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京都地方裁判所 平成7年(行ウ)19号 判決 2001年3月21日

原告

A株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

佐賀小里

佐賀千惠美

被告

下京税務署長

樋口勝

右指定代理人

黒田純江

山本弘

丸尾広人

光本茂

原田久

岩田千香子

主文

一  被告が昭和53年10月13日付けで原告に対してした次の各更正処分及び重加算税の賦課決定処分(ただし、昭和49年9月21日から昭和50年9月20日までの事業年度及び同月21日から昭和51年9月20日までの事業年度については国税不服審判所長の平成7年2月23日付けの裁決によりその一部を取り消された後のもの。)のうち次の部分をいずれも取り消す。

1  昭和49年9月21日から昭和50年9月20日までの事業年度の法人税の更正並びに重加算税の賦課決定のうち、所得金額2125万6503円を超える部分及びこれに対する重加算税の賦課決定

2  昭和50年9月21日から昭和51年9月20日までの事業年度の法人税の更正並びに重加算税の賦課決定のうち、所得金額1740万5392円を超える部分及びこれに対する重加算税の賦課決定

3  昭和51年9月21日から昭和52年9月20日までの事業年度の法人税の更正並びに重加算税の賦課決定のうち、所得金額1621万9526円を超える部分及びこれに対する重加算税の賦課決定

二  被告が昭和53年10月14日付けで原告に対してした原告の昭和50年9月分、昭和51年9月分及び昭和52年9月分の源泉徴収にかかる所得税の各納税告知、並びに昭和52年9月分の源泉徴収にかかる所得税の不納付加算税の賦課決定を取り消す。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告のその余を原告の各負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が昭和53年10月13日付けでした、原告の昭和49年9月21日から昭和50年9月20日までの事業年度(以下「昭和50年9月期」といい、以下、同様の方法で各事業年度を表示する。)以降の法人税の青色申告の承認の取消決定を取り消す。

二  被告が昭和53年10月13日付けでした、次の各更正及び賦課決定(ただし、昭和50年9月期及び昭和51年9月期については国税不服審判所長の平成7年2月23日付けの裁決によりその一部を取り消された後のもの。)をいずれも取り消す。

1  原告の昭和50年9月期の法人税の更正並びに重加算税の賦課決定のうち、所得金額1194万6486円(税額385万4100円)を超える部分及びこれに対する重加算税の賦課決定

2  原告の昭和51年9月期の法人税の更正並びに重加算税の賦課決定のうち、所得金額710万1779円(税額185万9300円)を超える部分及びこれに対する重加算税の賦課決定

3  原告の昭和52年9月期の法人税の更正並びに重加算税の賦課決定のうち、所得金額448万1083円(税額116万8600円)を超える部分及びこれに対する重加算税の賦課決定

三  主文第2項と同旨(ただし、主文第2項に係る各納税告知処分を、以下「本件各納税告知」という。)。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、中古車の修理販売等を業とする青色申告の法人であった原告が、帳簿上の売上げを除外したり架空の仕入れを計上するなどの方法で簿外資産を形成して昭和50年9月期以降の三事業年度分の法人税を不当に免れたこと等を理由に、被告が法人税の青色申告の承認を取り消した上で、原告の昭和50年9月期から昭和52年9月期までの各事業年度(以下「本件各事業年度」という。)の法人税の各更正処分、それぞれに対する重加算税の賦課決定処分、それに本件各納税告知等をしたのに対し、原告が、右の青色申告の承認の取消決定、各更正処分及び本件各納税告知等の取消を求めた事案である。

被告は、大阪国税局査察部の調査結果に基づいて、原告の各期の所得について資産増減法による認定を主張し、原告は、これを全面的に争い、一般論としての反論や別の推計方法による主張をするとともに、特に、右資産増減法の基礎となる被告主張の各期の純資産、その中でも多数の仮名預金及び割引債が原告に帰属することを争った。

二  前提となる事実関係

争いのない事実及び甲1ないし37(枝番を含む。)、乙1ないし48(枝番を含む。)、原告代表者本人尋問の結果(以下、これらの証拠を「本件各証拠」という。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は次のとおりである。

1  (当事者及び原告の事業等)

