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京都地方裁判所 平成7年(ワ)3319号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、四〇〇万円及びこれに対する平成七年二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告と災害割増特約付生命保険契約を締結していた原告の妻が不慮の事故により死亡した旨主張して、被告に対し、右保険契約に基づく災害関係特約保険金(災害割増保険金)及びこれに対する右死亡の日(平成七年二月二一日)以降の遅延損害金の支払を求める事案である。

一  前提事実

1  原告の妻B(以下「B」という。)は、平成二年九月一日、被告との間で、次のとおりの災害割増特約付生命保険契約(証券番号<省略>、以下「本件保険契約」という。)を締結した(争いがない。)。

(一) 被保険者 B

(二) 死亡保険金受取人 原告

(三) 保険期間 終身

(四) 死亡保険金 八五〇万円

(五) 災害関係特約保険金(被保険者が不慮の事故により死亡した場合に支払われる災害割増特約に基づく災害死亡保険金及び傷害特約に基づく災害保険金、以下、これらを併せて「災害割増保険金」という。) 四〇〇万円

(六) 免責条項 保険事故が被保険者の故意又は重大な過失によるときは、災害割増保険金の支払を免責される(災害割増特約一一条①1.イ、傷害特約一二条①1.イ)。

2(一)  B(昭和二六年○月○日生)は、平成七年二月二一日午前六時ころ、滋賀県滋賀郡<以下省略>先のa公園b管理事務所付近の林道脇において、凍死した(乙二、弁論の全趣旨、以下「本件事故」という。)。

(二)  本件事故は、不慮の事故による死亡に該当する(争いがない。)。

二  被告の主張

1  本件事故は、原告の妻であるBが、実母の世話等で非常に疲労していた状況の下において、原告に書き置きを残して、夜中に、冷え込みの厳しい山中に軽装で出掛け、凍死した、というものであり、自殺とは断定できないものの、それに極めて近い状況下での不慮の事故であって、Bには故意に近い著しい注意義務違反、すなわち「重大な過失」があるから、被告は、免責条項により、本件保険契約に基づく災害割増保険金の支払義務を免責されるというべきである。

2  Bの重大な過失と評価できる具体的な事実は次のとおりである。

(一)(1) Bは、平成二年二月二〇日午後一一時三〇分ころ、自宅を出ており、冬季の深夜に気温がかなり下がった状況で外出している。

Bが遺体で発見された本件事故現場は、Bの自宅(滋賀県大津市<以下省略>所在)から約一二キロメートル離れたa公園b管理事務所付近であるところ、右現場に近い「南小松地域気象観測所」における当日の測定気温は、〇℃から一℃の間であり、しかも、本件事故現場の標高は右観測所よりも高く、積雪及び降雪があったから、右現場付近は〇℃を下回っていたものと推測される。

(2) 本件事故現場は、○○山の山中にあり、周囲には管理事務所があるものの、管理人等は不在であり、付近に人家はない。

山頂へ向かうリフトは停止しており、特に夜景が美しく見える場所ではない。

また、本件事故現場は、登山道から離れた、雑木林のような所である。

Bには、本件事故当時、このような場所に行かなければならない事情はなかった。

Bは、登山の経験があり、かつて本件事故現場付近で原告とキャンプをしたこともあり、夜は人通りがなく、冷え込む危険な場所であることを十分認識していたはずである。

(3) Bの外出時の服装は、下着の上に、綿製の上下のトレーニングウエアと厚手の袖なしベストを着用していただけであり、トレーニングウエアは室内で着用するようなものであり、右ベストも羽毛等の入った防寒用のものではなく、夜間の冬山に出掛けるような服装、装備ではなかった。

(4) Bは、自宅から約数時間歩き回った上、本件事故現場に至っている。

(5) 本件事故当時、Bは、痴呆状態のあらわれていた母の面倒を見て、精神的にも肉体的にもかなり疲労していた。

原告自身は、仕事が忙しく、泊まり込みで阪神大震災後の神戸に出張に行くなどBの立場を配慮する余裕はなかった。

このような状況の下で、Bは、神戸から帰宅した原告に話しかけようとしたが、原告がBの話を聞けるような状態でなかったため、唯一の相談相手から会話を拒否されたと受け止め、精神的に耐えられない状況に陥った結果、遺書と理解できるメモを残して自宅を出た。Bは、外出する際、所持金を持っていなかった。

