京都地方裁判所 昭和28年(ワ)1596号 判決
原告 岩中徹
被告 平岡菊三
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
本件につき昭和二十八年十二月十日当裁判所がした強制執行の停止ならびに既になした執行処分の取消決定はこれを取消す。
前項に限り仮に執行することができる。
二、事 実
原告は
「被告から原告に対する京都区裁判所昭和十年(キ)第一六九五号家屋明渡猶予請求等調停事件の調停調書の執行力ある正本にもとずく家屋明渡の強制執行はこれを許さず。」
という判決をもとめ、請求原因として次のように述べた。
「原告先代亡岩中三郎は大正十三年四月頃以来被告から別紙目録<省略>記載の家屋を賃借して医師を開業していたが、家賃の延滞があつたので被告は原告先代を相手取り家屋明渡請求訴訟を提起した。右訴訟中に原告先代は被告を相手取り京都区裁判所に調停の申立をなし請求の趣旨記載の調停事件として係属した結果、昭和十年十一月十一日、原告先代は昭和十一年七月末日限り別紙目録記載の家屋を被告に対して明渡す旨の調停が成立した。
原告先代は昭和二十七年三月二十八日死亡し、原告がこれを相続したが、被告は右調停調書正本に原告に対する承継執行文を得て、昭和二十八年十二月九日原告に対し明渡の強制執行をした。
しかしながら
(一) 右調停において定められた明渡期限たる昭和十一年七月末日以降昭和十六年頃迄の間において原告先代と被告との間に別紙目録記載の家屋を引続き賃貸する旨の新なる賃貸借契約が成立し前記調停は失効したものである。即ち、
(1) 被告は明渡期限後も引続き異議なく且何等の留保もなく家賃を受領している。しかもその間数次にわたり被告は家賃の値上を要求し、調停当時一ケ月金三十五円の家賃は昭和二十八年一月には金千円となつた。
(2) 昭和十六年頃原告先代は別紙目録記載の家屋のうち表の間診療室を約二坪増築し、且、表全部にわたり模様替工事をした。右工事は同年五月中旬に着工し約二十日間を要したが、被告は右工事をすることを承認した。
(3) 右工事の直後被告は原告先代の請求により被告の費用で便所および便所に通ずる廊下を修繕した。
(4) 昭和二十七年三月二十八日原告先代が死亡し、同年七月十五日原告の母が死亡した際、被告は香典、果物をおくり、会葬、夜伽、法要等にも参列した。
(5) 原告先代は医師であつたが、被告方に病人があると必ず原告先代の診療をうけに来たし、原告先代の方から被告方に往診をしたこともある。
(6) 被告はいつも原告方の電話を借りに来たし、電話の取次もしてもらつている。
(7) 被告は昭和二十七年十二月頃より別紙目録記載の家屋の表軒下全部に八百屋を出し原告の医業を妨害したので、原告は被告を相手取り昭和二十八年一月伏見簡易裁判所に右軒下の部分の占有保持の訴を提起したが、この訴訟において被告は少くとも原告の父死亡の時まで賃貸借契約が存続したことを認め、又軒下に八百屋店を出しているからその後の賃料改定に際してもこれを斟酌して一ケ月丸公金千六百八十円の賃料を金千円に減額していると主張した。
(8) 被告は原告に対し昭和二十八年九月二十二日附内容証明郵便で別紙目録記載の家屋の賃貸借契約解除の意思表示をしたが、これは同日現在において賃貸借契約が存在することを自ら主張したものである。
仮に原被告間に賃貸借契約が存続しないならば、右の如きことはあり得ないことで、以上の事実によれば新なる賃貸借契約が成立したことは明らかである。
(二) 前記調停調書に表示された明渡請求権は賃貸借終了にもとずく契約上の請求権であつて明渡期限の翌日たる昭和十一年八月一日から十年の経過とともに時効により消滅したから、本訴において援用する。
よつて前記調停調書の執行力を排除するため本訴におよんだ。」
被告は主文第一、二項同旨の判決をもとめ答弁ならびに抗弁として、次のように述べた。
「原告主張の経緯で原告主張の日その主張のような調停が成立したこと、および原告先代が原告主張の日死亡し、原告がこれを相続したことは認める。
(一) 原告主張のような新なる賃貸借契約成立の事実は否認する。被告は明渡期限後も原告先代もしくは原告から一ケ月金三十五円乃至金千円の金員を受領した事実はあるが、右は調停条項中に明渡期限後現実の明渡まで家賃相当の損害金の支払をうける旨の約定があつたからである。
