京都地方裁判所 昭和30年(ワ)1236号 判決 1959年5月06日
原告 日本国有鉄道
被告 西京運輸株式会社
主文
被告は原告に対し別紙目録第一記載の土地及び同第二記載の建物を明渡し、昭和二十八年四月一日から昭和二十九年三月三十一日に至るまで一ケ月金一万四千六百九十一円の、同年四月一日から昭和三十年三月三十一日に至るまで一ケ月金一万九千四百八十七円の、同年四月一日から昭和三十一年三月三十一日に至るまで一ケ月金二万四千三百三十四円の、同年四月一日から昭和三十二年三月三十一日に至るまで一ケ月金三万三千八百七円の、同年四月一日から右土地及び建物の明渡に至るまで一ケ月金三万五千五百七円の各割合による金員を支払え。
原告その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り原告において金二十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
原告側の主張
(請求の趣旨)
被告は原告に対し別紙目録第一記載の土地及び同第二記載の建物を明渡し、昭和二十八年四月一日から昭和二十九年三月三十一日に至るまで一ケ月金二万一千二百七十四円の、同年四月一日から右土地及び建物の明渡しに至るまで一ケ月金三万五千五百七円の各割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
(請求の原因)
第一、主位的請求
一、原告の本件土地及び建物の取得原因
原告は、昭和二十四年六月一日、日本国有鉄道法の施行によつて設立された公共企業体で、同法施行法によつて、国有鉄道、国有鉄道に関連する国営船舶及び国営自動車並びにこれらの附帯事業に関し、従来国(運輸省)に属していた一切の権利義務を承継したが、その際別紙目録第一記載の土地及び同第二記載の建物(以下本件土地及び建物と略称する。)も同じ理由で国から承継した。
二、本件土地及び建物使用の事実関係
1、第一回契約(以下同様に仮称する)――被告(もと西京貨物自動車株式会社といい、昭和二十七年十二月十五日現在の西京運輸株式会社と商号を変更した)は、昭和二十四年七月一日原告に対し本件土地及び建物の使用を出願したので、原告は、同年九月十五日被告に対し国有財産法第十八条及び第十九条に則り、左の約定の下にその一時使用を承認し、被告に本件土地及び建物を引渡した。
(一) 使用目的――本件土地は自動車の駐車場敷地として使用すること本件建物はその自動車駐車の利用目的のために随伴する事務所として使用すること。
(二) 使用期間――同年九月一日から昭和二十五年八月三十一日までの一ケ年。
(三) 使用料――本件土地及び建物の各使用料をあわせ、右期間金九万二千百三十円八十四銭。
(四) その他の特約――右目的以外の使用、使用権の譲渡及び転貸をいずれも禁止する。
使用期間中であつても、原告の必要があるとき、もしくは被告において使用承認条項に違反し、または不都合の行為があつたときは原告が何時この使用承認を取消しても被告において異議なく返還すること。
2、第二回契約――第一回契約の使用期間終了後、昭和二十五年九月十二日被告から本件土地及び建物の使用継続承認方の出願があつたので、原告は同月二十日新たに被告に対し、使用期間を同月一日から昭和二十六年八月三十一日まで、使用料を本件土地及び建物の各使用料をあわせ右期間金十万八千二百六十二円と定めた外、第一回契約と同一内容の約定の下に、その一時使用の承認をし、被告をして引続き使用させた。
3、第三回契約――第二回契約の使用期間終了後、さらに昭和二十七年八月三十一日被告から右同様の出願があつたので、原告は同年十月十一日新たに被告に対し、使用期間を昭和二十六年九月一日から昭和二十八年三月三十一日まで、使用料を本件土地及び建物の各使用料をあわせ右期間金十八万四千五百四十四円と定めた外、第一回契約と同一内容の約定の下に、その一時使用の承認をし、被告をして引続き使用させた。
三、本件土地及び建物使用の法律関係
1、本件土地及び建物の公物性――本件土地及び建物は原告が直接その本来の事業目的に供する物である。従つて、国有財産に準ずる財産で、国有財産法にいう行政財産中の企業用財産に相当する公物である。すなわち、
