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京都地方裁判所 平成9年(ワ)1875号 判決 2001年3月30日

第1事件原告(以下「原告」という。)

藤井雅夫

第2事件原告(以下「原告」という。)

藤田宗孝

上記両名訴訟代理人弁護士

中村和雄

同上

藤田正樹

同上

永井弘二

第1・第2事件被告(以下「被告」という。)

日本電信電話株式会社

上記代表者代表取締役

宮津純一郎

第1事件引受参加人,第2事件被告(以下「被告」という。)

西日本電信電話株式会社

上記代表者代表取締役

浅田和男

上記両名訴訟代理人弁護士

太田恒久

同上

高坂敬三

主文

1  原告らの基礎給及び職責手当の金額の確認請求に係る訴えをいずれも却下する。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  原告藤井雅夫(以下「原告藤井」という。)が被告日本電信電話株式会社(以下「被告NTT」という。)に対して有する賃金債権のうち,平成9年4月1日から平成11年6月30日までの基礎給及び職責手当は,別紙賃金一覧表1記載の各期間に対応する金額であることを確認する。

2  原告藤井が被告西日本電信電話株式会社(以下「被告NTT西日本」という。)に対して有する賃金債権のうち,平成11年7月1日以降の基礎給及び職責手当は,別紙賃金一覧表1記載の各期間に対応する金額であることを確認する。

3  被告NTT西日本は,原告藤井に対し,金512万0700円及びこれに対する平成12年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告NTTは,原告藤井に対し,金419万2800円及びこれに対する平成12年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  被告NTT西日本は,原告藤井に対し,平成12年4月以降毎月20日限り金58万5100円を支払え。

6  原告藤田宗孝(以下「原告藤田」という。)が被告NTTに対して有する賃金債権のうち,平成9年4月1日から平成11年6月30日までの基礎給及び職責手当は,別紙賃金一覧表2記載の各期間に対応する金額であることを確認する。

7  原告藤田が被告NTT西日本に対して有する賃金債権のうち,平成11年7月1日以降の基礎給及び職責手当は,別紙賃金一覧表2記載の各期間に対応する金額であることを確認する。

8  被告NTT西日本は,原告藤田に対し,金485万5200円及びこれに対する平成12年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

9  被告NTTは,原告藤田に対し,金357万4500円及びこれに対する平成12年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

10  被告NTT西日本は,原告藤田に対し,平成12年4月以降毎月20日限り金51万5300円を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告NTTの従業員であった原告らが,特別職群制度導入により賃金のうち基礎給及び職責手当が減額されたのは,就業規則の不利益変更に当たり無効であると主張して,被告NTT及び同被告から営業譲渡を受けた被告NTT西日本に対し,雇用契約に基づき,特別職群制度導入がなかった場合の基礎給と職責手当の額の確認と支払(前記第1の3,4,8,9の請求額については別紙損害計算表参照。なお,原告らは,平成9年4月から平成11年6月までの分の請求については,被告らの連帯債務となると主張する。)を求めた事案である。

1  争いのない事実等(弁論の全趣旨により容易に認められる事実を含む。)

(1)  当事者

被告NTTは,昭和27年8月に日本電信電話公社法に基づき設立された公共企業体である日本電信電話公社(以下「電電公社」という。)をその前身とし,国内電気通信事業を営んできたが,同事業に競争が導入されることとなり,昭和60年4月,日本電信電話株式会社法の施行により民営化された株式会社であり,平成9年3月31日時点で,資本金7956億円,従業員約18万2500名であった。

また,被告NTTは,平成11年7月1日,日本電信電話株式会社法の一部を改正する法律に基づき,被告NTT西日本に対して営業譲渡を行った。その結果,被告NTT西日本は,本件訴訟の目的となっている権利義務を被告NTTから承継した。

原告藤井は,昭和34年4月,電電公社に入社し,同公社が民営化された以後,被告NTTに雇用契約が承継され,更に平成11年7月の上記再編成に伴って被告NTTから被告NTT西日本に営業譲渡が行われた結果,被告NTT西日本に雇用されることとなった。

原告藤田は,昭和32年2月,電電公社に入社し,原告藤井と同様の経緯により,被告NTT西日本に雇用されることとなった。

(2)  被告NTTグループ

被告NTTは,昭和60年の民営化以降,経営の多角化,効率化を促進し,サービスの向上につなげるため,子会社や関連会社を積極的に設立した。たとえば,原告藤井が出向していた株式会社エヌ・ティ・ティ・テレコムエンジニアリング関西(以下「TE関西」という。)は,電気通信設備の調査,点検,修理及び管理等を業とするものであり,原告藤田が出向している株式会社エヌ・ティ・ティ・ダイナミックテレマ(以下「ダイナミックテレマ」という。)は,インターネット関係等のマルチメディア関連事業や人材派遣事業等を営んでいた。

(3)  特別職群制度導入前の被告NTTの雇用制度

被告NTTは,従来から職群制度及び職能資格制度を設け,管理職職位にある者(以下「管理職」という。)についてはその職務遂行能力に応じ,その所属する職群(管理監督職群,専門職群及び特別専門職群)別に定められた資格(上位から理事,副理事,参与,副参与,参事,副参事の6つの資格)に格付し,その資格に対応して給与その他の人事上の処遇を行ってきた。

また,被告NTTは,電電公社時代から定年退職制度を設けておらず,管理職を対象に55歳を目途として再就職先斡旋を行ってきたが,平成4年4月1日以降,引き続きこの斡旋を実施する外,従業員の60歳定年制度を導入すると同時に,管理職が58歳に達した日以降の最初の3月31日をもって従来の役職を離れ,以後は定年の60歳まで付部長又は付課長として勤務することなどを内容とする役職定年制度を採用するなど,人事諸制度の大幅な改革を実施し,その一環として,年度末時点での年齢が45歳以上55歳以下の従業員を対象に,新しい人生設計を支援するため,転進援助制度を設けた。

(4)  特別職群制度

被告NTTでは,平成9年4月に就業規則を変更(以下「本件就業規則の変更」という。)して,その職群について,従前の管理監督職群と専門職群のほかに,新たに特別職群を設定し,年度末年齢が55歳となる副参事管理職を同月1日付で特別職群に移行させるという特別職群制度を創設した。特別職群制度の概要は,以下のとおりであった。