原告主張の伏見簡易裁判所における占有保持請求訴訟においては本訴被告代理人が右訴訟においても被告の代理人として応訴したが、賃借権の有無は訴訟物に関係がなかつたため被告代理人は深く賃借権の有無につき詮さくしなかつた。従つて、仮に賃貸借契約の存在を認めるが如き答弁をしたとしてもそれは全く被告代理人の錯誤にもとずくものである。
又、被告が昭和二十八年九月二十二日附内容証明郵便で賃貸借契約解除の意思表示をしたことは認めるが、右も被告代理人の誤りであつて、被告代理人は多忙にまぎれ従前の事情を被告より聞かないままに右内容証明郵便を作成しこれを被告の名で郵送させたもので、被告はその郵送の適否につき判断できなかつたものである。
別紙目録記載の家屋と被告方とは表と裏の関係にあるし、原告先代は明渡期限後二回にわたつて応召し、戦争中病気となつて終に昭和二十七年三月死亡まで回復の見込なき状態であつたため、被告は心ならずも原告先代の明渡猶予の懇請をいれて来たにすぎない。
(二) 別紙目録記載の家屋は被告の所有にかかり、本件調停調書に表示された明渡請求権は所有権にもとずく物権的請求権であるから、消滅時効にかかることがない。
仮に右調停調書表示の請求権が債権的請求権であるとしても、被告は明渡期限後毎年何回となく明渡の請求をしその都度原告先代から猶予をもとめられたから時効は承認により中断している。
(三) 請求異議の訴においては執行完了と共に異議権は消滅するが、本件債務名義にもとずき別紙目録記載の家屋の奥六帖およびその東側の次の間約四帖半を残した他の部分については執行は既に完了している。そして、右執行完了の部分は独立して使用し得るものであるから、前記二室はともかく他の部分については原告に異議権はないものである。」
原告は被告の抗弁に対し次のように述べた。
「原告先代もしくは原告は被告より明渡期限後昭和二十八年十二月九日強制執行の日までに明渡の催告すらうけたことはない。仮に催告をうけたとしても被告は催告後六ケ月以内に民法第一五三条所定の行為をしていないから時効中断の効力を生じない。
被告の執行終了の抗弁事実は否認する。本訴提起にともない昭和二十八年十二月十日になされた強制執行の停止ならびに既になした執行処分の取消決定により被告主張の既になした執行処分は取消されているから被告の主張する部分についても執行は終了していない。」
被告は
「右原告主張の既になした執行処分の取消の執行は不能に終つている。」
と述べた。
<立証省略>
三、理 由
原告先代亡岩中三郎が別紙目録記載の家屋を被告から賃借していたところ、賃料の延滞を理由として被告は原告先代を相手取り明渡訴訟を提起したこと及び右訴訟中に原告先代は被告を相手取り京都区裁判所に家屋明渡猶予請求等調停を申立て同庁昭和十年(キ)第一六九五号事件として係属し、昭和十年十一月十一日原告先代は昭和十一年七月末日限り右家屋を被告に明渡す旨の調停が成立したことは当事者間に争がない。
(一) まづ被告の執行終了の抗弁について判断する。
およそ一棟の家屋全部の明渡の債務名義をもつてその家屋の一部の明渡の執行をすることは可能であるかというに、社会観念上その執行の部分が目的家屋中の部分と分離して独立に使用することができるような場合はその部分のみでも明渡の執行ができるものというを相当とする。そしてこのような家屋の部分について明渡の手続が適法に行われた以上はたとえ全体の執行としては未だ終らない場合でもその既に明渡された部分については少くとも執行は完結したものというを相当とする。
そこでこれを本件について考えて見るのに、成立に争のない乙第一号証によると前記調停調書の執行力ある正本にもとずく被告の委任をうけた京都地方裁判所執行吏村井八十八は昭和二十八年十二月九日別紙目録記載の家屋のうち、三十坪五合の家屋の階上全部と階下表の室約六坪二合五勺、玄関約二坪の土間を含む表の控の室、台所およびこれに隣る室共約六坪等に対する原告の占有を解き被告にその占有を得させたことは認めることができる。しかしながら被告の主張自体によつても右三十坪五合の家屋のうちなお階下奥六帖およびその東側の次の室約四帖半の部分ならびに付属木造瓦葺平家建便所建坪五合および同上建坪一坪については明渡の執行がなされなかつたことは明らかであつて、右原告の占有を解き被告にその占有を得せしめた部分が社会観念上原告の占有のまま残された他の部分と分離して独立に使用することができることは被告の何等立証しないところである。
そうだとすると前記執行によつて明渡された部分について執行が完結したということはできないから、被告の抗弁は採用できない。
