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京都地方裁判所 昭和26年(ワ)842号 判決 1955年3月19日

原告 山中輝司

当事者参加人 康鳴球

被告 早川稔 外一名

主文

原告(参加被告、以下単に原告と言う)と被告早川との間で同被告が被告(参加被告、以下単に被告と言う)辻井倉庫株式会社宛に発行した別紙写<省略>記載のような出庫申込書の表面が真正に成立したことを確認する。

被告辻井倉庫株式会社は原告に対し右出庫申込書と引換えに同被告が被告早川から昭和二十四年八月六日保管番号第一六九四号を以て寄託を受けた毛皮百五十八束を引渡せ。

参加人の原告及び被告辻井倉庫株式会社に対する各請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告と被告早川との間では原告に生じた費用の三分の一を被告早川の負担、その余を各自負担とし、原告と被告辻井倉庫株式会社及び参加人との間では原告に生じた費用の三分の二を被告辻井倉庫株式会社及び参加人の平等負担、その余を各自負担とし、参加人と被告辻井倉庫株式会社との間では被告辻井倉庫株式会社に生じた費用の二分の一を参加人の負担、その余を各自負担とする。

この判決は第二項に限り原告において金十五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「主文第一、二項と同旨及び訴訟費用は被告等の負担とする」との判決並びに毛皮引渡の部分につき仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、原告は訴外泉原寿一の実弟で同訴外人と共同事業を営むものであり、被告早川は訴外平木鹿治の甥でその使用人であるところ右泉原は昭和二十四年七月末頃右平木より主文第二項記載の毛皮百五十八束(以下本件毛皮と言う)を含め合計三百十束の毛皮を買受け代金は即時支払い右毛皮三百十束の引渡は当時該毛皮が鉄道輸送中であつたため京都着渡しと約定した。而して右泉原はその頃右毛皮全部を原告に譲渡したが右平木は右毛皮が京都に到着するや昭和二十四年八月六日泉原に無断で右毛皮中本件毛皮百五十八束を被告早川名義で被告辻井倉庫株式会社(以下単に被告会社と言う)に入庫寄託したので右泉原は右平木と合意の上被告会社から直接原告宛に本件毛皮の引渡を受けることとし、原告及び被告早川もこれに同意し、右合意に基き被告早川は同年八月十五日主文第一項記載の出庫申込書(以下本件出庫申込書と言う)を前記平木及び当時右平木の使用人であつた訴外西浦清徳を通じて原告に交付し原告は同月十七日右出庫申込書を被告会社に提示して引渡の承諾を受け、且その旨の裏書を得た。しかして右出庫申込書には被告早川から被告会社に宛てた本件毛皮を原告に引渡されたい旨の意思表示の記載があるから原告は本件毛皮の所有権を有すると共に被告早川が被告会社に対して有する寄託契約上の権利を譲受けたものである。しかるに被告早川はその後右出庫申込書は偽造であると称してその旨を被告会社に申出でたので被告会社はこれを理由として原告に対し本件毛皮の引渡をしない。仮に右出庫申込書は平木が被告早川の承諾を得ずして作成したものであるとしても前述の如く被告早川は平木の使用人であり本件毛皮も被告早川が平木の為に被告倉庫会社に寄託したものであるから、右出庫申込書を以て偽造であると称することはできない。よつて原告は被告早川に対し本件出庫申込書の真正なることの確認を求めると共に、被告会社に対し第一次的には前記寄託契約上の権利に基き第二次的には所有権に基き本件毛皮の引渡を求めるため本訴請求に及んだ、と述べ、

被告会社の抗弁に対し、被告会社と被告早川間の本件毛皮に対する寄託契約によれば寄託者が被告会社主張の割合による保管料を支払う旨の約定があつたこと及び被告早川が被告会社に対し昭和二十七年二月末までの本件毛皮の保管料を支払つたことはいずれも認める。しかしながら元来原告は被告会社に対し昭和二十四年八月当時から既に本件毛皮の引渡を求めているに拘らず被告会社は理由なくその引渡を拒絶しているのであるから、被告会社主張の保管料は右引渡義務不履行による損害として当然同被告において負担すべきものであると述べ、