イ 特別職群への移行と同時に役職を離れ,専任課長となる。

ロ 給与は月例給として,基礎給,職責手当,扶養手当,都市手当,定期特別手当及び業績手当があり,ベースアップはあるが,定期昇給はない。

ハ 業務内容は,過去に培った知識,経験,スキル等を生かせる業務とし,配置先は出向を基本とする。

ニ 勤務場所は,業務上の必要性に基づいて決定される。

(5)  原告藤井は,管理監督職群の副参事の職務に従事し,平成5年12月からTE関西に出向していたが,平成9年3月25日,前記特別職群制度の導入に伴い,被告NTTから同年4月1日付で同被告関西支社グループ事業推進部勤務特別職の発令を受け,これにより,同年3月分まで職責手当として月額13万1000円を受給していたが,同年4月分(支給は同月18日)から職責手当として月額3万円(その後のベースアップにより同年4月分に遡及して月額3万2000円に改定された)となり,また,同年9月30日までは月額54万6750円の基礎給(但し,同年3月31日までは基本給。以下同じ。)を受給していたが,同年10月1日から基礎給が月額47万円に減額され,更に平成10年4月1日からは月額45万円に減額された。

また,原告藤田は,管理監督職群の副参事の職務に従事していたが,平成9年3月25日,前記特別職群制度の導入に伴い,被告NTTから同年4月1日付で同被告関西支社グループ事業推進部勤務特別職の発令を受け,これにより,同年3月分まで職責手当として月額12万7000円を受給していたが,同年4月分(支給は同月18日)から職責手当として月額3万円(その後のベースアップにより同年4月分に遡及して月額3万2000円に改定された)となり,また,同年9月30日までは月額46万8200円の基礎給を受給していたが,同年10月1日から基礎給が月額44万円に減額され,更に平成10年4月1日からは月額43万円に減額された。

2  争点

(1)  基礎給と職責手当の金額について確認の利益があるか。

(原告らの主張)

基礎給と職責手当については,単にその給付による満足のみならず,賞与算定,年金算定等に反映されるため,確認の利益がある。

(被告らの主張)

確認訴訟については,給付訴訟の提起が可能であれば,同一の権利関係について確認の訴えを提起する利益はない。原告らは,賞与や年金の算定等に反映されるため確認の利益があると主張するが,これらについては,具体的請求権が発生した時点で給付訴訟を提起すれば足りるし,他方,現時点で確認判決を得て確定したところで,将来変動する余地があるからその意義は希薄である。

(2)  本件就業規則の変更に際し,適切な手続がとられたか。

(原告らの主張)

特別職群制度導入に際しては,就業規則の改編が行われたが,その際,関係就業規則の労働基準監督署への提出義務が履践されておらず,適用労働者への周知徹底も不十分であったから,このような変更は無効である。

(被告らの主張)

イ 社内論議の実施

特別職群制度については,かねてから管理職大量退職時代を迎え,再就職先が不足してくることへの対応について対策を求める声が各地域支社からあったため,平成7年春ころから本社が制度検討に着手し,同年9月にはその枠組みと概要をまとめ,この本社案に基づき,各地域支社との間で意見交換が行われた。被告NTTは,平成8年2月ころ,そこで出された意見を踏まえて制度の内容,導入時期等につき常務会に諮り,同年3月には本社2次案を策定し,再度各地域支社に意見照会をし,同年6月の支社長会議を経て,同年7月の常務会により最終的に導入を決定した。

ロ 移行対象者に対する十分な周知

特別職群制度導入決定後,被告NTTでは,各地域支社の人事担当責任者を集めて会議を開き,制度内容の周知を徹底するため,対象者に資料配付と上司等による説明を行うこと,人事担当者は対象者からの問い合わせに的確な対応ができるよう制度をよく理解しておくことなどの指示をした。これを受けて,関西支社総務部人事担当は,平成8年7月から同年9月にかけて,各支店長,支店内各組織の部長等に対する勉強会を実施した。

また,被告NTTは,平成8年9月ころ,各地域支社に対し,対象者への周知を開始するよう指示を行い,これを受けて,関西支社総務部人事担当は,各支店副支店長及び支店内各組織の人事担当部長等に対し,制度内容等の周知徹底を指示し,グループ会社に出向している社員については,支社グループ事業推進部の人事担当部長等を通じ,各グループ会社の人事担当部長等へ指示がされた。

このように,被告NTTは,就業規則の変更につき対象者への周知徹底を図っているから,たとえ労働基準監督署への提出義務が履践されていなかったとしても,当該就業規則の変更が効力を有しないことはない。

(3)  本件就業規則の不利益変更があったか。

(原告らの主張)

被告NTTにおいては,職群,職能資格,職能等級が細かく規定され,職能給や職責手当の金額も,職群,職能資格,職能等級に基づき,詳細に定められていた上,60歳定年制と役職定年制により,職能給や職責手当の金額が定年までの間にどのように決定されるかが明確にされていた。ところが,被告NTTは,従前の職群,職能資格に基づく賃金体系を一方的に排除し,突然従来の制度と整合性のない職群を新たに設定し,職能給や職責手当を一方的に切り下げたのであるから,就業規則の不利益変更に当たるというべきである。

(被告らの主張)

被告NTTは,管理職として部下を指導,統率する等の業務管理を行っていた副参事につき,特別職群として,部下を持つことなく,業務を自己完結的に遂行する職務を担当させることにしたものであり,そこには自ずから労働の質と量に違いがあることから,副参事とは異なる別途の給与体系を設定したのである。そして,被告NTTは,高度の業務上の必要性に基づき,副参事であった原告らに特別職群への移行,すなわち担当する業務の変更を命じたのであり,原告らが新たな職務に従事するにつき,それに対応する給与規則の適用を受けるのは当然であり,これは単に担当する業務の変更に伴う結果に過ぎず,そもそも不利益変更に当たらない。

(4)  不利益変更といえる場合,その変更に合理性があるか。

(原告らの主張)

以下のとおり,本件就業規則の不利益変更は合理性を欠くものである。

イ 原告らの被る不利益の程度

原告らは,生活の糧である賃金について,月額合計約20万円もの減額をされたのであるから,その不利益は極めて大きい。

ロ 変更する必要性の内容,程度

被告NTTは,日本はもちろん,世界的に見ても有数の超一流企業であり,その経営は極めて安定していたのであり,労働条件を不利益に変更する必要性は認められなかった。

これに対し,被告らは,マルチメディア社会の到来や競争相手の参入に備える必要があるとするが,それらはいわば将来の不確定要素についての予測に基づいたものに過ぎず,現実に被告らの経営が危殆に瀕しているわけではなく,そうなりそうな状況にもない。そして,社会の進歩や競争相手の存在は,どのような企業であっても常に問題となり得るのであるから,このことが労働者の権利を不利益に変更する合理的な理由となるものでない。

