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京都地方裁判所 平成5年(行ウ)16号 判決 2001年12月28日

①ないし③事件原告

(以下「原告」と表示する。)

原告訴訟代理人弁護士

山下潔

秋田真志

高田良爾

同(①及び②事件のみ)

森下弘

同(①事件のみ)

金子武嗣

①ないし③事件被告

(以下「被告」と表示する。)

中京税務署長 西川孝敏

被告指定代理人

天野智子

鴫谷卓郎

上野勝明

岩田千香子

衛藤弘正

宮田恭裕

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

1  ①事件

被告が昭和63年7月8日付でした原告の昭和61年分所得税の更正処分及びこれに係る過少申告加算税賦課決定処分(ただし、昭和63年12月19日付異議決定により一部取り消された後のもの)のうち総所得金額1707万9451円、分離課税の事業所得の金額0円を超える部分を取り消す。

2  ②事件

(1)  被告が平成3年3月8日付で原告の昭和62年分所得税についてした再更正(ただし、平成5年11月16日付審査裁決により一部取り消された後のもの)のうち総所得金額2214万1013円、分離課税の事業所得の金額0円を超える部分を取り消す。

(2)  被告が平成2年3月9日付及び平成3年3月8日付で原告の昭和62年分所得税についてした各過少申告加算税賦課決定(ただし、平成3年3月8日付の決定については審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

3  ③事件

被告が平成4年3月12日付で原告の平成元年分の所得税についてした更正及びこれに係る過少申告加算税賦課決定処分、並びに平成2年分の所得税についてした更正及びこれに係る過少申告加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告の昭和61年分、昭和62年分、平成元年分及び平成2年分(以下「係争年分」という。)の所得税について被告がした各更正(又は再更正)並びに各過少申告加算税賦課決定について、いずれも青色申告をした原告が、再開発事業を行う目的でした別紙3の不動産の譲渡による所得を分離課税の事業所得として課税するなどしたことは、所得の帰属主体、性質、所得の帰属年度等の判断を誤ったものであり、更に、経費についても追加して算入されるべきものがあるなどと主張するとともに、前記の各処分(以下「本件各課税処分」という。)は中京税務署職員の指導に基づいて納税申告をした原告の信頼を損なうもので信義則に反する違法なものであるなどとも主張し、前記第一のとおり本件各課税処分の取消しを求めた事案である。

1  課税の経緯

原告の係争年分の各所得税について、原告が被告に対してした青色の確定申告及び修正申告、これに対して被告がした更正、再更正、過少申告加算税の賦課決定、並びに異議決定及び国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、別紙1(3-1)(3-2)(3-3)記載のとおりである。

2  当事者間に争いがない事実、後記の本件各証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実は、以下のとおりである。

(1)  原告は、一級建築士の資格を有し、係争年分当時、「A事務所」の屋号で、建築設計業及び不動産仲介業(以下「設計不動産業」という。)を営み、更に「file_2.jpg」等の屋号で洋品販売(リサイクルブティック)業、更に出版業(以下、洋品販売業とともに「洋品販売業等」という。)も営んでいた。

(2)  原告は、京都市中京区の肩書住所地に設計不動産業を営むための事務所(以下「原告事務所」という。)を設け、昭和45年分以降の所得税は青色申告をしていた。係争年分の所得税の青色申告に際しても、青色申告決算書を提出している。

(3)  原告とその妻乙の間の長女は丙(昭和48年生)、長男は丁(昭和49年生)である。乙、丙、丁は、平成元年4月ころから東京都千代田区一番町所在のBマンション(以下「本件マンション」という。)に居住するようになったが、原告は、京都市内の肩書住所地で、その父親戊、母親の己とともに居住している。己は、以前から呉服商を営んでいた。

3  係争年分の原告の所得についての当事者の主張及び争点

(1)  係争年分の原告の所得について、被告の主張は、昭和61年分については、別紙1(3-1)の「被告主張額」、別紙2(2-1)(昭和61年)の、昭和62年分については、別紙1(3-2)の「被告主張額」、別紙2(2-1)(昭和62年)の、平成元年分及び平成2年分については、別紙1(3-3)の各「被告主張額」、別紙2(2-2)(平成元年)(平成2年)のとおりである。

(2)  原告は、上記(1)について、別紙1(3-1)(3-2)(3-3)、別紙2(2-1)(2-2)のそれぞれの下線を付した金額については否認し(なお、平成元年分の雑収入については、3万5800円の範囲は争わない。)、その余の被告主張の課税項目については明らかに争わない。

(3)  主要な争点と当事者の主張は、次のとおりである。

争点①・別紙3の各物件の譲渡にかかる事業所得の売上げについて

(イ) 原告は、株式会社J(以下「J」という。)とともに、別紙3のとおり、各「物件」を取得して各「譲渡先」に売却したか。

(ロ) 原告は、Jとともに、上記(イ)の各譲渡による売却代金として、別紙3のとおり各「譲渡先」から金員を受領し、被告主張のようにJとの間で分配したか。

(ハ) 上記(イ)の各譲渡による売却代金は、被告主張の年分の原告の事業所得の売上げとなり、被告主張のように租税特別措置法(以下「措置法」という。)28条の4及び28条の5により、総合課税の事業所得とは区別して、分離課税の事業所得となるのか。

(被告の主張)

原告は、Jとの合意に基づいて、Jとともに、別紙3のとおり、同別紙の各物件を取得してC株式会社(以下「C」という。)等の各「譲渡先」に譲渡し、同別紙の「譲渡代金の受領状況」のとおりの年月日に、それぞれの譲渡代金を受領し、Jとの間で分配した。別紙3のとおり、原告及びJが各「譲渡先」から受領した金員は、このように各物件の譲渡代金であって、設計報酬の性質を有するものはない。

上記の各譲渡代金による売上げは、所得税法(以下「法」という。)36条1項、所得税基本通達36-8・(1)により、別紙3の各「帰属年分」欄のとおりの年分の原告の分離課税による事業所得の売上げに計上すべきものである。

別紙3のなかで、原告が買戻しを実行したと主張する取引は、いずれも転々移転されるに従って、その都度価格が異常に高騰していることからも明らかなように、これらの取引は転売利益を得ようとして関係各社が行った土地転がしのための再度の売買であって、買戻しではない。また、当初の売却の契約に係る経済的効果は再度の売買によって何ら失われていない。仮に、上記の各取引が買戻しの実行であったとしても、更正請求が許されるかどうかの問題を生じるにすぎず、そのことによって本件各課税処分が違法となるものではない。

(原告の主張)

被告が主張する別紙3の各物件のなかには、所有権移転登記がC等に対して直接されているものがあること、原告はJ及びC等との契約書上仲介業者とされて売主とはされていないものがあるなどのことからも明らかなとおり、被告主張の「譲渡先」への売買を行ったのは、旧所有者であって、原告ではない。