参加人の請求に対し「請求棄却」の判決を求め、答弁として参加人主張の事実は全部これを否認する。参加人と訴外平木との間に参加人主張のような売買契約が締結されたことはない。仮に右のような売買契約が存在したとしても右は前記平木が参加人と通じてなした虚偽の意思表示によるものであるから無効である。もし仮に右売買契約が虚偽表示に基くものでないとしても参加人は前記平木から本件毛皮の引渡を受けていないから、その所有権取得を以て原告に対抗することはできない。更に以上の主張がすべて認められないとしてもなお且以下の理由によつて参加人の主張は失当である。

即ち仮に参加人が前記平木から本件毛皮を買受け且その主張の日右毛皮の引渡を受けたとしてもその後再び被告早川が右平木のために本件毛皮を占有していたこと明らかである。しかして原告は前述の如く右平木、泉原及び被告早川と合意の上直接被告会社から本件毛皮の引渡を受けることとし、被告早川が被告会社宛に発行した「本件毛皮を原告に引渡されたい」旨の記載ある本件出庫申込書を昭和二十四年八月十七日被告会社に呈示したから民法第百八十四条により原告は同日被告早川から指図によつて本件毛皮の占有の移転を受けたこととなり、又原告は右占有取得につき善意無過失であつたから民法第百九十二条により本件毛皮の所有権を取得したものである。して見ると以上いずれの理由からするも参加人の原告に対する請求は失当として棄却を免れないと述べ、

なお、被告会社に対する本件毛皮の寄託契約上の権利は参加人にあつて原告はこれを有しないとの参加人の主張に対し、仮に参加人が被告早川から本件毛皮の寄託契約上の権利を譲受け、且その主張のような債権譲渡の通知がなされたとしても、以下の理由によつて参加人はその債権譲受を以て原告に対抗することができない。即ち被告会社は原告の本訴請求に対し昭和二十六年十月八日附答弁書において「昭和二十四年八月十五日被告早川より被告会社に宛てた受取人を原告出庫数百五十八個と記載した本件出庫申込書を原告が受取り同月十七日被告会社に呈示して引渡承諾の裏書を得たこと」を認めており、しかも右答弁書には京都地方裁判所の昭和二十六年十月八日附日附印が押捺されているから、右答弁書は民法施行法第五条第五号に所謂確定日附ある債権譲渡の承諾書というべきである。しかして右確定日附は参加人主張の債権譲渡通知書の確定日附より先であること明白であるから、参加人はその債権譲受を以て原告に対抗し得べきものではないと附演した。<立証省略>

被告早川訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として被告早川が被告会社に対し本件出庫申込書が偽造である旨の届出をしたことは認めるか、右出庫申込書が真正である旨の原告の主張はこれを否認する。本件出庫申込書は被告早川が作成したものではなく何人の作成に係るか、全く不明であるから原告の請求は速かに棄却さるべきであると述べた。<立証省略>