ハ 変更後の就業規則の相当性

本件就業規則は,副参事のみを対象とし,それ以上の職階の者については特に何らの措置もとられていないのであるから,不平等かつ不合理な内容というべきである。

ニ 代償措置その他の労働条件改善状況

被告らにおいては,代償措置その他の労働条件改善策は一切とられていない。被告らは,管理職が55歳で退職するという慣行があったと主張するが,そもそも,管理職についても60歳定年制が定められ,58歳役職定年制が存在していたのであるから,本件の特別職群制度導入によって利益を受けた労働者は全く存しない。

ホ 他の従業員らの対応

原告以外の副参事も,特別職群への移行を進んで受け入れたわけではなく,大きな不満を抱いている。

ヘ 同種事項に関する我が国社会における一般的状況

被告NTTのような超優良企業が,何らの代償措置もなく,一方的に賃金を切り下げるなどというのは,かつてないほど特異なことといえる。

(被告らの主張)

以下のとおり,本件就業規則の不利益変更には合理性がある。

イ 不利益の内容,程度

被告NTTにおいては,平成4年の定年制導入以前は,従業員の定年制度が明文をもって定められていなかったが,副参事資格以上の管理職については,55歳までに再就職斡旋等により退職するという人事慣行が存在していたのであり,ほとんどの管理職が55歳までに退職していた。平成4年に定年制を導入するに当たっては,病気等の諸事情により,55歳で他に転進できない者のために,役職定年年齢を58歳としたのであって,管理職が55歳で退職するという人事慣行を改めるものではなく,その実態も全く変わらなかった。

したがって,特別職群制度を導入して,60歳までの雇用を保障したことは,実体的に見れば,副参事資格の管理職に再就職斡旋等による転進以外に新たな選択肢を付加するものであって,対象となる管理職の利益にこそなれ,不利益となるものではない。

また,特別職群への移行に伴う給与処遇の変化は,従事する業務の質と量の変更に対応したものであり,担当する業務の内容が変わることで,賃金についてもそれに見合うように変わっていくことは当然である。

ロ 特別職群制度導入の必要性

(イ) 従業員の構成

電電公社は,昭和27年8月に発足後,日本経済の高度成長に支えられた旺盛な電話需要に対していかに設備を増強するかを最大の事業課題とし,特に昭和40年代には,年間300万台を超える加入者数を記録した。このような電話架設の拡大を支えるため,電電公社は,年間1万数千人に及ぶ大量採用を行い,昭和50年代には,電話架設の積帯の解消を成し遂げたものの,従業員数は32万人を超えた。被告NTTが特別職群制度の導入を検討し始めた平成7年ころには,これらの大量採用された従業員が40歳から55歳前後の年齢層となって全従業員の6割以上を占め,被告NTTにとって人件費の負担が過大となったため,早急に対策をとる必要があった。

(ロ) 電気通信事業の自由化

昭和60年に電気通信事業が自由化され,同事業を独占していた電電公社が民営化されると共に,第二電電,日本テレコム,日本高速通信といった電気通信事業者が長距離通信市場に参入してきた。この参入により,長距離通信市場の競争が激化し,被告NTTのシェアは低下の一途をたどる一方で,値下げ競争も激化し,これらによって,被告NTTの収入の大きな割合を占めていたダイヤル通話料収入は,大きく低下した。

(ハ) 被告NTTの公共的責務と新規参入業者との競争

被告NTTは,民間会社ではあるが,日本電信電話株式会社法において,電話の役務を日本全国に安定的に供給し,公共の福祉の増進に努めなければならないと定められている(ユニバーサルサービス提供の責務)。そのため,被告NTTは,採算のとりにくい地域でもサービス提供の責務を負う一方で,高収益を挙げやすい地域では,新規参入事業者との競争への対応に迫られていた。

このように,被告NTTは,厳しい競争下にある通信業界の中で,ユニバーサルサービスの提供の責務を負担しながら,市場競争力を確保していかなければならないことから,大胆な合理化,効率化施策を実施しなければならない状況にあった。

(ニ) 事業内容の変化と中高年世代

情報通信分野においては,技術革新とグローバル化の進展に伴い,文字,音声,画像などの複数の異なる形式の情報を組み合せて扱うマルチメディアでの情報流通サービスが進展しているほか,インターネットの普及に見られるような,国内外の区別なく利用できるコンピューター通信のような高度な情報流通サービスに対する需要が急速に高まっている。

このような中で,被告NTTにおいても,商品,サービス開発や事業展開のスピードが加速し,仕事内容もより高度化,多様化し,専門性の求められる分野が拡大してきたことから,このような変化に対応すべく,専門性をより反映する仕組みの導入とそれに伴う副参事管理職の廃止をはじめとした抜本的な見直しを行うことにした。

ハ 経過措置

平成9年4月の移行者については,円滑な移行を図る観点から,制度上標準では約7割の給与水準となるが,平成9年度上半期は約9割,下半期は約8割という段階的な給与水準への移行となるよう経過措置を策定した。

第3争点に対する判断

1  争点1について

(1)  確認の訴えは,特に確認の利益がある場合に限って許されるところ,確認の利益は,判決によって法律関係の存否を確定することがその法律関係に関する法律上の紛争を解決し,当事者の法律上の地位の不安,危険を除去するために必要かつ適切である場合に認められるものである。

(2)  そこで,原告らの基礎給及び職責手当の金額の確認請求に係る訴えについて,確認の利益が認められるかを判断するに,原告らは,賞与算定,年金算定等に反映されるため,本来原告らが受給できるべき基礎給と職責手当の額について確認する必要があると主張するが,本件訴訟では,本件就業規則の変更に基づく特別職群への移行の効力が争われ,これが無効であることを前提として,賃金のうち基礎給と職責手当の金額(一部が支給された期間については同金額と支給額との差額)の支払を求め,その判決が確定すれば,基礎給と職責手当の金額は既判力によって争い得なくなるのであるから,重ねて上記金額についての確認を求める必要も利益もないというべきである。

