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京都地方裁判所 昭和32年(ヲ)5号 決定 1957年3月15日

申立人 森田寅雄

相手方 江川金次郎

主文

本件申立は之を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

事実

申立人の本件異議申立の要旨は相手方は申立人に対する当庁昭和三十一年(ヨ)第三二二号仮処分決定正本に基き京都地方裁判所執行吏をして昭和三十二年一月十日申立人が使用中の京都市中京区西の京池の内町三十番地の十二所在の家屋及び動産に対し執行をした。右仮処分決定は先に相手方より申立人に対する当庁昭和三十一年(ヨ)第二五九号仮処分決定によつて申立人に所持使用を許された前記物件につき申立人の所持使用を禁じて現状不変更を条件として相手方に使用を許す旨を命ずるものであるが、前記当庁昭和三十一年(ヨ)第二五九号仮処分の執行後申立外堀江定次より申立人に対し同物件につき申立人の占有を解き執行吏の保管となし執行吏は申立人にこれが使用を許す旨の大阪地方裁判所昭和三十一年(ヨ)第二一二一号仮処分決定がなされ既に照査手続を了えているのであつて同一物件につき何れも申立人に対し相手方申請の当庁昭和三十一年(ヨ)第二五九号仮処分と堀江定次申請の大阪地方裁判所昭和三十一年(ヨ)第二一二一号仮処分が競合しているから前記当庁昭和三十一年(ヨ)第三二二号仮処分決定は明らかに大阪地方裁判所昭和三十一年(ヨ)第二一二一号仮処分決定の内容を廃止、変更し殊にその執行除去を目的としてなされたもので右決定及びその執行はいずれも違法である。以上の次第で右執行の排除を求めるため本件申立に及んだというにあつて証拠として甲第一乃至第六号証を提出した。

