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京都地方裁判所 昭和33年(む)31号 判決 1958年10月14日

被疑者 波多野隆

決  定

(申立人氏名略)

被疑者波多野隆に対する地方公務員法違反被疑事件について昭和三十三年十月十三日裁判官岡田退一がした勾留請求却下の裁判に対し準抗告の申立があつたからこれについて、つぎのとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立はこれを棄却する。

理由

本件準抗告申立の要旨は、被疑者は別紙記載理由のとおり罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるばかりか、刑事訴訟法第六十条第一項第二号に該当することが顕著であるのに、これらの理由がないとして勾留請求を却下したことは判断を誤つたものであるから、右裁判を取消し、勾留状の発布を求めるというにある。

被疑者に対して地方公務員法違反被疑事件について京都地方裁判所裁判官に勾留請求がなされ、同裁判官によつてその請求が却下されたことは本件記録によつて明らかであるが、右記録等一切の資料を検討しても被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものと認められないばかりか、その他刑事訴訟法第六十条第一項第一、第三号に定める各事由があるものとも認められないから前記勾留請求を却下した原裁判は相当であり、本件準抗告申立はその理由がないから同法第四百三十二条第四百二十六条第一項によつてこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 石山豊太郎 松本正一 古崎慶長)

準抗告申立理由

一、本件被疑事実の要旨は、

被疑者波多野隆は与謝地方教職員組合書記長なるところ、京都府内、公立、小、中、高等学校教職員に対する勤務評定の実施に反対し、之を阻止する目的をもつて京都教職員組合(以下京教組と略称する)傘下組合員である教職員をして年次有給休暇に名を藉り校長等の承認なくして就業を放棄し同盟罷業を行わしめるため、京教組及び同組合傘下教職員組合役員等と共謀の上、

一、前記京教組傘下教職員組合の役員たる森本博之等において昭和三十三年七月四日頃京都府内において夫々京教組傘下各教職員組合の役員会を開き右学校の教職員である同組合分会役員等に対し組合員全員は休暇届を提出するのみで学校長の承認なくして来る七月九日より十一日迄の三日間に亘り五、三、二割の割合で就業を放棄して勤務評定反対のための集会等に参加すべき旨を伝達すると共に同分会役員等を介しその頃京都府内において傘下組合員である右学校の教職員約一万一千名に対し同趣旨を伝達し

二、前記京教組傘下教職員組合役員たる山本規等において同月八日頃、京都府内において右学校の教職員である右各組合の分会役員等に対し既定方針通り前記休暇闘争に突入すべきことを伝達すると共に同人等を介してその頃京都府内において傘下組合員である右学校教職員約一万一千名に対し同趣旨を伝達し、

もつて地方公務員たる前記教職員に対し同盟罷業の遂行をあおつたものである。

というのであつて右休暇闘争指令は組合の組織統制力を利用して京都府下の小中高等学校教職員約一一、〇〇〇名に対して所謂五、三、二割の休暇闘争を行わせるという大規模な争議行為の遂行を指示したものであつて之によつて七月九、十、十一日の三日間に右休暇闘争に突入した学校は九日一二五校十日一二八校十一日一二三校に上りこれがため右闘争参加校の児童及び生徒は闘争当日正規の授業を受けることが出来なくなりよつて地方公共団体の業務正常な運営を阻害する結果を発生するに至らしめたものである。

本件は事案発生と同時に直ちに捜査に着手し先ず七月十二日、八月十五日の二回に亘り京教組並び傘下各単組分会の各事務所及び各組合役員自宅等を捜索して指令電信その他の文書を押収したのであるが京教組に於ける会議録等拡大闘争委員会及び執行委員会の会議内容及びその出席者等を確認し得る重要資料は既に隠匿せられ之を発見することが出来なかつた。

