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京都地方裁判所 昭和32年(行)1号 判決 1958年4月03日

原告 平田親励

被告 下京税務所長

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が原告に対し昭和三十一年五月三十日附でした昭和三十年度分の所得税額を五千五百五十円と更正する処分は無効であることを確認する。仮に右処分が無効でないとするならば右処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

一、原告は被告に対する昭和三十年度分所得税の確定申告をするに当り、総所得金額を事業所得八万八千五百四十五円、給与所得六万九千二百七十二円の合計金額十五万六千八百十七円、これより扶養控除額六万五千円、基礎控除額七万五千円を差引いた課税総所得金額を一万六千八百十七円、所得税額を二千四百円として申告したところ、被告は昭和三十一年五月三十日附を以て、原告にはなお五万二千五百三十六円の不動産所得ありと認定して、総所得金額を二十万九千三百五十三円とまたこれに対する税額一万二千五百五十円から老年者控除額七千円を差引き、原告に対する課税額を五千五百五十円とそれぞれ更正し、翌三十一日原告はその旨の通知をうけた。原告は右更正を不服として同年六月十二日被告に対し再調査請求をしたが同年七月六日これを棄却されたので更に同月十一日大阪国税局長に対し審査の請求をしたところ、同局長は同年十二月二十一日審査請求を棄却する旨の決定をし同月二十三日原告はその旨の通知をうけた。

二、しかしながら、被告のした右更正は次の理由で違法である。

(一)  被告が右不動産所得の源泉とした別紙目録記載の原告所有家屋(以下本件家屋と云う)は、柳ノ下町家屋番号三十三番一棟五戸のうち一戸を除く全部(計十二戸)を他に賃貸しているので昭和三十年度においては総額九万二千百円の家賃収入があつたが、右家賃額は地代家賃統制令に基く統制額であつて同令施行規則第一条が、家賃の停止統制額又は認可統制額は地代相当額及び固定資産税相当額(昭和三十一年七月一日以降は更に都市計画税相当額)並びに一定率の必要経費を合計して定めると規定しているところから明らかなように、統制家賃額は租税、地代又は必要経費を支弁して尚利潤を生ずる余地はないように抑制せられているから本来右のような諸経費を控除した余剰たる所謂所得(所得税の課税対象たる収益)を得ることは法律上禁止せられており、従つて統制家賃収入については所得税の課税対象たる所得ははじめから存在しないものと云わねばならない。然るに、被告のように本件家賃収入九万二千百円を地代家賃統制令の適用のない家屋からの収益に擬して課税の対象とすることは結局架空の所得を課税の対象として所得税を徴収するものに外ならず違法と云う外はない。

(二)  仮に統制額の家賃収入が所得税法所定の所得に該当するとしても、被告はこれより控除すべき必要経費たる減価償却費の算定を誤り、また右家賃収入を得るに必要であつた投下資本の利子を必要経費として算入しなかつた違法がある。

