京都地方裁判所 昭和29年(ワ)748号 判決 1956年12月27日
原告 佐藤金属株式会社
被告 国 外一名
訴訟代理人(国) 朝山崇 外二名
主文
原告の被告国に対する請求はこれを棄却する。
被告岩田広は原告に対し金五百二十万十六円及びこれに対する昭和二十九年六月三日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用中原告に生じた費用を二分し、その一と被告国に生じた費用を原告の負担とし、右二分の費用の他の一と被告岩田に生じた費用を被告岩田の負担とする。
この判決は原告において金百七十万円の担保を供するときは右勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は被告国は原告に対し金五百二十万十六円及びこれに対する本件訴状送達の翌日より右金員支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。仮りにこれが認められないときは被告等は各自金五百二十万十六円及びこれに対する本件訴状送達の翌日より、金員支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、第一の(一)、原告は肩書地に本店を、大阪市南区安堂寺橋通四丁目三十番地に大阪支店を設置し、ひろく非鉄金属類の販売を営業とする株式会社であるが、原告会社大阪支店長代理伊藤四郎は国立大学設置法に基き設置されている京都大学に対し、同大学理学部物理学教室所属工場主任であつて同大学雇である被告岩田広を通じて、昭和二十七年八月三十日錫地金五百二十一瓩を金五十七万三千百円で売渡したのをはじめとして、別添売掛代金明細表第一記載のとおり昭和二十八年二月二十四日までの間に前後十四回にわたり、錫地金電気銅、電気亜鉛等非鉄金属二十三点合計一万七千五十一瓩五百瓦外半田十貫匁を代金一千万三千五百六十九円で、納品は被告岩田の指図により同大学構内前記工場若しくは原告会社大阪支店渡し、代金は現品引渡後二ケ月後払の約定をもつて売渡した。
而して京都大学より別添売掛代金明細表第二記載のとおり右代金の支払として金四百四十六万九千三百十三円(内昭和二十七年十二月四日分は日本勧業銀行振出金一万千円の小切手、他は現金)、を受取つた外三回にわたつて鉛屑、銅線等金三十三万四千二百四十円相当の品物で代物弁済を受けたが、差引金五百二十万十六円の売掛代金債権をなお有している。而して原告の屡々の請求にかゝわらず京都大学は、右売買は被告岩田が京都大学の名をかたつて、擅になした詐欺行為であつて同大学との間に売買契約が行われたものでないから、との理由で買主としての残代金支払義務を履行しない。
(二)、しかしながら京都大学との間に売買契約が成立したものであることは次の如く明白なところである。即ち前記売買契約(以下本件売買と略記する)は前記の如く原告会社大阪支店長代理伊藤四郎と京都大学雇たる被告岩田広との間において取決められたのであるが、被告岩田は昭和十五年一月十三日京都大学理学部物理学教室所属工場勤務を命ぜられ、同十八年十二月三十一日雇に昇進し、同二十四年四月頃工場主任に任命され、同二十八年九月二十二日免職されるに至るまで同工場に勤務していた者であるが、本件売買当時工場主任として、物理学教室主任教授より監督を委任された工場委員長の下にあつて、実験用機械器具の作成修理操作をはじめとして同工場一切の運営管理と、年間予算計画書等を作成して主任教授に提出し、これに基いて受けた予算の範囲内において工場維持資材及び研究物品の購入をなす職務権限を有していた者である。従つてかゝる権限を有する被告岩田が京都大学のためにすることを示して右工場に必要な資材の購入行為としてなした本件売買には、京都大学が買主となるものであるから、該大学を設置する被告国において本件残代金五百二十万十六円及び本件訴状送達の翌日から右支払済に至るまで年六分の商事法定利率による遅延損害金を原告に支払うべき義務がある。
(三)、仮りに被告岩田の本件売買契約の締結が京都大学内における同人の右職務権限を踰越し予算を超過してなされたものであるとしても、被告国は次の理由により依然として民法第百十条に基き本件残代金の支払義務を免れることはできない。即ち被告岩田は前記の如き基本となる職務権限を有するほか、原告会社大阪支店長代理伊藤四郎は本件売買契約の締結に先立つて京都大学理学部物理学教室所属工場において、相当量の非鉄金属を使用し、又同資材が置いてある実況、その他同工場には工場主任者岩田広の名札がかけてある状況等を見分し、同学部物理学教室において被告岩田に面接し、同人から右工場所要の外同大学附属研究室、同大学系統の新制大学にも相当量の非鉄金属が入用であることを確め、取引手続について同人より同大学は発註書は迷惑を蒙つたことがあつて発行せず、又支払は予算の都合上二カ月位は延びるが外に研究費、民間の寄附金もあつて確実である旨聴取し、納品に際しては原告はその都度自己の正規の納品書、物品受取書各一通を京都大学に交付し物品受取書には受領印を押捺の上返戻をうけ、他方同大学からは見積代金領収書(支出負担行為書のこと)の交付をうけ、これに原告会社大阪支店の印鑑を押捺の上同大学に返還の手続を履践し、かゝる状況の下において原告会社は被告岩田に前記工場に要する非鉄金属の資料を前記の如く購入するにつき同大学を代理する権限ありと確信するに至つたのであり、この間原告会社になんらの過失も存しないのである。果してしからば被告国は被告岩田が原告会社との間になした前記行為についてその責に任ずべきものであるから、前記(二)主張の如き売掛代金残額及び遅延損害金を支払うべき義務がある。
