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京都地方裁判所 平成8年(行ウ)7号 判決 2001年3月30日

原告

同訴訟代理人弁護士

近藤忠孝

岩佐英夫

荒川英幸

被告

右京税務署長

森下輝一

同指定代理人

宮武康

高谷昌樹

岩田千香子

甲斐憲征

小田正典

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、平成6年6月22日付で原告に対してした平成4年1月1日から同年12月31日までの課税期間(以下「平成4年課税期間」という。)及び平成5年1月1日から同年12月31日までの課税期間(以下「平成5年課税期間」といい、これらを合わせて「本件各課税期間」ともいう。)に係る原告の消費税の各更正処分(以下「本件更正処分」という。)のうち、納付すべき税額が、平成4年課税期間については45万6300円、平成5年課税期間については119万3300円をそれぞれ超える部分、及びこれらに対する過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と合わせて「本件各処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書地において、悉皆業、すなわち、呉服問屋から無償で白生地の支給を受け、各下請業者に加工を委託して呉服問屋の意向に沿った反物に仕上げ、これを呉服問屋に納品し、対価を受ける事業を営む者である。

2  原告は、本件各課税期間に係る消費税について、いずれも法定の申告期間内に、別紙・消費税の課税の経緯の各「確定申告」欄のとおり確定申告をし、上記申告に係る消費税をそれぞれ納付した。

3  被告は、平成6年6月22日、原告に対し、原告の本件各課税期間に係る消費税について、控除対象仕入税額を平成4年課税期間については0円、平成5年課税期間については238万6674円として、それぞれ別紙・消費税の課税の経緯の各「更正処分等」欄のとおり、本件各処分をした。

4  原告は、平成6年8月1日、被告に対し、本件各処分について異議申立てをしたところ、被告は、同年10月31日、原告に対し、別紙・消費税の課税の経緯の各「異議決定」欄のとおり、本件各処分に対する異議申立てを棄却する旨の決定をした。

5  原告は、平成6年11月30日、国税不服審判所長に本件各処分に対する審査請求をしたところ、同所長は、平成7年12月21日、同審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をし、裁決書謄本は、平成8年1月13日、原告に送達された。

6  しかし、本件各処分は、いずれも、次のとおり違法であって、取り消されるべきである。

(一) 被告は、本件各処分に至るまでの調査(以下「本件調査」という。)に際し、①原告の調査理由の開示請求に対しその必要性や理由を全く示さず、②原告が依頼している者の立ち会いがあることを理由に調査をせずに帰り、必要がないにもかかわらず、一方的に反面調査を行うなどした。このような調査に基づく本件各処分は違法である。

(二) また、平成4年課税期間については、原告が、後記のとおりの課税仕入れをし、同課税仕入れに係る帳簿等を保存し、税務調査に際して被告の担当職員にこれを提示したにもかかわらず、被告が、立会人がいたことを理由に、上記書類の確認義務も尽くさずに、帳簿等の保存がないとして仕入税額控除を否定してしたもので、違法である。

(三) 平成5年課税期間については、いわゆる簡易課税制度の適用を受けたところ、原告の事業は、呉服企画製造であって、後記の第三種事業であり、課税標準額に対する消費税額の70パーセント相当の仕入税額を控除されるべきである。にもかかわらず、原告の事業の特性を見落とし、後記の第四種事業として、課税標準額に対する消費税額の60パーセント相当の仕入税額の控除しか認めないでされたもので、違法である。

7  よって、原告は、被告に対し、本件更正処分のうち、納付すべき税額が平成4年課税期間については45万6300円、平成5年課税期間については119万3300円をそれぞれ超える部分、及びこれに対する本件賦課決定処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし5の事実は認める。ただし、裁決書謄本が原告に送達された日付は不知。

2  同6の主張は、いずれも争う。

三  被告の主張

1  原告の営む悉皆業に係る取引は、事業として対価を得て行う役務の提供に該当する。

2  原告の本件各課税期間における納付すべき消費税額は次のとおりであり、この範囲内でされた本件更正処分はいずれも適法である。

(一) 平成4年課税期間について

(1) 原告の上記課税期間における売上金額の合計(課されるべき消費税額を含む。

以下同じ。)は、1億2035万8219円である。

(2) 上記売上金額に基づいて、消費税法(ただし、平成6年法律第109号による改正前のもの、以下「法」という。)28条、国税通則法(以下「通則法」という。)118条1項、119条1項に従って算出された課税標準額に対する消費税額は、350万5500円となる。

