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京都地方裁判所 平成9年(行ウ)23号 判決 2000年3月31日

原告

甲野花子(仮名)

右訴訟代理人弁護士

村山晃

中尾誠

吉田眞佐子

被告

地方公務員災害補償基金京都府支部長 荒巻禎一

右訴訟代理人弁護士

置田文夫

後藤美穂

主文

一  被告が原告に対し、地方公務員災害補償法に基づき、平成五年一〇月二二日付けでした公務外認定処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第三 当裁判所の判断

一  給食調理作業と頸肩腕症候群の発症について

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

1  頸肩腕症候群とは、頸部、肩、上肢、前腕、手指に痛み、重感、こり、痺れ、脱力などの症状を呈する疾病である。

2  労働省は、頸肩腕症候群の業務上外の認定基準を、昭和五〇年二月五日付け「キーパンチャー等上肢作業にもとづく疾病の業務上外の認定基準について」(基発第五九号)と題する労働基準局長通達において示していたが、平成九年二月三日付けで「上肢作業に基づく疾病の業務上外の認定基準について」(基発第六五号)と題する労働基準局長通達により、右基準を改定した(以下「新認定基準」という。)

右改定に伴い、地方公務員災害補償基金は、同年四月一日付け「上肢業務に基づく疾病の取扱いについて(通知)」(地基補第一〇三号)及び「『上肢業務に基づく疾病の取扱いについて』の実施について(通知)」(地基補第一〇四号)を発し、地方公務員の災害補償についても新認定基準と同様の認定基準が用いられることになった。

新認定基準による、頸肩腕症候群を含む上肢障害の業務起因性の認定要件は、次のとおりである。

(一)  (1)上肢等に負担のかかる作業を主とする業務に相当期間従事した後に発症したものであること、(2)発症前に過重な業務に従事したこと、(3)過重な業務への従事と発症までの経過が医学上妥当なものと認められることのいずれをも満たす場合には、当該上肢障害を業務上の疾病として取り扱う。

(1) 「上肢等に負担のかかる作業」とは、<1>上肢の反復動作の多い作業、<2>上肢を上げた状態で行う作業、<3>頸部、肩の動きが少なく、姿勢が拘束される作業、<4>上肢等の特定の部位に負担のかかる状態で行う作業のいずれかに該当する、上肢等を過度に使用する必要のある作業をいう。

(2) 「相当期間」とは、原則として六か月程度以上をいう。

(3) 「過重な業務」とは、上肢等に負担のかかる作業を主とする業務において、医学経験則上、上肢障害の発症の有力な原因と認められる業務量を有するものであって、原則として、<1>当該事業場における同種の労働者と比較して、おおむね一〇パーセント以上業務量が増加し、その状態が発症直前三か月程度にわたる場合、または、<2>業務量が一か月の平均又は一日の平均では通常の日常の範囲内であっても、一日の業務量が一定せず、通常の一日の業務量のおおむね二〇パーセント以上増加し、その状態が一か月のうち一〇日程度認められる状態又は一日の労働時間の三分の一程度にわたって、業務量が通常の業務量のおおむね二〇パーセント以上増加し、その状態が一か月のうち一〇日程度認められる状態が発症直前三か月程度継続している場合をいう。そして、「過重な業務」の判断に当たっては、業務量の面から過重な業務とは直ちに判断できない場合であっても、通常業務による負荷を超える一定の負荷が認められ、<1>長時間作業、連続作業、<2>他律的かつ過度な作業ペース、<3>過大な重量負荷、力の発揮、<4>過度の緊張、<5>不適切な作業環境といった要因が顕著に認められる場合には、それらの要因も総合して評価する。

(二)  新認定基準の運用に関して労働省労働基準局補償課長は、「上肢作業に基づく疾病の業務上外の認定基準の運用上の留意点について」を発しているが、右通知においては、「上肢等の挙上保持と反復動作の多い作業」の例として、「給食等の調理作業」が挙げられている。