(一) 本件土地は、原告の前身たる大阪鉄道局(運輸省)が、その所属する京都自動車営業所の第二自動車々庫(以下第二車庫と略称する)を新設し以て国営自動車の車庫並びに車輌の修繕に充当しその経営にかかる国営自動車運送業務を円滑にさせる目的のため、昭和二十三年三月三十日訴外京都貨物自動車株式会社から買収し、同日その所有権移転登記をしたものであり、また本件建物は、第二車庫新設工事の一環として昭和二十三年度工事予算をもつて自動車運送業務に処する事務室として新築し昭和二十九年五月十日その保存登記をしたものである。そして本件土地は自動車施設用停車場用地として、また本件建物は自動車施設用停車場建物として、いずれも鉄道財産規定第二条第三条の定めるところにより、国有鉄道事業特別会計に属する国有財産中の行政財産たる企業用財産として取扱われていた。
(二) ところが、原告は、前記のとおり昭和二十四年六月一日日本国有鉄道法の施行により従前の国家行政機関たる運輸省から独立し、国とは別個の公共企業体たる公法人となつたが、その所有する財産については、昭和二十五年三月三十一日までは依然として国有財産法が適用せられた。(昭和二十三年法律第二五六号日本国有鉄道決第三十六条参照)
(三) しかるに、その後日本国有鉄道法の改正に伴い(昭和二十四年法律第二六二号改正)、昭和二十五年四月一日以降は、原告の所有する財産に対し国有財産法の適用が排除せられることになつたが、原告は、前記のとおり国が国有鉄道事業特別会計をもつて経営していた鉄道事業その他一切の事業を国から引継ぎ、これを最も能率的に運営し、以て公共の福祉を増進することを目的として設立せられた公法人であり、一応国とは別個の法人格を有するとはいえ、その実体は全く国家の行政機関と異るところがなく(同法第六十三条参照)、他方原告が公法人となつてから後でも、本件土地及び建物を直接その本来の事業目的に供することに変りないから、その後においても本件土地及び建物は、国有財産に準ずる財産で、国有財産法にいう行政財産中の企業用財産に相当する公物であるといわねばならない。
2、本件土地及び建物使用の法的性格
右の本件土地及び建物の公物性に鑑み、本件土地及び建物が国有財産法の適用を受けていた第一回契約当時はもとより、その後の第二回、第三回各契約当時においても、原告は被告からの本件土地及び建物の使用承認方の懇請に対し、いずれも国有財産法第十八条及び第十九条に則り、前記約定のとおり、本件土地及び建物の本来の用途又は目的を妨げない限度において、その使用目的、使用期間等を限定し、それぞれ一時使用の承認をしたのである(右の各契約はその都度当事者間の合意に基き成立した別個の契約で、第一回契約が期間満了毎にそれぞれ更新されたものではない)。従つて、
(一)、右の各契約は、いずれも準貸付ともいうべき一種の私法上の無名契約であつて、民法にいう賃貸借契約ではない。
(二)、仮に、右の各契約が賃貸借契約であるとしても、
(1) いずれも一時使用のために結ばれたものであり、また
(2) 本件土地の使用目的を駐車場敷地と限定した約定であるから、建物の所有を目的とする賃貸借契約ではないし、また、本件建物の使用は本件土地の使用目的に随伴し且つ一体不可分なものとして承認したものであるから、本件土地の使用権の存続及び消滅に従うべきものである。
(三)、だから、いずれにせよ右の各契約には借地法及び借家法の適用はない。
四、結び
1、原告は昭和二十八年に至りその業務の運営上被告から本件土地及び建物の返還を受けて自ら使用する必要が生じたので、被告に対し再三その旨口頭で告知し、かつ同年二月十二日発送の内容証明郵便を以てその頃被告に対し第三回契約の使用期間の満了日に当る同年三月三十一日限り本件土地及び建物を原状に復し返還するよう請求した。
2、しかるに被告はこれに応じず、右期間満了後の同年四月一日以降なんらの権限なく不法に本件土地及び建物を占有し原告の所有権を侵害している。
3、この損害額は、別紙目録第三記載の各年度の使用料に相当する。
4、よつて原告は被告に対し、
(一) 右第三回契約に基き本件土地及び建物の明渡並びに