被告会社訴訟代理人は「原告及び参加人の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告及び参加人の負担とする」との判決を求め、原告及び参加人の主張に対する答弁として被告早川が原告主張の日に被告会社に対して本件毛皮を寄託したこと、原告がその主張の日に被告会社に対し本件出庫申込書を呈示して本件毛皮の引渡を要求し、被告会社がこれを承諾してその旨の裏書をしたこと、被告早川より本件出庫申込書が偽造である旨の届出があつたことはいずれも認めるが原告及び参加人のその余の主張事実は全部争う。被告会社が本件出庫申込書に原告主張のような裏書をした直後に前述の如く被告早川より右出庫申込書は偽造であるから、これに基く出庫は中止されたい旨の届出があり、且参加人が本件毛皮の入庫案内書及び被告早川の発行した本件毛皮を参加人に引渡されたい旨の記載ある出庫申込書を呈示して本件毛皮の引渡を要求したので、被告会社としては権利者が何人であるか不明となつたため、原告及び参加人に対して引渡を拒み一方当初の寄託者である被告早川に本件毛皮の引取方を督促したが同被告が応じないまゝ今日に及んでいる次第であると述べ、抗弁として被告会社は以下の理由により本件毛皮につき留置権を行使する。即ち被告会社は被告早川との寄託契約に基き、同被告から昭和二十七年二月末日までの本件毛皮の保管料の支払を受けたが同被告は同年三月一日以降の保管料の支払をしない。しかして右契約によれば一箇月を二期に分け一日より十五日まで及び十六日より月末までを各一期とし本件毛皮一束に対する保管料は右一期につき金十二円となつている。従つて被告会社は右計算に従い昭和二十七年三月一日より昭和二十九年十二月末日まで三十四ケ月六十八期分として金十二万八千九百二十八円及び昭和三十年一月一日以降引渡済に至るまで右毛皮一束につき一期金十二円の割合による保管料債権を有するから右金員の支払を受けるまで本件毛皮を留置する旨陳述し、

右抗弁に対する原告及び参加人の主張につき原告主張の事実はすべて否認する。参加人主張の事実中その主張のような合意が成立したこと及び参加人から金五万三千八十八円を受領したことは認めるが、右金員受領の趣旨はこれを争う。参加人主張の右合意は原告及び参加人が被告会社に対していずれも金五万三千八十八円宛支払つたときは始めて被告会社がこれを前記保管料債権の弁済に充当する旨約したもので、被告会社としては原告が未だ右金員の支払をしないから原告が右支払をなすまで預る旨の約束で参加人から前記金員を受領したものに過ぎないと述べた。<立証省略>

参加訴訟代理人は「参加人と原告との間で被告会社が被告早川から昭和二十四年八月六日保管番号第一六九四号を以て寄託を受けた毛皮百五十八束は参加人の所有に属することを確認する。被告会社は参加人に対し右毛皮百五十八束を引渡せ、訴訟費用は原告及び被告会社の負担とする」との判決並びに右毛皮引渡の部分及び訴訟費用負担の部分につき仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、参加人は昭和二十四年一月二十二日訴外平木鹿治から本件毛皮を含む計三十四万八千四百十枚の毛皮を代金千三百七十五万円で買受け、同年三月二十八日島根県津和野においてその引渡を受けたから本件毛皮は参加人の所有に属するものである。しかして原告は右平木から本件毛皮を買受けたことなく、又仮に買受けたとしてもその引渡を受けていないから現実に引渡を受けた参加人に対し、その所有権取得を以て対抗することはできない。又参加人は昭和二十四年八月十六日被告早川から本件毛皮の寄託契約上の権利を譲受け同月十八日被告早川と同道して被告会社に赴き被告早川の発行した右債権譲渡の意思表示の記載ある証書を提示して本件毛皮の引渡を要求すると共に被告早川からも口頭により債権譲渡の通知をし、続いて被告早川は昭和二十九年三月二十一日八鹿郵便局第三八九号書留内容証明郵便を以て被告会社に対し改めて債権譲渡の通知をし、右書面は同月二十二日被告会社に到達した。よつて参加人は被告会社に対し右寄託契約上の権利に基き本件毛皮の引渡を請求する権利を有している。しかして原告は被告早川から右寄託契約上の権利を譲受けたことなく、又仮に譲受けたとしても右指名債権譲渡については確定日附ある証書による通知又は承諾がなされていないから、確定日附ある証書による譲渡通知のなされている参加人に対し右債権譲受を以て対抗し得べき筋合のものではない。よつて参加人は原告に対し本件毛皮が参加人の所有に属することの確認を求めると共に被告会社に対し右寄託契約上の権利に基き本件毛皮の引渡を求めるため本件参加に及んだと述べ、