3  給食調理員には頸肩腕症候群あるいは腰痛症と考えられる症状を訴える者が多く、給食調理作業の態様や作業環境から業務起因性が推定できるとの研究結果が昭和五八年に発表されている。また、昭和五九年、同六〇年及び同六四年に実施された給食調理員の健康状態についての調査によれば、肩、首、腰のこり、だるさを訴える者が多かったことが報告されている。

右認定の事実によれば、給食調理作業は、上肢の挙上保持と反復動作が多く、上肢等の特定の部位に負担のかかる作業を主とする、頸肩腕症候群を発症させる危険のあるものであると認められる。

二  原告の業務について

前記争いのない事実に、〔証拠略〕を併せれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五二年四月一日に宇治市に給食調理員として採用され、同日からプール職員(年次有給休暇、特別休暇等により専属給食調理員が欠けた学校に配属される給食調理員)として主に伊勢田小学校に、昭和五三年四月一日から専属として同校に、昭和五六年四月一日から西小倉小学校に、昭和五九年四月一日から槇島小学校に、昭和六三年四月一日からプール職員として本件職場(八一日間)及びプール勤務校六校(合計七九日間)に、平成元年四月一日から専属として本件職場に、それぞれ勤務した。

2(一)  本件職場における昭和六三年度及び平成元年度の原告の一日の主な職務の内容は次のとおりである。

八時〇〇分 出勤

八時二〇分 準備体操

八時三〇分から一二時三〇分 午前作業

一二時三〇分から一二時四五分 休息時間

一二時四五分から一三時三〇分 休憩時間

一三時三〇分から一五時四五分 午後作業

(一四時三〇分から一四時四五分 休息時間)

一五時四五分 前掛け・長靴等の洗浄

一六時一〇分 整理体操

一六時二〇分 更衣

一六時四五分 退勤

(二)  原告には、昭和六三年度及び平成元年度に超過勤務はなかった。

(三)  原告は、年次休暇等を、昭和六一年度は一二三日二時間(うち病気休暇三一日)、昭和六二年度は五五日四時間(同九日)、昭和六三年度は六三日四時間(同四日)、平成元年度は一八五日二時間(同一〇二日)、それぞれ取得した。

3  本件職場において原告が従事した給食調理作業の具体的内容は、次のとおりである。

(一)  パン給食(週三回)の場合

調理員四名に一番ないし四番の番号を付けて各番号ごとに仕事を分担し、一日毎に番号を交替する(ローテーション制)。各人の作業の具体的内容は以下のとおりであり、午前中は一番と二番が回転釜(以下、単に「釜」という。)での調理、三番と四番がそれ以外を担当し、午後には一番と二番が食器洗浄、三番と四番がそれ以外を担当する。

(1) 一番(釜の責任者)

(午前)

<1> 材料・調味料の計量

<2> 釜での煮炊き作業

釜(一四〇リットル、直径九五センチメートル、ふたを開けた際の高さ一八八センチメートル)の口が腰よりやや低い位置にあるため、材料を入れた大型ざる(ざるのみの重さ一・三キログラム)を一人ないし二人で腰から肩の高さまで斜めに持ち上げて、釜に材料を入れる。大型しゃもじ(一・三三キログラム)で材料をかき回す際、釜の高さに合わせて中腰になり、腰をひねったり、かがめたりする必要がある。

<3> 配缶

二リットル入りの杓を片手で持ち、副食(約一〇キログラム)を釜からすくってクラス毎のバケツに移す動作を約五〇回繰り返す。すくう際には、料理がこぼれないよう注意しながら手首を回転させる。

<4> 釜洗い

腰をかがめた状態でハンドルを回して釜を回転させ、水を入れ替えながらタワシでこすって洗う。一回の釜洗いでハンドルを九〇回回す必要がある。献立によるが、一日当たりの釜を洗う回数は、一番が四回、二番が一回、三番又は四番が一回である。