(二) 同年四月一日から昭和二十九年三月三十一日に至るまでは一ケ月金二万一千二百七十四円の、同年四月一日から本件土地及び建物の明渡に至るまでは一ケ月金三万五千五百七円の、各割合による使用料に相当する損害金の支払を求める。
第二、予備的請求
仮に右主位的請求は理由がなく、本件土地及び建物の使用が借地法及び借家法により保護されるべき賃貸借契約に基くものであるとしても、
一、被告には債務不履行の事実がある。すなわち、
1、被告主張の如く仮に契約が存続するならば被告は当然原告に対し、賃料(原告主張の使用料)を支払わねばならないにも拘らず、被告は昭和二十八年四月一日以降の賃料を支払わない。なお、原告は昭和三十一年一月二十八日到達の本訴状を以てその旨催告したが、被告は現在に至るまでなおこれに応じない。
2、被告は約旨の使用目的に反し、
(一)、昭和二十八年の始め頃から終り頃まで本件土地を石材置場と建築作業場に、
(二)、昭和三十一年三月から同年四月まで本件土地を訴外京阪バスの駐車場に、
(三)、原告の警告にも拘らず昭和三十年六月以降本件建物の一部を無断で改造し、被告従業員の合同宿舎として充当し、
それぞれ使用している。
二、よつて原告は被告に対し被告の右債務不履行(但し、(一)は除く)を理由として昭和三十一年十一月二十七日本訴の第九回準備手続期日において契約解除の意思表示をした。
三、しかるに、被告は右契約解除後もなんらの権限なく不法に本件土地及び建物を占有し原告の所有権を侵害している。
四、よつて、原告は被告に対し
1、右賃貸借契約の終了に基き本件土地及び建物の明渡並びに、
2、前記同様別紙目録第三記載の算定根拠に基き、昭和二十八年四月一日から昭和二十九年三月三十一日に至るまで本件土地及び建物の各賃料をあわせ一ケ月金二万一千二百七十四円の割合による賃料、同年四月一日から右契約解除日である昭和三十一年十一月二十七日に至るまで同じく一ケ月金三万五千五百七円の割合による賃料及び右契約解除以後の同月二十八日から明渡に至るまで同じく一ケ月金三万五千五百七円の割合による賃料相当の損害金の各支払を求める。
(被告の答弁に対する反論)
被告の答弁事実中、被告が本件土地及び建物に対する使用承認方の出願と同時に、原告に対し訴外村田某所有の土地上の建物(以下訴外土地並びに訴外建物と略称する)及びその借地権の譲渡を申込んだこと、並びに原告が被告主張の如き経緯(但し、暴風雨により訴外建物が毀損したとの主張はこれを除く)で被告主張の日時に主張の金額でこれを売り渡したことは争わない。原告はこれを不用財産と認め、企業用財産から普通財産に編入手続をした上、これを被告に払下たのである。ところが、被告はこの契約の成立前に訴外建物のうち一棟を、また契約成立後に残存の一棟をそれぞれ他に売却処分してしまい、被告主張の如く貨物自動車の格納車庫としてこれを使用したことは一度もない(なお、現在は訴外京都市がこの訴外土地を買収の上公舎を建設して業務を開始中である)。また、京都市内において電話の架設が可能であることは自明の理である。
従つて、以上いずれの点よりみても、被告が原告から訴外建物及びその借地権の譲渡を受けた事実を以て被告主張の賃貸借契約の成立を裏付けするに足る根拠とはならない。
原告側の証拠
甲第一乃至第二十号証を提出し、証人上田豊吉、同杉原清二、同大谷道一、同上田源三郎の各尋問及び検証並びに鑑定を求め、乙第三号証の原本の存在並びに乙各号証の成立はいずれもこれを認めると述べた。
被告側の主張
(請求の趣旨に対する答弁)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(請求の原因に対する答弁)
第一、原告の主位的請求の請求原因事実中、一、の事実及び被告が原告からその主張の日国有財産法第十八条及び第十九条に則り本件土地及び建物の使用承認を受け、その引き渡しを受けたこと、そしてその後も書面上では原告主張の如くさらに二回にわたりそれぞれ本件土地及び建物の使用承認を受け、引き続き現在までこれを占有使用していること、並びに原告が主張の如く被告に対し本件土地及び建物の返還を求めたことはこれを認める。しかし、その余の事実はこれを争う。すなわち、