(3) 原告は、後記のとおり、平成4年課税期間の課税仕入れに係る帳簿や請求書等の保存がなかったから、課税仕入れに係る消費税額は控除されない。原告の申告は、過少申告であるから、通則法65条1及び2項に従い、過少申告加算税として45万0500円を納付すべきである。

(二) 平成5年課税期間について

(1) 原告の売上金額の合計は、1億3657万0933円であり、これに基づいて、法28条、通則法118条1項に従って算出された課税標準額に対する消費税額は、397万7790円である。

(2) 原告は、平成4年3月12日付けで、被告に対し、法37条1項の適用を受ける旨の届出を提出したところ、原告の事業は、法施行令(ただし、平成7年政令第341号による改正前のもの、以下「令」という。)57条5項3号のかっこ書きの「加工賃その他これに類する料金を対価とする役務の提供を行う事業」に該当するから、同項4号の第四種事業として、法37条1項に基づいて、238万6674円を控除すべきである。

(課税標準額に対する消費税額)(みなし仕入率)(裸税仕入れに係る消費税額)

397万7790円×60/100=238万6674円

(3) 上記(1)の課税標準額に対する消費税額から上記(2)の課税仕入れに係る消費税額を控除すると(通則法119条1項を適用)、原告が納付すべき消費税額は、159万1100円となる。

(4) 原告の申告は、過少申告であるから、通則法65条1、2項に従い、過少申告加算税として15万8000円を納付すべきである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の事実は認める。

2  同2(一)(1)(2)は認め、(3)は争う。

3  同2(二)(1)は認めるが、(2)のうち、原告が平成4年3月12日付けで法37条1項の適用を受ける旨の届出を提出した事実は認め、その余は争う。

4  同2(二)(3)(4)は争う。

五  原告の主張(仕入れに係る消費税額の控除)

1  平成4年課税期間について

(一) 原告は、平成4年課税期間中に、別表の「①年月日」、「②課税仕入れ」、「③金額」、「④仕入先氏名又は名称」欄記載のとおりの課税仕入れ(以下「本件課税仕入れ」という。)をした。上記の各金額は、いずれも消費税額を含む金額である。

(二) 原告は、別表記載の各課税仕入れについて、同表の「請求書」、「納品書」、「領収書」及び「帳簿」欄記載の各書類(同表の「甲号証」欄の証書)を、いずれも、法令の定めに従って所持して保管しており、本件各処分に対する前記の異議申立て手続及び審査請求の手続において書証として提出し、本件訴訟においても、別表の「甲号証」欄のとおりの各甲号証として提出している。

上記請求書等各書類のうち、「請求書」、「納品書」及び「領収書」には、「年月日」、「資産又は役務の内容」、「対価」、「作成者の名称」、「交付を受ける事業者の名称」欄記載の事項が、「帳簿」には、「年月日」、「資産又は役務の内容」、「対価」、「相手方の名称」欄記載の事項が記載されている。

(三) 上記(二)の請求書や帳簿等(以下「本件帳簿及び請求書等」という。)は、いずれも、法30条8項所定の帳簿(以下「法定帳簿」という。)又は9項所定の請求書等(以下「法定請求書等」という。)に該当し、これらを補完するその他の証拠によって、本件課税仕入れは明らかに認められる。そして、原告が本件帳簿及び請求書等を保存(法30条7項所定)していたことは動かし難い事実である。

(四) 前記の課税標準額に対する消費税額から、同課税期間の仕入に係る消費税額である304万9996円を、仕入税額控除として控除すべきである。

2  平成5年課税期間について

原告の事業は、呉服問屋からの発注に基づき、自ら図案及び型を仕入れ、原告が指揮監督をして、完成品に至るすべての工程を外注先に請け負わせる呉服企画の製造業である。その実態は、完成品として販売する製造問屋の事業に類似し、令57条5項3号への「製造業」に該当する第三種事業である。したがって、同条1項3号、法37条1項に基づいて、課税標準額に対する消費税額から、以下の計算により課税仕入れに係る消費税額とみなされる額を控除すべきである。

(課税標準額に対する消費税額)(みなし仕入率)(課税仕入れに係る消費税額)

