京都地方裁判所 平成8年(ワ)688号 判決 1998年12月18日
甲事件本訴被告・甲事件反訴原告(以下「原告」という。)
榊原和彦
外二一名
乙事件原告(以下「原告」という。)
小仲寅夫
同
直違橋十一丁目町内会
右代表者会長
小寺治
右原告ら訴訟代理人弁護士
飯田昭
甲事件本訴原告・甲事件反訴被告・乙事件被告(以下「被告」という。)
株式会社セレマ
右代表者代表取締役
斎藤眞一
右訴訟代理人弁護士
駒杵素之
主文
一 被告の甲事件本訴請求をいずれも棄却する。
二 原告小仲寅夫及び同直違橋十一丁目町内会を除くその余の原告らの甲事件反訴請求をいずれも棄却する。
三 原告小仲寅夫及び同直違橋十一丁目町内会の乙事件請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、甲事件本訴及び同反訴を通じて二分し、その一を原告小仲寅夫及び同直違橋十一丁目町内会を除くその余の原告らの負担とし、その余を被告の負担とし、乙事件につき、原告小仲寅夫及び同直違橋十一丁目町内会の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 甲事件本訴について
1 原告小仲寅夫及び同直違橋十一丁目町内会を除くその余の原告らは、被告に対し、それぞれ同原告ら住所地の各使用建物壁面に設置した「セレマ伏見稲荷営業所は葬儀営業をやめなさい」などと書いた掲示板を撤去せよ。
2 原告小仲寅夫及び同直違橋十一丁目町内会を除くその余の原告らは、被告に対し、各自金一五八四万及び平成七年一〇月一日から右1の掲示板を撤去するまで一か月金三九六万円の割合による金員を支払え。
3 原告小仲寅夫及び同直違橋一一丁目町内会を除くその余の原告らは、被告が同伏見稲荷営業所において葬儀営業するに際し、「葬儀施行絶対反対」などと書いたプラカード等を掲げ持つなどして右営業を妨害してはならない。
二 甲事件反訴について
1 被告は、同伏見稲荷営業所において、葬儀営業をしてはならない。
2 被告は、原告尾崎進に対し、金三三〇万円及び平成八年三月二八日から被告が同伏見稲荷営業所における葬儀営業の中止を表明するまで一か月金三〇万円の割合による金員を、原告長谷川武次、同中村佐敏及び同榊原和彦に対し、各金二二〇万円及び平成八年三月二八日から被告が同伏見稲荷営業所における葬儀営業の中止を表明するまで一か月金二〇万円の割合による金員を、原告小仲眞一、同林静枝、同住田平八郎、同長谷川弘、同武村義弘及び同小仲昌宏に対し、各金一一〇万円及び平成八年三月二八日から被告が同伏見稲荷営業所における葬儀営業の中止を表明するまで一か月金一〇万円の割合による金員を、原告和田末雄、同西村兵三郎、同尾崎敏昭、同小仲基博、同大須賀秀雄、同窪田哲二、同長谷川清、同阿蘇一司、同中村富夫、同場谷節子、同小寺金治郎及び同中原俊宣に対し、各金五五万円及び平成八年三月二八日から被告が同伏見稲荷営業所における葬儀営業の中止を表明するまで一か月五万円の割合による金員を支払え。
三 乙事件について
1 被告は、同伏見稲荷営業所において、葬儀営業をしてはならない。
2 被告は、原告小仲寅夫に対し、金五五万円及び平成八年三月三一日から被告が同伏見稲荷営業所における葬儀営業の中止を表明するまで一か月金五万円の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 事案の要旨
1 甲事件本訴について
本件は、原告小仲寅夫及び同直違橋十一丁目町内会(以下「原告町内会」という。)を除くその余の原告ら(以下「甲事件原告ら」という。)が、京都市伏見区深草直違橋一一丁目一〇七番二所在の被告所有建物(以下「本件会館」という。)における葬儀営業に反対する貼紙を甲事件原告らの店舗や居宅に掲示し、被告が本件会館において葬儀を施行した際には「葬儀施行反対」などと書いたプラカードを持って立つ示威行為により、被告の葬儀営業の妨害を行うとともに、被告の名誉を毀損し、さらに、将来にわたり前記のような葬儀営業に対する妨害行為が繰り返されるおそれがあるとして、被告が甲事件原告らに対し、右貼紙の撤去、損害賠償及び右示威行為等の営業妨害行為の禁止を求めた事案である。
2 甲事件反訴及び乙事件について
本件は、被告が本件会館において葬儀営業を行うことが原告町内会を除くその余の原告らの人格権、環境権又は財産権を侵害する不法行為であり、さらにこれに対する甲事件原告らの抗議行動について損害賠償請求訴訟を提起したことも不法行為に当たるとして、原告町内会を除く原告らが被告に対し、損害賠償請求すると共に、本件建物において葬儀営業は行わないとの原告ら被告間の合意、直違橋十一丁目町内会まちづくり憲章、人格権又は環境権に基づき右葬儀営業の差止めを求めた事案である。