本件事業において原告が主に担当していたのは、不動産の買収ではなく、開発計画の計画・設計であり、原告が各「譲渡先」から受領した金員には原告に対する設計料が含まれている。設計料は、建築費の5パーセントであり、建築費は1坪当たり約88万円であるから、原告の設計料として算定されるべき金額は、昭和61年分については9126万8506円、昭和62年分については1億4943万7161円である。

土地等の譲渡に係る売上金額を計上すべき時期は、当該土地の引渡しの日であるとされており、各不動産の譲渡は、周辺地域全体の再開発を目的とするものであるから、原告は、C等の「譲渡先」に対して、その物件だけでなく周辺の不動産と一体として各物件を引き渡す債務を負っており、また、各物件の建物の居住者を立ち退かせた上で引き渡す義務を負っていた。ところが、実際には別紙4のとおり、各物件のなかには、未だ引渡しがされていないもの、引渡しがあってもその後買戻しが実行されたものもあり、また、いずれにしても、周辺地域全体の各土地について予定どおり譲渡がされて引渡しが完了していないことは明らかである。更に、原告及びJがC及び株式会社D(以下「D」という。)と物件の売買に関してそれぞれ結んだ各約定においては、いずれも買戻特約が定められており、これらの買戻特約は、実質的には全体の買収が失敗に終わった場合の契約解除の特約に他ならず、このように、買戻しの可能性が存在する以上、原告らが受領した金員は確定的な売上げとはいえず、事業遂行途上の預り金としての性格を有する。譲渡による課税要件が発生したといえるためには、少なくとも各物件の引渡しがされた上、買戻しの可能性がなくなり、すべての売却が確定したといえることが必要である。

少なくとも、別紙3の番号11、12、14、15などの取引は、原告が約定に基づいて実際に買戻しを実行したものであり、この買戻しは売買契約の解除であるから、これらの物件の譲渡による原告の事業所得は遡って存在しなかったことになるというべきである。

争点②・経費に関する原告の主張について原告は、係争年分の経費について、被告の主張によるもの以外に、別紙5原告主張の経費一覧表のとおり主張する。その主要なものについての原告の主張と被告の主張は、次のとおりである。

(イ) 原告の母である己に対する販売手数料は平成元年分の経費に算入されるか。

(原告の主張)

原告は、平成元年中に己に販売手数料として200万円を支払った。己は、原告の妹である庚の経営する有限会社Eの役員として所得を得ていたから、原告と生計を一にしているとはいえない。また、己は、土地買収にあたって自らの信用と能力によりもっとも重要な役割を果たした。したがって、この販売手数料は、経費に算入されるべきである。

(被告の主張)

争う。原告とその母である己は、同一の家屋に起居し、日常生活の糧を共通にしており、生計を一にしていたものと認められるから、法56条により、己に対する販売手数料は必要経費に算入されない。

(ロ) 原告が支払った東京都千代田区一番町所在の本件マンションの賃料(平成元年分780万3220円、平成2年分1013万5200円)は、平成元年分及び平成2年分の経費に算入されるか。

(原告の主張)

原告は、本件マンションを原告の事業のための東京事務所として使用していたのであるから、本件マンションの賃借料は経費として算入される。

(被告の主張)

争う。原告が東京で賃借していた本件マンションは、専ら原告の妻子の住居として使用されていたものであり、その賃借料は家事費にあたり、経費には当たらない。

(ハ) 平成元年分の辛(以下「辛」という。)らに対する支払報酬2823万3606円のすべてが分離課税の事業所得に係る経費に算入されるか。

(原告の主張)

平成元年分の辛らに対する支払報酬額合計2823万3606円は、本件事業の総合計画基本プランの報酬及び一時金支払分としてそれぞれ支払ったものであり、それらは、すべて、分離課税の事業による所得に係るものである。

(被告の主張)

争う。辛らに対する支払報酬は、何の経費として支払われたものか、いかなる根拠に基づいて支払報酬と販売手数料とに振り分けられているか明らかではない。被告主張割合を超えて、そのすべてが分離課説の事業所得に係る経費とは認められない。

(ニ) 原告の妻である乙に対する支払手数料及び販売手数料600万円並びに壬(以下「壬」という。)に対する支払手数料1500万円は平成2年分の経費に算入されるか。

(原告の主張)

乙は、原告が東京の本件マンションを東京事務所として開設した際に、その責任者として派遣され、原告とは完全に別個の生計を営んでいたもので、生計を一にしていない。また、乙は、土地買収のために必要な情報を顔見知りであった土地所有者の妻を通じて収集したのであって、乙の提供した労務は、土地買収のため必要不可欠なものであった。したがって、乙に対する支払手数料等は経費と認めるべきものである。なお、乙は、販売手数料を平成元年分の所得として納税申告している。

壬に対する手数料の支払は、2つの物件について1回ずつ合計2回されており、そのうちの1回分は、平成2年分の経費に算入されるべきである。

(被告の主張)

争う。乙は、原告と生計を一にしていたことが明らかであり、法56条により、同人への支払手数料等は経費に算入されない。

壬に対する支払手数料は、1回であり、それは被告主張のように、平成元年分の分離課税にかかる事業所得の計算上売上原価として算入されている。

(ホ) 原告の株式会社F等に対する出資金、貸付金等についての出資先及び貸付先の倒産による損失は平成2年分の経費に算入されるか。

(原告の主張)

原告が株式会社F(以下「F」という。)及び株式会社G(以下「G」という。)に対して出資した出資金及び原告がこれらの会社へ貸し付けた貸付金について、これらの会社が事実上倒産したことによって被った損失は、原告の事業の遂行上生じた売掛金債権の貸倒れに準じて、法51条2項により、平成2年分の経費に算入される。

(被告の主張)

争う。原告のF等に対する出資金及び貸付金は、原告の具体的事業遂行にいかなる関連を持っているのか明らかでなく、法51条2項所定の事業の遂行上生じた売掛金等債権に該当しない。

また、FやG及びその関連会社は原告と一体であるとみることはできず、それらへの貸付金債権は、事業の遂行上生じた売掛金等に準ずる債権に該当しない。さらに、前記の貸付けは貸倒れになったともいえない。

(ヘ) 原告の平成3年以降に生じた経費について、法63条により、平成2年分の経費として算入すべきか。

(原告の主張)

原告は、平成2年7月10日ですべての不動産に関する仕事を終了させ、その後は残務のみを行っており、平成3年3月15日、被告に対し、すべての事業を廃止する旨の廃業の届出書を提出した。平成3年分の確定申告は、新たな事業を行ったものではなく、平成2年から支払が滞っていたDに対する売掛金の一部を回収したものを平成3年分の所得として計上したにすぎない。これに対し、別紙6のとおり、平成3年以降に生じた経費は、事業全体に関連して生じた費用であり、法63条により、平成2年分の経費として計上すべきである。

なお、原告は、昭和63年の税務調査において原告と税務署の対立が表面化して以降、中京税務署職員から税務相談を拒絶されており、法152条による更正の請求についての知識を得る機会も奪われていた。信義則上も、被告は、廃業後の経費を平成2年分の経費と認めなければならない。

