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京都地方裁判所 平成9年(行ウ)30号 判決 1998年11月18日

原告

村井豊明

右訴訟代理人弁護士

近藤忠孝

中島晃

中村和雄

小林務

被告

京都市長

桝本賴兼

右訴訟代理人弁護士

田辺照雄

崎間昌一郎

主文

一  被告が原告に対し平成九年九月二二日付けでした公文書一部非公開決定処分は、個人の住所の記載に関する部分を除き、これを取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が原告に対し平成九年九月二二日付けでした公文書一部非公開決定処分を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、京都市公文書の公開に関する条例(平成三年七月一日京都市条例第一二号、以下「条例」という。)に基づく市長のあいさつ状送付先名簿の公開請求に対し、被告が一部非公開とする旨の決定(以下「本件処分」という。)をしたため、公開請求者である原告が被告に対し本件処分の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実、証拠により容易に認定することができる事実は次のとおりである(顕著な事実を含む。〔 〕内は、認定に供した書証目録の番号である。)。

1  原告は京都市内に住所を有する弁護士であり、条例五条一項に規定する公文書の公開請求権者である。被告は条例二条一号の実施機関である。

2  被告は平成八年二月に施行された京都市長選挙において当選したものであるが、同年三月二二日ころ、次の文面のあいさつ状(以下「本件あいさつ状」という。)を九七九七名の個人及び団体の代表者などに送付した。誰がいかなる基準で、特定の個人又は団体に送付しもしくは送付しないと判断したかは本件証拠上明らかでない。〔甲二、一〇、一一〕

3  本件あいさつ状には「謹啓早春の候ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。さて私は、この度の市長選挙におきまして市民の皆様方をはじめ各界の多くの方々から力強いご支援と暖かいご厚情を賜り京都市長の重責を担うこととなりました。このうえは、皆様方から寄せられました信頼と期待にお応えするため新たな決意と情熱をもって活力に満ちた清新な市政を築き百四十六万市民すべてが豊かで生き生きと安心して暮らせることを願い、文化首都の中核を目指す『平成の京(みやこ)』づくりに全力を尽くすとともに二十一世紀を展望した新たな京都づくりに果敢に挑戦して参る所存であります。どうか今後ともより一層のお力添えを賜りますよう心からお願い申し上げます。まずは略儀ながら書中をもって就任のご挨拶といたします。敬具平成八年三月 京都市長桝本賴兼」との文面が印刷されている。〔甲九の二〕

4  この文面は印刷されたもので、送付されたものはいずれも同一内容である。また、本件あいさつ状の封筒の裏面には差出人として「京都市役所」と記載されている。〔甲九の一、二〕

5  このあいさつ状の送付に要した費用は約二〇〇万円余りであったが(正確な人件費は本件証拠からは認定することが困難である。)、これは京都市が負担した。〔甲一〇並びに顕著な事実〕

6  これに対し、原告ら一六名の京都市民は、このあいさつ状の送付は公職選挙法等に違反するから、これに対する公金支出は違法であるとして、京都市職員措置請求を経た上で、平成八年七月一九日に桝本賴兼を被告として、右支出にかかる二〇〇万円余りを京都市に対して支払うよう求める住民訴訟を提起した(当裁判所平成八年(行ウ)第一八号損害賠償請求事件)。〔顕著な事実〕

7  原告は、条例五条一項に基づいて平成九年九月八日被告に対し「一九九六年三月二二日に京都市長桝本頼兼名で約一万人に発送したあいさつ状の送付名簿」の公開を請求した。

8  これに対し、被告は平成九年九月二二日に原告の請求に対応する文書を「市長就任挨拶状送付先名簿」(以下「本件公文書」という。)と特定した上、本件公文書に記録されている情報について、送付先の一部の個人の住所、氏名等は公開することにより当該個人のプライバシーを侵害するおそれがあり(条例八条一号)、送付先の一部は公開することにより関係当事者間の信頼関係を著しく損なうとともに、今後の本市の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じると認められる(同条七号)として本件処分をした。