被告は右減価償却費の算定に当つて、原告が本件家屋を最初に取得した価格即ち、柳ノ下町の家屋について原告が昭和九年十一月三十日に金四千三百七十円で、高田町の家屋について昭和八年一月十六日金三千五百円で取得した価格を減価償却費計算の基礎たる取得価格としたが、所得税法施行規則第十二条の十一所定の取得価格は減価償却費算定のときにおいて所有者が当該固定資産を取得しうる貨幣額を謂うと解すべきである。蓋し物の価格は現在において通用する貨幣価値で計るほかはないのであつてすでに存在しない過去の貨幣価値で計ることは不可能である。而して貨幣価値が安定している期間にあつては最初の取得も、再度の取得、更に三度目の取得もその取得時の価格は同一で、差異がないから取得価格と云えば取得物の価格を代表しているが、貨幣価値に変動があるとこれを取得しうる貨幣額にも変動があることとなるからその価値を償う場合にはこれを償うときにおける貨幣価値で取得しうる価格を以て減価償却の基礎たる取得価格となすべきことは事理の当然であり、然らずして被告のように解するならば減価償却はしないに等しく財産性を固定することは到底不可能に帰すると云わねばならない。ところで、地方税法は固定資産の課税標準たる適正な時価を決定する手続を定めているが、同法第四百十四条によれば固定資産の価格決定について右の価格は所得税法の規定による所得の計算上必要な経費として控除すべき減価償却費の計算の基礎となる固定資産の価格を下ることはできないと定めており、右規定の趣旨からすれば固定資産の減価償却の基礎たる取得価格は地方税法による固定資産評価額によるのが相当である。然らば、本件家屋の取得価格は、柳ノ下町の家屋については昭和三十年度固定資産評価額たる六十八万五千九百円、高田町の家屋については同じく五十三万五千二百円であり、固定資産の耐用年数等に関する省令別表一によれば木造家屋の耐用年数は三十年であるから、右固定資産価格評価の基準日たる昭和三十年一月一日現在の各家屋の残耐用年数は柳ノ下町の家屋は三年(建設時期昭和三年十二月十七日)、高田町の家屋は四年(建設時期昭和四年十二月十二日)となり減耗減価率はそれぞれ同令別表七により前者につき三割三分三厘、後者につき二割五分であるから、定額法により計算すれば、減価償却費は次のとおり柳ノ下町の家屋につき二十万五千五百六十四円、高田町の家屋につき十二万四百二十円合計三十二万五千九百八十四円となるべきである。

柳ノ下町 (685,900-685,900×0.1)円×0.333=20,556,423円

高田町  (535,200-535,200×0.1)円× 0.25=120,420円

次に、所得税法第九条の三第一項第一号は総所得金額等の計算をするにつき不動産所得、事業所得等の計算をするにつき不動産所得、事業所得等の計算上損失を生じたときはこれをまず他の同法第九条第一号乃至第五号及び第十号に規定する所得から控除する旨定めているが、これは不動産所得、給与所得或は事業所得等第九条に規定する数種の所得について経理上各別個の帰属者である企業体を認め、各企業体毎に損益の計算をし、その算出された損益を通算して総所得金額を算出することを意味する。而して、このように同一人の中にあつて個々別々の企業主体を認め経理上の人格を認める以上法律上の人格に準じて経理上の取引の成立を認めなければ損益の計算をなしえないこととなり、従つて投下資本の利子を経費として算入するか否かの問題についても不動産所得に対する関係では他人資本の利子のみならず、本件家屋の如く原告自ら所有する資本により貸家企業を営む場合においても、この資本についての計算上の利子を必要経費として控除すべきものと解すべきである。然るところ、原告が本件家屋を現状のように賃貸せず他に利用するならば、前記本件家屋の時価である昭和三十年固定資産評価額合計百二十二万千百円の一割即ち十二万二千百十円の収益を挙げうべきこととなるから、右相当額が本件家賃収入に対する自己資本の利子として必要経費に加算さるべきである。

而して、原告は昭和三十年度において地代として九千六百円、及び固定資産税として一万七千五百三十円を支出したので、結局原告の家賃収入九万二千百円から控除さるべき必要経費は、右地代、固定資産税各相当額に減価償却費三十二万五千九百八十四円、投下資本の利子十二万二千百十円を加えた合計額四十七万五千三百二十四円となるから不動産所得としては三十八万三千百二十四円の損失を生じたこととなるのであるる。