(被告の主張)

争う。原告は、平成3年以降、設計不動産業に係る事業所得を申告しているから、平成3年以降に生じた経費は平成2年の経費に算入されない。仮に、平成3年以降、設計不動産業に係る事業所得がなかったとしても、原告は、法152条による更正の請求をしていないから、平成3年以降に生じた経費は、同年分又は最近の年分の経費として計上するべきであり、平成2年分の経費には算入されない。

(ト) その他に原告主張の経費が認められるか。

争点③・本件各課税処分は信義則に違反する違法なもので、取り消されるべきであるか。

(原告の主張)

中京税務署職員癸(以下「癸」という。)は、昭和61年12月ころ及び昭和62年2月ころ原告から本件事業の事実関係についての説明を受け、原告が別紙3の譲渡先から既に多額の金員を受領していることを知りながら、本件事業は未完成であるとして、それらの金員を所得税の申告において事業所得の売上げとして計上する必要がないと指導し、その指導を前提に、原告に対し、税務調査において不合理な修正申告をさせた。

ところが、被告は、このような指導をしておきながら、突然にその指導方針を大きく変更し、本件各課税処分をするに至った。このような経緯でされた本件各課税処分は信義則に反して違法であり、取り消されるべきである。

(被告の主張)

争う。昭和61年分の確定申告については、癸は未だ原告と面談しておらず、その他の中京税務署職員も原告の主張するような判断を示したとする証拠はない。2回の税務調査の際には、原告は、被告の部下職員からの求めに対し、判断の前提となるべき資料を提供しなかったのであり、税務署としても資料が得られなかったので具体的事実関係について何らかの判断や公的見解を示すに至っておらず、信頼の対象となる公的見解も存在しなかったというべきである。

癸は、税務相談の際には、原告の一方的な問合せに対し、仮定の形で税務署の一般的抽象的判断を示したに止まる。

H株式会社の設計報酬及び交際費の否認についても、癸が原告の修正申告書を代筆したとしても、それが原告の信頼の対象となる公的見解の表明となるものではなく、また、その申告内容は、あくまで原告の意思に基づくものである。

第3当裁判所の判断

1  争いのない事実、甲1ないし164(枝番を含む。)、乙1ないし109(枝番を含む。)、証人乙及び同癸の各証言及び原告本人尋問の結果(以上の各証拠を、以下「本件各証拠」という。)並びに弁論の全趣旨によると、次のとおり認められる。

1 原告は、昭和44年に原告事務所を開設し、その後、昭和50年1月、一級建築士の資格を取得した。その妻の乙は、係争年分以前から簿記4級の資格を有し、原告事務所の経理を担当していた。

2  原告は、昭和61年1月ころ、京都市中京区押西洞院町御池通上ル一帯の土地、すなわち、御池通、押小路通、釜座通、油小路通で囲まれた地域一帯(以下「本件地域」という。)の土地を各地権者から買収して、そこに大規模ホテル、マンション等を建築するというI株式会社(以下「I」という。)を企業主体とする再開発事業(以下「本件事業」という。)に京都市内の不動産業者である株式会社J(以下「J」という。)を誘って参加することになった。

3  原告は、本件地域の地元の人間関係に通じていたことなどから、Jと共に地権者からの土地買収を担当することになった。買収等に伴う資金は、Iや株式会社K(以下「K」という。)及び株式会社L(以下「L」という。)が調達することとされた。Lは、昭和61年5月11日に設立された株式会社で、Cがその株式の50パーセントを、Cの関連会社である有限会社Mがその株式の34パーセントを有していた。そして、原告は、昭和61年7月1日、Jとの間で、別紙3の物件①ないし③、⑤ないし⑧(以下、同別紙の物件を番号に従って「物件①」「物件②」などという。)の各土地を含む付近の土地建物(地積合計約1041平方メートル)の売買についての約定を結び、約定書(乙3、この約定を以下「Jとの基本約定」という。)を作成した。Jとの基本約定においては、原告とJが買収の対象とする土地を共同して各地主から購入し、これをCに売却すること、その際、便宜上、原告及びJは単独名義で売主となること、原告又はJは、地主から購入の時、又はCへ売却の時、状況に応じて原告又はJの名義でその売買の仲介業者となり、地主又はCから仲介手数料を受領すること、原告及びJは、共同して各物件の売買又は仲介をした結果、収得した売買差益(支払手数料等の必要原価控除後のもの)及び仲介手数料はすべて合算した上、それを原則として原告が60パーセント、Jが40パーセントの割合で配分すること、原告とJは、配分を受けた利益のうち、売買差益に該当する部分については、法人重課税、短期譲渡所得税を各自が独自に負担し納税することなどが定められていた。原告がJを本件事業に誘った理由の一つは、原告は本件地域内に顏見知りが多く、本件地域内の土地の買収をするに当たり値段の交渉をするにはJに間に入ってもらう方が良いと判断したことであった。

Iの住宅部長Nは、Cに対し、物件①ないし③(ただし、物件③は一部)を含む21筆合計503.21平方メートルの各土地について、同年7月22日、書面(甲22)によって買付依頼をした。

4  原告とJは、昭和61年8月29日、Cとの間で、物件⑤ないし⑩の各土地を含む17筆の土地(地積合計1512.03平方メートル)の売買に関する約定を結び、約定書(乙4、この約定を以下「Cとの基本約定」という。)を作成した。Cとの基本約定においては、原告及びJは、前記各土地17筆を3.3平方メートル当たり1000万円以下の代金(建物価格も含む。)でCに売却すること、原告及びJは、対象となる土地を地主から購入して所有権を取得し、次いで所有権を取得した物件についてCとの間で順次、個別に売買契約を締結すること、その場合の売買単価は、全物件の平均が3.3平方メートル当たり1000万円以下になるよう考慮しながら、双方が協議の上、その都度決定していくものとすること、Cは、原告及びJが地主から物件の所有権を取得する時において、順次、個別の契約書に基づきその残金を原告及びJに支払い、原告及びJは同時に当該物件の所有権を瑕疵や負担のない状態でCへ移転し、引き渡すこと、ただし、現実には、原告及びJは、地主から直接、Cやその指定する者へ所有権移転登記手続をするものとし、原告及びJは、これに必要な書類をCに交付すること、約定の有効期間は昭和63年12月末日限りとすること、原告及びJは、Cとの間で前記17筆の土地についての一括した売買契約書を作成し、それまでの個別の売買契約書は破棄すること、更に約定に定める各物件の買収が万一何らかの事情で断念せざるを得ない状況に至った場合には、Cの要請があった場合に限って、原告及びJは、約定の対象物件の全筆を買戻ししなければならず、この場合の買戻価格を3.3平方メートル当たり1200万円とし、その買戻期限等は双方協議して決定するものとすることなどが定められていた。