(1) 甲(昭和5年生、以下「甲」という。)は、昭和26年ころから、個人で自動車の修理販売業を営むようになり、昭和38年2月27日に友人とともに原告を設立した。

原告は、自動車(新車及び中古車)の販売と修理等を業とする株式会社であり、その設立後間もなく、甲が、その代表取締役となり、以来、原告の代表者としてその業務を統括するようになった。原告の本件各事業年度の当時から平成7年6月1日までの間の資本金は500万円であった。

(2) 甲は、原告の仕入及び販売部門を取り仕切っていた。原告の車両の売上、現金出納、銀行勘定帳等の記帳等の経理は、昭和39年ころから昭和53年10月までは乙が担当していた。甲は、昭和52年から甲の長男のfile_2.jpgを入社させて、コンピュータで経理を担当させた。

(3) 原告は、同族会社とはされていないが、原告の株式のうち20パーセントは甲が所有し、その37パーセントは原告及びその親族が所有している。原告は、本件各事業年度まで青色で法人税の申告をしていた。

(4) 甲は、その父丙と母丁の次男であり、甲の妻である戊との間に長男と次男己がある。丙は、昭和41年に死亡した。甲は、その際、相当の資産を相続したほか、個人で事業を営んでいた時に取得していた資産もあり、生活費等で支出する分以外の資産を預貯金や割引債等として保有していたもので、その利息分は逐次増加していった。

(5) 甲は、原告から役員報酬及び賞与を得ていたほか、その所有する西ノ京円町の建物を月額3万5000円で原告に事務所として賃貸し、個人として家賃収入も得ていた。家賃収入の収支も、乙が管理していた。

甲個人の本件各事業年度の収入として明らかなものは、少なくとも、別紙②の別表4(2)のとおりあり、それに対して、各期中の支出の内訳は、別紙②の別表4(3)のとおりであり、右収入だけでも各期において余剰が生じる状態であった。

(6) 原告の業務の具体的な内容は、中古車又は新車を仕入れて、中古車の場合には、それに修理や補修を加えて、顧客に販売し、あるいは、カーステレオ等の自動車の部品等を仕入れて顧客へ販売するというもので、車両の仕入とその販売、その代金の支払と集金は、ほとんど甲が一人で行っていた。顧客に販売する際には、顧客が使用していた中古車を下取りすることもあった。原告の従業員は、昭和50年9月期は11人ないし15人であり、昭和51年9月期は12ないし14人、昭和52年9月期は12ないし16人であった。

原告の帳簿類の記帳は、経理担当の乙がしていたが、乙がそれを帳簿類に記帳するに当たっても、甲の指示するままに、その金額等を記載するのが常であった。

(7) 甲は、自己の個人資産と原告(会社)の資産を多数の本名預金や仮名預金及び割引債にするなどして混合して保有して運用していた。

(8) 原告の本件各事業年度についての帳簿書類による資産、負債の内訳は、別紙①の別表1ないし3の各修正貸借対照表の各「公表金額」欄のとおりである(以下、右帳簿類を「公表帳簿」という。)。

(9) これに対して、大阪国税局査察部の調査の結果による本件各事業年度の原告の資産及び負債の対照表は、別紙①の別表1ないし3のとおりであり、これがそのまま被告の主張となっている。

(10) 右(9)の調査結果によって判明したものとして、別紙②の別表1の1ないし5の各仮名預金、並びに別紙③の別表1の1、2の各割引債が存在し、本件各事業年度の各期の残額は、右各表に記載のとおりであるが、それらは、原告又は甲個人のいずれかに帰属し、それ以外に帰属することはない。

(11) 原告の本件各事業年度の後の昭和53年9月期以降の法人税の申告所得の額は、それぞれ、以下のとおりである。

昭和53年9月期 2283万8469円

昭和54年9月期  931万9752円

昭和55年9月期 1551万2470円

昭和56年9月期 1679万6465円

昭和57年9月期 1129万5641円

昭和58年9月期 2068万5174円

昭和59年9月期 2346万8857円

昭和60年9月期 1966万円

昭和61年9月期 1335万円

昭和62年9月期 1575万9317円

(12) 原告の顧問税理士として昭和54年9月期以降の法人税の申告を代行している庚税理士は、右(11)のそれ以降の各申告に当たって、税務当局から、細部の指摘を受けたことはあるものの、所得金額の算定上の基本的な事項についての誤りを指摘されたことがない。また、右各申告について、税務当局から更正処分が行われたこともない。