(3)  したがって,原告らの基礎給及び職責手当の金額の確認請求に係る訴えは,確認の利益を欠く不適法なものであるから,却下を免れない。

2  争点2について

(1)  原告は,労働基準法によれば,常時10人以上の労働者を使用する使用者は,就業規則の変更につき,労働基準監督署に届け出ることを要するものとされている(労基法89条)にもかかわらず,本件就業規則の変更に際して被告NTTがこの届出を行わず,その周知徹底も不十分であったから,本件就業規則の変更は無効であると主張しており,確かに,証拠(<人証略>)によれば,被告NTTは,平成9年4月に行った本件就業規則の変更に際して,特別職群給与規則,及び,その解釈運用についてと題する書面(<証拠略>)を労働基準監督署へ届け出ていないことが認められる。

(2)  そこで,検討するに,労働基準監督署に対する就業規則の届出は,就業規則の内容についての行政的監督を容易にしようとしたものに過ぎないから,届出は就業規則の効力発生要件ではなく,使用者が就業規則を作成し,従業員一般にその存在及び内容を周知させるに足る相当な方法を講じれば,就業規則として関係当事者を一般的に拘束する効力を生じると解すべきである。

そうすると,本件就業規則の効力を判断するについては,このような周知のための相当な方法が講じられたか否かが問題となるところ,被告NTTにおける特別職群制度の周知について,証拠(<証拠・人証略>)によれば,以下の事実が認められる。

イ 被告NTTは,平成8年7月に常務会で特別職群制度の導入を決定し,同月23日,同制度の周知,(ママ)徹底を目的として,本社人事労働部において,各事業本部の人事担当部長を対象とした会議を開催した。これを受けて,関西支社総務部人事担当は,特別職群制度に対する理解,浸透を図るため,同月31日,管内の19支店の支店長を関西支社に集め,本社における会議資料を中心に説明すると共に,質疑応答を行い,また,同年8月7日から同月26日にかけて,同支社の部長らを対象に勉強会を実施し,同年9月10日には,各支店副支店長及び同支社内各部組織の人事担当部長らを同支社に集め,特別職群制度導入の背景や制度の概要についての説明を行った。原告藤田は,同年9月ころ,八尾お客様サービスセンター所長であった大戸洋明から特別職群制度の概要について説明を受けた。

ロ 一方,TE関西は,被告NTT関西支社総務人事担当部門から特別職群制度導入の説明を受け,同年9月12日,本社の各部室長を招集し,総務部長の西野から同制度導入の目的・背景及び同制度の周知徹底を行う必要性について説明し,翌13日,各支店の人事担当課長及び本社各部室の総括担当課長に対して特別職群制度の内容を理解させるため,説明会を開催し,同月17日には,経営企画部総括担当課長の橋本が,原告藤井を含む副参事4名を会議室に集め,同部長の西尾の同席の下で,同制度の目的,背景,概要等について説明した。

ハ また,特別職群対象者には,「管理職(副参事)のみなさまへ」及び「特別職群の概要」と題する書面が事前に配られたが,そこには「副参事の資格にあるみなさんを対象に,これまでの転進援助制度に加えて,現在の役職を離れていただき,事業の活性化を図りつつ60歳まで勤務できるよう,平成9年4月1日より『特別職群』という新たな選択肢を用意することとしました。」などと記載されていた。

以上の事実が認められ,これらの事実によれば,被告NTTは,本件就業規則の変更による特別職群制度の導入について,説明会や勉強会を開催したり,同制度の概要を記載した書面を配布するなど,副参事を含む管理職に対して周知させるよう努力しているものといえ,本件就業規則の変更について関係当事者に対して周知させるに足りる相当な方法を講じたものといえる。

(3)  よって,本件就業規則の変更につき,手続違反を理由とする無効事由があるとはいえない。

3  争点3について

(1)  特別職群制導入の経緯

前記第2の1記載の争いのない事実等及び証拠(<証拠略>)によれば,以下の事実が認められる。

イ 職群制度及び職能資格制度

被告NTTでは,民営化後の昭和63年2月,管理職の任用,給与その他の人事管理の合理的かつ統一的な実施を目的として管理職人事制度規程を制定し,その中で,職群制度及び職能資格制度を設定した。

職群制度は,管理職の行う職務の種類及び専門性等によりその職務を分類するもので,所管業務をマネジメントし,事業本部長,部長,事業所長及び課長等の職位にある者を適用対象とする管理監督職群,経営に密着した高度の研究,開発等に関する専門的業務を長期継続的に行う者を適用対象とする専門職群,及び,医師や薬剤師等の資格に基づいた専門的業務等を行う者を適用対象とする特別専門職群とがあった。

また,被告NTTは,前記規程の中で,管理職の職務遂行能力の段階によって区分された職能資格という資格分類を設け,その所属する職群別に定められた資格に格付し,その資格に対応して給与その他の人事上の処遇を行うという職能資格制度も設定した。管理監督職群及び専門職群に関する職能資格は,上位から順に理事,副理事,参与,副参与,参事,副参事の6つがあり,また,参事についてはA,Bの,副参事についてはA,B,Cの各職能等級が設けられた。

ロ 定年制度と転進援助制度の導入

(イ) 定年制度

被告NTTでは,平成4年以前は,従業員の定年に関する明文の規定はなかったが,同年4月1日から,60歳定年制度を導入し,また,共済年金の支給開始年齢の引き上げによる管理職退職年齢の高齢化を防ぐことなどを目的として,管理職役職定年制度を採用した。この役職定年制度は,管理職が58歳に達した日以降の最初の年度末の日付をもって従来の役職を離脱し,付部長や付課長として,それまでの経験を生かして職場に目を配りながら第一線業務に従事するもので,人事考課や給与のベースアップはあるが,昇格や定期昇給は実施せず,職責手当は役職定年前の同一資格標準者の3割程度とし,特別手当,業績手当は8割程度を標準として査定を行うというものであった。