原告は、Bがいないことに気づいた約二時間後の平成七年二月二一日午前一時三〇分ころ、堅田警察署に捜索願いを出したり、自宅から遠方の琵琶湖の真野浜方面などに探しに行ったりしており、Bがいないという事態について、その生命に危険が及ぶ可能性があることを深刻に受け止めていた。

(二) Bは、少し注意をして、冬季の深夜という時間帯を避けて外出していれば、凍死という結果を避けることができたにもかかわらず、このような時間帯にあえて自宅から約一二キロメートル離れた○○山の山中に向かって、軽装で外出した点で重大な過失がある。

また、Bは、右外出後、本件事故現場に至るまで数時間歩き回っており、たとえ、外出の必要があったとしても、気温等に少し注意をすれば身体に危険が及ぶ状態であることは容易に予見できたはずであるし、また、早期に引き返したり、安全な場所で休憩をとってその場から動かない、途中で自宅に電話するなどの措置をとっていれば、本件事故を回避できたのに、右措置をとらなかった点で重大な過失がある。

三  原告の主張

1  Bは、同居していたBの母と折り合いが悪かったところ、当時阪神大震災後の仕事の応援で疲れて帰宅した原告に話しかけようとしたが、話にのってもらえなかったため、憂さ晴らし又は気分転換に、綿製のトレーニングウエアと厚手の袖なしベストを着用して、いわゆる御来光を見るために夜間○○山の登山を試みたが、折からの急な気温の低下によって凍死したもので、本件事故につきBには「重大な過失」はない。

2  これを敷衍すると、以下のとおりである。

(一) Bは、もともと活動的な性格であり、普通自動二輪(四〇〇CC)の免許を持ち、登山やツーリングを楽しみ、単独で北海道等を旅行したり、冬山の北アルプス登山をしたり、○○山にも一人で夜間登山に行ったことも何回もあった。

このようにBは、体力に自信を持っていた。

(二) 本件事故現場は、アスファルト製の登山道の入口のキャンプ場の近くであって、Bが雑木林のような所に入り込んだということはない。

右のとおり、Bはしばしば単独で夜間に○○山を登山した経験があり、夜間気分転換のため、このような場所に来ることは格別奇異なことではない。

(三) Bが外出した平成二年二月二〇日の夜は特に降雪はなく、比較的暖かかった。

また、Bは、外出の際に、綿製のトレーニングウエアと厚手の袖なしベストを着用して、運動靴(ズック靴)を履いており、登山スタイルといえるものであった。

本件事故は、Bが一人で気分転換に外出して、好きな山道を長時間歩いているうちに身体が火照ってきたため、右ベストを脱いで休憩をし、そろそろ帰ろうとした時に、急に早朝の寒気で冷え込み、凍死したもので、Bのこのような行動につき重大な過失があったとはいえない。

(四)(1) Bは、外出前に居間のテーブルの上にメモを残したが、右メモは遺書といえるような内容ではなく、Bが同居していたBの母と喧嘩をしたことで、原告がBを叱ったため、その憂さ晴らしのため、弁解等を記載したものである(右メモが当日書かれたものかどうかは判然としない。)。

特に、Bは、母親のことで原告に話しかけたのに、原告が阪神大震災後の仕事の応援で神戸から帰宅して疲れていたためこれに応じなかったので、右メモで話を伝えようとしたものである。

また、Bが本件事故時まで自殺願望を有したり、これを予告した事実は全くない。

(2) 原告は、Bが外出したことに気づいた後、翌日の平成二年二月二一日午前一時三〇分ころ、堅田警察署に捜索願いを出しているが、肉親の行方を思う家族として当然の行動であり、その時点で特にBの自殺を念頭に置いていたわけではない。

四  争点

本件の争点は、本件事故が災害割増保険金給付の免責事由である被保険者Bの「重大な過失」によるかどうか、である。

第三争点に対する判断

一  本件事故が本件保険契約における災害割増保険金給付の要件である不慮の事故による死亡に該当することは、前記第二、一2(二)のとおりである。

二1  被告は、本件事故が右災害割増保険金給付の免責事由である被保険者Bの「重大な過失」による旨主張するので、以下において判断する。

前記第二、一2(一)の事実と証拠(乙一ないし四、検甲一の1ないし5、証人C、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) Bの経歴等

