的に存した右症状を顕在化させるなどにより増悪化させたことは認定できるとしても、症状の器質的な悪化まで及ぼしたものとは認め難い(甲八ないし一〇の各一、二)。

よつて、原告に、右症状の後遺障害が残存したことの原因としては、本件事故による傷害の他に、本件事故以前から原告が既に保有していた腰椎の経年性(退行変性)による変形性脊椎症の存在したという原告の事情によることも否定しがたく、結局、後遺障害の右症状は、本件事故による傷害と右事故によつて顕在化した右既往症とが競合して生じたものというべきである。

(三) そして、原告が本件事故によつて受けた傷害及び後遺障害は、右既往症の存在によつて因果関係が否定されるとまでは言い難いが、右既往症の存在による病状の増悪化が損害の拡大に寄与している本件のような場合には、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所が損害賠償額を定めるに当り、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、右既往症の存在等を斟酌できるものと解するのが相当である。

しかして、経年性による腰椎の変化等は通常の加齢の者にも存することが多く、むしろ、老齢であつていわゆる何らかの老化現象の存しない者は存しないといつても過言ではなく、若年者の場合も何らかの症状を呈する者もあり、この事実を念頭におくと経年性の腰椎の変化の寄与度を特段に高く評価すべきではない。本件において事故の態様、傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害及び既往症の内容、程度、両者の関連性等の諸事情を総合勘案すると、原告の損害発生に対する既往症による病状の増悪化の寄与度は、三〇パーセントと認めるのが相当である。

(四) なお、原告は、原告の後遺障害の程度について、骨粗鬆症、骨棘形成や、第二ないし五脊柱管狭窄等を併せて、自賠法施行令二条所定後遺障害別等級表一二級に相当すると主張しているけれども、右認定事実によると、原告の後遺障害は局部に神経症状を残す程度である(自賠法施行令二条所定後遺障害別等級表一四級一〇号)と認めるのが相当である。

第六保険金額

一  原告の後遺障害の程度は、自賠法施行令二条所定後遺障害別等級表一四級に該当し、搭乗者傷害保険金額一〇〇〇万円の四パーセントが搭乗者に対する後遺症障害保険金額であるから、保険金額は四〇万円となる。

二  そして、前記のとおり、原告の体質的素因(既往症)の存在による病状の増悪化を考慮し、右保険金額四〇万円から三〇パーセントを控除すると、原告が被告に請求できる保険金額は、二八万円となる。

第七結論

以上のとおりであるから、原告の請求は、保険金二八万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成五年七月二四日から支払済みまで商事法定利息年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して(仮執行免脱宣言は相当でないからこれを付さないこととする。)、主文の通り判決する。

(裁判官 小北陽三)

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