<5> 室内清掃

<6> 午後の準備

午後の作業がしやすいように、調理台・脇台を移動させる。

(昼食後)日誌・伝票の整理

(午後)

<1> 食器洗浄

リフト用ワゴンから食器籠を降ろし、食器約二五〇〇枚を種類毎に分け、中腰にかがみ込んで、二槽シンクで下洗い(ガボガボ洗い)を二回、約四〇分行う。その後、食器洗浄機の回転ブラシに食器を当て、ブラシの回転方向と逆に回しながら本洗いをする。食器を回転ブラシに押しつける際、食器がはねとばされないように、肘、手首に力を入れる必要がある。

<2> パン箱拭き

<3> ワゴン清掃

<4> 室内外清掃

(2) 二番(一番の補佐)

(午前)

<1> 機材、機具の消毒

釜に熱湯を沸かし、一〇リットルバケツで約一四回汲み上げ、釜、調理台、脇台にかけて消毒する。バケツで釜から熱湯を汲み出す際は、両腕を肩の近くまで上げ、やけどをしないようバケツを体から離しながら熱湯を運ぶ必要がある。

<2> 野菜の洗い・下処理

野菜類を四槽シンクを移しながら洗浄し、包丁でへたや芯などを取る。

(午後)

<1> リフトからワゴンを搬入

<2> 食器洗浄

<3> 洗浄機等の清掃

<4> 室内外清掃

(3) 三番

(午前)

<1> 物品、材料の搬入

<2> 根菜類の皮むき

ピーラー(皮むき機)の口が腰の高さにあるため、野菜の箱(一箱約一〇キログラム、二ないし六箱)を胸から肩の高さまで持ち上げて入れる必要がある。

<3> 野菜等の洗い・下処理

<4> 材料を室内に搬入

<5> 野菜等の裁断

野菜等を移動式調理台のまな板に載せ、包丁で切る。献立によるが、裁断作業を一人当たり約二七〇〇回、四〇分間行う必要がある。

<6> 食器・個人盆の出し入れ

食器(一籠約八キログラム、二四籠)・盆(一籠約八・八キログラム、二四籠)を消毒保管庫から出し、台車(L型運搬車)に乗せ、その後、各クラスのワゴンに乗せる。この際、保管庫の棚の高さに応じて、腰をかがめたり、腕を肩の高さまで上げたり、肩、手首をねじる必要がある。使用後の食器を保管庫に戻す際にも同様の動作が必要となる。

<7> パン入れ

木箱に入ったパンを一本ずつ両手にはさみ、力の加減をしながら肩の高さまで上げて各クラスのパン箱に入れる。八〇〇食で約五〇本のパン入れを行う。

<8> ワゴンの積み込み、配送

クラスの給食をワゴンに乗せ(約一五〇キログラム)、二階、三階にはリフトで上げて、給食調理員一人でワゴンを押して各クラスに給食を配送する。

<9> 午後の準備

(午後)

<1> ワゴンを搬入

<2> 食器等すすぎ

<3> 消毒

<4> 食器・盆等の洗浄・保管

盆八〇〇枚の表裏を手首をねじりながら、約三〇分間荒い濯ぐ。

<5> 室内外清掃

(4) 四番

(午前)

<1> 職員朝礼に出席

<2>ないし<9> 三番と同じ

(昼食後)

業者等との対応

(午後)

