大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成5年(ワ)2793号 判決 1994年11月14日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求原因1ないし3は、請求原因2(四)記載の文言の解釈を除き、当事者間に争いがない。《証拠略》によりこれを認めることができる。

二  そこで、本件土地売買の経緯について検討する。

1  《証拠略》によると、以下の事実を認めることができる。

(一)  被告は、平成四年二月ころから、特別積合貨物運送によるターミナル建設のための用地を探していたところ、訴外株式会社デイムの担当者である井出毅志の斡旋により、本件土地を所有する原告との間で商談に入つた。被告側の担当者は、関西支社営業部長の森下武であり、原告側は企画営業部長である森内朋史であつた。

(二)  平成四年八月二八日、原告は四三億四八三八万円の売却代金を提示しておおよその合意に至り、同年一一月一六日付けで国土法の届け出を久御山町に行い、同年一二月一八日、不勧告通知を得た。

(三)  原告と被告は、同年一〇月の初めころから、契約内容の打合せをデイムを通じて行つていたが、同年一二月二三日、契約書の最終原案が成立した。そして、右最終原案に対して、被告より、第二条第一項記載の面積を公簿面積から実測面積に変更するよう要請があつた。但し、契約書原案一三条(請求原因2(四)の条項)には手は加えられず、同条項の解釈についても何ら言及されなかつた。

(四)  契約の締結は、同月二五日に被告関西支社において行われたが、被告より、第一一条第五項に対しても訂正の申し入れがあり、原告はこれを了解した。この際にも、同契約書一三条の規定に特別土地保有税(税有分)が含まれるかどうかについては言及がなかつた。

(五)  平成五年三月二二日ころ、原告は、固定資産税及び特別土地保有税(保有分)に関する「公租公課のあん分計算書」を作成し、固定資産税・都市計画税公課証明書及び特別土地保有税(保有分)に関する納税証明請求書を添付して、被告宛に送付した。

(六)  被告の森下部長は、右「公租公課のあん分計算書」を受領後、支払いの要否及び支払方法につき被告本社の財務部に照会した。これに対し、本社財務部は、固定資産税については三期分を一度に支払うのではなく一期分ずつ支払う旨及び特別土地保有税(保有分)については支払う義務がない旨の回答があつた。そこで、森下部長はデイムを通じその趣旨を原告に伝えた。

(七)  平成五年三月二三日ころ、売買の境界確認が行われた。ところが売買する土地に、本来被告として必要のない水路部分が含まれていたため、被告側は、右水路部分は買い取れない旨主張し、交渉の結果、同月二六日、坪単価五〇万円の購入予定地の価格を、水路部分については、二〇万円に減額することで合意が成立した。

(八)  同月三一日、被告代理人事務所において、本件売買の決済が行われた。その場においても、原告側より、特別土地保有税(保有分)を一部分担してもらいたい旨の要求がなされたが、被告側はこれを拒否した。そこで、とりあえず、水路部分の精算は除外し、特別土地保有税(保有分)についても留保の上、決済を行うこととし、デイムの提案により、被告が特別土地保有税の非課税業者であるか否か、特別土地保有税(保有分)について原告が還付を受けられるか否かについて、原被告担当者らが久御山町役場に赴いて問い合わせることにした。

(九)  同年五月二〇日、原被告担当者及びデイムの井出において、久御山町役場に行つたが、明確な回答は得られなかつた。

(一〇)  同年九月二二日、水路部分の最終決済が行われ、確認書が取り交わされたが、特別土地保有税(保有分)については、未解決のまま、本件訴訟に至つた。

2  被告は、抗弁として、「原告と被告は、平成五年三月三一日、原告に課税されることのある『特別土地保有税』の一部を被告に負担しない旨合意した。」あるいは、「原告と被告は、平成五年九月二二日、残代金の授受をもつて取引の完了を確認する旨の確認書をとりかわし、これにより被告は原告に課税されることのある『特別土地保有税』の支払義務を負担しない旨確認した。」旨主張するが、右1において認定した事実関係によれば、原告は、平成五年三月二二日付の「公租公課のあん分計算書」の送付以来、一貫して特別土地保有税(保有分)の分担を要求しており、被告はこれを拒否していることが認められるのであるから、原告・被告間に特別土地保有税(保有分)について、これを被告が負担しない旨の合意が成立したことを認めることはできない。

他方、証人森内朋史は、本件売買契約書締結前から、契約書一三条の「公租公課」には特別土地保有税(保有分)が含まれる旨仲介業者デイムに説明していた旨証言するが、《証拠略》に照らし、採用できない。

