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京都地方裁判所 昭和33年(行)5号 判決 1958年12月18日

原告 田村隆

被告 上夜久野村監査委員

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は請求の趣旨として「原告が請求代表者として被告に対してなした京都府天田郡上夜久野村の事務監査請求に対し、被告が昭和三十二年十二月六日同村監委告示第二号を以てなした『請求代表者の選任する立会人が右事務監査に立会うことはこれを認めない』旨の行政処分はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」。との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和三十二年十月十一日被告に対し別紙目録一の一記載の京都府天田郡上夜久野村の事務監査請求書を添付して右請求代表者証明書の交付を申請し、被告の要求により右事務監査請求書中「立会弁護士立会計理士其の他」を削除して別紙目録一の二記載の如く訂正の上、同月十二日右請求代表者証明書の交付を受けた。そして原告は右請求代表者として同年十一月六日に署名簿を作成し、これを有効期間内に提出し、且つ、同年十二月三日被告に対し別紙目録一の二記載の事務監査請求書に基き右上夜久野村の事務監査を請求した。

これに対し、被告は同年十二月六日別紙目録二記載の上夜久野村監委告示第二号により右事務監査の請求の要旨を告示したが、その際右告示中「請求代表者の選任する立会人が右事務監査に立会うことはこれを認めない。」旨表示し、以て請求代表者たる原告の右要求を拒否した。

二、しかしながら、1、地方自治法が地方公共団体の住民に対し地方公共団体の事務監査の請求を認めた立法趣旨に鑑みると、明文の定めこそないか、事務監査を請求するものは自己の選任するものをして右事務監査に立会わしめる権利を有するものといわねばならない。2、仮りにしからずして、一般的にはかかる権利がないとしても、原告が同年十一月十一日被告に対し右請求代表者証明書の裏付を求めた際、被告は原告に対しその旨承認したから、原告はこの承認によつて右権利を取得したものである。

されば、これを拒否した被告の前記処分は違法に原告の権利を侵害するものといわねばならない。

三、そこで、原告は同年十二月十七日訴外京都府知事に対し訴願を提起したが、法定期間内にその裁決をえられなかつた。

四、よつて、原告は請求の趣旨どおりの判決を求める。と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」。との判決を求め、答弁として、

一、請求の原因一及び三はこれを認める。

二、請求の原因二、及び四はこれを否認する。

1、地方自治法第七十五条の請求に基いて監査委員の行う事務監査は、要するに関係事項の処理執行の事実について調査し、その当不当の判定を行うことであり、これによつて当該普通地方公共団体の自治運営の適正合理化をはかるとともに、住民に対し事務処理の実態を周知させ、その批判による是正に期待しようとするものである。従つて監査委員という公的機関によつて事務監査が行われる以上、監査請求人の選任する立会人を右事務監査に立会わすことは監査の有効要件ではない。(昭和二十五年十月十九日付自治庁行発第二六三号北海道総務部長宛自治庁行政課長回答参照)2、また仮りに被告が原告主張のとおり、立会の申出を承認した事実があるとしても、その承認は法に基く行政措置ではないから、被告が右立会人の立会なくして事務監査を行つたとしても、監査自体の効力にはなんらの影響はない。従つて監査立会拒否処分の取消を求める本訴は法的利益がない。(なお、被告は、昭和三十三年一月十五日より同年二月二十八日までの間に右事務監査を行つた。)

と述べた。(立証省略)

理由

原告が昭和三十二年十月十一日被告に対し別紙目録一の一記載の如き京都府天田郡上夜久野村事務監査請求書を添付して右請求代表者証明書の交付を申請し、被告の要求により右事務監査請求書中「立会弁護士立会計理士其の他」を削除して別紙目録一の二記載の如く訂正の上、同月十二日右請求代表者証明書の交付を受けたこと、そして原告が請求代表者としてその法定期間内に署名簿を作成提出した上、同年十二月三日被告に対し別紙目録一の二記載の本件事務監査請求書に基き右上夜久野村の事務監査を請求したこと、これに対し被告は同月六日別紙目録二記載の如き上夜久野村監委告示第二号により本件事務監査の請求の要旨を告示したが、その際右告示中「請求代表者の選任する立会人が本件事務監査に立会うことはこれを認めない。」旨表示したことはいずれも当事者間に争いないところである。

原告は右告示中「請求代表者の選任する立会人が本件事務監査に立会うことはこれを認めない。」旨の表示(以下本件表示と略称する)を目して、行政庁たる被告なした行政処分で、且つ、違法に原告の権利を侵害するものであるから、本訴を以てその取消を求めるというので、職権により先ず本訴の適否について判断する。

地方自治法(以下法と略称する)第七十五条に基く本件事務監査請求権は、憲法にいわゆる地方自治の本旨に則り、地方住民に対し保証された直接参政の権利であることはいうまでもないが、これをいかなる形において、またいかなる範囲において認めるかは一に国家の立法政策に帰すべきものといわねばならない。

そこで、わが現行制度を検討してみるに、

一、本件事務監査請求の効果として、監査委員は監査請求を受理したならば、直ちにその請求の要旨を公表し、請求に係る事項について監査し、その結果を請求代表者に通知するとともにこれを公表し、且つ、同時に当該普通地方公共団体の議会及び長並びに監査の対象となつた各関係執行機関及び都道府県にあつては自治庁長官官、市町村にあつては都道府県知事にそれぞれ報告しなければならない旨定められているに過ぎないこと(法第七十五条、施行令第九十九条。)しかも、この監査の結果に対し地方住民の争訟を認めるなんらの規定はなく、むしろ地方住民に対し一般に監査委員に対する解職請求権が保証されていること(法第八十六条)。