397万7790円×70/100=278万4453円

六  原告の主張に対する被告の反論

1  原告の主張1は争う。

(一) 法30条7項の「保存」とは、単に客観的・物理的な意味での保存をいうのではなく、税務署員の適法な税務調査に応じて直ちに提示できる状態での保存をいうものと解すべきである。税務調査の際にその提示を求めたにもかかわらず、事業者がこれを拒絶した場合は、同項の帳簿又は請求書等を「保存しない場合」に該当する。そして、次のとおりであるから、本件帳簿及び請求書等が書証として提出されていても、法30条7項所定の「帳簿又は請求書等を保存しない場合」に該当する。

(1) 被告の部下職員で国税調査官である乙(以下「乙」という。)又は同人から本件調査を引き継いだ丙(以下「丙」という。)は、平成5年9月7日から平成6年6月17日までの間、原告に対し、何度も、帳簿書類等を提示して原告の所得税及び消費税についての調査に協力するよう繰り返し要請し、消費税の仕入税額控除については、それに係る帳簿又は請求書等の保存がない場合には適用がなく、その提示が必要であることについて説明し、帳簿等を提示して本件調査に協力するように繰り返し要請した。しかし、原告は、第三者の立会いに固執し、結局、本件調査に協力せず、その帳簿書類を一切提示しなかった。

(2) 乙は、平成5年9月28日原告の自宅に、丙は、平成6年5月10日及び同年6月7日、原告の実家に、それぞれ赴いた。原告は、いずれの日も、調査に関係のない第三者を同席させていたので、乙及び丙は、調査に関係のない第三者の立会いは認められない旨を説明し、その退席を要請したが、原告は、上記第三者を退席させることなく、本件調査への協力をせず、帳簿書類を一切提示しなかった。

(二) 法30条8項1号は、法定帳簿について課税仕入れの相手方の氏名又は名称、課税仕入れを行った年月日、課税仕入れに係る資産又は役務の内容、課税仕入れに係る支払対価の額の記載を、同条9項1号は、法定請求書等について書類の作成者の氏名又は名称、課税資産の譲渡等を行った年月日、課税資産の譲渡等にかかる資産又は役務の内容、課税資産の譲渡等の対価の額、書類の交付を受ける当該事業者の氏名又は名称の記載(以下、上記各記載事項を「法定記載事項」という。)を、いずれも厳格に要求しており、これら以外の資料によっては仕入税額の控除を許さない趣旨である。

(三) また、本件帳簿及び請求書等の書証である甲101ないし128(枝番号も含む。)、甲201ないし209(枝番号も含む。)は、いずれも、本件訴訟提起から約3年経過後に提出されたもので、上記各甲号証には、事後的な補充が窺え、平成4年課税期間とは異なる課税期間の課税仕入れに係るものも多数含まれている。更に、下記のとおり、法定記載事項を欠くだけでなく、その信ぴょう性にも欠ける書証も存在する。

(1) 甲209-1ないし25の現金出納帳は、法30条8項イ又はハのいずれか一方の記載を欠く。日付の記載は、課税仕入れを行った年月日を記載しているか明らかでないから、同項ロの要件を欠く。支払対価の記載は、課税取引か非課税取引かの区別の記載がないから、同項ニの要件を欠く。しかも、上記現金出納帳には現金残高の記載がない上、後で書き加えた箇所や抹消したことを窺わせる空欄がある。更に後記のとおり、原告は家事費であるものをわざと記帳している。

上記現金出納帳は信ぴょう性に欠ける。

(2) 甲123-1ないし124-3、及び125-1ないし127-7の預金通帳は、課税仕入れの相手方が作成した書面ではないから、法30条9項の請求書等に該当しないことは明らかである。

(3) 甲122-1ないし42、201-144、203-33、204-6、206-2、及び207-1ないし208-2の振込金受取書は、送金に係る金員が何の対価かが明らかでなく、法30条9項ニの要件を欠く。

(4) 甲101ないし107(各枝番を含む。)の請求書、納品書及び領収書は、法30条9項イないしホのいずれかの要件を欠く。

(5) 原告は、家事費であるものを、接待交際費、旅費交通費、通信費等として主張している。例えば、平成4年2月11日の別表番号161、162は、原告が家族と共にスキーに行ったときのもので、原告は、それを甲209-4の現金出納帳に記載し、しかも、上記現金出納帳に当初レンタルスキーの代金を記帳していたものを後に抹消している。また、原告が主張する旅費交通費の67パーセントが土曜日及び日曜日に集中しており、家事費であることを推認させる。別表810、811、1451ないし1454は、丁名義のお中元、お歳暮である。

(6) 別表番号243、246、433、478、613、755、790、857、863、996、998、1120、1165、1279、1283、1397、1484は、いずれもゴルフ場の会社等への支払いであるが、支払金額の中に非課税取引が含まれている。