原告主張の事実を否認し、

被告会社の抗弁に対し被告会社が被告早川との寄託契約に基きその主張金額相当の保管料債権を有することは認める。しかしながら昭和二十九年七月二日参加人、原告及び被告会社の三者間で昭和二十七年三月一日以降昭和二十九年六月末日までの本件毛皮の保管料金十万六千百七十六円につきこれを折半して参加人及び原告が各々金五万三千八十八円宛支払う旨の合意が成立し、右合意に基き参加人は昭和二十九年七月二日その負担分を支払つたから被告会社主張の債権額中金五万三千八十八円については既に弁済ずみであると述べた。<立証省略>

理由

一、原告の被告早川に対する請求について、

被告早川本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二、第八号証並びに鑑定の結果によると甲第一号証(本件出庫申込書)の表面(以下本段において単に本件出庫申込書と言う時は右表面を指す)中被告早川稔名下の印影は同被告の印顆によつて顕出されたものであること明かであるから、右出庫申込書はそれが特に作成名義人たる被告早川の意思に基かないで作成されたという事情が存在しない限り、一応真正に成立したと解すべきものである。よつて先づ右出庫申込書につき右のような事情が存在するか否かを検討しよう。

先づ参加本人尋問の結果によれば本件出庫申込書については訴外西浦清徳が参加人及び訴外平木鹿治に対し、同人が被告早川の印顆を盗用押捺して作成した旨を告げて謝罪したと言い、又証人稲田勇及び被告早川はいずれも右平木から右西浦が謝罪した事実を聞いた旨供述する。しかしながら仮りに右のような事実があつたとしても、なお且以下の理由によつて右出庫申込書が右西浦の偽造に係るものとは認めることができない。即ち本件毛皮は昭和二十四年初頃右平木が訴外中華民国駐日代表団から訴外カトリツク教教区連盟の手を経て買受けた毛皮三十余万枚の一部であつて、同訴外人は同年一月頃右毛皮全部を担保の目的で参加人に譲渡したに拘らず、更に同年七月頃右毛皮の一部である本件毛皮百五十八束及び同様毛皮百五十二束を、当時その使用人があつた前記西浦を通じ、且訴外小泉竹治郎の仲介で訴外泉原寿一に売却し、右泉原は更にこれをその実弟である原告に譲渡したこと後記認定のとおりであつて、又証人平木鹿治、同安藤茂、同長尾信二の各証言及び被告早川本人尋問の結果を綜合すれば、右毛皮約三十万枚は当初島根県津和野に存在したが、前記平木の甥で且つその使用人であつた被告早川等が前記平木の命により右毛皮約三十万枚の内上記三百十束の毛皮を鉄道便で京都に送付し、内本件毛皮百五十八束を被告会社に残余の百五十二束を訴外中央倉庫株式会社にいずれも被告早川名義で入庫寄託したこと、従つて被告早川は本件毛皮及び右百五十二束の毛皮については実質的には何らの権限を有せず、単に前記平木の使用人として名義上寄託者となつたに過ぎないことがいずれも認められる。しかして証人泉原寿一、同小泉竹治郎、同長尾信二の各証言を綜合すると本件出庫申込書は右泉原が原告及び前記小泉立会の上同年八月十五日前記中央倉庫株式会社の近隣にある松尾神社御旅所において被告早川より右中央倉庫株式会社宛に発行された荷渡指図書(甲第二号証)と共に前記平木から前記西浦の手を経て一括受領したものであることが認められ(証人平木鹿治の証言中右認定に反する部分は措信しない)しかも右荷渡指図書は被告早川が右同日右平木の命によつてこれを作成したものであること、同被告自身の供述するところであるから右泉原が平木から一括交付を受けた二通の証書中、本件出庫申込書のみが被告早川不知の間にしかも同人の印顆を盗用の上前記西浦によつて擅に作成されたと認めることは頗る困難であつて、右出庫申込書は事実上何人が作成したにせよ、被告早川がこれを了承していたものと推認せざるを得ない。尤も前記の如く右平木が本件毛皮及び上記中央倉庫株式会社宛寄託された毛皮百五十二束を参加人及び前記泉原に二重譲渡した事実並びに証人平木鹿治の証言参加人及び被告早川本人尋問の結果から認められる如く、右平木が参加人に対して負担していた後記五百万円の債務を完済し得る見込がなくなり且参加人から右三百十束の毛皮の引渡要求を受けていた事実から考えると、右平木はこれを参加人に引渡すべきか或は前記泉原から更に譲渡を受けた原告に引渡すべきかについて焦慮していたことを認めるに十分であつて、この点につき参加人及び被告早川は右平木及び被告早川が同年八月十五日参加人に対し、本件毛皮を参加人に前記中央倉庫株式会社に寄託した毛皮百五十二束を原告に引渡すこととして問題を解決したい旨申出で、参加人がこれを承諾した旨供述するけれども、証人平木鹿治の証言から考えると右平木及び被告早川が真実これを履行する意思で右のような申出をしたものとは認め難い。更に同年八月十六日印鑑を自分の部屋に置いたまゝ外出したことがある旨の被告早川の供述に至つては信を措き難いものと謂わねばならない。これを要するに本件における証人平木鹿治の証言及び被告早川本人尋問の結果には非常に曖昧な点があり、特に被告早川の供述中本件出庫申込書に関する部分については容易にこれを信用することはできず、又参加人の供述する前記西浦の発言の内容もこれをそのまま真実として受けとることは頗る困難である。