9  本件公文書は本件あいさつ状の送付名簿であり、本件あいさつ状の送付を受けた個人の氏名及び団体名、役職名、住所又は所在地、備考が記載されている。〔甲四から六の各枝番号〕

二  主な争点

あいさつ状の送付先を一部公開しないとした本件処分が、非公開事由を定めた条例八条一号(プライバシー情報)又は七号(行政運営支障情報)に該当するか。

三  条例の規定内容

条例は八条で「実施機関は、次の各号の一に該当する情報が記録されている公文書については、公文書の公開をしないことができる」と規定し、その一号に「個人に関する情報で、個人が識別され、又は識別され得るもののうち、公開しないことが正当であると認められるもの」、七号に「市が行う許可、認可、試験、争訟、交渉、渉外、入札、人事その他の事務事業に関する情報で、公開することにより次のいずれかに該当するもの」として、同号ウに「関係当事者間の信頼関係が著しく損なわれると認められるもの」、同号エに「事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じると認められるもの」とそれぞれ規定している。

四  争点に対する当事者の主張

1  被告

(一) 条例八条一号該当性

憲法二一条二項が保障する通信の秘密は、個人のプライバシーの権利保護に基礎を置き、通信内容が実質的に保護に値するものであるか否かに関係なく保護されるべきであるし、通信それ自体に関する事柄(受取人の氏名、住所)も保護されるべきである。本件あいさつ状の送付を受けることは相手方にとっては私的な事柄であり、その送付を受けたこと自体が個人のプライバシーに関する情報である。また、その送付を受けた事実は、市長が当該個人に対しあいさつ状を送付するかどうかという評価を伴うものであって、そのような評価を受けたという個人のプライバシーに関する情報である。さらに、受信者の通信の秘密の保護について公人と私人を区別すべき実質的理由はないから、公人の立場の者にも通信の秘密の保護が及ぶ。

(二) 条例八条七号該当性

送付先が団体代表者である場合、本件あいさつ状の送付を受けた事実は、当該団体に本件あいさつ状を送付するかどうかという評価を伴うものであるから、団体の評価に関する情報である。したがって、本件公文書を公開し、送付先団体名が明らかになれば、京都市の事務事業の遂行に当たって京都市と協力関係にある各種団体のうち、その送付を受けていない団体が、京都市に対する不満、不快等の念を抱き、「本市と関係者との信頼関係を著しく損なう」こととなるとともに、京都市の「事務事業の執行に著しい支障が生じる」ことが十分に考えられる。このことは私的団体だけでなく、公的団体や個人にも同様に当てはまる。

2  原告の反論

(一) 条例八条一号該当性について

本件あいさつ状は一万人近い大量の人に送付されたものである上、同一内容の文面を印刷したもので、受け取った個人のプライバシーについては何も触れておらず、その公開により送付を受けた個人のプライバシーを侵害するおそれはない。また、本件あいさつ状を送付するかどうかの評価は、桝本賴兼が選挙でお世話になったか否かという評価であり、桝本賴兼個人による評価であるから、個人のプライバシーに関する情報とはいえない。仮にそれが個人のプライバシーに関する情報だとしても、印刷された定型のあいさつ状の送付を受けた一万人の中の一人かどうかという程度の問題であって、個人のプライバシーを侵害するおそれはない。

(二) 条例八条七号該当性について

本件あいさつ状は桝本賴兼個人が選挙でお世話になった人に送付したもので、京都市政とは別個のものであるから、これが送付されたか否かによる関係団体と京都市との信頼関係を著しく損なうことや京都市の事務事業の執行に著しい支障が生じることはない。仮にこれが市長就任のあいさつ状であったとして、その送付先を公開しても、印刷された定型のあいさつ状につき送付を受けた一万人の中の一人かどうかという程度のことであり、その程度のことで送付を受けていない団体と京都市との事務事業の執行に著しい支障が生じることはない。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  条例の意義