一、被告(商号の変更はこれを争わない)は従前から貨物自動車による運送を業とし、昭和十九年頃からその営業用の自動車を百数十台保有し来つたものであるが、昭和二十三、四年頃その営業用貨物自動車格納の車庫及び自動車修理工場並びにこれに必要な事務所の建設の必要に迫られ、京阪国道に面した土地二千坪内外を物色中、本件土地及び建物並びに本件土地の東に隣接する訴外村田某所有の土地上に存する原告所有の訴外建物(車庫)二棟建坪千四百五十二平方米が原告において放置されているのを知り、原告主張の頃原告に対し右の事情を打明け本件土地及び建物の賃借並びに右訴外建物及びその借地権の各譲渡をそれぞれ申込み交渉した結果、原告からその主張の頃被告の右目的を達成するため半永久的に使用する建前の下に、その使用期間を国有財産法第十九条が準用する同法第二十一条第二項により三十年間とし、その使用目的も、本件土地については自動車の駐車場敷地用の外、その格納車庫及び修理工場並びにこれに必要な事務所の各設置のため使用すること、本件建物については被告の業務遂行に必要な用途に使用することとの約定の下に本件土地及び建物を賃借し、その引渡を受けたものである。尤も、原告の主張する如く、書面の上では使用期間は一応一年となつているが、毎年々々これを書き換え延長してゆく約定であり、またその使用の対価も、名目は使用料となつているがその実原告主張の額の賃料を支払う旨の定めであつた。なお、他に原告主張の如き特約は別になかつた。
従つて、本件土地及び建物の使用に関する当事者間の契約は、原告主張の如き内容及び性質を有する私法上の無名契約ではなく(またその都度の合意に基く別個の契約でもない)、借地法及び借家法の適用ある賃貸借契約といわねばならない。
二、このことは、被告が右の如く本件土地及び建物に対する賃借の申込みと同時に、右訴外建物及びその借地権の譲渡を申込み、同年十二月二十一日両者あわせ金四十万九千四百六十三円で買い受けた事実(なお、被告は最初原告から同年七月五日両者あわせ金六十六万一千三百五十七円で売り渡す旨の承諾をえたが、その後右訴外建物が暴風のため大破損したので右の如く減額を受けたものである)に照らしても、被告が右の事業目的を達成するため半永久的な使用を目的として本件土地及び建物の賃借を受けたものであることは明らかであり、もし原告主張の如くその使用期間が僅に一年に限定されるものであるなら、このような莫大な費用を投じて訴外建物並びにその借地権を原告から譲り受ける必要はないはずである。
(なお、被告は本件土地及び建物の賃借以来、一時も早く本件土地及び建物を本来の用途に使用するつもりでいたが、該地域は電話の新規架設はもとより、他からの移動架設も絶対に不可能なためやむなく賃料のみ支払い今日に至つた次第であり、また同じ理由に基きやむなく訴外建物を他に売却し、またその借地権を放棄した次第であるから、この点に関する原告の反論は正当でない)。
三、従つて、被告は右賃借権に基き適法に本件土地及び建物を占有しているものであるから、原告の主位的請求はいずれも失当である。
第二、原告主張の予備的請求の請求の原因事実中、被告が原告から原告主張の如き契約解除の意思表示を受けたことのみこれを認め、その余の事実はこれを争う。
一、被告には原告主張の如き債務不履行の事実はない。すなわち、
1、被告が賃料を支払わないのは、原告が不当に契約を解除し賃料の受領を拒否するためであり、賃料として受領することを認めるならば即時支払う意思である。
2、原告主張の(一)(二)の各事実はこれを否認する。(三)事実中、被告が被告の従業員を主張の如く居住させている事実はこれを争わないが、これは原告との約旨に従い被告の業務の必要上使用させているに過ぎず、また、もとより約旨に反し無断に改造もしくは居住させているわけではない。
二、従つて、原告の予備的請求はこれまた失当である。
被告側の証拠
乙第一乃至第四号証を提出し、証人山本友次郎、同泉井弘三及び被告代表者本人の各尋問並びに検証を求め、甲第十、第十七各号証の成立は不知、その余の甲各号証の成立はいずれもこれを認めると述べた。
理由
原告がその所有に係る本件土地及び建物を、被告会社(当時西京貨物自動車株式会社といい、昭和二十七年十二月十五日現在の商号に変更した)に対し原告主張の頃三回にわたりそれぞれその使用を承認してこれを被告会社に引き渡し、被告会社をして占有使用せしめたことは当事者間に争いない。