二 争いのない事実等
1 被告は、前払式割賦販売方式による会員制冠婚葬祭儀礼の施行を業とする株式会社であり、各地に会員募集業務を行う営業所、結婚式場及び葬祭場を設置している。
2 被告は、元国鉄用地であった京都市伏見区深草直違橋一一丁目一〇七番二所在の宅地(324.14平方メートル。ただし、都市計画道路敷地差引実測260.06平方メートル)を購入し、平成六年四月、右宅地において、本件会館(鉄骨造陸屋根三階建会館、一階床面積54.35平方メートル、二階三階床面積各200.73平方メートル)を建築する計画を立て、同年六月ころに着工、同年一一月一七日に完工し、一階に駐車場(約一五〇平方メートル)、二階に多目的ホール(約八九平方メートル)、三階に事務室(約六三平方メートル)等を設け(乙二)、被告伏見稲荷営業所として使用を開始した。
3 原告町内会を除くその余の原告らは、いずれも本件会館付近に居住し、京都市伏見区深草直違橋一一丁目(以下「本件町内」という。)ないし同区深草ススハキ町の住民である。原告町内会は、三八世帯で構成される。原告小仲寅夫は、平成六年四月一日から平成七年三月三一日まで原告町内会の会長を務めた。本件町内は、都市計画法上、近隣商業地域に指定されている。
三 争点
1 甲事件反訴及び乙事件
(一) 被告の葬儀営業の差止め及び損害賠償請求について
(1) 合意に基づく差止めの成否
(原告らの主張)
被告伏見稲荷支社長高木将博(以下「高木」という。)は、平成六年七月ころ、本件会館の近所へ挨拶まわりをしたとき及び原告小仲寅夫が被告の旧伏見稲荷支社を訪ねたとき、本件会館の用途について説明したが、葬儀の施行には触れず、同月一五日、原告小仲寅夫宅において、被告を代表して、原告小仲寅夫、同中村富夫、榊原恒子(原告榊原和彦の妻)に対し、本件会館を葬儀会場としては使用しないことを確約したのであるから、被告は、右確約を信義則上守る義務がある。
(被告の主張)
高木は、右日時に、原告小仲寅夫らに対し、個人として、本件建物を葬儀会場に使用することはできないのではないかとの意見を述べたのであり、被告を代表して述べたものではない。高木は、右当時、被告伏見稲荷支社管内の会員募集業務に関する責任者にすぎず、葬祭施行業務を含む貸会場運営の責任を負うものではなかった。
(2) 直違橋十一丁目まちづくり憲章に基づく差止めの成否
(原告らの主張)
原告らは、平成八年二月一九日、本件町内における葬儀営業は認められないとする「直違橋十一丁目まちづくり憲章」を採択した。被告は、原告町内会の一員として、右憲章を遵守する義務がある。
(被告の主張)
右憲章は被告に対する拘束力を有しない。
(3) 人格権、環境権、財産権侵害に基づく差止め及び損害賠償請求の成否
(原告町内会を除くその余の原告らの主張)
本件町内は、平安京以前からの歴史を有するコミュニティであり、店舗兼住宅ないし住宅で構成されている伏見稲荷大社の門前町である。被告は、本件町内において葬儀営業をする必要がなく、本件町内の住民にとっても新たな葬儀場は必要ない。本件会館は、敷地も狭く、建物が通りに面しているため、ここで葬儀を行えば、原告町内会を除くその余の原告らの生活や営業に対して重大な影響を及ぼすことになる。さらに、本件会館の前面道路は、幅員七メートル弱しかなく、一方通行であり、直近にJRの踏切があることから、交通渋滞が悪化する。以上より、被告が本件会館において施行した葬儀によって、同原告らの人格権、環境権、財産権が侵害され、また将来侵害される可能性がある。
(被告の主張)
被告は、葬儀の施行に当たっては、建物外に幕、樒、生花等の飾り付けをせず、参列者は建物内に収容し、建物外に佇立させず、出棺に用いる車両はワゴン車にするなどの配慮をしており、葬儀施行に伴い影響を最小限に止めている。参列者が喪服を着用することなどにより、葬儀施行の事実が表出することは、受忍限度の範囲内である。
(二) 甲事件本訴提起の不法行為の成否
(甲事件原告らの主張)
資金力のある企業が、自己の営業活動により影響を受ける付近住民に対して、訴えを提起するにあたっては、不当訴訟提起回避についての厳格な注意義務が課せられるにもかかわらず、甲事件本訴請求のうち損害賠償請求は、甲事件原告らの違法性の認められる余地のない行為に対し、損害額及び因果関係についても明白に立証不可能な逸失利益の賠償を求めるものであるから、同原告らに対する不法行為を構成する。
(被告の主張)
甲事件本訴請求には理由があるから、正当な権利行使である。
(三) 原告町内会を除くその余の原告らの損害
(原告町内会を除くその余の原告らの主張)