(1) 原告は、電気工事会社に勤務する会社員であるが、B(昭和二六年○月○日生)と結婚した後、平成元年ころから、肩書住所地において、Bの母と同居するようになった。

Bは、結婚後、電子部品会社に勤めたこともあったが、平成七年二月当時、母に痴呆症の症状が出ていたため、自宅で母の看護をしていた。

(2) Bは、普通自動二輪の免許を持ち、登山やツーリングを趣味とし、バイクで北海道や九州へ旅行に行ったり、冬山登山や夜間登山をした経験があり、○○山を登ったことも数回あった。

(二) Bの外出に至る経緯等

(1) 原告は、平成二年二月二〇日、阪神大震災後の復旧関係の仕事で神戸から帰宅した後、同日午後九時ころ、居間でテレビを見ていたところ、Bが母親のことで何か話かけてきたが、疲れていたため、「眠たい。」などと言って、これに取りあわず、まもなくその場で眠り込んだ。

(2) 原告は、同日午後一一時三〇分ころ、目が覚めた際に、Bがいないことに気づいた。その際には、居間のテレビがつけられたままであった。

原告は、そのころ、居間のテーブル上に、「お母さんの馬鹿馬鹿。」、「お父さんは聞いてくれない。」、「お父さんに迷惑をかけている。」などと記載されたBの書き置き(ノートの一枚を破ったメモ)があるのを見つけた。

右メモには、Bが自殺することを窺わせるような記載はなかったが、他方で、外出先等の記載もなかった(なお、原告は、右メモをBの葬儀の際に紛失した旨供述し、右メモ自体は証拠として提出されていない。)。

原告は、同月二一日午前零時ころから、自宅付近、友人宅、琵琶湖の真野浜方面等でBを探したが、その所在がわからなかったため、同日午前一時三〇分ころ、堅田警察署に捜索願いを出した。

(三) 本件事故現場及びBの着衣の状況、本件事故当時の気温等

(1) Bは、平成二年二月二一日午前六時ころ、滋賀県滋賀郡<以下省略>先のa公園b管理事務所付近の林道脇で凍死し(本件事故)、同月二四日、付近を通りかかった登山者に発見された。

本件事故現場は、○○山の入下山者のチエック場所である右b管理事務所から右林道に沿って北へ約七〇メートルないし八〇メートル登った地点にあり、原告及びBの自宅から約一二キロメートル離れている。

右林道の入口付近は、△△と呼ばれ、○○山の山頂へ向かうリフト乗り場に続く、道路に面している。

また、右林道の入口付近には売店があり、右売店から林道をやや登った地点に、右b管理事務所がある(乙一の添付写真)。

更に、右林道は、一方で、○○山の登山道に続き、他方で、右公園キャンプ場に続いている。

本件事故現場付近には、街灯等の照明に乏しく(本件事故当時は日の出前であったものと窺われる。)、冬季の夜間及び早朝には、人通りがほとんどなかった。

なお、Bが自宅から本件事故現場に至った経路は不明である。

(2) Bは、右のとおり遺体で発見された際、右林道脇の雪上にうつ伏せの状態で倒れており、下着の上に、綿製の上下のトレーニングウエア(いわゆるジャージ)を着用し、運動靴(ズック靴)を履いていた(甲一の1ないし3、5)。

本件事故現場から約数十メートル離れた右林道入口の売店(△△)付近には、Bが着用していた厚手の袖なしベスト(甲一の4)が落ちていた。

Bが所持品(現金を含む。)を有していた形跡はなく、また、Bは、防水防寒靴、結露防止のための防水具(カッパ等)、照明器具(カンテラ、懐中電灯等)を着用又は携行していなかった。

(3) 本件事故現場に近い「南小松地域気象観測所」(滋賀県滋賀郡<以下省略>、標高九〇メートル)における平成二年二月二一日午後一一時の気温は一・九℃、同月二二日午前六時の気温は一・〇℃で、その間の最低気温は〇・五℃、最高気温は二・二℃であったところ、本件事故現場の標高は右観測所よりも高く、降雪があったものと窺われるから(乙三)、右現場付近は〇℃前後であったものと推測できる。