第二、仮りに以上の主張が認められないものとすれば、
(一)、被告岩田広は前述の如き身分を有するものであるが、昭和二十七年七月頃京都大学理学部物理学教室において原告会社大阪支店長代理伊藤四郎に対し、自己が同大学雇として物理学教室に勤務しているのを奇貨として、真実同大学が自己使用のため購入するものでないのに恰も大学が使用のため購入するものであるように装い、「大学で使うものであり代金も必ず大学が支払う」旨申向けて錫地金を注文し、右伊藤をして同大学の註文と誤信させ、同年八月三十日右教室において原告会社から錫地金五百二十一瓩金五十七万三千百円相当を騙取したのをはじめとし、その後同二十八年二月二十四日までの間十三回にわたつて前同様大学の購入使用と偽つて右伊藤を歎き、右物理学教室又は原告会社大阪支店において非鉄金属類の騙取をつゞけ、総計十四回にわたり別添売掛代金明細表第一記載のとおり錫地金、電気銅、電気亜鉛等非鉄金属二十三点合計一万七千五十一瓩五百瓦外半田十貫匁金一千万三千五百六十九円相当を京都大学の買受名下に騙取し、その不法行為によつて原告会社に右代金相当額一千万三千五百六十九円の損害を与えたものである。それゆえに被告岩田は右詐欺即ち不法行為によつて原告会社に蒙らしめた損害を賠償すべき義務を有するが、その損害中被告側から現金四百四十六万九千三百十三円の弁済及び鉛屑等金三十三万四千二百四十円相当の代物弁済をうけているから、被告岩田は残額金五百二十万十六円とこれに対する本件訴状送達の翌日より右支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
(二)、次に被告国は被告岩田の前記不法行為について、その使用者として原告会社の損害を賠償しなければならない。なんとなれば被告岩田の前記資材購入行為が同人の使用者たる被告国即ち京都大学長の命令又は委任した事業の執行行為自体、若しくはその執行に必要な行為より生じたものでなく、ひそかに自己又は第三者の利益をはかる目的をもつてなされた行為であり、また、予算の範囲を超過するとともに会計法規を遵守しないものであるにしても、被告岩田において被告国の被用者たる京都大学雇として、前述の如く同大学物理学教室所属工場に要する資材購入の権限を有しており、かつ外観形式において京都大学の事業としての資材購入行為である以上、被告岩田の行為は民法第七百十五条にいわゆる使用者国(京都大学)の事業の執行と考えられるべきであり、同人の原告会社に与えた損害は事業の執行につき加えた損害である。よつて被告国は被告岩田の使用者として国家賠償法第四条民法第七百十五条に基き、被告岩田が事業の執行につき原告に加えた前記第二(一)記載の損害金五百二十万十六円及びこれに対する本件訴状送達の翌日より右支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を賠償すべき義務がある。
よつて本訴請求に及ぶと述べ、被告岩田の職務権限について、会計法上京都大学が物品を購入する場合の手続及び債務負担並びに支出行為の権限が被告国の述べるとおりであることは勿論である。然しながら本件において原告は被告岩田の行為につき、民法第百十条、同第七百十五条が適用さるべきであることを主張し、被告国の責任を問うているのであつて、右法条はいずれもその立法趣旨を第三者の保護に置いているものであるから、公務の公正信用を保護せんとする涜職罪にいう職務権限と異なり、右法条にいう所謂「代理人の権限」「事業の執行」という概念を定めるには、実情から遊離した法規上の観念や準拠すべき手続によるべきでなく、現実に行われていた行為、手続によつて判断さるべきであり、会計法規の命ずる手続の如きは内部の組織、法令上の措置であつて、第三者たる業者のあづかり知らぬところであるから、事前のみならず事後において整備すれば足り、第三者に対する行為の効力を左右しないものであると解すべきである。ところで被告岩田の現実の職務権限については、既に述べた通りであつて尨大な施設職員を擁し各学部毎に特別な需要の生ずる京都大学において、また、国費の外に補助金、研究費等の収入がある各学部において、物品を購入する毎に事前に遂一被告国主張の如き法的手続が確実に践まれていたものとは考えられず、爾後に会計法規に準拠した手続を履践することで足りたものなること明かである。