原告町内会を除くその余の原告らは、いずれも本件会館に近接して居住ないし営業をしており、被告の葬儀営業により、非日常的な「葬儀」や「死」を常に意識させられる上、日常生活における行動が制約され、読経やエアコンの騒音や交通の渋滞が避けられず、地域の生活環境等の悪化により不動産の価値も低下し、さらに、甲事件本訴提起も相俟って、同原告らの生活及び営業(ただし、営業は原告小仲眞一、同林静枝、同住田平八郎、同長谷川弘、同武村義弘及び同小仲昌宏に限られる。)を阻害し、特にこれらのストレスにより原告尾崎進は冠動脈バイパス手術を要する心臓病を、同長谷川武次は腎臓機能障害を、同中村佐敏は心臓異常を来したことにより、同尾崎進の損害額は三〇〇万円を、同長谷川武次、同中村佐敏及び同榊原和彦(同人は本件建物の正面に居住している。)の損害額は二〇〇万円を、同小仲眞一、同林静枝、同住田平八郎、同長谷川宏、同武村義弘及び同小仲昌宏の損害額は一〇〇万円を、その余の同原告らの損害額は五〇万円をそれぞれ下らない。
弁護士費用は、右請求金額の一割を下らない。
2 甲事件本訴(甲事件原告らの住民運動の不法行為に基づく損害賠償請求並びに営業妨害及び名誉毀損に基づく妨害排除請求及び差止請求の成否)
(被告の主張)
甲事件原告らは、平成六年一一月三〇日ころから、同原告ら使用建物の壁面に「セレマ伏見稲荷営業所は葬儀営業をやめなさい!住民の環境権・生活権・財産権の侵害につながる非常識な営業行為は許さない」「道路交通、生活環境を悪化させる非常識な営業行為は許さない」「私たちの故郷の稲荷の地を一私企業のエゴによる蹂躙から守ろう」などと大きく書いた貼紙を掲示し、被告が平成七年六月三日に葬式を、同月一七日及び一八日に通夜及び葬式を本件会館において施行した際、同原告らの一部は、十数名から二十数名で本件会館の真向いの同原告らの敷地内で「葬儀施行反対」と書いたプラカードを持って立つなどの示威行為により、右葬儀参列者に不快の念を抱かせ(被告は、施主に対して謝罪し、一〇〇万円を支払った。)、もって、被告の葬儀営業の妨害を行うとともに、第三者に対し、被告が企業エゴによる非常識な営業行為をしているかのように宣伝し、もって被告の名誉を毀損し、さらに、同原告らは、平成七年七月三〇日の被告との協議において、被告が葬儀施行する場合にはあらゆる手段をもって妨害するとの意思を示しているから、将来にわたり前記のような葬儀営業に対する妨害行為が繰り返されるおそれがある。
よって、同原告らは、被告が同原告らに対し本件会館における葬儀施行を表明した平成七年五月三一日から右貼紙を撤去するまでの間、被告の本件会館における葬儀施行を事実上不能にさせているから、右貼紙を撤去すると共に、被告がその間に葬儀営業により得ることができる利益相当額一か月三九六万円(一件当たりの予想平均収益三三万円に一か月の予想平均施行回数一二件を乗じた額)を損害賠償すべき義務を負い、かつ、被告が葬儀営業するに際し、「葬儀施行反対」などと書いたプラカードを持って立つなどの示威行為によって被告の営業を妨害しないようにすべき義務を負う。
(甲事件原告らの主張)
甲事件原告らは、町内会としての意思決定の下に、その各所有建物の壁面等に「セレマ伏見稲荷営業所は葬儀営業をやめなさい」などと同原告らの要求を書いた看板を掲示し、また、被告の葬儀施行時に、同原告らの敷地内において「葬儀施行反対」と書いたプラカードを掲げて反対の意見を示したにすぎず、相手方に対する実力行使を伴わない行為であるから、同原告らの右各行為は、正当な権利の行使である。また、同原告らの右各行為と損害との間に因果関係はない。
第三 争点に対する判断
一 本件に至る経緯
証拠(甲一ないし一七、三二、検甲一ないし一〇、乙二ないし一一、一三ないし二五、二八ないし三三、検乙一ないし一六、証人高木将博、同為房明吉、原告小仲寅夫本人、同榊原和彦本人、同尾﨑進本人、同中村佐敏本人、検証、弁論の全趣旨。なお、枝番のある書証等は枝番を含む〔以下、同じ。〕)を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 高木及び本件会館の施行業者ホクトプランニング株式会社の工事責任者奥谷英樹(以下「奥谷」という。)は、本件会館の基礎工事が行われていた平成六年六月ころ、本件会館の真向かいと南側の数軒に本件会館建築工事施行についての挨拶まわりをした。その際、高木は、本件会館を事務所や貸会場として用いる旨説明した。
2 原告小仲寅夫は、町内会長であったことから、京都市伏見区深草一の坪町一二の二竹川ビル二階の被告伏見稲荷支社(以下「旧伏見稲荷支社」という。)に赴き、本件会館の用途について尋ねた。これに対し、高木は、同支社が約一二坪の床面積しかなく、手狭なことから本件会館に同支社の事務所を移転させるほか、小ホールを設置して展示会などを開く旨の説明を行った。しかし、その後、本件会館が葬儀会場としても使用されるとのうわさが立った。
