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京都地方裁判所 平成8年(ワ)417号 判決 1998年3月24日

*印は、本控訴判決において付加訂正された個所に編集者が付したものである。

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告壽工業株式会社(以下「被告壽工業」という。)は、原告に対し、一三七二万円及びこれに対する平成七年七月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社デ・リードエステート(以下「被告デ・リード」という。)は、原告に対し、六九四万七二八〇円及びこれに対する平成七年七月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告デ・リードは、原告に対し、平成八年二月一日から前項の金員の支払済みまで、月額一四万三二五〇円の金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実並びに証拠(甲一)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実

1  被告壽工業は不動産の売買・賃貸等を業とする会社であり、被告デ・リード(平成八年一〇月にデトムエステート株式会社から商号変更)は、不動産の売買・仲介・管理等を業とする会社であるが、被告壽工業は平成六年一〇月頃、京都市中京区夷川通堀川東入西夷川町<番地略>において建築中の分譲マンション「デ・リード二條城前」(以下「本件マンション」という。)を、被告デ・リードを販売代理人として販売していた。

2  原告は、平成六年一〇月七日頃、本件マンションのモデルルームを訪れ、被告デ・リードの本件マンション担当者である営業部主任七種憲一(以下「七種」という。)から説明を受け、本件マンションの六〇三号室(以下「本件居室」という。)について、同月九日、申込証拠金二万円を支払い、同月一四日、右証拠金を含めて手付金四六〇万円を支払い、同月一六日、被告壽工業と原告との間で、被告デ・リードを販売代理人とし、本件居室につき代金を四五六〇万円、竣工予定日を平成七年六月末日、引渡開始予定日及び残代金四一〇〇万円の支払期日を同年七月末日とする売買契約書を作成した。(以下「本件売買契約」という。)

3  本件売買契約では、違約条項として、売主又は買主が契約に違反し、相当期間を定めた履行の催促に応じないときは、契約を解除することができ、売買代金の一〇分の二の違約金を支払うこと、売主による違約の場合は、受領済みの手付金を返還し、買主による違約の場合は、受領済みの手付金を違約金に充当することができる旨定められた。

4  ※平成七年七月一六日、本件マンションの建物竣工後の内覧会が行われたが、その際、原告は、本件マンションの西側窓からの眺望が、本件マンションの西側に隣接する五階建てビル(以下「隣接ビル」という。)の屋上に設置されたクーリングタワーにより妨げられること及び右クーリングタワーの機械音が大きいことについて、交渉当初から原告が眺望を重視する旨伝えたのに、説明を受けていないとして契約違反を主張した。

5  その後、原告と被告らの間で交渉がもたれたが、合意に達することなく、原告は、被告デ・リードに対し、同年七月二一日、本件売買契約を解除し、手付金の返還を求める旨の内容証明郵便を発送し、右郵便は同月二四日に到達した。

二  原告の主張の要旨

1(一)  原告は、本件売買契約において、被告壽工業の代理である被告デ・リードの担当者七種との間で、本件居室の西側窓から二條城庭園への視界を遮るものがないことを口頭で特約した。

(二)  しかし、本件居室の西側窓は隣接ビルのクーリングタワーの正面であり、圧迫感があるとともに、二條城方面の眺望の大部分は右クーリングタワーで遮られている。

(三)  西側窓から二條城が眺望できることは、原告にとって本件売買契約の最も重要な要素であり、被告壽工業は右特約に違反したものである。

2  また、本件マンションは、高い静粛性を売り物としていたにもかかわらず、右クーリングタワーの機械音は極めて大きく、本件居室は通常の居住用マンションとして通常有すべき品質を下回っている。完成前にパンフレットとモデルルームを見て契約する場合、本件のような騒音がないことは保証されているものと言わねばならず、被告壽工業には機械音についての告知義務があるのに、同被告はこれにも違反している。

3  そして、原告は、被告壽工業の前記各契約違反により本件売買を解除したものであるから、前記約定に基づき被告壽工業に対して、手付金四六〇万円及び本件売買代金四五六〇万円の一〇分の二に当たる九一二万円の約定違約金の請求権がある。