かくの如く被告岩田が京都大学物理学教室所属工場において行つていた事実上の行為は、実質的観点から京都大学の担当官多数の補助者の一員として、右工場に必要な資材等を予算の範囲内で購入することを委任され、これが同人の職務権限となつていたものであるといわなければならないと陳述し、被告国の原告が被告岩田に物品購入の権限ありと信ずることにつき、過失ありとの主張を否認し、原告会社大阪支店は従来官庁との取引の経験に乏しかつたのみならず、民間業者の常として取引の迅速確実は念とするも繁鎖な書類手続の如き官庁の内部機構の如きものに対しては迂遠であつたのであり、一般取引の常態からすれば前述の原告側の見分事実と被告岩田の一般取引上通常考えられる言動を信ずることは相当であるとともに、昭和二十七年九月頃から同二十八年七月頃にわたり原告以外にも六軒の業者が原告と同様の原因によつて合計千八百二十一万円の損害を蒙つており、かかる業者はいずれも一個人岩田とかゝる巨額の売買をなす筈はないのであつて、同人を通じて京都大学(国)と取引するものと信じたればこそこれをなしたものである。かように他の有力業者も同様の経緯によつて多額の売買をなし損失をうけていることから考えると、通常の商人が用いる一般取引上の注意を以てしては、相手方が京都大学で被告岩田にその購入権限ありと信ずることにつき過失はなく、このように信ずるにつき正当な情況が存在していたものといわなければならない。なお、被告国即ち京都大学長以下被告岩田の選任監督者の監督行為にはすこぶる怠慢なものがある。即ち被告岩田は在職中前述の如く原告以外の六軒の非鉄金属等の販売業者に対して、本件同様の不正手段を以て総計金千八百二十一万円に相当する資材等をその職務権限を濫用して騙取したものであるが、京都大学は反覆累行された不正行為を未然に防止しなかつたのは勿論、検察当局が取調をなすに至るまで全然関知することなく放置していたし、又昭和二十八年五、六月以降原告会社大阪支店長代理伊藤四郎が本件残代金支払請求のため京都大学物理学教室の事務職員並びに主任教授等に面談した折も、物理学教室に関する資材購入のすべては被告岩田に委任してあると答えて敢てその実情を調査せず、大学の購入分とそうでない部分との区別すら判然とせず、たゞ徒らに事件の公表のみおそれ、同年九月二十二日被告岩田の免職まで放置していた事実に鑑みるときは、被告国即ち京都大学当局が被告岩田の選任監督につき相当の注意をなし又は相当の注意をなすも本件損害の発生を防止できなかつたものとは到底認められず、注意義務の懈怠を如実に物語るものであると述べ
被告国指定代理人等は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告会社の存在並びに業務と被告岩田広が原告主張の年月日に京都大学理学部物理学教室所属工場勤務を命ぜられ、ついで雇となり、工場委員長の監督の下に実験用機械器具の作成、修理、操作をしていたが、昭和二十八年九月二十二日免職されたこと、被告国が原告主張の如き代金請求をうけたこと、及び被告国に責任がない旨答えたことは認めるが、原告主張の伊藤四郎の地位は不知、その余の主張はすべてこれを否認する。たゞ京都大学は昭和二十七年十二月八日正規の手続を履践して、原告から同大学理学部所属物理学教室所属工場で必要とする黄銅板厚さ〇・三耗もの、五瓩、同厚き二耗もの七・五瓩及び半田三貫を代金合計金一万一千三百十三円で買入れる契約をし、原告に同月二十三日付国庫金送金通知書を交付し、原告が同月二十九日、日本銀行代理店たる勧業銀行大阪支店から代金を受領している事実がある(乙第一乃至第三号証)と述べ、なお原告主張の本件売買契約は被告国を買主とするものでなく、寧ろ被告岩田個人との間になされたもので、被告岩田は原告会社大阪支店長代理伊藤四郎に対し本件売買は京都大学のためにするものでなく、岩田自身が買主となり代金の支払についても勿論岩田個人が責に任ずべく、右大学に関係なき旨申し向け、右伊藤はこれを諒承し、被告岩田を買主として右契約を締結したものである。このことは京都大学が購入したものについては右述の昭和二十七年十二月八日の黄銅板、半田の売買契約の如く正規の手続が践まれていることからも明らかであると附演し、
(一)、原告の代理行為の効力、及び表見代理の各主張に対し、被告岩田は京都大学(国)のために物品の購入その他一切の取引をする権限を全く有せず、又右物品購入等の手続の事務の担当者でもないものである。なんとなれば京都大学で物品を購入するには予算にもとずかねばならないので、物品購入の権限即ち債務負担行為を為すの権限は、会計法によつて支出負担行為者に専属せしめられている。大学の支出負担行為者は事務局長であつて、それを補助して物品購入の手続を進めるのは大学事務局会社監査係長である。また、この購入物品の代金支払の権限は会計法により支出官に帰属せしめられており、大学における支出官は会計課長であつて、これを補助して代金支払手続を進めるのは同じく右の監査係長である。以上の支出負担行為、支出及び出納のうち後二者の事務は大学事務局内で行われるが、支出負担行為に関しては、各学部にその補助的事務をなす職員がおり、各学部が教育上独自に必要とする物品の購入につき一定の行為をする。例を理学部及び物理学教室、同所属工場にとれば、理学部には部長、事務長その下に会計係長がおり、物理学教室には教室主任、事務主任が、工場には工場委員長がいる。教室又は工場で物品の需要が生じたときは、事務主任は工場委員長又は教室主任の按配にもとずきその需要を会計係長に通報し、これをうけた会計係長は、その需要物品購入の適否につき下調査をしたうえ、支出負担補助事務手続として購入すべき物品の予定価格が三十万円を超えるときは、大学事務局の監査係長と打合のうえ、入札又は随意契約のために必要な諸用意、殊に見積書の徴収、支出負担行為書の起案、随意契約書案の作成等の事務にあたり、又予定価格が三十万円以下のときは入札に関する事項の代りに複数業者から見積書を徴取する(但し予定代価が一万円以下のものに限り単一業者の見積書で済す。)