京都地方裁判所 昭和29年(行モ)3号 決定
被申立人の申立人に対する昭和二十八年度分贈与税決定に基く滞納処分を当裁判所昭和二十九年(行)第一二号贈与税課税価格等の決定取消請求事件の判決があるまで停止する。
訴訟費用は被申立人の負担とする。
二、理 由
申立代理人は被申立人が申立人に対してなす贈与税額金拾八万弐千九百九拾円に関する滞納処分の執行は、本案判決確定までこれを停止するとの決定を求め、その申立の理由とするところは、被申立人は昭和二十九年三月二十六日に申立人に対し、申立人が昭和二十八年中にその父である件外馬場伴造から別紙目録記載の不動産(以下単に本件不動産と略称する)の贈与を受けたものと認定して、課税価格金六拾七万壱千参百円、税額金拾六万六千参百九十円無申告加算税金壱万六千六百円とする昭和二十八年度分贈与税決定を通知した。然しながら本件不動産は申立人が同年三月三十一日件外市田弥技から代金参拾五万円で直接買受けたものであつて申立人の父である件外馬場伴造が買受けこれを申立人に贈与したものではないのである。被申立人が前記のとおり決定したのは、おそらく申立人が右買受代金を同件外人の勤務先である国際物産株式会社から同件外人と連帯して借用したためであると思はれるのであるが、これは同会社ではその社員以外には金を貸さないことになつているので同件外人との連帯としただけであつて同件外人が買主であるがためではない。従つて申立人には贈与税を納める義務が存在しないのである。そこで申立人は、昭和二十九年四月十日に被申立人に対して再調査の請求をしていたところ、被申立人は同年七月十六日に前記決定に基く合計税額金拾八万弐千九百九拾円の徴収のために本件不動産中の建物全部(以下単に本件建物と略称する)の差押をなし、次で同年九月十二日に申立人に右再調査の請求を棄却する決定及び本件建物の公売期日を同月二十九日午前十時と指定した旨通知した。よつて申立人は即日大阪国税局長に対して審査の請求をしたのであるが、これに対する決定をまつていては他に資力のない申立人としては公売を阻止することができず、従つて指定通りに公売されると償うことができない損害を被るので、同月二十日に被申立人を被告として京都地方裁判所に昭和二十八年度分の贈与税課税価格等の決定取消請求の訴(昭和二十九年(行)第一二号)(以下単に本訴と略称する)を提起したのである。そしてこのような損害を避けるために右滞納処分を阻止すべき緊急の必要があるから本申立に及んだというのである。(疏明省略)
被申立人の右に対する意見は、本件申立は許容されるべきではない、すなわち、申立人が提起した本訴は相続税法第四十七条第一項本文の規定による訴願前置の要件を充たしておらず、又同項但書の規定による特段の事由もないのであるから不適法である。従つて本申立も亦不適法というの外はない、仮にそうでないとしても、被申立人が申立人主張のような贈与税決定をしたのは、被申立人において再三申立人の父件外馬場伴造の出署を求めて調査した結果、国際物産株式会社済友会から金参拾五万円の借入をしたのは「会員のみに金銭の貸付を行う」という同会の規則、及び同件外人の給与から毎月四千円宛弁済されているという事実からして同件外人であると認定した外、申立人の昭和二十八年頃の社会的地位殊に申立人が昭和六年十一月一日生の独身者で日本電気株式会社に月収金壱万円程度で勤務しているということから判断して仮に申立人が債務者であるとすればその弁済が不可能に近いものと認定したがためであつて、被申立人の認定には誤りはないのである。然るに申立人が納税を怠つたため被申立人は昭和二十九年五月十三日に同月二十四日までに完納するよう督促したが、その甲斐がなかつたのでやむなく申立人主張のとおり差押をしたのである、以上のような次第であるから申立人が本件建物を公売されたとしても行政事件訴訟特例法第十条第二項本文にいわゆる償うことのできない損害を生ずるものとは認められない。のみならず仮に被申立人が本訴において敗訴したとしても国が申立人に与えた損害を金銭をもつて完全に賠償するのであるから、これに該当しないことが明らかである。仮にそうでないとしても前記のような事情の下にある本件滞納処分が停止されるとすれば、厳正公平なるべき徴税事務の運営、殊に国家の財政収入の確保は著しく阻害されるのであるから、本件申立は同項但書前段にいわゆる、公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞のあるときに該当するものというべきである、以上のような次第であるから、本件申立はすみやかに却下せられるべきであるというのである。(疏明省略)
よつて先ず本訴の適否について考えるに、相続税法第四十七条第一項但書によれば審査の請求を経ることにより著しい損害を生ずる虞のあるときその他正当な事由があるときは、審査の決定を経ないで訴を提起することができるものであるところ、疏甲第一、二号証第四号証の一、二、第五号証によれば申立人はその家族とともに現に本件建物に居住していること、及び被申立人が本件建物の公売期日を昭和二十九年九月二十九日午前十時と指定したことが認められ、かつ相続税法第四十五条第二項によつて準用される同法第三十二条第六項によれば審査の請求をしても税務署長は原則として税金の徴収を猶予しないこととなつているのであるから、特別な事情のない本件においては、申立人が審査の決定を待つている間に本件建物は公売に付されてしまうこととなり、その結果として申立人及びその家族が住むべき家を失い経済的並に精神的に著しい損害を被るに至る虞があるものといわなければならない、のみならず疏甲第三号証の一、二によれば審査の決定には相当な日子を要することがあることが推測されるのであるから、かかる事情は前記相続税法第四十七条第一項但書にいわゆる審査の決定を経ずに直ちに訴を提起するについて正当な事由がある場合に該当するものと認められる、従つて、本訴は適法なものというべきである。
次に執行停止の理由があるかどうかについて考えるに、疏甲第一号証によれば本件不動産は申立人が昭和二十八年三月三十一日に件外市田弥技から直接買受けたのではないかとの推測がなされうるのであるから、本訴の審理如何によつては申立人主張の贈与税決定が取消されるに至るかも知れない状態にあるものといわなければならない。そして申立人がその家族とともに現に本件建物に居住していること、及び被申立人が本件建物を昭和二十九年九月二十九日午前十時に公売に付するであろうことは、前段認定のとおりであるから、将来本訴が申立人の勝訴に確定すれば、申立人及びその家族が前段認定のような損害を被るに至るべきことが明らかであるというべきである。そして、このような損害は行政事件訴訟特例法第十条第二項本文にいわゆる償うことのできない損害に該当するものと解するのを相当とし、前記認定のような事情からすれば、かかる損害を避けるために滞納処分を停止する緊急の必要があるものといわなければならない。
進んで被申立人の本件執行停止の申立が行政事件訴訟特例法第十条第二項但書前段の規定に該当するとの主張について考えるに、所論は税務署長の決定が適法であつて、執行停止の申立が明らかに理由がないと認められるような場合においてのみ妥当する理論であつて、前記認定のような本件に適切であるとは到底考えられないから、採用することができないのである。以上のとおりであるから、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 青木英五郎 石崎甚八 坂本武志)
(目録省略)