3 高木は、平成六年七月一五日ころ、奥谷とともに原告小仲寅夫宅に呼ばれて、原告小仲寅夫、同中村富夫、榊原恒子に対し、本件会館の用途について、本件会館の二階ホールも敷地も狭いことから、本件会館を葬儀会場としては使用しない趣旨の説明をしたところ、同原告らから、本件会館において葬儀営業は行わない旨の念書を提出するように求められ、被告本社の方で書いてもらうので、二、三日待って欲しいと申し出て、右原告らの了解を得た。
4 ところが、被告は、このころ、付近住民が本件会館の用途について関心を示していることを知り、被告の玉泉院(葬祭サービス部門)と事業部で二階ホールの使用方法について検討した結果、葬儀会場としても使用することとし、役員会に報告して決定し、右3の念書は作成せず、平成六年七月二三日、本件町内の寺院において、本件会館の利用計画の説明会を開いた。
5 被告京都事業部部長為房明吉(以下「為房」という。)は、奥谷と共に右説明会に出席し、原告町内会の住民二〇名以上に対し、本件会館の二階ホールでは、展示販売や貸会場のほか、葬祭営業を行うが、本件会館の規模や前面道路の事情から簡易な葬祭に限られること、葬祭儀式の施行にあたっては、建物外に幕、樒、生花等の飾り付けをしないこと、葬儀の参列者は建物内に収容し、建物外に佇立させないこと、出棺に用いる車両はワゴン車とし、宮型霊柩車は使用しないことなどを述べ、被告として初めて本件会館において葬儀営業を行うことを表明した。しかし、原告町内会の住民らの間には、葬儀営業に反対する雰囲気が強かった。
6 ところが、原告小仲寅夫は、右説明会の直後、同中村富夫と相談の上、被告に対し、要望文(甲二)を送付した。同要望文には、「本町通り、特に立地場所が北向一方通行の上、諸集会、葬儀等に於ての来訪者の路面駐車は現在の渋滞状況から見て対策の不可欠と看做されます。」「建築物の用途に於ける外側美観保全のため格別の配慮をお願いします。」「催し、集会、儀式の実施は面積、規模を判断され、極力、広域会場での実施をお願いします。」「町行事には多大のご強力をお願い致します。」などと葬儀営業を一定の範囲で容認する趣旨の内容が記載されている。
7 被告は、平成六年八月一〇日、原告町内会に対し、右要望文に対する応答として覚書案(乙三。以下「第一覚書案」という。)を提示した。同覚書案には、「葬儀施行については建物の規模から充分な設備を設置する事が出来ず駐車台数も限られておりますので、近隣及び稲荷営業区域内に希望があれば葬祭の儀式業務を行うものとする。」「当建物での運営業務については地域をよく理解して、伏見稲荷神社町内の祭り事があれば日時を問わず出来る限りの協力をして近隣に迷惑を掛けない事を第一として運営業務をいたします。」「当建物での交通規制、特に一方通行である、JRの踏切の手前であること等交通事情があります。渋滞状況もよく確認をしながら運営いたします。」「町内行事(運動会、地蔵盆、子供会)等町内会議でのホール使用(無料)。」などと記載されている。
8 しかし、原告町内会では、第一覚書書案を回覧して、平成六年八月二一日、町内集会を開き、被告の葬儀営業について、原告町内会全体として初めて話し合い、同案の検討を行ったところ、違法駐車を懸念する意見、道路事情から葬儀等の回数は最小限にすべきであるとの意見、被告からの説明が足りないとの意見などが出され、逆に、原告榊原和彦(以下「原告榊原」という。)から、覚書の対案(乙四。以下「榊原案」という。)を出すこととし、同月二六日、被告に対し、第一覚書案を再考するように求めた同日付け「覚書(案)検討集約の件」と題する書面(乙5)を送付した。
9 被告は、平成六年一〇月一〇日、原告らに対し、第一覚書案を修正した覚書案(乙六。以下「第二覚書案」という。)を提示した。右覚書案には、「毎月1日、第1日曜日、伏見稲荷大社の祭礼日、地域の行事(地蔵盆、祭り)等交通混雑交通渋滞が事前に予測される場合には自粛します。施行利用(たとえば社葬)等会葬者が多い場合には自粛する。」「伏見稲荷営業所の建物は小さく貸しホールも1カ所しかありませんので、会議、展示会、法事、葬儀等貸会場としても人数が限られ、営業しながら今後の問題点を町内の皆様とよく協議していき共存共栄を目標としていきます」などと記載されている。
10 原告らは、第二覚書案の提示を受け、町内会に回覧したところ、同案には納得できないとする意見が強かったので、原告榊原は、町内会長の原告小仲寅夫から委任を受け、被告らと交渉することとし、原告尾﨑進とともに、同年一〇月一五日、為房と協議した。右協議において、同原告らは、被告に対し、本件会館において葬儀営業をしないように求めたが、為房がこれに応じなかったので、覚書には葬儀営業に関する事項を入れないこととし、その他の事項については、榊原案のⅠ③の「第一日曜日」を「日曜日」と訂正し、「決して迷惑をおかけしません」という文言を入れるものとすること、被告は最初の葬儀施行の前には原告町内会に対し、施行方法等について説明、協議することなどについて合意した(甲三、乙七)。