ほか右の場合と同様の処理を行い所要の書類と資料を監査係長に送付する。送付をうけた監査係長は予算執行上の立場から右物品購入の可否を下審査し、また支出負担行為実行案の適否をも下審査し、是正を要するときはこれに必要な措置をとつたうえ自己の意見を附して事務局長に可否の決裁を求め、その結果事務局長が支出負担行為の決裁をしたときここにはじめて大学の物品購入意思が決定し、ついで契約が締結されるのであるが、会計係長は右契約による物品の受領検収については補助機関としてこれを担当しており、その実行のために先づ事務主任に物品を一応受領させ下検収させることがある。以上に述べた以外の者は物品の購入の権限は勿論、購入に関する事務の補助機関でもないのである。ところで被告岩田についてこれをみると、同人は物理学教室所属工場勤務の職工として、物理学教室とは別個に、工作補修等の労務に従事し、工場の機械工具を実際に使用する立場にあり、工場で必要な物品の需要について詳しいので同人が往々にして購入の希望を云い、工場委員長の指示によりこれを専務主任に伝えることがあるのは当然であるが、その結果は事務主任において理学部の会計係長に実需部門として購入希望の申出をすることになる。この場合右申出に先立ち工場委員長において工場のため使用可能の予算に照し該物品を購入してもらうことの能否、適否の算段をし、そのための資料として便宜業者から見積を徴してみることがあるが、これは支出負担行為手続をする職員が業者から見積書を徴するのとは全く性質を異にしており、(但し後者にこれが事実上流用されることはある。)そのため岩田が業者と何分の連絡に当つたとしても、これによつて岩田が支出負担行為手続の事務に関与したものということはできないし、又右工場の需要物品について、支出負担行為がなされたのち、岩田が業者に対し納品方の連絡をなすことがあるが、これは事務主任が会計係長の補助として納品受領の手続をする場合に、事務主任の判断で(殊に岩田から購入希望の通知があつたものである関係上)岩田を伝達方法として使用するに過ぎず、右は岩田の業務でもなければ、また会計係長の関知しないところである。なお、時として岩田が、大学の購入手続未了の間に、業者から納品を求め、これにより物品が持込まれるようなことがあるが、右はあくまでも岩田の独断にかゝり、同人と業者の見込による所為にすぎない。けだしいかなる品物についても、支出負担行為手続を要するのは当然であり、殊に事務局長は右事実にかゝわらず、別に支出負担行為をなすかどうかを審査決定するものだからである。それゆえ被告国と原告との間に原告主張のような適法な代理行為に基く、或は表見代理の法理の適用される売買契約が成立するいわれがない。なお、右工場に工場主任者岩田広なる名札が掲げられてあつたというが、そのような事実はなく、掲げられてあつたのは火元責任者岩田広という名札であつたにすぎない。
(二)、原告の民法第七百十五条の主張に対し、同条の主旨とするところは使用者が或る被用者をして一定の職務を担当させることにした以上、その選任を厳にするは勿論その担当職務上の行動に注意を払い、いやしくもその担当職務の執行について第三者に損害を及ぼすような危険を予防すべき義務があることに基くものであるから、同条の適用があるためには、被用者の第三者に対する加害行為がその担当する職務についてなされたものであることを要し、使用者としては思いもよらぬ、被用者の担当職務以外の不法行為についてまで使用者にその損害を賠償すべき責任を負わしたものでないというべきところ、被告岩田は右工場において何等資材購入の権限を有しないこと前述のとおりで、本件は被告岩田が単なる職工としてその担当する職務の範囲外においてなしたものであるから民法第七百十五条の適用されることはない。(三)、仮りに百歩を譲るとしても本件売買について原告に存する左の如き事情は、被告国の責任を決する上に当然し斟酌せらるべきである。
即ち官庁が業者から相当額の物品を購入する場合、契約の締結及びその代金の支払方法についていかなる手続、段階を要するかは苟も官庁と取引する者として必ず承知していなければならないことは自明の理に属する。然るに原告は本件売買をなすにあたつて、先に述べた如き官庁としてなさるべき購入手続についてなんら意を払うことなく、契約締結権限ある大学事務当局者となんら売買の交渉をなさなかつたのは勿論、被告岩田に売買契約締結の権限があるかどうかを事務当局者について確めることすら怠り、軽卒にも岩田が単に大学の現職職員であるという事実のみにより・大学の発註であると誤信し、同人と契約を締結したのであるから右誤信について原告に過失があることは明らかである。又右工場には被告岩田を含め職工は二名のみであり、その設備は年間最大限約十万円相当の資材、しかも直ちに旋盤にかけうる板状、棒状の資材を処理することができるに過ぎず、このことは素人にすら一見明らかなことであつて、同工場に出入する業者の熟知するところである。被告岩田が原告に発註したといわれる資材は優にこれの百倍以上に達する量であり、且鋳造を要し右工場では直ちに加工しえない地金等の原材料である。従つて原告としては果して右工場でこのような資材を要するものか、又果して岩田がかような品質数量資材を購入する権限を有するか否かについては疑をさしはきむのが常識上当然と思われるにかゝわらず、これらの点につきなんら調査を行つた形跡も認められないので、この点についても原告の誤信に過失があることは明らかであると述べ、
