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京都地方裁判所 昭和30年(ワ)959号 判決 1959年3月13日

原告 吉田知義

被告 小林勇 外一名

主文

原告が京都市中京区六角通河原町東入山崎町二百三十六番地上木造瓦葺二階建家屋の一階表店舗約五坪五合につき賃貸人を被告小林勇、賃借人を原告とする賃料は一ケ月金七千円期間の定めのない賃借権を有することを確認する。

被告高宮愛子は原告に対して前項記載の店舗を明渡し且つ昭和三十年四月二十六日以降右店舗明渡済に至るまで一日金千二百円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は第二項に限り原告において被告高宮愛子のため金五十万円の担保を供するときは仮りにこれを執行することができる。

被告高宮愛子において原告のため金六十万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一乃至第三項同旨の判決と金員の支払を求める部分について仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、主文掲記の店舗は訴外陸口正之の所有であり、被告小林が同訴外人より賃借してこれを訴外大下雄治に転貸していたものであるが、右大下は訴外富田清三郎へ富田は訴外青木某へ、青木は訴外黄陸へと順次転借権を譲渡し、原告は昭和二十七年十二月二十日、右黄陸から六十万円で適法に転借権の譲渡を受け(甲第一号証の一、二、三)爾来被告小林から期間の定めなく右店舗を転借している。賃料(転借料)は当初一ケ月五千円で、昭和三十年二月分より一ケ月七千円となつた。原告は同所で「旅愁」という喫茶店を経営したが、昭和二十九年十二月一日被告高宮に対し、賃料一日二千五百円(一ケ月七万五千円)毎日払の約束で(再)転貸し、同被告は同所で同じ「旅愁」という名でバアーを経営した。被告小林は原告より被告高宮への店舗(再)転貸の事実を知悉し、これを承諾しながら、昭和三十年七月初旬被告高宮の求めに応じ原告に何の断りもなく店舗を同被告に直接賃貸(転貸)する旨の契約をして(甲第四号証)被告両名相通じて原告の有する本件店舗の賃貸権(転借権)を無視する態度に出て、被告高宮は昭和三十年四月二十六日以降の原告に対する賃料(再転借料)を支払わない。

原告は被告高宮に対して、店舗を(再)転貸するについては被告小林から明示又は黙示の承諾を得ている。というのは、被告小林は昭和三十年二月頃(再)転貸借の事実を覚知し、原告の同被告に対する一ケ月五千円の賃料(転借料)を一ケ月七千円に値上げしたが、この時に右(再)転貸を承諾したのである。仮りにそうでないとしても、被告小林は本件店舗と同じ家屋の裏に居住し、(再)転貸の事実を熟知しながら長日月の間何の異議も言つてないのであるから、黙示の示諾を与えたものといつても差支ない。今更苦情を言えた筋合ではない。

原告と被告高宮間の店舗の賃料一日二千五百円という金額は必ずしも高きに失するわけではないが、延滞月日が長期に亘つたため延滞額も多額になつているので、原告は被告高宮に対し、昭和三十二年七月三十一日到達の書面で、同年四月二十六日以降の賃料を一日千二百円(一ケ月三万六千円)に減額すると共に、同日以降昭和三十二年五月末日までの延滞分合計八十万六千円を書面到着後五日以内に原告方へ持参支払うべき旨の催告と共に若し右期間内に支払わないときは、賃貸借契約は催告期間の経過と共に当然解除となる旨の条件付契約解除の意思表示をなした(甲第五号証)。ところが同被告は延滞賃料を支払わずして右催告期間を徒過したので、本件店舗の賃貸借(再転貸借)は同年八月五日の経過と共に解除となつたと述べ、