<1> 食器等下洗い

<2> 室内外清掃

<3> ごみ処理

(二)  米飯給食(週二回)の場合

(1) 前記作業に加えて、米飯に伴う次の作業が増加する。主に一番と二番が担当する。

<1> 米洗い

釜を傾けて、腰をかがめた中腰の状態で、水を替えながら米を四回洗う。釜を回転させるため、ハンドルを一五〇回回す必要がある。

<2> 炊飯

ざるに入れた米(約二一キログラム)を腰の高さまで持ち上げて、釜に入れ、水(二七キログラム)を二度に分けてバケツで入れる。釜三個を用いるため、右作業を三回行う。

<3> 配缶

米飯を、大型しゃもじで上下に返すようにほぐし、調理員二人で釜から飯缶(パレット)に移す。

<4> 釜洗い

本件職場では副食用の釜と米飯用の釜を兼用していたため、米飯の配缶が終われば、釜を洗って副食の調理に再度使用する必要があった。釜には米飯がこびりついているため、力を入れて上下左右に大きく体を動かして洗わなければならず、ふた部分を洗う際には背伸びをする必要があった。パン給食の日と比べて、一番、二番及び三番の釜を洗う回数が一回増える。

<5> 飯缶・食器洗い

飯缶(本体一・七キログラム、ふた一キログラム)には米飯がこびりついているため、手首、肘に力を入れて洗う必要がある。

(2) 米飯給食の際には、臨時職員が、昭和六三年度は全日(八時から一六時三〇分)配置、平成元年度一学期は半日(八時から一二時三〇分)、二学期以降は全日配置されていた。しかし、臨時職員は、三番と四番の補助をするのみで、炊飯作業には従事しなかった。

(三)  「日本災害医学会会誌」(昭和六二年五月一日号)に掲載された「学校給食調理員の頸肩腕障害と腰痛症に関する研究」において、(1)上肢に対する動的な筋負担作業として、<1>汚れをこすり取るため力を入れながら前後左右に手、腕を大きく動かす「回転釜の掃除」、<2>一キログラム前後の食缶を水槽中で回転させながら汚れを落とす「食缶洗い」が、(2)手、前腕にかかる動的筋負担作業として、野菜類を包丁を用いて手切りする「材料の切截」が、それぞれ挙げられており、(3)「食缶洗い」「食器洗い」作業は、比較的重量のあるものを支え持ったり持ち上げたりする重量物取扱い動作が同時に存在するとの指摘がなされている。

右認定の事実によれば、原告は、本件職場において、月曜日から金曜日まで、午前約四時間、午後約二時間、時間に追われながら、肩、腕、手首を繰り返し使う作業、体を前にかがめる動作の反復、前屈ないし中腰の姿勢の保持、重い物を支え持ったり、運んだりする作業等、頸、肩、腕、腰に負担のかかる作業を行っていたこと、特に、<1>同じ姿勢で上肢を繰り返し使う釜の掃除、食器・食缶洗浄作業、<2>前屈姿勢で反復して行う、野菜の裁断作業、<3>手首をねじって行う、釜から料理を食缶に移す作業による上肢への負担は大きかったことが認められる。

三  本件職場の概要

前記争いのない事実に、〔証拠略〕を併せれば、次の事実が認められる。

1  調理方式

本件職場の存する宇治市では、学校給食において、半加工品、インスタント食品、化学調味料をできるだけ使用しない手作りの方針をとっており、これに伴って調理作業が増え、その内容も複雑化、多様化している。

また、京都府下では米飯給食の炊飯を業者に委託している自治体が多いが、宇治市では自校で炊飯する方式を採用しており、このことも給食調理員の仕事を増加させている。

2  給食調理員の配置状況

宇治市は、プール職員を除く給食調理員を、食数が五〇一食から九〇〇食の場合は四人、九〇一食から一三〇〇食の場合は五人を配置している。

宇治市における給食調理員一人当たりの食数は、昭和六三年度は一七九食、平成元年度は一七八食であった。これに対し、本件職場における全体の食数は、昭和六三年度は八〇一食、平成元年度は八〇〇食であり、給食調理員の数はいずれの年度も四人であったから、職員一人当たりの食数は二〇〇食で、平均よりも約二〇食多かった。