被告岩田訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告会社の本店及び大阪支店の所在地、営業内容、伊藤四郎の身分、被告岩田の京都大学における身分の経過及び職務権限並びに原告と被告岩田間に事実上なされた取引とその残債務が原告主張のとおりであることは認めるが、被告岩田の行為が不法行為である点を否認し、原告主張の売掛代金明細表第二中昭和二十七年十二月四日支払の現金十六万一千円、同日買掛金一万一千六百円、同月二十九日現金一万一千三百十三円の各支払に対するものとして原告より京都大学(被告国)に納入された商品に関する売買契約のみが、原告と京都大学との間になされた取引であり、その余の原告主張の取引はすべて被告岩田において一面は自己のため、他面は京都大学(国)のための両者を兼ねた取引であつてその割合は詳らかでないと述べた。
<立証 省略>
理由
第一、(原告対被告国)
先ず被告国に対する請求について按ずるに、原告会社が東京都に本店を、大阪市に大阪支店を置き、ひろく非鉄金属類の販売を営業とすること、被告岩田広は昭和十五年一月十三日京都大学理学部物理学教室所属工場勤務を命ぜられ、ついで昭和十八年十二月三十一日雇となり、同二十八年九月二十二日免職されたこと、同人の職務に関し右工場勤務の雇として工場委員長の監督の下に実験用機械器具の作成、修理、操作をしていたことは当事者間に争がない。
(一)、そこで原告が被告岩田を通じ被告国(京都大学)と取引する積りで本件売買をなしたものであるか又は被告岩田個人を相手方としてこれをなしたものであるかについて考える。成立に争のない甲第四号証、原本の存在並びに成立に争のない甲第六、七号証、証人伊藤四郎、同大沼吉夫の各証言を綜合すれば、昭和二十七年八月頃原告会社大阪支店を平安電機社員川辺茂と共に訪ねた被告岩田広は、同支店支店長代理伊藤四郎に対し右川辺から紹介をうけだ後、「自分は京都大学物理学教室で材料の購入をやつている責任者であるが、物理学教室の付属工場や研究室、研究所等で鉛、銅、電線を必要とするしサイクロトロンの方でも必要であるから、京都大学へ品物を納めてくれ」と申しむけ、つづいて原告会社大阪支店長との相談の結果四、五日後京都大学理学部物理学教室所属工場に調査のため訪れた右伊藤に対し、右工場及び物理学教室研究室をみせるとともに「工場や研究室でこれらの品物を必要とする外新制大学の方でも同様の品物が必要でその購入の責任を旨分が持つている」と述べ、その結果右伊藤をして購入の職務権限ある被告岩田よりの京都大学の註文であると信じさせ、同人の報告を受けた原告会社大阪支店長も京都大学の発註であると信用し、こゝに原告会社は京都大学と売買するものと信じ第一回の契約、納入をなし、爾後同様に売却、納入を続けたものであり、原告主張の本件売買において原告は終始被告国(京都大学)をその相手方として来たものなること明かであつて、乙第二、三号証の各一、二の如く本件売買の期間内に二回にわたり、原告と京都大学(被告国)間に売買がなされたものとしての正規売買手続が存することのみを以て他部分は京都大学を相手としてなされたものでないといいえないし、被告岩田広本人尋問の結果(第一、二回)中本件売買は原告と被告岩田広間に行われたものであるとの部分は措信しがたく他に右認定を覆えすに足る証拠がない。
(二)、次に原告主張どおりの売買と納入があつたかについて考える。証人伊藤四郎の証言並びに弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第二号証の一乃至十五、成立に争のない甲第四、五号証、証人伊藤四郎、同大沼吉夫の各証言によれば原告会社は本件売買において相手方京都大学の職員としての被告岩田に対し、別添売掛代金明細表第一記載のとおり錫地金、電気銅、電気亜鉛等非鉄金属二十三点合計一万七干五十一瓩五百瓦外半田十貫匁代金一千万三千五百六十九円のものを引渡したこと、更に別添売掛代金明細表第二記載のとおり被告岩田より現金及び小切手四百四十六万九千三百十三円の弁済並びに鉛屑、銅線等価格金三十三万四千二百四十円相当の代物弁済をうけ、差引残代金が五百二十万十六円であることが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。
(三)、そこで被告岩田広に京都大学(被告国)のために前記の如き物品を購入する権限があるか否か、又権限ありとすればいかなる範囲においてあるかということが考えられなければならない。
(1)、被告岩田に会計法上のかゝる権限が明示的に附与されていないことは当事者間に争がない。
(2)、しかしながら被告岩田が事実上右物品購入につき権限ある者と同様の行為をなし、それが会計法令規則上の権限者より委任されているものであると認められるものがあるか否かが次に問題となる。