(四) 上記(一)の(1)(2)のとおり、税務職員の調査に非協力で故意に帳簿等を提示しなかった事業者が、更正処分の取消訴訟において初めて、すべての帳簿等を証拠として、仕入税額控除を受けることは、信義則に反する。

2  原告の主張2は争う。令57条5項3号かっこ書所定の、第三種事業から除かれる「加工賃その他これに類する料金を対価とする役務の提供を行う事業」とは、対価たる料金の名称の如何を問わず、他の者の原料もしくは材料又は製品等に加工を加えて、当該加工等の対価を受領する役務の提供又はこれに類する役務の提供をいう。したがって、第三種事業と第四種事業との区別は、当該事業者が加工を加える原料等の拠出者であるか否かによって定まる。原告は、その事業が第三種事業である製造問屋に類似すると主張するが、製造問屋は自己の計算において原材料等を購入するところ、原告が原材料である白生地を無償で呉服問屋から支給を受けているのであり、この事実に照らすと、原告の事業は、製造問屋とは明らかに異なり、同項3号かっこ書に該当し、第四種事業に区分される。

七  原告の再反論

1  法30条7、8項の帳簿や請求書等の保存とは、その文言どおり、事業者がこれらを所持・保管することを意味し、税務調査の際に提示するかどうかは保存の有無とは直接影響しない。しかも、上記の保存は、結局、課税仕入れの立証方法を限定する意味しか持ち得ない。

2  原告は、乙又は丙による税務調査の際、帳簿等を同人らに見えるように用意していたにもかかわらず、乙や丙は、民主商工会の事務職員が同席したことを口実に、公務員の守秘義務や税理士法違反のおそれがあるとして、これらの帳簿等を見ようとしなかった。乙や丙は、いつでも帳簿を確認することができる状態にありながら、民主商工会の事務職員の立会いを口実に見ようとしなかったのであり、税務職員として帳簿等の確認義務を尽くしていない。これに対して、原告は、本件調査に誠実に対応したものである。

3  また、被告の主張は、原告の事業及び製品の特性を見落としている。原告の事業は、染め、絞り、刺繍等の着物地として完成させる全行程に、原告自ら携わることなく、すべて外注先に請け負わせることに特性があり、令57条5項3号かっこ書所定の自ら加工を行う製造業とは明らかに異なる。また、原告の製品である着物地の価値は、模様・染めの出来に左右されるから、着物地の主要部分は白生地ではなく、模様・染めにあるといっても過言ではない。

理由

一  請求原因1ないし5の事実、被告の主張1、2(一)(1)(2)、2(二)(1)の各事実、及び同2(二)(2)のうち、原告が、平成4年3月12日付けで、被告に対し法37条1項の適用を受ける旨の届出を提出した事実、以上は当事者間に争いがない。

二  上記当事者間に争いのない事実、証拠(甲5、8、13、14、乙7、検甲1ないし96、証人乙、同丙、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

1  原告(昭和19年生)は、肩書住所地において、「A」の屋号で、悉皆業を営む者である。その業務の内容は、まず、着物の図柄や構図を決め、呉服問屋から無償で白生地の支給を受け、それを下のし、糸目状、引染、水洗、地入等の各工程ごとに、各下請業者(外注先)にそれぞれの加工を委託し、呉服問屋の意向に沿った反物を仕上げ、これを呉服問屋に納品し、対価を受けるものである。

2  原告は、平成2年1月から平成5年8月30日までの間、戊会計事務所の戊税理士に、所得税及び消費税の確定申告を委ね、本件各課税期間の消費税については、別紙・消費税の課税の経緯の各「確定申告」欄のとおり、消費税の確定申告をし、上記申告に係る消費税をそれぞれ納付した。

3  原告は、平成4年3月12日、被告に対し、法37条1項所定のいわゆる簡易課税制度の適用を受ける旨の届出書を提出した。

4  被告の部下職員である乙は、平成5年8月30日、戊税理士に架電し、原告の所得税及び消費税の調査(本件調査)のため、同年9月7日に原告宅に臨場したい旨告げた。

5  原告は、同年8月30日、戊会計事務所の事務員から同年9月7日に税務署の調査が入る旨の連絡を受け、同税理士への依頼を解消するとともに、以後、民主商工会に税務の相談をすることとした。