(ロ) 転進援助制度

被告NTTは,電電公社時代から,中高年管理職の早期退職を促し,若手登用の道を開くため,管理職を対象に,55歳を目処として再就職斡旋を行っていたが,平成4年に定年制度を導入するなどの人事制度の大幅な改革の一環として,退職する年度の年度末の満年齢が45歳以上55歳以下で,かつ,退職予定日現在の勤続年数が10年以上の従業員のうち,被告NTTの承認を受けた従業員を対象に,次のような内容の転進援助制度を制定した。

a 転進助成金の支給 転進退職者のうち,自ら他企業等へ転職する場合及び自立,自営する従業員を対象として,必要な資格や技能の収得に要する受講,受験費用の全部又は一部を支給する。

b 開業資金等融資の会社斡旋 転進退職者のうち,自立,自営する場合であって,新規事業開業等に必要な資金の融資を希望する従業員を対象として,開業資金を融資する。

c 帰郷旅費の支給 転進退職日から3か月以内に旧居住地等から帰郷地へ移転する場合に帰郷旅費を支給する。

d 特別一時金の支給 転進退職後の生活を応援するため,退職年齢に応じ,退職手当と併せて特別一時金を支給する。

(ハ) このような再就職斡旋や転進援助制度の導入により,被告NTTでは,ピーク時に30万人以上いた社員が,平成4年には約23万人,平成5年には約21万人,平成6年には約19万人に減少した。

ハ 特別職群制度の導入

被告NTTでは,副参事管理職の担う現業管理業務が減少してきたことなどから,平成7年ころから副参事管理職に関して抜本的に改革する必要があるとしてその検討を重ねてきたが,平成9年4月に,それ以降の副参事管理職の任用を停止し,併せて,本件就業規則の変更により,従前の管理,監督職群と専門職群のほかに,新たに特別職群を設定し,年度末の年齢が55歳となる副参事管理職のうち,56歳以降も被告NTTで勤務することを希望している者について,同月1日付で特別職群に移行させるという特別職群制度を創設し,その導入に伴い,管理職人事制度規程を改定し,特別職群に移行した者について,58歳役職定年制の適用を除外した。

特別職群制度の概要は,以下のとおりであった。

(イ) 役職 特別職群への移行と同時に役職を離れ,専任課長となる。

(ロ) 人事考課 年1回「特別手当に関する評定」を実施する。

(ハ) 給与 月例給として,基礎給,職責手当,扶養手当,都市手当,定期特別手当及び業績手当がある。基礎給は,特別職群移行前の職能資格に基づき決定され,職責手当は一律3万円となる。ベースアップはあるが,定期昇給はない。

(ニ) 業務内容及び配置先 過去に培った知識,経験,スキル等を生かせる業務とし,配置先は出向を基本とする。勤務場所は,事業上の必要性に基づいて決定される。

(ホ) 経過措置 特別職群導入初年度(平成9年度)は,給与水準について一定の緩和措置を講じる。

(2)  原告らへの実施

前記第2の1記載の争いのない事実等の外,証拠(<証拠略>)によれば,以下の事実が認められる。

イ 原告藤井は,平成4年度から毎年,今後の予定や再就職の希望等を記載する将来設計申告書を被告NTTに提出しており,今後の予定について,平成4年から平成7年までは,「退職しません」欄を○で囲んだ上,58歳まで被告NTTに在職したい旨記載していたが,平成8年度の同申告書には「退職しません」欄がなくなり,代わりに「特別職群での就労継続を希望します」との選択肢が記載されていたため,同申告書の「今後の予定について」欄全体に大きく×印を打ち,別紙に「今後の予定について

現行のままの勤務条件で60歳までの在職を希望します。特別職群での勤務には承服できません。」という内容の記載をしたが,平成9年4月1日に特別職群への移行を発令された。

ロ これにより,原告藤井は,それまで職責手当として月額13万1000円を受給していたが,同年4月分(支給は同月18日)から職責手当として月額3万円(その後のベースアップにより同年4月分に遡及して月額3万2000円に改定された)となり,また,同年9月30日までは月額54万6750円の基礎給を受給していたが,同年10月1日から基礎給が月額47万円に減額され,更に平成10年4月1日からは月額45万円に減額されたのであり,平成9年度は14%,平成10年度は36%,平成11年度は29%の減額をされた。

ハ 原告藤田は,平成8年度以前の将来設計申告書では「退職しません」「58歳まで在職を希望する」としていたが,平成8年度の将来設計申告書において,「特別職群での就労継続を希望する」欄を○で囲み,平成9年4月1日付でNTT関西支社グループ事業推進部専任課長の発令を受けた。

ニ これにより,原告藤田は,それまで職責手当として月額12万7000円を受給していたが,同年4月分(支給は同月18日)から職責手当として月額3万円(その後のベースアップにより同年4月分に遡及して月額3万2000円に改定された)となり,また,同年9月30日までは月額46万8200円の基礎給を受給していたが,同年10月1日から基礎給が月額44万円に減額され,更に平成10年4月1日からは月額43万円に減額されたのであり,平成9年度は14%,平成10年度は32%,平成11年度は32%の減額をされた。

(3)  以上によれば,本件就業規則の変更に伴う特別職群制度の導入は,原告らに対し,その給与面で不利益を与えるものであるといえる。

これに対し,被告らは,原告らが新たな給与規則の適用を受けるのは,単に担当する業務の変更に伴う結果に過ぎず,就業規則の不利益変更には当たらないと主張する。しかし,被告NTTで導入された特別職群制度は,年度末年齢が55歳に達した副参事のうち,被告NTTにそのまま在職することを希望する者については,例外を設けることなく特別職群に移行させた上,新たな給与規則を適用し,58歳役職定年制及び60歳定年制の適用を除外するというものであり,原告ら個人の担当する業務の変更という性質を持つものではないから,被告らの前記主張は採用できない。

4  争点4について

(1)  新たな就業規則の作成又は変更によって,労働者の既得の権利を奪い,労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは,原則として許されないが,当該就業規則の作成又は変更が,その必要性及び内容の両面からみて,それによって労働者が被ることとなる不利益の程度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものである限り,個々の労働者において,これに同意しないことを理由として,その適用を拒むことは許されないと解すべきであり,その合理性の有無は,就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度,使用者側の変更の必要性の内容・程度,変更後の就業規則の内容自体の相当性,代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況,他の従業員らの対応,同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである(最高裁判所平成4年(オ)第2122号同9年2月28日第2小法廷判決・民集51巻2号705頁参照)。

そこで,以下,このような見地から,本件就業規則の変更によって特別職群制度を導入したことの合理性の有無について検討する。

(2)  特別職群制度について

イ 導入の必要性

(イ) 証拠(<証拠略>)によれば,以下の事実が認められる。

a 電気通信自由化と被告NTTの特殊事情

昭和60年の電気通信自由化により,電気通信事業を独占していた電電公社が民営化されると共に,第二電電,日本テレコム,日本高速通信など,自前の設備を設置して電気通信サービスを提供する第一種電気通信事業者が長距離通信市場に参入した結果,同市場の競争が激化し,後述するように,県間通話等における被告NTTのシェアが減少を続けた。

