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京都地方裁判所 昭和35年(ソ)1号 決定 1960年4月04日

抗告人 大槻キヌ

相手方 有限会社べにこや

主文

原決定を左のとおり変更する。

抗告人と訴外山上雅三間の京都簡易裁判所昭和三三年(ユ)第一二号家屋明渡調停事件の調停調書の正本に同裁判所書記官が昭和三五年二月二四日相手方を右山上雅三の特定承継人として付与した執行文に基き抗告人より相手方に対してなす強制執行は、賃料並に本件調停成立前の延滞賃料(同調書第三、第四項の分)の支払を求める部分に限り、相手方に保証を立てさせないで、相手方が抗告人を被告として提起した執行文付与に対する異議の訴の本案判決をなすに至るまでこれを停止する。

相手方のその余の申請を却下する。

訴訟費用は原審並に当審とも相手方の負担とする。

理由

本件抗告理由の要旨は、抗告人より訴外山上雅三に対する債務名義として京都簡易裁判所昭和三三年(ユ)第一二号家屋明渡調停事件の調停調書(昭和三三年四月一六日調停成立)が存在する。而して右調停調書には(一)抗告人は訴外山上雅三に対し右訴外人現住の別紙記載の家屋(以下単に本件家屋と称する)を引続き次の条項により賃貸する。(二)賃貸期限は昭和三六年四月一五日までの満二ケ年とする。(三)賃料は昭和三三年五月一日以降一ケ月金一五、〇〇〇円とし訴外山上雅三は毎月末日限り抗告人方宅に持参又は送金して支払う。(四)訴外山上雅三は抗告人に対し本件家屋に対する昭和三三年四月末日までの延滞賃料合計金一〇〇、〇〇〇円の支払義務を認めこれを次のとおり分割しいずれも抗告人方宅に持参又は送金して支払う。(1) 昭和三三年五月末日より同年七月末日までは毎月末日限り各金一五、〇〇〇円宛。(2) 同年八月末日より完済に至るまで毎月末日限り各金五、〇〇〇円宛。(五)抗告人は訴外山上雅三が第二項期限の六ケ月以前に右賃貸借契約更新の申入れをしたときはこれを受諾すること、但し訴外山上雅三において第三項賃料の支払いを一ケ月分でも滞つた事実のあるときは右更新の申入れを拒絶することができる。(六)訴外山上雅三は抗告人の書面による承諾がなければ本件家屋の全部又は一部の賃借権を第三者に譲渡したり、これを第三者に転貸したり、改築をしたり老舗(しにせ)の譲渡をしたりすることができない。(七)次の各号の(1) に該当する場合には本件賃貸借契約は当然解除され訴外山上雅三は抗告人に対し即時無条件で本件家屋を完全に明渡す。(1) 第三項の賃料支払を二ケ月分以上怠つたとき、(2) 第四項分割金の支払いを一回分でも怠つたとき、(3) 第六項の禁止に違背したとき、(4) 第五項但書により契約が更新されなかつたため期限の到来と同時に賃貸借契約が解除となつたとき。(八)双方は賃貸借契約の期間中であつても経済状態の変動があつたときは賃料の増減につき協議することができる。(九)訴外山上雅三が本件家屋を明渡す際は本調停成立以前になした改造部分についてもこれを原状に回復して明渡す等の記載がある。そして訴外山上雅三は前記調停条項に違反したので抗告人は昭和三三年一〇月一日右調停調書正本に執行文の付与を受け同月一三日本件家屋明渡の強制執行に着手したところ、訴外山下雅三は代理人甲斐弁護士を通じて子供の通学の便宜を理由に昭和三四年四月末日まで明渡の延期を申入れたので抗告人はこれを承諾した。ところが同月末に至り明渡を再三催告しても、もう一週間待つてくれ、更に一週間待つてくれとの訴外山上雅三の申出があつたので抗告人は右訴外人の言を信じて本件家屋明渡の強制執行を延期していたところ、突如として右訴外山上雅三とその妻訴外山上喜美子とが原告となり抗告人を相手取り京都簡易裁判所に対し本件調停調書の執行力の排除を求める請求異議の訴を提起し(同裁判所昭和三四年(ハ)第三六九号事件)、同裁判所において、本件調停調書による強制執行は右請求異議訴訟の判決をなすに至るまでこれを停止する旨の決定を得た。そして右請求異議の訴において原告たる訴外山上雅三及び訴外山上喜美子の主張する異議の理由は(1) 訴外山上喜美子は本件調停成立前である昭和二九年頃夫たる訴外山上雅三から同訴外人が抗告人に対して有していた本件家屋の賃借権の譲渡を受け、以来右訴外人とは別個独立して本件家屋を占有しているのであつて同訴外人のために占有しているものではなく、本件調停は訴外山上喜美子の不知のうちに抗告人と訴外山上雅三との間に成立したものであるから右調停調書に表示されている請求権は最初から存在しない。(2) かりに然らずとするも、本件調停成立後である昭和三三年一一月中旬頃、抗告人、訴外山上喜美子、訴外山上雅三の三者間において抗告人は本件家屋を新たに訴外山上喜美子に対し賃料一ケ月金一五、〇〇〇円で期限を定めず賃貸する旨の更改契約がなされたので、本件調停調書に表示された請求権は消滅したというのであるが、右訴訟中訴外山上雅三は本件家屋から立退いて訴を取下げ、昭和三五年二月二二日京都簡易裁判所において右訴訟につき訴外山上喜美子の請求を棄却し、先になした強制執行停止決定を取消す旨の判決が言渡された。しかるところ、これより前である昭和三四年六月二九日京都市東山区祗園町南側五二三番地に本店を置く相手方は設立登記を経由して成立し、爾来本件家屋を占有している。相手方会社の取締役は訴外山上喜美子及び訴外遠藤静子であるところよりすれば、相手方は訴外山上雅三の本件家屋からの退去により同訴外人の本件家屋に対する占有権を譲受けた訴外山上喜美子より更にその占有権を譲受け、昭和三四年六月二九日以降本件家屋を占有しているわけであるから、本件調停調書により訴外山上雅三が抗告人に対して負担している本件家屋明渡義務並に金員支払義務を承継したといわなければならない。そこで抗告人は昭和三五年二月二四日本件調停調書の正本に訴外山上雅三の承継人である相手方に対する強制執行のため執行文の付与を受けた。しかるに相手方は本件家屋の明渡をあくまで引延ばすため訴外山上雅三の承継人でないとして、抗告人を相手取り昭和三五年二月二五日京都簡易裁判所に対し執行文付与に対する異議の訴を提起し、同時に同裁判所に対し強制執行停止決定の申請をなし(同裁判所昭和三五年(サ)第一四六号事件)、同日同裁判所は同申請を許容して、訴外山上、雅三と抗告人間の京都簡易裁判所昭和三三年(ユ)第一二号家屋明渡調停事件の調停調書の正本に同裁判所書記官が昭和三五年二月二四日相手方を右山上雅三の特定承継人として付与した執行文に基く強制執行は、右執行文付与に対する異議の訴の本案判決をなすに至るまでこれを停止する旨の決定をした。しかしながら抗告人の受けた執行文の付与は前叙の如く正当であり、相手方の本件家屋明渡を引延ばそうとする策に乗ぜられた右決定は不当であるから、原決定を取消し相手方の該申請を却下する旨の裁判を求めるため本抗告に及んだと謂うのであり、かつ疏明として疏第一乃至第八号証を提出した。