4  被告デ・リードは、マンションの専門業者として、原告に対し、前記眺望及び騒音について的確な情報を提供すべき義務があるのに、これを怠ったことについて不法行為責任を負う。

5  被告デ・リードの不法行為により、本件売買契約を解除したこと、また、本件居室への入居を前提に従前の住居の賃貸借契約を解約したことによって、原告は次の損害を被ったものであり、右各損害についての賠償を求める。

(一) 本件売買契約の手付金として交付した四六〇万円(被告壽工業と不真正連帯責任)

(二) 従前入居していた住宅の賃料と現在入居している住宅の賃料差額が月額一四万三二五〇円であることから、平成七年八月分から平成八年二月分までの一〇〇万二七五〇円及び平成八年三月分から損害賠償金支払いにより本件が解決するまで月額一四万三二五〇円

(三) 現在入居している住宅の新規契約に伴う礼金等一二九万五七三六円

(四) 本件売買契約の代金支払いのために借りたローンの利息四万八七六七円

三  被告らの主張の要旨

1  将来分の請求については、将来発生する不確定な損害についての賠償請求であり、不適法であるから却下を求める。

2  眺望についての特約は否認する。眺望の良し悪しは極めて主観的であり、契約上の注意義務の内容を確定することが困難であるし、また、都市部の住宅では日照等と比較して重要性は低いもので、これを売買契約の要素とする意思の合致があったとは到底認められない。また、被告デ・リードには右のような売買条件設定についての代理権がない。

さらに、本件マンションにおいて広告している眺望は、西側窓ではなく、主に南側バルコニーからのものであるし、西側窓からの眺望も、クーリングタワーは見えるが、二條城の緑や周辺の景色もかなり見えるものである。

3  騒音についても、クーリングタワー稼働時の隣接ビル屋上での測定値は四八デシベルに止まり、気密性の高い本件居宅内では受忍限度内であって、告知義務はない。なお、原告の現在の居宅付近での測定値は五五デシベルであった。

4  原告主張の損害は、原告が従前よりも快適な住環境を得るためのもので、本件とは因果関係がない。

第三  当裁判所の判断

一  まず、証拠(甲一ないし五、一一ないし一四、一九、二一、検甲一、二、乙三、五、七、検乙一、五ないし七(各枝番含む。)、証人七種憲一、同西澤朗、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、眺望・騒音に関連する本件の経緯につき、次の事実が認められる。

1  原告は、平成七年一〇月七日頃、本件マンションのモデルルームを訪れたが、その頃、本件マンションでは、六階の本件居室と三階の別の一室が未契約の状況であったところ、原告は、眺望を重視する意向を伝え※、本件居室について、部屋の間取図を見ながら説明を受けた。※

2  本件マンションは※南側が道路に面しており、本件居室は※、南北に長く、東側がリビングダイニングルーム10.4畳、西側が、南から和室六畳、洋室4.6畳、洋室5.8畳等となっており、リビングダイニングルーム10.4畳及び和室六畳の南側に、長さ5.35メートル、幅0.9メートルのバルコニー、洋室5.8畳の北側に約一メートル四方程度のバルコニーがあり、洋室4.6畳の西側に本件で問題となっている窓がある。※

そして、本件マンションの西方向から南西方向にかけて、ある程度以上の高さからは二條城の緑地帯を望むことができ、※本件マンションの宣伝用のチラシ(甲三の1)では、外観、内装、交通の便等についての宣伝文句とともに「上階からは二條城の眺望が広がります」との記載があり、※本件マンションのパンフレット(甲一三)では、周辺施設の説明等とともに、「光と風を豊に招き入れる、独自の多面採光・通風プラン」との小見出しの中に「二條城の景観が広がる住宅も六戸を御用意」との記載がある。また、右パンフレットには「高い静粛性と快適性を確保」との小見出しの中に「隣戸の音が気になったり、音漏れが心配になったり―そんな不安をぬぐうため、戸境壁の壁厚は一八〇ミリを採用。ほとんどの生活音をさえぎり、静かな環境を守ります」との記載がある。※

