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京都地方裁判所 昭和26年(わ)305号 判決 1960年5月18日

深井良石

右の者に対する有価証券偽造、同行使、詐欺被告事件につき、当裁判所は、検察官佐藤直出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役八月に処する。

ただし、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

押収にかかる証第七ないし一〇号の約束手形四通のうち各偽造部分を没収する。

訴訟費用は、これを二分し、その一を被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和二五年一〇月中旬ごろ、株式会社東京丸為の代表取締役宮川英吉から、自己が総務部長の職にある同社の資金を得るため、いわゆる融通手形の調達方を依頼されたのにもとずき、当時株式会社三和カタン糸製造所が未だ設立中で法定の登記をしておらず、安藤弘一郎がそれの発起人代表となつているに過ぎないことを知りながら、行使の目的をもつて、同株式会社代表取締役安藤弘一郎名義を冒用して約束手形を偽造し行使しようと企て、京都市下京区西七条御所ノ内東町四三番地日興繊維株式会社事務所において、有合わせの約束手形用紙四枚につき、それぞれ、壇に、振出人欄には「京都市中京区押小路通千本東入北聖町六八」「株式会社三和カタン糸製造所」「代表取締役安藤弘一郎」と表示した各ゴム印並びに「株式会社三和カタン糸製造所印」と刻した木印及び代表者印を押捺し、支払地、振出地欄には「京都市」と表示したゴム印を押捺したほか、支払場所欄には「大和銀行丸太町支店」又は「大和銀行千本支店」と記入し、もつて、株式会社三和カタン糸製造所の代表者資格を冒用した安藤弘一郎名義で金額、支払期日、振出日及び受取人の欄白地の約束手形四通(証第七ないし一〇号)を順次に作成し偽造したうえ、そのころ、東京都中央区日本橋伝馬町一丁目二番地株式会社丸為事務所において、前記宮川に対し、偽造の右各約束手形を、白地部分の補充権がある真正のものとして、一括して交付し行使したものである。

(証拠の標目)

(法令の適用)

法律に照すと、判示所為のうち約束手形偽造の点はいずれも刑法第一六二条第一項に、偽造約束手形行使の点はいずれも同法第一六三条第一項に各該当するところ、右有価証券偽造罪と同行使罪とは、いずれも手段結果の関係にありまた一括行使の点は一個の所為にして数個の罪名に触れる場合であるから、同法第五四条第一項後段及び前段、第一〇条により、犯情重き偽造有価証券行使罪四個のうちの証第七号に対する刑に従い、所定刑期の範囲内において、被告人を懲役八月に処し、犯行の動機、犯行自体に悪性が低度であり、一〇年前の犯行であり今日実害がないこと等を考慮するときは刑の執行を猶予するのを相当と認めるから、同法第二五条第一項を適用し本裁判確定の日より二年間右刑の執行を猶予すべく、押収にかかる証第七ないし一〇号の約束手形四通のうち偽造部分は判示犯行により生じたもので何人の所有をも許さないから同法第一九条第一項第三号第二項により各その偽造部分を没収することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条を適用して、その二分の一を被告人に負担させ、他は負担させないこととする。

(詐欺の点についての判断)

本件公訴事実のうち、被告人が、宮川英吉と共謀して、昭和二五年一〇月一九日ごろ四回にわたり、株式会社三和銀行堀留支店ほか一ケ所において、同支店長吉永武夫ほか一人に対し、判示四通の約束手形を真正に作成されたものの如く装い呈示して、同人らをその旨誤信させ、そのころ、右支店ほか一ケ所において、合計六、一八四、五八五円に割引かせて、右金額を株式会社東京丸為の振替口座に入金させ、右金額相当の財産上不法の利益を得たとの点については、その犯罪の証明がない。すなわち、被告人が宮川英吉に判示四通の約束手形を交付したことは判示のとおりであり、(証拠省略)によると、右四通の手形は、株式会社東京丸為の支配人栃沢卿一が、同社係員をして、それぞれ金額、支払期日、振出日を記入させ公訴事実のとおりに三和銀行堀留支店ほか一ケ所において、各割引をうけ、前叙の金額を株式会社東京丸為の振替口座に入金させたことが認められるけれども、証拠省略によると右割引の事実は被告人の関知しないところであり、被告人と宮川英吉との間に、右手形割引の点につき共謀があつたとは認められないのである。従つて、右詐欺の点については、犯罪の証明がないことが明らかであるけれども、右の点は、判示事実の非と科刑上の一罪として起訴された事実の一部であるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人らは、設立中の会社である株式会社三和カタン糸製造所は、法律上の人格を有しないというものの、少くとも社団としての実体を有し、安藤弘一郎が発起人代表となつていたのであるから、右社団を代表して約束手形を振出す権限を有していたのであり、被告人は右安藤の承諾を得て、本件各手形を作成したのであるから、本件各手形につき偽造の責任を負うことはないと主張する。