本件強制執行停止決定申請書によれば、相手方(申請人)の本件申請の趣旨は抗告人(被申請人)が訴外山上雅三に対する京都簡易裁判所昭和三三年(ユ)第一二号家屋明渡調停事件の調停調書の正本に同裁判所書記官が昭和三五年二月二四日相手方を右山上雅三の特定承継人として付与した執行文に基く強制執行は、相手方が抗告人を被告として提起した執行文付与に対する異議の訴の本案判決をなすに至るまでこれを停止する旨の決定を求めるものであり、その理由とするところは、抗告人より訴外山上雅三に対する債務名義として右調停調書(抗告人主張のような条項のもの)が存在し、抗告人は相手方が訴外山上雅三の承継人であるとして昭和三五年二月二四日右調停調書の正本に訴外山上雅三の承継人である相手方に対する強制執行のため執行文の付与を受けたが、本件調停成立後である昭和三三年一一月中旬頃、抗告人、訴外山上喜美子、訴外山上雅三の三者間において、抗告人は本件家屋を新たに訴外山上喜美子に対し賃料一ケ月金一五、〇〇〇円で期限を定めず賃貸する旨の契約がなされ、訴外山上喜美子は右賃借権に基き同年一一月中旬頃から本件家屋を占有し、その後昭和三四年六月二九日対税面の必要から従来「べにこや」という商号を用いて自己名義になしていたエビ、カニ料理業の営業を有限会社組織に改めこゝに相手方会社を設立したものであつて、相手方は訴外山上雅三の右調停調書による本件家屋明渡義務並に金員支払義務を承継したものではないし、抗告人に対し執行文付与に対する異議の訴を提起したから民事訴訟法第五四七条により右決定を求めるというのであつて相手方は疏明として、山上喜美子作成の上申書、本件調停調書謄本、京都市東山保健所長作成の営業許可書、京都府東山府税事務所長作成の事業税徴税令書を提出したのである。而して原裁判所は相手方のこの申請を理由ありと認め金七〇、〇〇〇円の保証を立てさせて本件停止決定をしたものであることは記録上明らかである。