5  本件地域のうち西洞院通の東側でJとの基本約定又はCとの基本約定の対象となっている部分(以下「東ブロック」という。)については、原告及びJが、それぞれの地主から土地を買収してCに売却し、さらにそれをCの親会社であるKがIに売却し、Iがそこに大規模ホテル等を建設するという計画があった。

6  原告及びJは、Cとの基本約定に基づいて、昭和61年11月12日、O他8名との間で、O他5名が所有する物件①を代金8379万9000円で買う旨の契約を締結した(甲37、乙17)。原告及びJは、同日、手付金としてO他8名に1000万円を支払い、同月30日、残代金7379万9000円を支払い、同所で操業していた有限会社Pの立退移転料として同会社代表取締役Qに2000万円を支払った。

原告及びJは、昭和61年7月26日、Cとの間で、原告及びJがCに対して物件①を売り渡す旨の契約を締結し(甲37、乙7)、同日、手付金としてCから1142万円を、同年12月2日、残代金1億817万円を受領した。そして、同日、O他5名からCに物件①の共有持分全部を移転する旨の登記がされた(乙17)。なお、物件①のうちの建物だけでは種類及び構造に照らして経済的価値が低く、Cとの基本約定第2条には代金額には建物価格が含まれる旨の記載があるものの、Cから原告及びJに支払われた上記金員は、原告の事業による物件①のうちの土地の代金であった。

7  原告とJは、物件①を取得してこれを転売したのと同様に、Cとの基本約定に基づいて、東ブロックのうち物件②ないし物件⑩を、別紙3の番号2ないし10の「本件不動産の取得状況」欄の「旧所有者」欄の者から「契約日、金額」欄の日時に同欄の売買代金額で売買契約を締結し、「取得代金の支払状況」欄記載のとおりそれらの代金を支払って買い受けた。そして、原告及びJは、これらの各物件をC又はLに対して、別紙3の番号2ないし10の「譲渡先に対する譲渡内容」欄の「売買契約日、金額」欄の日時に同欄の売買代金額で売買契約を締結し、「譲渡代金の受領状況」欄のとおり、これらの代金を受領して転売した。なお、これらの各物件については別紙3の「所有権の移転登記等年月日」欄の日時に所有権移転登記等がされた。なお、同別紙の番号5ないし7の各譲渡先への転売は、契約書上は、原告及び原告の父である戊が仲介業者として記載された。

そして、Cは、昭和62年6月24日、Lと売買契約を締結し、物件⑤ないし⑧、⑩をLに売却した(乙32)。

8  しかし、原告及びJは、Jとの基本約定又はCとの基本約定で買収の対象とされていた東ブロックの南側の御池通に面する押西洞院町及び西洞院東入橋之町並びに押西洞院町の各土地、北側の押西洞院町の各土地を買収することはできなかった。

9  原告とJは、昭和62年1月31日、Dとの間で、物件⑪を含む13筆861.27平方メートルの不動産の売買に関する約定を結び、約定書(甲41、この約定を以下「Dとの基本約定」という。)を作成した。Dとの基本約定においては、物件⑪の土地のうちの押西洞院町の各土地は、既に原告及びJがその所有権を取得していることを前提とし、原告とJは、その余の11筆の土地を各地主から買収し、物件⑪の各土地全部及び押西洞院町の各土地を3.3平方メートル当たり1200万円でDに売却すること、押西洞院町の各土地の買収期限を昭和62年5月末日限りとし、それまでに買収が不可能な場合には、D、原告及びJが協議の上、Dの要請があった場合に限り、原告及びJがDが取得済みの物件をすべて買い戻すことなどが定められていた。本件地域のうち西洞院通の西側でDとの基本約定で売買の対象となっていた部分を以下「西ブロック」という。

10  原告とJは、Dとの基本約定に基づいて、物件①を取得して売買したのと同様に、西ブロックのうち物件⑪について、別紙3の番号13のとおり、その所有者であったRから、昭和61年12月8日、代金額4億5130万円で買い取る旨の売買契約を締結し、別紙3「取得代金の支払状況」欄のとおり同代金の支払をしてこれを買収した。そして、原告とJは、Dに対して、昭和62年1月31日及び同年2月12日、物件⑪の各土地を代金合計5億6512万7700円で売却する旨の売買契約を締結し、同別紙・番号13の「譲渡代金の受領状況」欄のとおり昭和62年1月31日及び同年2月12日に前記の代金合計額の金員を受領した。

原告及びJは、西ブロック、すなわち、Dとの基本約定の対象となった13筆の各土地のうち、物件⑪だけを、このように買収して転売したが、他の土地については買収することができなかった。

11  原告とJは、更に、昭和61年10月1日から昭和62年8月21日までの間に、別紙3の番号16ないし25、27及び29の「本件不動産の取得状況」欄の「旧所有者」欄の者から「契約日、金額」欄の日時に同欄の売買代金額で売買契約を締結し、「取得代金の支払状況」欄のとおり支払を行って、これらの物件を買収した。そして、原告とJは、IやS株式会社(以下「S」という。)、Uなど同別紙の「譲渡先及び譲渡価額」欄の者に対して、昭和61年10月から平成元年3月ころまでの間に、「譲渡先に対する譲渡内容」欄の「売買契約日、金額」欄の日時に同欄の売買代金額で売買契約を締結し、「譲渡代金の受領状況」欄のとおり、売買代金を受領して、これらの物件を転売し、それぞれ「所有権の移転登記等年月日」欄の日時に所有権移転登記等がされた。

別紙3の番号18及び29の各取引において原告らが買収した際の売買契約書は、Jが単独で買主名義人となり、番号16、18ないし25及び29の各譲渡の際の売買契約書はJが単独で売主名義人と記載されたが、番号16ないし25、27及び29の各取引は、いずれもJの物件台帳においてJと原告の共同売買として記載され、そのうちのいくつかの物件については、売買の差益を原告と分配する趣旨の記載もされた(乙92)。番号16のfile_3.jpgに対する売却の対象は、物件⑫(矢幡町)の土地のうちの一部であり、番号17のTに対する売却の対象は、同土地のうちfile_4.jpgに売却した部分を除く部分と矢幡町の土地であった。物件⑫ないしfile_5.jpgの各土地上にはいずれも建物が存在したが、物件⑫ないし⑲、file_6.jpg、file_7.jpgについては、物件①と同じように、買収及び転売の各売買代金額は、土地のみの価格であるとして契約が締結された。ただし、物件⑮については、原告及びJが転売する際に、土地の価格と建物の価格を別に定めた。物件file_8.jpgについては、土地所有者と建物所有者が別人で、買収の際には、建物及び借地権の取得価格を土地の取得価格とは別に定めたが、これらを転売する際には、土地の価格のみで代金額が定められた。番号29は、本件地域とは別の滋賀県高島郡に存在する土地及び建物であり、買収代金も転売代金も、いずれも土地のみの評価で定められた。

12  原告とJは、前記のとおり、当初買収予定であった本件地域のうち一部の土地しか買収できなかったことなどから、当時のバブル経済による地価の高騰に乗じて前記のとおり買収して転売した各土地をC、L、Dらとともに、次のとおり、更に転売を重ねて転売利益を取得した。