そこで先ずこの使用関係の法律的性質について考えるに、
第一、いずれも成立に争いない甲第一乃至第六号証、同第十二乃至第十六号証及び乙第三号証並びに証人杉原清二の証言により成立したものと認める甲第十号証に、証人上田豊吉、同杉原清二、同上田源三郎、同山本友次郎、同泉井弘三の各証言及び被告代表者本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を綜合すると、
一、原告が本訴でその明渡を求めている本件土地は、これに隣接する訴外村田某所有の土地上の訴外建物二棟とともに、いずれももと訴外京都貨物自動車株式会社の所有に属していたものであるところ、原告の前身たる大阪鉄道局(運輸省)が、その所属する京都自動車営業所の設備が狭隘なため、第二自動車々庫を新設してこれを国営自動車の車庫並びに車輌の修繕工場に充て、以てその経営にかかる国営自動車の運送業務を円滑にさせるべく、計画しその目的に供するため昭和二十三年二、三月頃右訴外会社から買収したものであり、また本件建物はその後右計画の一環として右運送業務に供するための事務所として新築したものであつて、その後原告がこれを国から承継した後も引き続き本件土地は自動車施設用停車場用地として、また本件建物は自動車施設用停車場建物として、いずれも鉄道財産規程第二条第三条の定めるところにより、国有鉄道事業特別会計に属する国有財産のうち行政財産たる企業用財産として管理されていたものである。
二、ところが、その後情勢が変化し、昭和二十四年度の国鉄予算が削減されるのやむなきに至つたため、右計画の渉に当つていた原告(大阪鉄道局陸運部)は、一時右新設工事を中止せざるをえなくなり、その善後策として当初の右計画を縮少し、訴外建物はこれを部外に払下げ、その余の本件土地及び建物のみによつて最少限度の修繕車庫程度のものを新設することとし、かつその間予算の見とおしのつくまでの暫定的措置として本件土地及び建物を期間を一年に限り部外者に貸し付けることに内部決定し、同年六月大阪鉄道局陸運部長より同施設部長に宛て京都自動車区第二車庫の処置についてと題する書面(甲第十号証)を以てその旨委託した。
三、他方、被告会社はその営業所、格納庫及び修理工場等が足りなかつたため、かねてから適当な土地建物を物色していた折柄、たまたまこれを聞知したので、被告会社の社員山本友次郎においてその頃大阪鉄道局施設部土木課の土屋某に対し打診してみたところ、「係が違い、本省にうかがつてみないとどうなるか判らないが、ここに用紙があるからとりあえず願書を出してみてはどうか」とのことであつたので、被告会社は原告から本件土地及び建物をそれぞれ借り受け、また本件土地に隣接する右訴外建物及びその借地権の払下を受けて、ここに被告会社の本店及び修理工場を新設し、かつ既存の建物をそれぞれ事務所及び格納庫に利用して所期の事業目的を達成しようと計画し、右の所定用紙に所定事項を記入し、以て鉄道土地及建物使用願(甲第一号証)鉄道建物払下理由書(乙第三号証)なる各書面をそれぞれ作成し、同年七月頃原告に対しこれを提出した。
四、そこで、原告(大阪鉄道局施設部)は調査の結果、国有財産法第十八条及び第十九条に則り、原告の本来の右事業目的に妨げない限度において本件土地及び建物を一時被告会社に貸付けることに内部決定し、同年九月右趣旨の下に本件土地及び建物の使用目的、方法及び期間等をそれぞれ限定した鉄道用地建物使用承認書なる書面(甲第二号証)を被告会社に呈示して、同書面記載の各条項の遵守を求め、かつその頃被告会社よりその旨の請書を提出させた上、大阪鉄道局長の名において被告会社に対し原告主張どおりの約定の下に本件土地及び建物の使用を承認し、以てこれを被告会社に引き渡した(原告主張の第一回契約)。
五、その後(なお、この間昭和二十四年法律第二六二号による改正により、昭和二十五年四月一日以降原告所有の財産につき国有財産法の適用が排除されることになつたが、その後も原告は昭和二十七年十一月一日施行の日本国有鉄道固定財産管理規程により従来の鉄道財産規程が廃止されるまで、引き続き本件土地及び建物を従前同様行政財産たる企業用財産に相当するものとして管理していた)原告は被告会社に対しそれぞれ前同様国有財産法第十八条及び第十九条に則り、さらに二回にわたり原告主張のとおりの約定の下に、本件土地及び建物の使用をそれぞれ承認し、被告会社をして引き続きこれを使用させた(原告主張の第二、第三回各契約)。との各事実が認定される。