そこで相手方提出の疏明方法によると、訴外山上喜美子は昭和二九年頃より本件家屋において「べにこや」なる商号でエビ、カニ料理業を営んでいたこと、本件家屋は当時から訴外山上喜美子の夫たる訴外山上雅三がこれを抗告人より賃借していたが、右営業は訴外山上喜美子が営業許可を受けて夫とは独立してこれを営んでいたものなること、その後賃貸人たる抗告人と賃借人たる訴外山上雅三との間に争が起り結局本件調停成立後である昭和三四年一月頃訴外山上喜美子が本件家屋を抗告人より賃借し、訴外山上雅三は同年六月頃本件家屋より立退いたこと、その後同年六月二九日訴外山上喜美子は税金面の必要から右営業を有限会社組織に改め、相手方会社を設立したこと、従つて相手方は訴外山上雅三の本件調停調書による本件家屋明渡義務並に金員支払義務を承継したものではないことが一応認められないではない。しかし本件に於て最も重要な事実である本件調停成立後に訴外山上喜美子が本件家屋を抗告人より賃借したとの点については、疏明としては相手方提出の疏明方法中山上喜美子作成の上申書しか存しないのである。原裁判所はこれを以て右異議のため主張した事情が法律上理由ありと見え、かつ事実上の点につき疏明あつたものと判断したことは自ら明らかである。ところが抗告人提出の疏明方法によると、訴外山上喜美子に対するかゝる賃貸の事実が全くなかつたことが疏明せられるのみならず、抗告人主張事実中相手方が訴外山上雅三の抗告人に対して負担している本件調停調書による金員支払義務を承継したとの点を除くその余の事実全部が一応認められるのであつて、就中抗告人提出の疏第六号証によると、原告が訴外山上喜美子、被告が抗告人なる京都簡易裁判所昭和三四年(ハ)第三六九号請求異議訴訟の判決においては、本件調停成立後において抗告人と訴外山上喜美子との間に本件家屋についての賃貸借契約がなされたとの訴外山上喜美子(原告)の主張は排斥せられていることが疏明せられるのである。いうまでもなく民事訴訟法第五四七条第二項の停止決定は異議につき判決をするに至るまでの仮の裁判であり、異議事由が法律上全く理由がなく、又は事実上疏明し得ないときの外は裁判所はこれをすることができるのであつて、そうすることによつて異議を主張した者が、異議の本案につき勝訴の判決を得ても、執行続行により事実上回復すべからざる損害を蒙ることを防止しようとするものであるが、申請人(相手方)提出の疏明が後に提出される被申請人(抗告人)の反対疏明と比照しその証拠価値が著しく減じ証拠価値としては無に等しいというような場合は結局申請人(相手方)において異議のため主張した事情が事実上の点につき疏明がなかつたことに帰し、かゝる場合は同法第五四七条第二項の停止決定をすることはできないのである。もつとも、同法第五四七条第二項の停止決定が異議について判決をなすに至るまでの仮の裁判であることを理由として、右抗告審においては反対疏明を許さず、専ら原決定をなすに際し提出された申請人側の疏明によつて一応事実が認められるか否かによつて決すべきとする説がないではないが、右停止決定が仮の裁判であつてそれが本案の裁判を前提とするものであり、証明による事実の終局的認定が本案判決によるべきであるという点においてはかの保全処分と異る所はない。保全処分については口頭弁論を開く場合でも疏明で足り、しかもその場合被申請人が反対証拠(反対疏明)により申請人側の疏明価値を減殺することは法の許容する所というべく、また反対事実が疏明されることにより申請人主張事実が否定され、結局申請人の主張事実は疏明なきに帰する場合がありうるわけであつて、このような場合は保証をもつても疏明にかえることは出来ないものといわねばならぬ(保全処分においては一般に保証を以て疏明に代えることも出来る。)民事訴訟法第五四七条第二項による停止決定についても不服申立を許すという立場をとる以上(この点については議論の分れるところであり、これを許すべきでないとの説もあるが、当裁判所はこれを採らない)、右法条にいう「疏明」も保全処分(同法第七四〇条、第七五六条)にいわゆる「疏明」もこれを別異に解する理由なく、すなわち両者のいわゆる「疏明」は反対疏明にたえうるものでなければならないと解するを相当と考える。