以上のとおり本件出庫申込書には被告早川の印影が存在すること明かであり、且それにも拘らずそれが同被告の意思に基いて作成されたものでない事情については、これを認め難いことに帰着するので本件出庫申込書は真正に成立したものと推定する外はない。よつて被告早川に対して右出庫申込書の真正なることの確認を求める原告の請求は、これを正当として認容すべきものである。

二、参加人の原告に対する請求について、

参加人の原告に対する請求は、前記平木から本件毛皮を買受けたとして右毛皮が参加人の所有に属することの確認を求めると謂うにあるところ原告は右譲受の事実を争うので先づこの点について考えよう。

証人平木鹿治の証言及び参加本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる丙第一号証(売買契約書)によれば同契約書にはカトリツク教教区連盟が中華民国駐日代表団から買受け、且前記平木が右教区連盟より売渡委任を受けた毛皮三十四万八千四百十枚を昭和二十四年一月二十二日参加人が右平木から買受けた旨の記載があること明かであり、又右各供述によれば本件毛皮は右毛皮の一部であることが認められるから、右事実からすると参加人は平木から本件毛皮を買受けたこととなる。ところで原告は右売買契約は虚偽表示に基くものであるから無効であると主張するので、この点について考察するに、右丙第一号証と証人稲田勇、同平木鹿治の各証言並びに参加人及び被告早川の各本人尋問の結果を綜合すると、右平木は昭和二十四年初頃訴外中華民国駐日代表団から訴外カトリツク教教区連盟の手を経て右毛皮三十余万枚の払下を受けたのであるが、右払下に関しては在日中国人その他のもので右毛皮の取得を希望するものが多かつたため、在日中国人間に勢力のある参加人が右平木への払下実現のため関係方面に斡旋する等種々の尽力をしたこと、右平木は参加人の右尽力に対する報酬として参加人に対し金五百万円を寄付することを約したこと、しかして右平木は右五百万円の支払方法として参加人の要求により一たん右毛皮を代金千三百七十五万円で参加人に売渡した上右代金に前記金五百万円を加えた代金を以てこれを買戻すという形式をとり、実際的には参加人から前記代金千三百七十五万円を受領することなく参加人と協議の上、右毛皮を他に転売し右転売による利益を以て逐次前記五百万円を支払うこととした事実がいずれも認められる。従つて右毛皮については前示丙第一号証記載の如き通常の売買がなされたのではないけれども、平木が参加人に対して負担する右金五百万円の担保としてその所有権を譲渡したものと解するを相当とし、少くとも右平木が参加人に対し右毛皮の所有権を移転することについては両当事者ともかかる真意を有していたものと認められるから、右売買契約が虚偽表示によるものとする原告の主張は失当である。