尤も、前掲乙第三号証に、前掲証人山本、同泉井の各証言及び被告会社代表者の本人尋問の結果並びに「被告会社が原告より主張の頃主張の価格で訴外建物並びにその借地権の譲渡を受けた」との当事者間に争いのない事実を綜合すると、被告会社としては前記認定の如き事業計画を達成するため原告より本件土地及び建物の半永久的な貸付を企図して出願したものであり、また他方原告側としても被告会社のかかる企図を了知していたことは否定しえず、しかもこれに対し当時の交渉の過程において軽々にこれを了承するが如き態度をみせた原告側職員のいたことも窺知されるけれども、これらはいずれも責任なき立場にあるものの無責任な言動に止まり、結局被告会社としては将来長期の貸付を受けられるとの希望的観測の下に前記認定の如き経緯により原告の指示どおりの約定を結んだものと認められ、他に前記認定を覆し当事者間の右約定とは別に、原告の代表機関において被告会社主張の如き約定ないし了解を与えたとの事実を認めるに足る証拠はない。また前記認定に反し被告会社が昭和二十二、三年頃から原告に対し本件土地及び建物の使用承認の交渉をした旨の被告会社代表者の本人尋問の結果は採用しない。
第二、しかして、原告は昭和二十四年六月一日日本国有鉄道法の施行により設立した公共企業体で、従前の国家行政機関たる運輸省から独立し、一応国とは別個の法人格を有するものではあるが、従前国が国有鉄道事業特別会計を以て経営していた鉄道事業その他一切の事業を国から引き継ぎ、これを最も能率的に運営し、以て公共の福祉を増進することを目的として設立された公法人であることは顕著な事実であるから、その本来の事業の目的、特にその公共的性格は従前と全く変りないものというべく、そしてまた、他方本件土地及び建物は原告の前身たる運輸省が直接その本来の事業の目的に供するため買収し、または建設したものであり、そしてまた原告が公法人となつてから後も引き続き従前同様これをその本来の事業目的に供すべきものとして管理していたことは前記認定のとおりであるから、原告の所有財産につき国有財産法が適用されていた昭和二十五年三月三十一日以前すなわち第一回契約当時はもとより、その適用が排除された同年四月一日以降すなわち第二、第三回各契約当時においても、原告は本件土地及び建物を国有財産法第三条にいう行政財産たる企業用財産に相当するものとして、同法第十八条に従いその本来の用途又は目的を妨げない限度においてのみ、これを他に貸し付けられるにすぎないものといわねばならない。
そして、現に本件の第一回乃至第三回各契約は、いずれも前記認定の如く原告が右趣旨の下に国有財産法第十八条及び第十九条に則り、特に原告の右事業目的を妨げない限度においてその使用目的、方法及び期間等を限定し、被告会社をしてその各条項の遵守を確約せしめた上、それぞれ一時使用の承認を与えたものであるから、右はその都度当事者間の合意に基き成立した別個の契約であり、かつ貸付契約(日本国有鉄道法第四十三条参照)とでも称すべき私法上の無名契約であつて、これに対しては家屋賃借人の保護を目的とする借地法及び借家法の適用はいずれも認められないものと解するのが相当である。
第三、とすれば、原告が昭和二十八年に至り原告主張の如く予じめ被告会社に対し第三回契約の使用期間の満了日に当る同年三月三十一日限り本件土地及び建物を返還すべく請求したにもかかわらず、被告会社がこれに応じず、現在に至るまで引き続きこれを占有していることは当事者間に争いないところであるから、被告会社は原告に対し本件土地及び建物を明渡し、かつ、右期日の翌日たる同年四月一日から右明渡に至るまで使用料に相当する損害金を支払うべき義務あるものといわねばならない。