被告等の契約解除の抗弁に対し仮りに原告と被告高宮間の(再)転貸借について被告小林の承諾がなかつたとしても本件店舗の賃(転)借権は訴外大下より富田、青木、黄等を経て原告へと順次譲渡され当初から引続き喫茶店等の飲食業所謂水商売が営まれてきたのであつて右譲渡はいづれも多額の代償の下に行われてきたものである。かような営業の行われる店舗の権利譲渡には常に相当な対価の授受を伴うものであることは周知の事実である。原告は黄陸から六十万円をもつて店舗の権利を譲受け、これに、店舗改装工事費、什器、備品、電話購入費等を加えると合計百三十九万五千円の巨費を投じているのである。原告がかように本件店舗に関し巨費を投じているのに被告小林が何等の対価も支払わないで原告との賃貸借(転貸借)契約を解除し、原告よりの(再)転借人である被告高宮に対し直接店舗を賃貸(転貸)するのは民法一条九〇条に違反する行為で無効である。なお原告(転借人)の被告小林(賃借人)よりの転貸借は家主陸口正之、親権者陸口正子(賃貸人)の承認するところであるが、被告小林の被告高宮に対する転貸借は家主陸口の承認しないところである(甲第二、三、六号証)と述べ、

証拠として甲第一号証の一、二、三同第二乃至第六号証を提出し、証人山本善三(一、二回)同本多知子、同山本千代子、同上田啓次と原告本人(第一、二、三回)の各訊問を求め、乙第一号証は不知、同第二号証は郵便官署作成部分のみの成立を認め、その余は不知と述べた。

被告両名訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決と被告高宮敗訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁として、

本件店舗となつている家屋が、訴外陸口正之の所有であり、被告小林がすでに三、四十年前からこれを賃借し、現在までに訴外大下、富田、青木、黄等に順次転貸し、昭和二十七年頃から最近まで原告が転借権を有していたこと、被告高宮が昭和二十九年十二月頃原告より本件店舗を賃料一ケ月七万五千円で転借したこと及び被告高宮が原告の主張する内容証明郵便を昭和三十二年七月三十一日受取つたことは認めるが、その余の事実は否認すると述べ、

抗弁として元来被告小林は原告の被告高宮に対する転貸借を承諾したことはない。被告高宮は昭和二十九年十二月頃、本件店舗を原告から転借しバア「旅愁」を経営し、店舗の改装造作等一切を全く新しく独力をもつて賄つたが、被告小林に対しては、原告との話合いで被告高宮が独立の借主であることを極力秘密にし、特に一ケ月七万五千円という暴利的家賃については原告はひた隠しにしていた。原告は前記七万五千円の家賃を日割とし、毎日金二千五百円宛を被告高宮方に集金に来ていたが、僅かに五坪五合の総面積に対して七万五千円の家賃は負担加重なので、自然夏期に入ると共に滞り勝ちとなつたところ、原告は被告高宮に対して督促急なるばかりでなく、早くも被告高宮を追出して他に新しい借主を物色しようともくろみ、二、三の新規借手が店舗の実地見聞に来始めたため、原告が被告高宮と相謀つて秘密にしていた転貸借の事実や暴利的賃料額が被告小林に発覚するに至つた。被告小林はかねて原告に対し無断転貸を禁止し、特に法外の暴利を以てこれを悪用することなきよう言渡していたので、事の意外に驚き、原告の右義務違反を理由に昭和三十年六月六日頃契約解除の意思を表示した。従つて原告の主張する本件店舗の賃借権は被告小林のなした右解除によつて消滅したのである。

