大判例

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京都地方裁判所 平成5年(ワ)531号 判決 1994年7月21日

原告

新京都信販株式会社

右代表者代表取締役

松本睦己

右訴訟代理人弁護士

杉島元

杉島勇

被告

長谷川源次郎

<外五名>

右被告ら訴訟代理人弁護士

中島俊則

主文

一  被告長谷川源次郎は、原告に対し、三三〇万円及びこれに対する平成五年三月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告長谷川源次郎の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一項と同旨

2  被告長谷川文子、同長谷川正元、同青野弘子、同松浦三重子並びに同岩並陽子は、原告に対し、それぞれ被告長谷川源次郎と連帯して三三万円及びこれに対する、被告長谷川文子及び同長谷川正元につき平成五年三月一四日から、同青野弘子につき同月一九日から、同松浦三重子につき同月一七日から、同岩並陽子につき同月一三日から、いずれも支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)の存する同目録二記載の土地(以下「本件土地」という。)の地代(月額三〇万円)のうち平成四年一月分から同年一一月分までの分として、計三三〇万円をそのころ京都地方法務局に供託した。

2  被告らは、右供託金(以下「本件供託金」という。)につき、賃料として払渡の手続を取った。

3  被告らは、本件供託金につき受領権限がなく、しかも被告らは、そのことを知悉していた。

4  亡長谷川なみは平成四年六月二八日死亡し、被告長谷川文子、同長谷川正元、同青野弘子、同松浦三重子及び同岩並陽子は亡長谷川なみの相続人である。

5  よって、原告は、不当利得返還請求権に基づき、被告長谷川源次郎(以下「被告源次郎」という。)に対し右払渡金合計三三〇万円及びこれに対する同請求権発生日以後の日(本件訴状送達日の翌日)である平成五年三月一四日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、同長谷川文子、同長谷川正元、同青野弘子、同松浦三重子及び同岩並陽子に対しそれぞれ同源次郎と連帯して三三万円及びこれに対する本件訴状の右各被告への送達日の翌日(被告長谷川文子及び同長谷川正元については平成五年三月一四日、同青野弘子については同月一九日、同松浦三重子については同月一七日、同岩並陽子については同月一三日)から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は、被告源次郎については認めるが、同被告を除く他の被告らについては否認する。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の事実は認める

5  同5の事実は争う。

三  抗弁(相殺)(被告源次郎)

本件土地は破産者ワタナベ自動車株式会社(以下「ワタナベ」という。)が賃借していたものであり、被告源次郎は、同社破産管財人稲村五男弁護士に対し、平成三年一〇月三〇日本件建物の収去等を申し入れ、右建物の収去は容易になされる予定であった。ところが、原告は渡邊登(以下「渡邊」という。)と協力し、同土地の借地人は渡邊であると主張し、本件供託をするなどして争ったため、被告らは右土地につき渡邊を被告として建物収去土地明渡請求訴訟を提起せざるを得なくなり、同訴訟の請求認容判決の確定した同五年一月二九日まで右建物の収去等に着手できず、右土地の使用収益を妨げられ、その間少なくとも一か月当り三〇万円以上、合計三三〇万円以上の損害を被った。これは、原告の被告源次郎に対する不法行為に該当するので、同被告は、原告に対し、右不法行為に基づく損害賠償請求権と本件不当利得返還請求権とを対当額において相殺する。

四  抗弁に対する認容

抗弁事実は否認する。

第三  証拠

証拠については本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1及び4の各事実については、当事者間に争いがない。

2  請求原因2の事実については、原告と被告源次郎の間では争いがない。原告は、同被告を除く他の被告らも本件供託金の払い渡し手続を取った旨主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