ところで証人泉原寿一の証言、原告本人尋問の結果及び右各供述により真正に成立したものと認められる甲第六、第七号証並びに証人小泉竹治郎の証言を併せ考えると、前記泉原は昭和二十四年七月十五日頃右平木から訴外小泉竹治郎の仲介で且右平木の代理人である訴外西浦清徳を通じて本件毛皮を含む計三百十束の毛皮を代金は検品の上、協定することとして買受ける契約をなし、その後代金を協定してその全額を支払い所有権を取得したこと及び原告がその頃右泉原から更に右三百十束の毛皮を譲受けたことがいずれも認められる。

而して昭和二十四年八月十七日原告が右平木から本件毛皮の指図による占有移転を受け、引渡を受けたことは後に認定する如くである。尤も証人泉原寿一の証言により真正に成立したものと認められる丙第四号証の一、二(泉原の名剌)によれば、右名剌には右泉原が富士銀行本店の佐々木邦彦なる者に対し参加人に金四十万円を交付する様依頼した文言の記載があるけれども、右証人泉原寿一の証言及び原告本人尋問の結果によれば、右名剌は右泉原が前記平木から「参加人に寄付金を支払つて参加人との関係を清算し、本件毛皮を原告側に引渡すこととするから金四十万円を貸してくれ」と頼まれたので、右丙第四号証の一、二に前示文言を記載して交付したものであつて、右名剌は前記平木、泉原間の本件毛皮の売買とは関係なくむしろそれ以後に記載交付されたことが認められ、参加本人の供述中右認定に反する部分は措信し難いから右丙第四号証の一、二の存在を以て前記平木、泉原間の売買契約がなかつたものとする証左とはなし難い、又参加本人の供述によれば右泉原が昭和二十四年八月二十六日頃参加人の訪問を受けた際「本件毛皮を平木から買受けたことがない」旨言明した事実が明かであるけれども、一方前示泉原寿一の証言によれば同人が右の如く言明したのはその旨前記西浦から依頼されていたためであることが認められ、又右西浦が参加人の追及を受けてその進退に窮していたので、右泉原に対し右の如き依頼をしたであろうこと、右参加本人の供述によつて容易に推認し得るから右事実を以てしても、なお前示の認定を覆すには足りない。して見ると右平木は参加人及び原告に対し本件毛皮を二重に譲渡したものと謂うべきであるから参加人が原告に対しその所有権取得を以て対抗し得べき要件として本件毛皮の引渡を受けたか否かについて考えよう。