そして右損害額は鑑定人鈴木嶺夫の鑑定の結果により、昭和二十八年四月一日から昭和二十九年三月三十一日までは一ケ月一万四千六百九十一円、同年四月一日から昭和三十年三月三十一日までは一ケ月一万九千四百八十七円、同年四月一日から昭和三十一年三月三十一日までは一ケ月二万四千三百三十四円、同年四月一日から昭和三十二年三月三十一日までは一ケ月三万三千八百七円、同年四月一日から昭和三十三年三月三十一日までは一ケ月三万六千一円、同年四月一日から昭和三十四年三月三十一日までは一ケ月五万六千五百七十五円、同年四月一日から昭和三十五年三月三十一日までは一ケ月六万二千五百三円の、各割合の使用料に相当するものと解する(なお、鑑定人増谷正三の鑑定の結果はその基礎たる時価の査定につき合理的な理由が示されておらないので採用しない)。
第四、されば、原告の本訴各請求中、被告会社に対し第三回契約の終了に基き本件土地及び建物の明渡を求め、かつ、右損害額の限度において損害金の支払を求める部分は相当であるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を各適用し、よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 山中仙蔵 鈴木辰行 栗原平八郎)
別紙目録
第一、京都市南区西九条菅田町七番地
宅地 五百四十一坪
京都市南区西九条菅田町八番地
宅地 五百九十九坪
第二、京都市南区西九条菅田町七番地
木造瓦葺二階建事務所 一棟
建坪 三十六坪九合
二階坪 三十六坪九合
第三、昭和二八年度(昭二八、四、一より昭二九、三、三一まで)の本件土地及び建物に対する使用料一ケ月金二万一千二百七十四円の算定根拠は次の通りである。
昭和二七年度以前の国鉄財産(土地、建物など)の部外使用に対する使用料の算定は、当時の一般部外使用料算定の貸付率が当該土地、建物の評価額の年六分であつたので、これを根拠とし、土地、建物及びその他の工作物の夫々の評価額の六分を年間使用料と定めていた。
本件土地及び建物に対する昭和二八年度の使用料の算定においても右に基き比隣の使用料を考慮し、算定したものである。
即ち
(1) 土地
株式会社日本勧業銀行京都支店の本件土地に対する評価額坪当り二、〇〇〇円と京都市役所の評価額坪当り二、三〇〇円の平均価額坪当り二、一五〇円を評価額とした。
従つて年間使用料は
2,150円×1140×0.06 = 147,060円となる
(2) 建物
材料費、人工賃等の経費を積算して平方米当りの評価額の単価を一二、八三四円と見積つた。
従つて年間使用料は
12,834円×120×0.06 = 9,240円となる
(3) 電気設備
電気設備の一切の材料費、人工賃等の経費を積算し、総経費を一〇一、七〇〇円と見積つた。
従つて年間使用料は101,700×0.06 = 6,108円となる
(4) その他の工作物
材料費、人工費等の経費を積算し総経費を一六二、〇〇〇円と見積つた。
従つて年間使用料は
162,000円×0.06 = 9,700円となる
以上の土地、建物、電気設備、その他の工作物の年間使用料の合算額たる二五五、二八八円を本件土地及び建物に対する年間の使用料と算定したものである。これを一ケ月に算出すると使用料は二一、二七四円となる。
昭和二九年度以降(昭二九、四、一以降明渡しあるまで)の本件土地及び建物に対する使用料一ケ月金三万五千五百七円の算定根拠は次の通りである。
原告の所有する土地、建物等の固定財産に対する部外使用料は、昭和二九年度以降日本国有鉄道固定財産管理規程(昭和二九、三、三一総裁達第一六八号)の定めるところとなつた。
即ち、同規程第六四条に
(一) 土地については
(イ) 管理費――(再調達見込価額の0.3%)
(ロ) 固定財産税相当額(非課税物件につき算定せず)
(ハ) 資本利子――(時価の7%)
(ニ) その他必要な金額
(二) その他の場合について(建物、工作物等)
(イ) 管理費――(再調達見込額の0.3%)
(ロ) 固定資産税相当額(非課税物件につき算定せず)
(ハ) 保守費――平方米当り一三六円(昭二八年度の実績による)
(ニ) 減価償却割当額(再調達見込額より残存見積価格を差引きこれを効用持続年数で除したもの)
(ホ) 資本利子――(時価の7%)
(ヘ) 火災等保険料相当額
(ト) その他必要な金額(承認までの所要経費)
以上の総合算定額を使用料とすることに定められた。