11 原告町内会は、平成六年一〇月二三日、被告の本件会館における葬儀営業に対する反対運動を展開することを決議し、原告榊原をセレマ問題対策委員会の代表に選任した。
12 原告らは、被告から平成六年一〇月二五日に提出された別紙記載の同月二三日付け覚書(甲四、乙八。以下「本件覚書」という。)について検討したが、その内容は納得できるものではなかったので、平成六年一〇月二九日、被告に対し、直違橋十一丁目町内会一同(同町内会の一世帯を除く世帯の代表者四〇名)の名義で、本件会館において葬儀営業を行わないことを求めた同月二五日付け申入書(甲五、乙九)を提出し、さらに、同年一一月一日ころから、原告らの居宅の壁面に「セレマ伏見稲荷営業所は葬儀営業をやめなさい!」「住民の環境権・生活権・財産権の侵害につながる非常識な営業行為は許さない」と書いた貼紙(以下「本件貼紙」という。)を掲示し始めた。
13 被告は、平成六年一一月二〇日、原告らの右申入れに対し、「当社伏見稲荷営業所の建造物、営業内容、運営については、貴町内会から御指摘を受けるような違法不当な事実は一切ありません。従って、申入事項につき逐一御回答致す必要がないものと思います。」などと回答した(甲七、乙一三)。
14 被告は、平成七年六月一日、原告小仲寅夫を除く原告町内会のほとんどの世帯に対し、被告代理人駒杵素之名義で同年五月三一日付け内容証明郵便(甲一〇、乙一五)により、本件会館において葬儀を施行する旨通知すると共に、本件貼紙を撤去し、以後、被告の業務活動に支障を生じさせれば法的措置を講ずる旨通知した上、同年六月三日に葬式(参列者二〇名程度)を、同月一七日及び一八日に通夜及び葬式(参列者五、六〇名程度)を本件会館において施行した。これに対し、原告らのうち十数名が、その施行中、本件会館の向かい側の原告らの敷地内で「葬儀施行断固反対」と書いたプラカードを持って立つことにより抗議の意思を示した。さらに、原告榊原は、同月三日及び同月二六日、被告に対し、申入書(乙一六、一七)にて抗議し、かつ、再度協議することを申し入れた。
15 被告は、平成七年七月一八日、原告榊原に対し、右協議には応じる旨回答するとともに(乙二〇)、同原告を除く一部の世帯に対し、本件貼紙を撤去し、前記プラカードを掲げるような示威行為を慎むように求めた(乙二一)。そして、原告らと被告は、平成七年七月三〇日、被告伏見稲荷営業所において、協議したが、原告らは、葬儀営業については絶対反対であると主張したのに対し、被告は、葬儀施行に当たって諸条件を設定することについては交渉の余地があるが、葬儀営業の禁止は受け入れられるところではないと主張したため、結局、協議は打ち切られた。
16 被告は、平成七年一〇月六日、甲事件原告らに対し、甲事件本訴を提起した。一方、本件町内における葬儀営業は認められないとする「直違橋十一丁目まちづくり憲章」が、平成八年二月一九日、原告町内会の三六世帯の賛成により採択された。
二 被告の葬儀営業の差止め及び損害賠償請求について
1 合意に基づく差止めの成否(争点1(一)(1))
前記認定事実のとおり、高木は、平成六年六月ころ、本件会館の近隣の数軒に本件会館の建築工事施工について挨拶まわりをしたとき及び原告小仲寅夫が旧伏見稲荷支社を訪ねたとき、本件会館の用途を説明する中で葬儀の施行には触れず、かえって、同年七月一五日ころ、原告小仲寅夫において、原告小仲寅夫、同中村富夫、榊原恒子に対し、本件会館を葬儀会場としては使用しない趣旨の説明を行ったが、右事実から直ちに、被告が原告らに対し、本件会館において葬儀を施行しないことを確約したということはできない。すなわち、高木と原告らとの間の合意が被告と原告らとの間の合意として拘束力を持つためには、少なくとも、被告が高木に対し、本件会館における葬儀施行業務に関する交渉権限を付与していなければならないが、証拠(証人高木将博、同為房明吉、弁論の全趣旨)によれば、高木は、当時、主として会員募集業務を行う営業所である被告伏見稲荷支社の支社長であったに過ぎず、葬儀施行に関わる事項の担当ではなかったと認められるから、被告が高木に対し、特に右交渉権限を与えたことを認めるに足りる証拠がない以上、たとえ高木と原告らとの間で葬儀施行に関する何らかの合意が成立したとしても、これが被告と原告らとの間の合意としてみることはできないものである。
したがって、被告が原告らとの間で、本件会館において葬儀を施行しないことを合意したということはできない。