二、他方、監査委員は当該普通地方公共団体の長が議会の同意を得て選任する特別職の地方公務員であり、定期または臨時に当該普通地方公共団体の経営に係る事業の管理及び当該普通地方公共団体の出納その他の事務の執行を監査(いわゆる一般監査)する外本件の如き地方住民の請求或は内閣総理大臣若しくは都道府県知事又は当該普通地方公共団体の議会若しくは長の要求により、各関係事項の監査(いわゆる特別監査)をなす職務権限を有する当該普通地方公共団体の執行機関であること(法第百九十六条、第百九十九条、地方公務員法第三条)。そして監査委員には地方公務員としての一般的な身分上の制限の外、資格要件及び兼職の禁止等特殊な身分上の制限が定められていること(法第百九十六条、第百九十八条の二、第百九十九条の二、第二百一条、第百四十一条第一項、第百六十四条、第百六十六条第一項等)。

三、監査委員は、その職務の執行に当り、当該普通地方公共団体の長より任命された補助職員を指揮して、監査に関する事務に従事さすことができる旨定められていること。(法第二百条、第二百一条、第百五十四条、第百七十二条第二項、同第四項)

等の諸規定が認められるから、以上各規定の立法趣旨に照らすと、法第七十五条に基く本件事務監査請求制度は、地方住民からの監査請求により、当該普通地方公共団体の執行機関たる監査委員が、その職務権限に基いて関係事項の処理執行の事実について調査し、その当不当の判定の結果を公表することにより、地方行政の自治運営の適正合理化をはかるとともに、他面、地方住民に対しその実態を周知させ、以てその批判による是正という形を通して地方住民の意思を地方行政の運営に反映せしめる趣旨のものであると解するのが相当である。

とすれば、わが現行制度は地方住民に対し当該普通地方公共団体の執行機関たる監査委員をして関係事項を監査させその結果を公表せしめる発案権を保証するに止まり、地方住民が自ら直接当該普通地方公共団体の事務監査をなす権利まで認めるものではないことは明らかであり、他方この地方住民の発案権に基いて行う監査委員の監査も、もとより請求者たる特定の地方住民のために行うべきものではないから、その公的性格においてはいわゆる一般監査となんら異るところなきものといわねばならない。

されば、地方住民の請求により行われる本件の事務監査においても、前記の公的機関たる補助職員にあらざる、請求代表者の選任する立会人が監査に立会うことは明らかに現行制度の建前にもとるものというべく、従つて、地方住民は、請求代表者たる資格においても、はたまた個人の資格においても、監査委員に対しその監査の執行に当り、自己の選任する立会人の立会を求めるなんらの権利を有せず、他面、監査委員もまたこれを許容するなんらの権限も有しないものと解せざるをえない。現行法上原告主張の如き立会人の立会を認める明文の定めがないのはけだし当然であり、これに反する原告の論旨は独自の見解にして到底採用することはできない。(なお、地方住民が監査委員の監査に立会を求めることはとりもなおさずその不信を表明する以外のなにものでもないが、だとするならば、むしろ監査委員に対する解職請求の途を選ぶべきである。しかもまた、監査委員が行う監査は、一般監査にせよ、また本件の如き特別監査にせよ、地方住民の権利義務に直接関係のない事項であるから、この監査の結果に対する争訟すら許されないことに留意すべきである。)

そこで飜つて本件抗告訴訟の対象たる原告主張の本件表示が、いかなる経緯の下になされたかを検討するに、証人夜久繁の証言によれば、

被告は、原告が被告に対し昭和三十二年十月十一日本件の請求代表者証明書の交付を申請した際、その添付書面たる事務監査請求書に別紙目録一の一記載の如き附帯事項の記載があるのを認め、原告に対し右該当部分を削除し、村内立会人と訂正すべく申入れたところ、原告はそのうち「立会弁護士立会計理士其の他」のみの削除はこれを認めたが、その余の部分は地方自治法施行令に定める事務監査請求書の記載事項の「その他必要な事項」に該当するからその必要なしと主張してききいれなかつたため、被告はとりあえず原告に対し請求代表者証明書を交付した。その後同年十二月三日原告から別紙目録一の二記載の本件事務監査請求書に基いて事務監査の請求がなされたが、被告はその間関係資料を検討してやはり原告の要求は許されないものと確信をえていたので、同月六日右請求の要旨を告示するに当り、右告示中原告主張の如き本件表示をなしたものと認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

されば、本件表示は、被告が自己の態度を宣明する意味においてたまたま告示中に附記した単なる事実行為と解すべきか、或は原告の本件事務監査請求中当該部分を不適法な請求として却下したものと解すべきか、(尤もも、後者とみるにしても、原告に対する行政処分は、本件告示ではなく、請求代表者たる原告に対するその旨の通知と解すべきであるがこの点は暫らく措くとして)問題はあるにせよ、いずれにせよ、本件表示が原告の権利義務になんらの消長を来すべき行為でないことは明らかであるから、本訴は結局抗告訴訟の対象たる適格を欠く不適法な訴といわねばならない。

よつて、爾余の判断をまたず職権により原告の訴はこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山中仙蔵 鈴木辰行 栗原平八郎)

(別紙目録省略)

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