原告及びJは、昭和63年3月23日、別紙3の番号11のとおり、Lとの間で、Lから物件⑤ないし⑩を代金30億8490万円で再度買い受ける旨の契約を締結し(乙33)、その後、平成元年7月1日、再度、Lに代金40億6271万円でこれを売却するとともに、更に、同日、別紙3の番号12のとおり、LとSとともに、原告及びJがSから同各物件(その上の建物を含む。)を代金45億3971万円で再度買い付ける旨の契約を締結し(甲96、乙84)、更に、これらをV株式会社(以下「V」という。)に代金合計52億5573万円で売却した(甲55)。なお、同日、同各物件についてJからVに所有権移転登記がされた。また、原告とJは、同日、Vと本件地域内の土地の売買に関する約定を結び、その約定においては、原告及びJが期限内に対象物件全体の取得が完了しないことが明確になり、物件全体の取得を断念せざるを得ない状況に至った場合には、Vの要請によりそれまでにVが取得していた全物件を原告とJが買い取る旨定められていた(甲54)。

原告及びJは、昭和63年3月28日、別紙3の番号14のとおり、Dから物件⑪を代金6億3584万4613円で再度買い受け、同日、Lに対し、同金額で転売し、さらに、平成元年4月6日、別紙3の番号15のとおり、Lから三度代金7億4460万円で買い受け、同年3月6日、今度は代金9億260万円で株式会社W(以下「W」という。)に転売した。

原告とJは、別紙3の番号28のとおり、昭和63年7月25日に物件file_9.jpgを買い受けて、Cに転売したほか、物件⑳を別紙3の番号26のとおり、平成元年6月5日、Lから、代金3億9145万円で再度買い受け、同月12日、これをVに代金4億8262万5000円で転売した。

13  このように、原告は、Jとともに、別紙3のとおり、自己の事業として、たな卸資産である各不動産を同別紙の「譲渡先」の者へ売却し、その売却代金として、同別紙の「譲渡代金の受領状況」のとおりの年月日にそれぞれの金額を受領したもので、それらの受領した金員をJとの間で分配して取得した。

二 争点①について

1 前記一の認定のとおり、原告は、Jとともに、別紙3のとおり、自己の事業に係る資産である不動産(法2条1項16号参照)を、同別紙の「譲渡先」に売却して、その代金を取得して、Jとの間で分配を受けたものであり、原告が譲渡先から取得して分配を受けた金員は、いずれも同別紙の各不動産の売却代金にほかならないもので、原告は、これらの売却によって、たな卸資産の譲渡による事業所得の売上(収入)を挙げたものというべきである(法33条2項1号、27条参照)。そして、この各売却による収入は、措置法28条の4及び28条の5により、総合課税の事業所得とは区別して同条の規定に従って分離課税の事業所得に係る収入とすべきものである。

2 確かに、上記の各売却による所有権移転登記手続等は、別紙3のとおりであって、原告を経由せずに直接に各「譲渡先」に対してされているが、それは中間省略登記の形態で登記手続がされただけであって、何ら上記の判断を左右するものではない。むしろ、Jとの基本約定の内容からは、原告とJが共同して不動産を買収して転売し、転売利益を挙げることを前提とし、その転売利益をすべて合算した上で各々に配分するとの趣旨を明確に読みとることができるというべきである。また、Jの物件台帳(乙92)にも、原告の設計料の存在を窺わせるような記載はなく、かえって、利益を原告及びJで単純に半々にする、あるいは6対4の割合にするといった記載があるだけである。また、原告は、原告と各物件の買主との間で具体的に設計料を定めた設計契約の契約書等の書面を提出しておらず、本件各証拠を検討しても、原告の設計に基づいて建物等が建築されたことを証する的確な証拠もない。甲19の書面は、C及びKが原告事務所及びJに宛てた形の確約書であり、同書面には東ブロックの物件を含む西洞院通の東側土地上の中高層建築物の企画・基本設計を原告事務所及びJに依頼する趣旨の記載があり、甲20の確約書には、Jとの基本約定の対象物件に関する事業の基本計画の企画立案、基本計画に基づく設計図面の作成等を原告が行い、対象物件の売買業務等をJが行う旨確約する趣旨の記載がある。しかし、これらの確約書は、具体的な設計を依頼する契約を後にすることを予定した、その前段階の取決めにすぎないというべきである。甲152の1ないし10も、その内容及び分量に照らして、原告が主張する設計料に対応するような成果物と認めることはできない。原告は、その本人尋問において、提出した以外の設計図面については地下鉄工事のために原告事務所が浸水した際に水浸しになった旨供述するが、そのような設計図面があったとの的確な立証もないというべきである。

以上のとおり、いずれにしても、別紙3の「譲渡先」から原告とJが取得し、原告が分配を受けた金員は、転売代金であったものというべきである。

3 次に、原告の上記1の収入がどの年分の所得に帰属するかについて検討する。法36条1項は、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。」と規定しており、この「収入すべき金額」とは、実現した収益、すなわち、まだ現実の収入がなくても「収入すべき権利の確定した金額」のことであり、同規定は、いわゆる権利確定主義を採用したものと解される。ただし、権利の確定というのは、権利の発生とは同義ではなく、現実の収入がなくても、収入となるべき権利が発生した後一定の事情が加わって権利実現の可能性が増大したことを客観的に認識することができる状態になったとき、その年分の収入として計上すべきことになるものと解される。そして、不動産を譲渡したことによる収入の年度帰属の問題については、上記のような状態となった時期の判断について、当該不動産の所有権移転時期を第三者、特に課税庁が明確に認識することが困難である我が国の現状の下においては、登記の移転の有無、登記関係書類の交付の有無、代金支払の状況(代金額全体のうちの支払の程度)、目的不動産の占有移転の有無等を考慮して総合的に判断せざるを得ないと考えられ、移転登記手続の完了と代金全額の決済の終了のうち、いずれかがあれば、その早い方の時期においては、原則的に、上記の状態になったものと解するのが相当である。この点についての所得税法基本通達36-8(1)は、売上金額を計上すべき時期を当該土地等の「引渡しがあった日」としているが、この「引渡し」が実際の占有移転を意味し、占有移転の有無のみで一律に年度帰属の判断をするべきであるとの意味であれば、それは法解釈に合致しないというべきである。

4 前記一の認定事実の下で、上記判断によれば、別紙3の各不動産のいずれの譲渡についても、その譲渡代金の取得による原告の事業所得の売上げの計上時期は、いずれも同別紙の「帰属年分」欄の被告主張の計上年分となるものというべきである。

