京都地方裁判所 昭和25年(ワ)69号 判決
原告 大沢津多
被告 山田三郎
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告は原告に対し被告現住の京都市上京区中筋通今出川下る米屋町三百三番地上建設木造瓦葺平家建住宅建坪十一坪同所木造瓦葺二階建離住宅建坪七坪五合を明渡せ訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに担保を條件とする仮執行の宣言を求めその請求の原因として原告の父亡大沢嘉吉はその所有に係る請求の趣旨記載の本件家屋を昭和十五年二月十五日訴外亡山田巖に賃料一ケ月三十円と定めて賃貸した。訴外巖はその後出征し昭和二十年六月二十五日戰死しその長男訴外山田哲がその家督を相続し右賃貸借における賃借人の地位を承継した。一方原吉の父嘉吉は昭和二十四年六月死亡し相続によつて原告及び訴外大沢秀訴外井本ちえ子が本件家屋の所有権を取得し、右賃貸借における賃貸人の地位を承継した。ところでこれより先訴外山田巖が出征中はその妹訴外中川静子が留守居をしていたが静子は何時頃からか訴外巖の弟である被告を不法に本件家屋に居住させ静子はその後昭和二十四年夏頃訴外中川與之助に嫁して本件家屋から立退いた。訴外巖の相続人として本件家屋の賃借人の地位を承継した訴外山田哲は叔父である被告を本件家屋から立退かせなければならないにも拘らずその措置に出ず訴外巖の戰死の公報が入つた昭和二十三年五月十四日以後も依然として賃貸人に無断で被告に本件家屋を使用させている。右は正に民法第六百十二條に違反する行爲である。原告は被告が本件家屋に居住していることを知つて間もなくの昭和二十四年十月十一日右無断轉貸を理由に訴外山田哲に対し本件賃貸借解除の意思表示をし続いて被告を相手方として京都簡易裁判所に明渡の調停申立をしたが應じないので所有権に基づき被告に対し明渡を求めるため本訴請求に及んだと述べ原告主張に反する被告の答弁事実を否認した。<立証省略>
被告は請求棄却の判決を求め、答弁として原告の父亡大沢嘉吉がその所有に係る本件家屋を昭和十五年二月十五日被告の兄訴外亡山田巖に賃料一ケ月三十円と定めて賃貸したこと、訴外巖がその後出征し昭和二十年六月二十五日戰死しその長男訴外山田哲が家督相続により右賃借人の地位を承継したこと、原告の亡父嘉吉が昭和二十四年六月死亡し相続によつて原告及び訴外大沢秀訴外井本ちえ子が本件家屋の所有権を取得し、右賃貸借における賃貸人の地位を承継したことはいずれもこれを認める。被告は賃貸人に無断で本件家屋を轉借しているものではない被告は兄亡巖が本件家屋を借受けた当初からその家族の一人として本件家屋に居住し昭和十七年就職のため住居を満洲に移轉し昭和十八年に現地召集を受け昭和二十二年十一月四日復員帰還し現在まで本件家屋に居住しているものである。被告は帰還後間もなく原告先代亡嘉吉方に赴いて帰還の挨拶を述べたところ亡嘉吉は被告が本件家屋に居住することに何等の異議も述べず、被告が持参した家賃金も受取つて呉れたのである。而も訴外亡巖の相続人で被告の甥に当る訴外山田哲(未成年)はその母訴外山田小知恵等と共に他所に居住しているが、同人等は被告が本件家屋に居住することについて反対の意思を表明したことはない。以上の次第であるから原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告の父訴外大沢嘉吉が昭和十五年二月その所有に係る本件家屋を被告の兄訴外山田巖に賃料一ケ月三十円と定めて賃貸したこと訴外巖がその後出征し昭和二十年六月二十五日戰死しその長男で被告の甥にあたる訴外山田哲が家督相続により右賃借人の地位を承継したこと、原告の父嘉吉が昭和二十四年六月死亡し相続によつて原告及び訴外大沢秀、訴外井本ちえ子が本件家屋の所有権を取得し右賃貸借における賃貸人の地位を承継したこと被告が現に本件家屋に居住していることはいずれも当事者間に爭いがない。
そこで原告の所有権に対抗して被告が本件家屋に居住し得る権限を有するかどうかを考えて見る。凡そ住宅用家屋の賃貸借が成立した場合において目的家屋に居住使用し得るものはひとり賃借人だけに止まらない。賃借人と同居すべき義務のある家族は勿論同居義務はなくとも賃借人が同居を容認することが相当と認められるその他の同居家族も賃貸借契約の効果として当然居住使用権を有するものと解さなければならない。そして賃借権は一身専属権でないから賃借人が死亡しても賃借権は消滅せず相続人に移轉する。從つて相続人でない家族は相続人の合理的な妥当な意思に反することが明らかでない限り、相続人の有する賃借権を援用して賃貸人の所有権に対抗し依然居住使用を続けることができるものと解するのが相当である。ひるがえつて本件につき檢べると、弁論の全趣旨に徴し眞正に成立したと認められる甲第一号証に証人中川静子、同海老名末吉、同山田小知恵の各証言を綜合すれば訴外亡巖は昭和十五年二月母宇免妹静子を連帶保証人として本件家屋を賃借し共に住んでいた。被告も昭和十六年九月巖の出征後下宿先を拂つて本件家屋に居住するに至つたがその後勤務の都合上單身満洲に移住しついで現地召集を受けた。巖の妻山田小知恵も昭和十五年十月から約五ケ月間本件家屋に住んだが、巖の母宇免等との折合いが惡く別居してしまい宇免も空襲が激しくなつて兵庫縣の実家に疎開した。そんな訳で巖が應召してからは主に妹の静子が留守を預り終戰を迎えて巖と被告の二人の兄の帰還を待つていた。被告は昭和二十二年十月復員帰還し本件家屋に妻子と共に再び居住するようになり静子は昭和二十三年七月他家に嫁して立退いた。巖は昭和二十年六月二十五日戰死しその公報は昭和二十三年五月に被告等に届いた。巖の相続人哲(九歳)は母小知恵と共に現在京都市内に住みさしあたり居住の安定を得ている。小知恵は巖の應召後本件家屋の借主は静子が宇免に変つたと思つていたので被告が本件家屋に居住していることを知つても格別それについて異議を申出たことも退去を求めたこともないことを認めることができる。以上の認定を左右するに足る証拠はない。然らば被告は前に巖の家族として本件家屋に居住し一時轉居したが、終戰後外地より復員し留守を預つていた妹静子に迎えられて再び本件家屋に居住するようになつたものであり被告が居住することは巖の相続人である哲の意思に反するものでないのであるから、前段に説明した理由により哲の有する賃借権を以て所有者である原告に対抗し得るものといわなければならない。原告は訴外山田哲は被告を本件家屋から立退かせなければならないにも拘らずその措置に出ず原告の承諾なく被告に本件家屋を使用させているのは民法第六百十二條に違反する無断轉貸であるからこれを理由に本件賃貸借解除の意思表示をしたと主張するが、被告の居住使用を以て賃借家屋の轉貸と目することを得ないことは既に述べたことによつて自ら明白であり從つて又賃貸人の承諾を要するものではないのであるから、たとえ賃貸借解除の意思表示をしたとしても何の効力もないものといわなければならない。
されば被告は本件家屋を居住使用するについて正権限を有し不法に本件家屋を占拠しているものではないから本訴請求は失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 平峯隆)