条例の基本的な理念、制定目的は、その前文によれば次のとおりである。

「本市が保有する情報は、広く市民に公開され、適正に活用されることにより、市民生活の向上と豊かな地域社会の形成に役立てられるべきものである。また、この情報の公開は、市政に対する理解と信頼を深めるとともに、市民参加を促進し、もって開かれた公正な市政の推進に資するものと確信する。このような精神の下に、市民の基本的人権を最大限に守りつつ、公文書の公開を請求する権利を保障することにより市民の知る権利を具体化し、併せて市政に関する情報を積極的に提供することが、市民の福祉の増進と地方自治の健全な発展に不可欠であると認識し、この条例を制定する。」

二  条例八条一号該当性

1  条例八条一号の意義(プライバシー情報)

条例八条一号は、実施機関は、個人に関する情報で、(一)個人が識別され又は識別されうるもので、(二)公開しないことが正当であると認められる情報が記録されている公文書については公開しないことができるものと定めている。これは公文書は公開を原則とするが、個人のプライバシーを保護するため公開の例外を設けたものである。

2  個人が識別され又は識別され得る情報の意義

個人が識別され又は識別され得る情報とは、対象となる人が特定されなければプライバシーの問題も生じないため、特定人と識別することができる情報のみを保護するもので、匿名の者に関する情報はプライバシー保護の対象とならない。

3  公開しないことが正当であると認められる情報の意義

右2の個人が識別され得る情報との要件は非常に広く、右要件だけでは公開しない文書の範囲が無限定になり条例の意義を希薄にするので、公開を請求する市民の権利を保障するためにさらに「正当性」との要件を設けたものと解される。ただし、正当性という文言は、法律、社会通念に照らして正当であると認められる状態にあることを意味し、それ自体として明確でない。したがって、公開を求める市民の権利とプライバシー保護とを常識に従って調整するという観点から、通常他人に知られたくないと望む情報でそれを是認することができるものをさすと解される。

4  検討

(一) 本件公文書には前判示のとおり、個人の氏名、役職名、住所、備考が記載されていると認められるが、これらを一体として個人を表象するものとみるか、個別にその保護を考えるかが問題となる。原告、被告ともこれらを一体のものとして、主に個人の氏名を念頭において攻撃防御を尽くしているから、これらを一体の個人の名称を表象するものとして以下検討する。

(二)  本件公文書の個人の氏名、役職名、住所、備考はいずれも固有名詞で表現されていると推認されるので、これらを一体としてみれば、これらが「個人が識別され又は識別され得るもの」に該当することはいうまでもない。

(三)  被告は、(1)本件あいさつ状の送付を受けたこと自体が個人のプライバシーであるとし、(2)送付を受けた事実は、当該個人にあいさつ状を送付するかどうかの評価を伴ったものであるから、個人のプライバシーに関する情報であるという。しかし、(1)については、本件あいさつ状にはプライバシーを侵害するような性質の内容は含まれていないこと、本件あいさつ状はいずれも同一の内容と考えられ送付を受けた者により内容が異なるとは認め難いことに鑑みると、個人を識別できる情報を公開することによりプライバシーを侵害するものとは考えられないし、(2)については、本件あいさつ状の文面は前記認定のとおりであって、その送付を受けたことがその者の評価を低下させるものとは認められず、やはり公開しないことに正当な理由はないというほかない。

5 個別的検討

(一)  個人の氏名

個人の氏名そのものにプライバシーの保護が及ぶことはいうまでもないが、本件においては氏名を公開しないことが正当であると認められないことは4(三)で検討したとおりである。

(二)  住所

個人の住所は人がその生活の本拠として日常を営むところであり、その所在が公開されると生活の平穏が害されるおそれがあると考えられるから、個人の住所といえども公開すべきとの考えはいまだ社会的に醸成されていないというべきであって、社会通念上、保護の必要があると認められるものである。したがって、本件公文書のうち個人の住所部分は条例八条一号に該当し、これを公開しないことは正当というべきである。

(三)  役職名

役職名は、前掲甲四ないし六の各枝番号によれば、「会長」、「理事」、「書記長」などその個人の組織内での地位、立場を表わすものが記載されていると認められる。そのような地位、立場自体を公開しないとすることに正当な理由は認められない。