三、然るに被告のなした更正決定は本件家屋の家賃収入を地代家賃統制令の適用を受けない家屋の家賃収入と同一に取扱いその結果架空の所得を課税対象とするものであつて、かかる処分は正義と秩序を基調とし、民主主義に基く国政の運営を本旨とする憲法の精神に違反し、ひいては憲法第十四条、第二十九条に保障する国民の平等及び財産に対する基本的人権を侵害するものであり、仮にそうでないとしても、前記のように所得税関係法規をほしいままに解釈して原告に不動産所得ありとした点において重大且つ明白な違法があるから無効の処分であり、仮に無効でないとしても取消さるべきである。よつて本件更正処分の無効なることの確認を求め、仮に無効でないとするならばその取消を求めるため本訴に及んだと述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中原告の昭和三十年度の事業所得、及び給与所得の各金額が原告主張のとおりであつたこと、原告がその主張どおりの確定申告をなし、被告及び訴外大阪国税局が原告主張のとおりの各決定を行つたこと、原告所有の本件家屋中賃貸部分十二戸の昭和三十年度の家賃収入が九万二千百円であつたこと、右家賃額が地代家賃統制令所定の統制額の範囲内のものであること、原告が昭和三十年度に地代として九千六百円を本件家屋の固定資産税として一万七千五百三十円を支出したことと、本件家屋の建設の時期が原告主張のとおりであり原告が本件家屋中柳ノ下町の家屋を昭和九年十一月三十日高田町の家屋を同八年一月十六日に各取得し当時の取得価格はそれぞれ四千三百七十円及び、三千五百円であつたこと、及び本件家屋の昭和三十年度の固定資産評価額が原告主張のとおりであることは認めるが、原告において大阪国税局の審査決定の通知をうけた日は不知、その余の事実並びに原告の見解はすべて争う。本件更正は次の理由で適法である。

原告は本件家屋の家賃額は地代家賃統制令による統制額であるから右家賃収入については所得税法の課税対象となりえないと主張するが、一般に統制は所得を否定するものではないから統制額であるからと云つて直ちに所得が存在しないと速断することはできない。地代家賃統制令の目的とするところは住宅事情を安定して国民生活の安定を図るにあるからその必要上家賃による収入を抑制することがあつても所得の禁止を目的とするものではなく、またこれを禁止した規定もない。右の点は原告援用の地代家賃統制令施行規則第一条についても同様である。而して他方、所得税法は統制の有無によつて課税物件の取扱いを異にしていないからそこに生じた所得が非課税所得でない限り所得税法上の納税義務があるものと云わねばならない。

然るところ、原告は、昭和三十年度においてその自認する家賃収入九万二千百円を得るについて本件家屋の減価償却費のほか、地代として九千六百円、固定資産税として一万七千五百三十円を支出したから、不動産所得額の算出に当つてはこれらを必要経費として控除すべきところ、右の減価償却費は、左記のとおり二百四十一円である。

本件家屋の取得価格 柳ノ下町の家屋全部 四千三百七十円

高田町の家屋全部  三千五百円

減価償却方法    定額法(原告は償却方法選定の届出をしていない)

耐用年数      固定資産の耐用年数等に関する大蔵省令(昭和二十六年第五十号)第四条但書、別表一により三十年

償却率       同令別表七により〇、三四

{(4,370+3,500)-(4,370+350)×0.1}円×0.034=240,822円

然らば、原告の家賃収入より控除さるべき必要経費は合計二万七千三百七十一円であるから原告には六万四千七百二十九円の不動産所得があつたこととなり、これと原告の自認する事業所得八万八千五百四十五円、給与所得六万八千二百七十二円を合算するならば昭和三十年度の原告の総所得金額は二十二万千五百四十六円となるべきものである。