理由

当裁判所が相手方の申請により昭和三十一年七月三日同年(ヨ)第二五九号仮処分事件に付「別紙目録記載の動産(家屋外動産)に対する被申請人(本件申立人)の占有を解き申請人(本件相手方)の委任する執行吏に保管させる。但し右執行吏は現状を変更しないことを条件として被申請人(本件申立人)に右物件の使用を許すことができる。この場合執行吏は右物件がその保管にかゝることを公示する為適当な方法をとらなければならない」との仮処分決定をなし同決定がその頃執行されたこと。右仮処分は相手方の目的物件に対する占有乃至所有権を申立人が侵害したとしてその返還を求める訴を本案とすることは当裁判所に顕著なところであり、右仮処分執行後申立外堀江定次の申請にもとづき大阪地方裁判所が同一物件につき「被申請人(本件申立人)の占有を解いてこれを申請人(堀江定次)が委任する執行吏に保管させる。執行吏は被申請人(本件申立人)の申出があつた場合には被申請人(本件申立人)が右物件の現状を変更しないことを条件として被申請人(本件申立人)が使用しているままで保管することが出来る。右の各場合に執行吏はその保管していることを公示するために適当な方法をとらねばならぬ。被申請人(本件申立人)は右物件の占有名義を変更、占有の移転その他一切の処分をしてはならぬ」旨の仮処分決定を為し同決定が同年九月二十八日照査手続に準じて執行されたこと、右仮処分は堀江定次が申立人に対して有するとされる物件についての賃貸借終了乃至所有権にもとづく引渡請求権の将来の執行を保全するためのものと解すべきことは甲第一乃至第六号証によつて明らかである。更にその後昭和三十二年一月九日当裁判所が相手方の申請にもとづき「当庁昭和三一年(ヨ)第二五九号仮処分事件において既に別紙目録記載の物件を保管中の執行吏は同物件に対する被申請人(本件申立人)の所持使用を禁じ現状を変更しないことを条件としてこれを申請人(本件相手方)に所持使用させなければならない。(本件仮処分は前記昭和三一年(ヨ)第二五九号仮処分が失効するときは当然その効力を失う)」旨仮処分をしたこと、そしてその本案が第一次仮処分と同一のものであることも当裁判所に顕著な事実である(当庁昭和三一年(ヨ)第三二二号仮処分事件記録参照)。申立人は右第三次仮処分決定は第二次仮処分が申立人に物件の使用を許容しているのをその内容に於て廃止変更し殊にその執行除去を目的として為されたものであるから右第三次仮処分は決定自体違法でありその執行もまた当然違法であると主張しこれを本件異議申立の理由としているのであるが、右主張は失当である。以下当裁判所の見解を述べる。(此の問題を論ずるにあたつては、本論に先立ちその前提として本件第一次及び第二次仮処分の如き所謂占有移転禁止の仮処分の効力に関する当裁判所の見解を一応説明しておく必要があると考えるが行文の煩雑化を避ける為これに付ては補説として末尾に譲り以下簡明を期して要点のみを摘記することゝする。)後の仮処分を以て先の仮処分を廃止、変更することができないことはまことに申立人主張のとおりであるが、右にいわゆる廃止、変更とは仮処分の効力を全部又は一部毀滅することを意味し、後の仮処分により先の仮処分の効力が全部又は一部にても毀損せられないときは後の仮処分を以て先の仮処分を廃止、変更するものとし之を当然違法視するを得ないこともまた異論のないところであろう。従つて前記のとおり堀江定次を債権者とする第二次仮処分は同債権者の本件申立人に対して有する物件引渡請求権の将来に於ける強制執行を保全せんとするものであると解せられる以上、右第二次仮処分にもとづく将来の強制執行が本件第三次仮処分によりその実現を阻害されるかどうかを先づ第一に省察する必要があるが、当裁判所としては第一次仮処分の存続する限り第二次仮処分は単に照査的効力を有するのみであつて仮に第二次仮処分が本執行の段階に到達しても第一次仮処分の効力に対抗し得ず(此の点学説に争があるが当裁判所は右の説に従う)反対に第一次仮処分の本執行への移行に際しては第二次仮処分は当然その効力を失う関係にあり、且本件第三次仮処分によれば物件の占有者たる執行吏は単に所持機関を森田より江川に変更する要があるのみでその間執行吏の占有は同一であると解し(所持機関の所持の喪失は執行吏占有の喪失をも来すが、本件に於ては執行吏は裁判所の命によりみずから所持機関を変更するのであつてその間執行吏の占有自体には何等異変がない)。そして又仮処分物件の現状にも何等の変動を生ずることがないのであるから、第二次仮処分の照査的効力は第三次仮処分により些かも影響を受けることなく第二次債権者たる堀江の為に将来或は為されるべき強制執行が本件第三次仮処分の為その実現に当然困難を加重させられるとの理論的根拠はないと考える。(仮りに執行吏の所持機関江川に対する監督が適正を欠き右危惧が生じた場合に堀江のとり得る救済手段に付ては一般の場合に於ける第一次仮処分債権者の有するそれとの間に何等逕庭がない。執行方法に対する異議を申立てる場合相手方となる江川が第一次仮処分債権者であることも少しも障りとならない。)

右見解に対し或いは所持機関を森田より江川に変更すること自体が将来の強制執行を不安にし第二次仮処分の効力を毀損するという論があるかもしれない。然し第二次仮処分債権者たる堀江としては森田に本件物件の占有を任せて置くことに危惧があつたればこそ執行吏保管を申請したのであり、唯森田の所持及び使用を全部禁圧することは単に将来に於ける執行の保全という右仮処分目的に照らして必要な限度をこえるところから「被申請人に現状を変更しないことを条件として使用を許すことができる」としたものと解すべく(少くとも第二次仮処分決定の趣旨はそのように解さなければならない)。森田が本件物件を使用し得ることは右仮処分で債権者たる堀江の権利保全の為に許容された措置に或限度があることの反射的効果に過ぎないのであるから、所持機関を森田に限るとすることはむしろ右仮処分本来の趣旨に背馳するものといわなければならない。