(四)  備考

前掲甲四ないし六の各枝番号によれば、備考部分の記載内容を明確に限定することは困難であるが、所属する団体名が記載されているものと推認することができる。そして、この記載は当該個人の職業や特定団体への加入状況に関する情報が含まれることもあり、個人の経歴、信条、社会的活動に関するプライバシーとして保護されるべきであるとする見解も考え得るものである。しかし、本件において被告はその旨の主張立証をしないから(特定の備考部分が個人の思想、信条に関するものであることを指摘して体的に主張立証すべきである。)、公開しないことは許されない。

(五) 送付という行為は一方的な行為であり、送付を受けた者の意思にかかわりなくその者の氏名等が公となることに対して配慮を要することは当然である。しかし、本件あいさつ状の送付はその形式としては公費を用いたものであり、その選定過程は不明であるもののその送付先は京都市と関係のある者と推認されるから、公的色彩を色濃くもつものであって公開することもやむをえないというべきである。

三  条例八条七号該当性

1  条例八条七号の意義(行政運営支障情報)

条例八条七号は、実施機関は、(一)本市又は国等が行う許可、認可、試験、争訟、交渉、渉外、入札、人事その他の事務事業に関する情報で、(二)公開することにより、(1)関係当事者間の信頼関係が著しく損なわれると認められるもの、又は(2)当該事務事業又は同種の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じると認められるものは公開しないことができるものとしている。これは公文書は公開を原則とするが、公開することにより行政作用の運営に支障を生じさせる情報について公開しないとしたものである。

2  本市又は国等が行う許可、認可、試験、争訟、交渉、渉外、入札、人事その他の事務事業に関する情報の意義

本市等が行う事務事業の中には、入札予定価格、試験問題、用地買収計画などその性質上、公開することによりその目的が損なわれたり、公正適切な執行に障害となるものがあることから、公開しない場合があることを定めたものである。

3  関係当事者間の信頼関係が著しく損なわれると認められるものの意義

条例八条七号は、前に述べたとおり、公開により行政運営に支障が生じる場合に公開しないことができることを規定したものであるから、関係当事者間の信頼関係が著しく損なわれると認められるものの判断に当たっては、その結果、事務事業の目的が損なわれ又は公正適切な執行に支障を生じるかどうかを基準とすべきである。

4  検討

(一)  本件あいさつ状の送付先には市が行う事務事業の関係者に関する情報が含まれていると推認することができるから、市が行う事務事業に関する情報ということができる。

(二)  被告は本件あいさつ状の送付は関係者にあいさつ状を送付するかどうかの評価を伴ったもので、その送付を受けていない者が、京都市に対する不満、不快等の念を抱き、同市と関係者間の信頼関係を著しく損ない、これらの関係者と協力して行う同市の事務事業の執行に著しい支障が生じると主張する。

被告のいう不満、不快の念の具体的内容は明らかでないうえ、仮に、市長からのあいさつ状の送付を受けなかった関係者の中に、不快、不満の念を抱く者がいたとしても、それは送付を受けなかった関係者の内心の感情の問題にとどまり、関係者がそのような主観的感情を抱いたからといって京都市の事務事業が左右されることは考え難い。したがって、被告の主張する場合においても、それにより事務事業が渋滞する事態を想定することは困難であり、著しく事務事業の目的が損なわれたり、その執行に支障が生ずるとは認め難い。

(三)  個人の情報のうち、氏名、役職名、住所、備考を各別に検討しても、団体の情報のうち、団体名、役職名、所在地、備考を各別に検討しても、いずれもその公開により京都市の行政運営に支障を生じさせる性質の事項ではないと認められるから、条例八条七号を根拠に公開しないことは許されない。

(四)  したがって、条例八条七号を根拠として送付先を公開しないことは許されない。

四  結論

以上の次第で、本件処分のうち個人の住所部分を非公開とした処分は条例に適するが、その余の記載部分を非公開とした処分は条例に違反し、取消を免れない。

よって、本件請求は主文第一項記載の限度で理由があるから右限度で認容し、その余を失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官山本和人 裁判官平井三貴子 裁判長裁判官大出晃之は転補につき署名押印することができない。裁判官山本和人)

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