3  作業環境

本件職場の給食調理室の状況は、別紙「一九八九年ころの大久保小学校給食室」記載のとおりであり、その面積は約一一一平方メートルである。

当時は、熱風消毒保管庫と食器洗浄機の間が狭かったため、台車が入らないなど、調理室内の各設備の配置が悪く、また、給食調理室がある南校舎から教室がある北校舎への渡り廊下には、二階では一〇メートルに対して約三〇センチメートル、三階では一〇メートルに対して約五〇センチメートルの登り勾配があり、給食調理員の上肢等に対する肉体的負担を大きくしていた。原告が本件疾病に罹患した後、宇治市は、右面中の倉庫を撤去し、建て増すなどしたため、現在の給食室は広くなり、便利なように配置も変更されている。

右認定の事実によれば、宇治市は学校給食について手作りを基本とし、米飯も自校炊飯方式を採用していたため、他の市町村と比較して給食調理員の作業は多く、その内容も複雑かつ多様化していたし、また、本件職場は宇治市内の他の小学校と比較して給食調理員一人当たりの負担が大きく、作業環境も良くない職場であったと認められる。

四  原告の健康状態

1  〔証拠略〕によれば、原告は給食調理作業に従事するまでは頸肩腕症候群の症状を訴えたことはなく、健康であったことが認められる。

2  発症までの経過

〔証拠略〕によれば、原告の所属校における各年度の一人当たり平均食数(五月一日現在)及び原告の職員健康診断の結果は、次のとおりである。

(一)  昭和五二年度(プール職員、主に伊勢田小学校)

一人当たり平均食数は一九〇食(給食調理員の定数五人)、特殊検診はA(異常なし)であった。

(二)  昭和五三年度(同校専属)

一人当たり平均食数は一九九食、特殊検診はAであった。

(三)  昭和五四年度(同)

一人当たり平均食数は二一三食、特殊検診はAであった。

(四)  昭和五五年度(同)

一人当たり平均食数は二三三食、特殊検診はAであった。

(五)  昭和五六年度(西小倉小学校専属)

一人当たり平均食数は二一六食(ただし、定数五人のところを正規職員三人、アルバイト二人で勤務)、特殊検診はB3(要注意、準要医療症状により治療が必要)であった。このころから、原告は、肩こり、腕のだるさ、頭痛を感じるようになり、休憩室で休んでから帰宅することもあり、一、二か月に一回、鍼やマッサージに通うようになった。

(六)  昭和五七年度(同)

一人当たり平均食数は二一六食、特殊検診はB1(要注意)であった。

(七)  昭和五八年度(同)

一人当たり平均食数は二一三食、特殊検診はB3であった。

同年四月一九日、急性腰痛症を発症した。

(八)  昭和五九年度(槇島小学校専属)

一人当たり平均食数は一九七食(給食調理員の定数五人)、特殊検診はB2(要注意、疲労蓄積、要作業軽減)であった。その後、肩こり等の症状は改善したが、三か月に一回程度、鍼、マッサージに通っていた。

(九)  昭和六〇年度(同)

一人当たり平均食数は一九六食、特殊検診はB1であった。

(一〇)  昭和六一年度(同)

一人当たり平均食数は一八六食、特殊検診はB1であった。

(一一)  昭和六二年度(同)

一人当たり平均食数は一七六食、特殊検診はAであった。

(一二)  昭和六三年度(プール職員、本件職場に八一日勤務)

一人当たり平均食数は二〇〇食(給食調理員の定数四人)、特殊検診はA(ただし問診のみ)であった。

(一三)  平成元年度(本件職場に専属)