被告NTTは,このような厳しい経営環境の中で新規参入事業者との競争を行わなければならないことに加え,日本電信電話株式会社等に関する法律により,事業を営むに当たっては,国民生活に不可欠な電話の役務が日本全国に適切,公平かつ安定的に提供され,もって公共の福祉の増進に資するよう努めなければならないとされており(同法第3条),採算の取りにくい地域においてもサービス提供の責務を負うなど他の事業者にない特殊事情を有し,市場競争力の確保のためには,より一層の合理化,効率化が必要とされていた。

b 被告NTTの経営状態

被告NTTは,平成9年3月期決算における営業利益が6兆3712億8700万円,経常利益が3659億9900万円とトヨタ自動車に次いで全国第2位の水準であり,通信業界第2位の第二電電(営業利益が5578億円,経常利益が677億円)を大きく引き離していたが,平成2年に84.1%有していた県間通話のシェアは,平成7年には68.1%に減少し,東京都,大阪府,愛知県相互の通話におけるシェアは,平成2年に54.2%であったものが,平成7年度には44.2%となり,新規参入事業者に逆転された。また,このような新規参入事業者との値下げ競争も白熱し,段階的に行われた対抗的料金値下げにより,昭和63年当時400円であった最遠距離通話料(3分間)は,平成10年には90円となり,被告NTTのダイヤル通話料収入は昭和62年当時の約30億円から,平成6年には約25億円に減少するなど,将来の経営に対する展望は必ずしも明るくなかった。

c 被告NTTにおける事業内容の変化

情報通信分野においては,平成7年ころから,技術革新とグローバル化の進展に伴い,文字,音声,画像などの複数の異なる形式の情報を組み合せて扱うマルチメディアでの情報流通サービスが進展しているほか,インターネットの普及に見られるように,国内外の区別なく利用できるコンピューター通信のような高度な情報流通サービスに対する需要が急速に高まってきた。

このような中で,被告NTTにおいても,ISDN回線をはじめとする様々なマルチメディア商品や,LAN(企業内情報通信網),WAN(大規模広域ネットワーク)の整備による高度なネットワーク通信システムを構築すると共に,社内のオペレーション業務のシステム化を図り,日常業務においても,パソコンを活用した処理が進められた。こうして,商品,サービス開発や事業展開のスピードが加速し,仕事内容もより高度化,多様化し,副参事管理職が行ってきた電話設備の構築,維持管理といった現業管理業務自体が減少すると共に,事業の重点も,多様な商品をいかに組み合せて顧客のニーズに応えていくかという,付加価値創造事業に移っていった。

d 被告NTTの従業員の年齢構成

電電公社は,昭和27年8月,日本電信電話公社法に基づき設置された公共企業体であったが,その発足後は,日本経済の高度成長に支えられた旺盛な電話需要に対していかに設備を増強するかを最大の事業課題とし,特に昭和40年代には,年間300万台を超える加入者数を記録した。このような電話架設の拡大を支えるため,電電公社は,年間1万数千人に及ぶ大量採用を行い,昭和50年代には,電話架設の積帯の解消を成し遂げたものの,職員数は32万人を超え,被告NTTにおいても,平成6年度末の時点で,これらの大量採用された従業員が40歳から55歳前後の年齢層となって,全従業員約19万4700人のうち約12万7600人を占め,その割合は65%以上となっていた。

e 人件費比率

平成7年当時,被告NTTにとって,前記のような年齢構成がもたらす過大な人件費負担に対して早急に対策をとることが重要な経営課題であった。すなわち,平成6年当時,新規の長距離通信事業者である第二電電の全従業員平均年齢は31歳,売上高に占める人件費の比率は5%,人件費と減価償却費が営業費用全体に占める割合(営業費用固定費比率)は14%であり,日本テレコムは平均年齢34歳,売上高人件費比率7%,営業費用固定費比率22%,日本高速通信では平均年齢32歳,売上高人件費比率10%,営業費用固定費比率25%であったのに対し,被告NTTは,全従業員の平均年齢が42歳で,売上高人件費比率が34%であり,営業費用固定費比率に至っては63%と総費用の3分の2を占めるなど,他の新規事業者に比べ,高コストで収益力の弱い企業体質となっていた。

f 経営の合理化,効率化

被告NTTは,このような経営状態の中で,市場競争力を確保するため,ディジタル交換機,光ファイバーなどのインフラの整備,フリーダイヤル等新サービスの提供や料金の多様化等サービスや品質の向上に努め,また,民営化時に1800拠点あった営業窓口を820拠点まで統廃合し,電話番号案内システムの導入により,電話番号案内拠点を民営化時500か所あったものを平成6年度には180か所に集約し,さらに,新規採用の抑制や希望退職の実施により,民営化時約31万3600人いた従業員を平成6年度末には約19万4700人とするなど,合理化,効率化を進めた。

g 再就職斡旋の限界

被告NTTは,高年層社員に社外での活躍の機会を与えるため,再就職斡旋や転進援助制度をとっていたが,景気低迷の影響から,社外での再就職先を見つけることが困難となり,各支社から高年層従業員の働き場所を確保する制度を新たに設けるよう要望が出されたため,本社において,それに沿う形で検討を重ね,それまで培ってきた技能を生かし,社内で自己完結的業務に従事させるという特別職群制度を考案した。

(ロ) 上記の認定事実をもとに判断すると,被告NTTは,特別職群制度が導入された平成9年当時,経常利益がトヨタ自動車に次いで全国第2位の水準であり,経営状態は良好であったといえるが,新規参入事業者との激しい競争の結果,遠距離通話のうち,東京,大阪,愛知の相互間に占めるシェアがこれらの事業者に逆転されるなど,通話回数シェアやダイヤル通話料収入が漸減しており,コスト高で収益力の弱い従前の企業体質のままでは,将来的に良好な経営状態を維持できる保障はなかったこと,情報通信分野でマルチメディアの情報流通サービスが進展したことから,被告NTTにおける仕事内容が急速に高度化,多様化して,電話設備の構築や維持管理といった現業管理業務が縮小したため,これらを行ってきた副参事管理職のあり方について抜本的に改革する必要があったこと,被告NTTでは,高年層の副参事管理職について,社外で新たに活躍する場を与えるよう努力してきたが,そのような再就職先が十分確保できない状況となり,これらの者の処遇について新たな選択肢を設ける必要があったことなどを指摘することができ,これらの諸点にかんがみると,被告NTTにおいては,特別職群制度を導入する必要性が高かったといえる。