(4) 林医師作成の平成七年二月二四日付け死体検案書(乙二)によると、Bは、本件事故現場において、短時間で凍死した旨の記載がある。

(四) 本件事故後の経過

原告は、本件事故後、被告から、本件保険契約に基づく死亡保険金八五〇万円の支払を受けたが、災害割増保険金の支払を拒絶されたため、平成七年一二月一九日、本件訴訟を提起した。

2  以上の事実関係を前提に検討する。

本件保険契約における災害割増保険金給付の免責事由である被保険者の「重大な過失」とは、損害保険給付についての免責事由を定める商法六四一条及び同法八二九条にいう「重大な過失」と同趣旨のもので、わずかの注意さえすれば、違法又は有害な結果を予見できた場合であるのに、漫然とこれを看過したような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五七年七月一五日第一小法廷判決民集三六巻六号一一八八頁参照)。

これを本件についてみるに、① 本件事故現場は、○○山の登山道に至る林道脇であるところ、冬季の夜間に○○山を登山するつもりであれば、防水防寒靴、結露防止のための防水具(カッパ等)、照明器具(カンテラ、懐中電灯等)を着用又は携行するのが通常であるが(登山を趣味とし、冬山登山及び夜間の○○山登山の経験のあるBは、このことを知っていたか又は容易に知りえたというべきである。)、Bは右防水防寒靴等を着用又は携行していなかったこと(右1(三)(2))、Bは、自宅から本件事故現場に至るまでの約一二キロメートルを深夜から早朝にかけて約六時間半にわたり歩いていること(同(二)(2)、(三)(1))、Bは家族に行先を告げずに外出し、自宅を出る前に書き置きしたメモにも行先の記載がないこと(同(二)(2))からすると、Bが自宅を出た際に○○山を登山するつもりであったものとは到底考えがたいこと、② Bは、大津市内に居住し、○○山にも数回訪れたことがあること(同(一)(1)、(2))からすると、Bが道に迷って本件事故現場に至ったものとは認めがたいこと、③ Bは、自宅を出る際に、綿製の上下のトレーニングウエア(いわゆるジャージ)及び厚手の袖なしベストを着用し、運動靴(ズック靴)を履いていたが(同(三)(2))、本件事故当時の気温は〇・五℃ないし二・二℃(本件事故現場付近では〇℃前後)であったこと(同(三)(3))に照らすと、Bの右着衣等は、深夜から早朝にかけて長時間歩行したり、○○山を登山するための防寒装備としては不十分であったというべきであり、しかも、Bは本件事故現場に至る途中で右ベストを脱いでいること(同(2))、④ 本件事故当時、Bには所持品(現金を含む。)を有していた形跡はなく(同(2))、また、本件全証拠によっても、Bが本件事故現場に至る前に途中で引き返そうとした形跡も窺われないことを総合すると、Bは、本件事故発生の日の前日の深夜から右事故当日の早朝にかけて約六時間半にわたり、防寒装備が不十分なまま約一二キロメートルを歩き回った後に、本件事故現場に至ったが、寒さと疲労のため、その場で眠り込み凍死したことを推認することができ、これを妨げるに足りる証拠はない。

そして、登山を趣味とし、冬山登山の経験を有するBにおいては、防寒装備が不十分なまま、深夜長時間(約六時間半)にわたり約一二キロメートル歩き回った後に、早朝一人で周囲に人の気配のない○○山の登山道に至る林道脇である本件事故現場に赴けば、右のとおり凍死に至るおそれがあることを容易に予見できたというべきであり、しかも、本件事故現場に至る前に十分な防寒装備をしたり、途中で引き返し又は安全な場所で休憩するなどのわずかの注意さえすれば、本件事故を回避することができたというべきであるから、Bには本件事故につきほとんど故意に近い著しい注意欠如があったものと認められ、右の注意欠如は、本件保険契約における災害割増保険金給付の免責事由である「重大な過失」に該当するものと解するのが相当である。

そうすると、被告は、原告に対する右災害割増保険金の支払義務を免責されることとなる。

三  以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大鷹一郎)

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