2  (本件処分及び刑事事件)

(1) 原告は、被告に対し、本件各事業年度の法人税について、別紙・課税の経緯の確定申告欄のとおり青色の確定申告をした。

(2) 大阪国税局査察部は、昭和53年3月28日、原告に対する調査を開始した。

(3) 同査察部は、右の調査の結果に基づいて、同年10月18日、原告及びその代表者である甲を、法人税法違反の嫌疑で京都地方検察庁に告発し、同検察庁は、同年11月9日、右両名を、法人税法違反の罪で京都地方裁判所に起訴した。その公訴事実は、原告と甲は、本件各事業年度の原告の法人税について、被告の主張額どおりの所得があるにもかかわらず、売上の一部を除外するなどの方法によりその所得の一部を秘匿した上、実際の所得よりも低い所得であるとする内容虚偽の確定申告をし、不正の行為により申告額との差額の所得に相当する法人税を免れた、というものであった。

(4) 被告は、右調査の結果に基づいて、昭和53年10月13日付けで、原告の昭和50年9月期以後の法人税の青色申告の承認を取り消した。

(5) また、被告は、昭和53年10月14日付けで、別紙・課税の経緯の更正処分等の欄のとおりの本件各事業年度の法人税の更正及び重加算税の賦課決定をし、このころこれらを原告に通知した(以下、これらの処分を合わせて「本件各処分」という。)。

(6) 被告は、更に、同日付で、昭和50年9月分、昭和51年9月分、及び昭和52年9月分の源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)について、別紙・課税の経緯の(源泉徴収に係る所得税)の納税告知等の欄のとおりの本件各納税告知及び重加算税の各賦課決定をした。

(7) 原告は、昭和53年12月11日、被告に対し、右(4)ないし(6)の各処分について、異議の申立てをした。被告は、そのうち、右(6)の源泉所得税について、別紙・課税の経緯の(源泉徴収に係る所得税)の異議決定欄のとおり、各重加算税の賦課決定(昭和52年9月分については不納付加算税を超える部分)を取消し、その余の本件各納税告知処分についての異議を棄却する旨の決定をした。

(8) 原告は、その後、右(4)(5)の各処分については異議決定を経ないまま、右(6)の源泉所得税については右(7)の異議決定に不服であるとして、前記の刑事事件が第一審に係属中であった昭和54年4月9日、国税不服審判所長に審査請求をした。

(9) 京都地方裁判所は、平成4年10月30日、刑事事件の公訴事実の一部を認定した上、原告を罰金300万円、甲を罰金200万円に各処するとの第一審判決を宣告した(甲3)。右判決の認定内容は、検察官主張の売上の一部圧縮等の事実は一部認めたものの、本件各事業年度の原告の所得額につき、検察側の原告の資産の把握が不十分であることを説示し、特に、多数の仮名預金及び割引債が原告(会社)に帰属するとの検察官の主張を排斥し、本件における被告の主張と同様の検察官の所得の主張額の相当部分を排斥したものであった。

(10) 右第一審判決に対し、検察官は、控訴しなかった。

(11) 大阪高等裁判所は、平成6年6月2日、右第一審判決に対する原告(会社)及び甲の弁護人からの控訴の申立てについて、控訴を棄却する旨の第二審判決を宣告した(甲5)。

(12) 国税不服審判所長は、刑事事件の右の第二審判決があった後、右刑事事件が上告審に係属中の平成7年2月23日け付で、別紙・課税の経緯の(法人税)及び(源泉徴収に係る所得税)の各裁決欄のとおりの裁決をし、右裁決書(甲2)を原告に通知した。

(13) 刑事事件の第二審判決は、その後、平成9年11月21日、最高裁で上告棄却決定があり、確定した。

三  主たる争点及び当事者の主張の要旨

1  主たる争点は、以下のとおりである。

(1) 青色申告承認の取消事由の存否

(2) 被告主張の推計課税の必要性の有無

(3) 被告が主張する資産増減法による推計の基礎になる本件各事業年度の各期首及び各期末の原告の純資産、特に被告が主張する多数の仮名預金及び割引債が原告に帰属するかどうか