6  乙は、平成5年9月7日、原告宅を訪れたが、原告が外出するところであったため、原告に対し、次回の調査日について必ず連絡して欲しい、次回の調査日には予め帳簿書類を用意しておいてほしい旨告げて帰った。

7  原告は、同月20日、乙に連絡し、同月28日に原告宅で調査を受けることとなった。

8  乙は、平成5年9月28日、原告宅を訪れたところ、原告は、帳簿類らしき書類の入った箱を用意し、民主商工会の事務局員ら5名を同席させていた。乙は、原告に対し、守秘義務を理由に第三者の退席を求めたが、原告がこれに応じなかったことから、反面調査を行う可能性のあることを告げ、原告一人で会えるようなら税務署に連絡するよう言い残して帰った。その際、原告は、上記の箱の中味を取り出して乙に見えるように提示したり、箱の中味の書類を提示して具体的な説明をすることはしなかった。

9  乙は、同年10月20日、12月17日、平成6年2月2日、同月15日、原告に架電し、第三者の立会のない状態で調査に応ずるよう協力を求めたが、原告は、あくまで立会がある状態での調査にしか応じられないとの態度で終始した。

10  乙は、平成6年4月、同じく被告の部下職員の丙に本件調査を引き継いだ。

11  丙は、同月8日、原告宅を訪れたが、原告が留守であったことから電話で連絡をとり、第三者の立会のないところで帳簿類を提示して欲しいこと、所得税及び消費税の調査を平成5年から遡って行うこと、反面調査を行うこと、帳簿書類の提示がなければ保存を確認できず、仕入税額控除ができなくなることを説明し、簡易課税に関する計算間違いがある旨を指摘した上、同年5月10日に原告の実家で調査することを約束した。

12  丙は、平成6年5月10日、原告の実家を訪れたところ、原告は、民主商工会の事務局長の己及び会員の辛ら数人を同席させていた。原告は、再度、帳簿類らしき書類の入った箱を机上に置いていたが、丙が説得したにも拘わらず、同席していた己らを退席させようとはしなかった。丙は、己及び辛の同席を理由に、それ以上の調査を進めずに帰った。その際も、原告は、箱に入った書類を取り出して丙に提示したりまではせず、また、上記の書類の具体的な内容の説明もしなかった。己や辛は、その際の様子を写真撮影した。検甲2がその写真である。

13  丙は、その後、原告の得意先である呉服問屋に対する反面調査を行い、同年6月7日までに終了した。

14  丙は、原告から連絡を受け、平成6年6月7日、原告の実家を訪れたところ、原告は、その際も、民主商工会の前記己ほか1名を同席させていた。原告らは、その際にも、いくつかの封筒に入った帳簿類らしき書類が入った箱を丙の前の机上に置いて、丙に調査するよう求めた。これに対し、丙は、再三に亘って、税理士等の資格を有する者以外の第三者の立会がある状態では調査を進めるわけにはいかない、このままでは、結局、原告が帳簿類を提示しなかったことになることを説明し、己らの退席を求めた。しかし、話し合いは平行線をたどり、結局、丙は、己らの同席を理由に、それ以上の調査をすることなく帰宅した。原告は、その際も、上記箱の中味を取り出して丙に示したり、説明することはなかった。

15  丙は、同月10日、原告宅に赴いたが、原告が不在であったため、丙は、立会人を排除した上での帳簿等の提出に原告が応じないこと、このままでは、帳簿書類の不提示となり、所得税及び消費税の更正処分をすること、調査に応じる意思があれば、同月17日までに来署の上、帳簿書類を提示すること、以上を記載した連絡せん(乙7)を、原告方の郵便受けに投函した。

16  原告は、平成6年6月17日、辛及び民主商工会の事務局長と共に右京税務署を訪れ、総務課長に対し、丙が、本件調査において調査理由の開示に応じないこと、原告が

帳簿書類を提示しているにもかかわらず、立会人のいることを理由に調査をしなかったこと、前記連絡せんを原告宅に投函したことに対する非難等とともに、本件調査理由の開示を求める旨を記載した被告宛の申入書(甲5)を提出した。しかし、その際、原告は、帳簿類を持参して、これを税務署の職員に提示することなどはしなかった。

17  被告は、平成6年6月22日、原告の平成3年分ないし平成5年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行うとともに、本件各処分をした。

18  原告は、同年8月1日、被告に対し、本件各処分について、異議申立てをし、その異議手続において帳簿類を提出したが、被告は、同年10月31日、上記異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をした。