(二) 次に原告の調停において定められた明渡期限後に新なる賃貸借契約が成立した旨の主張について判断する。
(1) 成立に争のない甲第一、二、三号証、証人谷本芳子、安田幸子の各証言を綜合すると原告先代もしくは原告は被告に対し明渡期限後も一ケ月金三十五円をはじめとして最後には金千円まで逐次値上げされた金員を昭和二十八年一月頃まで「家賃」という名目で支払い、被告もこれを受領して来たことを、
(2) 証人長谷川頼雄、谷本芳子、西村伊勢松、高田治八郎の各証言を綜合すると、昭和十六年頃原告先代は別紙目録記載の家屋のうち玄関の扉を両開きができるように改造し、家屋の表側を改造して洋館風にし、鉄格子が入つていたのを外して間口二間半に及んで二尺五寸位突出し、待合室の床、天井等を改造し、右工事は約一ケ月継続したことを、
(3) 証人谷本芳子、辻忠治、平岡サワの各証言を綜合すると昭和十六年頃被告は自己の費用をもつて別紙目録記載の家屋の便所を修繕したことを、
(4) 成立に争のない甲第十二、十四号証、証人谷本芳子の証言により真正に成立したと認められる甲第十一、十三、十五号証、証人谷本芳子、谷本博、西村伊勢松、安田幸子、山形通、高田八治郎の各証言を綜合すると、昭和二十七年三月二十八日原告先代が死亡し、同年七月十五日原告の母が死亡した際、被告は香典、果物を贈り、会葬、夜伽、法要にもその都度参列したことを、
(5) 当裁判所が真正に成立したと認める甲第四乃至第十号証証人谷本芳子の証言を綜合すると、被告方に病人があると必ず原告先代の診療をうけに来たし原告先代も被告方に往診したことを、
(6) 証人谷本芳子、西村伊勢松の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すると被告はいつも原告方の電話をかりに来たし電話の取次もしてもらつたことを、
(7) 成立に争のない甲第十六、十七号証によると、原被告間の伏見簡易裁判所昭和二八年(ハ)第四号占有保持請求事件において被告は「被告が原告先代に別紙目録記載の家屋を賃貸していたところ昭和二十五年八月および昭和二十七年三月原告先代の死亡後にその明渡をもとめたこと、右家屋の賃料は昭和二十八年二月四日現在公定価金千六百八十円なるところ被告が表軒下を使用する対価としてこれを金千円に減額している。」旨答弁したことを
それぞれ認めることができるし、又
(8) 被告が昭和二十八年九月二十二日附内容証明郵便をもつて原告に対し賃料不払を理由として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは
当事者間に争がない。
しかしながらひるがえつて、
証人山田祐次郎、大富幹、石田末八郎、弘田作次郎、中島宇三郎、平岡サワの各証言を綜合すると、被告は十五才の時以来八百屋業を営み来り、かねてから別紙目録記載家屋をその店舗に使用したいと念願していたが、たまたま原告先代に賃料延滞があつたので明渡請求訴訟を提起したところ、原告先代から調停申立があつて本件調停が成立したこと、後記(三)において認定するように、明渡期限たる昭和十一年七月末日以後昭和二十五年八月頃までの間においてしばしば被告は自ら或は山田祐次郎、弘田作次郎、中島宇三郎等を代理人として原告先代もしくはその妻に対し明渡方をもとめたがその都度猶予をもとめられるまま原告が医師であるところからこれを信用してそのうちには明渡してもらえるものと考え敢て強制執行等の処置に出なかつたことを認めることができ、又、
(イ) 右認定の事実と成立に争なき甲第一号証を綜合すると、前記調停においては明渡義務不履行の場合においては明渡期日より明渡ずみまで家賃金に相当する損害金を支払うことが定められていたので被告は右調停に所謂損害金のつもりで前記(1) で認定した金員を「家賃」の名目で受領して来たことを、
(ロ) 証人中島宇三郎の証言によると前記(2) で認定したような工事を原告先代がしたので、被告と中島宇三郎とは即時抗議したところ原告先代の妻は「他に病院を建築する心算であるが表の現状では医者らしくないので改造して一、二年たてば金もできるだろうから明渡は今暫く待つてくれ」と懇請するので已むを得ず右工事を承認したことを、
(ハ) 証人中島宇三郎、平岡サワの証言を綜合すると、原告方の便所が低いので降雨の際は雨水が流れこみ便所が溢れて被告方の流し場附近まで汚水が流れて来るので被告の費用をもつて前記(3) 認定の工事をしたこと、