よつて按ずるに成立に争ない甲第四号証、原本の存在並びに成立に争ない甲第八、九号証、公文書部分はその方式、趣旨により、私文書部分中原告会社に関する住所氏名欄は証人伊藤四郎の証言により品目、金額、数量等の記載を除くその余の部分が真正に成立したものと認める乙第二、三号証の各一、方式及び趣旨により真正に成立した公文書と認める乙第二、三号証の各二、(品目、金額、数量等の記載を除く)証人伊藤四郎、同大沼吉夫、同高橋勲、同田中憲三、同高田喜三次(第一、二、三回)同柴山栄太郎の各証言及び被告岩田広本人尋問(第一、二回)並びに検証の結果に弁論の全趣旨を綜合(以上の証拠中左記認定に反する措信しない部分を除く)すれば京都大学における物品購入に関しての支出負担行為及び支出の権限者並びにその正規の手続は被告国主張(事実欄被告主張(一)に記載)のとおりであつて、被告岩田は勿論前記工場委員長も物品購入に関する正規の権限者でもなければ手続担当者でもないのであるが、事実上は正規の手続どおり厳格にすべての購入が行われていなかつたようである。即ち同大学理学部物理学教室所属工場には年間七、八万円乃至十数万円の予算があつて、その予算は主として工場維持及び研究のための油、タツプドリル、ヤスリ、バイト、ねじ釘のような消耗品や小型の工具及び材料の購入にあてられており、その購入に際しては被告岩田は右工場の職工として、同工場に使用する工作材料工具消耗品等の購入について年間予算の範囲内において、考慮して工場委員長に購入希望を申出でることが職務上認められており、又現実に工場において実験用機械器具の作成、修理、操作に従事していて、工場に必要とするものについて、直接必要性を感ずる者であるとともに、その種類、数量、価格並びに適当な購入先について、工場委員長や教室事務主任、学部会計係長より詳しい関係と被告岩田の独断専行的性格から、右工場において被告岩田が物品購入の必要を感じた場合は、多くの場合工場委員長に買入希望の申出もなさないまま、同人において購入を希望する物品の種類、数量金額、購入先については見はからいをなし、事前に業者に連絡して物品を持込ませ現物と照合し、その上で教室事務室に置いてあつて関係職員ならば誰でも必要とするときは容易に持出せる京都大学の支出負担行為書用紙の見積欄に、業者をして所要の見積を記載させるか、或は自己が業者の見積に従い且つこれに代つて所要の見積事項を記入し、これを自分自ら又は業者によつて教室事務主任に送付し、これが送付を受けた事務主任は該書面と帳簿によつて予算の範囲内であることを確め、又殆ど消耗品又は小型工具の購入希望であつて少金額の随意契約による購入であるので、品目、数量、金額について格別異議もないところから、工場委員長からの直接の申出がなくても、右支出負担行為書によつて教室主任に対し物品請求書を作成して請求した上物品請求書と右支出負担行為書を理学部会計係長に送付し、これが送付をうけた会計係長は随意契約による小型で小金額の物件であるので、あらためて調査し業者に新見積をさせることなく、専ら書面によつて審査をなし、特別の事情のない限り右支出負担行為書の見積を相当なものと認めて該書類を会計法令上の正規の支出負担行為書に流用し、爾後この支出負担行為書によつて正規の支出負担行為手続を進め、京都大学事務局長の決裁によつて支出負担を決定し、しかる後決定を知つた教室事務主任は学部会計係長の補助として業者に対する納入通知をなし或はこれが必要もないまゝ納入された物品の検収をなし或は検収も行わないことがあつた。このようにして被告岩田の前記工場用品の購入希望が達せられていたが、又或る時は被告岩田は購入希望物件を工場委員長に申出でこの申出を受けた工場委員長はメモ又は物品請求書をもつて物理学教室事務主任に物品購入請求をなし、これが請求をうけた教室事務主任は見積をなした支出負担行為書と物品請求書を作成して理学部会計係長に送付し、理学部会計係長において審査し異常のない限り右支出負担行為書を正規の支出負担行為書に流用し、爾後正規の手続を経て大学事務局長により支出負担が決定され、然る後教室事務主任から購入が決定されたから業者に連絡されたいと被告岩田に申向け、これにより被告岩田が業者に連絡して納入してもらい、教室事務主任が検収する場合もあつた事実を認定することができる。以上認定事実によれば右工場における物品の購入がすべて被告岩田において物品を受取つた後見積を書きそれによつて購入手続が進められていたとはいえないが、かゝる場合の方が多く、被告岩田の監督者である工場委員長の監督や、物理学教室事務主任や理学部会計係長の事務処理は、物理学教室所属工場に関する限りにおいては、帳簿上の収支や被告岩田から送付された書面につき書面上の審査によつてなされるにとどまつて、正規の手続どおり厳格に履践されず、物品の検収についても確実に行われず、行われたとしても物品の存在を検するのみで誰よりの納入かを厳格に確認されていなかつたのでないかとの疑を挿む余地があるが、原告主張のように被告岩田は右工場の主任で同工場一切の運営管理と年間予算の範囲内において工場維持資材及び研究物品の購入をなす職務権限を有していたこと、乃至は物理学教室事務主任や理学部会計係長が被告岩田の作成した支出負担行為書を正規のそれに流用してはいる点は別として支出負担行為者又は該手続担当事務職員において被告岩田に右工場の物品購入の支出負担行為について明示的にその権限を委任したり、その権限の実行について被告岩田に補助せしめたことについてはいずれも認めるに足るものがない。