被告小林が原告と被告高宮間の転貸借の事実を覚知したのは、昭和三十年六月頃である。もつとも被告高宮が本件店舗においてバアを開業した昭和二十九年十二月頃から店舗の面目は一新したので被告小林は原告と被告高宮との間で秘かに転貸借が行われたのではないかと疑念を抱いて種々調査を行つたが、原告はバア「旅愁」は喫茶店「旅愁」の継続として、自分が経営しているのであつて、被告高宮が店にいるのは「雇われママさん」として雇つているに過ぎないと強弁し、被告高宮は又原告との密約があるので黙して何事も語らなかつた。被告小林が事態の真相を覚知したのは前記の如く昭和三十年六月頃で原告自身が被告高宮の追出しを策し始めたため、被告小林に事実が暴露したのである。始め被告高宮はバアの名称としてバア「女王」若くは他の名称を考えていたが、原告が是非「旅愁」という名にして喫茶店「旅愁」の継続のようにしてくれと切望し、転貸借のことは勿論、七万五千円の転借料のこともすべて被告小林に対して厳秘にしてくれとの頼みによつて被告高宮もこの密約を守つたのである。もつともバアとなれば夜間の出入りが遅くまで続きレコードの音等も喧しいので裏の家にいる被告小林には気の毒であるという気持をあらわすため、原告は被告小林に対する賃料を二千円値上して一ケ月七千円としたが、これは原告のなした(再)転貸借を被告小林に承諾させるためではなかつたのであると述べ、

原告の権利濫用の再抗弁に対し本件において原告が求めているところは畢竟するに実体なきいわゆる権利金請求をなす権利の確認であつて、その他の何者でもない。右権利金なるものは、なるほど現在の社会に於ては現実には行われている。特に都会の歓楽街乃至さかり場に於ては、人口の超過密度と消費的文化の汎濫の現象に伴れいやが上にも空疎空漠に釣り上げられて行われ、さもなくても理由なく拍車をかけられようとする通貨インフレエシヨンに一層輪をかけ、尾ひれをつけた昂進ぶりを示そうとしているものである。原告の主張はこれらのことが、現実に現在社会のそこにもここにも行われているがゆえに、正当に主張され得るという、ただそれだけの基礎に立つているにすぎない。地代家賃統制令第十二条ノ二が「如何なる名義があつても……」と頗る厳格な字句を用いて禁止している権利金の授受は、仮令現今の社会情勢が物価統制乃至経済統制を幾分緩和しようとする、いわゆる逆コース的動きを示しつつある中にあつても、いまだ毫もゆるめられては居らない。これをゆるめいわゆる権利金を大手を振つて歩かせるようなことをすれば現実家賃の何十倍何百倍というような権利金が忽ちに厖大化し汎濫して資本家的経済そのものを揺がし、取り返しのつかぬ破綻と混乱の中におとしこむことは必然だからである。その結果は無産勤労大衆はますます甚しい住宅難を経験するだろうし、秩序は破壊され、頽廃は一層はげしく地を蔽うに至るだろう。原告の求めているところは恰もかかる法の禁止を身を以つて体当りして突き破ろうとしていることで、その不当なること言うを俟たない。被告小林は、本件家屋の所有者から賃借したところの一部を、自己が支払う家賃より幾分高く転貸し、転借人がさらに之を幾分の利鞘をとつて転々貸することを大目に見て来たところ、原告吉田は之を被告高宮に、被告小林には秘密裡に全く法外な暴利的家賃を以つて転貸し、被告高宮もやむなくこれを応諾して来たところ、原告の飽くことなき利欲追求のため却つて前記の秘密は破られ、被告小林の原告吉田に対する約束違反を理由とする断乎たる解約となり、被告高宮にとつては偶然にも禍は転じて福となる結果を来たし、暴利的家賃の追及を免れるに至つたので、かかる結果の原因は原告吉田の過剰なる利欲追及の行きすぎのためであつて、各当事者間に毫も公平を欠く結果を生じていない。原告吉田が、本件経過によつて失つたところが幾何なるかを、被告らは全く知らないが、仮令それが原告の言うところ百パアセント真実とするも、それは従来原告が常に危険を自らに賭して、その代りに一かく千金をもくろんで来たことの当然の結果であつて少しも怪しむに足りないし、また気の毒に思うにもあたらぬ。いわゆる権利金の如きは現在の物質万能の経済制度の中に生れて来た「鬼子」であつた本来健全なる制度にとつて、何等好ましきものではない。