2 直違橋十一丁目まちづくり憲章に基づく差止めの成否(争点1(一)(2))
前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、本件町内における葬儀営業は認められないとする「直違橋十一丁目まちづくり憲章」が原告らによって採択されたのは、被告が本件会館において葬儀を施行することを表明した後であり、しかも、右憲章の採択に当たっては、被告は何らの関与もしていないのであるから、被告が右憲章に拘束されるべき理由はない。
3 人格権、環境権、財産権侵害に基づく差止め及び損害賠償請求の成否(争点1(一)(3))
(一) 原告町内会を除くその余の原告らは、財産権侵害として、同原告ら所有不動産の価値の低下、営業上の売上げの低下を主張するが、本件全証拠によっても、被告が本件会館において葬儀を施行することにより、本件町内の生活環境等が悪化し、右のような同原告らの財産権侵害が発生すると認めることはできないので、同原告らの右主張は理由がないというべきである。
また、同原告らは、被告の葬儀営業の差止め及び損害賠償の法的根拠として、環境権を援用するが、環境権は、法律上の根拠を欠くのみならず、その権利の内容も明確でないなど権利性が未成熟であって、現段階においては、他人の行為の差止めや損害賠償請求の法的根拠となりうるような権利として確立したものとみることはできない。
次に、同原告らは、人格権を被告の葬儀営業の差止め及び損害賠償請求の根拠として援用しているが、生命、身体、自由、名誉などと並んで、健康で平穏な生活を享受する利益が人格権として保護されるべき法益であることは一般に承認されているところであり、これらの法益が侵害され、又は侵害される切迫した危険がある場合には、人格権に対する侵害として損害賠償及びその排除ないし予防のために差止めを求めることができると解される。
そこで、以下において、本件会館における葬儀営業により、同原告らに生じる被害(人格権侵害)が受忍限度を越えるものであるか否かを検討する。
(二) 証拠(乙三〇ないし三二、原告尾﨑進本人、同中村佐敏本人)によれば、原告尾﨑進は、平成四年一二月に狭心症を発症し、平成七年一月一二日、冠動脈バイパス術を受けたこと、同長谷川武次は、平成八年七月二二日当時、週二日の慢性血液透析を要する慢性腎不全に罹っていたこと、同中村佐敏は、昭和六三年ころ、狭心症であると診断され、平成六年六月二九日、狭心症が再発し、平成八年七月一八日当時、心筋梗塞等に罹っていたことが認められるが、同原告らの各症状と被告の葬儀営業との因果関係は明らかではなく、これを認めるに足りる証拠は存しない。
(三) 原告町内会を除くその余の原告らが主張するその他の被害は、要するに身体的被害に至らない程度の生活妨害を中心とするものであるが、以下、これについて順次判断を示すこととする。
(1) まず、交通渋滞の悪化、違法駐車の増加、騒音の増加などの交通関係の環境悪化について検討する。
証拠(検甲一ないし一〇、検乙一ないし一六、検証、弁論の全趣旨)によれば、本件会館前の道路(本町通り)は、北行き一方通行の一車線道路であり、道路が約六、七メートルと狭いこと、本件会館の北西側のすぐそばにJR奈良線(単線)の踏切があり、ラッシュ時に一時間五本程度の列車が通過するが、右踏切の遮断機が降りているときには、本件会館前の道路は、北進してきた車両で渋滞すること、それ以外の時は車両の通行が途切れることもあること、本件会館前の道路が渋滞している際には、本件会館内の駐車場の出入りが相当困難となる場合も予想されること、本件会館内の駐車場(約一五〇平方メートル)には数台しか駐車できないこと、葬儀に用いられる二階ホール(約八九平方メートル)に多数の参列者を収容することは不可能であることが認められる。
被告も、右のとおり本件会館の前面道路の交通環境が良くないことについては認識しており、交通環境の悪化を防止するために、本件覚書(甲四、乙八)により、大要、以下の対応策を取ることを原告らに表明した。
① 本件会館に来訪する者に路上駐車をさせないようにする。
② 本件会館の駐車場の容量を超える台数の自動車の来訪が予想される業務を実施しない。
③ 毎月一日、日曜日、伏見稲荷大社の祭礼日など交通渋滞が事前に予測される場合には、多数の自動車が来訪するような業務を実施しない。
④ 本件会館に来訪する者が、路上にたむろしたり、俳徊したりすることがないようにする。
⑤ その他、被告の営業に関し、交通の障害になるようなことが生じた場合には、これを排除する。