この点につき参加人は昭和二十四年三月二十八日島根県津和野において本件毛皮を含む前示三十余万枚の毛皮の引渡を受けた旨主張するけれども、右主張に副う参加本人尋問の結果は以下の理由によつてこれを措信できず、その他右主張事実を認めるに十分な証拠は存在しない。即ち証人稲田勇、同平木鹿治の各証言及び被告早川本人尋問の結果を綜合すると右平木の甥で且その使用人であつた訴外稲田勇は昭和二十四年三月十日頃その実兄である被告早川及び訴外稲田猛と共に前示三十余万枚の毛皮の引渡を受けるため、島根県津和野に赴き同年四月十一日頃まで滞在して右毛皮の数量等を検査の上、前記中華民国駐日代表団からその引渡を受けたこと及び参加人も亦右稲田勇と同道して津和野に赴いて同年三月末頃まで同地に滞在したけれども、その目的は前記認定の如く右毛皮の払下をめぐつて在日中国人間に横槍を入れるものが多く、右引渡にも紛糾が起ることが予想されたため在日中国人間に勢力をもつていた参加人において右のような起り得べき紛争を処理して右毛皮の引渡事務を円滑に行わせることにあつたものと認められる。尤も前示丙第一号証(売買契約書)によれば同契約書には「売主は右売渡物品につき係当局より引渡指令書を買い受け次第物品所在地において当事者立会の上、其数量を検し売主よりこれを買主に引渡すものとす」との記載があること明かであるけれども、本件毛皮については右契約書記載のような通常の売買が行われたものでなく、右毛皮は担保のため形式上参加人に譲渡されたものであること前記認定のとおりであり、且又それが故に右契約書には右引渡と同時に代金を支払う旨の記載あるに拘らず、代金の支払がなされていないこと参加人自身の供述するところであるから右事実から考えると、右引渡に関する記載を以て本件毛皮につき所謂占有改定の意思表示があつたものと認めることも亦困難である。

しからば参加人が前記平木から本件毛皮の引渡を受けた事実は、これを認め難いことに帰するから参加人は右平木から更に前記泉原を通じて本件毛皮を買受け、その引渡を受けた原告に対しその所有権取得を以て対抗し得ないものと謂わねばならない。よつて参加人の原告に対する請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

三、原告の被告会社に対する請求及び参加人の被告会社に対する請求について、

被告会社が昭和二十四年八月六日被告早川から本件毛皮の寄託を受けたことは原告、参加人及び被告会社各相互間において争のないところである。しかして原告の被告会社に対する第一次的請求及び参加人の被告会社に対する請求はいずれも被告早川から右寄託契約上の権利を譲受けたことを理由とし、これに基き本件毛皮の引渡を求めるというにあるところ、右各譲受の事実につき前記当事者相互間に争があるので先づこの点について判断しよう。

前記泉原が昭和二十四年八月十五日前記平木から本件出庫申込書(甲第一号証)の交付を受けたこと及び右出庫申込書が真正に成立したものと認められることいずれも上記一において認定したとおりであり、証人泉原寿一の証言及び原告本人尋問の結果によれば原告が右同日右泉原から本件出庫申込書の交付を受けたこと明白である。

しかして右出庫申込書には、被告早川から被告会社に宛てた本件毛皮を原告に引渡されたい旨の意思表示の記載あること、右甲第一号証に徴して明かであるから右の事実から考えると、原告は被告早川から本件毛皮の寄託契約に基く返還請求権を譲受けたものと解するのが相当である。右認定に反する被告早川本人尋問の結果は上記説明のとおり措信することができない。

次に被告早川本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる丙第三号証と、証人稲田勇の証言及び参加本人尋問の結果を綜合すると、参加人は昭和二十四年八月十六日被告早川から丙第三号証(出庫申込書)の交付を受けたことが認められ、右出庫申込書には被告早川から被告会社に宛てた本件毛皮を参加人に引渡されたい旨の記載あること明かであるから、右事実からすると参加人も亦被告早川から本件毛皮の寄託契約に基く返還請求権を譲受けたものと解するを相当とする。

