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京都地方裁判所 昭和34年(ワ)1190号 判決 1964年12月26日

主文

被告福田は別紙目録不動産につき昭和三三年九月二日京都地方法務局受付第三一八一九号を以てなした同年同月同日付代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をなせ。

被告青木は別紙目録不動産につき昭和三三年八月二七日京都地方法務局受付第三一〇三三号を以てなした同月二三日付賃貸借予約を原因とする賃借権設定請求権保全仮登記及び昭和三三年九月九日同法務局受付第三二七二八号を以てなした同年八月二三日付賃貸借契約を原因とする賃借権設定登記の抹消登記手続をなせ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

「一、原告は申立人原告、相手方訴外竹盛とよ、竹盛憲次郎とする京都簡易裁判所昭和三二年(イ)第三五七号貸金請求和解事件につき昭和三二年五月一八日成立した(一)相手方等は申立人より連帯して借受けた一、四〇〇、〇〇〇円を昭和三二年八月三一日限り申立人方に持参又は送金して支払う、(二)相手方が右期日にその支払を怠るときは申立人は相手方竹盛とよ所有の別紙目録記載不動産を相手方等が申立人に対し負担する債務金額で買受けることができるものとし、申立人が昭和三二年二月一八日京都地方法務局受付第四二六八号を以てなした売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記に基き、本登記をなすも異議はない旨の和解に基いて同三四年五月二七日同法務局受付第一六三九四号を以て同三二年九月一日の売買を原因として所有権移転登記手続をなした。

二、しかるに原告の右所有権移転請求権保全仮登記後、本件不動産につき被告福田は、昭和三三年九月二日同法務局受付第三一八一九号を以て同日付代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記を、被告青木は同三三年八月二七日同法務局受付第三一〇三三号を以て同月二三日付賃貸借予約を原因とし賃借権設定保全仮登記、同三三年九月九日受付同法務局受付第三二七二八号を以て同年八月二三日付賃貸借契約を原因とし賃借権設定登記をなしているから之が抹消登記手続を求める。」と述べ、

被告等主張事実に対し

「被告等の抗弁事実は全て否認する。原告は昭和三〇年一二月一二日頃訴外竹盛憲次郎に対し竹盛とよを連帯債務者として一、四〇〇、〇〇〇円を同人等の申出に従い二年間に貸与する、但し全額貸与の場合に定める弁済期に弁済できないときは別紙目録記載不動産を右貸付金を以て売買代金として原告が買取ることとし右売買予約の仮登記をなすことを約し、同三〇年一二月一六日四〇〇、〇〇〇円を同三一年四月一日四〇〇、〇〇〇円を貸与し、更に同三二年二月に至り六〇〇、〇〇〇円貸与方の申出があつたので貸与に先立つて同年二月一八日約定の仮登記を了した上同年三月一四日五〇〇、〇〇〇円同月一七日一〇〇、〇〇〇円を交付したがその後約定の弁済期に弁済しなかつたので前記和解に及んだものであり、右和解成立当時の本件不動産の価格については不動産金融業者に評価して貰つたところ完全な空屋として且買手が良いときは一、六〇〇、〇〇〇円程度で売れるとの由であつたもので被告等主張五、八〇〇、〇〇〇円の価値は到底ない。」と答えた。

証拠(省略)

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁竝びに抗弁として、

「一、別紙目録記載不動産について原告主張の各登記が存することは認める。

二、原告主張所有権移転登記の登記原因である売買は民法九〇条に違反するから無効である。

本件売買の目的物である別紙目録記載不動産は訴外竹盛憲次郎が原告から金員を借入れた当時である昭和三一年一二月頃から現在に至る迄時価五、八〇〇、〇〇〇円乃至五、九〇〇、〇〇〇円と評価されている。他方原告が同訴外人に貸付けた金額は昭和三二年五月現在七四〇、〇〇〇円である。即ち同訴外人は原告から昭和三〇年一二月一六日四〇〇、〇〇〇円、同三一年四月四日四〇〇、〇〇〇円同年八月三日一〇〇、〇〇〇円計九〇〇、〇〇〇円を借入れ、同三二年四月三〇日六〇〇、〇〇〇円、同年七月二四日一〇〇、〇〇〇円計一六〇、〇〇〇円を内入弁済しているし右元金に対し同訴外人は同三一年五月以降三二年五月迄の間に利息として三〇〇、〇〇〇円を支払つたのである。しかるに原告は原告主張の和解申立に際し、当時同訴外人の手許不如意であること竝びにその所有する本件不動産の迅速な処分ができない実情にあるのに乗じ、貸付金残債権の二倍にあたる債権を承認させ一、四〇〇、〇〇〇円で本件不動産を買取る形式を整えたものであるが、実質的には僅か七四〇、〇〇〇円を以てその約八倍に相当する価値を有する本件不動産を買取つたものである。従つて本件登記原因である前記売買は他人の窮迫に乗じ著しく過当な利益の獲得を目的とする行為で公序良俗に反し無効である。