被告が原告らに表明した対応策は以上のとおりであるが、もとより葬儀の性格上、予想外の参列者が来る可能性が否定できないところであり、被告の葬儀営業により本件会館周辺道路の交通環境が全く影響を受けないようにすることは事実上不可能である。しかしながら、右対応策が完全に実施されれば、本件会館に恒常的に多数の参列者や自動車が来訪するとは考えられず、交通対策として相当程度の効果をもたらしうることも否定できない。
原告らは、被告が平成七年六月一八日(日曜日)に葬儀を実施したことが、右③に違反するかのように主張する。右③は、日曜日には一切葬儀をしないという文言にはなっていないが、同日の葬儀の参列者が五、六〇名であったことからすると、結果的にみれば、右葬儀の実施は避けるべきであったともいいうるが、証拠(証人為房明吉)によれば、被告は当初から五、六〇名もの参列者が来るとは予想していなかったことが認められるから、やむを得ない結果であるといわざるを得ない。そして、同日の葬儀により、本件会館の前面道路において著しい交通渋滞、違法駐車、騒音等が生じたことも証拠上認められない。したがって、右葬儀の実施をもって、右対応策の遵守を疑うべき事情とみることはできず、他にこれを疑わせる事情も見出せない。
したがって、被告が右対応策を忠実に遵守する限り、本件会館において葬儀を行うことにより、付近住民に健康被害が発生したり、交通事故が増加するなど、付近住民の日常生活に対して耐え難い悪影響を及ぼすような交通環境の悪化が生じると認めることは困難である。
(2) 葬儀に伴う騒音について検討する。
原告町内会を除くその余の原告らは、被告の本件会館において一度行われた前記の通夜において、読経やエアコンの運転音が聞こえ、耐え難い程度であったと主張する。確かに、葬儀の際の読経等の音が、特に夜間、付近の住民に対し、漏れ出すようでは、付近住民の平穏な生活が侵害されるおそれがあり得る。また、エアコンの運転音についても、本件会館の周辺は住宅ないし店舗兼住宅であることから、健康で平穏な生活を侵害しない程度に抑えなければならない。しかしながら、右通夜の際、読経の音が漏れていたことについては、これを認めるに足りる証拠はなく、また、エアコンの運転音の程度についても、具体的に客観的な根拠をもって示されていない。
(3) 同原告らは、いずれも本件会館に近接して居住ないし営業しており、被告の葬儀営業により、非日常的な「葬儀」や「死」を常に意識させられる上、日常生活における行動が制約されることにより人格権が侵害されていると主張する。確かに、被告が本件会館において葬儀営業を行えば、被告が葬祭儀式の一切を本件会館内において処理し、読経等の葬祭に直接関わる音を外部に漏さないようにしたとしても、参列者の従来や入出棺等の状況により、付近住民は、葬儀を意識せざるを得ず、また、被告が本件会館において葬儀を執り行っている際は、事実上、葬儀の参列者の心情を掻き乱すことのないように一定の配慮をせざるを得ないと考えられる。
しかしながら、既に本件町内で慣例として行われている祭礼などの行事を被告の行う葬儀により自粛する必要はないのであり(この点については、むしろ被告が本件町内の祭礼等を妨げないように配慮すべきである。)、また、同原告らが葬儀を意識せざるを得ないという精神的被害は、同原告らの日常生活に対して耐え難い悪影響を及ぼすものであると認めることは困難である。
(4) その他の考慮すべき事情として、本件会館周辺の地域性が問題となるが、本件会館付近は都市計画法上の近隣商業地域に指定されており、実際にも商店街を形成し、自動車や人の通行も少なくないことが認められ、葬儀営業と相容れない地域ということもできない。
以上を総合すると、本件建物における葬儀営業により同原告らに生じる被害が、受忍限度を超えるような人格権(健康で平穏な生活を享受する利益)侵害であると評価することはできない。
4 よって、被告の本件会館における葬儀営業を差し止めるべき理由はなく、かつ、不法行為に基づく損害賠償請求も理由がない。
三 甲事件原告らの住民運動の不法行為に基づく損害賠償請求並びに営業妨害及び名誉毀損に基づく妨害排除請求及び差止請求の成否(争点2)
1 前記二のとおり、被告の本件会館における葬儀営業により付近住民の受ける生活妨害の程度が社会生活上受忍すべき限度を越えないといえる場合であっても、付近住民は、反対運動を一切禁止され、傍観しなければならないものではなく、より良い生活環境を形成するために実力行使の伴わない平和的で秩序ある住民運動をすることは、一定の限度で許容されるべきものである。その限度は、具体的事情に応じ、住民運動の方法や程度、住民運動により相手方が受けた不利益、住民運用に至る経緯などを総合勘案して判定されるべきである。