要するに被告小林が原告の不信をなじると共に解除を申渡したのに何等非難すべきものがない。且つ右解除後更めて被告高宮に相当賃料を以つて転貸したのも(乙第一号証)何等不法でない。原告が転貸主被告小林に秘して法外な暴利的賃料をむさぼつていたのが、原告自身の行為によつて暴露し、遂にその権利を失つたのは、むしろ原告自身の自業自得というほかはない。なお家主陸口正之としては原被告等間の紛議は当事者間において解決すればよいことで自己が介入すべきものでもなく、又紛争に引き入れられることは迷惑この上もないといつている(乙第二号証)と附言し、

証拠として、乙第一、二号証を提出し、証人武田三重子、同栗木治男、同小林未栄子、同神保俊一、同陸口弘子、同田中松太郎と、被告小林勇(第一、二回)同高宮愛子(第一、二、三回)本人の各訊問を求め、甲第四乃至第六号証の成立を認め、同第三号証は郵便官署作成部分の成立を認めその余は不知、同第一号証の一、二、三は不知と述べた。

理由

原告が、昭和二十七年頃被告小林から本件店舗を賃料一ケ月五千円で賃借したこと、右賃料が昭和三十年二月から一ケ月七千円に値上になつたことは当事者間に争なく、原告本人訊問の結果により右賃貸借は期間の定めのなかつたものと認めることができる。被告小林は、昭和三十年六月六日頃無断転貸を理由として右賃貸借を解除したので原告の本件店舗賃借権は消滅したと抗弁し、原告が、昭和二十九年十二月頃右店舗を被告高宮に対し賃料一日二千五百円(一ケ月七万五千円)で転貸したことは当事者間に争ない。そこで右転貸借について被告小林の承諾があつたかどうかについて判断するに、原告の全立証によつても未だ明示又は黙示の承諾を得たものと認めることはできない。

もつとも原告の右転貸後約二ケ月にして被告小林は、原告に対する店舗の賃料を一ケ月五千円から七千円に値上げしていることは前説示のとおりであり本件店舗は河原町蛸楽師上る一筋目東入る六角通に面した間口二間半奥行三間弱の面積約六坪の店舗で、被告小林の居住家屋との関係は、一軒の家の奥と二階を同被告が居住占有し、階下表の部分が本件店舗となつていて被告小林及びその家族は家屋の東側の露地から出入しているものであることは原告本人訊問の結果(第一、三回)により明かで被告高宮は本件店舗を転借するに際し、改造費四十二万円を投じて昭和二十九年十一月から十二月までかかつて店舗を改装していること、右は店の模様をすつかり変えたもので、入口は従来東寄りにあつたものを、西の方へ持つて来て高さも高くし、天井は一尺くらい上げる等相当大規模なものであつたことは被告高宮本人訊問の結果(第三回)に徴してこれを認めることができる。しかしながら被告高宮本人訊問の結果(第一回)によると原告は店舗を同被告に転貸するに際し被告小林に右転貸の事実を秘し、被告高宮がバアの名称として「女王」とつけようとしていたのを、原告が「旅愁」という名を引継いで喫茶店「旅愁」の継続のようにすることを指示し、被告小林に対してはバア「旅愁」は喫茶店「旅愁」の継続として、原告が経営しているのであつて、被告高宮が店にいるのは「雇われマダム」だとするように打合せ、店舗改装工事の際にも被告高宮は、原告の意嚮を汲んで工事現場に姿を出さなかつた事実を認め得べく、原告本人訊問の結果(第三回)の一部に徴すると、原告の被告小林に対する店舗の賃借料が一ケ月五千円から七千円に値上げになつた経緯は被告小林から「喫茶店がバアになつてからは、夜間遅くまで喧しいので賃料を一ケ月一万円に値上してくれ」と言われ、折衝の結果原告としては一ケ月七千円但し先家賃という線で右値上の要求を承諾した事実が認められる。