5 なお、原告は、別紙3の各譲渡において、売買の対象となっている土地のみならず周辺不動産を一体として引き渡す債務を負っていたものであり譲渡代金の取得による所得を計上すべき時期は、それぞれの売買契約における買戻しが実行される可能性がなくなった時期であるとか、原告は売買の対象となっている建物の居住者を立ち退かせた上で土地を引き渡す義務を負っていたものであり、未だ対象物件の現実の引渡しが完了されていないものもあるとして、原告の譲渡代金の取得による所得の発生を否定する趣旨の主張をする。そして、前記認定のとおり、原告は、押西洞院町にホテル等を建築する構想を持っていたもので、原告及びJは、Cとの基本約定及びDとの基本約定に基づいてC及びDに対して各基本約定に定められた対象物件を買収して売り渡す義務を負っていたことは確かである。

しかしながら、原告としては、それらの義務を履行できずに複数物件の売買を目的とする基本約定全体を譲渡先から解除されるという事態になったのであれば、それは国税通則法23条2項3号、同法施行令6条1項2号に基づく更正の請求の手続により対応すれば足りる場合があり得るとしても、かかる義務を負っていること自体は、前記の各売上金額の計上時期の判断を左右しないものというべきである。このことは、原告が譲渡先に対して地上建物の居住者を立ち退かせた上で物件を引き渡す義務を負っている場合も、また、譲渡先に対する売却の契約に買戻特約があった場合でも、同様というべきである。この点の原告の主張は採用できない。なお、原告は、押西洞院の地域全体の再開発実施のためには、昭和61年ないし昭和62年以降も現実の明渡しの実行のほか、設計その他多大な費用の支出が不可避であった上、各譲渡先への売買契約には買戻特約も付されており、昭和61年又は昭和62年に課税がされれば、その後の事業遂行はできなくなるから、被告の主張は費用収益対応の原則にも反するなどとも主張するが、これは費用収益対応の原則についての原告の独自の見解であって採用できない。

6 次に、前記一の認定事実のとおり、原告は、昭和63年3月から平成元年7月にかけて、別表3の番号11、12、14、15、26、28のとおり、物件⑤ないし⑩、⑪、⑳、file_10.jpgをそれぞれ再取得・再譲渡し、物件⑤ないし⑩については2度にわたり再取得、再譲渡したもので、本件各証拠によれば、物件⑪の1度目の再取得は、Dとの基本約定における買戻特約及びDへの当初の売却の際の特約に基づく再取得であると認められ、物件⑤ないし⑩についても、Cとの基本約定には、前記認定のとおり、買戻特約があった。

しかしながら、前記認定のとおり、これらの物件についての原告及びJの再取得、再譲渡は、それらの各契約の売買代金が、それぞれの売買を重ねるに従って大幅に増加していることからも明らかなとおり、当時のバブル経済による地価の高騰に乗じてされた、転売利益を取得するためのいわゆる「土地転がし」とも称される取引であって、原告及びJが、当初の譲渡先への売却契約を解消したものとは到底解されない。

したがって、これらの各取引について、買戻特約の実行により当初の売却契約が遡及的に無効になり資産の譲渡もなかったことになると解すべきであるなどと主張する原告の主張は到底採用できない。再取得は、いずれも新たな仕入れ、再譲渡は、その代金額を売上げと認めるべきである。また、仮に、買戻特約の実行とみることができる取引があったとしても、それらはいずれも当初の譲渡により生じた所得の法定申告期限の経過後にされたことになるところ、原告は、後発的理由による更正の請求の手続をとっていない(弁論の全趣旨により認められる。)。したがって、いずれにしても、原告の主張は採用できない。因みに、国税通則法23条2項3号は、「その他当該国税の法定申告期限後に生じた前2号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるとき」に後発的理由による更正の請求を認め、同号を受けて、同法施行令6条1項2号はやむをえない理由として「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に係る契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたこと」を定めている。しかし、同法23条2項3号は、「当該理由が生じた日の翌日から起算して2ケ月以内」に上記の更正の請求をすることができると規定している。

三 争点②について

1 争いのない事実、前記一の認定事実、本件各証拠及び弁論の全趣旨によると、次のとおり認められる。

(1)  原告の母の己は、平成元年9月ころ、知人から西洞院丸太町東入ル梅屋町の土地及びその上の建物の売却を依頼され、原告にその売却の話を持ち込み、最終的には売却が成立した。原告は、平成元年9月4日、己に対して、前記土地建物の売買の紹介料として200万円を支払い(甲58の1、143の3)、己は、同人の平成元年分の所得税の確定申告の際に雑所得として前記200万円を計上した(甲58の2)。

(2)  己は、呉服商を営んでいたが、その後に原告の妹である庚の経営する有限会社E(以下「E」という。)を手伝い、平成元年には、Eから給与収入として560万円を得て、32万7000円を源泉徴収された(甲58の2、143の1)。

(3)  原告は、その肩書住所地に鉄筋コンクリート地上4階・地下1階建の事務所兼居宅(床面積・1・2階各80.81平方メートル、3階83.96平方メートル、4階82.67平方メートル、地階82.90平方メートル)を所有し、この建物に父親の戊、母親の己とともに居住している。戊は、宅地建物取引主任の資格を有し、昭和55年7月以降、原告の所得税の申告において青色専従者とされており(乙102の1ないし4)、住民票上は、原告と共に戊を世帯主とする同一世帯の構成員として届けられている。原告が加入している国民健康保険の保険対象者は、己、庚、戊となっている(乙104)。

(4)  原告は、平成元年3月16日から平成3年9月14日まで、東京都千代田区一番町所在の本件マンションをZ株式会社から賃料月額84万4600円で賃借し、駐車場は1台分を賃借しており、そこには自家用車を駐車していたが(乙89、90)、更に、専用の駐車スペースはなかった。その賃貸借契約書第3条においては、本件マンションの貸室を原告及びその家族の住居以外の目的に使用してはならない旨定められていた(乙89)。

(5)  原告の妻乙と長女丙、長男丁は、平成元年4月ころから、本件マンションで生活しており、丙は、平成元年4月から平成2年7月ころまで、本件マンションから高校に通学し、丁は、平成元年4月から平成3年7月ころまで、本件マンションから中学校及び高校に通学した(甲59の1)。本件マンションについては、建築士事務所としての登録はされていない。

(6)  Fは、消臭剤の製造販売、コンピューター及び周辺機器の製造販売等を目的とする株式会社であり、原告はその代表取締役である(甲125の3)。原告は、平成元年7月7日、Fに対して1290万円を出資し、平成2年12月31日、営業不能を理由に前記出資金を償却した(甲61の1)。

(7)  原告は、平成元年5月30日、株式会社aとの間で同株式会社が製造販売する商品バイオシートを原告が専属的に販売する趣旨の契約を結んだ(甲125の5)。

Gは、広告表現の企画及び製作、宣伝広告に関連するマーケッティングプランニング等を目的とする株式会社であり(乙105の1、2)、原告は、平成元年12月31日の時点で、G及びその関連会社(以下G及びその関連会社を「G等」という。)に対して、2億6900万円を出資し、5626万8629円を貸し付けていた(甲104、105)。なお、Gは、平成11年11月の時点において経営を継続している(乙105の2)。