ロ 特別職群制度の内容

(イ) 原告らの被った不利益の程度

a 原告らに支給される給与額の変化

証拠(<証拠略>,弁論の全趣旨)によれば,以下の事実が認められる。

(a) 平成8年以前の給与体系

<1> 年齢給

基本給の一部を構成するもので,毎年4月1日現在の満年齢に基づいて算定され,満55歳の年齢給は18万0050円であった。

<2> 職能給

これも基本給の一部を構成し,毎年の定期昇給時に各人の職務遂行能力及び業績等に応じ,職群,職能資格に基づき定める最高,最低職能給の範囲内で決定され,副参事Aの最高職能給は38万0500円,最低職能給は29万0400円であり,原告藤井の職能給は36万6700円,原告藤田の職能給は29万0100円であった。

<3> 扶養手当

扶養親族がある社員に対して一律に支給された。

<4> 都市手当

勤務する事業所の所在地によって一律に支給された。

<5> 職責手当

職群,職能資格及び役職により,職務遂行上の業務の繁忙度及び困難度等に応じて算定され,原告藤井の職責手当は13万1000円であり,原告藤田の職責手当は12万7000円であった。

<6> 特別手当等

定期特別手当及び業績手当は,各人の基本給等をベースとして,その業績に応じて決定された。

(b) 特別職群の給与体系

<1> 基礎給

副参事であったときの職能資格により決定され,異動前が副参事Aである場合は基礎給は45万円,副参事Bである場合は43万円,副参事Cである場合は40万円であった。

なお,平成9年4月1日に特別職群へ移行した従業員については,経過措置として,同年上半期は特別職群異動直前の基本給と基礎給との差額,同年下半期は,副参事Aについては2万円の加給が行われた。

<2> 職責手当

前記(a)<5>の職責手当と同様であり,原告らの職責手当はいずれも3万2000円であった。

<3> その他の諸手当

前記(a)<3>,<4>及び<6>とほぼ同様であるが,より業績を重視した仕組みとし,業績に応じて,支給月数最大7か月(標準は3か月)まで支給できることとされた。

(c) 本件就業規則の変更により,平成9年度は経過措置によって賃金の減額率が緩和されていたが,平成10年度は原告藤井が36%,原告藤田が32%,平成11年度は原告藤井が29%,原告藤田が32%の減額となった。

b 特別職群給与の設定基準

特別職群移行後は基本給に代わり基礎給が支給されるが,この金額は,特別職群移行に伴って管理業務を行わなくなるため,副参事に昇格する際に昇給する分を控除した額を基準に算定され,また,職責手当については,特別職群移行後は自己完結的業務を遂行することとなるため,同じく自己完結的業務を行う課長代理の職責手当2万4000円を基準に設定された(<証拠・人証略>)。

c 55歳での退職

被告NTTでは,電電公社の時代から管理職は55歳で後進に道を譲って退職することが広く行われており,平成4年に転進援助制度を導入し,50歳を超えた管理職に対し,毎年将来設計申告書を提出させて各自のライフプランを確認して,それに応じて再就職斡旋や転進援助を行った結果,55歳で退職する傾向が一層広がり,平成7年度には,55歳以上の副参事は総数1万3850名のうち70名を数えるのみとなり,平成7年度から平成10年度の4年間で退職した管理職1000名のうち,55歳を越えて在職していたのは1名だけで,その理由も,病気で再就職ができず,退職時期が延びたためであった(<証拠・人証略>)。

また,将来設計申告書に基づき,50歳副参事管理職について退職希望年齢を調査したところ,平成7年度では,55歳での退職を希望した者が85%,54歳以下が13%であったのに対し,56歳以上は2%に過ぎず,平成8年度以降では,55歳が約90%を占め,残りは54歳以下であり,56歳以上を希望した者はいなかった(<証拠略>)。

このように,被告NTTでは,転進援助制度を導入した平成4年ころから,管理職が55歳で退職するという傾向が強まった。

d 他の労働者との均衡

原告藤井の平成9年度の年収は約1035万円であり,平成10年以降は評価によって異なるが,最低720万円から最高1000万円(標準評価で800万円)であり,原告藤田の年収もこれに準じるものであるところ,平成7年度末に被告NTTを退職し,平成8年4月に再就職した副参事Aの再就職先における平均年収は約680万円,参事Bの平均年収は約740万円,参事Aの平均年収は約830万円であり,これに転進援助制度によって給付される諸手当を含めて考慮しても,原告らの給与水準はこれら再就職した者らと並ぶ水準であった(<証拠・人証略>)。

e 経過措置

前記(イ)a(b)<1>のとおり,平成9年4月1日に特別職群へ移行した従業員については,経過措置として,同年上半期は特別職群異動直前の基本給と基礎給との差額,同年下半期は,副参事Aについては2万円が基礎給に加給された。

f 以上のaないしeの事実によれば,原告らの賃金額の減少の程度は決して小さいものとはいえないが,特別職群に移行した原告らの収入と,退職して再就職した副参事や参事の収入とを比較すると,原告らの収入の方がやや上回るか,少なくとも低くはならないこと,特別職群の給与は,ある程度合理的な算定基準に基づいて定められ,急激な収入の減少がないように経過措置も設けられていたこと,被告NTTでは,58歳役職定年,60歳定年制が定められていたが,遅くとも平成4年ころから,55歳以上でそのまま会社に残って働く副参事管理職は事実上ほとんど存在しなかったのであり,58歳まで副参事で働くことができなくなったことの不利益は,実質的には小さいといえることなどを指摘することができ,これらの諸点を考慮すれば,本件就業規則の変更によって原告らが被った不利益の程度は,相当程度緩和されていると評価できる。

(ロ) 変更後の就業規則の内容の相当性

前記(イ)bで認定したとおり,本件就業規則の変更により,特別職群に移行した従業員の基礎給の額は,副参事に昇格する際に昇給する分を控除した額を基準に算定され,また,職責手当の額は,自己完結的業務を行う課長代理の水準である2万4000円を基準に設定されたものであり,いずれも合理的な基準に基づいて算定ないし設定されたものであること,前記(イ)dで認定したとおり,原告らが特別職群発令後に受給する賃金の額は,被告NTTを退職して再就職した同年齢の者らと比べても遜色のない水準であることなどからすれば,変更後の就業規則の内容が不相当なものとはいい難い。