蓋し会計法令上支出負担行為につき無権限者である被告岩田が業者に作成させ或いは自ら記入した支出負担行為書中の見積書が、支出負担行為手続担当事務職員のとるべき見積書に流用されても、直に以て支出負担行為手続をなす職務が権限者より被告岩田に委任されたとか或は補助を命ぜられていたとか認定すべき筋合ではなく、会計法令上の立前からは被告岩田の徴したそれは買入方を希望する被告岩田が支出負担行為者に対し、工場のための使用可能の予算に照し、該物品を購入してもらうことの能否、適否の算段をしてもらうための資料として、便宜業者から徴したものであつて、その性質は京都大学の支出負担行為手続者として業者から徴したものでなく、たゞ大学支出負担行為者に対する買入方希望の資料としてのみの意味を有するものと考えられ業者にとつてはこの見積書が大学の支出負担行為手続担当者のもとに廻され、それが支出負担行為手続の見積書に流用されることによつて始めて京都大学に対する売込の申込が到達したものと考えるのが相当であり、かゝる見積書の流用は支出負担行為手続の厳格な履践ではないが、売買当事者に異議がない以上は手続の簡易迅速化の点からもあながち許されないことではないといわなければならない。次に大学の購入手続未了の間に業者から被告岩田のもとに物品が持込まれることについては、これはあくまで被告岩田の独断又は同人と業者の将来の購入決定に対する見込行為で、その危険は業者の負担に帰するものといわなければならず、又支出負担行為決定後の業者に対する連絡は物理学教室事務主任の単なる口上伝達機関であるにすぎない。されば以上判断した如く原告主張の被告岩田の事実上の物品購入関与行為も大学当局に対する買入希望行為、又は業者と同様に大学支出負担行為者に対立する立場に立つての見込行為と考えるのが相当であり、支出負担行為者において黙示的にもその権限を委任したり、或はその補助をなさしめていたものということができないといわなければならない。よつて被告岩田は物理学教室所属工場の物品購入についてなんらの権限をも有しない者という外ない。以上の認定に反する甲第五、第九、十号証の各記載、証人伊藤四郎同大沼吉夫の各証言及び被告岩田広本人尋問の結果(第一、二回)はじめその余の証拠の各部分はにわかに措信しがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。
(四)、被告岩田に京都大学理学部物理学教室所属工場の物品購入につきなんらの権限のないことは前記認定の如くであるから、
(1)、被告岩田がその職務権限の範囲内において本件物件層購入したものであり、被告国はその売買代金を支払わなければならないという原告第一次主張は、爾余の判断をなすまでもなくその理由のないことは明かである。
(2)、次に被告岩田の行為は権限踰越の行為であるから民法第百十条の表見代理の法理により、被告国はその責に任ぜなければならないとの原告の主張については、民法第百十条の表見代理はなんらかの代理権を与えたものはその関係に対する信頼から代理人に代理権ありと信じた第三者を保護するための規定であつて、なんらの代理権をも与えていない本人につき無権限者の行為についてその責に任じなければならないいわれはないから、この場合表見代理の成立する余地はなくこの主張もまた爾余の判断をなすまでもなく理由がない。
(3)、次に被告岩田は被告国の被用者であつてその事業の執行につき原告に損害を加えたものであるから被告園は損害賠償の責に任じなければならないとの原告の民法第七百十五条の主張については、不法行為者である被用者が使用者のためでなく自己の利益を図る目的で第三者に損害を加えた場合も本条の適用があることは原告主張のとおりであるが、本条の成立要件たる「その事業の執行につき」とは、使用者の事業の範囲内であるとともに被用者が担当する職務行為又はこれと密接な関係ある行為についてでなければならないと解せられる。(担当職務権限踰越の場合を含む)。何故なれば本条は他人を使用して利益をうける使用者の報償責任をその選任監督の面から規定したもので、使用者が被用者をして一定の事業(職務)を担当させ自己の社会的活動範囲を拡張した以上、その職務遂行上の選任監督を厳にして第三者に損害を及ぼすような危険を防止すべき義務があるというべきであるが、自己が担当させておらず又担当させている事業(職務)に密接でもない行為についてまで、使用者にその責任を追及するのは選任監督権の及ばないところの責任まで課すものであつて妥当ではないからである。而して本件においては前記認定の如く被告岩田は物理学教室所属工場の物品購入につき、全く担当職務としての権限を有しておらず、又担当の職務権限の範囲を踰越したような場合と異なり、無権限で且つ前記の如き実験用機械器具の作成、修理、操作をなす職務の職工にすぎない立場にあつたのであり、かかる純技術的な職務と物件購入の如き大学を代表して業者と取引する職務とは全くその性質を異にし、後者が前者に対し密接な関係にある職務行為としてなされたものともいうことができず、たとい被告岩田が右職工たる立場において、工場に割当てられた予算内で工場用品の購入に際し業者につき品目価格等の下調査をなして工場委員長に申出をなし乃至上司の命を受けて意思の伝達に当ることが同被告の職務内容であつたとしても、そのことは外部との取引行為とは全然別個のものであるから何等結論を異にするところはない。結局本件は民法第七百十五条にいう事業の執行につき第三者に損害を加えた場合にあたらないといわなければならないから爾余の点を判断するまでもなく原告のこの点に関する主張もまた理由がない。