もつとも、保全処分については口頭弁論が開かれる場合があるに反し、停止決定申請事件においてはかゝることはないとしても、それが疏明すなわち即時に取調べることの出来るもので、一応の認定が出来るものであるという点においては彼我別異に取扱う要はない(なお保全処分については保証を以て疏明に代えることも許されるに反し、停止決定においてはかゝることが認められず必ず疏明あることが要求されているが、これとても疏明について両者につきしかく区別する理由とならない。また前者が債務名義を新に形成するに反し、後者は既存の債務名義の執行停止の効力を形成する点において差はあるとしても、これとても法の要求する疏明に区別を設ける理由とならない)。以上説述するとおり、当裁判所は、執行停止決定に対する即時抗告(但しこの抗告によつては停止決定の執行は当然に停止されない、大審院昭和一一年二月六日決定)の許される場合を、異議事由が法律上理由ありと見える場合に当らないのにこれを発した場合及び申請人側の一応の証明(疏明)さえもないのにこれを発した場合に限定せず、反対疏明により原決定を覆えし得るものと解す。かくて、抗告審において反対疏明により、申請人(相手方)の疏明なきに帰したものと認められる以上原決定は取消の運命に服すべく(この場合結局原決定は停止決定についての疏明の要件欠缺にかゝわらず決定を出したという違法存する)、このような場合には当然強制執行が続行あるいは開始され本訴たる異議の訴の裁判はその目的を失うにいたる結果これを維持することが無意味となることがあつても(損害賠償請求に変更できることは別論とす)、これは仕方ないことであり、異議の訴を提起して執行停止決定を申請したのに裁判所が初より「異議のため主張した事情が法律上理由ありと見えること、事実上の点につき疏明ありたること」の二つの要件あるいはその一を欠くものとして却下した場合との間に何ら差異なきものといわねばならぬ。けだし本来強制執行の停止の如きは制度それ自体からみても、その許さるべき場合は保全処分より狭いものであるから、執行債務者のためにする停止決定について執行債権者の即時抗告による再審が認められる以上、債権者側の反対疏明をも許して、本来の姿においてこれが審理裁判をするものでなければならないと考えられる。いまこれを本件についてみるに、原審における本件家屋を本件調停成立後に訴外山上喜美子が抗告人より賃借したとの相手方の疏明は、当審における抗告人の反対疏明によつて覆えされ(却つてその然らざる事実すなわち相手方が本件調停成立後に訴外山上雅三の本件家屋の占有を承継したことが認められる)、その証拠価値としては無に等しいものと認められる。よつて右賃借の事実を前提として、本件調停調書中相手方が本件家屋につき訴外山上雅三が抗告人に対して負担している家屋明渡義務を承継したものでないとする相手方の主張は結局疏明なきに帰したものといわざるを得ない。然らば相手方の本件強制執行停止申請は右家屋明渡の執行停止を求める部分については疏明を欠くものとして却下を免れない。しかし本件債務名義中賃料並に本件調停成立前の延滞賃料(調停条項第三項及び第四項)の各債務については相手方に承継の事実がないことが疏明せられたものというべきであるから本件申請は右金銭債務の執行の停止を求める限度において正当である。

原決定は右申請却下すべき部分についても相手方の申請を認容したのは失当たるに帰し、本件抗告は右限度において理由あり、その余の部分は理由がない。よつて民事訴訟法第四一四条、第三八六条により原決定を変更し、訴訟費用の負担につき同法第二〇七条、第九六条、第九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 増田幸次郎 奥田英一 川口公隆)

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