(4) 被告が主張する資産増減法による推計の合理性と原告の本件各事業年度の所得額の認定

2  当事者の主張の要旨は、以下のとおりである。

(被告の主張)

(1) 原告は、一応、会計帳簿を備え付けていたけれども、それは車両の売上除外や架空仕入れの計上があったもので、到底信用できず、このような不正な経理処理による簿外資金を辛名義ほかの多数の仮名預金等として保有していた。原告の取引先の大部分は一般の不特定多数の消費者であって、課税庁において取引の確認が困難である。

したがって、法人税法127条1項3号の青色申告の承認の取消事由があることは、明らかである。更に、帳簿書類に基づいた実額による売上金額及び仕入金額の把握も困難であって、原告の所得金額を被告主張のように、期首と期末の純資産の比較による資産増減法により推計する必要性があることも明らかである。

(2) 推計の合理性の程度は、真実の所得を算定し得る最も合理的なものである必要はなく、実額近似値を求め得る程度の一応の合理性で足りる。被告主張の推計の方法は、資産増減法であるが、それが同業者比率による推計や本人比率による推計よりも合理的で優っている必要もない。

(3) 右推計の基礎となる被告主張の各期首及び各期末の原告の資産・負債の内容は、別紙①の別表1ないし18のとおりである。そのうち、

(一) 銀行預金、債券について

原告は、不正経理の処理をして簿外資金をつくっており、それを仮名預金や割引債にし、それらを甲の個人資産と混合して保有していた。査察部の調査で判明した膨大な簿外の預貯金や割引債(ワリコー)のうち、本名預貯金や購入方法が取引口座等で判明する形態で甲が購入した割引債は甲個人の帰属とし、仮名の預貯金や購入方法が購入者が判明しない形態で購入された割引債は、すべて、原告に帰属するというべきである。なぜなら、本件各事業年度の甲個人の全体の財産の増加額は、甲の個人収支余剰金を大きく上回り、その大部分は、原告の不正な経理処理により増加したものと認められるからである。

(二) 社長勘定について

右(一)で甲個人に帰属するとされた本名預金や割引債(file_3.jpg証券やfile_4.jpg証券から購入したもの)についても、それが甲個人に帰属するものとすると、その増加額(別紙①の別表11)は、いずれも個人収支余剰金(別紙②の別表4(1)③)を大きく上廻る。右の上廻り部分は、原告が甲個人に対して貸付をしたものと認定するのが合理的である。

(三) その他

公表帳簿外の現金、預金、債券、商品売掛金、未収利息、商品、仮払税金、支払手形、買掛金、預り金、未払税金の各内訳は、別紙①の別表4ないし15のとおりである。

(4) 右(3)の(二)の社長勘定について、原告は、甲個人から貸付金に係る利息を徴収せず、右利息相当額を役員報酬として供与したことになる。そこで、原告は、甲の右の源泉所得税につき、別紙・課税の経緯の(源泉徴収に係る所得税)のとおり、納付義務を負う。

(原告の主張)

(1) 原告には、青色申告の承認を取り消されるほどの違法事由はない。

(2) 被告主張の資産増減法による推計には合理性がない。原告の業務は、車両の販売であり、その仕入先も販売先も把握可能である。また、同業者比率や本人比率による推計の方がより合理的であり、資産増減法による推計には合理性がない。

(3) のみならず、右推計の基礎となる原告の各期首及び各期末の資産が正確に把握されていない。特に、仮名の預貯金や購入者が判明しない形態で購入された割引債をすべて原告に帰属するとする被告の主張は、何ら合理的な理由がないもので、失当である。甲個人は、父親からの相続財産や個人で営業していた時に貯蓄した相当額の資産を有しており、それらの法定果実は年間で相当額に達する。

(4) 被告主張の推計には合理性がないか、又はその推計による立証もないことは明らかである。原告の昭和53年9月期以降の各事業年度の各申告所得額は、前記のとおりであるところ、被告主張の本件各事業年度の原告の各所得額と昭和53年9月期から10年間の平均の所得額とを比較してみると、被告主張の昭和50年9月期の額が約1.68倍、昭和51年9月期の額が約2.24倍、昭和52年9月期の額が約1.76倍となっており、いずれも異常に高額になっている。また、「中小企業の経営指標」による同業者比率法によっても、被告主張額は、いずれの事業年度においても、それよりも異常に高額になっている。これらのことも、被告主張の各所得額が、如何に異常なものであるかを裏付けるものである。