原告は右の減価償却費計算の基礎たる取得価格は本件家屋に対する昭和三十年度の固定資産評価額によるべきであると主張するが、何らの根拠もなく、原告は本件家屋について資産再評価法に基く再評価を行つていないのであるから、減価償却を本件家屋の原始取得価格によつて行うのは法規上当然である。また、原告主張のような投下資本の利子はこれを税法上の必要経費と認めることはできない。蓋し、原告主張の投下資本の利子は所謂自己資本の利子と云われるものであつて、かかる利子は所得税法第十条二項所定の負債の利子に該らないことは云うまでもないのみならず、もともと自己資本の利子なる概念は税法上用いられることはなく会計学上の概念であるが、会計学においても仮構的なものとして、経営の比較分析、経営対策の問題或は価格決定等においてこれを原価に算入して検討する際の実益があるとしても自己資本の利子を企業の利益から除外することは一般的に認められないとされており、従つて企業会計上も自己資本の利子は経費として取扱われていない。而して税法上の所得の計算は原則として会計学上の法則に則つて行わるべきものであるから(所得税法施行規則第十条参照)自己資本の利子を経費に算入することは税法上も認められないと解すべきである。これに加えて、所得税の課税標準は現実に発生した所得により定むべきものとされているから収入及び経費はすべて確定された権利又は義務とされるものでなければならず観念的、仮構的な所得又は経費はこれより排除されなければならない。然るに自己資本の利子はそれが恰も実際に発生したかのように推定されるにすぎないもので現実に第三者に支払い又は支払義務の生じたものではない。このように自己資本の利子は第三者との関係において現実に発生したものではなく、同一人格者の内部で観念上の計算乃至は評価において認識されうるものにすぎないから税法上の経費と云うことはできない。原告の援用する所得税法第九条の三第一項第一号は同法第九条が所得の種類に応じてそれぞれの計算方法を規定する必要と課税方法を区別するため所得の種類を十種に分類した結果、同一人に数種の所得が存在し、その一部に損失を生じた場合に当該納税義務者の課税標準を決定するため損益を通算する計算方法を定めたものにすぎず、各種の所得毎にそれぞれの人格を有する複数の企業主体を認めたものではないから、各種所得間の経理上の取引を認めることを前提として他人資本の利子と自己資本の利子とを同一に取扱うべしとの原告の主張は理由がない。

尤も、被告は本件更正の際、原告の事業所得及び給与所得の金額をそのまま是認し、且つ家賃収入に対する必要経費を前記二万七千三百七十一円よりも多額に見積つた結果不動産所得額を五万二千五百三十六円と認定したので、総所得金額を二十万九千三百五十三円と更正した。しかしながら右更正による総所得金額は前記真実のそれに比して少額で原告により有利であるから被告のした本件更正処分はこれを違法とすべき何等の謂れもない。と述べた。

(立証省略)

理由

原告主張の事実中、第一項の原告が大阪国税局長のなした審査決定の通知をうけた日時をのぞくその余の部分並びに昭和三十年度における原告の事業所得が八万八千五百四十五円であり、給与所得が六万八千二百七十二円であつたことは当事者間に争いがなく、原告が昭和三十一年十二月二十三日右審査決定の通知をうけたことは弁論の全趣旨により認むるに充分である。よつて原被告の争点は、被告が本件更正処分において原告に不動産所得五万二千五百三十六円があると認定したことの適否にあるので判断する。

まず原告は地代家賃統制令の適用ある家屋の家賃収入は所得税法所定の不動産所得たりえないと主張し、原告が本件家屋中柳ノ下町家屋番号三十三番一棟五戸のうち一戸を除く十二戸を他に賃貸して、昭和三十年度に九万二千百円の家賃収入を得たこと、右賃貸家屋の家賃額が地代家賃統制令に基く統制額であることは当事者間に争がない。ところで、所得税法第九条第三号は不動産の貸付による総収入金額から当該総収入金額を得るに必要であつた経費を控除した金額を不動産所得の一としているが、成る程地代家賃統制令施行規則第一条は、建設大臣が家賃の停止統制額又は認可統制額(以下停止統制額等と云う)が租税、修繕費等維持費の負担増加により公正でないと認められるに至つた場合にこれに代る額を定めうると規定した同令第五条第二項をうけて、右の旧家賃に代るべき額を定めうる場合を停止統制額等が租税又は必要経費に足らない場合であるとし、その額は固定資産税相当額、都市計画税相当額、地代相当額及び一定の必要経費の合計額とする旨規定しており(右の標準に従つた建設大臣の告示により停止統制額等が累次改定せられて来たことはいうまでもない。)右の代るべき額の構成要素たる固定資産税等の租税額、地代額及び必要経費はいずれも所得税法上は同法第十条第二項所定の必要経費に算入されて家賃収入額より控除さるべき性質のものであるから、原告主張のように統制家賃額からは常に不動産所得を生じえないかのように思われる。然しながら右施行規則第一条並びにこれに従う告示の趣旨は抽象的に前記の如き条件に合致する家屋がある場合において、それらの家屋全体について約定しうべき家賃の最高額を改定しうべきことを定めたもので、前記諸税額及び地代額についてはともかくその余の必要経費については個々の借家について現実に必要な経費を計上して具体的に定められるものではないから当該年度において或る借家のその年度の家賃収入を得るについて現実に支出することが必要であつた経費を家賃収入額から控除してなお余剰を生ずることはありうるのであり、このような場合に右の額は家主にとつては所謂利潤となるとともに、前記のような所得税法の立場から云えば、不動産所得として課税の対象となるものと云わなければならない。これを要するに、地代家賃統制令は原告主張のように所得の生ずることを禁止するものではないし、また所得税法は一般に認められた所得計算の原則に従つて必要経費を控除すべきことを認めているのであるから、地代家賃統制令の適用のない家屋の家賃収入と区別することなく課税の対象としたからと云つて、現行法並びにこれに従つた被告の処分には原告主張のような違憲、違法の点はなく、これと見解を異にする原告の主張は採用しがたい。

