京都地方裁判所 昭和35年(ワ)839号 判決 1964年1月31日
○当事者
原告
西村卯之助
右訴訟代理人弁護士
赤木章生
被告
磯谷喜郎
右訴訟代理人弁護士
鈴木権太郎
○主 文
被告は、原告に対し、金二三、六三八円およびこれに対する昭和三五年九月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告、その余を被告の負担とする。
本判決第一項は、金八、〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行できる。
事実
原告は、「被告は、原告に対し、金三八〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三五年九月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
「(一)原告は、昭和三〇年六月二四日、京都市上京区平野鳥居前町四二番地の九所在家屋番号同町九四番の家屋(本件家屋)の所有者松本十郎を代理する権限がないのに松本十郎本人であると詐称した渡辺左助の欺罔にもとづき、本件家屋を目的として代物弁済予約を締結して、金一、〇〇〇、〇〇〇円を貸すことになり、渡辺左助の指示にもとづき、同日、右金一、〇〇〇、〇〇〇円の内金三八〇、〇〇〇円を、松本十郎の被告に対する昭和三〇年六月七日付貸金債務の弁済として、被告に支払つた。
(二) 仮りに、原告が被告に金三八〇、〇〇〇円を支払つたのではないとしても、渡辺左助は、昭和三〇年六月二四日松本十郎を代理する権限がないのに、松本十郎本人であると詐称して、原告より、消費貸借名義の下に金一、〇〇〇、〇〇〇円を騙取した上、右金員中より金三八〇、〇〇〇円を、被告に支払つた。
(三) しかるに、松本十郎および渡辺左助は、被告に対し、何等の債務を負担していなかつたから、被告は、原告の損失において、金三八〇、〇〇〇円を不当利得したものである。
(四) よつて、原告は、被告に対し、金三八〇、〇〇〇円、およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三五年九月一四日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(五) 仮りに、被告の原告に対する不当利得返還義務がないとしても、渡辺左助は、被告に対し、何等の債務がないのに金三八〇、〇〇〇円を支払つたから、被告は、渡辺左助に対し、金三八〇、〇〇〇円を返還する義務がある。原告は、渡辺左助に対し、前記騙取された金一、〇〇〇、〇〇〇円の返還を求めうる債権があり、渡辺左助は、無資力であるから、原告は、渡辺左助に代位して、被告に対し、金三八〇、〇〇〇円、およびこれに対する遅延損害金の支払を求める。」
と述べ、
被告は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
「(一)原告主張事実中、被告が昭和三〇年六月二四日金三八〇、〇〇〇円を渡辺左助より支払を受けた事実は認めるが、その余の事実は争う。
(二)被告は、昭和三〇年六月七日、本件家屋の所有者松本十郎を代理する権限がないのに松本十郎本人であると詐称した渡辺左助の欺罔にもとづき、本件家屋を目的として代物弁済予約を締結して金三八〇、〇〇〇円を貸すことになり、弁済期限を一カ月後と定め、期限までの一カ月七分の割合による利息金二六、六〇〇円を天引した金三五三、四〇〇円を、渡辺左助に交付し、翌日、本件家屋について、代物弁済予約に因る所有権移転請求権保全仮登記を受けた。
(三) 被告が昭和三〇年六月二四日金三八〇、〇〇〇円を渡辺左助より支払を受けたのは、松本十郎本人であると詐称した渡辺左助に対する前記貸金債務の弁済として(当時は、松本十郎本人が契約の履行をなすものと信じて)、支払を受けたのである。
(四) 仮りに、渡辺左助が被告に対し貸金債務を負担しないとしても、渡辺左助は、被告に対し、前記金員騙取の不法行為による損害賠償債務を負担するから、被告は、渡辺左助より、損害賠償債務の弁済として金三八〇、〇〇〇円の支払を受けたものである。」
と述べ、
証拠(省略)
○理 由
(証拠―省略)によれば、原告主張の(二)の事実、および被告主張の(二)、(三)の事実を認めうる。(中略)
ところで、甲が、乙を代理する権限がないのに、乙本人であると詐称して、丙と契約した場合、甲は、丙に対し、その契約履行の責任がある。
したがつて、本件は、甲が、乙を代理する権限がないのに、乙本人であると詐称して、丙より、消費貸借名義の下に金員を騙取した後、更に乙本人であると詐称して、丁より、消費貸借名義の下に金員を騙取して、その金員を、丙に、消費貸借にもとづく債務の弁済として支払つた場合であるが、甲が乙を代理する権限がないのに、乙の代理人として、丙より、消費貸借名義の下に金員を騙取した後(民法第一一七条)、更に乙の代理人として、丁より、消費貸借名義の下に金員を騙取して、その金員を、丙に、消費貸借にもとづく債務の弁済として支払つた場合(大審院大正一三年七月一八日判決、新聞二三〇九号一八頁。大審院昭和二年四月二一日判決、民集六巻一六六頁参照。)と同じく、甲のなした給付を丙が受領したる行為を以て、法律上の原因に基かないものといえない、と解するのを相当とする。
しかし、本件の場合は、被告は昭和三〇年六月八日金三八〇、〇〇〇円を貸付ける際、弁済期限までの一ケ月七分の割合による利息金二六、六〇〇円を天引した残額三五三、四〇〇円を渡辺左助に交付したにすぎないから、右交付額金三五三、四〇〇円、およびこれに対する、昭和三〇年六月八日から弁済を受けた同年六月二四日までの、利息制限第一条所定の利率である年一割八分(日歩四銭九厘三毛)の割合による利息金二、九六二円(円以下切上)の合計金三五六、三六二円の限度において、被告の弁済受領は、法律上の原因があり、右限度を超える金二三、六三八円の部分は、原告の損失において、被告が不当に利得した、と解するのを相当とする。
よつて、原告の本訴請求は金二三、六三八円およびこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三五年九月一四日から支払済まで年五分の割合による損害金の支払を求める限度において、正当として認容し、その余は失当としてこれを棄却し、民事訴訟法第九二条、第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。(裁判官 小西勝)