3  七種は、原告への説明の際、眺望について、南側バルコニーを意識して、二條城が見える旨の説明をした。そして、原告は、隣接ビルとの関係で、洋室4.6畳の西側窓からの眺望を尋ねたところ、七種は、その場で、本件マンションの六階は五階建ての隣接ビルより高く視界が通っている旨発言した。さらに、原告は隣接ビル方向に高いビルが建たないか聞いたところ、七種は、周辺地域は七階の高さ制限があり、不況でもあるから、保証はできないけれども建たないであろうと述べた。

そして、七種は、来場者アンケート(乙七)の備考欄に、原告の意向として「勤務滋賀、JR京都駅のアクセス考える。場所いいと思う。上階層気に入っている。二條城の方向や周りに高い建物建たないか。」との記載をした。

4  その後、眺望についての特段のやりとりはなく、契約書作成、重要事項の説明等に際しても、どちらからも眺望ないし騒音に関する発言は出なかった。

5  平成七年七月一六日、本件マンションの内覧会において、その際、原告は、本件居室の南側バルコニーからは、やや斜めに二條城を望むことはできるが※、西側窓の正面に隣接ビルのクーリングタワーが※あるため、窓に接近しないと二條城の緑がほとんど見えない状態であり、また、クーリングタワーの機械音が大きかったため、交渉当初から眺望を重視する旨伝えたのに、説明を受けていないとして契約違反を主張した。

6  そして、原告と被告らの間で交渉がもたれ、七種が、クーリングタワーについて気付かなかったことを詫び、原告からは、代替物件の紹介、本件居宅への賃借入居、本件売買についての大幅な値引などの提案がなされ、被告側からは、騒音を防ぐための二重窓を被告側で設置すること、登記費用について四〇〜五〇万円程度の協力をすることなどの提案がなされたが、合意に達することなく、原告は、被告デ・リードに対し、同年七月二一日、本件売買を解除し、手付金の返還を求める旨の内容証明郵便を発送し、右文書は同月二四日に到達した。※

7  本件居室は、同年八月七日付で、本件売買と同額の四五六〇万円で第三者に売却された。

8  その後、本件マンションの七〇二号室の入居予定者が契約解除になったことから、原告は被告側の勧めで、同年一〇月三〇日頃、七〇二号室を見学した。そしてその際、隣接ビルのクーリングタワーが稼働していなかったため、音量の測定などはできなかったが、隣接ビルの管理会社の担当者から、クーリングタワーの稼働は冷房使用期間(六月から九月)であり、また、故障のために音が大きいので修理する予定であるとの説明があった。しかし、原告は、眺望についてはほぼ期待通りであったものの、既に他の住宅への引っ越しを終えていたことや被告らに不信感を持っていたこともあって、音が消えることはない旨伝えて、七〇二号室への入居を断った。※

二  そこで、まず、原告は、七種との間で、本件居室の西側窓から二條城庭園への視界を遮るものがないことを特約したもので、これは本件売買契約の最も重要な要素であるから、本件のようにクーリングタワーにより眺望が遮られることは、契約解除事由となるべき契約違反である旨主張するので検討する。

1  前記諸事情によれば、七種は、原告の西側窓からの眺望についての質問に対して、クーリングタワー等の構築物を意識せず、隣接ビルの高さとの比較だけから推測を述べ、その結果、原告は、西側窓からの眺望について事実と異なるイメージをもったことが認められ、七種において、隣接ビルのクーリングタワー等の構築物の有無を確認することは、多少の困難を伴うとしても可能であったと考えられるから、その後確認等をすることなく、推測による不正確な応答に止まったことについては、実物を確認することなく説明のみによって分譲マンションを販売する販売代理人として、軽率の謗りを免れないというべきである。

2  しかし、原告本人の供述によっても、当初の説明時点において、西側窓から二條城が眺望できなければ、当然に本件売買を行わないという意識であったか疑問があるし、少なくとも、本件の経緯及び通常の不動産取引の実情に照らして、七種において、原告が、西側窓から二條城が眺望できなければ本件売買を行わない意思であることを認識できたとは認められない。