3  そこで、被告源次郎が本件供託金の払い戻し手続を取ったことにつき、「法律上ノ原因」の有無及び、仮にこれがないとすればそれを同被告が知っていたかについて判断するに、まず、いずれも成立に争いのない甲第一ないし第三号証、乙第一、二号証、弁論の全趣旨を総合すれば、争いのない事実を含め、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、本件土地上に存する渡邊所有の本件建物につき抵当権(以下「本件抵当権」という。)を有する(争いがない)。

(二)  平成四年一月ころワタナベは倒産した(争いがない)。

(三)  被告は本件土地の賃貸借契約はワタナベを賃借人とするものであり、かつ、同契約は期間満了により終了したことを主張して、右建物の収去及び本件土地の明渡を申し入れたが、渡邊は自己が賃借人であることを主張してこれを拒んだ(争いがない)。

(四)  しかるに渡邊の当該地代の支払は滞りがちであったため、原告は京都地方裁判所に対し本件土地の地代代払の許可を申し立て、平成四年二月一四日同許可決定がなされた(許可については争いがない)。

(五)  原告は、右許可決定に基づき、同年一月分から同年一一月分まで右地代合計三三〇万円を供託した(争いがない)。

(六)  被告は、渡邊に対し、右建物の収去と本件土地の明渡を求めて訴を提起し、原告は右訴訟に補助参加した(争いがない)。

(七)  平成五年一月一二日、右請求の認容判決が言い渡され確定した(争いがない)。

4(一)  まず、本件供託の性質につき検討してみるに、本件抵当権は本件建物の存在を前提とするところ、渡邊に本件土地の占有権限が認められなければ本件建物は本件土地に合法的に存在することができず早晩除却されるべきことになるのである。そうだとすれば、原告の本件代払許可決定に基づく供託も、とりあえず誰かの賃料を代払するという漠然とした性質のものではなく、自己の本件抵当権維持のために、同抵当権の存立に不可欠の前提である渡邊の借地権を維持するための借地料としてのみその意義があり、本件においても原告がかかる効果を生じさせる意思で本件供託をなしていたことは明らかであって、甲第四号証の供託書の備考欄の記載からもこのことは十分裏付けられる。

被告らは、原告がいずれにせよ被告源次郎に賃料を支払わねばならなかった旨主張するが、右の意義に鑑みれば原告が渡邊以外の者のために賃料を支払う意思を有しなかったことは明らかであって、右代払(供託)はまさに渡邊のためになされたものというべきである。

(二) ところで、被告源次郎は、本件供託金につき払い渡し手続をとっているが、右確定判決によれば、渡邊は本件土地の不法占有者となるから、被告源次郎は、渡邊の占有により損害を受けているということができ、渡邊に対し本件土地の不法占有に基づく損害賠償請求権を取得していると解される。そうすると、同被告が右払渡手続をとったことには右請求権の履行という法律上の原因があるとも思われる。

しかしながら、仮にかかる請求権が成立するにしても、これは渡邊に対する対人的請求権である。しかるに本件供託において実際に金員を出捐したのは原告であり、供託者が原告であること、渡邊の賃料支払が滞りがちであったことに鑑みても同人が右出捐に関し不介在であったことは明らかである。してみれば、仮に右の請求権を取得しているとしても、そのような対人的請求権をもって、出捐者が原告であり、供託事由において代払賃料としてなされた供託である旨明示されている本件供託金を損害金名目で受領する権限は同被告には存しないというべきである。

この点、一般に、土地賃貸借契約が適法に解除されたにもかかわらず右土地の占有を継続する賃借人が賃料債務の弁済として右相当額を相当期間供託したのに対し賃貸人が右供託金を受領したとしても、その受領の都度賃借人に対し賃料相当損害金として受領する旨通告した場合には、先にした契約解除の意思表示を撤回したと認めることができないと解されていることは被告ら指摘のとおりである。しかし、まず、右受領によって賃料相当損害金の弁済の効力が生ずるか否かは別に論じられるべきことがらであるうえ、民事執行手続上の代払賃料であることが明らか(甲第四号証の各証、乙第四号証の一、二参照)な本件において、被告源次郎が本件供託金を賃料相当損害金として受領する旨原告や渡邊に通告していたとしても、これによって原告と同被告との間で同被告に右受領権限が生ずると解することはできない。