右のように本件申立人が第二次仮処分に於て、物件の使用を許容されたのは仮処分に関する限り単なる反射的利益に過ぎず何等の所持使用権を認められたものではないのであるから同人が本件仮処分自体を目して第二次仮処分によつて認められた自己の権利を侵害するものと為し得ないこともまた更めて説明を要しない。此のことは執行吏保管の仮処分中債権者もまた目的物件内に立入り其の他物件の所持使用等を為すことを得ずかゝる場合債務者に於て執行方法の異議を申立て得ることと何等矛盾するものではない。右は仮処分執行の内部的効果の問題であり、本件の如く第二次及び第三次仮処分相互間の外部的効果の問題とは全く別である。

或は更に第二次仮処分執行の解放がない限り、執行吏は右執行を継続すべき職責を有するから之と執行内容を異にする第三次仮処分の執行を為すことは許されないとの論があるかもしれない。そして申立人の主張は究極に於て此の点に帰すると考えられるが次に之に関する当裁判所の見解を示すこととする。之に関連しむしろ其の基底となる問題として一般に本件第一次の如き現状保存の仮処分執行中本件第三次のような所謂断行の仮処分が発令された場合右第二次仮処分の執行はたといそれが同一債権者の為にするものであつても第一次仮処分執行の解放がない限り不能であるとの有力な学説があるが之は当裁判所のたやすく同調し得ないところである。

第一次仮処分執行中第二次仮処分を発令することは後記補説の項で説明するように何等違法ではない(当裁判所は夙に此の見解をとつて来たのであるが、近時学説に於ても結論として承認されている)。そして当裁判所の見解によれば一般に仮処分制度は係争物に関する仮処分であると仮の地位を定める仮処分であるとを問わず仮差押制度と並んで現実の事態が本案実現を指標とする理想状態から偏倚することを防止又はその偏差をせばめることをその本質的機能とするものであるが、前記第二次仮処分は第一次仮処分と同一本案請求権のためにするものであつてその作用は均質的に同方向に働いて居り、その執行の具体的方法も同一系列上の発展的な関係に置かれるものであるから、その間の時間的間隔を外して考えれば第二次の仮処分執行は第一次の仮処分執行の上にその上層段階として積重ねられたものであり、後者は単に前者の基盤に過ぎないともいえる関係が見出される。言葉を換えていえば本案請求権の実現という終局目標に向つて第一歩をふみだしたのが第一次仮処分及びその執行であり、同じ道程を更に一歩前進したのが第二次仮処分及びその執行である。第二次仮処分執行の為にはその前提として必ず第一次仮処分執行の解放がなければならないとする必要が果してみられるであろうか、当裁判所としてはたやすくその理を理会することができない。

ところで本件第三次仮処分は裁判所が執行吏に対し保管方法の変更を指示するものであつてその執行方法は前段述べた一般の場合に比し単に照査債権者たる堀江にその旨の通知を要する外何等かわるところがなく、効力の点からしても既述のとおり第二次仮処分を些かでも毀損するものでないから本件第二次仮処分の照査による執行の存続は第三次仮処分の執行に対し何等の障害とならないと解するのが当裁判所の見解である。

もし上述の見解に反する申立人の主張を正当とすれば仮処分債務者は第二次仮処分債権者の異議なき限り仮処分物件の現状を変更し乃至之を他人に使用させることも殆ど意のまゝと為し得る事態が予想される。即ち此の場合第一次債権者は事態の既成化に先立ち執行吏の措置を求める微弱な救済手段に訴える外途がない(この場合執行吏の権能が制限されたものであることに付ては補説参照)。又第一次仮処分後に自己使用の必要が発生し又はその疏明が充足された場合債権者は第二次仮処分の介在によりその救済手段を杜絶され数次仮処分の併存性及び仮処分の緊急性の法理から離れる以外適切な解決策が見当らないという困難な事態が予測される。

以上のとおり考えてくると所持機関を第一次債権者に変更する本件第三次仮処分は単にそれだけでは違法とすることができないという結論をとるのが最も妥当と思われる。尤も本件第三次仮処分が実質的に違法乃至失当であるか否かは別の問題に属するが申立人の主張は此の点に関係なく第二次仮処分の存在に拘らず第三次仮処分を発令したこと自体が違法であり、したがつて右違法な仮処分の執行自体が違法であるという点のみにあるのであるから当裁判所は以上述べたところにより本件異議申立は理由なきものとして却下すべきものとし申立費用の負担に付民事訴訟法第二百七条第八十九条を適用して主文のように決定する。