そこで次の争点である前記家賃収入金額より控除すべき必要経費の額について検討するが、原告が昭和三十年度に必要経費として地代として九千六百円、固定資産税として一万七千五百三十円を支出したことは当事者間に争がなく、原告が争うところは本件家屋賃貸部分の減価償却計算の基礎たる取得価格の解釈及び認定さるべき額並びに投下資本の利子を必要経費として計上すべしとする点にあるからこれらの点につき順次判断する。

凡そ企業が設備資産を用いて収益を挙げて行く上においてはその事業活動により収受した金額からこれに対応する費用を確定控除しなければ収益を確定することができない。ところが固定資産のように長期の利用期間に亘つてほぼ同一の使用価値として機能しつつ、その使用又は時の経過その他の原因によりその価値を減じて行くものにあつては、その取得原価を取得年度に直ちに費用として計上することも、また廃棄した年度にこれを費用として計上することも合理的ではなく、右の取得原価をその利用の全期間に公平に配分して費用として負担させるのが合理的であると云わなければならない。かような見地から固定資産の取得原価を費用として全利用期間に配分して負担させる(費用配分の原則)手続を減価償却と呼び、各期に配分された費用額を減価償却費と称するのである。而して右減価償却の目的は結局最初の投下資本の回収にあるのであるから減価償却計算の基礎となる取得価格は本質的には最初の取得価格そのもの(取得原価)を意味するものと解すべきである。尤も物価の変動等に対処するため、近時右の原価は減価償却当時の時価又は再調達の際の取替価格を以て基礎とすべきであるとの説もないわけではないが、減価償却自体は固定資産の更新のための取替資金の準備には直接関係がないのであつて、右のような説は会計学上も一般に容認されるところではない。これを現行法にたずねてみれば、資産再評価法は戦後の物価の高騰に対処して適正な減価償却を可能にして企業の合理化を図り、併せて名目所得に対する課税を排して負担の適正を期するために資産の再評価を実施する手続を定めているが、同法は最初の取得価格をその後の物価指数等を基準にして修正する立場をとつているのであつて、減価償却についてその基本規定となる所得税法施行規則第十二条の十一所定の取得価格が最初に取得した価格を意味することは右資産再評価法のとる立場からしても明らかであると云わねばならない。従つて原告が本件家屋について現在の貨幣価値により減価償却を行おうと欲するならば、すべからく資産再評価法による再評価を行つてその申告をすべきであつたのであつて、原告が本件家屋について右の再評価の手続をしていないことは原告の明らかに争わないところであるから本件賃貸家屋に対する減価償却費の算出の基礎たる取得価格は被告主張のとおり原告が右家屋を最初に取得したときの価格により行うべきことは当然である。