一人当たり平均食数は二〇〇食、特殊検診はC(要医療、頸肩腕障害腰痛症)であった。

3  発症、療養の経過

前記争いのない事実に、〔証拠略〕を併せると、原告の本件疾病の発症、療養の経過は次のとおりであると認められる。

(一)  平成元年五月一八日

給食調理作業中に腕のだるさを感じ、勤務終了後に都倉医院を受診し、湿布薬を処方される。

(二)  同月一九日

勤務終了後、鉢嶺医院で受診し、低周波、ローラー、湿布薬、投薬、温水パックなどの治療を受ける。

(三)  同月二二日

午前のみ勤務したが、上肢に痛みを感じ、力が入らない状態であったため、鉢嶺医院を受診し、両肘関節腱鞘炎、腰椎々間板症と診断される。

(四)  同月二三日から同年六月一八日まで(二七日間)病気休暇を取得する。その間、鉢嶺医院でブロック注射、低周波、電気はり、温水、ローラー、湿布薬、投薬などの治療を受ける。

(五)  同年六月一九日、本件職場に復帰する。作業中、腕のだるさ、手首の痛みを感じたが、鉢嶺医院に通院しながら勤務を続ける。復帰後二週間目くらいより肘から手首、肩、背中、首、頭、腰にかけて鈍痛が広がり、物を掴めなくなるなどし、日常生活上も、掃除、洗濯、食事の準備・後片付け等の家事労働に苦痛を覚えるようになった。

(六)  同年七月一一日から同年八月九日まで(三〇日間)、病気休暇を取得する。手が腫れて重たく、掃除機の柄が持てず、洗濯ばさみがつまめず、タオルが絞れない状態であった。

同年七月二四日、宇治市の頸肩腕・腰痛の特殊健康診断を受けた際、財団法人京都工場保健会(以下「京都工場保健会」という。)の医師に紹介され、同年七月二五日から社会福祉法人宇治病院(以下「宇治病院」という。)に通院して、ホットパック、首牽引、ストレッチ体操の指導を受けるようになった。

(七)  同年八月一〇日

宇治病院で両上腕骨外上顆炎と診断され、同日から同年九月二七日まで四九日間、病気休暇を取得する。この頃から松葉医院で鍼、マッサージの治療を受けるようになった。

(八)  同年九月二八日、職場に復帰する。しかし、アームバンドを付けて作業を行う。しかし、仕事の軽減措置はされなかった。

同年一〇月ころから、整骨院で、鍼、マッサージ、低周波の治療を受けるようになった。

(九)  同年一二月中旬ころ

腕、肩、背中、首のだるさと頭痛が強まる。

(一〇)  平成二年一月中旬ころ

両手が痺れ、服のボタンが留められなくなり、タオルを絞ることも苦痛になった。水道の蛇口の開閉、洗濯物干し等も困難となったうえ、手を頭より上に挙げられなくなった。

(一一)  同年二月九日、上京病院で頸肩腕症候群、両前腕屈筋伸筋腱鞘炎及び両上腕骨外顆炎と診断され、同日から平成四年八月八日までの二年六か月間、加療のため病気休暇等を取得する。その間、同病院で低周波、ホットパック、全身ストレッチ、鍼、マッサージの治療を受ける。

(一二)  同年一二月から職場復帰訓練を開始し、週一、二回、各一ないし二時間程度給食調理作業を行う。

(一三)  平成四年八月八日

事務職として職場に復帰する。

4  右認定の事実を総合すれば、原告は、給食調理員としてその作業に従事するまで健康であったが、職員一人当たりの負担が重い西小倉小学校に配置された昭和五六年ころから肩こり、腕のだるさ、頭痛を感じるようになり、その後、負担の軽い槇島小学校に配置されたことにより一時症状は軽減したものの、昭和六三年に定数四名で職員一人当たりの負担が重い本件職場にプール職員として配置されるようになったことで再び症状は増悪し、本件職場の専属となった平成元年に頸肩腕症候群を発症し、その後の休職により改善しているのであって、右症状と原告の業務による負荷はほぼ対応しており、原告の業務と症状の経過は医学的にも説明可能なものと認められる。