19  原告は、同年11月30日、国税不服審判所長に対し、本件各処分に対する審査請求を行い、再度、帳簿類を提出したが、同所長は、平成7年12月21日、同審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。

三  まず、請求原因6(一)(本件調査の違法)について検討する。

1  税務調査の手続に仮に違法があっても、原則として、そのことが理由となってそれに基づく課税処分が違法となることはないものと解するのが相当である。そして、税務調査による質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実務の細目については、質問検査の必要があり、かつこれと相手方との私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解される(最判平成5年3月11日・訟月40巻2号305頁参照)。

2  前記二の認定事実によっても、本件各処分に至る調査の手続に違法な点はなく、他に違法な点を認めるに足りる証拠もない。被告の部下職員である乙及び丙が、本件調査に際し、調査理由の開示の求めに応じた事実は認められないが、調査の必要性や理由を示さなかったことも、前記の認定事実の下においては、未だ税務職員としての裁量を逸脱するものではなく、違法であるとはいえない。また、税理士以外の第三者の立会いを許すか否かも、調査担当者の合理的な裁量に委ねられており、乙及び丙が、本件調査において、第三者の立会があることを理由にそれ以上の調査を進めなかったとしても、それが違法とはいえない。

3  むしろ、本件調査の手続は適法であったというべきである。

四  原告が主張する仕入に係る消費税額の控除について検討する。

1  法30条1項は、事業者(法2条1項4号)が国内において課税仕入を行った場合には、当該課税仕入を行った日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から上記課税仕入に係る消費税額等を控除する旨を規定する。これがいわゆる仕入税額控除である。そして、同条7項は、上記1項の規定は、事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合には、当該保存がない課税仕入れについては、適用しない、ただし、災害その他やむを得ない事情により、当該保存をすることができなかったことを当該事業者において証明した場合は、この限りでない旨を規定する。

更に、同条8項は、法定帳簿について、同条9項は、法定請求書等について、それぞれ記載されていなければならない各法定記載事項を具体的に列挙している。また、同条10項の委任に基づく令50条1項では、仕入税額控除の適用を受けようとする事業者は、法定帳簿又は法定請求書等を整理し、法定帳簿についてはその閉鎖の日の属する課税期間の末日の翌日から2ヶ月を経過した日から7年間、法定請求書等についてはその受領した日の属する課税期間の末日の翌日から2月を経過した日から7年間、これを納税地又はその取引に係る事務所、事業所その他これに準ずるものの所在地に保存しなければならない、と規定する。

更に、法は、一般的な記帳義務として、法58条において、事業者は、政令で定めるところにより、帳簿を備付けて、これに行った資産の譲渡等又は課税仕入に関する事項を記録し、かつ当該帳簿を保存しなければならない旨を規定する。

2  上記各規定及び法の他の規定によれば、仕入税額控除は、広く消費税を課税する結果、取引の各段階で課税されることによる税負担の累積を防止するため、それぞれの取引の前段階の取引に係る消費税額を控除することを認めたものと解される。そして、法30条7項は、申告をする納税者や課税庁において多量の課税仕入の存否及びそれに係る消費税額を迅速かつ正確に把握して事務処理をするためには、明確な内容の帳簿や請求書等が必要であるところから、かような法定帳簿や法定請求書等の保存がない場合を仕入税額控除をしない場合の要件(仕入税額控除の不適用要件)として定めたものと解される。

したがって、同条7項の規定は、租税実体法規としての性質を有することは明かであって、上記規定の文言や法の他の規定に照らしでも、上記7項の規定が原告が主張するように単に課税仕入の立証方法を限定する意味をもつにすぎないものと解することはできない。

3  次に、法30条7項の保存とは、法定帳簿又は法定請求書等が単に納税者の下に存在しているだけでは足りず、法30条7項の趣旨が前記のとおり大量の課税仕入に係る消費税額を迅速かつ正確に把握するためのものであって、その把握をするのは、まず、申告をする納税者、それに課税処分等を行う課税庁であり、課税庁においては税務調査においてその把握が必要になることに照らすと、税務職員の質問検査権に基づく適法な調査により直ちに確認できるような状態での保存を意味するものと解すべきである。被告も、上記の保存は税務職員の適法な税務調査に応じて直ちに提示できる状態での保存をいうものであると主張するが、それは前判示のような意味における限りにおいて正当である。そして、税務調査において、税務職員が納税者に対し、社会通念上当然に要求される程度の努力を行って、適法に法定帳簿や法定請求書等の提示を求めたのに対し、納税者がこれを明確に拒絶したと認められる場合には、納税者は、法定帳簿等をもともと保管していないか、又はそれらを何らかの形で保管していても、少なくとも以上のような意味での保存がなかったとの推認が強く働くものと解すべきである。