以上の認定事実と弁論の全趣旨を綜合すると、被告小林としては昭和三十年六月頃までは多少の疑念は懐いてはいたが、未だ転貸の事実を覚知していなかつたものと認めるを相当とするから、他に別段の立証のない限り原告の挙示する如き事実を以てしては未だ原告のなした転貸について被告小林の明示又は黙示の承諾があつたものと即断することはできない。

そうだとすれば被告小林は原告の無断転貸を理由に原告との賃貸借を解除し得る筋合であり、証人栗木治男の証言被告小林本人訊問の結果(第一回)を綜合すると被告小林は昭和三十年六月頃同被告方において原告に対し店舗の賃貸借を解除する旨の意思表示をなしたものと認めることができる。しかしながら、本件においては後段説示の理由から、被告のなした契約解除の意思表示は権利の濫用としてその効力を生じないものとするのが相当である。蓋し、店舗の賃貸借には地代家賃統制令の適用なく(同令二三條二項四号参照)賃貸人としては賃料収取の権能を充分に発揮し得るのであるから、賃借人が誰であるかということは必ずしも重要でない。現に本件店舗の賃借権(正確には本件店舗の転借権というべきであるが)も訴外大下、富田、青木、黄陸を経て原告へと転々譲渡され、それらの権利の異動については、その度に被告小林の承認を得ないでズルズルと変更される場合が多かつたことは成立に争ない甲第四号証によつて明かである。もつとも店舗の賃貸借の場合には使用する人間の相違が同時に業種乃至は使用状況の差であり、家屋の損耗の程度や原状回復の難易の差となつて表われ、賃貸人の利害に大きく関係することもあるわけであるが、本件店舗が喫茶店からバアに変るについては、前段説示のとおり賃貸借の当事者たる原告と被告小林が話合の結果従前の一ケ月五千円後払の賃料を一ケ月七千円先払と変更し、賃貸人側の利益の保護も配慮されているのである。のみならず本件で問題となつているのは賃借権の譲渡ではなくして転貸である。民法六一二條は転貸を賃借権の譲渡と共に賃貸借契約の解除事由となし、解除原因としての両者に差別を設けていないけれども、些細に検討すれば、賃借権の譲渡は従前の賃借人が賃貸借関係から離脱するものであるのに対し、転貸の場合には従前の当事者が依然として賃貸借契約から生ずる賃料支払義務を負担しているのであるから、同じく義務違反といつても賃貸人に対する関係では自ら軽重の差が存するものとみなければならない。

他面賃借人側の事情について考えるに店舗の賃貸借の場合には相当の権利金を支払うのが通常であり、有形無形の造作が附せられていることが多く、これらの投下資本回収のためには、換価の可能性がなければならず、賃借権の譲渡乃至転貸の自由は住居の場合よりも広く認めて然るべきである。本件においても、原告は、店舗の賃借権を譲受けるについて前者の黄陸に対し権利金五十万円を支払つたほか仲介人に対する手数料として十万円合計約六十万円を支出し、店舗の改造費としては改装費六十万円、室内のデザイン料八万円、嵌込の壁画に五万円、電話開設費八万円、什器備品の買付に六、七万円を要していることが原告本人訊問の結果(第三回)によつて認め得べく、原告が賃借人として投下した資本回収の可能性は故なく剥奪されるべきものではない。

巷間行われている権利金の内には専ら地代家賃統制令を潜脱するために生じたものがあるけれども(地代家賃統制令一二條の二。なお店舗の賃貸借には地代家賃統制令の適用がないことは勿論である-同令二一條二項四号)本件のように店舗その他営業用の建物について授受される権利金はそこで営まれる営業そのもの、ないしは造作やその場所に伴う顧客等を含めてその建物の有する営業上の利益の対価として支払われるものであつて、財産権の一種として法の保護に価するものであることは、すでに一般に承認されているところである。この種の権利金は財産権であるから、賃貸借が終了し、その財産権を賃貸人に返還する場合には、相当の対価を受け得べく、それを第三者に譲渡することも勿論可能であると説かれている。大審院が賃貸人が賃貸借の終了後、賃借人の経営した湯屋業をその建物と共にほしいままに第三者に賃貸した事件において賃貸人の不法行為責任を認めたのはこの理に基くのである(大判大正一四、一一、二八民六七〇頁参照)