補説

本件第一次仮処分の如き仮処分(普通「占有移転禁止の仮処分といわれる)の効力に付て当裁判所のとる見解には有力な学説と対峙する点が一、三あるので、此処で右仮処分の効力に関する当裁判所の見解を若干補充説明することとする。

この種仮処分に「執行吏は現状を変更しないことを条件として被申請人に使用を許さなければならない」とあるのを根拠として債務者が現状を変更したときは之に対し債権者より代替執行乃至間接強制を申請し得るとする説が有力であるが当裁判所は之に左袒し得ない。

当裁判所の見解によれば此の種仮処分の効力として代替執行乃至間接強制を申請し得るとする為には当該仮処分上不作為債務の給付命令が明示されていることが必要であつて、一般に(一部有力学説は別として)本案判決とか調停や和解などの調書に於てはそのような取扱となつているにかゝわらず仮処分の場合に於てのみその解釈を異にするのは当裁判所の容易に理会し得ないところである。勿論当裁判所での実務の経験に徴しても債務者が仮処分の発令にかゝわらず現状を変更する虞れのある場合が絶無とはいえないが、その際当裁判所は申請人の申請により(空家のまゝ執行吏に保管させることは別として)「被申請人は右家屋を増築、改築する等現状を変更してはならない」等の一項を特にかゝげて給付命令を明らかにする立前であつて、(この際は違反行為に対し授権決定が為され得る)、通常の場合は殊更このような条項を挿入しなくてもそれで充分執行保全の目的を達すると考えて居り、又それが実務の上にあらわれた実際の状況である。即ち「現状を変更しないことを条件として云云」とあるのは執行吏に対する保管方法の指示であつて、債務者はその反射的効果を受けるに過ぎない。債務者は仮処分上現状を変更しないことを条件として家屋の使用権を認められたものでないことは本文説明のとおりであるが、また、反対に現状を変更しない不作為義務の給付を命ぜられたわけでもなく、債務者に負担させられるのはたゞ仮処分の適正な執行を忍受しなければならない地位のみである。そしてその執行内容も当該仮処分に関する限り執行保全の最終目的実現の為に無限に自律展開できるという性質のものではないのであつて、執行吏は執行に際し債務者に対し現状を変更しないことを充分戒告すべく、又保管中必要に応じ随時点検を為し違反行為に対しては自力救済的処置をその職務上の権能として為し得ることは勿論であるが、もし違反行為の結果が或程度既成化し通常の保管人としては既に自ら施すに術のない状態におちいつている場合は新たな仮処分の発令がない限り実力を行使することができず又裁判所といえども当該仮処分の執行としては債権者の申請により受権決定を為す権限を持合わさないことは前述のとおりである。即ち此の種仮処分はその発令に際し疏明された事態に照らしその程度で十分執行保全の機能を発揮し得ると考えられているのであつて、それ以上の事態はこの種仮処分の自ら予想しないところでありそれに対する救済手段は現実に用意されていないとするのが当裁判所の見解である。従つて右のような事態が発生した場合は第二次仮処分の発令が当然必要となつてくるのであつていわば第一次仮処分の効力は内包的には閉塞しているが外延的には第二次仮処分発令への契機をはらんでいるということができよう。

(右見解に対し仮処分の効果として余りに微弱であり、又同一本案請求権の為に再度の仮処分という変則がむしろ原則化しているという非難が加えられるかもしれない。然し仮処分の内容は発令当時の疏明に照らし必要と認められる限度を超えてはならないことは保全制度の本質をなすものである。のみならず実際上に於てもこの考方の方が債権者に仮処分制度を利用しやすくさせ、その機能を容易に発揮させるという結果を生じる。即ち第一次仮処分の保証金も比較的低額ですみ第二次の保証金は第一次仮処分の存在により非常に少額又は皆無で足りる場合さえ予想される。又仮処分執行後の債務者特定承継は発生する余地がなく、実際上大部分の場合を占める債務者承継に関し右承継が可能なりや又その立証は疏明で足りるかの問題も自ら解消する)

(裁判官 加藤孝之)

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