して見ると、被告早川は原告及び参加人に対し前記寄託契約上の権利を二重に譲渡したことになるから原告と参加人のいずれが被告会社に対し本件毛皮の引渡を請求する権利を有するかは民法第四百六十七条第二項所定の対抗要件の具備如何によつて決せらるべきもののように見える。しかしながら寄託物を譲渡した場合の如く寄託物の所有権とその寄託契約上の権利の双方の譲渡が考えられる場合にあつては、寄託契約上の権利の帰属と所有権の帰属(従つてその双方の対抗要件)を切り離して個別的に考察することは妥当でないと謂わねばならない。蓋し寄託物の所有権を或る者に移転し、その対抗要件として民法第百八十四条に従い引渡をした時は譲受人は爾後寄託物につき占有権を取得し、又受寄者は右譲受人のために占有すべきこととなるから譲渡人が有した寄託契約上の地位も、その時において確定的に譲受人に帰属したものと謂うべく、右寄託契約上の権利の譲渡につき改めて民法第四百六十七条に定める通知をする必要はないと解するを相当とするからである。従つて通常の場合(つまり所有者と寄託者がもともと同一人であつた場合)には寄託契約上の地位は原則として所有権と一体となつて移転し、その対抗要件も民法第百八十四条による譲渡人の命令及び譲受人の承諾さえあれば足りるのであり、又何らかの事情で所有者と寄託者が別人である場合においても同一人が右所有権と寄託契約上の地位の双方を譲受け、所有権と寄託契約上の地位が合体した場合には上記の理由により民法第百八十四条の引渡さえあれば寄託契約上の権利についても民法第四百六十七条の通知又は承諾なくして債務者及び第三者に対抗し得るものと解するのが相当である。

しかるところ本件毛皮の所有権が前記平木から参加人及び訴外泉原に二重譲渡され、更に原告が右泉原からその譲渡を受けたこと並びに参加人が右毛皮の引渡を受けていないことはいずれも既に認定したところであり、又証人平木鹿治の証言及び被告早川本人尋問の結果により右毛皮は被告早川が前記平木のため、更に被告会社が被告早川のためこれを占有していたものと臨むべきところ、原告が昭和二十四年八月十五日右平木から右泉原を通じて甲第一号証(本件出庫申込書)の交付を受け同月十七日これを被告会社に呈示したこと及び右出庫申込書には表面に被告早川から被告会社に宛てた本件毛皮を原告に引渡されたい旨の意思表示の記載があること、甲第一号証及び証人泉原寿一の証言並びに原告本人尋問の結果により明かであるから右事実からすると、原告は右同日右平木及び被告早川から順次指図によつて本件毛皮の占有の移転を受けたものと謂うことができる。そうだとすると、原告は本件毛皮につき右平木から所有権を被告早川から寄託契約上の権利を譲受け、且民法第百八十四条に従い引渡を受けたこととなるから上記説明のとおり原告は参加人及び被告会社に対し右寄託契約上の権利の譲受を以て対抗し得るが、右毛皮の引渡を受けていない参加人は原告及び被告会社に対し寄託契約上の権利の譲受を以て対抗し得ないものと謂わねばならない。

そこで更に進んで被告会社の留置権の抗弁について審究するに被告会社と被告早川間の前記寄託契約によれば、被告会社が寄託者たる被告早川から本件毛皮一束につき一期(一ケ月を二期に分け一日より十五日まで及び十六日より月末までを各一期とする)金十二円の割合による保管料を支払う旨の約定があつたこと及び被告早川が昭和二十七年二月末日までの本件毛皮の保管料を支払つたことは前記当事者間において争がない。しかしながら原告主張の如く、昭和二十四年八月下旬頃原告が被告会社に対し本件毛皮の返還を請求したこと、被告会社の自認するところであるから原告と被告会社との間の右毛皮の寄託契約は、その頃解約によつて終了したものと謂うべく、被告会社主張の昭和二十七年三月一日以降の右毛皮の保管料債権は発生するに由なきものである。従つて被告会社としては債権者を確知できなかつたとすれば、民法第四百九十四条に従い供託するはとも角として、右毛皮につき留置権を有するものではないから、その余の点について判断するまでもなく被告会社の右抗弁は排斥を免れない。

よつて被告会社に対し本件出庫申込書と引換えに本件毛皮の引渡を求める原告の請求は正当として認容すべきものであり、参加人の被告会社に対する請求は失当として棄却さるべきものである。

以上のとおり原告の被告早川及び被告会社に対する各請求はいずれも正当として認容すべく、参加人の被告会社及び原告に対する各請求はいずれも失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 鈴木辰行 大西勝也)

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