ところで成立に争ない甲第四号証と被告両名本人訊問の結果(何れも第一回)により成立を認める乙第一号証証人栗木治男、同田中松太郎の各証言弁論の全趣旨を綜合すると、被告小林は原告から昭和三十年六月分までの本件店舗の賃料を受領し(但し右六月分の賃料は後日返還した)原告との店舗賃貸借関係が存続しているに拘らず、同年五月下旬頃被告高宮の申出に応じて談合し同年六月一日右店舗を直接同被告に賃貸することを約し、原告に対する賃貸人としての義務と事実において両立しない所為に出て且つ被告両名相謀り、今後原告に対しては昭和二十九年十一月本件店舗使用権を勝手に放棄したものと做して処理することを定め更に将来の履行確保の手段として「家主(本件においては訴外陸口正之を指称する。以下同じ)及びその他に対して甲(被告小林を指称する。以下同じ)乙(被告高宮。以下同じ)協同の利益の上にたつて行動する。例えば乙が勝手に家主及び第三者と結んで甲に不利益を与えたり、甲が家主及び第三者と結んで乙に不利益を与えたりする」如き所為に出ないことを相互に誓約し(乙第一号証の十條参照)違約罰として百万円の支払義務を課していること(同号証の十一條参照)が認められる。

凡そ権利の行使は信義に従ひ誠実にこれを為すことを要す(民法一條)るものというべく、被告小林が無断転貸による解除権を有するのをさいわい被告高宮と結託してなした契約解除の意思表示は故なく原告から投下資本回収の機会を奪い、徒らに同原告を困却させるものとして、その効力を生じないものと解する。もつとも原告と被告高宮間の店舗転貸借における賃料額一日二千五百円が高額であることは窺知するに難くないが、この種の店舗の権利の譲渡に際しては相当多額の権利金が授受されるのか通常であるのに拘らず被告高宮はこれを支払つていないのであつて、被告高宮として高額な賃料額を承知の上で借りたとすれば契約当事者でもない被告小林として敢て暴利的家賃として難ずるのは当らない。右の次第であるから原告は被告小林に対し、本件店舗につき賃料一ケ月七千円の期間の定めのない賃借権を有するものとする。

次に被告高宮に対する請求について判断するに原告本人訊問の結果(第一、二回)を綜合すると、被告高宮の原告に対する賃料の支払は、昭和三十年四月二十五日までは、一日二千五百円の約定どおり履行されていたがその後は遅れ勝ちとなり、同年五月中頃以降は全く支払つていないことを認め得べく、原告が、昭和三十二年七月三十一日到達の書面で、一日千二百円の割合で昭和三十年四月二十六日以降同三十二年五月末日までの延滞賃料として、合計八十万六千円を到達後五日以内に支払うべき旨の催告並に條件付契約解除の意思表示をなしたことは当事者間に争ない。右催告は延滞賃料の起算日について前段認定に照すと正確ではないが、賃料額を減額して計算している点を考えると催告としての効力に影響がないものとする。被告小林が右催告期間を徒過したことは同被告の明かに争わないところであるからこれを自白したものと認めるべく、原告と同被告間の本件店舗賃貸借は、右催告期間の経過と共に同年八月五日限り解除になつたものというべきである。従つて被告高宮は原告に対し、店舗を明渡し、且つ昭和三十年四月二十六日以降店舗明渡済に至るまで一日金二千五百円の割合による賃料及びこれと同額の損害金を支払う義務がある。

よつて原告の本訴請求を全部正当として認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九條第九十三條仮執行の宣言及びこれが免脱の宣言につき同法第百九十六條を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎福二)

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