第三争点に対する判断

一  争点(1)(2)について

1  法人税法127条1項3号は、「その事業年度に係る帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し、その他その記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由がある」ときは青色申告承認を取り消すことができる旨規定する。

2  原告は、後記の認定のとおり、本件各事業年度の当初から、その公表帳簿上、売上を除外したり、架空の支払手形を計上するなどして不正な経理処理を行っていたものである。原告は、帳簿書類に取引を隠ぺい、仮装して記載したもので、帳簿書類の記載事項についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があるときということができるから、被告が青色申告の承認を取り消した処分は適法として是認することができる。

3  このように、原告の公表帳簿を信頼することはできず、会計帳簿類をもとに原告の所得額を算定することは困難であったことに加えて、原告の顧客は不特定多数であって、その反面調査も困難であると考えられるから、被告が、原告の所得額を推計して課税する必要性があることも明らかである(法人税法131条)。

二  争点(3)(4)について

1  まず、被告が主張する資産増減法による原告の所得の認定は、各期首とその期末の純資産の増加額(むろん、非課税源泉からの所得の混入を排除した上での増加額である。)を所得と認定する認定手法であり、各期首及び各期末の原告の純資産が完全に正確であることを前提にすると、それは、いわゆる推計というよりは、むしろ実額による所得の認定方法の一つであるともいい得るものである。しかし、被告が主張する資産増減法の基になる具体的な資産及び負債の内訳は、個々の事業収益の内容をなす取引の要件事実や負債等の内容をなす取引の要件事実の各認定を積み上げて認定するものではなく、それらの事実とは別の間接事実から、各期における原告の各資産や負債の存在を被告が主張する手法で推認するものである点で、推計による所得の認定の一つと考えられる。したがって、そもそも、被告主張のような方法による所得の認定が許されないとまでする根拠はもともとない。

2  原告は、原告は飲食店やパチンコ店のような不特定多数の者との現金取引を主とするものではなく、取引先は自賠責保険、車庫証明書等により容易に特定されるから、原告の売上高を実額で把握し、それをもとに同業者比率を用いて推計課税することも可能であったと主張する。しかし、同業者比率による推計の方法があり得るということ自体は、直接に被告主張の資産増減法による推計の方法を排斥する理由にはならないというべきである。

3  被告主張の所得額が認定できるかどうかは、結局は、資産増減法による純資産の増加の基礎になる被告主張の各科目の立証の問題、すなわち、本件においては、被告が主張する修正貸借対照表の各修正科目の立証の程度の問題に帰着するものというべきである。そこで、まず、被告が主張する各修正科目の主要な部分についてについて検討することとする。

4  現金(別紙①の1から3の各現金の科目及び別表4)

(1) 本件各証拠によれば、甲は、中古車の仕入先に支払うためなどの目的で常に現金を持参していた黒鞄内にいれていたこと、その金額は、概ね500万円であったこと、ただし、昭和53年3月28日、大阪国税局査察部の職員が右黒鞄を調べた際には、現金85万円しかなかったこと、甲は、顧客や仕入先から保険の手続を依頼されてそのための金員を預かることもあり、いずれにしても、原告の業務のために右黒鞄内に常時ほぼ500万円の現金を入れていたこと、以上が認められる。右事実によれば、本件各事業年度の期首、期末の現金は、別紙①の別表4のとおりであったと認められる。

(2) 原告は、右の金員の中には、原告(会社)に帰属する分も一部はあったことを認めた上で、しかし、その大部分は甲個人に帰属する金員であると主張する。確かに、被告の主張では、原告の本件各事業年度の各残高に、一律に公表外の現金に500万円を計上するものであるが、前判示のとおりの事実関係の下では、右(1)のとおり認定されてもやむを得ないものと考えられる。また、この点は、結局、いずれの期にも500万円を計上するのであるから、このことが、必ずしも直ちに原告の所得を認定するに当たって原告に不利益となるものでないと考えられる。