4  なお、被告は、事業者が税務調査の際に法定帳簿や法定請求書等の提示を求められながらこれを拒否した事実があり、その後に更正等の課税処分がされた場合には、常に、法30条7項の「保存がない場合」に該当し、上記のように推認されない場合があることを一切認めないとの趣旨を主張しているものと解される。

確かに、法62条では、課税庁の職員は、消費税に関する調査について必要があるときは、事業者等に対し、質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができるとし、法68条では、上記の質問検査に対して答弁せず、又は検査を拒み、妨げ若しくは忌避した者は10万円以下の罰金に処せられることとされており、事業者には、税務調査に協力する義務がある。また、税務当局としては、正確に課税要件の事実を調査するためには納税者の協力が不可欠であることからしても、上記の主張のように、提示を拒否したことを保存がない場合に擬制して解することにも課税手続上の合理性があるといえる。

しかし、法30条7項は保存しない場合と規定しているのみで、その他法においても同条10項に基づく令においても、課税庁側への提示を積極的に求める趣旨の規定はない。適法な税務調査による提示要求に対して事業者が法定帳簿等の提示を拒否したことを、上記に判示するような内容の保存がない場合と完全に同視することは困難であるといわざるを得ない。被告の上記の主張は採用できない。

5  このように、「保存がない」といえるか否かについては、個々の事例ごとに、税務調査の経緯、態様、それに対する事業者の対応等の諸事情を総合判断して決すべきものと解される。

6  以上の判示に従って、まず、本件調査の当時、前記のような意味での保存がなかったといえるか否かについて検討する。

(一)  前記二で認定した事実関係によれば、原告は、本件税務調査が開始された後の少なくとも、平成5年9月ころ以降は、被告の部下職員から再三に亘って、帳簿類の提示を求められた上、その調査は、資格を有する税理士以外の第三者の立会がない状態で進めたいこと、更に、消費税の仕入税額控除については、帳簿等の提示がなければ課税庁としては、仕入税額控除を認めないことについて十分に説明を受け、そのことは十分認識していたものと認められる。また、原告は、戊税理士への依頼を解消した後は、民主商工会に税務の相談をしていたもので、税務調査に対する協力や対応についての法律知識又は情報もある程度は得ていたものと考えられ、少なくとも、課税庁側の前記のような方針が変更される可能性は極めて少ないことも十分認識していたものと認められる。

(二)  また、前記判示のとおり、被告の部下職員による本件調査には、いずれも、違法な点はなく適法なものであって、乙や丙による本件調査は、社会通念上当然に要求される程度の努力は尽くしたものであったとみることができる。そして、原告は、納税者としてこれに協力すべき義務を負っていたものといわざるを得ない。

(三)  ところが、原告は、前記の平成5年9月ころから本件各処分がされた平成6年6月22日までの約9か月の間、被告の部下職員に対し、第三者の立会がない状態で帳簿類を提示したり、あるいは、資格を有する税理士の立会を依頼して帳簿類の提示をする機会が再三あり、更には、帳簿類を被告の税務署へ持参することも十分可能であったと考えられるのに、上記の期間に亘って、これらの行為を一切しなかったもので、前記二の事実関係の下で、原告は、明確に、強固に、本件税務調査に対して、帳簿類の提出を拒絶したものと認められる。

(四)  このようにみてくると、原告は、本件調査の当時、本件各課税期間に係る帳簿類を少なくとも、前記で判示したような意味での保存をしていなかったことが強く推認されるものといわざるを得ない。

(五)  確かに、原告は、本件調査の際、部下職員に見えるように、帳簿類らしき書類が入った箱を置いたことがあるのは確かであるし(それを撮影した写真が検甲1である。)、原告は、それらが、本件訴訟で提出された本件帳簿及び請求書等の各甲号証と同じであることを前提とした主張をし、また、原告は、本件各処分後の異議申立手続及び審査請求の手続において帳簿類を提出したことは前記認定のとおりである。