これに対し,原告らは,特別職群制度は副参事のみを対象としたもので,不平等かつ不合理な内容であると主張する。しかし,証拠(<証拠略>)によれば,被告NTTでは,平成10年から,参事以上の管理職については,定期昇給,年齢給及び扶養手当を廃止し,業績を上げなければ昇給できない仕組みを作り,また,一般従業員についても,評価査定制度を導入し,評価によって月例給や賞与の額が増減することになったことが認められるのであって,このような一連の給与制度の改革の流れを見れば,被告NTTは,通信業界で将来予想される厳しい競争に対応するため,全社的に給与制度の改革を進めたものというべきであって,特別職群制度の導入もこのような改革の一環であるといえるから,本件就業規則の変更が副参事のみを対象としたものであることから直ちに不平等かつ不合理な内容であるとはいうことはできない。

(ハ) 労働の負担の変化

a 証拠(<証拠・人証略>,弁論の全趣旨)によれば,以下の事実が認められる。

原告藤井は,平成5年12月からTE関西に出向し,TE関西事業推進部システム室システム企画担当の担当課長として,新線路設備管理システム(屋外ケーブル,電柱等の設備の数や状況等の情報を管理するシステム)等につき,判断業務,指導業務を担当していたが,特別職群制度の導入に伴い,平成9年3月25日に同関西支社グループ事業推進部専任課長の発令を受け,これにより,専用線故障受付進捗管理システムを利用した自己完結的業務(故障回復の確認作業,専用線故障修理の手配作業など)に従事するようになった。

また,原告藤田は,特別職群発令前は,被告NTT大阪東支店お客様サービス部担当課長として,電話料金の請求,回収業務,問い合わせ等対応業務などを担当し,12名の部下社員を指導,監督していたが,特別職群発令により,ダイナミックテレマ人材派遣事業部に出向し,上長である担当課長の指示の下,クライアントへのセールス活動,見積書や契約書の作成,各種事務連絡等の自己完結的業務を担当し,平成12年2月には,サポート担当に異動し,ダイレクトメールの発送,見積書の作成,インストラクターの補助作業などを担当するようになった。

b このように,原告らの担当する業務が部下を統括する管理業務から自己完結的業務となり,管理職としての責任がなくなったこと,同じく特別職群に移行した証人藤井保によれば,特別職群移行後の勤務時間は17時20分までであり,大体17時30分には会社を出られるなど,残業もないことなどが認められ,これらによれば,原告らの担当職務の変更により,職務の負担が減少したものといえる。

(ニ) 他の副参事の対応

証拠(<証拠・人証略>)によれば,平成9年4月に特別職群に移行した151人のうち,150人が移行に同意し,平成10年に移行した69人及び平成11年に移行した123人は全員が同意したこと,平成11年10月に被告NTT西日本人事部が同被告に在籍する特別職群の従業員全員(204名)に対して,その仕事に満足しているかなどを調査したところによると,その仕事に満足していると答えた者が201名と99%を占めたこと,藤井保を含めた多くの副参事らは,特別職群制度導入について,将来の働き場所に関する選択肢が1つ増えたとして好意的に受け止めていたことなどが認められる。

(3)  本件就業規則の変更の合理性の有無についての判断

前記(2)の認定判断をもとに,本件就業規則の変更に合理性があるかどうかを検討するに,被告NTTは,採算性よりも全国均一の電話役務提供サービスを重視する公共企業体を前身としながら,情報通信技術の進展や規制緩和の時代背景により国内外の事業者との激しい競争に直面しているという特殊事情を有する企業であって,会社のため数十年来にわたって尽くしてきた高年層従業員の働き場所を確保しながら企業体質を強化しなければならないという非常に困難な経営を迫られたものであり,景気低迷の影響で高年層管理職の再就職先が確保されにくくなってきたという事情のもとでは,経営方針として,他の通信事業者と比べて格段に重い負担となっている人件費の割合を減少させ,収益力を向上させるため,55歳以上の副参事管理職について,その雇用を継続しつつも,賃金の額を一定の程度に抑制するという制度を創設する必要性は高く,本件就業規則の変更には高度の経営上の必要性があったものといわざるを得ない(原告らは,被告NTTは日本の超優良企業であり,コスト削減を目的とする賃金抑制の必要性はなかったと主張するが,優良企業であっても,競争力を確保し,将来を見据えた経営戦略を取らなければ,企業の存続自体が危ぶまれる状態にまで至りうることは,昨今の企業倒産状況を見れば明らかである。)。

また,原告らの被る不利益の程度は,前述のとおり相当程度緩和されており,特別職群移行によって労働の負担も減少するのであるから,賃金の額と労働の負担との不均衡が生ずるともいえないこと,本件就業規則の変更は,副参事のみに賃金削減の負担を負わせることを目的としたものではなく,全社的に進められた給与制度の改革の一環として行われたものであること,特別職群移行者のうち,原告ら以外は皆移行に同意し,ほぼ100%が仕事に満足していると回答していることなどは,本件就業規則変更の合理性を基礎づける事情といえる。

加えて,我が国の企業社会の現状として,市場のグローバル化や規制緩和に伴い,外国企業を含む同業他社との競争が激化し,それに耐え得る競争力を確保するため,給与制度を含めた従業員の処遇につき,年功序列ではなく実力本位を基準とするのが趨勢となりつつあり,高齢の現業管理職の処遇状況を改革していくことについても,やむを得ないものとして一般に受け入れられる状況下にあるといえる。

これらの諸事情を総合考慮すると,被告NTTの本件就業規則の変更は,それによって原告らが被った不利益を考慮しても,なお合理性が認められるというべきである。

第4結論

以上のとおりであるから,原告らの基礎給及び職責手当の金額の確認請求に係る訴えは,確認の利益を欠くため,これを却下することとし,その余の請求については,被告NTTが行った本件就業規則の変更には合理性が認められ,原告らがこれに同意しないことを理由に同変更が無効であるということはできないので,いずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本信弘 裁判官 河田充規 裁判官 向井邦生)

別紙 賃金一覧表1(原告藤井雅夫分)

<省略>

賃金一覧表2(原告藤田宗孝分)

<省略>

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