而して、これ等押収証拠物を検討した結果本件一齊休暇のあおり行為は直接には本年七月三日の拡大闘争委員会に於て最終的に決定され右闘争指令は右拡大闘争委員会に出席した傘下各単組代表者より傘下各単組にむける拡大闘争委員会代議員会、執行委員会等並に各分会会議を通じて末端の分会員に伝達され七月八日の闘争突入指令も京教組より電報等により各単組に伝達されたものと推認し得るのである。しかも押収証拠資料によれば本件一齊休暇闘争については少くとも本年六月二日の京教組第六十七回中央委員会に於て既に闘争指令権が京教組執行委員長に委譲され爾来京教組執行委員会及び同執行委員と傘下各単組代表者を以て構成する拡大闘争委員会に於て協議立案されてきた経過の概略が推認されるのであつて、捜査は之等執行委員会、拡大闘争委員会に於ける闘争指令の決定の経緯と右指令が傘下組合員に対して伝達されたことを明らかにすることから始め各学校長より七月九日より十一日迄の間の教職員の欠勤状況を聴取すると共に欠勤した教職員から一齊休暇の指令の伝達をうけた状況を聴取するよう努めた。然るに組合上部ではいち早く参考人の出頭拒否乃至供述拒否の指令を傘下組合員に伝達する外警察、検察庁の取調に応じないよう組合員に対し組織の不当な統制力、圧力を加えた結果あおる行為の対象となつた教職員は単なる参考人としての取調要請に対しても出頭拒否するもの多く或いはようやく出頭し、又は相手方の指定する時刻、場所(組織の圧迫を恐れ、隠密裡に取調べを希望する者)に捜査官が出向いて取調べても取調の段階に至ると、瞹昧なる供述をなし、特に具体的事項、人名等については記憶の忘失を装い、極力自己の供述が事案関係の証拠資料となることを虞れて回避し、或いは供述を拒否し更に署名押印を肯んじない等の態度に出るに至つたのである。例へば警察に於ては捜査の必要上、呼び出しを求めた分会員約四、三〇〇名の中取調に応じたものは僅か約八四〇名に過ぎず検察庁に於ては取調を了した者は僅か約三百名で大多数が取調に応じない状況にある為、一齊休暇をあおる指令の伝達状況を全般的に明らかにすることは殆んど不可能となつたのである。

又一方押収した文書の一部及び一部の参考人の供述によれば組合の上部から下部に対して事件の証拠となるような組合関係の文書類は一切焼却するよう指示され右指示に従つてこれが実行されていることが判明し京教組がその組織力を利用して証拠を隠滅し事案の真相発覚を妨害しようとしている事が充分に窺知されるに至つた。

ところで本件の捜査にあたつては執行委員会、拡大闘争委員会に於ける出席者、指令の決定状況等一齊休暇闘争実施の計画立案過程を解明することは争議行為の遂行をあおることを企て且現にあおつた共犯者の氏名、共犯者間に於ける刑責の軽重、犯意形成の時期等を明らかにする上に是非必要であり又地公法第三十七条第六十一条第四号が争議行為等の実行者を処罰せず特にその企画者、煽動者等首謀者を処罰しようとしている法意に鑑み首謀者を確定し被疑者の処分の公平を期する上においても重要と言わなければならないところ、これ迄に押収した資料及取調べた参考人等の供述によれば本件一齊休暇闘争は本年七月三日の京教組の拡大闘争委員会に於て最終的に決定されるに至つた外貌及び七月八日の休暇闘争突入指令が京教組より電報等により各単組に宛て発せられた事が明らかにされたに過ぎず本件休暇闘争を計画し闘争の時期方法等を決定した。拡大闘争委員会に於ける会議内容即ち拡大闘争委員会に於ける出席者、指令の決定状況右会議に於ける被疑者等の個別的な言動については未だ明らかにされていないのみならず、七月八日に於ける休暇闘争突入指令が決定され発せられるに至つた経緯これに関与した者及び本件休暇闘争の原案が協議決定されるに至る迄の数次にわたる拡大闘争委員会、執行委員会に於ける会議の状況についてはこれを知る資料もなく又一般参考人の供述によるもこれを知るに由ない状況にあるところ、被疑者等は何れも京教組の執行委員又は各単組傘下の執行部役員として闘争指令決定に至る迄の京教組執行委員会乃至拡大闘争委員会の構成員で本件闘争指令の決定に関与し、傘下組合員に対する指令伝達行為を行つていると推認されるのでこの上は被疑者等の身柄を拘束し外部と遮断し他の共犯者及び参考人との通謀を防ぎ参考人より真実の経験事実を聴取すると共に被疑者等の弁解を聞く事により本件事案の真相を把握するため十月十日被疑者等を逮捕し刑事訴訟法第六十条一項二号の理由ありとして京都地方裁判所裁判官に対し被疑者等の勾留請求をなしたのであるがその理由なしとして右勾留請求を却下されたのである。

二、然し乍ら被疑者等に於て罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由の存することは前記の通り之迄の取調経過に鑑みても明らかである。即ち被疑者等の主宰する京教組又は傘下各単組より傘下分会員に対して指令其の他の証拠になる文書類を焼却すべき旨の指示が為されている事が一般組合員の供述及び押収文書により明らかで、又これ等一般組合員の参考人としての取調についても画一的に出頭拒否、供述拒否等を指導し、これに従うよう組織の不当な統制乃至圧力を加えている事が窺えるのであるが右のような被疑者の支配下にある組合員に対する証拠物の焼却或いは参考人の出頭拒否の指示等は被疑者自身の罪証隠滅の事由と認められるばかりでなく被疑者は右組織体の有力な一員であるところからしてもその機構上当然組合の統制に服せざるを得ない立場にありこの点からも罪証隠滅の意図を有すると認められるのである。