そこで、まず、安藤弘一郎は設立中の同上会社に対しいかなる権限をもつていたかを検討することとする。

これにつき、株式会社が設立登記によつて成立し、法人格を取得するに至るものであることは明文の存するところであるけれども、法人格を取得すべき株式会社の実体は、設立登記のとき、突如として出現するものではなく、その登記前においても、完成し得べき会社の前身ともいうべき社団としての実体を有し、それは設立中の会社として実在し、社会と直接に交渉をもつことがあることはいうまでもないところである。しかるに、前掲中略各証拠によると、株式会社三和カタン糸製造所は、本件手形が作成された当時、安藤弘一郎を発起人代表として設立手続を終末ちかくまで進め、会社成立後は、同人をその代表取締役に就任させることとなつていたことが認められるから、設立登記はなされていなかつたとはいえ、社団としての実体はすでに存在していたものとなし得られるがゆえに、結局、法人としての株式会社三和カタン糸製造所は未だ存在していなかつたとしても、人格なき社団としての設立中の会社である株式会社三和カタン糸製造所は実在し、安藤は前述の発起人代表としてさような社団である設立中の右会社を代表し得べき権限を有していたものと云うべきである。

よつて、次に、被告人が本件各手形作成につき、安藤の承諾をうけたか否かについて検討することとする。

前掲の各証拠によると、被告人は、昭和二五年一〇月中旬ごろ、日興繊維株式会社事務所に至り、同会社の取締役である小林大、中野繁雄に対し、融通手形の調達につき相談をした結果、安藤弘一郎から、設立中の会社である株式会社三和カタン糸製造所名義の印鑑等を借り受けて、同会社名義の約束手形を作成することとなり、これにより、中野繁雄が直ちに電話をもつて、安藤弘一郎に対し、右各印鑑等の借り受け方を交渉し、その翌々日ごろ、安藤から判示の各ゴム印、木印等を借り受け、被告人において、本件約束手形四通を作成するに至つたことが認められる。

ところで、右各証拠によると、被告人と小林大が安藤に対し、本件各手形作成につき、事前に承諾を求めたことがないことは明らかであり、中野繁雄のみが前認定のとおり承諾を得る機会をもつたことになるのであるが、中野繁雄じしんは、第一三回公判期日において、安藤に対し右印鑑借用方の電話をした際に「手形のことについても、大体のことを話したかも判りませんが、記憶しません。」と供述したほかは、検察官の取調べに対して又第六、一二回各公判期日において、終始手形作成については、安藤に対し、何も告げていない旨供述しており、安藤弘一郎こと安藤武男も、第八、一一、一三回各公判期日において、終始、右電話の際、中野から、手形の件については何も聞いていない旨供述しているのである。

しかしながら、中野から安藤に対する印鑑等借用申込の動機、中野、小林及び安藤の関係、小林らが安藤に右印鑑を返還した時の状況、被告人が小林に預けた見返手形等に関する前掲各証拠をつぶさに対照し吟味すると、前叙のような中野、安藤の各供述の存在に拘らず、安藤は本件各手形作成の事実を、事前に了解していたもの、と認めざるを得ないところであるから本件各手形は、安藤の承諾のもとに作成されたものであるというべきである。

よつて、進んで、被告人の本件各手形の作成が罪となるものであるか否かを検討することとする。

ところが、一般に、約束手形を自己名義で作成する等その作成者の表示にいつわりがない場合でも、他人の代表者たる資格を冒用した場合には、手形の偽造となると解すべきであるから、第三者が代表資格をいつわる者の承諾をうけて、代表資格冒用者名義の約束手形を作成した場合にも、その第三者は、情を知るかぎり手形偽造の責任を免れることはできないところである。従つて、本件各手形の作成が罪となるか否かは、安藤弘一郎が、右各手形に表示の株式会社三和カタン糸製造所を代表して、かような約束手形を振出し得べき権限があつたか否かにかかるものと考えられる。

しかるに、設立中の会社の唯一の目的は、完全な株式会社となすことにあるのであるから、その執行機関たる発起人代表の権限も、そのために必要な行為のみに限られるというべきであつて、それには、法によつて直接定められているものはもとより、これらと密接不可分の関係に立つ行為すなわち、設立事務所の借入れ、設立事務員の雇入れ、定款、株式申込証等の印刷、株主募集の広告を委任する行為など経済上会社の設立に必要とみとめられる行為も含まれるのであるが、これに反し、株式会社を成立せしめるために必要でない行為は、発起人代表の権限に属しないものといわなければならない。

そして、本件各約束手形が融通手形であることは前認定のとおりであるから、それの振出行為が右会社設立につき必要でない行為であることはいうまでもなく、設立中の会社たる株式会社三和カタン糸製造所の発起人代表である安藤には、右設立中の会社を代表してこのような手形を振出し得べき権限はなかつたことが明らかである。

そうすると、被告人は、設立中の会社三和カタン糸製造所の代表者資格を冒用して、本件各手形を作成したものであつて、右各手形の偽造の責任を免れないものとすべきである。

なお、弁護人らは、被告人は、本件各手形振出の当時、株式会社三和カタン糸製造所がいまだ設立中の会社であることを知らなかつたので、本件各手形偽造の犯意はなかつたと主張し、被告人が、当公廷において、右弁護人等の主張に符合する供述をしていることは明らかであるけれども、証拠省略によると、被告人が本件各手形作成の当時、右株式会社三和カタン糸製造所が未登記であつた事実を知つていたものと認めざるを得ないので、弁護人らの右主張はいわれがない。

以上の理由により、弁護人らの主張は採用できない。

よつて、主文のとおり判決する。

昭和三五年五月一八日

京都地方裁判所第一刑事部

裁判長裁判官 石山豊太郎

裁判官 松本正一

裁判官 三代英昭

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