2 前記認定事実のとおり、甲事件原告らが、平成六年一一月一日から、同原告らの居宅の壁面に「セレマ伏見稲荷営業所は葬儀営業をやめなさい!」「住民の環境権・生活権・財産権の侵害につながる非常識な営業行為は許さない」と大きく書いた貼紙を掲示し始め、被告が平成七年六月三日に葬式を同月一七日及び一八日に通夜及び葬式を施行した際、同原告らの一部が、本件建物の向かい側の同原告らの敷地内で「葬儀施行断固反対」と書いたプラカードを掲げて立つ示威行為を行い、被告が、施主からこの示威行為について苦情が出たことから、現在に至るまで、本件会館内において葬儀営業を行うことができない状況にある。
そして、前記認定事実のとおり、同原告らは、本件会館において葬儀を行うことについて断固反対の姿勢を示し、被告との交渉の余地がなくなったのであるが、その対立の根底には、本件会館において葬儀営業を施行することによる同原告ら付近住民の生活利益の侵害の程度、範囲について認識の相違があり、右生活利益の侵害が皆無とはいえない以上、同原告らに受忍限度を越える生活利益の侵害があるか否かは、最終的には裁判所の判断に委ねられる問題といえる。このように相対立する問題について、少なくとも裁判所の判断が出るまでは、自主的な運動により相手方との交渉を有利に導くために、ビラやプラカード等をもって自己の意思を示して、社会的支持を得るようとする平穏な行為は、その表現内容が虚偽の事実を宣伝するようなものでない限り、正当な表現活動であるというべきである。
3 このような見地から同原告らの表現内容を検討すると、「葬儀施行断固反対」「セレマ伏見稲荷営業所は葬儀営業をやめなさい!」という表現は、同原告らの葬儀営業を反対する意思を表示しているに過ぎず、「住民の環境権・生活権・財産権の侵害につながる非常識な営業行為は許さない」という表現も、前述のとおり裁判所の判断に委ねられる問題についての意見を表明したものであるから、表現内容について明らかに不当な点は見出せない。
次に、これらの表現方法についてみると、前記のとおり、葬祭の施行中本件会館と真向かいにある同原告らの住宅ないし店舗の軒下から、葬儀の参列者らに対し、前記プラカードを示すなどしており、葬儀の参列者の心情を鑑みれば、平穏さを欠くきらいがないとはいえない。しかしながら、同原告らがこのような行動をするに至ったのは、前記のとおり、被告が、平成六年一〇月一五日の同原告らとの協議において、最初の葬儀施行の前には原告町内会に対し、施行方法等について説明、協議することについて合意したにもかかわらず、約六か月も交渉が中断した後、同原告らに対し、内容証明郵便をもって葬儀施行を通知したのみで、その二日後に通夜を施行したからであり、被告の誠意のない交渉態度に原因があるというべきであるから、原告らの右行動は明らかに不当であるとまではいえない。
4 よって、被告が主張する同原告らの反対運動は、違法な行為とはいえないから、その余を判断するまでもなく、不法行為に基づく損害賠償請求並びに営業妨害及び名誉毀損に基づく妨害排除請求及び差止請求は理由がない。
四 甲事件本訴提起の不法行為の成否(争点1(二))
甲事件原告らは、甲事件本訴の訴えの提起が不法行為に該当する旨主張するが、そもそも、訴えの提起が相手方に違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くことが明らかであり、提供者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、前記三の1のとおり、同原告らの被告に対する葬儀営業に反対する住民運動が不法行為に当たるかどうかは、具体的事情に応じ、住民運動の方法や程度、住民運動により相手方が受けた不利益、住民運動に至る経緯などを総合勘案して判断されるべきものであり、前記三の3で判示したとおり、同原告らの反対運動については、葬儀の施行中、本件建物と真向かいの同原告らの住宅ないし店舗の軒下から、葬儀の参列者らに対し、葬儀に反対するプラカードを示すなど、葬儀の参列者の心情を考えると、平穏さを欠くきらいがないとはいえない行動が見られたのであるから、被告が、甲事件本訴請求について、事実的、法律的根拠を欠くことが明らかであることを知っていたとは到底認められないのみならず、通常人であれば容易にそのことを知り得たということもできないので、結局、甲事件本訴請求の提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものであるとはいえない。
よって、甲事件本訴の提起が不法行為であるとする甲事件原告らの主張には理由がない。
五 まとめ
以上の次第で、原告らの甲事件反訴及び乙事件の請求並びに被告の甲事件本訴の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却する。
(裁判長裁判官松本信弘 裁判官河田充規 裁判官菊井一夫)
別紙覚書<省略>