三、およそ本件の如く組織を利用した共犯者多数ある犯罪で上述の通り組合側の捜査妨害により適確な物証も押収されず一般参考人で取調に応じないものが多数あり共犯者が互に否認しており而も右共犯者が組合内において指導的地位にあり右のような捜査妨害行為に影響を及ぼし得る立場にある場合には共犯者相互を隔離して捜査を進めなければ事案の真相を到底究明することが出来ないことは昭和三十年四月五日仙台地方裁判所古川支部の勾留請求却下に対する準抗告に関する決定が「被疑者は終始、巧妙な弁解をして事実を否認しており本件のように他に格別の物証を得られない事案にあつては共犯者等の相互の供述のみが唯一の証拠であると考えられるところ、被疑者の身柄を拘束して捜査を進行しないならば容易に通謀、打合せ等によつて罪証を湮滅する虞れのある事は極めて見易い道理というべく」と指摘しているほか昭和三十三年八月二十六日福岡地方裁判所刑事第二部の地方公務員法違反被疑事件にかかる勾留請求却下に対する準抗告に関する決定が「関係書類の焼却隠匿、関係人に対する捜査当局の呼出に対する出頭拒否、取調に対する供述拒否等が行われた事は明白である。これ等の事実と被疑者等との間に如何なる関係が存するかは明白に断定する事は出来ないが本件組合の組織機構統制力その他本件資料により認められる諸般の事情を綜合考察すれば被疑者等の発案や働きかけがあずかつて影響したであろう事が十分に窺われる一方本件の捜査として今後果して検察官の主張するが如き広範囲の取調を要するか否かは俄に断定し得ないが本件資料を検討してみると物的、人的証拠の各方面において尚相当の取調を要すると思料される、してみると被疑者等の本件組合に於ける地位や影響力、その他諸般の事情に鑑がみれば今直ちに被疑者等を釈放するときは罪証隠滅の虞れありと解するのが至当である」と指摘しているばかりでなく昭和三十三年九月二日和歌山地方裁判所の地方公務員法違反被疑事件にかかる勾留請求却下に対する準抗告に対する決定が「証拠隠滅の点については本件事犯に関し和教組等の名義をもつて関係書類の焼却、参考人の捜査当局に対する出頭乃至供述の拒否等を傘下組合員に指示していること、重要参考人の出頭乃至供述拒否等が行われた状況が一応疎明し得られるのであつて右は本件資料によつて認められる和教組の組織、統制力、和教組内に於て被疑者等が夫々肩書記載の如き地位にある点その他の諸事情を綜合考察すれば被疑者等の組合内部に於ける活動が強く影響したであろうことが窺われるのである。

更に本件事案の捜査としては前記各資料に徴する時、検察官主張の本件一齊休暇の計画立案過程、特に六月三日の執行委員会の状況について尚相当の捜査をなすべき余地が存するものと考えられる。そうとすれば本件事案の規模、態様、和教組の組織力、並びに前記事情を併せ考えると本件の場合、被疑者等は罪証を隠滅すると疑うに足る相当な理由があると解される。」と指摘しているところによつても明らかなところである。

本件は京教組執行委員会及び拡大闘争委員会に於ける共同謀議によつて計画されたものであつてその実態を明らかにする事が事案の真相を把握する上に最も重要な事であり被疑者自身の刑責を問う上にも肝要と思われるが右執行委員会及び拡大闘争委員会に於ける各構成員の共同謀議並に之に基いて各支部においてあおつた実行行為については前記の通り的確な物証がなく参考人も組合の指導統制に従つて前記の通り警察、検察庁の取調に応じない者も多い為、此の点について捜査が殆んど進んでいないところ前記の通り京教組の組織統制力、京教組内に於ける被疑者等の指導的地位その他諸事情を併せ考えると右捜査妨害行為には被疑者等の活動が強く影響している事が窺えるのでこの上は被疑者等の身柄を拘束の上その通謀と参考人に対する工作を防ぎ関係者の取調を実施しなければ本件の全貌を明かにする事が出来ないことは、従来の同種事犯の事例よりしても明らかであるのに本件勾留請求が却下されたことは到底諒解出来ないところである。

若し、本件勾留請求が認められないなら執行委員会、拡大闘争委員会に於ける共同謀議の内容や休暇闘争指令が決定され発出された状況、伝達経緯、滲透状況等本件の核心をなす諸点の真相を明らかにしようとする捜査目的は挫折し事案の真相を衝き得ないで捜査は不徹底のまま終結せしめねばならないこととなり又たとえ若干の資料を蒐集し得たとしても偏頗且不公平な処分に堕するおそれがあり本件の与えた社会的影響或いは法秩序の維持等の上からも著しく正義に反する結果を招来するものといわなければならない。

仍つて本件勾留請求を却下した原裁判を速かに取り消されたくここに準抗告に及んだ次第である。

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