5  預貯金及び債券(別紙①の別表1ないし3の各銀行預金及び各債券科目、別紙①の別表5、6、別紙②の別表1の1ないし5、別紙③の1の1及び1の2)

(1) 査察部の調査で判明した被告が主張する別紙②の別表1の1ないし5及び別紙③の別表1の1、2の多数の仮名預金や割引債は、原告に帰属するか、又は甲個人に帰属するかのいずれかであって、それ以外の者に帰属することはあり得ないことは、前判示のとおりである。

(2) ところで、被告は、各期の原告の資産のうちの右の各仮名預金や割引債の帰属について、その源泉から原告へ帰属するとの直接の立証はできないとした上で、甲自身もその資金源から個別にその帰属を区分することは困難というべきであるし、本件各事業年度の甲の財産の増加額と甲の収支余剰金の額とを比較すると、右増加額が収支余剰金の額を大きく上回るのであり、その財産の増加額の多くは、原告の営業活動により発生したものと認めるのが相当であるとして、前記のとおりの主張をする。その上で、被告は、刑事事件で検察官の主張が排斥された部分についても、その主張の結論部分は維持しながらも、本件において明確な更なる主張や立証活動をしていない。しかも、被告は、刑事事件で提出された証拠について、その評価についての具体的、詳細な主張も十分にしていないといわざるを得ない。

他方、原告も、被告の主張に対し、個々の具体的な仮名預金や割引債について、その数が多数に及び記憶できるものではないこともあり、原告への帰属を争うものと争わないものを明確に区別するなどして、その源泉等を明確に主張して立証するなどの態度を一切とっておらず、刑事事件とほぼ同内容の主張をして、被告が主張する資産の帰属等についての認定方法や被告主張の認定方法による結果についての疑問点等を指摘するなどの態度に終始している。

(3) そこで、まず、原告の不正な経理処理による簿外資産の形成について検討すると、本件各証拠及び弁論の全趣旨によると、例えば、原告は、file_5.jpg株式会社に対し、昭和51年7月22日、240万8000円でセドリック一台を販売し、昭和52年4月21日、95万円でカローラ一台を販売し、その際、同社から三台の車両を代金合計5万円で下取りした。ところが、原告は、その仕入・売上げ対照表(甲28の2)において、セドリックの販売代金のうち30万円を圧縮して210万8000円のみを計上し、同様にカローラの販売代金のうち10万円を圧縮して右表に85万円のみを計上したこと、また、原告は、右の車両の下取りについても11万8000円で計上して、6万8000円の過大計上をし、17万円の同社宛の架空の支払手形を発行したこと、更には、原告は、各事業年度において、ほぼ同様の不正な経理処理を他の顧客との取引においてもしていたことが認められる。

甲は、大阪国税局査察部の調査を受けた当時から、本件各事業年度分につき、被告が主張する売上除外や架空仕入の事実、及びそれらによる金員を仮名預金にしていたことを自認していたが、その後、刑事事件で起訴された後、否認するに至ったもので、原告で経理を担当していた乙も、その証人尋問の中で、原告では顧客から入金されたときには預かり金として処理し、その後甲の指示に基づき、「仕入れに対して売上げの票を作りまして、そしてその票にいくら売上げですかということを社長からお聞きして、その売上げを立てて差額はどうしますかということでこれは二部(甲個人が使用していた仮名預金)に回し、とか、そういう指示を受けて預かり金を減少させておりました。」と明確に供述し、被告が主張する不正経理の一部は少なくともあったことを明確に裏付けている。

このようにみてくると、原告の不正経理による簿外資産がある程度あったことは、本件証拠上も明かであり、それが被告主張の右各仮名預金や割引債になったもので、それらはすべて原告に帰属するとの主張も一応の合理性を有するようでもある。