五  業務起因性についての医師の所見

〔証拠略〕によれば、次の各事実が認められる。

1  鉢嶺医院の鉢嶺弘医師は、地方公務員災害補償基金審査会京都府支部長(以下「支部長」という。)の照会に対し、平成三年一二月一四日付けで、傷病名を「両肘関節腱鞘炎、頸椎々間板症」とし、発症と調理業務、基礎疾患との因果関係については「不詳」と回答している。

2(一)  上京病院の三宅医師は、平成二年二月九日付けで、病名を「頸肩腕症候群、右・左前腕屈筋伸筋腱鞘炎、両上腕骨外顆炎」とし、「本症は、給食調理作業にもとづく障害と考えられ、治療に長時間を要する。」と診断している。

(二)  同医師は、支部長の照会に対し、平成四年八月一七日付けで、傷病名を「頸肩腕症候群」とし、発症と調理業務、基礎疾患との因果関係について「<1>就労前は特に障害はなかった。<2>疾患の原因となる基礎疾病は認められない。交通事故などの既住もない。<3>昭和五二年四月から学校給食調理員として従事し、平成元年五月ごろより発症し、平成二年二月に当院を受診し、頸肩腕症候群と診断した。<4>平成元年発症後の短期間の休業と職場復帰の繰り返しも、症状を遷延させている一因と考えられる。<5>症状の経過は、休業、体力増強、機能回復訓練、職場復帰訓練、事務職への転任というように、漸次回復傾向にあると判断される。」、「以上の経過からみて、本症は給食調理における手指、上肢作業にもとづく障害と判断される。」と回答している。

3  宇治病院の藤井博之医師は、支部長の照会に対し、平成三月一二月一三日付けで、傷病名を「両上腕骨外上顆炎」とし、発症と調理業務、基礎疾患等との因果関係について「両上肢稼働の激しい仕事であり、頸前屈位での仕事が多い場合、外上顆炎、頸肩腕症候群の発症原因と考える。」と回答している。

4  京都工場保健会の小川捨雄医師は、支部長の照会に対し、平成四年一〇月一四日付けで、傷病名を「頸肩腕障害」とし、発症と調理業務、基礎疾患等の因果関係について「発症時の状況不明に付述べられないが既に頸肩腕症候群として加療されており炊事業務との関連はあるものと思料される。」と回答している。

六  任命権者等の意見

〔証拠略〕によれば、本件疾病について、大久保小学校校長は「災害発生の原因は給食調理による蓄積性疲労によるものと考えます。」との、宇治市教育長は「本件は、給食調理作業を長年にわたって従事していたことによる蓄積性疲労に原因があるものと考えます。」との各意見を公務災害認定請求書に記載している。

七  被告は、原告の肩から上腕橈骨付近の痛みは、頸部エックス線上認められる椎間板の変性(頸椎第四及び第五間の狭小化)によるものであると主張するが、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

却って、〔証拠略〕によれば、原告には、頸部エックス線により「生理的前弯消失」が認められるが、頸椎第四及び第五間の狭小化等の異常はないことが認められるから、業務を除いて、本件疾病の確固たる原因を見出すことは困難である。

八  業務起因生の判断

1  以上考察してきたとおり、(一)原告の従事した給食調理作業は、釜、食器の洗浄、野菜の裁断、バケツの汲み上げなど多様な労作を含み、手腕の屈伸を繰り返す労作や、前屈み、中腰の姿勢を保持する労作が多く、上肢、肩、頸部に負担のかかる状態で行う作業で、頸肩腕症候群を発症させる危険のあるものであったこと、(二)宇治市は手作り給食及び自校炊飯方式を採用していたため、他の市町村と比較して、給食調理員の仕事量も多く、その内容も複雑化していたうえ、本件職場は、宇治市内の他の小学校に比べて給食調理員一人当たりの食数が多く、給食調理室も狭いなど、その作業環境も悪く、他校の給食調理員と比較して原告の作業負荷は重かったこと、(三)原告は給食調理員として業務に就くまでは健康であり、業務以外に頸肩腕症候群の要因を見出すことができないこと、(四)原告の症状と業務による負荷はほぼ対応しており、原告の業務と症状の経過は医学上説明可能なものと認められることの他に、業務と本件疾病の関連性についての医師らの所見及び任命権者等の意見を総合すると、原告の従事した業務と頸肩腕症候群の発症との間に、相当因果関係を肯定するのが相当である。