3  さらに、原告は、本件マンションが眺望を売り物にした物件であり、上層階が高額であることが多く、眺望は重要な評価要素であることを主張し、原告本人は、眺望を重視していたため、本件居宅の価値を二〇〇〇万円程度と評価している旨供述するが、本件居室は、原告の解除通知の二週間後に契約額と同額で売却されており、本件居室の市場価値が、眺望の阻害ないし騒音によって低下したと認めるに足りる証拠はないこと、本件マンションの広告における眺望が、南側バルコニーからの眺望を中心とするものである旨の被告らの主張は首肯できること、本件マンションは、市街地の中心部に所在しており、一般に、市街地における住居の眺望は、その性質上、長期的・独占的に享受しうるものとはいい難く、隣接建物により眺望が阻害されることは、特段の事情がない限り受忍せざるを得ないものであること等を考慮すると、西側窓からの眺望が阻害されることが直ちに本件売買契約の解除事由となるとの特約がなされたと意思解釈することはできない。

さらに、七種の説明が不十分であったとしても、事実を知りながら敢えて告知しなかったという形跡はないこと、その後の交渉過程において、原告に事実と異なるイメージをもたせたことに対して、被告デ・リードにおいてある程度の便宜を図る提案がなされたこと等を考慮すると、信義則上、契約解除を相当とする事情があったとも認められない。

4  従って、西側窓からの二條城の眺望が隣接ビルのクーリングタワーによって阻害されることが、被告壽工業の債務不履行による契約解除事由に当たるとする原告の主張は、七種の代理権の有無等を検討するまでもなく採用できない。

三1  次に、クーリングタワーの騒音について検討するに、原告は、本件の隣接ビルの空調の騒音によって、本件居室が居住用マンションとして通常有すべき品質を下回っており、さらに、本件マンションの販売に当たっては、高い静粛性の確保を謳っていること、交渉当初に原告が研究者であることを告げでいたこと等から、被告らは、これをクーリングタワーの騒音について告知する契約上の義務を有するのに、これに違反したものであり、契約解除事由となる旨主張する。

2  しかし、本件建物の立地条件や、本件建物建築前から隣接ビルは存在したこと等を考慮すると、隣接ビルが存在し、これに空調用のクーリングタワーが設置され、一定の機械音が生じることは、通常予想しうべきものである。

そして、隣接ビルのクーリングタワーの機械音が品質の劣化等により、受忍限度を越える騒音を発することがあるとしても、これはむしろ本件建物の管理上の問題として隣接ビルと交渉されるべきであって、売主において、事前に受忍限度を越える騒音を認識し、あるいはこれを予想すべき特段の事情がある場合を除いて、当然に、隣接ビルのクーリングタワーの音量等を予め確認して買主に告知する義務があるとはいえない。

また、広告において、高い静粛性の確保を謳っていることについても、前記広告の内容から見て、主として、建物の構造上の遮音性を意味することが明らかであり、これによって、被告側の義務が加重されるとも認められない。

3  従って、クーリングタワーの騒音についても、被告壽工業の債務不履行による契約解除事由に当たるとする原告の主張は採用できない。

四  以上から、本件では、被告らに契約解除事由となるべき債務不履行があったとは認められず、原告の被告壽工業に対する手付金返還及び約定違約金の請求、被告デ・リードに対する契約解除によって生じた損害についての損害賠償請求は、いずれも、その前提を欠くものであるから、その損害額の当否等を検討するまでもなく理由がない。

五  なお、被告らは、原告の将来請求について、将来発生するか否かが不確定である旨主張するところ、確かに右請求は、被告デ・リードの履行以前に原告が別の住居に転居すれば、その損害内容が変化するという意味では損害が発生するか否か不確定な部分があるが、同時に、他に転居できるだけの期間が経過すれば、本件との相当因果関係も失われるものと考えられるから、全体として本案の判断をするのが相当である。

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