第二、(原告対被告岩田)
次に原告の被告岩田に対する請求について按ずるに、原告会社が東京都に本店、大阪市に大阪支店を置き、ひろく非鉄金属類の販売を営業とすること、伊藤四郎が原告会社大阪支店長代理であること、被告岩田広は昭和十五年一月十三日京都大学理学部物理学教室所属工場勤務を命ぜられ、同十八年十二月三十一日雇となり同二十八年九月二十二日免職されたこと、原告と被告岩田間に被告岩田の資格はともかくとして事実上別添売掛代金明細表第一記載の如き非鉄金属二十三点合計一万七千五十一瓩五百瓦外半田十貫匁代金一千万三千五百六十九円の取引がなされ、それに対して別添売掛代金明細表第二記載の如く現金四百四十六万九千三百十三円(内昭和二十七年十二月四日分は日本勧業銀行振出一万千円の小切手)の弁済及び鉛屑、銅線等価格金三十三万四千二百四十円相当の代物弁済がなされ、その残債務が五百二十万十六円であることは当事者間に争がない。
(一)、そこで本件売買は原告が被告国(京都大学)を相手方としてなしたものか、被告岩田を相手方としてなしたものであるかについて按ずるに、前記第一の(一)認定の如く本件売買は原告と京都大学(被告国)との間の売買としてなされたものであるといわなければならない。
(二)、次に本件売買は被告岩田の詐欺即ち不法行為に基いてなされたものであつて原告主張の五百二十万十六円は右不法行為に基く損害であるか否かについて按ずる。原本の存在並びに成立につき争のない甲第六、七号証、証人伊藤四郎、同大沼吉夫の各証言を綜合すれば前記第一の(一)認定のとおり、被告岩田は原告会社大阪支店長代理伊藤四郎に対し、自分は京都大学物理学教室の材料購入の責任者であり附属工場や研究室、研究所等で鉛、銅、電線を必要とするから京都大学え納めてくれるよう申向け、右伊藤をして購入の職務権限ある被告岩田よりなされる京都大学の註文であると信じさせ、その結果原告会社より京都大学えの売買として、被告岩田の指図に従い同人に対し物品の納入が行われたことが認められるが、原本の存在並びに成立に争のない甲第八、九号証、証人高田喜三次(第一、二回)同高橋勲、同柴山栄太郎、同田中憲三の各証言並びに検証の結果によれば、被告岩田は会計法令上京都大学のために物品を購入する権限はなく、又被告岩田の所属する物理学教室所属工場は年間七、八万円乃至十数万円の予算で主として消耗品、工具等の購入がなされるのみであつて、本件売買物件たる錫地金の如きものを圧延或いは溶解鋳造する設備もない小規模の設備で、到底本件売買物件の如き大量の資材を処理する能力がない上、前記第一の(三)認定の如く事実上も京都大学のため物品を購入する権限の委任をうけたりその補助を命ぜられたりしたものでなく、全くの無権限者であつたことが認められ、被告岩田広本人尋問(第一、二回)の結果によるものも納入物品の大部分就中残存損害分として原告の主張する分については全部被告岩田個人の購入として処分しておることが認められ、成立に争のない甲第二号証の一乃至十五、証人伊藤四郎の証言によれば、乙第二、三号証の各一、二にみあう納入はなく、原告に対して昭和二十七年十二月四日支払われた現金十六万千円、同日買掛金一万千六百円相当の鉛屑にみあうべき物品の売買納入も認められないから、被告岩田が如何なる操作処理によつて本件売買物件の一部を京都大学の購入分として廻したかは別として、本件各売買時においてはすべて原告会社に対し京都大学の購入と欺いてその旨誤信させ、よつて原告より前記当事者間に争のない如く非鉄金属二十三点合計一万七千五十一瓩五百瓦外半田十貫匁につき、京都大学の買入名下に自己に交付を受け、かように自己の不法の利益をはかるため故意に原告の所有権を侵害し、これにより原告に売買代金一千万三千五百六十九円相当の損害を与えたこと、その損害中現金、小切手及び鉛屑、銅線等を以て四百八十万三千五百五十三円相当の弁済がなされ残額が五百二十万十六円となることが認められ、他に以上の認定を覆えすに足る証拠がないので原告の被告岩田に対するこの点の主張は理由があるといわなければならない。されば被告岩田は不法行為者として原告会社に対して右金員及び訴状送達の翌日であり不法行為の損害発生の後なること記録上明かな昭和二十九年六月三日以降右支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
よつて原告の請求中被告国に対する分はいずれもその理由がないからこれを棄却し、被告岩田に対する請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十二条を適用し、仮執行の宣言については同法第百九十六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 宅間達彦 坪倉一郎 吉田治正)
売掛金明細書第一、第二<省略>