三、仮りにそうでないとしても原告は訴外竹盛とよ及び同憲次郎から連帯して昭和三二年八月三一日限り、一、四〇〇、〇〇〇円の弁済を受くべき筈のところ、弁済を一時猶予しその猶予期間中の昭和三三年三月右債権に対する内入弁済として土佐光芳の絵画外三一点の動物類を三〇〇、〇〇〇円と見積り受領しているから同訴外人等の債務残額は一、一〇〇、〇〇〇円である。そして本件不動産の売買は右訴外人等が債権全額一、四〇〇、〇〇〇円の支払を怠つたときは右金額を以て買受ける約旨であり債務残額は一、一〇〇円であるから右約旨に従つて予約を完結することができないのに拘らず、原告は右約旨に反し売買が成立したものとして、昭和三四年五月二五日所有権移転登記に及んでいるから右は登記原因を欠くものと云わねばならない。

仍て、原告主張所有権移転登記は熟れにしても無効であるから、無効な登記を前提とする原告の本訴請求は失当である。」と述べた。

証拠(省略)

理由

一、別紙目録記載不動産について原告主張各登記が存すること、原告を申立人訴外竹盛憲次郎竹盛とよを相手方とし原告主張の和解が成立したことは当事者間に争がなく、成立に争がない甲第三号証の一、二によれば原告より訴外竹盛とよに対する右和解条項による売買予約完結の意思表示は昭和三三年八月六日同訴外人に到達したことが認められる。

二、仍て右売買予約完結の意思表示に基く売買を原因としてなされた原告主張所有権移転登記の効力について判断する。

成立に争のない甲第五号証の一乃至四と証人瀬戸政治郎の証言、原告本人尋問の結果に徴すると訴外竹盛憲次郎が訴外竹盛とよを連帯債務者として借受けた金員は昭和三〇年一二月一六日四〇〇、〇〇〇円同三一年四月四日四〇〇、〇〇〇円同三二年三月一四日五〇〇、〇〇〇円同年三月二七日一〇〇、〇〇〇円で当初一、四〇〇、〇〇〇円に達すれば売買予約の仮登記をする約があつたこと、右貸付金合計一、四〇〇、〇〇〇円について冒頭記載の即日和解が成立したことが認められる。

右認定に反する証人竹盛憲次郎の証言は前掲証拠に対比し措信し難い。

そして、被告等は訴外竹盛は三〇〇、〇〇〇円の内入弁済をし、且弁済の猶予を得た後昭和三三年三月絵画軸物等五〇点を三〇〇、〇〇〇円を評価して代物弁済したと主張するが、右に副う証人竹盛憲次郎の証言も亦前掲証人瀬戸政治郎の証言原告本人尋問の結果と比較するとたやすく措信し難く証人橋本柳右衛門の証言を以てしても右認定を覆し得ない。

ところで不動産の売買予約は消費貸借と結び付き第三者に対抗し得るよう予約上の権利を仮登記することにより経済的には不動産の担保としての機能を営むから、債務者の無思慮、無経験窮迫に乗じなされ、それが暴利行為と目されるものは公序良俗に反するものとして無効とすべきであるが、本件にあつては、本件不動産の価格と、訴外竹盛の前認定の債務額との差が極端に大であつてそれ自体、債務者の無思慮無経験窮迫に乗じたものと推認されるものとする証拠なく又、売買予約が竹盛の無思慮無経験窮迫に乗じたものとする証拠もない。却つて証人福田伊之助の証言によつても、訴外竹盛憲次郎は旧家の出身で相当な財産を保有し、経済的活動にも見るべきものがあつたことが認められ、金融取引についての経験も窺われ、又本件金融も前記の如く数回にわたり借受けているところからすればその事業計画につき自らの計画に基いて金融を受けていたことが推認され、無思慮無経験と窮迫した状況にあつたものとは認め難い。

してみれば被告等の抗弁はいずれにしても理由がない。

三、仍て、原告主張の仮登記が存し右仮登記に基いて本登記がなされた以上右仮登記権利者の物権変動に牴触する仮登記後の仮登記義務者のなした処分行為は否定されるに至るから、原告の本訴請求は全て正当として認容し訴訟費用負担については民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文の通り判決する。

別紙

物件目録

一京都市中京区新三町通御池下る大文字町二四五番地

家屋番号、同町第一一番

木造瓦葺二階建居宅  建坪三九坪五合  外二階坪一〇坪

右付属  土蔵造瓦葺二階建倉庫 建坪一〇坪三合

外二階坪一〇坪三合

木造瓦葺平家建物置 建坪九坪八合

一京都市中京区新三町通御池下る大文字町二四五番地

宅地   九六坪八合四勺

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