(三)  なお、被告らは、原告が本件供託金の返還を被告源次郎に求めえない理由として、民事執行法の共益費用の負担、あるいは民法上の非債弁済を主張するので、念のためこれらにつき検討する。

(1) まず、民事執行法によれば、差押債権者が地代代払許可決定に基づき代払した地代は共益費用となる(同法五六条二項による同法五五条八項の準用)。そして、被告らの主張のとおり、競売がその目的を達せず終了した場合、共益費用はその出捐者が負担すべきともいいうるから、原告の競売が右確定判決(及びその執行)によりその目的を達せずに終了したと認められる本件においては、代払地代である本件供託金の出捐による金銭的損害は出捐者たる原告が負担すべきであるかにもみえる。

ところで、民事執行手続における共益費用とは、同手続において全債権者の利益となる性質の経費を、執行手続内で確実に求償できるようにすることによって、これを利益を受ける者全体の負担に帰せしめるという趣旨を有するものであり、同条もかかる趣旨に基づいて規定されたものである。そうだとすれば、共益費用とは、民事執行手続において、債権者間の実質的な費用分担を定める趣旨を有するものにとどまり、ある費用が共益費用になるからといって、これを出捐した債権者の第三者に対する債権が消滅すると直ちに結論することはできない(かかる積極的意義を推認させる明文の規定も皆無である)。すなわち、共益費用に関する同法上の規定は、原告と本件建物の競売手続上債権者ではなく単なる第三者に過ぎない被告源次郎との権利関係を律するものではないというべきである。

(2) 次に、被告らは、原告が本件土地の賃借人は渡邊ではないことを知りつつ、渡邊の賃料として代払・供託をしたのであるから、民法七〇五条の非債弁済として原告はその返還を求めえない旨主張するが、原告は右3(六)の事実のとおり、渡邊が賃借人であることを主張して争っていたのであり、また後記において抗弁事実が認められないのと同様、渡邊の賃料債務がないこと(渡邊が真の賃借人ではないこと)を知っていたとは認められない。

(3) したがって、被告らの右主張はいずれも採用できない。

5  さらに、請求原因1に争いのないことから明らかなように、被告源次郎は供託者が原告であることを知っていたのであるから、本件供託金を受領する立場にないことを知っていたか、あるいはこれを安易に知りえたというべきである。(なお、重過失は悪意と同視されるものと解される、最高裁判所昭和四九年九月二六日判決、民集二八巻六号一二四三頁参照)。

6  そうすると、結局本件においては、被告源次郎は、本件供託金合計三三〇万円につき、受領権限という法律上の原因がないにもかかわらず、右受領権限なきことを知っているか、または少なくとも知らないことにつき重過失で払渡を受けたことにより利得を得、他方、原告は、右払渡によって、本件供託金を取り戻せなくなり、その出捐額と同額の財産的損害を被ったものというべきである。

二  抗弁(相殺)について

被告源次郎の相殺の抗弁については、いずれも成立に争いのない甲第三号証及び第六号証の内容に照らし、原告に同被告主張のような過失を認めることはできず、他に同被告がその主張のような自働債権を原告に対して取得したことを認めるに足りる証拠はない。

三  結論

以上の事実によれば、本訴請求は被告源次郎に対して不当利得金三三〇万円及びこれに対する右不当利得金返還請求権発生日以後の日であり、かつ本訴訴状送達の日の翌日である平成五年三月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容することとし、原告のその余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、本件の事案と結論にかんがみ、民事訴訟法八九条、九二条ただし書、九三条一項ただし書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項、同三項をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言の申立てについては、その必要がないものと認めこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官橋本一)

別紙物件目録<省略>

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