(4) しかしながら、本件証拠及び弁論の全趣旨によると、被告が原告又は甲個人の預金として把握していなかった口座として、B信用金庫吉祥院支店の甲名義の二口の定期預金、C信用金庫円町支店の壬ほか四名名義の仮名定期預金等の各仮名定期預金等があることが認められ、被告のこの点に関する主張も、原告及び甲個人の各預貯金及び割引債をすべて把握された上での主張でないことは明かであり、そうすると、被告主張の各仮名預金や割引債についての原告と甲への帰属の区分についての被告の主張も、その前提は確かなものではないといわざるを得ない。また、甲は、父親から相当額の相続財産を承継しているのであり、更に、被告が主張する甲の個人資産についての収支に照らしても、昭和50年9月期の期首である昭和49年10月時点までに、甲は相当程度の個人資産を有していたことも確かである。そして、裁判所に顕著な事実及び弁論の全趣旨によれば、本件各事業年度の以前、及び本件各事業年度の金利水準についてみると、昭和47年から昭和49年までの間は、公定歩合が4.25パーセントから最高で9パーセント、特に昭和48年12月末ころからは9パーセントであったこと、昭和50年9月期の期間は公定歩合が9パーセントないし7.5パーセント、1年定期預金の金利が7.75パーセント、昭和51年9月期の期間が公定歩合が6.5パーセント、1年定期預金の金利が6.75パーセント、昭和52年9月期の期間が公定、歩合が6.5ないし4.5パーセント、1年定期預金の金利が6.75ないし5.25パーセントであったことが認められ、いずれにしても、右仮名預金や割引債のその間の実質金利分(割引債を乗換えた場合には発行額面と購入価格との差額から源泉徴収分の税金を控除したもの。)の増加額は相当額になると考えられる。また、被告が主張する修正科目の主たる部分はこの仮名預金と割引債の帰属の認定にあると考えられるところ、被告主張の各期の原告の所得額をそのまま認めると、前判示のとおり、本件各事業年度の各所得のみが、昭和53年度以降の申告所得額と比較して異常に高額になることになるが、本件各事業年度がそのように高額になることの事情については、証拠上何らその理由となり得る事情も窺えない。更に、被告が主張する本件各事業年度の原告の所得額は、「中小企業の経営指標」の各年度版による同業者の営業利益に比較して、昭和50年9月期で10倍、昭和51年9月期で13.3倍、昭和52年9月期で12.8倍であって、この種の営業の営業利益としては極端に高いものとなる。

そうすると、一般的には、資産増減法による所得の認定方法に対して、他年度の本人比率による認定方法や同業者比率による認定方法によるべきであるとの主張、あるいはいわゆる期首持ち込みの主張は、それだけでは直接の反証にはならないけれども、このように、右の各仮名預金及び割引債の帰属についての被告の主張を前提とすると他の判断手法に比較して極端な相異があって大きな疑問が生じる場合には、それは、とりも直さず、被告主張の右の帰属の主張自体についての大きな疑問とならざるを得ないというべきである。

(5) 以上のような諸点を踏まえて、更に検討すると、本件証拠及び弁論の全趣旨によると、別紙②の別表1の1の各預金口座のうち、少なくとも、C信用金庫円町支店の癸名義、同支店のD名義、別紙②の別表1の2のB銀行西京極支店のE名義の各口座は、いずれも、不正な経理処理により形成された原告の簿外資金を入金するために設定された口座であって、原告に帰属することが明かに認められる。

しかし、被告が各期に原告に帰属すると主張するその余の右各仮名預金及び割引債は、結局、原告の簿外資金で形成されている可能性は否定できないが、被告の前記のとおりの立証活動に照らしても、原告に帰属するとの証明はないといわざるを得ない。このように、被告が原告に帰属すると主張する仮名預金や割引債の相当部分は、原告に帰属するか又は甲個人に帰属するかは、結局は、不明であるといわざるを得ない。

(6) 結局、本件各証拠によっても、昭和49年9月期の銀行預金及び債券は原告に帰属するものが認められない。そして、本件各証拠によって原告に帰属するものと認められるのは、昭和50年9月期には、割引債(ワリチョウー)500万1480円、F信用金庫円町支店の普通預金250万9425円であり、昭和51年9月期は、割引債(ワリチョー)656万7800円、C信用金庫円町支店のG名義の普通預金302万7187円、割引債(ワリコー)399万7147円、割引債(ワリコー)299万7000円であり、昭和52年9月期は、割引債(ワリチョウー)710万1850円、割引債(ワリコー)427万円、割引債(ワリコー)299万7000円、割引債(ワリコー)399万9000円、割引債(ワリコー)84万5000円、B銀行西京極支店のE名義の普通預金口座の437万1913円、file_6.jpg名義の定額郵便貯金三口の合計228万円、file_7.jpg名義の定額郵便貯金一口の43万円のみであるということになる。