(8)  原告は、平成3年3月15日、被告に対して、建築設計業その他全ての事業を廃止する旨の廃業届を提出している。原告は、平成3年分の所得税の確定申告において設計不動産業に係る収入を申告している(甲120)。

2 別紙5・3(1)について

法56条の居住者と生計を一にする親族とは、居住者と日常生活の糧を共通にしている親族をいうものと解されるところ、前記認定のとおり、己は、戊とともに原告と同居している原告の母親であって、原告も戊を原告の所得税の申告において青色専従者としていたこと等を併せ考慮するならば、結局、原告と己も日常生活の糧を共通にしているというべきである。そうすると、法56条により、同表3(1)の己に対する販売手数料は経費に算入されない。

3 別紙5・3(2)及び4(1)について

(1)  前記認定のとおり、本件マンションの賃貸借契約においては本件マンションを住居以外の目的で使用することが禁止されており、実際に、乙、丙及び丁も、本件マンションで生活し、丙と丁は本件マンションから学校に通っていたもので、本件マンションには営業用の駐車スペースもなかったのである。他方、本件マンションにおける原告の業務の実績を裏付ける確たる証拠もないといわざるをえない。

(2)  以上のことからすると、原告は本件マンションを専ら乙らの住居として使用していたことが明らかであり、本件マンションの賃借料は、原告の業務に関するものではなく、個人の消費生活上の家事費というべきである。したがって、この賃料を経費に算入することはできない。

4 別紙5・3(3)について

(1)  本件各証拠によれば、原告は、辛らに対して、平成元年中に合計2373万3606円の金員を支払ったことが認められるが、それらの金員の支払が、原告の営む設計業務の経費とは別に、別紙3の各不動産の譲渡による所得に係る経費であることについては、これを認めるに足りる証拠がないといわざるを得ない。

(2)  そもそも、辛の領収証である甲124の1に係る金員等について、原告は、平成元年分の支払報酬と販売手数料の内訳として、平成9年10月27日付でtが作成した甲97を提出するが、甲97は、単に支出先と金額が記載されているだけであって、他にこれらの金員が何に関して支払われたものであるかを的確に証する証拠はない。

(3)  このように、いずれにしても、既に計上済みの経費以上に、別紙5・3(3)の金員がすべて平成元年分の分離課税の経費に算入すべきであるとする原告の主張は、採用できない。

5 別紙5・4(2)について

(1)  乙と原告は夫婦であり、前記認定のとおり、乙は、平成2年中は本件マンションに居住し、その賃料は原告が負担していたのであり、乙と原告は生計を同一にしていたものといえる。

(2)  そうすると、法56条により、原告が乙に販売手数料を支払ったとしても、それは経費に算入されないというべきである。

6 別紙5・4(3)について

(1)  原告が壬に対し、昭和63年6月3日に1500万円を別紙3の番号20のSへの譲渡の仲介報酬として支払ったほかに、更に、平成2年中に同人に対して金員を支払った事実は認めるに足りない。

(2)  甲163は、「昭和63年10月」の日付の600万円の領収証であるが、金額及び「63」の文字が他の文字の形状と大きく異なること、日付が2回訂正されていること、証拠として提出された時期が著しく遅いことなどに照らすと、その作成経緯には不自然な点が多いといわざるを得ず、この点に関する原告の主張の証拠としては採用できない。

7 別紙5・4(4)について

(1)  本件各証拠によっても、原告の行っていた事業とF及びG等の目的・業務との関連は明らかでなく、原告のF及びG等に対する出資金が原告の事業の遂行上生じたものとは認めるに足らない。また、出資金は売掛金、貸付金、前渡金その他これらに準ずる債権には当たらないと解され、法51条の2項所定の債権には該当しないというべきである。

(2)  同様に、G等に対する原告の貸付金も原告の事業の遂行上生じたものとは認めるに足らない。のみならず、債権が貸倒れに該当するには、債務者の資産状態、支払能力などの点から債権の弁済を受けることが事実上不可能なことが客観的に明らかな場合であることを要するところ、前記認定のとおり、Gは平成11年の時点で依然として経営を継続しており、未だ貸倒れに該当するような事情も認めるに足りない。

(3)  いずれにしても、原告主張の損失分を経費に算入することは認められない。

8 別紙5・4(5)について

(1)  前記認定のとおり、原告は、平成3年分の所得税の確定申告において、設計不動産業に係る収入を申告しているから、平成3年以降も設計不動産業に係る収入が生じないという前提に立つ原告の主張はその前提を欠くといわざるをえない。仮に、原告に平成3年以降も設計不動産業に係る収入が生じていないのであれば、原告が主張する別紙6の各事由について更正の請求ができる場合があり得るが、原告は、結局、このような請求をしていない。

(2)  そうすると、法51条2項により、原告が主張する別紙6の各事由を平成2年分の経費とすることはできないというべきである。また、後記判示のとおり、原告は更正請求についての知識を得る機会を奪われていたともいえない。

9 別紙5のその余の点について

(1)  本件各証拠によれば、別紙5・5の(1)ないし(3)の各支出が原告主張のとおりあったことが認められる。しかし、これらの金員の支出は、いずれも、昭和63年中のものであって、係争年分のものではないから、既に経費として計上されているもの以外に、これらの金員の支払による金額を係争年分の経費として算入することはできない。

(2)  別紙5・5(4)の電波障害対策費は、既に平成元年分の分離課税の事業所得の経費に算入されており、これを更に経費として算入する根拠はない。

(3)  別紙5・5(5)については、原告は、同一覧表のとおり主張するだけで、更に、それ以上に、その具体的な内訳や内容、原告の設計業務や別紙3の不動産の譲渡との関連等の事実関係、更には、係争年分の原告の青色申告決算書との関係を何ら主張しない。したがって、原告のこの点の主張を採用することはできない。

(4)  別紙5・1(1)ないし(3)については、これを認めるに足りる証拠がなく、また、(3)については、前判示のとおり、乙は原告と生計を一にする配偶者であるから(なお、本件各証拠によれば、昭和61年当時も生計を一にしていたことが認められる。)、いずれにしても、経費と認めることはできない。

(5)  別紙5・2については、本件各証拠(甲13の1ないし3)によれば、原告は、「旧b邸」の解体工事の費用等として、昭和62年6月3日、pに300万円を支払ったことが認められる。

しかし、同支払分は、昭和62年分の共通販売費等の額に算入されており(乙36)、これが物件⑤の譲渡のために支出されたことを示す確たる証拠はないから、分離課税の事業所得のみに係る経費に算入することはできない。

10 以上のとおり、別紙5の原告主張の経費一覧表については、いずれも、既に計上済みの経費に加えて、更に原告主張のように経費算入すべきものは認められない。

四 争点③について

1 争いのない事実、前記の認定事実、本件各証拠及び弁論の全趣旨によると、次のとおり認められ、これに反する証人森岡乙の証言の一部及び原告本人尋問の結果の一部は採用しない。