三  そうすると、被告が、原告に対して課された本件土地に対する平成五年年度分の特別土地保有税の一部を分担すべきか否かは、当事者間に明確な合意が存在していることを認めることができないので、この問題に対する結論は、本件売買契約書第一三条の合理的解釈によるほかはないこととなる。

1  ところで、本件売買契約書第一三条の規定は、請求原因2(四)記載のとおり、単に「公租公課」とのみ規定され、右の公租公課に特別土地保有税が含まれるか否か明確な定義規定はない。

2  一般に「公租公課」とは、「国又は公共団体により賦課される公の負担の総称。大体において公租は国税及び地方税を意味し、公課は租税以外の公の金銭負担、例えば負担金、分担金、使用料、手数料、公共組合の組合費等を指す。」とされているところ、特別土地保有税は課税主体が市町村である地方税である(地方税法五条)から、右公租公課には特別土地保有税が含まれているようにみえる。

3  しかしながら、以下の点に照らすと、本件土地売買契約書一三条の規定に特別土地保有税が含まれると解するべきではない。

(一)  不動産取引において、「公租公課」とは一般に固定資産税・都市計画税をさすものとして表現され、所有権移転登記完了の時点でその負担を分担するのが一般的であり、不動産取引の定型書式においても右のような記載がされている。従つて、不動産売買契約書において「公租公課」と表現されているからといつて、当然にこれに特別土地保有税が含まれるという慣行ないし認識が一般に存在するものと認めることはできない。

(二)  特別土地保有税は、昭和四四年度の税制改正において導入された個人の保有土地に係る短期譲渡所得の分離重課制度と車の両輪をなすものとして昭和四八年度に創設されたものであり、その基本的な考え方は、土地の保有に伴う管理費用を増大させることにより、土地の投機的取得を抑制し、あわせて土地の供給の促進を図ることにより、有効な利用、地価の安定を図るという政策目的を有するものである。

(自治省税務局固定資産税課編 実務必携特別土地保有税(ぎようせい)一頁、注解不動産法10 不動産関係税法{2}--地方税-- 三六七頁)

(三)  特別土地保有税と固定資産税は、課税主体がいずれも市町村であり、税率が保有分については一〇〇分の一・四と同一で(地方税法五九四条)、税額の算出にあたり固定資産税相当額が控除される(同法五九六条)など、共通の点も見られる。

しかしながら、特別土地保有税が右(一)記載の政策目的を有することから、以下の点において固定資産税とは性格を異にしている。

(1) 特別土地保有税は、保有分課税について、保有期間が一〇年を超える土地を課税対象外とすることとされ(同法五八五条)、また、恒久的な建物等の用に供する土地に対しては免除制度が設けられている(同法六〇三条の二)など、投機目的でない土地の保有に対しては課税客体から除外している。この点において、課税客体が普遍的に存在するという特色を有する固定資産税とは異なつている。

(2) また、課税標準は、土地の「取得価額」とされ(同法五九三条)、納税義務者も、土地の所有者及び取得者である(同法五八五条一項)。固定資産税においては、登記名義人課税の定めがなされているが(同法三四三条)、特別土地保有税にはこうした定めがなく、あくまで、真の所有者、取得者が納税義務者となる。このように異なつた規定となつたのは、土地の投機的取引を抑制し、宅地の供給を促進するという政策目的を達成するためであると解される。

(四)  特別土地保有税の保有分に対する課税において、当該土地が非課税土地に該当するかどうかの判定は「申告すべき日の属する年の一月一日の現況による」(同法五八七条四項)ものとされているので、課税されるかどうかは一月一日時点における当該土地の所有者が当該土地をどのように利用しているかにかかつているところ、年度途中において当該土地を譲り受けた者が非課税の用途として利用することを予定する者である場合、売主がたまたま一月一日において当該土地を有効に利用していないことを理由として特別土地保有税の分担を求められるのは、買主にとつて酷であり、かつ、不意打ちの可能性もある。(この点、土地の評価額が年間を通じて不変であり、これに対して一定率で課税される固定資産税と異なる。)

(五)  また、特別土地保有税が前記(二)記載の政策目的を有している税制度であることを考えると、固定資産税に加えて特別土地保有税の保有分を課される納税義務者は、一月一日の段階で土地の有効利用を行つていない者が対象となるべきであり、これを有効な土地利用を行うことを予定している買主に対し分担させることは、特別土地保有税の政策目的を減殺することとなる。

(六)  さらに、有効な土地利用を行わずに土地を購入する者に対しては、取得分の特別土地保有税が課税されることが予定されており、この点からも、特別土地保有税の保有分について買主に負担させる合理的理由は存しない。

四  よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鬼沢友直)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例