然るところ原告が本件家屋中柳ノ下町二棟七戸を昭和九年十一月三十日に取得しその取得価格が四千三百七十円であつたこと及び高田町三棟六戸を同八年一月二十六日に取得し、その取得価格が三千五百円であつたことは当事者間に争いがなく、かつ原告が減価償却方法選定の届出をしなかつたことは原告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものと看做し法定償却方法たる定額法により(前記施行規則第十二条の十三)、更に右柳ノ下町の家屋の建設時期が昭和三年十二月十七日であり、高田町の家屋の建設時期が同四年十二月十二日であることは当事者間に争いがないから、いずれも原告取得の当時すでに耐用年数の一部を経過していたことが明らかであるけれども、固定資産の耐用年数等に関する省令(昭和二十六年大蔵省令第五十号)第四条但書によれば、被告が右事実にかかわらず本件家屋の耐用年数を三十年として算定したことは適法であり、これらに基いて計算すると、右家屋の減価償却費は二百四十一円となること被告主張のとおりである。而も前記柳ノ下町の家屋についての取得価格は原告が自ら使用していて家賃収入とならない一戸をも含めた金額であることは原告の主張自体に照し明らかであるから、厳密には本件家屋中賃貸部分のみについての取得価格はより少額であり、従つてその減価償却額も二百四十一円以下であると云うべきである。

次に、原告は本件家屋に対する資本利子をも必要経費に加うべきであると主張するが、原告がその根拠として援用する所得税法第九条の三第一号の規定は、同条のその余の各号の規定とともに所得税法所定の課税客体たる所得が、その発生形態により担税力を異にするところから負担の公正を期するため同法第九条が所得の種類を区別し、その体様に応じた計算の方法を定めた結果、同条各号の所得に損失があつた場合の総所得金額の計算のための通算方法を定めたにすぎないもので原告主張のように所得の種類によつて独立の企業体を認める趣旨ではない。而して、所謂他人資本による企業においては、企業者は右の借入資本に対する利子を資本提供者に支払わなければならない意味においてかかる利子の支払は収益に対する出費となるから、収益に対する費用性を有すること疑いのないところであるけれども、企業者が自己の資産を用いて事業を行うときには、これに対する計算上の利子が経営比較、原価計算等の領域において考慮せられることはあつても、かかる利子は企業者の利益のうちに潜在し、合体して存在するもので、その資本利用の対価として他に支払う必要のないものであるから、会計学上は費用ではなく収益の一部とされており、原則として会計学上の原理を基礎としている税法においてもこれを所得それ自体として取扱い、所得の計算上必要経費として控除すべきでないと解すべきであり、右と異なる見解を前提とする原告の主張は当裁判所之を採用しない。

然らば、原告の昭和三十年度の家賃収入より控除さるべき必要経費は前記地代、固定資産税各相当額並びに減価償却費の合計額たる二万七千三百七十一円に限られるから、原告には不動産所得として六万四千七百二十九円が存在したこととなり、昭和三十年度における総所得金額はこれと前記事業所得、給与所得各金額の合計額たる二十二万千五百四十六円であり、従つてその所得税額を当時施行せられていた所得税法の一部を改正する法律(昭和三十年法律第三十四号)附則第三、四項、同別表第一によつて算出するなら左記のとおり八千二百五十円となるべきものである。

(88,545+68,272+64,729)円-(65,000+75,000)円=81,546円

総所得金額      扶養控除 基礎控除  課税総所得金額

15,250円-7,000円=8,250円

老年者控除 課税額

してみれば原告に不動産所得五万二千五百三十六円が存在すると認定してこれを附加し、総所得金額を二十万九千三百五十三円と、所得税額を五千五百五十円と更正した被告の処分はむしろ原告に有利であつて何ら違法とすべきかどはないからこれが無効の確認または取消を求める原告の請求は理由がない。よつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤孝之 岡垣久晃 吉井直昭)

(別紙目録省略)

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