(1)  原告は、当初は会計士を通じて所得税の青色申告をしていたが、昭和57年ころからは、会計士を通さずに、申告するようになった。乙は、昭和55年ころから原告事務所の経理を担当し、昭和58年ころから原告の税務申告の手続をするようになった。

(2)  乙は、昭和62年2月ころ、中京税務署に、原告の昭和61年度分の所得税の申告の相談に行き、被告の部下職員に対して、原告の設計業務に関してお金が少しずつ入ってくるが、完全に入ってくるわけではなく、うまくいかなかったら返さなければいけないお金かもしれないし、分からないのでどうしたらいいかという趣旨の質問をした。しかし、乙は、その際、本件事業の具体的な内容を説明することはなく、また、原告がJとともに多数の土地を買収してこれらを転売する予定であるとは言わなかった。結局、乙は、被告の部下職員から、本件事業の具体的な内容を踏まえた応答は得られなかった。

(3)  乙は、昭和62年3月14日、被告に対して、原告の昭和61年分の所得税の確定申告を青色申告書でし、青色申告決算書も提出した。

(4)  被告の部下職員で所得税部門の調査担当であった癸は、昭和62年6月2日、原告事務所で原告の所得税の確定申告に関する税務調査を行い、その際、原告と初めて会った。そして、癸は、原告がH株式会社(以下「H」という。)との契約に基づいて行った設計業務が、契約書上は昭和62年1月5日から同年5月11日まで行うことになっていたが、実際は昭和61年9月から設計業務を始めたのではないかと言って、設計料1875万円のうち、昭和61年の設計業務に対応する833万3333円は昭和61年分の所得税の売上げであると指摘した(甲3)。

癸は、更に、原告が出版していたdという出版物の広告費収入についても申告漏れがあることを指摘し、他に接待交際費についても、昭和62年分の経費に計上すべきものが昭和61年分の経費として計上されている旨を指摘した。

(5)  そこで、原告は、昭和62年6月25日、癸の指摘に応じて、被告に対し、昭和59年分及び昭和61年分の所得税の各修正申告書を提出した(甲5、7)。癸は、その時、昭和61年分の所得税の修正申告書の控えの「修正前の課税額」「修正申告額」及び「修正する額」欄記載の各金額、並びに氏名欄の原告の氏名を原告に代わって記入した。原告は、同日、昭和59年分の所得税の修正申告にかかる本税24万1500円及び延滞税1万7500円、昭和61年分の所得税の修正申告に係る本税437万2200円及び延滞税8万8200円をそれぞれ納付した(甲6、9、10、11)。

(6)  原告は、昭和63年2月、昭和62年分の所得税の申告のための税務相談のため、妻乙とともに中京税務署を訪れた。そして、応対した癸に対し、原告は、実際には青色申告決算書に記載した以上の約5億円の入金があるが、それらの不動産取引には買戻しの特約が付いており、取引は未完了で契約は成立していないので昭和62年分の売上げではないなどと言って確認を求めた。ただし、原告は、癸に対し、本件事業として、原告とJが当事者となって、本件地域内の土地を買い受けて、それを転売したこと、その転売代金としてそれらの金員を受領したことを明確に説明したわけではなかった。癸は、取引が未完了であるなら当然売上げに計上する必要はない旨を言い、原告に対し、取引が未完了かどうかを判断する材料を見せてほしい旨及びその点についてもう一度十分検討してほしい旨を伝えた。

(7)  乙は、昭和63年2月26日、中京税務署長に原告の昭和62年分の所得税に係る確定申告書を提出した。

(8)  中京税務署は、昭和63年3月ころ、Jに対する調査等から原告の所得税について調査の必要があると判断した。そして、癸は、昭和63年3月22日及び同月25日、中京税務署職員1名とともに、原告事務所において原告の所得税に関する調査をした。原告は、同月22日は不在であったが、同月25日、癸に対し、本件地域の土地の売買に係る関係資料はJが保管しており原告は持っていない旨述べたが、癸は、同月28日、原告事務所で関係書類の一部を入手した。

(9)  癸は、同年4月4日、原告事務所で原告に本件事業に係る土地の売買について質問をしたが、原告はすぐには回答できないと言った。

(10)  原告は、同月12日、乙と共に、中京税務署に赴き、癸に対し、本件事業に係る土地の売買はJの仕事であり、原告は、買収して転売した当事者ではなく、あくまで設計料の報酬として利益配分を受けたにすぎない旨を主張した。しかし、癸は、原告に対し、原告が土地を買収して転売した当事者であって、Jとの基本約定の書面を読んでも、原告が譲渡先から受領した金員は転売代金そのものであって、設計料ではない旨を述べた。

(11)  原告は、その後、被告に対し、作成名義がC及びKである確約書2通及び原告とJ間で作成された確約書をそれぞれ提出した(甲19、20)。前者の確約書には、本件地域のうち西洞院通東側の土地上に中高層建築物を建設することを予定していること、その建築物の企画・基本設計に関して土地の買収行為を含め原告事務所及びJに依頼することなどが記載されており(甲19)、後者の確約書には、Jとの基本約定の対象物件について基本計画の企画立案、それに基づく設計図面の製作等を原告事務所の役割とし、対象不動産の売買業務等をJの役割とすることなどが記載されていた(甲20)。

(12)  癸は、昭和63年5月24日、乙と電話で会話をしたが(甲18)、その際、乙に対して、「確かに未完了であれば売り上げる必要ないわけ」「未完了やと、内容もこっちも見てないのも悪いけど、未完成ちゅう結論が出ておったからね、当然未完成やったら上げるべきではないと、上げる必要ないと」と発言し、「自分が今一番疑問ちゅうかね、残っておんのはね、設計料がね、話を聞けば何かこれ関係しておるなと、おたくら設計士であるしね、これをねどうやってもっていくかやね」などと述べた。

(13)  被告は、その後、昭和63年7月8日に昭和61年分の所得税の更正処分をし、更に平成2年3月9日に昭和62年分の所得税の更正処分をした。

2 ところで、租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、同法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて同法理の適用の是非を考えるべきものである。そして同特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに同表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠なものであるといわなければならない(最三小判昭和62年10月30日・判例時報1262号91頁)。

3 これを本件についてみるに、前記1の認定事実によれば、癸及び被告の部下職員は、原告又は乙に対して、せいぜい仮に原告らの言うことが事実であればという前提のもとに一般論を述べているにすぎないことは明らかであり、このような癸及び中京税務署職員の言動は、納税者の信頼の対象となる公的見解の表示にはおよそなり得ないというべきである。したがって、前記のような信義則の法理の適用の是非を考えるべき特別の事情はないというべきであり(他にもそのような事情は認められない。)、同法理の適用の余地はないものといわざるを得ない。

四 まとめ

以上のとおりであって、原告の主張はいずれも採用できず、原告の昭和61年分、昭和62年分、平成元年分及び平成2年分の各所得税の額及びその内訳は、被告主張額のとおりであって、本件各課税処分はいずれも適法というべきである。したがって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 古谷恭一郎 裁判官 秋吉信彦)

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