これを本件土地及び建物についてあてはめると、
(1) 土地に対して
再調達見込価額は坪当り単価二、五〇〇円(株式会社日本勧業銀行京都支店の本件土地に対する評価額並びに京都市役所の評価額を基礎として当方において認定価格)に総坪数を乗じた額、即ち、
2,500円×1,140 = 2,850,000円
を時価と看做した。
(イ) 管理費(再調達見込額の0.3%)
2,850,000円×0,003 = 8,550円
(ロ) 固定資産税(非課税につき考慮せず)
(ハ) 資本利子(時価の7%)
土地の場合は時価と再調達見積額は同じであるので、
2,850,000円×0.07 = 199,500円
(2) 建物に対して
建坪平方米当りの再調達見込価格を材料費、人工賃等を積算して一二、〇〇〇円と見積つた、従つて総建坪に対する再調達見込価格は
12,000円×120 = 1,440,000円
次に右の再調達見込価格に対する本件建物の時価(評価額)を考えると、本件建物は昭和二三年度建築物で経過年数は六年であり、日本国有鉄道固定資産管理規程別表第六号によると昭和一八年乃至昭和二三年の耐用年数は十二年となつており、昭和二九年三月三十一日経会第五四九号(固定資産の部外使用の取扱方について)第六号により効用持続年数は耐用年数のおおむね一、一五倍を基準とすることと定められているので次の通り評価額を算定した。
時価(評価額)
再調達見込額-((再調達見込価額-残存見積価額)/(効用持続年数(耐用年数の1.15倍)))×経過年数
1,440,000円-((1,440,000円-144,000円)/(12年×1.15))×0.6年 = 876,522円
右の評価額を基とし本件建物の使用料を前記の固定財産規程により算定する場合は次の要素により算出する。
(イ) 管理費
876,522円×0,003 = 4,320円
(ロ) 固定資産税(非課税物件につき算定せず)
(ハ) 保守費、平方米坪当り 一三六円(前年度当所管内保守費の平均価額)
136円×240 = 32,640円
(ニ) 減価償却割当額
(1,440,000円-144,000円)÷138年 = 93,913円
(ホ) 資本利子(時価の7%)
876,522円×0.07 = 61,357円
(ヘ) その他必要金額一、五〇〇円
以上の(イ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)の合計一九三、七三〇円が本件建物に対する年間使用料である。
(3) 電灯電力設備及びその他の工作物
再調達見込価額を材料費、人工賃等を積算して、
電灯電力設備 一一三、〇〇〇円
その他の工作物 一八〇、〇〇〇円
と見積つた。
右の再調達見込額に対する時価を算出すると、
その他の工作物
(180,000円-18,000円)/(50(年)×1.15×6(年)) = 163,098円
電灯電力設備
(113,000円-11,300円)/(40(年)×1.15×6(年)) = 99,734円
計 262,832円
(イ) 管理費
(113,000円+180,000円)×0,003 = 879円
(ロ) 保守費(建物について計上しているので考慮せず)
(ハ) 減価償却割当額
(再調達見込価額-残存見積額)÷効用持続年数
その他の工作物(180,000円-18,000円)/(50×1.15) = 2,211円
電灯電力設備(113,000円-11,300円)/(40×1.15) = 2,817円
(ニ) 資本利子(時価の7%)
262,832円×0.07 = 18,398円
以上の(イ)、(ハ)、(ニ)合計二四、三〇五円が年間使用料である。
従つて右の土地、建物その他の工作物電灯設備に対する使用料の合算額金四二六、〇八五円が本件土地及び建物の年間使用料として算定したものである。
即ち、
208,050円(土地)+193,730円(建物)+24,305円(その他の工作物及び電灯電力設備) = 426,085円
従つて一ケ月の使用料は三五、五〇七円となる。
なお昭和二八年度に比較し使用料が大巾に値上になつたのは固定財産の部外使用の貸付料算定基準が改正され管理費、保守費、資本利子等を新たに附加することとなつたためである。