(7) そうすると、各期の銀行預金及び債券の各科目は、別紙⑤の別表(1)ないし(3)の各修正貸借対照表のとおりとなる。なお、更に、別紙①の別表1ないし3の各修正貸借対照表の各未収利息、仮払税金、未払税金の各科目も別紙⑤の別表(1)ないし(3)のそれぞれの科目欄の記載のとおりと認められる。

6  支払手形(別紙①の別表1ないし3の各支払手形の科目、別紙④の別表3ないし5の各支払手形)

(1) 被告は、別紙④の別紙3ないし5の各支払手形は、いずれも架空のものであって、それに対応する金員が原告の簿外資金となっているから、公表帳簿上の支払手形の各科目は虚偽の計上であると主張し、原告は、右各手形が仮に被告主張のとおりであるとしても、それらに対応する修繕等は実際に行われたもので、それは原告が支出すべき修繕費等を甲個人が立て替えて支払ったことによる甲個人の原告に対する求償権の弁済として甲個人に支払われたものであるから、支払手形の科目を修正するのであれば、他の負債科目で修正すべきであると主張する。

(2) まず、本件各証拠によれば、被告主張の右各支払手形が、原告から取引先に支払のために振出されたものではなく、架空のものであって、原告が公表帳簿上にこれを支払手形として計上したことは虚偽の計上であったことは明かである。

そして、右各手形の中には、確かに、実際に修繕等がされたことによるものも窺われるが、本件証拠によれば、それらについてもそれぞれの過年度の各期中にそれに対する支払がされたり、相殺により清算済みであることが推認され、また、それに対応する現金が甲個人の手持資金とされたことが認められる。そうすると、いずれにしても、原告の主張は採用できない。

7  社長勘定(別紙①の別表1ないし3の各社長勘定の科目及び別表11)並びに本件納税告知及び不納付加算税

(1) 被告が主張する仮名預金及び割引債の大半が原告に帰属するものとは認められないことは前判示のとおりであるが、それと同様の理由から、甲個人に帰属すると被告が主張する本名預金や割引債の甲個人の個人収支余剰金を上回る部分を原告が甲に貸付けたものとは認めるに足りない。

(2) したがって、この点の被告の主張も採用できず、本件各事業年度の社長勘定の科目は認められないから、別紙⑤の別表(1)ないし(3)の社長勘定の科目欄のとおりとなる。

(3) そして、社長勘定についての被告の主張が認められない以上、その利息相当分を原告が甲個人に役員報酬として供与したことを前提とする本件各納税告知は、いずれも、その要件が認められないことになる。また、昭和52年9月分の源泉徴収に係る所得税の不納付加算税の賦課決定も違法といわざるを得ない。

8  原告の本件各事業年度の所得額

本件各証拠によれば、結局、本件各事業年度の原告の各期の資産及び負債の各科目は、別紙⑤の別表(1)ないし(3)の修正貸借対照表のとおりであると認められる。原告の所得額についての被告の主張は、右の限度で理由があり、その余は理由がないというべきである。

9  重加算税の賦課決定処分

(1) 前判示のとおり、原告は、本件各事業年度の売上金額の一部を公表帳簿に計上しないなどの手段で除外し、これら除外した所得分を架空名義の預貯金や債券等で運用するなどの不正な手段によって隠ぺいしたのであり、その結果、前記の認定の各所得額と申告額との差額相当の所得に関する限度で、法人税を仮装又は隠ぺいの方法で免れたものというべきである。

(2) そうすると、前記の所得額の認定の限度で、原告のこれらの行為は、昭和59年法律第5号による改正前の国税通則法68条1項の事由に該当するというべきであるから、本件重加算税の賦課決定処分のうち、前記で認定した各所得金額を超える部分は違法であって取消しを免れず、その余は適法というべきである。

三  結論

以上のとおりであり、本件各処分のうち前記の認定所得額を超える部分及び本件納税告知及び不納付加算税の賦課決定はこれを取り消すこととし、原告のその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとする。

(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 山本和人 裁判官 吉田静香)

file_8.jpg別紙

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