(ニ) 証人平岡サワの証言によると、前記伏見簡易裁判所昭和二八年(ハ)第四号占有保持請求訴訟において被告は訴訟代理を本件訴訟代理人弁護士前田外茂雄に委任したが、被告はさきに本件調停が成立していることを同代理人に告げなかつたこと従つて同代理人は右訴訟において賃貸借契約が調停により終了したことを主張せず又被告に前記(8) 記載の内容証明郵便を発するよう指示し、被告が右指示に従つてこれを自己の名をもつて発したことを
それぞれ認めることができる。
そして以上認定の事実を彼此対比するときは、被告が昭和十一年八月以降昭和十六年までの間において別紙目録記載の家屋を引続き賃貸する旨の明示もしくは黙示の契約を締結したということは未だこれを認めることができない。
(三) 進んで原告の消滅時効の主張に対して判断する。
別紙目録記載の家屋が被告の所有であることは原告の争わないところである。そして、成立に争のない甲第一号証によれば、本件調停において原告先代と被告とは別紙目録記載の家屋の賃貸借契約を昭和十一年七月末日を期限として合意解除したことが認められる。
ところで所有者たる家屋賃貸人が賃借人と賃貸借契約を合意解除した結果賃貸の目的たる家屋の返還を請求する権利としては賃貸借終了による債権的返還請求権と所有権にもとずく物権的請求権とのいずれをも行使できるものであるが、右甲第一号証調停調書には別紙目録記載の家屋が被告の所有に属する旨は何等表示せられていないから、右調書に表示せられた合意解除による返還請求権は賃貸借終了にもとずく賃貸借契約上の請求権であると解するの外なく、右請求権は民法第一六七条第一項により十年間これを行わざるによりて消滅するものといわねばならない。
被告は右時効は承認により中断せられたと主張するからこの点について考えて見る。
証人西村伊勢松、平岡サワ、石田末八郎、北村喜之助の各証言を綜合すると、原告先代は昭和十三年頃および昭和十六年頃応召して、二回目の応召から帰還したのは昭和十八、九年頃であつて、帰還後間もなく中風のような病気になり、その後二年程してから病床につく身となり昭和二十七年三月死亡するに至つたことおよび原告先代の応召中或は病気中は勿論平素も家政一切は原告先代の妻が代理してこれを行つていたことを認めることができる。
そして、
(1) 証人平岡サワ、山田祐次郎の証言を綜合すると、山田祐次郎は昭和十二年頃から昭和十六年頃までの間数回に被告の代理人として原告先代の代理人たるその妻に対し本件家屋の明渡方を要求したところ原告先代の妻はその都度「暫く待つてくれ」と猶予をもとめたことを、
(2) 証人平岡サワ、弘田作次郎の証言を綜合すると、弘田作次郎は被告の代理人として昭和十四年五月頃原告先代およびその妻に対し明渡方を要求したところ両人は「よそに病院を建てるまで暫く待つてくれ」と猶予をもとめたことを、
(3) 証人平岡サワ、中島宇三郎の証言を綜合すると、昭和十六年夏頃原告先代が被告に無断で別紙目録記載の家屋の表の改装工事をしたので被告と中島宇三郎は原告先代の代理人たるその妻に抗議した際同人は「他に病院を建築する心算であるが本件家屋の表の外観が医院向きでないのでこれを改造し、一、二年経てば金もできるだろうからそれまで待つてくれ」と答えたことを、
(4) 証人平岡サワの証言によると、昭和二十三年初頃原告先代が病臥中被告は原告先代の代理人たるその妻に対し被告所有の伏見区深草寺内町の貸家があいたからそちらへ引越してくれるよう申入れたところ同人は「原告先代はながらくこの家に住んでいることだからせめて葬式だけでもこの家でさせてやりたいからもう暫く待つてくれ」と猶予をもとめたことを、
(5) 証人平岡サワ、小栗小三郎の各証言を綜合すると、昭和二十五年八月頃被告は原告先代の代理人たるその妻に対して明渡をもとめたところ同人は「今病人(原告先代)を動かすことはできないからこのまま暫くおいてくれ、被告が八百屋をやりたいなら表の軒下でやれるだろうから、そこで暫くやつてくれ」と答えたので、その頃被告は本件家屋の表軒下の一部に八百屋店を出すにいたつたことを、
それぞれ認めることができる。
そうだとすると、本件調停調書に表示せられた賃貸借契約上の明渡請求権の消滅時効は右各承認の都度中断せられたものというべきである。
以上の次第で原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、強制執行の停止ならびに既になした執行処分の取消決定の取消およびその仮執行について同法第五四八条を適用し主文のように判決する。
(裁判官 山田鷹夫)