2  被告は、給食調理作業は、特定の作業が長時間にわたり持続して行われるものではなく、比較的断続して行われるものであり、上肢のみに負担のかかるものではなかったと主張する。

しかし、給食調理作業が上肢に負担のかかる動作の反復や同一の姿勢保持を一定時間強いるものであることは前判示のとおりであるし、また、頸肩腕症候群は、必ずしも特定の作業を長時間にわたり行う場合にのみ発症するものではなく、上肢等に負担のかかる作業を一定時間継続して行えば発症の危険があるものであるから、個々の調理作業が断続的に行われていることを理由に業務起因性を否定することはできず、右主張は失当である。

3  また、被告は、調理作業はローテーションで行われており、原告のみに特に作業が集中することはなかったと主張する。

しかし、前判示のとおり、給食調理作業はいずれも上肢等に大きな負担のかかる作業であり、ローテーションによって負担の平均化がなされることをもって業務起因性を否定することはできず、右主張は失当である。

4  さらに、被告は、原告が休憩・休息時間を取得していること、時間外勤務がないこと、有給休暇を取得していることを業務起因性を否定すべき事由として指摘するが、給食調理作業において、上肢等に大きな負担のかかる動作や一定時間の同一姿勢保持が要求されることは前判示のとおりであり、休憩・休息時間が存在し、時間外勤務が存しないこと等をもって、業務起因性を否定することはできず、右主張は失当である。

5  また、被告は、本件職場の給食調理施設の面積は、「学校給食実施基準」の基準(児童数八〇〇人で七二平方メートル)を満たしており、設備等が劣悪であったということはないと主張するが、当時の本件職場は宇治市内の他の小学校と比較して給食調理室の面積が狭かったこと、校舎間の渡り廊下が急勾配であって給食調理員の肉体的負担を大きくしていたことは、前判示のとおりであるし(地方公務員災害補償基金京都府支部審査会も裁決の理由中でこのことを認めている。)、設備等が劣悪であれば職員の疲労、負担が大きいということはできても、これが右基準を満たしているからといって頸肩腕症侯群が発症しないという関係にはないから、右主張は失当である。

6  次に、被告は、本件職場における給食調理員の配置は、「学校給食の従事する職員の定数確保及び身分の安定について」で定める基準を満たすから原告の従事した業務を過重であったとは認められないと主張するが、各自治体毎に給食調理の方針・作業内容や設備は異なり、これに応じて給食調理員の負担も異なるのであるから、右基準を満たしているからといって原告の業務の過重性を否定することはできず、右主張は失当である。

7  さらに、被告は、本件疾病が業務に起因するとすれば、業務から離れれば軽快するはずであるのに、原告は職場復帰までに二年一〇か月以上の長期間を要していることを理由として、業務起因性を否定する。

しかし、業務に起因する頸肩腕症候群が短期間の休業で回復するとの医学上の知見を認めるには足りないうえ(業務に起因する頸肩腕障害が原則的には三か月、長くて六か月で治療終了できるとの新認定基準は了解できないとする文献もある〔証拠略〕。また、頸肩腕障害の治療期間が長引く原因の一つとして、医療機関を受診するまで長い時間が経っており既に難治化していることが多いとの事情を挙げている医師もいる〔証拠略〕。)、その具体的な事情を検討することなく、抽象的に回復期間等から業務起因性を否定することは相当でないから、被告の右主張は理由がないというべきである。

九  結論

以上の次第であるから、本件疾病を公務外の災害であるとした本件処分は違法であって、その取消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 山本和人 平井三貴子)

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