しかし、本件調査の際に原告が用意した箱の中に入っていた書類が上記帳簿類であるのか、更には本件帳簿及び請求書等と完全に同一のものかどうかは不明であるといわざるを得ない。また、検甲12ないし96の帳簿類を撮影した写真は、本件調査時に撮影された写真ではなく、本件処分の後、更に長期間経過した平成9年以降に撮影されたものである。更に、原告が、本件訴訟において、法定請求書等の書証であるとして別表の各甲号証を提出したのは、本件訴訟が提起された平成8年3月29日から3年以上経過した平成11年10月15日の本件第19回口頭弁論期日である(なお、本件記録上、原告は、平成10年11月18日の第14回口頭弁論期日において帳簿を書証として提出する準備があることを明らかにしている。)。なお、上記各甲号証については、例えば、甲209-1ないし25の現金出納帳には、相手方の名称又は役務の提供の内容のどちらかの記載がなく、また、差引残高の記載がなく、更に、甲209-4の現金出納帳の平成4年2月11日欄には「接・交」「昼食」の下部分に「レンタルスキー 6100円」なる記載があったのを消しゴム等で消した痕跡がある。また、上記現金出納帳には、記載の途中が空欄となっている部分があり、原告は、その点について、本人尋問において「空けている以上は何かを入れるはずですが、入れていないですね。」と供述しているのみであり、本来連続して記載されるはずの欄が何故空欄になっているのか合理的な理由が不明である。更に、上記の現金出納帳や本件帳簿及び請求書等の中の領収証の中には、高速道路を使用したことによる旅費交通費が多数あるが、それらの多くは2月11日、5月4日、7月12日などの祝日や日曜日に集中しており、それらの中には家事関連費も含まれているのではないかと考えられ、原告は、そもそも課税仕入れに当たらない領収証を本件帳簿及び請求書の中に混在させ、更に、上記現金出納帳にも、課税仕入れと混在させて記帳していたことも窺える。更に、原告は、本人尋問によって、例えば、甲201の37の領収証の数字や「B」の記載は、原告の妻によって後から書き加えられた可能性があることを認めている。このように、本件帳簿や請求書等の中には、もともと、各課税仕入れについてのものとそれ以外のものとが明確な区別・整理がされずに混在していたと窺われる部分があるばかりでなく、事後的に消されたり補完的な記載がされたのではないかと疑われる部分も散見される。

いずれにしても、異議や審査請求の段階で帳簿類が提出され、本件訴訟で、本件帳簿及び請求書等が提出されたからといって、本件調査に対する原告の対応が前記のとおりであった以上、本件調査の当時、本件帳簿及び請求書等を原告が何らかの状態で所持していたものであるとはいえるにしても、少なくとも、それが前判示のとおりの意味の保存ではなかったことの推認が覆るものではないというべきである。

(六)  以上のとおりであり、本件調査の経緯を総合考慮すると、原告は、本件各処分の前の本件調査の当時(それは、法令所定の保存期間中である。)、継続して、本件帳簿及び請求書等を、前判示のような意味での保存はしていなかったものと推認するのが相当であり、そのように推認されても致し方ないものというべきである。

7  そうすると、平成4年の課税期間については、その余の点を判断するまでもなく、法30条7項により仕入税額控除の適用はないというべきであるから、平成4年課税期間についての本件更正処分及び本件賦課決定処分は、いずれも適法である。

五  次に、平成5年課税期間について、原告の事業が、令57条5項3号かっこ書き所定の「加工賃その他これに類する料金を対価とする役務の提供を行う事業」に該当するか否かについて検討する。

1  上記役務の提供とは、対価たる料金の名称のいかんを問わず、他の者の原料若しくは材料又は製品等に加工等を加えて、当該加工等の対価を受領する役務の提供又はこれに類する役務の提供をいうものと解される(消費税法基本通達13-2-7)。

2  そして、前記二の認定事実によれば、原告の業務の内容は、呉服問屋から主要な原材料である白生地の支給を無償で受け、それを外注先に加工させて、反物に仕上げて、それを呉服問屋へ納品して対価を受けるものであり、上記1の役務の提供に該当するものというべきである。

3  原告は、原告の業務は、呉服企画の製造業であり、製造問屋に類似すると主張するが、前記のとおり、原告の業務においては、無償で白生地の支給を受けて行うものであり、これを令57条5項3号のかっこ書き所定の事業以外の事業と解することはできない。

原告のこの点の主張は採用できない。

4  そうすると、平成5年課税期間についての本件更正処分及び本件賦課決定処分も適法であるというべきである。

六  以上のとおりであって、本件各処分は、いずれも適法であって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、行訴法7条、民訴法61条に従って、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 山本和人 裁判官 吉田静香)

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